黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第十四話 勝利への執念

 第1Qが終了し、試合は2分間のインターバルを迎える。

 両校とも体を休め次のために士気を保たなければならないのだが、大仁多高校のベンチは暗く沈んでいる。

 

「……最後の一発はきつかったな」

 

 皆を代表して山本が緑間の最後のシュートを振り返った。

 交代した光月が決め、逆転ムードで第1Qを終えられと思った矢先にあの超ロング3Pシュートが決まったのだ。あの攻撃がもたらしたダメージは予想以上に大きい。

 

「まさかあれほどまでの力を持っていたとは。

 ……白瀧さん。あのことを、あなたは知っていたのですか?」

「いいえ。俺が知っていた限りでは昨日言ったとおりあいつの限界はハーフラインです。

 撃てたのかもしれませんが、練習でも誰ががいるところでは一度も撃っていませんでした」

「――つまり、キセキの世代が予想以上に進化しているということですか」

 

 困りましたねえ、と藤代がどこか他人事のようにぼやいている。

 さすがにこれほどまでとは誰も考えてはいなかった。中学時代を知る白瀧も、長年バスケ選手を見てきた藤代でさえも。予想をはるかに上回る敵の力は今後の作戦において最大の障害となる。名将と呼ばれる藤代も頭を悩ました。

 

「ただ、あれがこの後も来るって保障はないんじゃないか? いくらなんでもあれだけの飛距離を確実に決めるなんて無理だろう」

「たしかにな。最後のプレイが俺達に意識させるためのものだとして、まだ完璧でないとするならば……」

「いや、おそらく間違いなく来ます」

 

 佐々木や三浦が希望的観測のようなことを述べているが、それを白瀧が否定した。

 視線が自分に集まっているということを知りながらも彼は顔色一つ変えずに淡々と述べる。

 

「コレも以前言ったことですけど、緑間ははずす可能性があるシュートをまず撃ちません。それなのにあのシュートを撃ったということは……決めるという自信があったからでしょう」

「……それじゃあ要は、これからも緑間があのシュートを撃ってくると?」

「おそらくは。フリーになればすかさず撃ってくるはず」

 

 緑間をよく知る彼の言葉には重みがある。確認するように聞いた光月でさえ、それを彼の口から聞くと黙り込んでしまった。

 オールコートでシュートを決めてくる選手など前代未聞であろう。いくら確実に決めてくるというのならば、常に誰かがマークについていなければならない。しかし相手が緑間ほどの選手ともなると、それを実行するというのは不可能に近い。

 

「……どうする? いくら白瀧でもオールコートマンツーマンともなれば分が悪すぎる」

「――甘くない」

「だよなー。中が厳しくなるけど、誰かもう一人つけるか?」

 

 ここから彼のスリーを連発されれば点差は開くばかり。

 それを試合で実感し、これからを案じた小林、黒木、山本は緑間へのダブルチームを提案した。

 

「……いや、俺にやらせてください」

 

 そんな中、頼もしげに話したのは白瀧だ。一歩も退くわけにはいかないと固い決意を胸に闘志を燃やしている。

 

 

――――

 

 

「あの男がこの程度で退くわけがないのだよ」

 

 秀徳高校ベンチで緑間がまるで忠告のように呟いた。

 あれだけの威力を見せた直後ならば(緑間)に意識が向き、ここからはより大坪を中心にインサイドを攻めていくと方針を監督が話した直後にだ。

 

「なんだよ、今日は珍しく話すじゃねえか緑間」

「……事実を述べたまでです。あいつは伊達に帝光のユニフォームを着ていたわけではない」

 

 からかうような口調の宮地には一切視線を向けず、緑間はただコートだけを見つめている。

 水分を補給しながら彼の視線は鋭く、選手そのものの目だ。

 

「だが、さすがの白瀧(やつ)でもお前を全て守りきるというのは不可能だろう。必ずやスタミナ切れに陥る。現に第1Qの時点ですでにお前によってかなりの運動量を強いられたからな」

 

 買いかぶりすぎではないかと、諌めるように話すのは大坪だ。主将としてはより勝率の高い戦いをしなければならない。

 事実彼の言うとおり、この試合で白瀧は誰よりも体力を消費した。オフェンス・ディフェンス問わず緑間と一対一の勝負を繰り返し、一歩も退かない戦いを演じていた。

 それがもしもディフェンスがオールコートで行われるとなれば……単純に考えて、彼の体力消費は大きく膨れあがる。

 

「そのようなことやつには関係ありません。……帝光中において、やつは瞬発力並に優れていたものがもう一つありました。それがあいつの無尽蔵の体力(タフネス)です」

 

 相手のことをよく知るのは緑間も同じことだった。

 普段他人を褒めるようなことはしない彼だったが、今回はまるで白瀧のことを選手として認めているような口ぶりだ。

 

「ってことはなに? 真ちゃんはあいつが試合終了までずっともたせる気だって言うの?」

「いやいや、さすがにそれはねーだろ。いくらなんでもそこまでは……」

「……」

 

 高尾や木村が半信半疑で問いかけるが、緑間は無言だ。――その通りだと態度で示しているようだった。

 

「……ふーん。緑間、今日のわがまま一回分で手を打とうか?」

 

 そんな彼の心中を察した監督がそう提案する。

 当然のことながら他の選手達からは不平不満が募るが、それを聞き流して監督は緑間だけを見つめる。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 そして緑間もそれに答えた。

 バスケ部内において1日に3回だけ許されている緑間のわがまま。その一回を利用して緑間は勝負に出る。この試合に一気にケリをつけるために。

 

 

――――

 

 

「これより第2Qを開始します!」

 

 インターバルの終了を告げるブザーが体育館に鳴り響く。

 その音を聞いて各選手達は椅子から立ち上がり、コートへ出てきた。

 

「――それでは行って来なさい。怯むことはない、自分達のバスケを貫きなさい!」

『はい!』

 

 藤代の激を受けて小林達はコートへ足を踏みいれた。

 第1Q終了時の重苦しい顔はもう誰もしていない。士気を高めた状態で第2Qに移ることができた。

 

「信じているぞ白瀧。お前の活躍しだいでこの試合の流れは変わる」

「はい。……ところで小林さん。向こうの10番(高尾)なんですけど、気づいています?」

「お前も感じていたのか。ああ、おそらくあいつは空間認識能力を持っている」

「視野が異常に広いってやつですか。どおりで。……また面倒な状況ですね」

 

 厄介な能力だと呟く白瀧。小林も同感だと言って高尾をにらみつけた。

 ――空間認識能力。コート全体を見渡し、状況を把握することができる能力。第1Qで彼とマッチアップした小林や、彼に動きを見切られた白瀧は高尾の能力に逸早く気づいていた。

 司令塔であるPGにとってこの能力は脅威そのものだ。常人離れした視野は味方へのパスなどもより効率よくさばくことができる。敵の位置も正確に把握するその能力は下手に動くことを許さない。

 

「じゃあ、そちらの方はお願いしますよ」

「ああ任せておけ」

 

 なんとかしてみせると小林は語り、白瀧と分かれた。

 第2Q開始、山本のスローインを小林は受け取り、マークについた高尾にボールを奪われないように巧みにボールを操る。

 

(……秀徳も方針を変えてきたか)

 

 だが、それを知っても小林に焦りはない。冷静にコートを見渡し、全体の状況を探る。

 第1Qまでは白瀧に重心をおいたボックスワンを展開していた秀徳高校だったが、第2Qからはマンツーマンディフェンスに切り替えている。しかもゴール下では光月に木村ではなく大坪がマークにつくという事態が起こっていた。

 余程あの一撃がこたえたのだろう、と小林は思う。なにせ交代直後にあのアリウープだ。向こうにも印象強く残ったことだろう。

 

(……なら、また中から崩していくか)

 

 ぺネトレイトが得意な彼は素早い切り返しで高尾をかわした。スピードには自信のある高尾だったが、それは小林も同じこと。伊達に長年全国を舞台に戦ってはいない。

 マークを振り切ると小林は右腕を振り切り、鋭いパスは光月へとさばかれる。

 

「ナイスパス!」

「……ぐっ!?」

 

 ゴール下で大坪のマークを振り切った光月はそのままミドルシュートを沈める。再び大仁多が逆転に成功した。

 

(……なんというやつだ。どんどんポジションを奪っていくほどの力だけではないのか)

 

 マークについていたものの、大坪はゴール下のポジションを奪われ、しかもその後振り切ってスペースに駆け込んだ光月。ただ力だけの選手だと感じていたが大坪はここで大幅に光月の認識を訂正した。

 

「……ドンマイ、切り替えていくぞ!」

「ああ、わかっている」

 

 木村に促されて、大坪はボールを受け取って試合を再開させる。

 力勝負で負けたような感覚だが、まだ流れはこちらにあるはず。焦ることはない。

 高尾にパスをさばきボールを運ばせるが……ここでやはり試合の流れを変えかねないことが起こっていた。

 

「……マジかよ。本当にお前、頑張りすぎだろ」

 

 目の前で行われている二人のマッチアップを目にして、高尾はあきれるように呟いた。

 第1Q同様、白瀧の超密着マンツー。残りの四人は早々に戻って2-2のゾーンディフェンスを作っている。

 今回は小林までゾーンを作っているところを見ると、緑間の相手を白瀧に任せて徹底的にインサイドの強化を図っている。

 

「……勇敢と無謀をはきちがえるなよ白瀧。お前のやっていることはただの無謀なのだよ!」

「――ッ!!」

「白瀧が振り切られた!!」

 

 フェイントを二回連続で行い、左右に切り返せば白瀧のマークははずれ、ディナイも無効化された。

 そもそもマンツーマンディフェンスで徹底的にパスを出させないというのは不可能に近いことだった。ディフェンス側は相手の行動を予測し動きを制限するものの、当然のことながら相手の動きを全て見通すことなど出来ない上にフェイントにつられれば反応とて遅れる。それは白瀧とて例外ではない。

 

「さっすが真ちゃん!」

 

 高尾もその絶好のタイミングを見逃さない。

 フリーになった緑間にパスをさばけば、白瀧がスティールできないようにすかさずシュート体制に移り、そして長距離ボールを飛ばすために思いっきり膝に力をこめる。

 まさに飛び上がろうとした瞬間、彼の後ろから手が伸びた。

 

「なっ――!?」

「……だから、行かせねえ!!」

 

 跳躍し、腕を伸ばそうとしたときにボールがはじかれた。

 その腕は白瀧のもの。ブロックが間に合ううちに、打点が最高位にたどり着く前に叩き落とした。

 

「ファウル! 大仁多()7番!」

「あ……はい」

 

 しかしすかさず審判が笛を鳴らし、白瀧がファウルをとられたことを告げる。

 さすがに今のプレイは無理があった。無理に腕を持っていったことは自分でもわかっていたのか、白瀧は特に不満の表情を見せず、きちんと手を挙げ審判に顔を向ける。

 

「ドンマイ、白瀧」

「むしろ今のはナイスだぜ。ファウルしなければ完全に3点やられてた」

「すみません。次は絶対に止めてみせます」

 

 小林や山本と言葉を交わし、白瀧は緑間をにらみつけながらそう告げる。わざと相手に聞こえるようにと。

 

「……これで、お前の予定通りだな」

「はい。おそらくここからは……秀徳は大幅にスリーは減るはずです」

 

 そして小林と小声で耳打ちした。これは二人だけで、敵には聞こえないようにと。

 今のファウルは白瀧の守備範囲の広さをアピールすることができた。これで緑間の性格を考えれば……ここからは緑間は、シュートを撃ちにくくなる。

 

「悪いな緑間。俺は勇敢でもなければ無謀でもねえよ」

 

 先ほどの彼の言葉を否定するように白瀧がそう呟く。

 聞こえはしなかったものの、言いたいことは伝わったのか緑間の表情が固くなるのを感じた。

 

 

――――

 

 

 そこからの試合はまさに大仁多ペースであった。

 秀徳高校は高尾や宮地のぺネトレイトでゾーンに進入し、大坪・木村のインサイドプレイヤーに繋げることが常であったが、小林が果敢に指示をだすゾーンディフェンスを破れないまま時間が過ぎていく。

 第1Qでこそ制していたリバウンドも、光月が第2Qからは得意のスクリーンアウトを有効に使い、大坪を封じ込めることで主導権を握り返した。

 

 緑間も白瀧を完全に振り切ることができないでいた。第2Q開始でのあの1プレイ。あれが緑間の脳内に深く刻み込み、彼から積極性を奪っていた。その結果彼がシュートに行く回数は両手で数えて足りるほど。

 元々彼はプライドが高く、確実な勝負を選ぶ。おは朝占いを妄信するのも自分の勝利を確実なものにするためだ。それはバスケスタイルにも大きく出ている。

 だからこそ白瀧の積極的なディフェンスは有効だった。ファウルも厭わないという彼の姿勢は、緑間に『止められてしまう』という意識を持たせる。そして彼は確実に決める場面でしか3Pは打たない。

 

「……まさに心理戦ですね。今は敵とはいえ、かつての旧友を相手にここまでできるとは白瀧君もなかなかどうして策士だ」

「できれば敵に回したくないやつですよ本当」

 

 藤代の言葉にまったくだと神崎は同意を示した。

 第3Q中盤からは白瀧は小林と二人でダブルチームで緑間を防いでいる。とにかく撃たせない、シューターとしての役割を果たさせないとそれだけを目標に二人は緑間のシュートチャンスを潰す。一度モーションに入られては止められないものの、その結果は見事に功を制し今も緑間は単発ばかりである。

 

「緑間。たしかに選手としては俺のほうが負けているのだろうよ。……でもバスケは個人戦じゃねえんだよ!」

 

 高尾からのパスをスティールし、そのまま白瀧は他者を引き離してレイアップを決める。

 シュートを決めた後、その場で膝に手を置く姿は疲労感を醸し出しているが、未だにそのスピードは衰えない。さすがと言うべきだろう。

 

「――ッ! よこせ高尾!」

「おっ!?」

 

 叫びながら緑間がスローインを受け取る。

 ゴール直後で白瀧が油断していたことが命取りとなった。小林を振り切ってスペースに走りこんだ緑間は、自陣深くから超ロング3Pシュートを放った。

 

「――くっそ!」

「俺とて、お前達を調子に乗らせるわけにはいかないのだよ」

(この……化け物め!)

 

 間に合わなかった。反応が遅れた、と白瀧が後悔するがその時にはもう遅い。

 もはや天井に届くのではないのかとさえ思えるそのシュートは、綺麗にリングの中を射抜いた。

 スリーだけではない。ドライブも並外れたキレだ。底知れぬ実力を見せ付ける緑間に、小林は歯を食いしばり、拳を力いっぱい握り締めた。

 

「来たぞあのロング3P! やはり『キセキの世代』の名は伊達じゃない!」

「まだあんなシュート撃つのかよ! マジえげつねえ!」

 

 観客や大仁多のベンチは彼のシュートが決まるだけで騒然とする。

 後半に来ても未だに緑間はあの長距離3Pを一発もはずしていない。単発であったとしても、その威力は測りきれない。

 

「さっすがー。惚れ惚れとするっすね」

「……は。散々大口叩いたんだ、むしろ足りねーくらいだよ」

「ってか木村。マジ軽トラ貸して。一度あいつ轢くから」

 

 それに対して秀徳側は盛り上がることもなく淡々としていた。

 高尾はどこかふざけたように称賛の言葉を述べたが、木村や宮地はむしろ不機嫌そうである。ベンチも似たような反応だ。

 それというのも緑間の態度であろう。いくら期待のルーキーとして入部したとしても、まだ日が浅い上に彼は周囲に心開かず、バスケにおいてもチームプレイはせずに個人技に徹する。この試合でも連携を見せたのは高尾くらいのものだった。

 だからこそ周囲も彼の活躍を素直には喜べない。純粋に認めることはできなかった。

 

「気にするな! 一本、きっちり取り返していくぞ!」

『大仁多! 大仁多!』

『オーフェンス! オーフェンス!』

 

 それに対し、大仁多はむしろ流れを変えるように士気が上がっていく。

 小林が声を出せば仲間もそれに応じ、ベンチも力の限り後押しする。

 

「さて緑間。今度は俺から行かせてもらうぞ」

 

 小林からパスがさばかれ、白瀧にボールが渡ればベンチの声はより大きくなった。

 その声を背に受け、白瀧は緑間と対峙する。今度は自分から勝負を仕掛けると言って。

 

「……もしもこれが個人戦だったならば、白瀧君が逆に押し切られたかもしれませんね」

 

 その勝負を、二人の姿を見た藤代が呟いた。

 一選手としての実力や能力は間違いなく緑間の方が総合で上回っている。それは誰よりも白瀧がわかっていることだろう。

 

 白瀧はレッグスルーからのクロスオーバーで切り返すが、緑間も後ろに引いた足をそのまま横に動かし、その動きに反応している。……しかし、立ちはだかろうとするも突如何かにぶつかった感覚がしたかと思えば、緑間の体はそこで止まってしまった。

 

(……スクリーン!)

「……ッ!」

「どうも、小林さん!」

 

 小林の体を張ったスクリーン。進路方向に立っている小林により、緑間は白瀧の突破を許してしまう。

 すかさず広い視野で予測していた高尾がヘルプに来るが、白瀧はそこでボールを横へと振るう。

 

「ナイスパス!」

 

 ボールの行く先にいたのは山本。彼は3Pラインの外側からフリーの状況でシュートを放った。

 さらにゴール下では黒木と光月が外れたときに備えて、木村と大坪の内側に入り込み、外へ追い出すようにとスクリーンアウトをする。

 

「くそっ!(またか! この男……ビクともせん!)」

(それに5番(黒木)もパワーはそれほどでもねえが、力のかけ方が上手い。目立たないが、ディフェンスがかなり上手くなってやがる!)

 

 二人の体を張ったプレイは秀徳が誇る二人のインサイドプレイヤーを苦しめる。

 その結果、山本は外れることを恐れずに堂々とシュートを放つことができた。

 邪魔を受けないボールは綺麗な放物線を描き、リングに触れることなくリングを通過していく。

 

「よっし、今日は調子いいぜ!」

『ナイッシュ山本! ナイスパス白瀧!』

「珍しく調子がいいな、山本」

「いやいや、いつもどおりだろって」

 

 すぐさま3Pで返し、ベンチも熱がさらにこもる。

 小林とタッチをかわす山本の顔も、普段よりも数割笑顔が増していた。

 

「……だがバスケは団体戦だ。選手達はそれぞれそれの両肩に色々なものを背負っている。

 それはチームの誇りであり、仲間の期待であり、意志である。それら全てが選手達を支えるんです」

 

 藤代が自軍の選手達の姿を見て、誰かに語りかけるように話し出す。

 

「そして、味方に信頼されないような選手には……その力は決して身につかない」

 

 その言葉はまるでこの試合の行く末を感じ取ったようなものだった。

 緑間を一瞥し、藤代は何か言いたげな、悲しそうな表情で呟いた。

 

 

――――

 

 

 第4Qも残すところ15秒。試合は大詰めを迎えていた。

 すでに点差は離れており、ここから試合がひっくり返るということがないとわかっても、誰も諦めてはいない。

 リードしている側は少しでも点差をつけるために、リードされている側は少しでも点差をつめるためにと。

 

 黒木のシュートがリングに嫌われ、大坪がディフェンスリバウンドを制する。

 そのまま高尾→宮地とパスがつながり、最後の速攻を決めるべくコートを駆け上がるが……彼のレイアップは小林によってはじかれる。

 

「くれ、明!」

 

 こぼれ球を取った光月に指示を出したのは白瀧。

 彼からボールを手渡しでもらうように走りこむと、光月の体を盾にするように、逆方向に切り返す。瞬時の切り返しはマークにあたっていた緑間を引き剥がし、彼はそのままドライブでゴールに切り込んでいく。

 その途中、高尾・宮地と言ったヘルプが来たものの、彼はものともせず抜き去っていく。一つ一つが鋭く、洗練されており彼らはただ目の前を通過するのを見過ごすことしかできなかった。触れられない速さはどうあっても止められない。

 そして最後の壁――センターの大坪が立ちはだかる。

 

 『――ここは止めてみせる』と語るように、威圧感を醸し出していた。

 最後の一騎打ち、しかし白瀧はもはや敵に手の内を考えさせる暇も与えないように跳躍、まだゴールとの距離があるにも関わらずボールを大きな弧を描くようにループシュートを放った。

 

「――なッ!?」

 

 当然大坪もこれに反応してリングを越えるかのように跳ぶ。しかし、彼の腕は虚しく空を切り、後ろでボールがネットを潜り抜けるのを耳にした。――白瀧が得意としているティアドロップというシュート。

 

「誰にも俺は止めさせない。どんなパワーも高さも、俺の速さで切り崩す!」

 

 他にも手はあったであろうにわざわざ自分の得意技で決めたのは、そうすることで自分のあり方を示すためか。試合終了のブザーが鳴り響く中、白瀧がここに反撃の狼煙をあげた。ここからが新たなスタートだとそう宣言する。

 

 90対79。大仁多高校が去年の借りを返し、今年の初陣を勝利で飾った。


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