黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第四十四話 ラストチャンス(後編)

『ツーショット!』

 

 ――ボールが二度、静かにリングを射抜く。

 ファウルを受けた勇作はこのフリースロー二本を確実に成功させて再び点差を15点に戻した。

 (大仁多)22対37(盟和)。縮まらない点差が大仁多に重くのしかかる。

 そして試合が再開される前に、審判の笛がなった。

 

「あ?」

「大仁多高校、選手交代(メンバーチェンジ)です」

「交代?」

「松平さん!」

「……ああ、俺か」

 

 選手達が戸惑いの声をあげる中、声を張り上げたのは――背番号15番、本田だった。

 呼ばれたのは松平。すなわち本田と松平の交代である。

 松平もこうなることは覚悟していたのか、文句一つ言わずにベンチへと戻った。

 

「お疲れ様でした」

「……すみませんでした」

「いいえ、ゆっくり休んでください」

 

 タオルを受け取ると言葉少なくベンチに腰掛ける。

 相手に好き放題得点を決められて、何も思わないわけがない。松平は力なく項垂れた。

 

(15番――ってことは、また1年か)

(松平と交代と言うことは、勇作対策として何かするつもりか。

 それがあの1年なのか、そうでないのかはわからないけど)

 

 変わって入ってきた本田のデータも、盟和は殆どない。

 一体何をするというのか、何のために入ってきたのか、盟和の選手たちはチームメイトに話しかける本田の姿を観察した。

 

「そう監督が言ったんだな?」

「はい。これ以上相手がペースに乗るのはまずいと」

「そうか。それならいい。頼むぞ本田!」

「うっす。……任せといてください!」

 

 小林に背中を叩かれ、気合を入れなおす。

 そして大仁多が盟和ディフェンスに攻めかかった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 トップの西村は山本にボールを預け、ゴール下目掛けて侵入。彼をフリーにするわけにもいかず細谷が追う。

 だが先ほどと同様、山本がトップへと走る小林へパス。すると小林は中央からゴール下の本田へと直接パスをさばいた。

 

(ぐっ! 簡単に上を抜かれた!)

 

 金澤は反応ができず、パスを許してしまう。

 トップに小林が立つと、このように背丈の優位を活かしたパスができる。

 

「ナイスパス!」

(早速来やがったな!)

 

 勇作が本田につく。

 相手の最初のプレイということで、様子見をかねてじっくりと出方を待った。

 本田は勇作を背中越しに観察しながら、一つドリブルを入れる。そしてすぐにスピンムーブ。

 

「おおっ!?」

「もらった!」

 

 上手く勇作の体を回転しながらかわした。

 マークを振り切った本田はレイアップシュートを撃つ。

 だがそのシュートを神戸に叩き落とされた。

 

「あっ!」

「残念だったね! そう簡単には決めさせないよ!」

 

 不意をついたはずだが、高さで勝る神戸のブロックを越えることは難しかった。

 勇作がボールを拾い、盟和のオフェンスが始まる。

 

「おらよ、細谷!」

「おう!」

 

 細谷にボールを戻し、駆け出す勇作。同時に脳裏でマークについた相手、本田のことを考えていた。

 

(……少なくとも高さは8番(松平)の方が上。パワーもおそらくそうだろう。

 唯一スピードに関しては15番(本田)の方が動きが良かった。つまり平面で抑えようってことか?

 舐められたもんだな。白瀧ならまだしも、そこらのルーキーに止められてたまるかよ!)

 

 まだ誰が自分のマークにつくかわからないとはいえ、考察は怠らない。

 勇作はゴール下へ駆け込みながら、どのように攻撃を仕掛けるかシミュレーションしていた。

 するとそんな彼に、本田が詰め寄る。

 

「へえ。お前が俺のマークか?」

「……絶対に止める! あんたにこれ以上やられるわけにはいかねえんだよ!」

(なるほど。やっぱり俺を止める為にこいつを出したわけか)

「やれるものならやってみろ、ルーキー」

 

 想像通り、勇作の相手は本田が相手をする。

 何か策はあるのか。わからないが先ほどまでと同様に、己の思惑通りに抜けるとは考えないほうがいいだろう。

 

「キャプテン!」

「おう!」

 

 勇作は相手の様子を窺いながら、金澤からパスを受け取った。

 これで事実上一対一になる。その瞬間、本田が真にディフェンスに集中した。

 

「ッ!」

 

 驚愕に目を見開く。勇作は慌ててボールの保持に専念した。

 隙のないディフェンスだった。即シュートを撃っても、ドリブルで突破を図っても対応されてしまう。そんな予感が勇作を襲う。

 

(こいつ! マジで止める気だ!)

 

 面と向き合い、ドリブル突破を図るが、本田のマークは厳しい。

 シュートフェイクを入れてワンドリブルの後、クロスオーバー。さらに急停止。揺さぶりをかけるが抜くことはできない。本田はしつこくついてくる。

 

(ッ……! 抜けない!)

「勇作が、攻めあぐねている!?」

「何をやってんだよ、あのシスコンは! ヘイ!」

「ちっ!」

 

 古谷が駆け寄り、攻撃を立て直す。これほどまで勇作が突破に手こずるのは珍しいことだった。

 

「まさか、勇作の動きが読まれているのか……?」

 

 このディフェンススキルの高さ。岡田はデータのない本田を目にして、嫌な想像を浮かべてしまった。

 

「いけるじゃん、本田のヤツ! あいつやっぱりディフェンス強い!」

「……ああ。俺達が最初に戦った時もそうだったしな」

 

 神崎に声をかけられて、白瀧は入部早々、本田と戦ったミニゲームのことを思い出した。

 試合開始と同時に仕掛けた速攻。本来ならまず反応さえできないはずだった。だが本田は白瀧に迫っていた。

 結果的には攻撃を止められなかったとはいえ、あの動きは見事だった。その後も幾度も白瀧達の前に立ちはだかり、時には攻撃を防いで見せた。

 彼がベンチ入りした後、白瀧は一度本田に問いかけたことがある。ディフェンスの際にはどのように考えて動いていたのかと。

 その問いに対する本田の考えは、あまりにも簡潔で、そして白瀧が理解するには難しいものだった。

 

『そんなの勘だけど?』

『は?』

『なんだろ。こう、ピンとくるみたいな? 別に深くは考えてはねえよ』

 

 それを聞いて白瀧は理解した。「ああ、こいつも同じか」と。

 かつて帝光のチームメイトにもこのように言っている者がいた。つまりは感覚で戦うタイプである。

 たしかに試合勘のようなものは白瀧にもないわけではない。しかしここまでとは想像していなかった。

 

(なんというか、あいつのディフェンスは野生の動物みたいなんだよな)

 

 研ぎ澄まされた五感により、相手の動きを予測し、素早く反応する。

 だからこそ本田はディフェンス能力が高く、それを買われてベンチメンバーにも選ばれた。

 そして今、盟和のエース・勇作を苦しめている。

 

(……しかも、こいつ全然フリーにさせてくんねえ! マジしつけえ、ストーカーか!)

 

 おそらくこの考えを他の者が知ったら味方と橙乃を含む全員がまったく同じ言葉を返すだろう。曰く「シスコン(お前)が言うな」。

 だがそれほど本田のマークは厳しい。ボールを持っていなくても勇作を自由にはさせず、ボールを持ったとしても身動きがとれない。

 徐々に時間だけが過ぎていく。勇作にボールを供給できないと判断すると盟和は広くコートを使い、外からもゴールを狙っていく。

 細谷がスリーを撃つ。西村のブロックは届かず――ボールはリングを射抜いた。

 (大仁多)22対40(盟和)。点差、18点。

 

「チッ! 黒木、よこせ!」

「おう!」

 

 だが失点の衝撃が響く前に、小林達は動き出す。

 黒木がボールを小林に入れると、全員が前線へと駆け出した。

 

(速攻――!)

「しかも、速い!」

 

 小林がボールを運び、山本、西村、本田の四人が盟和ゴールに襲い掛かる。

 

(ヤバイ、戻りきれない!)

「西村!」

「はい!」

 

 細谷と金澤はディフェンスに戻れるが、他の三人は難しい。

 しかも小林を起点に次々とパスをさばき、余計に止める事を困難とした。

 西村から背後の本田へと渡る。すると本田はトップまでボールを運ぶと、一人ゴール下へ駆け込む山本へ。金澤をかわすようにボールをさばいた。

 

「ナイス!」

「ちっ!」

 

 ジャンプシュートの構え。すぐに細谷が迎撃するために跳ぶ。

 すると山本はスペースができた真下を通し、小林へボールを回す。

 

「あっ!?」

(フェイク……!)

「しまった!」

 

 失敗を嘆こうとも、結果は覆らない。小林のジャンプシュートが決まった。

 (大仁多)24対40(盟和)。大仁多の一次速攻が成功した。

 

「……速い」

「連携も見事。これで白瀧がいないというのだから恐ろしい」

「あ! たしかに!」

 

 緑間のツッコミで、高尾は大仁多がベストメンバーでないということを思い出した。

 本来ならばここに白瀧という速攻のエキスパートが加わるのだ。そう考えると、非常に恐ろしかった。

 

(あとは盟和のオフェンスを止め切れれば、流れは……)

 

 これで盟和のオフェンスをとめられれば文句はない。

 攻撃は成功している。後は、少しずつ点差を縮めることができれば。

 そんな中、盟和のオフェンスは未だに勇作に集まっている。

 ここまで絶好調であるエースの勢いをそのままにしておきたいという意味もあった。

 だが……

 

「させねえ!」

「こんの!」

 

 本田の懸命な守りにより、勇作は中々シュートを撃てない。

 シュートクロックが残り少なくなる中、なんとか突破を図るものの、ボールを本田に弾かれてしまった。

 

「あ、やべ!」

「うおおお!」

 

 転がるボールを追う。しかし本田の目の前でボールはラインを割った。

 

「ちっ!」

「いいぞ、本田! その調子だ!」

「うっす!」

 

 気迫も十分。実力も通用している。

 後はこれを継続することさえできれば――

 

『盟和高校、タイムアウトです!』

 

 そう考えているところに、審判の笛が鳴り響いた。

 

 

――――

 

 

「皆さん、お疲れ様です!」

 

 選手達を腰掛けさえ、藤代が労いの言葉をかける。

 

「オフェンスは順調、このままお願いします。何も言うことはありませんからね。

 そして問題のディフェンスですが、本田さんのおかげで勇作さんを追い詰めることができている」

「しかし監督、向こうがタイムアウトを取った以上、何か仕掛けてくる可能性がありますが」

「ええ。おそらくはそうでしょう。ですが下手に動くよりも目的をはっきりとして臨んだほうが良い。

 このままマンツーマンを続行。本田さんは勇作さんを、小林さんは古谷さんを、二人のスコアラーを封じてください」

 

 たしかに小林の言うことに一理ある。しかし相手の目的がわからない以上、このまま作戦を続行した方がよいと藤代は考えた。

 

「三人も変わりはなく。西村さんと山本さんはスリーも警戒してください。

 黒木さんはとにかくインサイドを固めてください。ここから先、盟和がゴール下を狙ってくる可能性が高い」

「はい!」

「わかりました」

「…………」

「うん? 山本さん、大丈夫ですか?」

「え? ああ、はい。了解です!」

 

 気が抜けたのであろうか、山本が一瞬藤代の指示を聞き逃した。

 チームメイトが心配そうに覗き込むが、本人は気丈に振舞う。

 

「しっかりしろよ、副キャプテン。お前がそんな態度では後輩たちに示しがつかないぞ」

「わかってるって。大げさなんだよお前は!」

「どうだかな。普段のお前の生活態度は、褒められたものじゃないからな」

「あ、お前そういうこと言っちゃう!?」

 

 小林の茶々入れに山本が反応し、少々だがチームに活気が湧いた。

 これを狙って小林はわざと言ったのだろう。

 だが、藤代はそんな山本を不安げに見つめていた。

 

 

――――

 

 

 一方、盟和高校のベンチ。

 岡田は選手達の前で一つ疑問を投げかけた。

 

「一体どうした、お前ら?」

 

 問いの真意を把握しかね、選手達は静寂を決め込む。すると彼らの反応を見て岡田はさらに続けた。

 

「この決勝戦が始まる前に言ったこと、もう忘れたか? ……おい、細谷」

「はい」

「あの15番(本田)のディフェンス、思った以上に厄介だ。平面で勝負するのは分が悪い」

「ちょっと待ってください! 俺はまだ!」

「最後まで話を聞け! 馬鹿!」

 

 話の途中で勇作が講義しようとするが、今は時間がない。頭を押さえつけ、無理やり黙らせた。

 

「相手は王者・大仁多。わざわざ向こうの得意な状況で勝負をしてやる必要はない、そういうことだ」

「……つまり、俺ら三人でってことですか?」

 

 ようやく意味を理解したのだろう。

 古谷の問いに岡田は首を縦に振り、説明を続けた。

 

「準決勝、聖クスノキと同じ戦法を取らせてもらおう。

 細谷と金澤は敵の速攻に警戒。そして残りの三人。古谷、勇作、神戸。このフロントラインで大仁多を攻める」

 

 エース・勇作が止められてしまうのならば、チームの優位を活かすまで。

 再び盟和のフロントラインが暴れようとしていた。

 

 

――――

 

 

 試合再開の合図がなり、選手達はコートへ戻っていく。

 

『タイムアウト終了です!』

 

 再び合間見える両校の選手達。

 その中の一人、山本の姿を藤代はずっと捉えていた。

 

「……東雲さん」

「はい? 何でしょうか?」

「今日の山本さんの成績、教えてください」

「は? わかりました」

 

 記録者である東雲に山本の記録を問いかける。

 意図はわからないが、東雲はすぐに調べて藤代へ報告した。

 

「山本君ですが……今日は今のところ4得点、3アシスト、1スティール、4ブロック。

 ファウルはまだ一度もなく、攻守に渡って非常に良い活躍をしています」

「何かありましたか? 問題があるどころか、とても働いているように思えますが」

「ええ。それどころかむしろ働きすぎなんですよ」

「え?」

 

 橙乃の問いに、藤代は苦笑を浮かべて答えた。

 まだ首をかしげている橙乃にさらに説明を続ける。

 

「……この試合、山本さんは攻守にわたって貴重な存在です。

 司令塔の補佐は勿論、ディフェンスでも良い数値を残している。

 しかしこれはオーバーペースだ。あまりにもとばしすぎです」

 

 山本はここまでシューターとしてもPGの補佐としても、副主将としても結果を残している。

 しかしそれゆえに体力を使いすぎている面もあった。特に速攻では体力を使う。 

 

「しかも今日はチーム内で最も運動量が激しい白瀧さんが出場していない。

 そのために山本さんがその代理として動き続けている」

「ッ……! じゃあ、代えるのですか? でもせっかく山本さんも調子が良いと言うのに……」

「『好事魔多し』と言います。調子が良いからと言って過信するわけにはいかない。楠さんのような例もある」

 

 準決勝で戦った好敵手のような存在を知っているからこそ、余計に気を配る。

 

「それなら何故先ほどのタイムアウトの時に言わなかったんですか!?」

「山本さんの性格上、本人の目の前でこのような話をするわけにはいかなかったんですよ」

 

 特に調子があがっている状態で話し、かえって悪化させるわけにはいかなかった。

 山本が交代するとしても後半必ずもう一度出てもらわなければならない。ならばこそ、あの場で言うわけにはいかなかった。ただでさえシューターとは繊細さが求められる。些細な精神の乱れがプレイに影響を及ぼすことは少なくない。

 

(だが、この第2Q中に交代することを考えなければならない)

 

 そうなると重要なのは交代のタイミングである。

 チームにも悪影響が出ないように代えなければならない。

 そう藤代が考えているなか、試合は再開された。

 盟和ボールから試合は再開される。金沢が細谷にボールを回し、試合を組み立てた。

 

(マークは変わっていない、か。それなら……)

 

 相手のディフェンスが変わっていないことを確認すると、細谷は古谷へボールを回す。

 そして古谷を経由して、勇作へボールがわたった。

 

「来たな! でも、好きにはさせねえよ!」

「ああ、そうみてえだな」

 

 マークが緩くなる気配はない。出場してまだ時間がさほど経っていないのだから当然のこと。

 ならばと、勇作も覚悟を決めた。

 面と向かって対峙する。そしてすぐさまジャンプシュートを放った。

 

(即撃ってきた!?)

 

 驚きはあるが、本田はしっかりと跳ぶ。

 ブロックのプレッシャーのためか今までよりもシュートの軌道が高い。おそらくこれは入らない。

 

「っし、お前ら行くぞ!」

「誰に言ってんだ、このシスコン野郎」

「オッケー!」

 

 シュートの直後、勇作を含めたフロントライン三人がすぐにゴール下へと集結する。

 

「ぐっ!?」

(……ちっ、ポジションが!)

 

 屈強な三人がポジションの内側を確保し、体をぶつけ合う。

 かろうじて黒木はポジションを奪い返すことができたが、小林と本田は外へ押し出されてしまった。

 

「リバウンド!」

 

 ボールが落ちてくる中、空中で掴んだのは古谷だった。

 良いポジションをキープしていた彼はそのまま一人でシュートを沈めた。

 (大仁多)24対42(盟和)。得意にゴール下で盟和が取り返す。

 

「くそっ!」

「こいつら。得意のゴール下で、無理やり押し込む気か!」

 

 シュートが決まらなくても、リバウンドを確保して得点を決めていく。

 フロントラインに自信の持つチームだからこそできる荒業。単純であるがそれゆえに効果的であった。

 

(やはり15番はまだ1年。ゴール下での体のぶつけ合いなら俺に分がある!)

 

 経験も体格も、本田よりも勇作の方が勝る。ならばそれを利用しない手はない。

 再び盟和オフェンスが大仁多に牙を剥き始めた。

 

 そしてここから再び両校点の取り合いとなった。

 お互いの攻撃力がお互いの防御力を上回り、得点を重ねていく。

 大仁多は小林と山本、西村が上手くパスをさばいていき、効果的に得点を重ねていく。

 対して盟和はフロントラインがひたすらリバウンドを制し、ゴール下で点をもぎ取っていく。

 だがこのような現状になるとエースを欠き、高さで劣る大仁多が不利になっていた。

 

「うらああっ!」

「ちっ!」

 

 本田と勇作のリバウンド争い。本田も必死に体を寄せるが、勇作も負けじとポジションを奪い返す。

 そして空中でボールに触れると、指先で強引に押し込み、ボールはリングを潜り抜けた。

 (大仁多)34対54(盟和)。第2Q残り二分を切り、ついに点差が20点に広がった。

 

「決まった! 勇作、この試合二十四点目!」

「盟和の勢い、止まらない! ついに二十点差だ!」

 

 相手のオフェンスを止めきれず、反撃を試みるが爆発力が足りない。リバウンドも盟和優勢の状況。

 ここにきてついに大仁多が追い詰められてしまった。

 

「なんで大仁多は手を打たないんだ?」

「手を打っても現状は変わらないと判断したのか、あるいは一年生の可能性に懸けたか」

 

 大仁多のベンチへと視線を向ける大坪。

 藤代はまだ動いていない。相手のエースも勢いを取り戻している今、現状を覆すためにはコートの外からも指示が必要であるということは明白だ。だがそれが未だにない。

 

「おそらくはそうでしょうね。8番(松平)と交代しても、先ほどのようにミドルから決められてしまう。

 ……ですが、ひょっとしたらもう一つ理由があるのかもしれません」

「は? もう一つってなんだよ真ちゃん」

「このままでは、あの本田という選手が一軍から落とされる可能性もある」

「え?」

「彼は盟和のディフェンスを止める為に試合に出たのだ。それができずにのこのことベンチに戻るようでは……最悪の結果だ。期待の裏切り以外の何者でもない」

 

 大仁多は県内屈指の強豪校。当然ながら選手層は厚い。

 その中で一年生がベンチ入りするというのは非常に珍しい。逆に言えば降格となればすぐに降格となる。

 一軍には選ばれなかった三年生達もいる。もしも昇格となれば喜んで戦うだろう。

 そうでなくても本田はこれまでの出場機会は殆どなかった。ここで結果を残せなければ降格の可能性は低くない。

 

「本田にとっても三年生同様、これがラストチャンスとなるかもしれない」

 

 IH本戦が始まれば完全に昇格の機会は消えてしまう。

 ならば本田の為にも、ここで一つ成長して欲しいという望みがあるのかもしれない。緑間はそう考えた。

 

「……くっそっ!」

「本田さん!」

 

 苛立ち、自分の足を殴りつける本田。西村が諌めるが、効果は見られない。

 

(何をやっているんだよ、俺は!? 次々得点決められて、何のために出てきたと思っているんだ!?

 あいつらはいっつもきっちりと戦っていたんだ! 俺も続かなきゃいけねえんだよ! しっかりしろ!)

 

 監督に与えられた役目を全うできずにいる自分の無力さに腹がたつ。

 同じ1年である四人は試合でも自分の強さを発揮し、期待に応えている。ならば自分もやらなければならない。

 代わっている松平にも悪いと思い、本田は自分を責め立てた。

 

(……本田が悪いわけではない。あいつの懸命なディフェンスのおかげで盟和が攻めあぐねる時間が増えたし、フィールドゴール率も下がっている。

 だがそれでも最後は勇作を初めとしたインサイドに押し込まれてしまう。こればかりは選手としての実力で負けているとしか言いようがない……)

 

 小林は複雑な表情で本田の背中を見つめた。

 手を打とうにも、身体能力や経験の差はそう簡単には覆せない。流れを掴むことは難しかった。

 それはベンチも同じであり、藤代の表情は優れなかった。

 

「監督」

「はい? 何でしょうか?」

 

 そんな藤代に白瀧が声をかける。

 ここまで口を挟まなかった彼だが、いよいよ我慢の限界がきたのだろう。

 

「これ以上休んでいたら、俺の体が鈍ってしまいそうですよ」

 

 そう言って白瀧は上着を脱いだ。

 

 西村から山本へとボールが渡る。

 しかしそのパスが読まれていたのか、金澤がボールを弾いた。

 ボールは転々とし、ラインを割る。

 

「ちっ!」

「惜しいぞ金澤! その調子だ!」

 

 ディフェンスも動きがよくなり、さらに士気が上がっていく盟和。

 

『大仁多高校、選手交代(メンバーチェンジ)です!』

 

 そんな中、審判の笛が鳴り響く。

 

「山本さん!」

「……そうか。悪いな、任せるぞ」

「はい! 任されました!」

 

 山本と代わって、一人の選手がコートに入る。

 その選手を見た瞬間、大仁多の選手達の表情が明るくなり、彼を笑顔で出迎えた。

 盟和の選手たちは逆に驚愕し、焦りが生じる。ただ一人、勇作を除いて。

 

「……ようやく出てきたか。随分と遅刻だな――白瀧!」

 

 戦いたい、そして倒したいと思っていた相手である白瀧を目にして。

 

「ええ、すみませんね。でははじめましょうか。劣勢からの逆転劇を」

 

 不利な状況ではあるが、やることは何一つ変わりない。

 もとより気にするようなことではないのだ。彼は不利な状況下でも決して諦めることなく、戦い続けるのだから。これまでも、そしてこれからも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集なのだよ――

 

「監督」

「はい? 何でしょうか?」

 

 そんな藤代に白瀧が声をかける。

 ここまで口を挟まなかった彼だが、いよいよ我慢の限界がきたのだろう。

 

「これ以上休んでいたら、俺の体が鈍ってしまいそうですよ」

 

 そう言って白瀧は上着を脱いだ。

 

「……こんなところで脱ぐなんて……白瀧君、大胆」

「ねえ、やめてくれない橙乃!? 上着脱いだだけで、ちゃんと下にも着てるからね!」

「おいこらぁっ! 服を脱いで茜に『体が鈍ってしまう』と言うとは、一体どんな激しい運動する気だこらぁっ!?」

「あんたは黙ってろ! てかなんで聞こえてるんですか!?」

 

 色々と台無しなのだよ。


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