黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第三十八話 誰が為に勝利を謳う

 栃木県大会準決勝第2試合、高校大仁多対聖クスノキ戦の決着がついた。

 試合の最後に互いの健闘を讃えるために整列して頭を下げる。

 

「楠先輩」

「……ああ。IHでも頑張ってくれよ」

「はい。今日は本当にありがとうございました」

 

 白瀧の差し出す手に楠も応じた。

 二人がかわす言葉はそれだけ。しかしそれだけで十分だった。すでに試合の中で何度もわかりあったのだから。

 最後に一礼して白瀧は仲間の下へと戻っていった。

 真田の肩を借りて楠もゆっくりと下がっていく。

 

IH(インターハイ)出場は、届かなかったか……」

 

 ポツリと呟いた声には悔しさが募っていた。優勝候補の一角・常盤高校を破った時からIH出場はもはや夢ではなくなった。

 だからこそ希望も大きかった。そして同時に負けた時の反動も大きかった。前半戦もその精神的な油断を突かれてしまったと言っても良いだろう。

 ようやく試合に復帰できたというのに約束を果たすことができなかった。楠は目を瞑り、己の無力さを噛み締めた。

 

「ロビン!」

「……奈々」

 

 ベンチより駆け寄る小さな人影。自分の名を呼ばれて初めて楠は顔を上げた。

 瞳に映ったのは不安げで、悲しそうに表情を歪めている西條の姿だった。

 

「……お疲れ様」

「ああ。終わったよ」

 

 しばしの無言の後、西條は奮闘を讃え楠はただ敗戦の事実を口にした。

 聖クスノキのIHへの挑戦は王者・大仁多の牙城を崩すことはかなわず、準決勝で彼らの快進撃が終了した。

 

 

――――

 

 

「……ふん。ようやく終わったか。俺は帰るぞ、黒子」

「早ッ!?」

「え、白瀧君に声をかけなくてもいいんですか?」

 

 試合終了を見届けるや否や席から離れる緑間。

 激しい熱戦が繰り広げた後だというのに、白瀧に何も話す事はないのだろうかと黒子が呼びかける。

 しかし彼の問いに緑間は首を横に振って答えた。

 

「今は俺がやつと話すときではない。まだ準決勝が終わっただけ。明日の決勝が残っているからな」

 

 白瀧の、栃木の大会はこれが最後ではないのだ。

 明日の決勝戦が残っている。緑間は視線を横へと、次の対戦相手を決する試合の方へと向けた。

 準決勝第一試合。そちらでも今ようやく決着を迎えていた。

 

「――103対65で、盟和高校の勝ち! 礼!」

『ありがとうございました!』

 

 勝者と敗者、明暗がはっきりと分かれる瞬間だった。

 大仁多の明日の決勝における対戦相手は、多くの者達が予想した通り盟和高校となった。

 順当に勝ち進んだ両校が衝突する。準決勝の聖クスノキ戦と違い、この戦いは予想外の試合ではない。

 二年前から続いている同じ組み合わせ。三回目の戦い、一度目から知っている小林や勇作にとっては最後の戦い。ついに因縁に終止符を打つこととなる。

 だから決着がつくまでは緑間も邪魔をしない。

 

「……全ては、明日の決勝戦が終わってからだ」

 

 ただ、明日の試合が終わったならば。その時は白瀧ときちんと話をしようと。緑間は心に秘めて会場を去っていった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「すごかったぞーー!」

「あの大仁多をよく追い詰めた!」

「次こそ勝とうぜ――!!」

 

 聖クスノキの応援席から選手達を励ます声が飛び交う。

 前半戦は少なくとも聖クスノキが優勢だったのだ。あそこまで大仁多を苦戦させた相手はそうそういない。

 応援席に一礼して選手達は会場を後にする。

 

「……冬だ。冬に絶対に、もう一度来ようぜ」

「当然じゃん。まーだ悔しいもん」

「このままでは終われン!」

 

 負けたことによる悲しさよりも悔しさの方が大きかった。

 聖クスノキの三年生達。夏はこれが最後となった。だけどまだ冬がある。冬こそは必ずこの借りを返そうと、三人は強く誓った。

 

「俺達も、頑張らないとな」

「……わかっている。次こそこんな惨めな姿は見せないよ」

 

 最上級生達の背中を見た山田と楠、後輩二人も強い熱意にあてられた。

 ――もう一度、大仁多と戦う。そして今度こそ勝つのだと。

 そうして両校の選手達がコートから去っていった。だがそんな中、両校の行方を見届けていた選手が、反対側のコートにいた。

 

「……おい勇作。向こうの試合も終わってたみたいだぞ」

 

 決勝進出を果たした盟和高校の副主将(キャプテン)、正PGの細谷だった。

 先の勝利の余韻に浸ることなく次の対戦相手に気を張っていたようだ。

 彼が声をかけたのはチームの得点屋であり、同時に主将(キャプテン)を務める勇作である。

 

「やっぱり大仁多が勝ったか。ま、そうでなければ困るけど。……って、どうした?」

「間に合わなかったか」

「は? 間に合わなかったって? ああ、なんだ。早く終わらせて大仁多の試合を見たかったのか?」

 

 肩を震わせて悔しそうに歯軋りしている。

 そんなに大仁多の試合を自分の目で見たかったのかと。武者震いをする好戦的な姿を見て、細谷は笑って勇作の肩を叩いた。

 

「茜に声をかけられなかったーーッ!!」

「そっちかよ!? そこはせめて小林とかに宣戦布告できなかったとかだろ!?」

「すぐ近くにいたのに! 何で声をかけてくれなかったんだ、お兄ちゃんは寂しいぞ!」

「敵だからだろうが! いいから、コートで恥ずかしいことしてるな。帰るぞ!」

「アーカーネー!」

 

 ――前言撤回。この男(シスコン)にはそんな気持ちなど皆無だった。もはや橙乃()のことしか頭に入っていない。

 いつまでもこの場にいない妹に呼びかける勇作を、細谷は首根っこを掴み控え室まで引きずっていった。

 

 決勝戦のカードが決定した。――大仁多高校対盟和高校。

 栃木代表を――IH出場をかけて、最後まで勝ち残った二校が激突する。

 

 

――――

 

 

 一方で試合が終了し控え室に戻った大仁多の選手達。

 勝利に酔いしれることなく、素早く帰宅の準備を始めている。

 だがただ一人、白瀧だけは別だった。控え室に入るや否や、橙乃の元へと駆け寄った。

 

「橙乃。試合後で忙しいだろうけど、今大丈夫か?」

「え、どうしたの?」

「できればアイシングを頼みたい」

「……え?」

 

 用件だけを手短に伝えて白瀧は近くの椅子に腰掛ける。

 

「グッ……!」

 

 その瞬間、白瀧の表情が歪んだ。膝を押さえて必死に痛みを耐えている。

 

「足? まさか、この前の秀徳戦との練習試合と同じ?」

「ああ。今日の試合。前半戦からとばしすぎたツケが回ってきたみたいだ」

「だから、アイシングって言ったんだ。ちょっと待ってて!」

 

 意図を理解し、橙乃はすぐに準備にとりかかる。

 白瀧が頼んだのは試合後のアフターケア、疲労回復を目的としたアイシングだった。

 

「白瀧さん! やっぱり、限界だったんですか……」

「……お前は気づいていたか」

「当たり前ですよ。むしろ気がつかないわけがない!」

「それは悪いことをしてしまったな。ごめんよ」

 

 不安げな表情で見つめる西村に白瀧は笑みを返す。

 今日の試合、自分と互角以上のスピードを、自分以上の身体能力を誇る楠を相手にしていた白瀧。

 相手を止めるために白瀧は何度も無茶をしていた。前半戦から負担の大きい無理な加速を、徹底したマークを続けた。さらに新たに身につけた細かいキレのジノビリステップ。体を酷使し続けた為に疲労の蓄積は大きかった。

 後半戦、少なくとも第四Qは交代するという手もあった。そうすれば少しはマシになったかもしれない。

 

(コートで弱音を吐くわけにもいかなかったからな……)

 

 だが相手が、限界を通り越した楠が奮起していたというのに、白瀧が先に音を上げるわけにもいかなかった。

 

「大丈夫なのか?」

「……張りが強いわね。それこそ秀徳戦のように」

「無茶をさせてしまったか」

 

 症状を見ている東雲の横から小林が現れる。

 相手の実力から考えて白瀧をマッチアップさせた。現に彼でなければ楠の得点はもっと大きくなっていただろう。

 しかしそれゆえに白瀧もまた疲弊してしまった。緑間と戦った時と同じくらい消耗したとなると、明日の盟和高校戦は……

 

「……決勝は、白瀧さんは先発出場(スターター)をさけてもらいます」

「藤代監督!」

 

 試合に出続けることは難しいだろう。

 並みの対戦相手ならばよいが、盟和高校ほどの相手ではそのようなことを言っていられない。聖クスノキ戦以上に疲弊してしまうかもしれない。

 全力を出し続けることは難しいだろう。それを理解し、藤代は白瀧の控え起用を明言した。

 

「大丈夫ですよ! 俺はやれます!」

「あなたの気は買いますが、しかしそれで途中で倒れてもらっては困ります。

 少なくとも第一Qは様子見。そうすれば第二Qに出てもその後にハーフタイムが入る」

「そして後半、ですか。たしかにそれならば白瀧が完全に抜けるのは第一Qのみ」

「わかってください。何もあなたを出さないと言っている訳ではない」

「……わかりました」

 

 ここまで全ての試合でフル出場を果たし、勝利に貢献していた。最後まで出場し続けたいという気持ちはある。

 しかしここで無理をさせて決勝戦で壊れてしまうわけにもいかない。

 それは白瀧も理解している。彼が目指すものはその先にあるのだから。だからこれ以上無理を言うわけにもいかず、大人しく引き下がった。

 ――アイシングが異常なまでに冷たく感じた。

 

「……ひとまず皆さんは帰りの用意をお願いします。学校に戻り、本日の盟和高校の試合を見ましょう。西村さんと本田さん、お二人は片付けが終わったら白瀧さんの荷物を用意してください」

「わかりました!」

「……うっす」

 

 いつまでもここにいるわけにはいかない。藤代は片付けの指示を出し、選手達も早急に準備へと戻った。

 

 

――――

 

 

 その後学校に戻り、大仁多高校の教室の一角を借りて選手達は集まった。

 偵察部隊が撮影した盟和高校対山吹高校の試合。こちらも熱戦が繰り広げられた。映像を見る選手達の顔も真剣なものとなっている。

 

「やっぱり全体的にレベルが高いな」

 

 強豪と呼ばれるだけあり選手一人一人の質が高い。

 小林の呟きを切欠に各々がビデオを見て抱いた印象を口にした。

 

「そうですね。聖クスノキはジャンにトリプルチームなんて荒業つかいましたけど盟和には使えないでしょうし」

「となるとエースである勇作をどう抑えるか、だな」

「あいつが活躍するとインサイドが盛り上がるからな。なんとかしないと」

 

 山吹のラン&ガンも得意のゴール下で守りきり、逆に勇作がオフェンスでも活躍し、攻守で盟和が最後まで優勢だった。

 特にゴール下は山吹では歯が立たないようで徐々にインサイドからの得点が多くなっていく。その中心となっているのが勇作である。

 身体能力に恵まれた彼を中心に、細谷がゲームメイクをする。まとまったチームであり崩すのは中々難しいだろうという印象だ。

 

「……明日も安心できるような試合ではないでしょうね」

 

 藤代も内心穏やかではない。相手は二年連続で屈辱を味わった相手。おそらく死に物狂いで挑んでくるだろう。決して負けるとは思ってはいないが不安がないわけではなかった。

 

「準決勝もそうでしたが、決勝でもあらゆる手を使っていきます。

 控えの方々も出番が回ってくるでしょう。いつでも出られるように準備を怠らずに。

 ……それでは本日は解散とします。明日の為にしっかり鋭気を養ってください」

 

 だが選手達にその心境を明かさないように勤め、その場で解散を命じる。

 藤代は一足先に退出し監督室へと向かっていった。

 椅子に腰掛けるとすぐに思考を明日の試合のことに変える。彼の頭をよぎった悩みは、明日の先発選手についてだ。

 

「……白瀧さんの消耗、そして光月さんの戦意消失。準決勝で得たものはありましたが、代償も大きかったですね」

 

 聖クスノキ戦で一年生ながらもレギュラー入りしていた白瀧と光月。彼らが決勝を前にダメージを負ってしまったことは大仁多にとっては大きな痛手だ。

 もっとも白瀧は途中出場が可能なためまだよいだろうが、光月はそうはいかない。勇作とのマッチアップも考えていたという事情もあるのでなおさら悔やまれる。

 

「今日の会場の雰囲気に飲み込まれたというのもそうですが。――ハック・ア・シャック。光月さんの弱点が完全に露呈してしまったことが痛い」

 

 ――“ハック・ア・シャック”。NBAのシャキール・オニール選手――通称はシャック――に対して行われたディフェンス戦略である。

 フリースロー成功率が低い選手にわざとディフェンスがファウルしてシュートを止めてフリースローを外させるというもの。

 光月にもこのディフェンスが有効だということが明らかになった以上、決勝戦でも同じ対策がされる可能性が高い。

 

「そしてもしも同じような止め方をされたとき、彼は持ち直せるのか……?」

 

 準決勝では緊張だけではなく相手の対策の為になおのこと動きが硬くなった。

 精神的に強いとは言えない光月。持ち直すどころか逆に止めをさされてしまう恐れがある。

 

「……駄目だ。白瀧さんが抜けたというのに、ここで光月さんまで抜けて士気を落とすことはない」

 

 それは監督として許容できることではない。これ以上の士気の低下は避けたいところだ。何よりも光月ほどの逸材を使い潰すわけにはいかない。

 出場させるならば光月を立ち直らせる状況で、さらに彼に機会を与えられるであろう人物と共に出す必要がある。

 

(少なくとも白瀧さんが出るまでは彼もベンチで様子を見るとしよう)

 

 かつて光月を立ち直らせる要因となった白瀧と共に。光月と接する機会が多く、何度も共に戦い抜いた彼が一番可能性が高かった。

 光月のことはそれでいいだろうと、藤代は改めて明日の先発選手の選考に移る。

 

「黒木さん、小林さん、松平さん、山本さん。この四人は決定だ。となるとあと一人……」

 

 大仁多と盟和の戦力、それらを統合して結論を出さなければならない。

 戦力が限られた条件下。藤代の思考は迷いに迷った。五人の先発選手のうち、四人は迷うことなく選べるのだが、肝心の五人目を選出しきれないのである。

 

「小林さんがPGをする場合、通常ならばSFには佐々木さんが入る。しかしそうなるとスペックで押される可能性がある。

 今日の試合で小林さんがFに入ったことだし、明日は初めから小林さんをFとして投入するか? しかしそうなるとPGはどうする?」

 

 佐々木は技巧派のスモールフォワード。そうなるとインサイド重視で次々と押し寄せる盟和と相性が悪い。

 それを考慮すると小林をフォワードとして起用し、戦術を組み立てるという考えが良いとも思える。しかしその場合はPGが空いてしまう。

 PGの控えは中澤と西村。二人のうちどちらかを選択しなければならないが、二人とも県大会ではスターターでの起用は一度もなかった。

 

「二人とも試合の立ち上がりに不安が残るが。……さて、決勝戦はどうしましょうかね」

 

 どの選択肢を選んでも不安要素が残ってしまう。

 勝利の為にも最善の選択をしなければならない。藤代はその後も何度も思考を繰り返した。

 

 

――――

 

 

 一方、盟和高校も同じように今日の大仁多対聖クスノキ高校の試合を観察していた。

 

「……といった具合だ。どうだ、勇作?」

 

 盟和高校男子バスケ部を率いている岡田尚志(おかだひさし)監督は一通りの観察を終えた後、キャプテンの勇作へと声をかける。

 問われた勇作はにんやりと口角を上げて答えた。

 

「いいんじゃないですか? 白瀧がPGをするなど驚くこともあったが、しかしこうして戦う前に見ることが出来たのだから」

「……あとはロングシューターの存在を知れたのも大きい。不意を突かれた時の驚愕がなくなったからな」

 

 大仁多の戦術の幅に驚くよりもその事実を知れたことを喜んだ。細谷もそれは同感で、神崎というシューターの存在に関心を寄せた。

 準決勝の聖クスノキ戦で大仁多は選手達の多彩な戦術をもって聖クスノキを圧倒した。だがそれにより盟和高校には対戦する前にその情報が行ってしまった。

 事前の情報さえあれば試合本番で驚く事無く注意して臨むことができる。対策を練ることも決して不可能ではない。だからこそ勇作は喜んだのだ。

 

「それに何も手が出ないわけではないでしょう。誰が司令塔に入ろうとも小林対策の為に練習していたディフェンスをそのまま使うことができる。

 ……いや、むしろ小林が大仁多のPG陣の中では一番背が高かった。それ以外の選手は高さがない分、彼らが出てくれば余計にやりやすい」

 

 自分達の戦い方が通用するのだと、それを理解できたから。

 大仁多への雪辱に燃えていた彼らが何も対策をしなかったわけではない。

 ずっと明日の為に準備を続けてきたのだ。王者・大仁多を倒し、念願であった初めてのIH出場を果たすために。

 

「そしてインサイドならばうちも負けてはいない。必ず競り勝ってみせる……!」

 

 負けるわけにはいかない。もう敗北の屈辱を味わうことは考えられなかった。

 勇作だけではない。細谷をはじめ、選手達の戦意が、闘志が湧き上がった。

 

(……これは大仁多には感謝すべきだな。やつらのおかげで、こちらの士気はさらに膨れ上がった)

 

 大仁多の奮戦は、敵の士気までも高めてしまった。予想外に選手達がやる気を見せてくれて、岡田は心の中で大仁多に感謝の言葉を告げた。

 勇作が立ち上がり、さらに高まった闘志をまとめるために声を張り上げた。

 

「大仁多を倒し! IH出場を果たし! 妹を取り返し! 二年間の屈辱を倍にして返す! 絶対に勝つぞ、お前ら!」

『おう!』

「……あれ? 今さりげなくチームとは関係ない個人的な感情が、それも私怨が含まれてなかったか?」

 

 細谷の冷静なツッコミはチームメイトの活気によって掻き消された。

 もはや余計な雑念はなかった。ただ決勝戦で宿敵・大仁多を倒すことだけを考えて、盟和高校の選手達は明日の試合へと臨んだ。

 

 

――――

 

 

 そして翌日、ついに決戦の日を迎える。

 大会最終日。今日で栃木県の予選は全て終わり、IHに出場する一校が決定する。

 観客数は昨日よりもさらに増えた。今年の代表を決める試合を見るために敗れた高校からも観戦に来る人の姿が見られる。

 決勝戦が始まるのは午後。だが午前からすでに人は集まり、歓声が飛び交っていた。

 

『それではこれより三位決定戦、聖クスノキ高校対山吹高校の試合を始めます!』

 

 惜しくも準決勝で敗れた二校による三位決定戦。

 すでに全国への夢は絶たれた者達。しかし己のプライドをかけ、彼らは最後に華を咲かせる為にコートに立った。

 

「楠、いざって時は頼むぜ」

「それまでは俺達で稼いでおくじゃん」

 

 真田と沖田がベンチに腰掛ける楠へと声をかける。

 彼も白瀧同様消耗が大きく、とてもではないが先発出場することはできなかった。

 

「はい。頑張ってください! 出るまでは精一杯声を出します!」

 

 それでもまったく動けないわけではない。いざという時の為に準備を整え、そしてチームに声援を送った。

 多くの観客が見守る中、最終日最初の試合、三位決定戦が始まる。

 

「――試合開始(ティップオフ)!」

「ウォオラ!」

 

 ボールをタップしたのはジャン。黒木にも競り勝った彼が負けるはずもなかった。山吹のセンターでは勝負にもならず、ボールは狙い通り山田の手に渡る。

 

「ナイスです! 行きますよ!」

 

 すぐさま聖クスノキの選手達が攻めあがる。

 山吹の2-3ゾーンディフェンスの間を掻い潜るように動き回る。

 山田も積極的に仕掛け、そしてジャンへとボールを送った。

 

「ッシ! 食らえ!」

 

 相手のセンターなど眼中にないのだと言うように、マークをお構い無しに跳んだ。

 当然相手も遅れながらもブロックに跳ぶ。しかし彼の腕はジャンの長身にはまったく届かない。ジャンのダンクシュートを、簡単に許してしまった。

 

「ヌウォオオオオオオ!!」

 

 試合開始早々、ジャンの咆哮が響く。昨日の敗戦の悔しさを振り払うかのように力強い叫びだった。

 

「よっしゃあ! ナイッシュ、ジャン!」

「今日もゴール下頼みますよ!」

 

 先制点は聖クスノキ高校。敗戦による戦意の低下はない。

 

 

――――

 

 

 ジャンのダンクシュートを切欠に、両校激しい撃ち合いが続いた。

 聖クスノキがインサイドから積極的に攻め、山吹は得意の速い展開を仕掛け、ラン&ガンで攻める。

 第一Qが終了し、第二Qも残すところあと二分弱。(聖クスノキ)35対33(山吹)で聖クスノキが二点リード。

 まだどちらにも勝機があり前半戦は一歩も譲れない展開が続いた。

 

「聖クスノキ高校、選手交代(メンバーチェンジ)です!」

 

 そこで動いたのは聖クスノキ高校。流れを掴むために楠を投入した。

 

「楠、大丈夫そうなのか?」

「ええ、任せてください。残り二分だ。ここで引き離して、前半を終えましょう!」

 

 チームメイトに声をかけられた楠は笑みを見せて答えた。

 二分間。それならば問題はないと石川が判断し、試合に出してくれた。その期待には答えなければならない。

 

(それに、最後くらい勝つ姿をみせないとな)

 

 そして背中を見守る人に、勝つところを見せなければならない。

 聖クスノキの攻撃。山田がパスを楠へとさばく。

 交代直後の一プレイ。ここまできて今さら緊張などなかった。楠はいきなり仕掛けていった。

 

「遅い!」

「……ッ!?」

 

 山吹高校のPG・横山は身動きがとれなかった。反応が間に合わなかった。

 速い切り込みにすかさず後列の選手が飛び出す。ヘルプが早い。だが楠のスピードはそれをも上回った。

 ドライブから即ストップ。そしてジャンピングシュート。タイミングの早いシュートは相手のブロックを触れることさえ許さない。

 (聖クスノキ)37対33(山吹)。その差は4点。

 

「よっしゃあ!」

「ナイッシュ楠!」

 

 瞬く間に得点をたたき出す姿はまさにエースと呼べた。

 白瀧に敗れたとはいえ、やはり彼も全国区。そう簡単に止められない。

 

「くっ! リスタートだ! 早くしろ!」

 

 菅野がセンターに促し、ボールを受け取る。そして同時に山吹の選手達が駆け出した。

 

(取られたならば取り返す!)

 

 得点されようともすぐに攻勢に転じる。攻撃的なバスケ。

 菅野と横山だけではない。全員が走り、パスを出し、敵陣に襲い掛かる。

 次から次へと高速でパス回しが行われる。敵にリズムを作らせない。

 連携には自信があり、このスタイルで勝ち上がった。だからこそ最後までこのバスケを貫いた。

 

「甘い!」

「げっ!?」

「スティール!」

「(白瀧がPGの時の大仁多と比べれば……)獲ることは容易い!」

 

 しかしそれも楠のスティールによって阻まれた。

 準決勝で大仁多を相手に奮戦した楠。特に白瀧とマッチアップしていた楠は目が慣れていた。

 ボールを奪うとすぐに前線に走る山田にパス。追い討ちとなるカウンターを決めた。

 (聖クスノキ)39対33(山吹)。聖クスノキがついに本領を発揮し始めた。

 

 

――――

 

 

 前半戦は楠を投入したことで聖クスノキが流れを掴んだ。

 ハーフタイムを挟み、第三Qが始まる。楠は後半も交代せず、コートに入った。

 最初の聖クスノキのプレイ。山吹は楠にダブルチームを仕掛けるが、沖田のスクリーンによって菅野が引き剥がされると、横山だけでは対処できなかった。

 スリーポイントラインの外側。今度は楠がスリーポイントシュートを決める。打点の高いシュート、とてもではないがとめられなかった。

 聖クスノキへと流れが移り、そして楠への声援が高まっていく。

 そんな光景を一際高い場所から見下ろす集団がいた。

 

「……楠のやつ、ピンポイントで活躍していますね」

「そりゃそうだろ。白瀧とあれだけ競ったんだ。むしろ決めてもらわないとこっちの株が下がっちまうさ」

 

 大仁多高校の選手たちだ。中澤の呟きに山本が笑って答えた。

 決勝戦は午後から始まる。そのため、試合を前に自分達を苦戦させたチームの試合を観戦しようと観客席にレギュラーが集っていた。

 

「楠の参加は得点力の向上だけではない。高さと速さを生かした積極的なディフェンス。並大抵の攻撃では楠を超えられない」

「しかも山吹は核となる選手がいないから、あいつが出てきたら本当に組み立てが難しくなりますね」

 

 中澤の後ろから小林が「大したものだ」と呟く。誰もがその意見には首を縦に振った。

 流れを変えるにはエースの務めでもある。しかし山吹にはその選手がいない。

 一気に爆発力を見せ始めた聖クスノキ。この流れはしばらく続くだろう。

 さらに楠は横山のジャンプシュートをブロックすると、速攻を仕掛けた。並外れたドリブルスピードに山吹高校の選手達はついていけない。あっという間にカウンターのレイアップシュートを決めた。

 徐々に点差が離れていく。パス回しも楠に掴まってしまい、リズムが悪くなってしまった。

 山吹の攻撃だが、再び楠のスティールに阻まれる。今度はラインを割り、山吹ボールへと移るが、ここで聖クスノキは楠をベンチに下げた。

 

「あれ? どうやら交代みたいですよ」

「楠先輩は体力が戻ってないからな。しかも昨日の試合で疲労が大きい。無理をさせないためだろう。でもまた勝負どころで出てくるだろうさ」

 

 また昨日のように楠に無茶をさせるわけにはいかないのだ。疑問を口にする西村だが、白瀧の推測を聞いて「なるほど」と頷いた。

 すでに楠は十分すぎるほど役目を果たした。均衡に保たれていたこの試合を動かすという、エースである彼にしかできない役目を。

 (聖クスノキ)50対35(山吹)。試合が始まってから最大の15点差が開いていた。

 

「本当に立派だよ。本当にあの人はエースを名乗るに相応しい」

 

 味方(チーム)のピンチに颯爽と現れて勝機を掴み取る。最後まで諦めずに勝負を挑み続ける。

 長年強敵を見てきた白瀧の目からしても、楠の姿はまさにエースだった。

 

 

――――

 

 

 後半戦、第三Q中盤から山吹も勢いを盛り返した。

 流れを取り戻すことは容易ではない。それでも山吹高校は自分達のバスケを取り戻し、積極的にシュートを放った。

 お互い攻撃力が高いチーム。後半戦も点の取り合いが続いた。

 第四Qになってもその勢いは衰えない。そしてラスト二分を切り、再び楠がコートに戻った。

 

「ラスト二分。聖クスノキのベストメンバーが揃ったか!」

「……あー、これは決まったわ」

 

 頬をかいて、神崎は苦笑を交えて言った。「どうして」と問わずとも光月にもわかった。

 

「エースが戻ってきたんだ。これで決まりだろ」

 

 楠も十分休めた。ラスト二分は彼の全力を以て山吹高校に挑んだ。

 山吹の選手達も必死にボールを狙う。だが楠とジャンの圧倒的な破壊力によって捻じ伏せられてしまった。

 ラスト2秒。楠がスリーポイントシュートを放つ。ボールがリングを潜るのとブザーが鳴り響くのは殆ど同時であった。

 

『試合終了――!!』

「聖クスノキ高校、三位決定!」

「っしゃあ!」

「ウオオオ!!」

 

 (聖クスノキ)107対72(山吹)。大仁多高校が最後の試合を勝利で飾った。

 

「107対72で、聖クスノキ高校の勝ち! 礼!」

『ありがとうございました!』

 

 試合後の礼を済ませると、聖クスノキの選手達は疲れを忘れて勝利を喜んだ。

 ふと楠が何かに気づいて視線を観客席の一角へと向ける。――その先に大仁多の選手達がいた。

 楠の表情から一瞬だけ笑みが消える。そして少し間を置いて彼は無言で拳を突き出した。

 明らかに大仁多の選手達に対して向けられたサイン。彼の行動の意味を察し、松平は笑い出した。

 

「ははっ。あれは、俺達に勝って来いって合図かな?」

「三位決定戦は聖クスノキが勝利した。後は決勝戦で俺達が勝てば、聖クスノキは栃木の中で2番目に強かったと言ってもおかしくはなくなる」

「昨日負けたばかりだというのに応援するとは。『昨日の敵は今日の友』というわけですかね。だけどまあ……」

 

 ――言われるまでもない。

 全員の心が一致した瞬間だった。元よりここには勝つためにきている。ただそこに聖クスノキの選手達の思いが加わっただけ。

 どう転んでも彼らは勝つしかない。王者の椅子を守りきり、IHに出場する。そのためにこれまで辛い練習にも耐えて努力を続けてきたのだから。

 

「さあ、戻るぞお前達。すでに三位決定戦でこれだけ会場が盛り上がっているんだ。不甲斐ない姿は見せられないぞ!」

『おう!』

 

 小林を筆頭に、大仁多の選手達は観客席を後にする。

 運命の決勝戦。始まるまであと数時間。数時間後には今年の栃木県代表が決まっている。

 果たして最後に笑っているのは王者・大仁多高校か、あるいは挑戦者・盟和高校か――。


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