「うっわー。さっすが大仁多、設備も整ってんなー。うちのあのボロ校舎とは大違いだ」
統一されたオレンジ色のユニフォームを着た集団が大仁多高校の正門を潜り抜ける。その数はゆうに30を超えるだろうか。
どの選手達も皆体格がよく、スポーツに勤しんでいるということは見ただけでわかる。
そんな中、その集団――秀徳高校バスケ部の一人、高尾が周りの建物を見回して感慨深そうに呟いた。
彼が所属することは伝統を重んずる学校であり、そのためか校舎もボロい……もとい歴史あるものである。
そのために大仁多のような設備が整えられている高校がうらやましかったのだろう、自然に出てきた言葉のようだ。
「数字は忘れたが、たしか二年前だかに設立記念ということで施設を大幅に改築したらしいからな。そりゃうちとは比べものにならねーよ」
「うらやまし~。監督、秀徳もそういうのないんすか? うちだって伝統だけならかなりのもんっしょ?」
一年のボヤキが聞こえたのか、金髪と鋭い目が特徴である同レギュラーの三年生、宮地清志が答えた。
変なところで対抗心が出たようで高尾は先頭を歩いている監督の中谷仁亮に一言添えている。
監督も思うところがあったのか、普段の考えているそぶりで独り言を呟いている。
「ふ~ん、そうだね~。……よしわかった。今日の練習試合で大仁多に圧勝したならば、理事長に口添えしておこう」
「マジッすか!? よっしゃ、俄然やる気出てきた!」
監督のこの一言で高尾は小さくガッツポーズを作っている。それを見て隣を歩いている緑間は「単純なやつめ」と呟いた。
『圧勝』という条件が付いている上に、あくまで『口添え』であるということを高尾は気づいていないらしい。
「まあ全ては今日の試合が終わってからだ。あくまで試合中は試合だけのことを考えるように」
「その通りだ。……この試合に勝ち、予選の弾みにするぞ。お前達、準備はいいか!?」
「「おうっ!!」」
主将である大坪が皆を引き締めるように大声を出せば、部員もそれに応えてくれる。
去年負かした相手とはいえ、秀徳高校に油断はない。
さらなる力を得た王者は今日も獲物を狩るべく、相手が待っている体育館へと足を踏み入れた。
――――
「……どうやら来たようだぜ、相手さん」
「……そのようだな」
大仁多のベンチ入りメンバーがシュートチェック中に、秀徳高校の到着に気づいた神崎。
白瀧もその言葉でようやく敵が現れたことを知り、視線を相手集団の元へと移す。
「大坪だぜ。東京屈指のセンター。ますますデカくなったんじゃねーか?」
「それよりもあいつだよ。あの眼鏡をかけた、緑色の髪をしているやつ!」
他の部員達の間で強敵が現れたことによりざわめきが生じる。
その原因となっているのは秀徳が誇る大型センター、大坪。そして――
「あれが『キセキの世代』ナンバーワンシューター、緑間真太郎だ!」
――秀徳が獲得した天才、緑間だ。
一年生の大半は彼の顔と実力を恐ろしいほどに知っており、その経験から。
二,三年生は最後の年の彼の実力を完全に把握していないためか、未知の恐怖からだった。
部員達に波紋が広がる中、代表者である藤代監督と小林が中谷へと歩み寄る。
「ど~も~、お久しぶりです中谷さん。昨年は随分お世話になりました」
「うん、懐かしいね藤代。半年ぶりとなるか。悪いが今年もいただくよ」
「それはどうなりますかね。今年は昨年とはまた一味違いますよウチは」
「そうだねー。……だがそれはこちらも同じことだ。それはコートでわかるだろう」
二人の間で火花が散る。
穏やかな言葉とはいえ、これも立派な言葉による戦いだ。試合の前からすでに戦いは始まっている。
「大仁多のキャプテン、小林です。今日はよろしくお願いします!」
「うん、久しぶりだね小林君。こちらこそよろしく。……今年は君が真の意味で率いるチームだ、しっかりと見させてもらうよ」
「……はい。存分に刻みこんでください。今年、全国を制するチームの姿を!」
「……ふむ。言うようになったね」
藤代と入れ替わるように、小林も中谷に宣戦布告をした。
そんな姿を見て、中谷も立派に成長したものだと小林を心の中で讃えた。
今年は小林が主将。今年は真の司令塔ということでチームを支えなければならない。だからこそ小林は逸早くチームを先導するように前に出た。
「藤代監督。秀徳のキャプテン、大坪です。よろしくお願いします!」
「ええ、よろしくお願いしますよ大坪君」
「……大坪」
大坪も代表として藤代と握手を交わす。
小林が振り返ると大坪も彼と向かい合い、無言の圧力がかかった。
あと少しで二メートルに達するほどの巨体はやはり迫力がある。しかし小林はその程度では動じない。すでに全国では何人も見てきたのだから。
「今日はよろしく」
「ああ、こちらこそ」
お互いが想いをこめて手を握り締めた。
「手加減をするつもりはない。昨年同様、全力で叩き潰させてもらう」
「悪いが大仁多も今年は万全の状態だ。俺もチームも負ける気はないよ」
――去年とは違うのだと、去ろうとする大坪に小林はすれ違いざまに言い放つ。
二人とも三年生であり主将だ。最後の年であると共に背負うものがある。
「ならばコートで見せてもらおう」
そう言って大坪は案内に従い、進んでいく。他の部員達もそれに従った。
「すぐに見せてやるさ」
背中を向けている相手に小林が言い放つ。強い意志がこもったそれは、短いながらも彼の闘争心を大いに物語った。
「あの、すみません。小林さんですよね?」
「うん? そうだが、君は?」
練習に戻ろうとする小林であったが、一人の秀徳生から声がかかった。
少なくとも小林が見たことのない新顔であった。疑問の声を上げるのは仕方のないことだ。
「俺、高尾和成っていいます! 同じポイントガードとして小林さんのこと尊敬しているんですよ! 今日はよろしくお願いします!」
「あ、ああ。こちらこそよろしく」
差し出された手に小林が応えた。
ここまで敬意を払われると嫌な気持ちではない。小林の頬が若干緩んでいた。
「何をしているのだよ、高尾。さっさと行くぞ!」
「あ、ちょっとくらい待てよ真ちゃん! ……すみません、これで失礼します。また試合で!」
「ああ。また会おう」
仲間の緑間の声を聞き、高尾が駆け出していく。
このとき小林は緑間の他にも秀徳ほどの強豪校で一年生が早々にレギュラーを取れるものなのかと、疑問に感じていた。
しかし先ほどの話しぶりから考えると、どう考えても彼が試合に出るようにしか思えない。おそらくは自分が
「ったく、折角のチャンスだったってのに真ちゃん邪魔すんなよなー」
「ふん。お前の都合など、俺が気遣うことではない」
「なんだよそれ。ツンデレにも程があんだろ」
「誰がツンデレだ!?」
「……なんだ。随分仲良くやってるようだな、緑間」
「む。……白瀧か」
「心配して損したぜ」
愚痴を吐く高尾に苛立ちを隠せない緑間であったが、目の前に立つ男を見て表情が一変する。
かつてのチームメイト、白瀧要を目の前にして。白瀧は微笑を浮かべて彼らを迎え入れた。
「心配など不要だ。もとより俺はお前達とは違う。仲間など作る気はないし、その必要はない」
「相変わらず固いやつだな。久しぶりの再会だというのに、全然変わっていないな」
「そういうお前もな。……何か言いたいことがあるのならばコートで示せ」
拒絶の意志を含んだ言葉。白瀧もそれを理解して肩をすくめる。
性格がほとんど変わっていないことがわかると「きっと
「それならそうさせてもらうよ。この試合でお前にも戻ってほしいからな」
「……やれるものならやってみるといい。一つ教えてやると、今日のおは朝占いで蟹座は一位だった。どこにも俺が負ける要素はないのだよ」
二人の視線が交錯する。
かつては一度も敵として向かい合うことのなかった二人だが、決して手加減などする気はない。
闘志をむき出しに、お互いがお互いを牽制しあった。
「ああ。……だが、試合前にこれだけは言わせてほしい」
「なんだ? 言ってみろ」
どうしても気になることがあった。緑間の了承を得ると、白瀧は右腕の人差し指を相手の右腕へと向けた。
「……その人形は何だ!?」
そう、緑間が持っている人形に向けて。
ビシッという音が聞こえてきそうなほどの速さだった。
「決まっているだろう、おは朝が話していたラッキーアイテムだ。ちなみに今日はリカちゃん人形だった」
彼の右腕に収まっているのは、高校男子が持つにはとても躊躇われる可愛らしい人形。……リカちゃん人形だった。
これには他の大仁多高校部員もずっと疑問に思っていたのか、「よくぞ聞いた白瀧!」と心の中で喝采をあげた。その後の緑間の躊躇ない即答ですぐに醒めていったが。
「ずっと前から思っていたけど、お前はアホなのか!? 今日ここまでずっとそれを持ちながら来たのか!?」
「当たり前だろう! ラッキーアイテムは常に身につけておく。例外はない!」
「限度があるだろう! もうお前がただの眼鏡オタクにしか見えないんだよ!」
「誰が眼鏡オタクだ! 俺はただおは朝の指示に従い、人事を尽くしているだけだ!」
再び口論が始まる。おは朝占いを妄信している緑間にとってはこの程度のことは当たり前であり、とやかく言われる筋合いはなかった。
至極どうでもいいことで激化している二人の戦いを見て、『キセキの世代って一体……』という疑問が広がっていったことを本人達は知らない。
「……し、真ちゃん。……ぷっ」
「何だ高尾。そして話すのか笑うのかどちらかにしろ」
「だって……ぷっ……ぎゃはははは! マジ笑える!」
「笑うな!」
今まで隣で耐えてきた高尾であったが、ついに耐え切れずに爆笑した。
それを侮辱と感じた緑間が声を荒げる。先ほど自分がどちらかにしろと言ったことはもう蚊帳の外である。
「ワリ。だけど俺もそいつと同感。……電車の中、マジ笑えた。真ちゃん、席に座りながらマジ大事そうに人形を抱えているところ、……ぷっ!」
「……高尾」
再び噴出しそうになった高尾であったが、そろそろ機嫌を損ねることを察したのか、緑間の異変に気づいて持ち堪えた。
しかし高校生男子(しかもかなり体格の良い)が集団の中、ただ一人可愛らしい人形を持っていることを想像すると……とてもシュールである。
「何と言われようとも、俺は俺のやり方を変えるつもりはない。……白瀧、話の続きは後だ。そろそろ行かせてもらうぞ」
「ああ、引きとめて悪かったな。……またコートで会おう」
最後に鋭い視線を白瀧へ向けて、緑間は去っていった。
これ以上雑談に付き合う気はないということだろう。むしろ彼にすればここまでよく試合前にこれだけ話し込んだといったところだろう。
だんだん遠くなっていくその姿を白瀧はただ見つめた。
「……ぷぷっ。いや、うちの連れが悪かったね。えっと……白瀧君、だっけ?」
「こちらこそ。確かに俺がそうだが、君は?」
「俺は高尾和成。お前と同じ一年だよ」
ようやく笑いが収まったのか、高尾が白瀧に礼を述べながら近づいていく。
「そっか。大変だろ、緑間を相手にするのは」
「まあな。あいつ滅多に表情を外に出さねーし。他人と上手くやっていこうって気がねーからな」
「……やはり、そこらへんは予想していた通りか」
「あ、やっぱりあいつ中学の時もそうだったんだ」
同じ一年で緑間を相手にしているという経験からか、あるいは性格からか。
これから戦う相手でありながらも二人は気にせずに話し出した。緑間本人が聞いたらまた機嫌を損ねるだろうことが予想できる。
「まあな。あいつ頭良いけどバカだったからな。ま、そこらへんあいつのサポート頼むよ、高尾」
「ああ。……だが、緑間じゃないが敵の心配は程々にしといた方がいーぜ? あいつ、お前と戦うとわかってから妙に張り切っていたからさ」
「そうか。忠告感謝する。しかし、それはお互い様だろ? お前も俺の心配よりも、自分の心配をしたほうが良いんじゃないか?」
突如白瀧の声色が変わった。重く、威圧感さえ取れるその言葉に高尾は背筋が凍るのを憶えた。
「……へっ。たしかにな。それじゃ、また試合で」
一瞬高尾の表情が固まったが、すぐにまたいつもの笑みを取り戻し、緑間達を追いかけた。
やはり白瀧は只者ではないという印象を受けたのかその足取りは少しばかり速い。
白瀧もこれ以上は敵と判断し身を翻して練習へと戻っていった。
――――
「……さて、皆さん。そろそろ時間です。問題ないですね?」
「はいっ!」
「当たり前っすよ」
「……当然」
「いつでもいけます」
「……は、はい」
スターティングファイブを集め、声をかける藤代。
朝伝えた通りのメンバーで変更はない。小林・山本・黒木・白瀧・光月。この五人が大仁多のベストメンバーなのだから。
「ま、私の方から特に言うことはありません。……が、練習試合であろうともこれは立派な試合だ。
出し惜しみなど不要です。情報などいくらでも与えて良い。あなた達の全力を出し切り、王者を倒しなさい」
「「「「「はい!」」」」」
「では、行ってきなさい」
五人は背を向けてコートを歩いていく。
その視線の先には同じように並んで近づいてくる秀徳のスターター五人の姿が見受けられた。
去年もいたメンバーが三人、それに加えて緑間と先ほど小林・白瀧と話していた高尾の姿もあった。
強豪校の激しい争いの中、そのユニフォームを勝ち取っただけのことはあり、誰もがその目は気迫に満ちている。
しかし、それは大仁多も変わらない。
「それでは大仁多高校対秀徳高校の試合を始めます!」
両チームのスタメンが一堂に会し、審判が始まりを告げる。
どちらにとっても今年最初の大事な試合。キセキの世代が高校で初めてプレイする試合だ。
それは今コートに立っている選手達が誰よりも知っている。だからこそ、彼らは皆目の前の獲物を狩るべく、目の前の獲物をにらみつけた。
大仁多高校 スターティングメンバー
小林圭介(三年) PG 188cm
山本正平(三年) SG 178cm
黒木安治(二年) C 195cm
白瀧要(一年) SF 179cm
光月明(一年) PF 192cm
秀徳高校スターティングメンバー
大坪泰介(三年) C 198cm
木村信介(三年) PF 187cm
宮地清志(三年) SF 191cm
緑間真太郎(一年) SG 195cm
高尾和成(一年) PG 176cm