黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第百八話 誇り高き勇者

 試合開始直後の奇襲攻撃が功を制した。白瀧のロングスリーにより栃木が幸先よく先制する。

 これまで無失点を誇り、鉄壁と呼ばれていた秋田から先制点をもぎ取ったのだ。この攻撃は非常に大きなものとなる。

 

「……白ちん」

 

 されど宿敵とも呼べる敵のオフェンスを見ても紫原は自陣深くより動く事はしなかった。白瀧の愛称を苦々しく呼ぶにとどまり、福井にスローインをするとその場で立ち尽くす。

 

「大丈夫だ、敦。問題ない」

 

 直後、すぐ近くにいた新しい同僚である氷室が紫原へと声をかけた。

 

「俺もあのシュートには驚きはしたが、わかっていた事だ。問題はない。敦は予定通り控えていてくれ。オフェンスは——俺が点を取ってくる」

「うん。よろしく。ミスはしないでよ」

「わかっているさ」

 

 緊張感や気負いはなく、当たり前のような声色で二人は会話を終える。栃木を相手にするにあたり、4人でオフェンスを組み立てるという事がどれだけ困難な事かはわかっているはずなのに。

 

「大丈夫だ。今の俺なら一人でも勝てる」

 

 氷室は非常に落ち着きを払っており、紫原も不安や心配といった感情はもっていなかった。

 

(少なくとも前半戦、俺達は敦抜きで攻撃をしなければならない)

 

 福井と共にボールを運びながら、氷室は脳内で試合前の監督との作戦会議を思い返す。

 

『この試合は前半戦、少なくとも第1Qまでは紫原抜きで攻撃を行う』

『いいのですか? 確かにこれまでの試合では問題ありませんでしたが、栃木を相手にするとなるとさすがに……』

『わかっている。夏の戦いで大仁多の戦力は理解しているし、新しく加わったメンバーも粒ぞろいだ。だがどうだとしても相手に白瀧がいる以上、紫原を最初からオフェンスに参加させては後半戦が保たなくなる』

 

 相手の戦力がいかに強力かは荒木も十分理解していた。その上で紫原という戦力は必要不可欠であるという事も。今までの試合のように紫原がディフェンスだけ参加しても勝てるという敵ではないだろう。

 だが同時に、その紫原と白瀧の相性を考慮した結果、荒木は紫原を温存しなければならないと結論を出していた。

 岡村達が反論を述べる中、荒木はさらに解説を続ける。

 

『白瀧がどのポジションで来るとしても、隙があればロングスリーを打ってくるだろう。厄介な速攻も絡めてな。そうなるとどうしてもカウンターを防ぐためには走力が必要となる。問題はここだ。うちであの速さに対抗できるのは紫原くらいだが、最初から守ろうとすればこちらが先にガス欠になりかねない。神奈川・海常の黄瀬のように』

 

 荒木が思い浮かべていたのは栃木対神奈川の一戦の事だ。

 あの試合でもエースの白瀧と黄瀬が一騎打ちを繰り広げていたが、最後まで全力で戦えたのは白瀧の方だった。彼が持つ自慢のスタミナ。これを攻略するには最初から最後まで敵に合わせてはならない。事実、IHで大仁多と戦った時に紫原も今までの試合を超えた跳躍の連続で多くの消耗を強いられた。結果として最後まで試合に出続けることは難しくなっていた事を考えると今回もそうなる可能性が非常に高い。紫原のような巨体が全力を出せる時間は他の選手よりも限られてしまう故に猶更だ。

 ゆえに荒木は多少のリスクは承知の上で、紫原を前半戦は体力の消耗を抑えるという作戦を考えていた。

 

『よって最初のオフェンスは岡村と劉のインサイドと外の氷室。この二つで攻める。紫原がいないとしても、夏よりも上がった攻撃力。栃木の、強いては大仁多の面々に見せつけてやれ』

 

 荒木の声には自信に満ちている。紫原が不在でも攻撃は成功するという確信を抱いていた。

 

「おう!」

「いつも通りやるだけアル」

「はい。任せてください」

 

 その監督に応じる様に、選手達も力強く頷いた。

 紫原だけではない。

 かつて大仁多に守り勝ったIH3位の実力者達、絶対防御(イージスの盾)いざ出陣。 

 

 

 宿敵との戦いを経て彼はかつて失った物を取り戻した。ならばこそ、次に彼が求めるのは——

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ディフェンス集中! シュートまで行かせるな!」

 

 4人で攻め寄せる秋田に対し、栃木は福井・氷室に白瀧と楠をマークマンにつけ、真ん中に光月、右にジャン、左に勇作を配置するゾーンを展開するトライアングルツーを展開している。紫原が自陣から出てこないのを見て、急遽変更したディフェンスだ。

 まずは前線の白瀧・楠の二人がボールの供給元である福井・氷室に各々プレッシャーをかけていた。

 

(紫原が出てこないと言うのならば!)

(この前半戦で陽泉を、秋田を突き放す!)

 

 『敵の切り札が出てこないならばその間に試合を決めてやる』と選手の士気は高い。激しい圧を前線から仕掛けていく。

 

「——ッ! このっ!」

(この前は小林。そして今日はお前かよ! くそっ!)

 

 白瀧のマークを前に、福井はボールを保持するのが精一杯の状態だった。一瞬でも隙を見せればボールを奪われかねないという厳しい戦況。悪態をつきたくなるのも仕方のないことだろう。

 

(だけど!)

「そう簡単に新人にやられるわけにはいかねえ!」

 

 だが易々とボールを奪わせやしない。前後の揺さぶりであるロッカーモーションで一瞬白瀧を引き付けると即座に氷室へバウンドパスをさばいた。

 

「さすが」

「ナイスパス!」

 

 白瀧、そしてボールを受けた氷室が賛辞の声を上げる。小林や笠村と言った選手達と比べれば福井は個人技の力では劣るだろう。だがドリブルによるフェイクやパス技術は一級品だ。伊達に秋田最強チームの司令塔を任されてはいない。

 そのパスを受けた氷室は一度両腕を下ろしてトリプルスレットに入った。

 マークマンである楠の姿を見て、タイミングを図る。すると突然氷室の視線がリングに向かうや否や、彼は両腕を上げて飛び上がる。

 

「ッ!?」

(いきなりシュートか!)

 

 ノーフェイクでのアウトサイドシュート。そうはさせないと楠も大きく跳躍した。

 しかし飛び上がった後で、楠は氷室が地面を蹴る寸前で制止していた事に気づく。

 

「いや、フェイクだ!」

「巧い!」

(くそっ。全く気づけなかった!)

(いや、今のは仕方がない。視線の動きからすべてがシュートするようにしか見えなかった!)

「ヘルプ!」

 

 切り返しで楠を躱した氷室がゴールへ切り込んでいく。呆気ない攻防の決着だったが楠を攻めることは出来ない。今の氷室のオフェンスは白瀧でさえシュートであるとだまされ、反応が遅れてしまったのだから。

 

「させるか!」

「止める!」

 

 だからと言って好き勝手にさせる選手ではない。

白瀧と光月がいち早く立ち直ると氷室の前に立ちはだかり、挟み撃ちで彼の行く手を阻んだ。

 

「悪いが、俺は止める事は出来ないよ」

 

 そんな二人の反応を見ても氷室は焦り一つ抱かない。彼らのディフェンスに捕まる前に、氷室はドライブを中断。そのまま流れるような無駄のない動きでジャンプシュートを放った。

 

『————』

 

 彼の一連のプレイは真に洗練されたスムーズな動きであり、思わず白瀧も光月も氷室のプレイに見とれてしまい、その場から動くことさえ出来ない。

 結果、フリーとなった氷室のジャンプシュートはノータッチでリングを潜り抜けた。

 

「なっ」

「鮮やかに決まった! 秋田も即座に反撃!」

「白瀧と光月、栃木の大型新人(ルーキー)が揃って棒立ち、反応さえできない!」

 

 あくまでも基本に忠実なプレイにすぎない。しかしあまりのもなめらかな動きに観客席から歓喜の声が沸き上がった。

 

「チッ。ぼさっとしてんな! 再開だ!」

「オ、オウ!」

「お前らもだ! あんな普通のプレイに引っかかってんじゃねえよ!」

「すみません」

「返す言葉もない」

 

 ゴール下、勇作がジャンに声をかけて反撃を開始するように指示を出す。同時に氷室の動きに惑わされた三人に怒声をぶつけた。もっともな言葉に光月と楠は申し訳なさそうに表情をゆがめるのだが。

 

「——すごい。完璧だ」

 

 一人、白瀧だけは氷室から視線を動かす事が出来なかった。

 彼も様々な技術を磨き、鍛錬を重ねて来た身である。だからこそ彼の目にはより衝撃的に映ったのかもしれない。

 

(なんという選手だ。この人、技術だけなら俺や黄瀬は勿論の事。ひょっとしたらキセキの世代全員をも超えているかもしれない)

 

 そんな白瀧をもってしても、氷室があるいは天才と呼ばれた選手達をも超える技量を持っているという思いを抱かせた。今のオフェンスはそれほど彼には強く印象に残ったのである。

 

(まさか陽泉にこれ程の選手がまだ残っていたとは。紫原に次ぐ得点源と考えた方がよさそうだ)

 

 氷室の脅威を理解して白瀧は彼の警戒度を上げてボール運びに移った。楠とボールを回しながら前線に運んでいく。

 

(こうなったら余計にこちらの攻撃は外せない!)

 

 敵の戦力を把握した以上、栃木のオフェンス成功は必須だ。楠からボールが帰るや、白瀧はスリーを警戒する福井をヘジテーションクロスオーバーで突破した。紫原の守備範囲内へと侵入する。

 

「ぐっ!」

(やっぱりこいつのドリブルは速すぎる!)

「今度は決めさせないよ」

「紫原!」

 

 当然すぐに紫原が前に出た。白瀧の切り込みもシュートも許さないと立ちはだかる。

 

「そうかよ。なら、行くぞ!」

 

 序盤からいきなりエースが真っ向からぶつかり合う。ここで紫原を突破出来れば栃木は一気に波に乗ることが出来るだろう。それを理解し、白瀧は初めから全力で挑む事を決意した。

 

(キラークロスオーバー!)

 

 黄瀬との戦いを経てさらに切れ味が増した彼の必殺技が炸裂する。夏の戦いより進化した彼のドライブ。常人ならば反応する事さえ難しい動き。

 

「——ッ! させないし!」

「なっ!」

 

 その動きに紫原はついてきていた。

 まだ前に立ち続ける紫原を見て白瀧は驚愕する。攻撃を止めない為、フロントチェンジを行いボールを左手に移し——そして続いて体の後ろにボールを通すビハインドザバックパスをさばいた。

 

「おっ」

「ナイスパス!」

「光月!」

 

 紫原からボールを隠す動きであった為にスティールは敵わない。ボールはゴール下の光月へ。

 『これで決めてやる』と光月がダンクシュートを狙って飛び上がる。

 

「忘れたの? そんなんで決まるわけないじゃん!」

「うあっ!」

 

 すると岡村に続き紫原まで光月のシュートブロックに出現し、ボールを叩き落とした。零れ落ちたボールは劉の手に収まる。

 攻撃を決める事が必至な栃木であったが、紫原の守備を前にリングを揺らす事は出来なかった。

 

「こいつっ!」

「やはり守りは堅いか!」

 

 夏の戦いで陽泉から多くの得点を奪った二人が止められる。この衝撃は大きなものでああった。

 

「嘘だろ。白瀧の新技がこうもあっさりと?」

「……おそらく、神奈川戦の時程動きにキレがないのでしょう」

「えっ?」

「あの時白瀧さんが技を披露していたのは彼が全ての力を出し切っている時でしたからね」

 

 勿論この影響はベンチにも波及している。小林でさえ紫原のディフェンスに冷や汗を浮かべていた。

 新たな力が防がれるという信じがたい状況。だが、この時藤代は白瀧が防がれた原因をしっかり分析し、答えを出していた。

 神奈川戦。白瀧のキラークロスオーバーは確かに黄瀬を打ち破った。

 しかしそれは彼が限界を超えるフローの状態に入っての事。その条件を満たしていないならば当然の事だが技の出力は低下している。その結果、最強の守備力を誇る紫原に止められたのだろうと。

 

(だからと言って、まさか第一Qから彼の全てを出し切るわけにはいかない。やはり簡単には上手くいきそうにないですね)

 

 勿論フローに入る事が出来たならば彼の力は紫原にも通じるはずだ。夏の戦いでも白瀧は紫原と互角以上に戦えた実績がある。

 もっとも、そんな事をしてしまえば白瀧が先に力尽きてしまうのは明白だ。紫原がオフェンスに参加していないのだから余計に無理をさせるわけにはいかない。

 やはり今回も厳しい戦いになるだろうなと藤代は改めて秋田の脅威を再認識した。

 

「よしっ。反撃だ!」

 

 ボールを手にした秋田が攻撃に移る。

 こちらも福井、氷室がボールを運んでいった。外、中とパスをさばき、そして再び氷室にボールが渡る。

 

「楠先輩!」

 

 楠が氷室のドリブルを警戒している中、白瀧から声が響いた。するといつの間にか福井が側まで来ており、スクリーンで楠の動きを阻む。氷室が再び中へと侵入を果たした。

 

(スクリーン!)

「スイッチ!」

「このっ!」

(二度も連続で決めさせるか!)

 

 今度は確実に止めてやると白瀧が素早く対応する。フェイントには引っかからないよう氷室の動きをしっかりと観察し。

 

「やあ。どうやら弟が随分と世話になったようだね」

「えっ?」

(弟?)

 

 すると氷室が突然白瀧に声をかけてきた。話の意図が読めない中、氷室は先ほどと同様にドリブルを中断するとノーフェイクでジャンプシュートを放つ。

 

(これはフェイクじゃない!)

「舐めるな!」

 

 動きが本物であると見極めた白瀧がブロックを試みた。

 同じ流れで決めさせるわけにはいかない。

 白瀧のブロックは完全にシュートコースを塞いでいた。

 

陽炎(ミラージュ)シュート」

「はっ!!??」

 

 だが、彼の腕がボールに触れる事はなかった。

 氷室のシュートはブロックをすり抜けてリングを潜り抜ける。

 連続得点が決まり、秋田が逆転に成功した。

 

「ナッ!」

(白瀧が二回もディフェンスに失敗!?)

(いや、今重要なのはそこじゃない)

(まさかボールが腕をすり抜けた?)

「……馬鹿な」

 

 呆然とする栃木の選手達。白瀧も例外ではない。

 そして経験豊富な白瀧の目をもってしても、氷室のシュートを分析する事は出来なかった。未知のシュートを前には心眼でさえ読み取る事は適わない。

 

「火神大我の事だよ。あいつは僕の弟分のようなものなんだ」

「火神!?」

(火神が弟分って事は、この人も本場(アメリカ)仕込みか!?)

 

 まだ衝撃が残る白瀧に氷室が先ほどの言葉の意味を告げた。

 かつてIHで大仁多と争った誠凛のエースである火神大我。彼は氷室の弟のような存在だと語る。 

 

「あいつを抑えた君との勝負は非常に楽しみだった。君の真価、試させてもらうよ」

「なるほど。非常に厄介な兄弟ですね」

 

 そう言って氷室は得意げに笑みを浮かべた。黙っていては駄目だと白瀧も口角を上げるも、予断を許さない戦況が続く。

 

「まずいな栃木。これ、完全にひっくり返されただろ」

「ああ。もはや流れは秋田にある」

 

 攻守の中身を見て、感染していた高尾が厳しい意見を言うと緑間も彼に追従した。

 三点を先制した栃木だったが追加点を奪う事が出来ないまま逆転を許してしまい、新戦力である氷室の攻略は難しい現状。このままでは第一Qは落としてしまうと二人は考えた。

 そして二人の言葉通り、戦況は好転しない。

 反撃を試みた栃木だったがジャンと勇作のゴール下からのオフェンスが失敗に終わり、リバウンドを岡村に奪われると秋田は劉のオフェンスリバウンドから得点し、追加点を奪った。

 瞬く間に得点は(栃木)3対6(秋田)。先制点を挙げた後は栃木の無得点時間が続く。

 

「栃木県タイムアウトです!」

 

 すると藤代は第1Qから早くもタイムアウトを選択した。選手達をベンチに戻し、中心物である白瀧に問いかける。

 

「紫原さんはどうですか? 白瀧さん」

「いつかは止められるかなとは思っていましたが。まさか初見で見抜かれるとは思ってもいませんでした。また無策で挑んでも対応されるでしょうね」

「やはり、ですか」

「白瀧君……」

 

 まずは秋田の最大戦力である紫原の事だ。

 質問に対して白瀧はあくまでも冷静に分析した事を話した。あっさりと負けを認める事は彼にとって苦しいものだろう。心配になった橙乃が何か声をかけようと歩み寄る。

 

「やばい。本当に——面白い」

「えっ?」

 

 続いた言葉に橙乃は足を止めた。タオルで顔を拭いた後、露になった白瀧は笑みを浮かべている。この勝負を楽しんでいるようであった。

 

(なんかこいつ、神奈川戦あたりからちょっと変わったか?)

(さすがにここまで好戦的なやつではなかった気がしたが)

 

 彼の変貌を見て他の選手達は驚愕している。今までならばどうしたものかと、真剣に悩みこそすれ窮地を楽しむようなことは少なかっただろう。

 中学時代の白瀧を見ていない彼らは知らない。白瀧が変わったのではなく、戻りつつあるという事に。

 

「楽しむのはいいが、どうやって立ち向かう? 奥の手などはもうないのだろう?」

「そんなの決まってるいるでしょう」

 

 ただ、彼の心境を考えている時間は多くない。楠が単刀直入に対抗策の有無を聞くと、白瀧は迷うことなく返答した。

 

「不利な方が取る手は——全掛け(オールイン)。そうするしかない」

 

 勝つためにここで全てを賭ける。白瀧の目に闘志が宿った。まだ試合は始まったばかりだ。

 

「考えがあるのですね。ならば紫原さん対策は任せます」

「ありがとうございます」

「となると問題は氷室ですね。あのオフェンスは厄介です」

「それについてはマークを交代しましょう。白瀧さん、楠さん、マークチェンジです。白瀧さんに氷室さんのマークについてもらいます」

 

 後先考えていない様子ではなかった。この様子ならば信じても大丈夫だろうと藤代は新たな手を打たずにこの話は終わりを迎える。

 続いて話題はディフェンス、氷室の対策へ移った。

 新たな新戦力は情報も少なく対処が難しい。そんな状況で藤代はその氷室に白瀧をぶつける事を選択する。

 

「わかりました。いざという時はすぐにヘルプに出れるようにします」

「了解です。次は絶対に止めます!」

 

 氷室を再警戒しての判断だ。二人は揃って頷き、強い意志を指揮官に示した。

 

「いえ。別に止めてもらわなくても構いません」

「はっ?」

「むしろ白瀧さんのブロックを潜り抜けたシュート。あれをできるだけ撃たせてください」

「——はっ?」

 

 だが、続けられた説明に選手達は目を丸くする。

 どういうことだ。仕組みもわかっていないあの技を撃たせては止めるのは難しいだろう。

それにも関わらずその技を許すという監督の発言に皆理解が追いつかなかった。

 

 

————

 

 

「お前達、よくやった。先制点を許したものの栃木の攻撃をその3点に抑え込んだのは上出来だ」

 

 一方、秋田ベンチでは荒木が選手達をほめたたえ褒め称えていた。

 攻撃力に優れた相手の得点を最初の攻撃だけしか許さない。秋田の強みであるディフェンス力を見せた上に、新加入した氷室の個人技とゴール下の強さを示す事が出来た。栃木には多大なプレッシャーとなっただろう。

 

「おそらく氷室にはダブルチームあるいは白瀧がマークにつくことが考えられる。だがどちらにせよ試合序盤でお前の動きの真偽に対応するには時間がかかるだろう。どんどん仕掛けていけ」

「はい。任せてください」

「ゴール下もこのまま攻め続けろ。数の不利はあるが力と高さで勝っている以上押し切れる。ディフェンスは白瀧のスリーに注意しろ。あれはいつ撃ってきてもおかしくない。だがあれさえ封じてしまえば栃木の攻め手は限られる。このまま栃木の攻撃を封じ込め!」

『おう!』

 

 こちらは特に大きな変更点はない。むしろ流れを維持する為に今までの動きを強める様にと指示を出した。

 紫原という切り札を攻撃に出さずとも有利に試合を進めている秋田。この鉄壁を崩すのは容易ではない。

 

 

————

 

 

『試合再開です!』

 

 タイムアウト明け、栃木のスローインから試合は再開された。

 両チームとも選手の変更はない。第1Q同様に白瀧と楠がボールを運んだ。

 ハーフコートオフェンスに移行すると栃木は慎重にパスをさばく。中外にとボールを回し、簡単には攻め込まない。

 

「中々攻めないっすね。栃木は大仁多時代から時間をかけない速攻が主流のはずっすけど」

「タイムアウト直後のオフェンスが慎重になるのは当然だろう。得点できていない時間が続いているのだからなおさらだ」

「それに、おそらく栃木は狙っていますね」

 

 絶対に決めたいこの攻撃。きっと栃木は白瀧の突破を図っているのだろうと緑間はこの動きの意図を読んでいた。

 残り10秒。栃木のボールを保持できる時間制限が迫る中、ついに白瀧が動き出す。

 

(ここだ!)

 

 パスフェイクによりできた一瞬の隙をついた。福井の横をクロスオーバーで突破する。

 

(うっ。わかっていたはずなのに!)

「しつこいね。ジタバタしても無駄だって言ったのに。——捻り潰す!」

 

 切り返しに注意していても福井は止められなかった。

 そして先ほどと同様に紫原が白瀧を止める為に前進する。

 何度来ても無駄だと両手を伸ばした。

 

「……いいや。やっぱりジタバタさせてもらうよ、紫原!」

 

 その紫原を見た白瀧の笑みが深くなる。

 発言の直後、突然ドリブルを続ける彼の体が小刻みに揺れ動いた。

 

「ッ!? うっ、おっ!?」

 

 縦横無尽に変化する白瀧のオフェンス。紫原は無意識下でその動きに体が勝手に反応してしまい、彼に追いつくことが出来なかった。

 白瀧の切り込みを許してしまい、フォローや立て直しが来る前にティアドロップを放つ。シュートは綺麗に決まった。久しぶりに栃木の得点が記録される。

 

「ぐうっ!」

「決まった! エースの一発!」

「栃木がようやく追加点!」

 

 失点に紫原が表情をゆがめる中、観客席は歓喜に湧いた。

 これまで無失点だった秋田から二回目の得点。当然の反応だろう。

 一方で、今のオフェンスの間に彼が起こした連続技に秀徳の選手達は驚愕を隠せなかった。

 

「今あいつ何回変化してた? 真ちゃん、わかった?」

「……3いやおそらく4種類。夏よりさらに上体の動きが上手くなっているようだ」

 

 かろうじて緑間が白瀧の技を目で終えたが、だからこそ余計に強く印象に残っている。

 今白瀧がやっていたのはこれまで通りチェンジオブペースとチェンジオブディレクションの繰り返しによる翻弄。そしてディフェンスでも使用されるステップだった。

 ハーキーステップ。幾度も細かい足踏みを繰り返すステップだ。さらに白瀧はこれにドリブルと連動してショルダーフェイクを加え、肩の動きで紫原の重心をずらし続けた。

 

「反射神経。本当に厄介だよな。——優れすぎて、気づく前にあっという間に反応してしまうんだから」

「白ちん!」

「お前達を倒すのに新たな切り札なんていらない。俺は俺が持っている全てをもって、お前達を倒す!」

 

 得点を決めた白瀧が紫原に話しかける。

 白瀧は紫原の反射神経を強みであり、同時に弱点でもあると対応策を考えていた。

 切欠はIH、紫原との最後の攻防だ。あの戦いで白瀧は紫原が自分の動きを見抜いているのではなく、こちらの出方に反射で対応していると知る。

 それなら対抗策もある。早すぎるが故に、数々のフェイントには体が間に合わないだろうと。すでに重心が動いてしまったならばその逆をつかれてしまえば体は動かない。

 今までならば白瀧はこれ程技を連続で繰り出す事は出来なかっただろう。しかし、白瀧はIH以降徹底的に上半身を鍛え続けた。彼も気づかぬうちに筋力は大幅に増加し、今まで以上のプレイが可能になったのである。

 

「また、小癪な真似を」

「待て敦」

「室ちん……」

 

 ヒートアップし、白瀧を睨みつける紫原を氷室が落ち着かせた。まだ第1Qだ。ここで彼を暴走させるわけにはいかない。

 

「お前が出るのはまだ早い。相手の速攻を防ぐという点でも敦がここで守っているというのは効率が良いんだ。大丈夫、俺が取り返してくる」

「ふん。しくじらないでよ」

 

 鼻を鳴らして味方を見送る紫原。

今度は秋田の攻撃が始まった。ゆっくりと攻撃を組み立てていると、栃木の方針が変わった事に気づく。マークが変わり、福井に楠が、氷室には白瀧がついた。

 

(監督の言う通りになったか!)

「ッ!」

 

 ここまでは荒木の想像通り。しかし白瀧の警戒が少し予想と異なる動きだった。ボール保持者から氷室へのマークが甘く、彼との距離も開いている状態で、パスがしやすい上体だ。しかし一度氷室にボールが通れば一気に距離を詰め、シュートを撃たせまいと厳しいチェックが行われる。

 

(これは!)

(他三人のオフェンスに対するケアと氷室のスリーを最優先に潰す動きだ。だが)

(連続で点を決められたというのに、ドリブルへの警戒が薄い?)

 

 白瀧の動きは氷室の切り込みを誘導するようなものだった。今の秋田にとっては得点の期待が高い攻撃方法だけに疑問が残る。

 

「……ふぅっ」

 

 一つ息を吐き、突如氷室がシュート体勢に入った。

 するとこれをフェイクに斜めに切り込む氷室。この動きに白瀧も食らいつく。

 

(読まれたか。だがここからだ!)

 

 本物と遜色ない動きを読み切ったのはさすがと言えるだろう。だが本命はここからだ。

 氷室の陽炎(ミラージュ)シュートが再び放たれた。白瀧の手はボールに触れる事はなく、氷室の得点に。秋田もそう簡単に点差を縮めさせない。

 

(——頼みますよ監督。皆)

 

 得点を決められた白瀧だが、彼は悔しがる素振りは見せず、視線を栃木のベンチに移した。失点は出来れば防ぎたいがチームの方針だ。

 白瀧は先ほどの藤代の指示をもう一度思い出していた。

 

『あのシュートは何かカラクリがあるはず。本当に万能ならばスリーを狙えば良いはずなのにそれもしない。ですが彼は出場試合数も少なくデータがない。ならばわざと撃たせてこの試合の間に対策を練ります』

『ですがそんな余裕があるのですか? 紫原も出てこない今、確実に失点を防ぐ手を考えた方が』

『だからこそです。紫原さんも出てきてしまってからでは対策を考える時間がない。ならば間に合わなくなる前に情報分析を終わらせ後半戦につなげます』

 

 秋田は今紫原がオフェンスに参加していない。だからこそ今の間に少しでも失点を防ぐべきと言う考えもある。だがそれでは紫原が本格的に参戦した時に対処できなくなってしまう。故に藤代は相手の攻撃が整いきる前に対策を打つ方が最善だと考えたのだ。

 

『しかしそうなると、秋田の得点が伸びる可能性が高いですが』

『それなら、そういう事でしょう』

『えっ?』

 

 なおも楠などが抗論する中、白瀧など大仁多の面々は藤代の先の言葉を理解し、 彼の作戦を受け入れた。

 

『取られた分、取り返す。単純な事ですよ』

「行くぞ!」

 

 栃木は秋田に対し、自分たちが得意とする点の取り合いに持ち込む事を選ぶ。

 転じて栃木の攻撃。やはり攻撃の起点は白瀧だ。

 今度はスクリーンをかけて福井を突破すると出て来た紫原のマークをジャブステップからギャロップステップで潜り抜けた。

 

「ぐっ!」

(また誘導された!)

「こんのおっ!」

 

 揺さぶりに引っかかったのは腹ただしいが、だが立ち止まってばかりではいられない。紫原はその場から飛び上がり、跳躍力と手の長さのみで白瀧のシュートコースを塞いだ。

 

「ああ。お前ならまだ来るだろうな。だけど」

 

 すると白瀧はリングではなく、斜め方向へとボールを山形に放る。

 

(シュートじゃない。パスか!)

 

 視線を移せば、いつの間にか退がっていた光月が助走をつけて走り込んでいた。先ほどの再現と言わんばかりに光月は再び空中でボールを手にする。

 

(今度こそ!)

(光月? 白ちんからのパスが来ると信じて?)

「——ッ。何度やったって、無駄だ!」

 

 岡村、さらに紫原も着地するやすぐ斜め後方へ飛び光月のシュートコースを塞いだ。常人離れした反射神経と脚力があってこその動き。さすがの対応だ。

 

「いいや、今度は大丈夫だよ」

 

 もう一度止めると紫原が意地になるも、白瀧はこの攻防の結末を察し穏やかな口調でそう呟いた。

 

「たしかに速さも加わったお前の運動エネルギーは最強なんだろう。だがそれは真っ向からぶつかった時の話だ。俺の動きにつられて後ろに跳ぶしかなかったお前と、助走で勢いが増した明のダンク。どっちが上かなんて、お前ならわかるだろう」

「——まさか!」

 

 体勢を崩し、万全の状態で迎撃出来ない紫原に対し、光月は助走により勢いがついている。こうなれば優劣は明らかだ。紫原も相手の総力を理解し、悔し気に表情をゆがめた。

 

「光月、白ちん!!」

「そうだ。この勝負は、俺達の勝ちだ!」

「うおおおおおお!!!!」

 

 そして光月のアリウープが炸裂する。

 その強さは計り知れず、岡村と紫原二人の巨漢を吹き飛ばした。

 

「うおっ!」

「ちいっ!」

 

 二人が地面に叩きつけられる。走る痛みを堪えて上体を起こした紫原。そして彼は目の前で得点を決めた二人が拳をかわす光景を目にした。

 

「よしっ!」

「ナイス!」

 

 その笑顔は紫原にはまぶしすぎた。

 

(——どうして)

 

 紫原が抱いた疑問は口から出る事はなく、彼の中で燻り続ける。

 こうしてこの後、両校の攻防はさらに激しさを増していった。

 

「邪魔アル!」

「グウッ!」

「ナイスダンクじゃ、劉!」

 

 秋田はやはり岡村と劉のゴール下、氷室の個人技で点を取り。時にリバウンドを取る事で相手の攻撃の芽を摘む。

 

「甘ぇよ!」

「ぐっ!」

(スティール!)

「さすが勇作さん!」

「よっしゃ。反撃だ!」

 

 対する栃木は機動力に長けた白瀧・楠・勇作達がスティールを積極的に狙っていった。白瀧を起点にパス回しとドリブルで敵を切り崩す。

 お互い全力の臨む中、数で勝る大仁多が少しずつ点差を縮めていた。

 

「遅いぞ、紫原!」

 

 白瀧の攻撃。

 クロスオーバーからバックロールターンで切り返す。

 紫原が食らいつき彼を追った。すると紫原は動いた先で、彼の手元からボールが離れていく光景を目にする。

 

(ボールが。ターンの途中でパスを?)

「ナイス!」

「くっ!」

 

 そのパスの先はミドルの楠へ。氷室が必至にブロックを試みるが、彼のジャンピングシュートを止めるには至らなかった。楠がこの試合初めての得点を記録する。

 

「さっすが元祖!」

「お前に言われるのは少し照れ臭いな」

(氷室もよくやっているが、平面での身体能力勝負ではあの男に軍配が上がるか)

 

 荒木の握りこぶしに力が篭った。攻撃の要である氷室は守備でもよく動いてくれている。しかし相手の楠は身体能力が高くシュートの技術も高い。止める事は簡単なものではなかった。 

 第1Qの終了が迫る中、秋田はゴール下の岡村が積極的にポストプレイを仕掛けていき、最後は強引に得点へとつなげた。

 対して栃木も最後に得点を決めようと攻撃を仕掛ける。

 インサイドのジャンからラストパスが白瀧にさばかれた。

 

(黄瀬との戦いで取り戻したものが確かにある。それは自信でありプライドだ。今までは心の底のどこかで本当に敵ううのだろうかと不安があった。だけどもう違う。俺は確かに過去を乗り越えた。ならば次こそは——)

 

 息を整え、タイミングを図ると白瀧は仕掛けていく。

 福井はチェンジオブペースでかわした。続いて最後も待ち構えていたのは紫原だ。

 

「——白ちん」

(どう来る? またパスか。切り込んでくるか。それとも遠くからレイアップか?)

 

 さすがにいくつか見当をつけておかねば間に合わないと判断したのだろうか。紫原の顔色には迷いが映っている。

 

「迷ったな紫原? なら、お前の負けだ」

 

 相手の心境を切り裂くかのように白瀧が切り返した。キラークロスオーバーがついに紫原を置き去りにし、ゴールへ迫る。

 

「ッ!」

(もはやあいつは紫原でさえ止めきれんのか!)

(高速で連続技を繰り出す変幻自在なドリブラー。止められねえ!)

(それでも!)

「これ以上は」

「行かせないアル!」

 

 確かにもう彼には隠している必殺技はなかった。だが、それを必殺技たらしめる技ならいくつもある。

 黄瀬を破ったのはまぐれではなかった。シュートを狙う白瀧を岡村、劉が必至にブロックする。

 

「白ちん!!」

 

 さらに紫原も背後からボールを狙った。三人の高いブロックがシュート阻む。

 

「邪魔だ!」

 

 それでも白瀧は止まらない。

 ダブルクラッチで持ち手を変えると、白瀧は指先でボールをコントロールするフィンガーロールで彼らのブロックをかわしきった。

 

「ぐっ!」

(次こそは必ず勝利し、今度こそ守り抜く。かつて失い、そして取り戻した俺のちっぽけな誇りを!)

「うおおおおおおおお!!!!」

 

 最後の得点が栃木に記録される。

 第1Q終了のブザーが鳴り響く中、白瀧が力の限り吼えた。

 (栃木)16対16(秋田)。キセキの世代、そして新たな強敵と互角の戦いを演じ、試合は勝負の第2Qへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「よしっ!」

「ナイス!」

 

 その笑顔は紫原にはまぶしすぎた。

 

(——どうして)

 

 紫原が抱いた疑問は口から出る事はなく、彼の中で燻り続ける。

 

(どうして自分をぶっ殺した相手と仲良くできる?)

「だからそれ誤解だって!」

 

 ※第六十二話NG集参照




3月中に更新できてよかった……!

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