黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第一話 旅立ちの日に

 時期は三月の終盤。多くの学校では卒業式も終了し、学生達は春休みを迎えている季節。また、新たな学校へ進学するために勉学の、引越しをする者ならば新生活の準備をする時期でもある。

 友や家族、親しい者達と共に過ごしている者達もいれば、一人で自由に過ごしている者達もいる。あるいはすでに新天地で新しい生活を送っている者達もいるだろう。

 

 そんな中、朝早くから東京都内の一角では白瀧要が一人走り込みを行っていた。今日は栃木の学生寮への引越しの日だというのにも関わらず、『毎日の心がけであるロードワークを欠かすわけにはいかない』と語って自分の体を苛める彼のストイックさには驚くばかりだ。彼は大仁多高校の進学が決まってからもトレーニングを怠ることはなかった。すでに高校の戦いは始まっているのだと、自分に言いつけるようにひたすら練習に打ち込んでいたのだ。

 白瀧は普段から走りこんでいる見慣れた道を呼吸を乱す事無く走っている。

 栃木に引っ越してしまえば、しばらくの間この見慣れた風景を見ることもなくなるだろう。だからこそ、この光景を忘れないように今のうちに脳内に刻みこもうと彼は前を見据えた。

 

 彼のランニングコースにはつい最近まで彼が通っていた帝光中学校側の道路もある。久しぶりにチラリと視線をそちらに向けると、『祝バスケ部全国三連覇』という大きな垂れ幕が目に入った。

 

「……早いものだな。あれからもう半年もたったというのか」

 

 あの激闘の日、彼らの最後の試合からすでに半年の時間が過ぎている。

 その事実を懐かしむのと同時に、悔しさと寂しさが白瀧の胸にこみ上げてきた。

 あの時。三年の全中決勝の日、帝光中学バスケ部の優勝が決まった瞬間。白瀧はコートに立っていなかった。ベンチから仲間達が相手を完膚なきまでに圧倒している姿を見ていることしかできなかった。

 優勝が決まったというにも関わらず、コートに立っていた者達の顔に笑みはなく、まるでそれが当然のものであり喜ぶものではないと言っているような表情が。そんな彼らに何も声をかけられなかった、共に戦えなかった自分が、悔しかった。

 そして、同じようにベンチで味方選手(チームメイト)を支えていた、自らを『影』であると評していた親友が、仲間の輪から去ってしまったことが寂しかった。あの日以降、バスケ部のメンバーで彼らの影を見つけた者は数少なく、会話をした者となればさらに限られてくる。あの桃井でさえも、彼に理由を聞くことは適わなかったのだ。

 

 白瀧も彼がそこまで思いつめていたとは考えてもいなかった。才能がなくても共にバスケに励み、チームに貢献していた健気な少年が、それほどにまで追い詰めていたとは思えなかったのだ。まさか彼までバスケを嫌いになる日が来るとは信じたくはなかった。……だからこそ白瀧自身も気づかぬうちに現実から目をそらしてしまったのかもしれない。

 

「……黒子。お前は一体、今何を求めているんだ? 光を見失った影は、これからどうするというんだ?」

 

 ポツリと旧友の名前を呼んだ。これほどまでに弱弱しい声で彼の名前を呟いたことは今までにはなかったことだ。

 ――黒子。黒子(くろこ)テツヤ。帝光中学バスケ部の影にして、キセキの世代の最高のパートナー。共に最後まで戦おうと誓った白瀧の親友の一人。全中決勝が終わると同時に姿を晦ました選手だ。

 結局彼がどこの高校に進学するのかもわからない。全中の決勝以降、まともに会話をしたことさえないのだ。彼が高校でもバスケをするのかどうかさえ今の白瀧には予測できない。

 

 今さら考えても仕方がないことだが、もうすぐ東京を去ってしまうということを考えると心残りに感じてしまう。せめて黒子にも最後に一言声をかけられたならば、と後悔の念が次々と浮かんできては白瀧の体を鈍らせる。

 

「いや、それは無理な話か。ただでさえあの影が薄いやつを、学校でもないのに見つけられるわけがない」

 

 あまりにも最もすぎる考えが想像できて、思わず一人笑ってしまう。

 昔からそうだったのか、黒子は日常生活からなぜか影が薄かった。同じ教室にいたとしても少し気を抜けば彼の存在を認識できなくなってしまうほどに。……白瀧も神出鬼没のような彼の存在にはよく驚かされたものだ。

 そんな彼を、どこにいるのかわからない状態で探し出せるとは到底思えない。むしろそんな簡単に見つけてしまえば拍子抜けする。一体今までの苦労は何だったのだと嘆くことになりそうだ。

 

 そんなことを考えながら走っている間に、白瀧は長い石段へとたどり着いた。

 ランニングコースの中では一番の難関である石段昇り。平地ではない上に段数も半端なものではない。一気に駆け上がったとしてもここでかなりの体力を費やすことになる。

 白瀧は一度石段を目の前にして立ち止まり、ジャンプをしながら石段の頂上を見上げた。こうして見上げえるとやはり相当なものだったんだな、と感じる。だがこの程度で弱音を上げるようでは話にならない。

 

「……よしっ、行くか!」

 

 自らの頬を両手で叩き、気合を入れるとその場で一気に加速。

 最初の一歩で一気に三段まで跳んだと思ったら、その右足が地に着いたと同時に地を蹴っている。さらに左足が地面に付けばすぐさま逆の足を蹴り上げる。その動作をひたすら繰り返された。

 瞬間的に発揮される大きな力、――すなわち瞬発力。白瀧があの『キセキの世代』からも認められた彼だけの力だ。

 しかもスタートだけではない。スピードは衰えることなく、そのまま階段を駆け上がっていく。あっという間に白瀧は頂上までたどり着き、先ほどまで自分が立っていた場所を見下ろしていた。

 

「黒子……」

 

 もう一度友の名前を呼ぶ。しかしその声に答えるものいない。彼の呟きは誰の耳にも届く事無く、宙に消えていった。

 

「黒子。俺はもう立ち止まらない。お前の分まで点を取ると約束したが、その約束をまだ果たせてはいないからな。

 ……お前の分まで戦いぬくとしよう。必ずや上り詰めてみせる。俺にはまだ、やらなければならないことがある」

 

 その声を聞くものはいない。ゆえに誰かに誓ったものではない。だが白瀧は旧友へ言葉を捧げるように、優しく呟いた。自分の心に刻むように、ゆっくりと呟いた。

 『あいつらの目を覚まさせるためにも』という言葉は自分の中にとどめて、白瀧は再び走り出す。もう振り返ることは、立ち止まることはしない。ただ走り続けるのみ。

 

「あれ? 白瀧君じゃないですか」

「……え?」

 

 ……そう決めたはずなのに、自分の名前を呼ばれた白瀧は簡単に立ち止まった。

 普段、主にバスケのコートで聞きなれた声だった。『そんなことがあるはずない』と疑問にかんじながらも事実を確認すべく視線をゆっくりと横に流してみると、水色の髪がまず視界に入る。さらに視線を下にずらすと、見えてきたのは髪と同じく水色の瞳、どこか今にも消えてしまいそうな存在感を放っている少年の姿。そこには半年前から姿を消していた彼の戦友・黒子テツヤの姿があった。

 相変わらず突然姿を現す黒子に、白瀧は思わず『さっきまでのシリアスな空気を返せ』と呟いた。決して八つ当たりではない。気配を消して近づいてくる黒子が悪いのだとそう結論付けた。

 

「お久しぶりです、白瀧君」

「……黒子。本当に黒子か?」

「はい。こうしてまともに話すのは半年振りになるでしょうか」

「ああそうなるな。お前が姿を消して以来だからな」

「……すみません。皆に心配を、迷惑をかけるようなことをしてしまいました」

 

 自分の非を認め、素直に謝罪する黒子。彼も思うところがあるのだろう。

 その姿は、声は、影の薄さは間違いなく彼の知る黒子テツヤだった。影の薄さで人を判断するというのは考えた彼自身も正直ひどい話だと思うが、それも本人だと決定付ける大切な材料であるので問題ない。間違っても本人の目の前で口に出したりはしないが。

 

「謝らなくていい。何も責めているわけではないからな」

「ありがとうございます」

「こうしてお前に会えたのは幸いか。できればお前とは最後に話しをしておきたかったからな。……しかし、いったいなぜお前がここにいる?」

 

 白瀧は最もな質問を黒子にたずねた。

 帝光中学から少し離れたこの場所は黒子の自宅からは正反対であるはず。この辺りには特にこれと言った娯楽施設はなく、また図書館などの公共施設もない。買い物というのならば話は別かもしれないがそれにしては手ぶらというのはどこかおかしい。

 

「白瀧君と会ったのはただの偶然です。四月から通う高校の様子見をしようと歩いていたのですが、白瀧君の姿が伺えたので声をかけました」

「……高校の様子見だと? まて、ひょっとしてお前が通うことになる高校はここから近いのか?」

 

 思わぬ単語を耳にして気が付いたら聞き返していた。『キセキの世代』のメンバーは全員進学先の高校が明らかになっているが、目の前の少年の進路については一切情報がなかったのだ。しかし、今の話を聞く限りでは思ったよりも近くの高校のことを言っているようだ。最寄の駅は方向が違うし、おそらくは東京都内の高校であることは間違いない。

 

「はい。私立誠凛高校、それが僕が春から通う高校です」

「誠凛、高校。……知らないな。有名校なのか?」

 

 『バスケ部の』という言葉は必要ない。

 高校進学にあたり、彼自身もある程度全国の強豪校について調べていたものの、『誠凛高校』というデータはなかった。果たして自分の調査に漏れがあったのか、疑問に感じた彼は黒子にたずねた。

 

「白瀧君が知らないのも無理はありません。誠凛は設立二年目の新設校ですから」

「そんなに新しいのかよ。それじゃあ、特にバスケの強豪校というわけではないんだな?」

「そうでもありません。去年、バスケ部は創部一年目にしてインターハイ都予選の決勝リーグまで勝ち進み、新人戦でも関東大会出場を果たすなどの実績を上げていますよ」

「一年生だけでその結果か。たしかに運が良かったにしても相当なものだな。だが、それでも全国区と呼ぶにはまだ足りない、そうじゃないのか?」

「……確かにそうかもしれませんね」

 

 白瀧の厳しい指摘を黒子は否定することなくその言葉を受け止めた。

 たしかに一年目で結果を出せたことは評価できる。部員数も少ないだろうし、そのような状態で部員をまとめ、勝ち上がることは余程でもない限り不可能だ。誠凛高校のレギュラーたちもそれなりの実力を持っていることが予測される。

 ……しかし、それだけだ。『決勝リーグまで進んだ』、それはつまり決勝リーグで敗れた、IH(インターハイ)出場は適わなかったということを意味する。ただでさえ東京都は出場校が多いのだ。インターハイ出場枠が三校もあるとはいえ、その三校はここ十年『三大王者』と呼ばれる同じ高校で決まっている。そして誠凛はその神話を終わらせることはできず、その力の前に屈したということだ。

 

 それならばなおの事、黒子にはもっと強いところに進んでほしい。それが白瀧の願いであった。目の前の少年は『キセキの世代』に認められた数少ない選手(プレイヤー)だ。パートナーが強ければ強いほどその威力を発する。だからこそ、その素質を無駄にさせないためにももっと可能性のある強豪校に進んでほしい。

 

「それでも、僕は決めましたから。あの時とは違う。……僕が僕のバスケで、『キセキの世代』の五人を倒します」

 

 ……しかし、白瀧の心配はその一言で拡散した。時間が停止したように、表情が固まる。だがすぐに我に返ったのか、心底面白そうに笑った。

 ――なんだ、無駄な心配だったのか。

 最悪の想像、黒子がバスケをやめてしまうということすら考えていたがむしろ逆だった。彼は諦めるどころか燃えていたのだ。自分の力であの天才集団を倒すなど、並みの人間なら口にすることさえはばかれるというのに。

 

「残念ながらそれは無理な話だ、黒子。それは、俺の仕事だ」

 

 だが白瀧がそれを黙って聞いているわけにもいかない。なぜならばそれは白瀧が心に決めたことと同じなのだから。『あの五人を倒し、昔のように皆でバスケができるようにしてみせる』、そう意中の女性に誓ったのだから。

 

「……わかっていますよ。それにそれだけではありませんから」

「は? それだけではないって、他にも何かあるのか?」

「白瀧君を倒すことも、僕の目標ですから」

「……はっ! なかなか言うようになったな、黒子!」

 

 再び笑みがこぼれる。まさか目の前で宣戦布告をされるとは思ってもいなかった。

 最弱と呼ばれていた黒子。背丈がなく、力もなく、体力もない。運動神経のレベルは平均以下だ。バスケットプレイヤーとして不利な体格の上にシュートやドリブルのセンスもないという、恵まれない選手。

 そのような男が、白瀧やキセキの世代という自分よりも優れた選手達を打倒すると言っているのだ。これほど面白い話はない。

 

「それならそれでいい。やれるものならやってみるといい。

 ……もしも俺達が戦うことになるとしたら、それは大舞台・IH(インターハイ)のコートだ。そこまでお前達が勝ち残れるというなら、その時は俺がお前達のチームに教えてやるよ。キセキの世代に挑むのは俺だとな」

「はい。必ずや白瀧君を満足させてみせます」

「……そっか。あまり期待せずに待っているよ」

 

 先ほどのような満面の笑みではなく、浮かんだのは寂しげなもの。

 ……白瀧はこのとき、黒子が勝ち残るのは難しいだろうと感じていた。先ほども言ったがここ十年の東京代表は『三大王者』のみ。しかもその一角である秀徳高校にはキセキの世代の一人・緑間の進学が決まっている。さらにエースであった青峰も東京都の桐皇学園高校に進学。そこに他の三大王者も加わるのだ。これだけの強敵を誠凛が倒すことは難しいだろうと思った。

 

(……誰か一人、黒子の『光』になれる男がいるというのならば話は変わってくるのだがな)

 

 その現状を変えられるとしたら、黒子という『影』に応えられる『光』が現れることだ。だが今の日本にキセキの世代を倒せるほどの人材がいるとは到底思えない。白瀧は黒子の精神的成長を喜びつつ、彼の未来に一途の不安を覚えていた。

 

「そういえば、白瀧君はどこの高校に進学するんですか?」

「ん? 俺か、そういえば黒子には話していなかったっけ。俺は栃木県にある大仁多高校というところだ。去年のインターハイにも出場していて、中々の実績を誇っている。そこから声をかけられたんでな。二つ返事で決定したよ」

「……それは、白瀧君だけなんですよね?」

「ああそうだ。俺の心配なんてしなくていいから、お前は自分の心配をしろ。お前だってそんな余裕はないはずだぞ」

「……はい、すみません。余計なことを」

 

 黒子が気にしているのは桃井のことだろう。白瀧が桃井に抱いている感情、黒子もそれには気づいていた。人間観察が趣味である彼は、戦友の心情の変化にも気づき心配していた。自分に向けられる感情には鈍いというのに、他者のことはきっちりと把握しているというのはどこかおかしな話だ。

 しかしその話はもう解決している。白瀧はあの日に桃井と話をして、彼が自ら違う道をたどることを決意したのだから。だから、これ以上彼に余計なことを言うのは彼の覚悟に対する侮辱だ。それを理解して黒子は口を閉ざした。

 

「……もう今日の午後には栃木に出発する。皆にはちゃんと挨拶できたけど、最後にお前にも会えてよかったよ」

「そうだったんですか。それは身に余ることですね。……しかし、そんな日にまで走りこみを行うのはどうかと思いますけど」

「何を言ってんだよ、トレーニングを一度でも欠かすわけにはいかないだろ。これは俺の日課なんだから」

「……そうですか。白瀧君らしいですね」

 

 どこか諦めたような口調で黒子は呟いた。

 昔から誰よりも自分には厳しかった白瀧。おそらくこの性格は生涯変わる事はないだろう。誰よりも向上心がある、だからこそこうして自分に一所懸命になれる。その姿勢は黒子も尊敬していたものだ。……さすがに限度を設けようとは考えたのだが。

 

「それなら白瀧君、お互い連絡先を交換しておきませんか?」

「別にいいけど。……あれ? お前携帯なんて持ってたか?」

「誠凛高校の進学が決まったお祝いに、両親が購入してくれたんです」

「どれどれ。……へえ、中々良いやつを持っているな」

 

 そう言って黒子が懐から出したのは空色の外装で覆われた携帯電話。しかも最新型とはちゃっかりしている。今度自分も新しい機種に買い換えようかと、三年間一つの携帯電話を使い続けていた白瀧は考えた。

 

 なるほど、これなら行方のつかめない黒子とも連絡を取れる。……中学時代、突然姿を晦ましたこいつには苦労したものだ、と白瀧は連絡手段がなかった昔を思い出してため息を吐いた。

 お互いの連絡先を交換し、携帯に情報を登録する。無事にその作業は終了した。

 

「はい、終了。お前も連絡するときはちゃんと出ろよ?」

「戦うときは敵ですけど、普段は友達でいいんですよね?」

「当たり前だろ。あいつらじゃないんだから、普段からそんなに気を張る必要はない。常にそんなことでは疲れちゃうだろ?」

「わかりました。それならば改めてよろしくお願いします」

 

 友達、それは部活だとか敵味方だとかは関係ない。

 白瀧と黒子。二人はお互いを理解し、認めている仲だ。それはこれからも変わらない。笑って黒子を受け入れた白瀧に、黒子もまた笑みを深くした。

 

「ああ。……コートではさすがに手加減はできないからな?」

「当たり前です。そんなことされたら、思わず白瀧君の体にイグナイトパスをしてしまいます」

「うっ!? ……なあ、さすがに冗談だよな?」

「当たり前ですよ、さすがにそこまでしません」

 

 笑顔でそういわれると余計に恐怖が増すというのが戦友にはわからないのだろうか、白瀧は背筋が凍るのを覚えた。過去の忌々しい記憶を思い出してしまったのか、彼の体は震えている。

 ……イグナイトパス、別名『加速するパス』。黒子テツヤだげが使用できる専用のパスだ。キセキの世代しか取れないというそのパスは、初めて練習で使用された際に白瀧の体を襲い、その威力を知らしめた。速度を増したバスケットボールをその身に受けた彼はしばらくの間床の上で悶絶し、その後保健室に運ばれたという。あれは白瀧にはもはやトラウマである。なぜ味方からあのような仕打ちを受けたのだろうか、今でも甚だ疑問だ。

 あの日以来、黒子は練習や試合だけではなく白瀧の脅し文句としてもイグナイトパスを使うようになった。あの黒子が白瀧に対して堂々としているその姿を見て、発せられた『黒子さんマジパねぇっス』とは黄瀬の言葉だ。何か色々間違っている気がするのだよ。

 

 ――たとえかつての戦友が相手であろうとも、非情にならなければならない。白瀧はたとえ黒子が敵として現れたとしても全力で迎え撃ち、そして倒すことを決意した。決して肉体へのイグナイトパスを恐れたわけではない。

 ……もしもあれがあの時よりもさらに強化されているとしたら。……考えただけでも恐ろしい。次は男として使い物にならなくなるか、あるいは肉体を貫くのではないだろうか? 最悪の想像が思い浮かんでしまった。というかもはやパスですらなくなっている。バスケットボールは正しく使いましょう。

 

「僕も白瀧君に会えてよかったです。……それでもし白瀧君がよろしければ一つお願いがあるのですけど、よろしいでしょうか?」

「何だ? さすがに出発のこともあるから長居はできないんだが……」

「いえ、そんなに時間がかかることではありません。最後に、僕と1on1(ワンオンワン)をしてください」

「……ああ、いいぜ」

 

 進学の前に話ができた、それが嬉しいのは黒子だけではない。

 だからこそ戦友の願いを、白瀧は快く了承した。きっと黒子とこんなことができるのはこれから先なくなるのだろうと、わかっていたから。

 

 

 

 そうして二人は場所を移動し、ストリートバスケのコートへやってきた。

 元から動きやすいようにジャージだった白瀧はその場で軽く体を慣らし、黒子も上着を脱ぎ、ボールの感触を確かめていた。

 

「白瀧君。わかっているでしょうけど本気でやってくださいね」

「わかっている。最後の機会だっていうのに、そんな水を差すような真似はしないよ。……だから、お前も出来る限りのことを精一杯やれ」

「……ありがとうございます」

 

 先攻は白瀧。彼の攻撃に対応できるよう、黒子は腰を落とし、彼の動きを凝視する。

 白瀧も彼の動きを見ながらボールを叩きつけドリブルを開始。二回、三回と両手の前でボールが左右に行き来する。

 ……相手(くろこ)の高さを考えればアウトサイドシュートで一蹴することは簡単だ。だが、その選択肢は最初からない。選んではいけない。そのような決着は黒子は望んでいないし、白瀧とて許せない。だからこそ、白瀧は自分の領域で黒子を圧倒する。

 気迫がこもり、白瀧の視線が鋭くなった。

 瞬間、白瀧の重心が右へと流れるのを黒子は察した。すぐさま反応するも、彼は右にはじいたボールをすぐさま逆の手へと返す。フェイクだと気づき、今にも自分を抜き去ろうとする敵へと体を傾け、ボールへと手を伸ばす。……しかし、白瀧の圧倒的な瞬発力の前にその行動は無意味だった。その手は届く事無く、白瀧はドライブでゴール下へと切り込み、シュートを放つ。ボールはゴールに吸い込まれた。

 ネットを潜ったボールがポンポンと音を立てて跳ねる。そのボールを黒子は静かに持ち上げた。

 

「……やはり、いつ見ても凄いですね。さすがは白瀧君です、衰えた様子なんて微塵もない」

「当たり前だ。受験で部活がなくなったから力が落ちたとでも思っていたのか? ……本当にそう思っていたのならば見当違いもいいところだぞ」

 

 敗れたものの、今再び彼のバスケを、そして彼の速さを目の辺りにできてどこか嬉しそうに黒子は呟いた。

 そんな彼に白瀧は振り返って、諭すように言葉を発する。

 

「俺は頂点(あいつら)に挑む挑戦者だ。一瞬たりとも、弱みを見せるわけにはいかないんだよ」

 

 『キセキの世代』に最も近いと呼ばれた彼は、今もなお変わらず目標を掲げている。そのためならば努力を惜しまないと。

 頼もしいことを言ってくれた彼を見て、黒子はまた笑みを深くした。

 

 

 

「それでは白瀧君、今日は僕の我が侭に付き合ってくれてありがとうございました」

 

 1on1(ワンオンワン)を終えた二人はしばらく休んだ後、帰路についた。

 この後には大切な用事があるというのにも関わらず、文句なく自分に付き合ってくれた白瀧に黒子は感謝の言葉を述べた。裏表のない彼の言葉には白瀧も気持ちを良くする。

 

「別に構わないさ。俺とてやりたかったという気持ちはあったからな。……それじゃあ次に会うときは、敵同士だな」

「……はい。その時は白瀧君にも、『キセキの世代』にも負けません」

 

 そうしてついに二人は道を別れることになった。

 味方として、仲間として接するのはこれが最後だ。ここから先は友達だとしても、もはや味方ではない。もうお互いが敵となる。共に戦うことはあったとしてもしばらく先のことになるだろう。

 白瀧の言葉で寂しげな表情を浮かべたが、すぐに黒子は決意を新たに強い意志をその瞳に宿した。……良い目をしていた。その目はとてもバスケを嫌いになったとは思えない。これならばひょっとしたら大丈夫かもしれない、本当にありえるのかもしれない、と白瀧は戦友であった男に対して期待を持った。

 

「それならば黒子。一つだけ俺から忠告をしておく。

 ……たしかにお前がいるチームならば、『キセキの世代』にも太刀打ちできるのかもしれない。だが、それでもやはりお前は選手(プレイヤー)としては未熟だ。あいつらには到底及ばない」

「そうですね、それは誰よりも僕が一番理解しています」

「そうだろうな。……だからこそ、一人で強くなろうとは思うなよ。それでは必ず限界がある。

 誠凛で新たな『光』を見つけるんだ。お前の影をより濃くする、その光をより際立たせる頼れる仲間を」 

「……はい。必ずや」

「俺から言うことはそれだけだな。……じゃあな、黒子」

「……必ずまたコートで会いましょう、白瀧君」

「ああ。そのときを楽しみに待っているよ」

 

 現実を受け入れ、その上での提案。適えることは難しいことだが、白瀧の声に答える声は力強く、自信に満ちている。

 黒子は『影』である。影だけでは『キセキの世代』という強力な『光』には勝てない。だが黒子が新たなパートナーを、『光』を見つけられたならば、その光をより輝かせ、影を濃くすることができる。

 ならば黒子は見つけるしかない。新たな仲間を。新たな『光』を。

 

 道は示した。白瀧は黒子に伝えると、最後に仲間として拳を合わせる。コツン、と合わさった拳はすぐに離れ、お互い逆方向へと走っていった。白瀧と黒子、二人が同じコートに立った試合は数少ない。だがそれでも、これからも関係が続いていく親友であることは関係ない。たとえ道が違えども、目指すものは同じなのだから。

 走り去っていく二人の表情はかつてのバスケ部のように、とても穏やかなものだった。


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