週末の対矢坂黎明戦を終えて、県大会進出を決めた大仁多高校はまた日常の日々へと戻る。
明朝6時、まだ人通りが見られない通りの中、白瀧はジャージ姿で朝の町を走り抜けていた。
「はっ、はっ、はっ……」
一定のリズムで呼吸する。軽く汗を流しているもののフォームに乱れはない。
白瀧の一日の始まりは、もはや習慣と化しているこの走り込みから始まる。
彼自慢の体力を保ち、かつその日の調子を確認、体を慣らすために。
走っていると、ある公園を通りかかる。白瀧が光月や神崎達とよく練習するバスケットがある公園だ。
水分補給のために公園に立ち入り、水道で軽く水を口に含むと、白瀧は真っ直ぐにバスケットに向かって歩いていく。
自分の身長よりもはるか高いところにあるゴール。それを一瞥すると白瀧はそのゴールに向かって走り出した。
「……うおおおおお!!」
勢いをつけた助走の途中、さらに力を加えようと言わんばかりに白瀧は吼える。
その速さを殺すことなく白瀧は跳ぶ。空中でボールを掴むように腕を伸ばすと、そのまま左腕をリングへと叩きつけた。
「…………」
バスケに通じているものならばこの動きを理解できただろう。
着地し、先ほどよりも乱れた息を整えながら、白瀧は無言で自身の左腕を見つめる。
しかし白瀧はこれだけ派手な動きを見せながらも、彼の心は深く沈んでいた。
――――
ランニングを終えて寮へと戻ると、白瀧はすぐに次の行動へと移る。
汗をふき取り制服に着替えると寮の食堂で朝食を済ませる。
そして部屋へ戻り、荷物を一通り準備するとすぐさま学校へと向かった。
もっと言うと目的地は大仁多高校の体育館。バスケ部が使用しているその場所でまさに朝練が行われようとしている。強制ではないものの、暗黙の了解として1軍選手は全員が参加しているものだ。
「ちわす!」
「おう、来たか白瀧」
「おはよ。早かったな」
「あ、小林さん、山本さんちわす。お二人も早いですね」
体育館へと入ると、すぐ近くで小林と山本が体を慣らしていた。
練習時間である7時にはまだ十分ほど余裕があるのだが、最高学年であり、スタメンである二人は試合明けにも関わらずすでに準備をしていたのだ。さすがは主将、副主将といったところだろう。
「まあな。試合明けとは言え、体力が余っていたから少しでも動こうと思ったんだ」
「何せ試合ではお前達のおかげで出番が思ったよりもなかったからな」
「……あー、すみません」
「冗談だっての。この調子で県大会も頼むぜ」
挨拶を済ませ、軽い冗談を交わすと白瀧は会釈してその場を後にする。
すると神崎、西村、本田、の三人が体を動かしている姿が目に入った。
「おはよ。皆も早いな」
「おう、要。おはよう」
「白瀧さん、お疲れ様です」
「……お前も、今日も早いな」
「まあな。少しでも体を動かしたいし」
三人ともやる気の方は十分のようだ。
矢坂黎明戦では神崎達は第1Qのみの出場だけで後は応援だけだったために、不満も少しはあったのかもしれない。
もっとも白瀧も最初の十分と終盤に少し出たくらいだったために、彼らと疲労はさほど違わないのだが。
「おや? ……皆さん早いですね」
「藤代監督、おはようございます」
「ええ、おはようございます。皆さん準備は出来ているようですね」
白瀧たちが他愛もない言葉を交わしていると、藤代も体育館へ現れた。
選手達が各々挨拶し、それに答えながら藤代は一人一人に視線を向けていく。
そして彼らの状態を確認し、満足げに頷いた。
「それでは少し早いですが、来ているメンバーからはじめましょうか。……小林さん、お願いします」
「わかりました。よし、それじゃあ全員集合!」
藤代が小林に声をかけると、小林はその意図を理解して声を張る。
その声の元に、白瀧達はもちろん、用具室で準備をしていた中澤達や丁度今来たメンバーも集まった。
「大仁多――」
「ファイ!」
『オオッ!!』
その声を合図として一気に走り出す。
白瀧や山本、西村をはじめとしたスピードに自信のあるメンバーがやはり軽快に動いている。
そんな姿を藤代は壇上より見つめていた。
「……やはり、皆さん疲れはないようですね」
一通り目を通すが動きが悪い選手は見当たらない。
県大会やインターハイといった大きな大会では試合の連続となるため、この程度で音を上げてもらっても困るのだが。
近づく県大会に向けて十分な仕上がりを見せる彼らを見て納得の表情を浮かべると、いつも通りの動きを見せてくれる選手達に応えるように、藤代も指示を次々と飛ばしていく。
大仁多高校の朝練は7時から8時までの約1時間。
最初にフットワークを行い汗を流すと、残りは個人練習がメインである。
個人練習に含まれるのはシューティング、ドリブル練習、
橙乃と東雲はこの間にドリンクを用意し、いつもの場所へと設置する。
朝から体育館にはバッシュのスキール音とボールがネットをくぐる音が響き、部員達の熱気と活気に溢れていた。
――――
朝練を終えると、バスケ部員も他の生徒同様に学生の本分へと戻る。
全国区の部活であろうとも決して勉学を怠ってよいというわけではない。いや、むしろ大仁多の校風を考えればそれを考えることさえ許されないのかもしれない。
「……っぐー。あー、やっぱり少し体が痛いな」
勇は廊下を歩きながら腕を伸ばし、疲労をやわらげている。
朝練がそれほど厳しいものではなかったものの、やはり早朝から運動している分、疲れもあるのだろう。授業に影響が出なければよいのだが。
「ま、それでもしばらくは午後練はマシになると思うぞ。最近は県予選に向けて午後練がハードだったからさ」
「それもそうだな。県大会まではもう少し期間があるし、今のうちに体力もつけておかねーとな……」
「予選は一試合しかなかったからね。出番も増えるだろうから、僕ももっと鍛えないと」
午後の練習の負担が少し減る分、自主練の時間も増えるだろう。
それを感じてか勇も明も次の試合に向けて課題の克服へと意識を向けている。
特に明の場合は矢坂黎明戦が終えた後、吹っ切れたように清々しい表情をしている。やはり過去から脱却できたことが良い方向に働いてくれたようだ。これなら県大会でも大丈夫だろう。
「俺としては授業もそろそろ本格化してきそうなんで嫌ですけどね」
「……確かにそれはあるな。数学とかも完全に高校の範囲になってきやがったし」
「勉学も気を抜くなよ。後で泣くことになるのは自分だ」
「ははは。……あー、それじゃ皆さん。また部活で」
苦手な勉強に対して苦言を放つ西村と本田を応援し、クラスの前で二人と別れた。
まだテストもしばらく先だが……今度西村には理解の度合いを確かめたほうがよさそうだ。
「おはよう」
まあそれは後の話。
二人と別れた後、俺達は扉を開けて教室へと入る。
「――おっ! 来たぜバスケ部!」
「……うん?」
「どうした要?」
「いや、よくはわからないが……」
挨拶をして教室へと入ると、突如教室内にすでにいたクラスメートの視線がこちらへと集まり始める。
勇の問いかけに上手く答えられず、呆然としていると次々と集団が歩み寄ってきた。
「聞いたぜ、県大会出場。お前らも出たんだろ?」
「あ、ああ」
「やっぱり! あー、本当だったんだ。見たかったよ」
「一年生だけでも試合に出ていたって聞いたけど、本当!?」
「……なんで、皆知っているんだろ?」
「おそらく、原因はこれだな」
突然の質問に困惑する勇と明。
ふと視線を横に向けるとある紙を目に入り、俺はその紙を手に取る。
二人もその紙を覗き込む。今日出たばかりの学校新聞、その一面にバスケ部の結果が記載されており、さらに写真――明が決めた、試合最後のダンクが張られていた。
「……これなら皆騒ぐだろうな」
「確かに。特に明のことはな。俺ももっと試合に出てれば……」
勇が羨ましがる気持ちもわかる。
ダンクと言えばバスケの花形だ。それを記事にしたとなれば、皆がこうなることも理解できる。
クラスメートの多くはさらに明へと集中する。それを見て俺と勇は一言告げて自分の席へと向かった。
明から助けを求める声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。無駄なく朝の授業の準備をする。勇も準備を済ませ、俺の机へとやってきた。
「明も一躍人気者だな」
「ああ。元々性格はよかったから、活躍の場面をみたら尚更だ」
今まではあの大きく、太い体格のせいで逆に怖がられることもあった明だが、こうなればクラスにもより深く馴染むだろう。
耳を澄ませば、他のグループでもバスケ部のことを話しているところもあることがわかる。新聞の効果が大きかったようだ。
「バスケ部としては、話題になって嬉しい限りなんだけどな。
でも、そんなに話題になることか? 大仁多だって全国常連の強豪校なんだから、県大会出場なんて驚くほどのことではないだろ?」
「……いや、おそらく皆がここまで話が盛り上がっているのは、そういうことではないと思うぞ」
たしかに強豪校ならばこの程度のことで話題になることはない。
しかし、今回はその試合の内容からここまで話題になっているのだと俺は思う。
「お前の言うとおり、大仁多はIHにも毎年出場するほどの常勝校。その常勝校で一年生のうちから試合に出るなんて、たとえ実力の世界だとしても普通に考えたらありえないことだ。
それにも関わらずその高校で俺と明、そして勇と同じクラスから三人も試合に出たとなれば、騒ぎにもなるだろ」
「ああ、なるほど」
いくら大仁多のバスケ部が強いということは知っていても、部活が関係ない者達はそれほど興味も示さないことだろう。
だが身近な者達がその試合に出たということならば話題になってもおかしくはない。それが三人もいればなおさらだ。
「ま、今回はあの写真のせいで明に集中したようだがな」
「ちっ。俺らの中で一人だけあんな写真のりやがって。……別にいいし。何も人気が欲しくて試合に出たわけじゃないし。なー、要」
「そういうことにしておくよ」
強がりだということは明白だが、ここは勇の顔を立てておこう。むしろこれを糧にしてくれればそれで良い。
「……あのー、会話の所悪いけど、白瀧君」
「ん? なんだい?」
勇と話していると、女子生徒二人が声をかけてきた。手にはメモ帳のようなものとシャーペンを持っている。
とりあえず用件を聞いてみると、彼女達はオドオドしながらも尋ねてきた。
「私新聞部に入っているんだけど、この前の試合について白瀧君にインタビューしたいの」
「一年生でスタメン入りした、監督のお気に入りの選手ってことでね」
「……へ?」
「ふぁっ!?」
突然のお誘いに二人して驚愕した。
まあ確かに推薦で入ったので監督のお気に入りという表現も……間違ってはいない、のか?
「別に俺は構わないけど……」
「要、お前もか。裏切り者がこんな間近にいたのか!」
先を濁して視線を彼女達から勇へと向けると……恨みの視線で俺を睨み付けていた。
間違いなく嫉妬のものだ。やはり勇も目立ちたいという意識はあったのだろう。なんというか、哀れだ。
「勇……」
「いいよ! 俺のことは気にせず行ってこいよ要! 知ってたよ、どうせお前も同じだってさ!」
……そう言う彼の瞳に、わずかに雫のようなものが溜まっていたのは見なかったことにした。それも優しさだと俺は思う。
ここにいてはこれ以上話が進まない。仕方なく、俺は二人にOKと返答して、その場から離れることにした。
「やっぱり『キセキの世代』は個人が優先か。そうだよな」
後ろで勇が呟いたのが耳に入った。だから俺は違うと言っただろうに!
彼女たちもその雰囲気を感じ取ったのか、少し気まずそうに話を振る。
「えっと、わざわざありがとうね」
「でも、よかったの? 神崎君が……」
「ああ。……その、このインタビューについて俺からも条件、というか頼みがあるんだけど。……いいかな?」
「なに? 受けてもらうんだから、私達にできることなら」
「細かい編集とかも、先輩達に言えば大丈夫だから何でも言って」
「それじゃあ……」
了承してくれた二人に、俺は一つのことを提案した。
それを聞き終えると二人は顔を見合わせる。
「別に構わないけど……それで白瀧君は良いの?」
「ああ。では、こちらも話を通したいから、また後で大丈夫か?」
「うん。なら昼休みにどう?」
「それで頼む。それじゃあ」
二人にお願いし、俺はその場を後にする。
席に戻ると、やはり勇がそこで黄昏れていた。よほどこたえたようだ。
「おい、元気出せよ勇」
「どうした友達見捨てた白瀧君。目立ちたがりの君に励まされても何も感じないけど」
「ちょっと待て。お前何を勘違いをしている」
いつの間にか完全に気分を害していた。
視線をあわせようとさえせず、ただひたすら苛立ちを放出している勇。
折角話をつけてきたというのに、これでは全然話ができないではないか。
「何のことだ? 白瀧君が一人で目立っても俺別に何も感じないし? バスケはチームプレイだから、個人で目立とうとも思わないし?」
「……そうか。目立ちたくないなら仕方がない。折角皆に名を示す機会だが、今回の用件は勇抜きでやるか」
「ごめんなさい俺が調子こいてました。本気で謝るので、その話というものを聞かせてください」
あくまで引き下がるそぶりを見せない勇であったが、俺が依頼の話をした途端、今までの態度が嘘のように頭を下げた。
最初からそうすればよかったのに。というか勇もやはり目立ちたいという思いはあったんだな。
「今新聞部の彼女達と話をしてきた。インタビューを受ける代わりに一つ条件をつけてな」
「ほうほう。それで?」
「インタビューは構わないが、折角だから一軍の一年生五人、全員でやって欲しいってな。
今年は珍しく五人もベンチ入りしている、貴重な学年だからな。向こうも快くOKしてくれたよ」
「……要」
俺の話を聞き終えると、勇は頭を下げ、俺の両の肩に手を置いた。
心なしか、体が震えているのがわかる。どれだけ単純なんだろうか、この男。
「信じてた。要が俺を見捨てるわけがないって最初から信じてた。
さすが要、頼れるのはお前しかいない。これから一生ついていく」
「うわー。なに、この熱い手のひら返し。調子がいいやつ。こういうのマジうぜー」
棒読みでしか言葉を発せられない俺は間違っていない。それほどの勇の変貌ぶりであった。
――――
その日も無事に全ての授業を終えると、再びバスケ部は活動に移る。
大仁多高校の午後の練習は基礎練習とポジション別の練習、本番を意識した実戦形式の練習が多い。
さらに細かく言えば様々な制限をつけた練習が多く、オール・ハーフの5対5、2メンや3メン以外にはドリブルを禁止した3対3、速攻時を意識した
以前までは試合前ということでナンバープレイやプレスといった練習もあったのだが、今は県予選を終えたばかりなため、次の県大会までは期間があるために今日の練習では組みこめられてはいない。
しかしそれでも一軍の練習は所属しているメンバーの実力が桁違いということもあり、その練習密度も過酷なものであった。
「よっし! それでは今日の練習はこれで終了とする! 解散!」
『ありがとうございました!』
小林さんの合図をもってその日の部活動は終了となる。
しかしその後は当然のように自習練習の時間となり、一軍メンバー――特にベンチ入りしている選手は率先して練習に励んでいる。
「山本先輩! すみません、今日もいいですか?」
「おう、神崎。やるか?」
「はい、ご指導よろしくお願いします!」
たとえばコートの一角。
同ポジションである大仁多の二人のシューター、神崎が先輩にあたる山本に声をかけて合同練習を行っている。
二人がやろうとしていることは、神崎のドライブの練習であった。朝練の時もやっていたことである。
神崎はスリーこそベンチ入りできるほどの実力者だが、ドライブの技術に関してはまだまだスターターに名を連ねるには厳しい面がある。
しかしこれから先、より高いレベルで戦っていくにあたり、ドライブは必要不可欠。味方のスクリーンばかりに頼るわけにはいかない。
そこで神崎が自身よりもドライブ技術が高く、同じポジションである山本に頼み込んだのだ。
山本はスラッシャータイプのシューティングガード。指導を頼む相手として、これほど適切な人物はいなかった。
「踏み込みが浅い! もっと反応早くしろ!」
「はい!」
神崎の切り替えしに難なく対応し、その上で指示を飛ばしていく山本。
それに応えるように神崎もボールをコントロールしながら、巧みにゴールを狙っていく。
それを何度も何度も繰り返す。
自分が納得いくまで神崎は何度も山本を相手に切り込んでいった。
「……今日はコレくらいでいいだろ。お前もこの後シューティングやるんだろ?」
「はい。やっぱり毎日やらないと感覚鈍ってしまいそうですし。……ありがとうございました」
「気にすんな。俺でよければいつでも相手をしてやるよ」
山本はボールが大量に入った籠を用意し、シューティングの準備をする。
そんな先輩を神崎はタオルで汗を拭きながら、じっと見つめていた。
「うん? どうした、まだ何か用事あるか?」
「いえ。……山本先輩、なんで俺にそこまでしてくれるんすか?」
「へ? なんでって、なんで?」
「いや、俺達だってポジション争いをしている間じゃないですか。それなのにここまで練習にも付き合ってもらって、申し訳ないというか……」
「なんだ。そんなことか。これでも副主将なんだから、これくらい当然だ」
神崎の問いに、呆気なく山本は答えた。
気楽で親しげな性格だが、やはり立場上後輩に対して思っていることはあるのだろう。
「それに、さ」
「え? 他にも何かあるんですか?」
「ほら。俺らが去年、WCで負けたのは知っているだろ?」
「……確か、秀徳に負けてベスト16でしたっけ?」
「ああ、その通りだ」
懐かしむように山本は言葉を紡ぐ。
神崎も余計な茶々は入れずに、その先を促してじっと待った。
「大仁多も全国の常連とは言え、三年生が抜けた途端に弱体化した。
特に俺らの代は小林しか全国でも有数なプレイヤーがいなかったから。……あいつには本当に申し訳ないと思ったんだ」
たしかに、大仁多高校は栃木では最強と謳われている。
しかし全国でも通じるかと言えば、必ずしもそうというわけではない。
特に今の大仁多は司令塔・小林の存在があってこそのものであった。それゆえに山本達も自身の不甲斐なさを感じ取っている点があった。
「だからこそ、小林が主将である今年は、絶対にあいつを優勝させたいと思った。
俺が手を貸せるのは夏までだから、少しでも今のうちにやれることはやっておきたいんだ」
「え……夏までって、山本さん、冬は出場しないんですか!?」
思いもよらぬ言葉に、神崎は驚愕した。
たしかに去年の三年生は夏で引退したと聞いているものの、山本達まで引退してしまうとは考えてはいなかったのか、動揺は隠し切れなかった。
「こればかりはどうしようもない。大仁多の学校方針は知っているだろ?」
「……『文武両道』、ですか?」
「ああ、そうだ。冬に参加できるのは大学の推薦が決まっている者のみ。それ以外のメンバーは受験のために引退だ。
だから今年の三年生は……小林が残るくらいだろうぜ」
バスケを続けたいという意思がないわけではない。しかしそれは学校側から許されないこと。
三年生の中で全国区の実力を持ち、唯一大学から話をかけられた小林以外は……夏で終わりとなる。つまり……
「だからもしも負ければ……その試合が俺達の引退試合だ」
「そんな……」
負けた瞬間、山本達の高校でのバスケは終了となる。
神崎はそれを理解して思わず視線を逸らしてしまう。
まだ神崎達がこの部活に入ってから日は浅い。それなのにもう共に戦えなくなってしまうのかと、悔やむ言葉ばかりが浮かんできた。
「そんな暗い顔すんなよ。試合も終わってないのにそんな顔するな!」
「あっ……」
その心情を察し、山本は神崎の頭に手を置き、安心させるように声をかけた。
「俺だってもっとバスケがしたい。だからお前も俺達と戦いたいなら、もっと上達して助けてくれよ。
まだ夏はずっと続くんだ。……その最後の日まで、ずっと俺達がいられるように」
「……はい!」
そうだ。夏は負けるまで続く。それならば最後まで勝ち続ければいい話だ。
神崎はようやく顔を上げて笑みを浮かべる。それを見て、山本もいつものようにニッと笑顔を見せた。
「よっし。それじゃあ乗り気になったところで、早速シューティングいくか! 今日は軽く300本くらいにしようぜ」
「今からですか!?」
「おいおい、『助けてくれ』って頼みに頷いてくれたろ? だったら別に良いじゃねえか」
「――ああもう! わかりましたよ! それじゃあ早速いきましょうか!」
そこまで言われてしまっては神崎も引き下がれない。
山本が早速一本目を決める中、神崎も急いでボールを取りに行くために走り出した。
疲労もあり、重い話もあったのだが、自然と足は軽く感じた。
「あ、ちなみに早く終わった方にジュースおごるって勝負な!」
「冗談ですよね!? 山本さんが先に始めんだから、それ冗談ですよね!?」
このように軽口を叩く山本に講義をする神崎だが、この時間がずっと続いて欲しいと思った。もっと一緒に競い合いたいと思った。
――やはり、山本さんは何時でも面白い、頼りになる。
小林のリーダーシップとはまた違う頼もしさを感じ取った神崎だった。
「よっし四本目!」
「待ってください! 俺今からはじめるんですから!!」
――それでも、やっぱり少しは手加減はして欲しい。神崎はそう感じざるをえなかった。
様々な思いを胸に、スリーポイントラインの外からボールをリリースする。二人が放ったボールは長く、綺麗な弧を描き、リングの中心を貫いた。