黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第十五話 新たな好敵手

「……大仁多が秀徳を――『キセキの世代』緑間真太郎を、倒した!!」

 

 試合の終了のブザーが鳴り響き、各選手達がチームメイト達と喜びや悔しさを噛み締めている中、この試合を見ていた観客がざわめき始める。

 それもそのはずだ。仮にもバスケ界で偉業を成し遂げた緑間という逸材を手に入れた秀徳が、練習試合とはいえ敗北を喫したのだ。それだけにこの試合の結果は多くの者達の心を揺れ動かした。

 

「昨年のWCで敗れてから約半年、大仁多が冬の雪辱を果たした!」

「今年の大仁多はマジすげえぞ。要注意だ!」

 

 驚愕の色と共に歓喜や警戒の色も伺えた。

 大仁多がかつて秀徳に敗北を喫し、その借りを返したことが感動を呼んだのだろう。

 そしてその成長が警戒心をも呼び起こした。この練習試合には他校の偵察も来ていることだろう。彼らにはこの試合で多くの情報を与え、危機感をもたらした。

 ……もっとも、藤代はそれを全て理解したうえで今回の練習試合を組んだのであろうが。

 

「――半年? 冬の雪辱? 何を言っているんだよこいつらは」

 

 共に戦った光月や黒木といった者達と共に喜びを分かち合う中、観客席からの声が耳に届いたのか白瀧がポツリと呟いた。それは彼らの言葉を否定するものであり――

 

「そんなもんじゃない。俺は二年間ずっと待ち続けたよ。コートの外から、ずっとな」

 

 ――そして自身の思いの強さを示すものだった。

 白瀧がスターターという座を奪われてから約二年もの月日が流れた今、ようやく彼は自身の居場所を取り戻しコートに立つ機会を得た。それがどれだけ彼にとって喜ばしいことであるのか……おそらく他の誰にも理解できないことだろう。

 

「……よかった。本当に、よかった……」

「え……茜ちゃん、大丈夫!?」

「……っ、はい。すみません東雲先輩。……大丈夫、です」

 

 理解できるとするならば、この場にいる人間の中では彼をずっと見続けた橙乃くらいだろうか。

 試合が終わったことで緊張の糸が切れてしまったのか橙乃は白瀧を見ながら泣き出してしまう。東雲に支えられて涙を拭い、大丈夫だとどうにか笑みを浮かべた。

 

 

――――

 

 

「いやはや、今日はどうもありがとうございました中谷さん。おかげ様で……彼らに良い影響を与えることができました」

「……そうだねー。今回はしてやられたよ藤代。だが、次もこうなるとは思わないことだ」

「ええ、それはもちろん。次はさらに強くなったチームも見せるつもりですから」

「ふむ。まあそれはこちらも同じことだ。この悔しさは地区予選にぶつけるとしよう」

 

 監督がお互いの手を握りながら、牽制しあっている。

 口調は穏やかで普段どおりのものであるものの、彼らの感情が片方は喜びに、片方は屈辱に満ちていることは周囲の人間はよくわかった。

 

「――小林。これがお前が率いるチームか。だがもう負けんぞ。IHでは必ず秀徳が勝つ」

「ああ。楽しみにしているよ。……俺達は必ずIHへ行く。そっちも予選でつまずくなよ」

「あたりまえだ。この借りはすぐにでも返させてもらう。お前達がそうしたようにな」

 

 両校の主将も同じように力の限り相手の手を握った。

 彼らが次に戦うとするならば、一番早いのはIH本戦。敵ではあるが、戦いたいと思うほどの好敵手であることは間違いない。二人とも『俺達と戦うまで負けるな』とそう言っているように、鋭い視線を向けている。

 

「……よっ、緑間」

「……一体何のようだ、白瀧。悪いが俺はお前と話すことなどないのだよ」

 

 一方、この試合の中心となっていたルーキー二人は穏やかなものではない。

 気さくに話しかけた白瀧を拒絶するように、緑間は冷たく言い放つ。高尾が「負けたからってすねんなよ」とフォローを入れるも、うるさいの一言で黙らせてしまった。

 今の彼には自分が何を言っても駄目だと感じたのか、高尾は白瀧にアイコンタクトを送ると「後は任せた」と手を振って緑間に背を向けた。

 

「そう言うなって。……どうだ? 今回の試合、何も感じなかったか? チームについて何か思うことはなかったか?」

「感じるものなど何もない。試合に負けたという結果が残っただけだ。

 チームについてだと? ……笑わせるな。俺はお前とは違う、仲間に頼らずとも一人で必ずや成し遂げてみせるのだよ」

「……そっか。まあお前らしくていいんじゃないか。

 だけど俺はやっぱりついこの間までの帝光よりも……今の大仁多の方が、バスケは楽しいと感じるよ」

「ふん、勘違いするなよ白瀧。俺は楽しい楽しくないでバスケをやっているわけではないのだよ。

 お前が何を言いたいのかはわかっているつもりだが……だからと言って俺が俺のあり方を変える気はない」

 

 ふい、と顔を逸らして悪態をつく緑間。そんな彼の姿を見て白瀧は苦々しく「相変わらず固いやつ」と呟いた。

 だが本当に白瀧の話を聞くつもりがないならば、最初から反応など示さなかったはず。

 一途の希望が見つかったことを喜び、白瀧は若干の笑みを浮かべた。

 

「もう話すことがないならば俺はもう行くぞ。

 ……ああそうだ。白瀧、お前に借りを残したまま去るというのも気がひける。お前にとって重要な情報を、教えやろう」

「うん? 俺にとって重要? なんだよ一体」

「……黄瀬のことだ」

「ッ!?」

 

 立ち去ろうとしたところで何かを思い出したのか、緑間はもう一度白瀧と向かいあう。

 何か重要なことだろうと感じた白瀧だったが、かつでの同僚であった黄瀬という男の名前を聞いた瞬間に表情が凍りつく。

 そして緑間の口から放たれる言葉の一つ一つが、より白瀧の心を深く抉った。

 

「よーし、それじゃあそろそろ行くぞ」

「ありがとうございました」

 

 緑間は話を終えると今度は本当に去っていく。

 そして中谷の指示に従い、秀徳の選手達は一礼すると振り返って帰路に着いた。

 大仁多の選手達も秀徳の選手達の姿が見えなくなるまで彼らを見送り、そしてようやく体育館の中に戻っていく。

 ……しかしそんな中、ただ一人白瀧だけがその場から微動だにせず立ち尽くしていた。

 

「……白瀧さん? どうしました?」

 

 それを見て不審に思った西村が声をかける。

 

「……海常が……黄瀬が……誠凛に、負けた……?」

「……え?」

 

 白瀧の瞳が失望に染まっていた。

 かすかに聞こえた、今にも消えてしまいそうな弱弱しい声と白瀧の呆然とした表情で、西村は全てを理解した。

 かつての彼らのチームメイトであり、白瀧にとっては宿命の好敵手(ライバル)であった黄瀬涼太の敗北を。

 

 

――――

 

 

 秀徳との練習試合後、試合会場となったコートや観客席の片付けが行われている。

 一年生は特にモップがけなど念入りに行わなければならないことが多くあるのだが……そんな中、俺は監督の許可を貰って更衣室に立てこもっている。

 

「……っ、いだだだ!」

「っと。大丈夫っすか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。続けて」

 

 体に走る痛みに思わず声を上げてしまった。

 心配そうに西村が声をかけてくるのが嬉しいが、気にせずに続けるように指示する。

 西村は俺の膝を直角に上げて、ふくらはぎに両手の親指を重ねて少しずつ親指をずらしながら押していく。

 ――っ。やはり、痛いが今は我慢しなければいけない。下手に乳酸をためておくわにはいかないし。

 

「また今日は一段と張ってるっすね。頑張りすぎっすよ本当」

「……まあ、緑間が相手だったからな。本気を出すしかなかった……ぐうっ!」

 

 中学時代は今回ほど本気を出す相手が少なかったものの、さすがに緑間が相手ともなるとそうもいかない。元々俺のような瞬発系の選手はそうなりやすいから注意しなければならないな。

 

「白瀧君、次はどうする?」

「ああ、腕はもう大分ほぐれたから大丈夫だよ。ありがとう、橙乃」

 

 同じように腕のマッサージをしてくれていた橙乃に礼を言えば、「どういたしまして」と笑って返してくれた。マネージャーの仕事もあるだろうに、嫌な顔を見せずにやってくれる彼女には感謝するばかりだ。

 ……もう俺以外の選手はすでに回復しているというのに、申し訳ない。

 

「今日は白瀧君の負担が一番大きかったからね、仕方がないよ。

 西村君、片足は私がやるから少しずれてくれる?」

「……本当にありがとう」

 

 橙乃が今度は足元の方へと移り、西村がマッサージしている方とは逆足を念入りにほぐしてくれる。

 うーむ。やはり今後も『キセキの世代』との試合後にはこうなりそうだな。二人には今度改めてお礼を言っておこう。

 

「――ところで白瀧さん。先ほど言っていたことは……本当なんですか?」

「……ああ、本当だよ。緑間が教えてくれた」

 

 あいつが嘘を言うわけがない。それを理解したのか、西村は黙りこんだ。

 西村も信じられないのだろう、まさかあの黄瀬涼太が練習試合とはいえ敗北を喫するなんて。

 

「あの、一体何の話をしているの?」

「ああ、悪い。やっぱり気になる?」

「西村君の表情を見ると……うん」

 

 俺からは見れないが、きっとわかりやすい顔をしているのだろうな。

 まあ橙乃だけこの話をまったくわからないまま過ごすというのは嫌だろう。……少し彼女のことがまだ気になるけれど、話しても大丈夫か。

 

「さっき試合の後に、緑間に聞いたんだ。ちょっと前に行われた海常高校の練習試合のことを」

「海常高校。……たしか、神奈川の強豪校」

「そ。しかもそれだけではないんだ」

「今年はキセキの世代の一人、黄瀬涼太を獲得したからっす」

「……え!?」

 

 高校のことは知っていてもキセキの世代の進学先までは把握していなかったのか、橙乃の驚きの声が聞こえる。まあそんな強豪校にあの天才が加わるなんて……敵である身としては考えたくもないからな。

 

「黄瀬については経歴が少ないから知らないかもしれないけど、あいつは――」

「『キセキの世代』のスモールフォワードを務めていた選手。そうだよね?」

「――ってあれ? 知ってたの?」

「雑誌で見たことがあった。モデルもやっているみたいだし」

「……あ、そういえばそうだった」

 

 自分で説明しようとしていて忘れていた。そういえばあいつモデルの仕事もやっていたんだった。

 たしかにその一面を考えればある意味では『キセキの世代』の中では一番有名だろうな。特に女性に。……なるほど、それならば橙乃が知っていてもおかしくない。くそ、そんなところでまで俺を圧倒するのかよ。

 

「まあ知っているなら話が早い。とにかく海常が黄瀬を獲得したんだけど、ちょっと信じられないことがあってさ」

「信じられないこと? それがさっき話していたことなの?」

「正解。……その海常が練習試合で負けたっていうんだよ」

「え!?」

「しかも相手は東京の新設校。普通は信じられない話っすよね」

「嘘……そんなことが」

 

 ――あるわけない、と俺も橙乃と同意見ではあるが……このようなことで緑間が嘘をつくはずがないし、事実なんだろうな。

 海常と戦った高校――誠凛高校。黒子が進学した高校である。たしかにあいつがいるならば可能性がなきにしもあらずだが……それでも、善戦するならまだしも勝利するなんてとても信じられない。

 誠凛には黄瀬を止められるほどのエースがいないはずだ。黒子が加わったとしても、キセキの世代を止めない限りは海常ほどの強豪に勝てるはずがない。

 

「俺も信じられないけど……確かめといたほうがいいかな。西村、俺のかばんから携帯取ってくれない?」

「ああ、了解っす。……はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 西村から携帯を手渡され、俺はとある人物に電話をかける。

 待つこと十秒ほど。すぐに聞きなれたやけに明るい声が俺の耳元に届いてきた。

 

 

――――

 

 

 ――私立海常高等学校。

 バスケの強豪校として知られる学校の体育館には今日もボールとバッシュのスキール音が響く。

 今日は休養日であるにも関わらず、選手の姿が見えるのは少しでも強くなるという意志の表れか。

 黄色い髪の長身の選手――黄瀬は目の前に立ちふさがる敵をものともせず、鋭いドライブから高速ロールで切り返しダンクを決めた。

 

「っしゃあ! これで俺の勝利っス!」

「うるせえ! つうか休養日なんだからダンクなんて体力の使うことしてんじゃねえよ!」

 

 着地しガッツポーズを決めている黄瀬に文句を言いながら、相手をしていた笠松――海常の主将を務めている選手が蹴り飛ばす。

 「俺の扱いひどくないっスか!?」と黄瀬が不満を募らせるも、体育会系である彼にそれは通じない。

 

「ったく。本当なら今日は打ち込みだけで終わらせるつもりだったのによ。何で俺までお前とやってるんだ……」

「いいじゃないっスか別に。それよりもう一本やりましょう!」

「やらねえよ! 少しは休ませろ! 何本連続でやっていると思っているんだ!」

 

 なおも退かない黄瀬だが、さすがに笠松の個人的練習の邪魔をする気はないのか、休養にと戻る笠松に連れ添うように後ろを歩いていく。

 入部したての時期は先輩である笠松達に反感のようなものさえ持っていた黄瀬だったが、最近は少しずつ先輩達に気遣うようなそぶりも見えてきた。

 

「……お前も最近やけに練習マジでやるようになったな。この前に試合のせいか?」

「そうっスね。まあそれもあるけど……ちょっと昔のこと思い出したから、だと」

「昔って帝光中学時代のことか?」

「ええ。俺がまだバスケを始めたばっかの時に、俺に選手の自覚を教えてくれた人ことっス」

 

 そう語る黄瀬は昔を思い出しているのか、どこか遠くを眺めている。

 珍しく感慨にふける黄瀬を笠松はドリンクを飲みながら見守っていた。

 

「……っと。スミマセン、俺の携帯っスね」

「なんだよ。練習中は電源切っとけよ」

「いや、モデルの仕事もあるし……それに、ファンの女の子からのメールとかだったら悪いじゃないっスか」

「死ね」

 

 突如黄瀬のカバンに入っていた携帯が振動する。

 他にも仕事がある以上は仕方のないことだが、さすがに後者のほうは笠松の許容範囲を超えたのか、侮蔑を含んだ怒声と共に黄瀬は肘打ちをくらった。

 

「……あれ? なんだ、珍しい人から電話だ」

「誰からだよ? 友達か?」

「ええ。帝光時代のチームメイト、さっき話していた人からっスよ」

 

 そう言って黄瀬は電話に出る。どこか嬉しそうに笑みを浮かべているのは、彼も電話の相手との再会を待ち望んでいるということだろう。

 

「もしもーっし。白瀧っちお久しぶりっスね。電話だなんて一体……」

『『久しぶり』じゃねーよバカ黄瀬!!』

「――ッ!? ちょ白瀧っち……声デカすぎっス」

 

 思わず携帯を耳から離してそう苦情をもらす。

 笠松も今のが聞こえたのか、相手が余程黄瀬と親しかった相手だということは理解できた。

 

「本当にどうしたんすか、白瀧っち。第一声がそんな怒声だなんて酷いっスよ」

『黙れシャラ男。シャララシャララと現を抜かしている馬鹿にはこれくらいが丁度良い』

「シャラ男って何スか!? ……ってああ、もしかして白瀧っちも俺のシングル聞いてくれたんすか!? うっわーマジ嬉しい。初回購入特典とかは? もしも限定版が欲しいなら俺がサイン入りのを直接……」

『はっはっは。冗談はその辺にしろモデル。そして死ね』

「ひどっ!? 俺の優しさ全否定っスか!?」

『お前は自慢と書いて優しさと読むのか。ふざけんな』

 

 一人で勝手に暴走する黄瀬に電話の相手――白瀧は冷たく言い放った。

 黄瀬はそれに抗議しているが、隣にいる笠松も今のはさすがにうるさいと感じたのか「いや当然だよ」と軽くあしらっている。もはや四面楚歌だ。

 

『そんなこと今はどうでもいいんだよ。俺がそんなことで電話するとでも思ったのか?』

「いや、それはないっしょ。白瀧っちが俺にわざわざ電話しているんだから、何か余程重要なことっスよね?」

 

 「その通りだ」という白瀧の言葉に黄瀬も満足げに頷いている。

 ようやく黄瀬も真面目な顔に戻り、笠松も黄瀬の表情の変化を見逃すまいと観察している。

 

『……確認したい。お前が、海常が誠凛との練習試合に負けたのは本当か?』

「ッ……! ええ、そっスよ。悔しいけど俺達は一度負けた。しかも無名の高校に」

「なっ……」

 

 開き直るような言い放つ黄瀬。笠松が他校の選手に自チームの情報をあまり晒すな、と視線で訴えるが、黄瀬は「大丈夫だ」と笠松を手で制する。

 

『それは、慢心した結果か? それとも実力で負けた結果か?』

「……前者って言ったら怒るっスよね?」

『その時はもうお前を絶対に許さん。仮にも帝光部員全員の期待を背負った男が、慢心して負けるなど……』

「じゃあ後者っス。……たしかに俺が甘く見ていたところもあったかもしれないけど、それでも向こうの実力は本物だった」

 

 嘘は言っていない。

 見くびっていたということもあったとしても、それでも自分を打ち負かすだけの実力はあったのだと黄瀬は言う。負けず嫌いの彼が言う言葉には重みがあった。

 

『……そうか。なら聞きたい。お前を倒したのは誰だ?

 いくら黒子がいるとしても、海常ほどの高校が負けるとは思えない。誰なんだ、お前を倒したのは……黒子の新しい光は!?』

「……火神大我(かがみたいが)。誠凛のルーキーっス」

『火神大我?』

「ええ。白瀧っちが知らないのも仕方がないっス。なんでも去年までアメリカにいたとかの話で。誠凛が誇る大型のスコアラーっスよ」

 

 聞いたことのない名前だったのだろう、相槌を打つ白瀧に黄瀬は答えた。

 

『……帰国子女か。納得したよ、どうしてこうも突然お前に匹敵するほどの人材が現れたのか。

 それで緑間もいつも以上に不機嫌だったわけか。まさか同地区にそんなやつがいるなんて……』

「へ? 緑間っちと会ったんスか?」

『ああ。つうかさっきまで緑間のいる秀徳高校と練習試合をおおおおお!?』

「うお!? 白瀧っち!?」

「おい、何だ今の悲鳴みたいなのは!?」

 

 突如電話先から聞こえてきた白瀧の悲鳴。

 乱れはじめた彼の安否を心配する黄瀬だが、返事はない。笠松も急変した事態を感じ取って携帯に耳を傾けた。

 

『ああっ! 橙乃……そんな……そんな、激し……』

「……えっと、白瀧っち……?」

「おい、お前の友達今どんな状況だよ?」

『痛いのは最初だけ!? 徐々に気持ちよくなるって……いや無理!

 もうやめて……ちょ、そんなところまで……んああ!!』

「「……」」

 

 そして再び聞こえてきたのは白瀧の悲鳴にも似た、上擦っているような声。

 海常二人が黙りこむなか、しばらくしてツーツーという電話が切れた音だけが虚しく木霊する。

 

「……とりあえず、練習に戻りましょうか?」

「……そうだな」

 

 長い沈黙の後、黄瀬は携帯をしまい、「俺達は何も聞いていない」と笠松と共にボールを手にコートに戻る。

 黄瀬の中で白瀧の評価が大幅に下方調整された瞬間だった。


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