黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第百七話 雲蒸龍変

 栃木と神奈川。白瀧と黄瀬。

 決勝戦でもおかしくなかった好カードも、ついに終わりの時を迎える。

 

試合終了(タイムアップ)!」

「まさに死闘の40分! 最終スコア102対90!」

「制したのは栃木! キセキの世代が、黄瀬涼太が、初戦で姿を消した!」

「白瀧が二年越しにリベンジ達成だ!」

 

 ブザーが鳴り響くのと時を同じくして驚愕と歓喜に湧く声が観客席より響く。

 キセキの世代が全国で彼ら以外の対戦で敗れたのは、これが初めてだ。

 ましてそれがかつて自分がその立ち位置に成り代わった者に敗れたとなれば。一回戦となればなおさらの事だった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 そんな声にも負けない声量の叫びをあげたのは白瀧だ。

 喉がはち切れんばかりの咆哮は、まさに彼の形容しがたい喜びを表していて。

 ——ようやく、白瀧は自分の抱いていた悔しさから決別する事が出来た。

 

「よっし!」

「勝った! やりました!」

「ああ!」

 

 彼だけではない。

 他の選手達も、初めてキセキの世代から白星を挙げた喜びを分かち合っている。

 コートでは小林と光月がハイタッチを交わし。

 

「っしゃあ!」

「全国初戦で、初白星だ!」

 

 楠と勇作が拳を重ねた。

 コートの外でも藤代が静かに拳を握りしめ、他の選手達もベンチから立ち上がり、歓喜の渦を作っている。

 

「——ッ」

 

 こうして敵が喜ぶ姿を見て、笠松は一つ大きく息を吐き、そして天を仰いだ。

 

「あっ、ああっ! ああっ!」

「……くそっ」

「ぐッ……!」

 

 早川は声にもならない嘆きを吐き出し、森山は静かに俯き、小堀はコートを小さく蹴る。

 栃木の選手だけではない。勝ちたかったのは神奈川も同じだ。だからこそ余計に敗北の味は苦いものとなった。

 

「負け、た? 嘘っスよね。……ちくしょう!」

 

 特に勝ちたい、勝たせたいという思いが強かった黄瀬の衝撃は大きい。

 地面に尻もちをついた黄瀬は力強くコートを殴りつけた。

 力のあまり皮膚が割け、血がにじみ出る。

 悔しい。ただただ悔しい。もうこんな想いは二度と味わいたくなかったのに。

 

「——シャキっとしろ! 整列するまでは試合だ! 情けない姿を晒してんじゃねえ!」

 

 そんな暗い雰囲気を一蹴するように笠松は声を張り上げた。

 自分も心の整理はまだついていないというのに、主将としての意地が彼を凛とさせている。

 その声に当てられて、他の4人も各々に立ち上がり、そして戦った相手と向き合うように中央へと足を運んだ。栃木の選手達もそれにならって続々と集まり始める。

 

「……勝てよ、小林。中途半端な結果は許さねえぞ」

「ああ。もちろんだ」

 

 笠松がそう言って右手を伸ばすと、小林も応じて右手で握りしめた。

 主将同士の握手をきっかけに他の選手も続き、小堀と光月、森山と楠、早川と勇作。

 

「白瀧っち……」

「黄瀬……」

 

 そして黄瀬と白瀧と続いていった。

 黄瀬は悔しさを醸し出しながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「正直、負けるなんて思ってなかったっス」

「おい」

「いいじゃないっスか愚痴くらい聞いてくれても! ……けど、だからこそ俺は負けたのかもしんないっスね」

 

 口をとがらせ、不満を勝者へとぶつける黄瀬。

 常の彼らしいふざけた口調で告げて、そして直後に落ち着いた雰囲気で話を続けた。

 

「認めているなんて言っていても、どこかで白瀧っちの事を甘く見ていたのかもしれない。ま、これで立場は逆転って事で! 今度は白瀧っちにもリベンジするっスよ! WCでは絶対に負けないっス!」

 

 そう言って黄瀬は最後に大きな笑みを作る。

 まだ冬が残っているのだ。だからこそもう絶対に負けない。対等の立場として次こそは勝つと宣言した。

 

「ったく。人のスタイルをあっさり模倣しといてよく言うぜ。そもそも、俺はずっとお前の対策をしてきてようやく太刀打ちできたレベルだったんだぞ」

 

 すると話を聞いていた白瀧も同じように彼に不満をぶつけだす。

 やはり色々思うところがあったのだろう。言葉のあちこちにとげが含まれていた。

 されど、そう語る白瀧の表情は不思議と重いものではない。

 

「だから、次は本当に同じ立場からの戦いだ。これでようやく俺達の勝負は互角という事で。それまでキセキの世代の名はお前に預けておくよ」

 

 白瀧はようやく黄瀬に対する劣等感を消せたのだから。

 スタート地点が違う。彼はいつも悩んでいた。

 だがここからは同じだ。

 そしてその対等の立場で、やはり次も勝つ。その上でかつて失った立場を完全に取り戻してやると白瀧は誓った。

 

「——ああ。やっぱり、白瀧っちはそうなんスね」

「あ? なんだよ?」

「何でもないっスよ! ……とにかく、俺だって負けるつもりはないっス。続きは、冬に」

「ああ!」

 

 一つ、『キセキの世代』という名前についてだけ黄瀬は少し言葉を濁した。

 白瀧が不思議に思って問いかけるも、黄瀬はすぐに調子を戻して彼との再戦を約束する。

 こうして白瀧と黄瀬。二人の好敵手の戦いはここで終わりを迎えた。

 

「102対90で栃木県の勝ち! 礼!」

『ありがとうございました!』

 

 最後に戦った選手達が大きく一礼し、激闘の幕引きとなる。

 

「……神崎」

「中村先輩!」

 

 直後、神奈川のベンチから途中出場した中村が神崎の下へと歩み寄り、彼を呼んだ。

 

「おめでとう。お前の勝ちだ。チームとしても、選手としても」

「……対戦、ありがとうございました」

「結局お前には最後まで苦汁を飲まされたな。やっぱり強いよ」

「いやそんなことは!」

 

 後輩相手に多少の不満を篭めた愚痴をこぼす。神崎はフォローしようと反論するが、続いた中村の言葉でそれは遮られた。

 

「やっぱりお前と競えてよかった。前からお前のその強さを羨ましく思っていたんだから」

「えっ?」

「だからこそこの場でハッキリ敵として戦えてよかったと思う。——勝てよ、神崎」

「……はい! ありがとうございました!」

 

 自慢の武器を持つ相手を敬っていたのは神崎だけではない。

 中村もまた、強力な武器を持ち、自分と競った神崎の事を高く評価していた。

 最後に神崎の肩を叩き、中村は自軍の元へと戻っていく。

 そんな彼の背中へ神崎は大きく頭を下げ、別れていった。

 

「ッ!」

 

 神奈川の選手達が引き上げていく中、黄瀬は途中で体がふらつきよろめいてしまう。

 やはり体力の限界だったのだ。それだけフロー状態でのキセキの世代の模倣、負担が大きかった。

 バランスを崩す瞬間、近くにいた笠松や森山が彼に肩を貸す。

 

「先輩……」

「やせ我慢しやがって」

「ハハッ。バレバレっスか。どつかないでくださいよ?」

「……うるせえ。黙ってろ。悪いが、俺も余裕はねえんだから」

「えっ?」

 

 黄瀬はいつものように軽い口調で笑みを浮かべた。

 だが、そんな彼に対する笠松の返答は、声は震えていた。

 

「————ッ」

 

 感情のあまり肩が揺れ、唇が出血する程に噛み締める笠松。

 この試合前、笠松は観客が呟いていたある言葉を耳にしていた。

 『決勝戦でもおかしくない好カード』という、栃木―神奈川戦の前評判を。

 それはすなわち、今年の神奈川が決勝戦に進めるだけの力を持つ、優勝できるだけの戦力を持っているという事を意味していて。

 その現状で初戦敗退したという結果は、笠松に去年のIH初戦敗退という、彼が抱えていた悔しい想いを彷彿させるものだった。

 

(先輩……)

「ッ!」

 

 そんな主将の想いを察し、黄瀬は静かに俯く。

 もう負けない。冬は絶対に勝利する。自分が海常の仲間を勝たせるのだと、強く胸に刻んだ。

 

「終わったのう」

「正直、予想外っすね」

「……彼らが競った万能選手(オールラウンダー)という意味では、最後まで黄瀬君が優位に立っていました。でも」

 

 観客席の一角。東京都代表・桐皇の選手達は試合の余韻にふける。

 黄瀬と白瀧の戦い。模倣を持つ黄瀬は序盤から相手の技を模倣し、中盤では白瀧のスタイルそのものを模倣し、白瀧が追い求めていた理想を体現した。

 あらゆる技で相手を上回る。無数の可能性を秘めた黄瀬に、本来ならば白瀧の勝機は薄かった。分析においてもそう示している。

 

「バスケへの信念というただ一点において。白瀧君がその全てを上回った」

 

 だが、たった一つがその全てを上回ったと桃井は語った。

 キラークロスオーバー。心眼。この一戦で手に入れた新たな武器。一つの技を必殺技へと昇華させた白瀧の直向きな積み重ねが、彼を真の選手たらしめたのだと。

 自分の分析さえも超えた勇姿を示した白瀧の背中を、桃井は悔しさと嬉しさが混じりあった複雑な表情で見つめる。

 

「ハッ。——やるじゃねえか」

 

 一方、青峰は楽しみを見出したように大きな笑みを浮かべ、席から立ち上がった。

 

「負けんじゃねえぞ白瀧。準決勝(セミファイナル)で当たるまではよ」

 

 青峰が所属する東京都は、お互いが勝ち進んだならば準決勝で栃木県と衝突する。

 もちろん簡単な事ではない。栃木はまだその前に、大きな壁が立ちはだかろうとしていた。

 それでも青峰はきっと超えられると考えて、白瀧に今度こそ必ず勝ち上がって来いと好敵手に告げる。

 

「神奈川が消えたかー。マジでビックリした」

「ああ。初日でキセキの世代が一人消えるとはな」

「この戦いで消耗したとはいえ、栃木がそう簡単に敗退するとは思えないし。これは一気に有力勢力へと転じたわね」

「ああ。この一勝は大きい。栃木はこの勢いをもって勝ち続けるだろう。だが」

 

 反対側の観客席では京都代表の洛山の選手達がこちらも同様にこの一戦を振り返って嘆息した。

 ただ、赤司はまだ栃木の行く先に待つものを理解し、言葉を濁す。 

 

「あいつはもう一つ、過去の因縁を越えなければならない」

 

 栃木が、強いては大仁多の面々が越えなければならない因縁が、残っていると。

 それを知ってから知らずか。コートではまだ栃木の選手達が喜びを共有しあっていた。

 試合の事を振り返りながらベンチへと戻っていく。白瀧も4人に続く形で歩いていき、そして橙乃と視線が合った。

 

「お疲れ様」

 

 ただ一言、栃木の中でただ一人40分間戦い抜いたエースを労う。

 それを聞いて白瀧は戦意とかけ離れた柔らかな笑みを浮かべた。

 

(俺は結局、最後まで理想の選手になる事は適わなかったけれど)

「——ああ。勝ったよ、橙乃」

 

 ようやく女の子との約束を守る男にはなれたのだと白瀧は思った。

 

 

 雌伏の時が終わり。水底に沈む龍が天へと昇り始める。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 栃木対神奈川の試合が終わりを迎えたのと時を同じくして。

 同時刻に開催されていた別コートでも勝敗を決していた。

 多くの県同士の戦いで接戦が繰り広げていた中、やはりキセキの世代を要する県は相手を圧倒していた。

 

「……む、無失点?」

「かつて優勝した記録を持つ福岡代表を相手に一点も許さない、まさに鉄壁のディフェンス!」

「強すぎる! これがIH3位・陽泉の選手で固められた秋田県代表か!」

 

 (秋田)81対0(福岡)

 紫原を中心に長身選手が集った秋田県が二回戦進出を決める。

 IHよりもさらに磨きを増したディフェンス力は圧倒的だった。

 歴代の記録を見ても、無失点という試合はまず見られないだろう。完璧な防御であった。

 

「お前達、よくやった。さあ引き上げだ!」

 

 そんな選手達を要する荒木は勝利に浮かれる事なく、淡々とコートを後にする。

 『勝って当然』というような雰囲気だ。選手達も喜びはそこそこに荷物をまとめると監督の後ろに続いて行った。

 コートを去り、控え室へと戻る最中。ある一戦の様子を偵察しにいった部隊と合流する。

 

「監督、お疲れ様です! 向こうの試合も終了しました!」

「ああ。ご苦労。それで、どうだった? やはり神奈川か?」

 

 荒木は早々に栃木と神奈川の一戦について尋ねた。彼女もエース対決の力を見極め、十中八九神奈川が制すると考えていた。

 ゆえに幾ばくかの予想をもって選手に問いを投げたのだが。

 

「いえ、違います」

「む?」

「勝ったのは栃木です。神奈川を相手に100点ゲーム。12点差をつけて勝利しました」

「何っ!?」

 

 だが続けられた報告により荒木の無表情は崩れた。珍しく驚きを露わにする。

 それだけ偵察部隊から告げられた結果は驚きのものだった。

 

「……ほう。黄瀬涼太を負かした、という事じゃな」

「つまり、おそらく準々決勝で当たるのは栃木アルな」

「奇しくもIHと似た形になりやがった」

 

 レギュラー達も其々同じように驚愕するも、同時にキセキの世代を破ったという知らせに感嘆した。

 こうなると、このままならば自分たちと栃木は準々決勝で戦う可能性が高い。

 ——IHと同じように。

 数奇な運命の巡り合わせだ。

 あの激戦が、再び繰り返される可能性が高まったという事で、皆熱がこもる。

 

「……マジ? まさか白ちん、黄瀬ちんに勝ったの?」

 

 ただ一人、紫原を除いては。

 彼は常と変わらぬ調子で、どこか気の抜けたような声色でそう呟く。

 

「そんなに信じられないかい、敦?」

 

 そんな紫原に一人の男が問いかけた。

 左目が隠れる程長い前髪、右の眼もとに泣き黒子がある長身瘦躯の美男子。

 IHではベンチ入りしていなかったが、国体からメンバー登録され、一回戦でも活躍をした実力者だ。

 

「まあねー。黄瀬ちんが白ちんに負けたとこなんて見た事なかったし」

「そうか。なら彼は初めてリベンジに成功したというわけだ」

「そうだね。ま、どうでもいいけどさ。室ちんにとってはこの方がよかった感じ?」

 

 紫原に室ちんと呼ばれた男——氷室辰也は心底嬉しそうに笑う。

 

「ああ。俺はIHに出れなかったからね。彼らとの対戦は、今から楽しみにしているよ」

 

 陽泉高校二年、氷室辰也 ポジション:SG 183㎝

 死闘を演じたIHからさらに新戦力を加えた陽泉、秋田県。

 果たして再戦はあり得るのか。そして再び相まみえたとして、微笑むのはどちらか。

 

 

————

 

 

 一回戦が終了した翌日、激戦の熱が冷め切らぬうちに二回戦が始まった。

 栃木県は北海道と対戦。

 昨日の神奈川との試合での疲労が心配される中、選手達はその不安を一蹴する活躍を示す。

 特に活躍著しいのは一年生トリオだった。白瀧・光月・神崎の3人がスターターに名を連ねると、三人とも前半戦のみで二桁得点と好調をキープ、実力を見せつけた。

 ルーキーの活躍もあり、栃木は前半終了時(栃木)64対35(北海道)と圧倒。

 後半は中澤、細谷、古谷、勇作、黒木の五人に選手交代すると落ち着いたプレイでリードを維持。試合終了間際の3分に小林、楠の二人を投入して北海道を突き放す。

 最終スコア(栃木)104対77(北海道)。盤石の布陣で3回戦進出を決めた。

 さらに次の日、午前中に行われた三回戦。相手は奈良県だ。

 この日は一回戦と同じ選手がスターターに名を連ねると、前半戦から圧倒的な攻撃力で奈良県を序盤から突き放す。

 試合開始から20分が経過した時、すでに20点差がついていた。

 後半戦は細谷のゲームメイクの元、外から楠と古谷、中は光月と黒木が攻めを維持し、奈良を寄せ付けない。

 

『試合終了!』

「ようし!」

 

 終わってみれば(栃木)100対71(奈良)という大差で勝利を収めた。

 これで栃木県は準々決勝進出を決める。

 相手は予想通り——秋田県。

 紫原をはじめ、陽泉の選手が集う強豪だ。

 その秋田県は一回戦から無失点を維持し、準々決勝まで勝ち上がっていた。

 対する栃木県はここまでの試合ですべて100点ゲームというオフェンス力を見せつけている。

 今再び、最強の攻撃チームと最強の守備チームの戦いが始まろうとしていた。

 

 

————

 

 

 3回戦が始まった時から数えて約4時間後。

 ついにその時は訪れた。

 準々決勝4試合が同時に開催される。

 ここまで残った8校全てが凌ぎを削る。 

 各会場で試合の行方に観客の期待が高まる中、特に注目集まったのは中央体育館だ。

 中央体育館では準々決勝のうち二試合が行われる。

 一試合は東京都対山梨県。

 そしてもう一つは栃木県対秋田県。すなわち、白瀧と紫原が所属する県の試合である。

 その注目校の選手達がコートに入場するや、観客席から歓喜の声が上がった。

 

「来たぞ! 神奈川、キセキの世代・黄瀬に攻め勝ち、快進撃を続ける超攻撃的チーム、栃木!」

「こっちもだ! ここまで全試合で前代未聞の無失点勝利、絶対防御(イージスの盾)、秋田!」

 

 最強の矛と最強の盾。互いに陣容を変えて、再び激突する。

 

「……おーおー。やっぱりすごい人気だな、キセキの世代は」

「はしゃぐなよ高尾」

「わかってますよって!」

 

 その試合を見守る観客の中に、秀徳の選手達がいた。茶化すような口調の高尾を大坪が注意する。

 彼らは東京都チームに入らなかった。加えて東京都の応援に来たわけでもない。他の観客同様、もう一つの勝敗を読むことが難しい、栃木と秋田の試合を観戦に来たのだ。

 

「東京都はさすがに負けねえだろうな」

「やっぱり気になるのは白瀧と紫原の方だろ。IHと同じような状況に加え、一回戦で白瀧が黄瀬を倒しているという事もある。この大会で『キセキの世代連続撃破なるか』、って話題になりそうな話だ」

 

 木村と宮地も同じように栃木―秋田の両ベンチへと注目している。

 IH準優勝を果たした桐皇・東京が負ける光景は想像できなかった。ただ、栃木対秋田戦はどちらが勝ってもおかしくないと考える。

 すでにキセキの世代の一人が敗れた。何より秀徳として、借りがあるライバルが所属する県だ。波乱が起きてもおかしくない。是非ともリベンジを果たしてほしいと願う。

 

「問題は、それを気にしすぎて選手達が気を張りすぎないかだな。小林あたりは大丈夫であると思うが」

「何も問題などありませんよ」

「む?」

 

 ただ、こういった話題を選手が余計に気負いすぎないかと大坪が不安を呈する。

 先のIHでも大仁多は第1Qから得点に悩み、苦しい展開を強いられていた。立ち上がりに得点できないと余計な考えをしかねない。

 栃木がいかに序盤で自分たちの形を作れるか。大坪が心配する中、それを否定したのは緑間だった。

 

「少なくとも白瀧がいる限り。その心配はありません」

 

 根拠はない。だが確信を持っていた。

 今の白瀧ならばきっとそんな不安を一蹴してくれるだろうと。

 

 

————

 

「相手は全国でも随一の攻撃力を誇る。加えて神奈川を倒し、IHでのリベンジに燃えて士気も盛んだろう。ならばそれら全てを受け切り、押しつぶせ。うちのディフェンス力を見せつけろ。——行け!」

「おう! よしっ。それじゃあ、行くぞ!」

 

 刻一刻と試合開始の時が近づいた。

 荒木は最後に選手達に活を入れて5人を送り出す。

 そして岡村の一言で締めて全員がコート入りした。

 IHからさらに戦力を増した陽泉。この試合でもその堅牢な守備を見せつけるか。

 

「——いよいよか」

 

 一方、栃木ベンチではユニフォームに着替えた白瀧がコートを一瞥して呟いた。

 リラックスした状態で表情も落ち着いている。紫原や再戦の事など意識する事もあるが、熱くなりすぎず冷静さを保っている良い状態だった。

 

「スタートは頼むぞ、白瀧」

「はい。あいつの前でだらしない姿は見せられないですから」

「あいつ?」

「ええ。ああ、そういえば言ってませんでしたね。多分この試合どこかで緑間が秀徳の人達と見に来てますよ」

「えっ、そうなの!? 初耳だけど!」

 

 試合の入りを彼に託すべく、小林が彼に声をかける。

 すると白瀧は仲間からの信頼は勿論の事、他にも応えたい相手がいると語った。

 彼の口から出てきたのは大仁多の長年にわたるライバル秀徳とそのエース・緑間の名だ。予想外の言葉に偶然聞こえていた神崎は声を荒げながら話に混ざる。

 

「ああ。一回戦終わった後緑間にラインして、『暇なら見に行ってやってもいいのだよ』って返答来てさ。そうしたら高尾からも『真ちゃんや先輩たちと応援しに行くぜ。頑張れよ』って連絡来たんだ」

「何お前普通に他校の選手と仲良くなってんだよ!?」 

 

 だが言われてみれば確かに練習試合で気兼ねなく話していたなと神崎は春の出来事を思い返した。

 まさか彼らが見に来ているとは大仁多の選手達は考えてもいなかった。今国体で勝ち残っている選手達も試合が行われるために有力な選手はあまり見に来ていないかとも思ったのだが。

 

「ならば情けない姿は見せられないな」

 

 小林の言に、神崎や白瀧が頷く。

 相手は強敵だが関係ない。俺達の力を見せつけようと自らを鼓舞した。

 

「今日もやっぱりお前の活躍は不可欠だ。大丈夫だろうな? 今日は二連戦だし一番出場時間長いから心配なんだけど」

「問題ないさ。一回戦の後から、夢で起きる事とかなくなったんだ」

「だから何だよ!?」

 

 このチームで一番試合に出ているのが、試合の鉤を握るであろう白瀧だ。

 神崎は彼の調子を問うと白瀧は突如夜の睡眠時の夢について話し出す。

 意味がわからない、そう神崎が叫んだ。

 ただ、神崎は理解が出来なかったものの近くで作業をしていた橙乃はその意味を察し、わずかに口角を緩めた。

 

『どういう事? いくら何でもそんなに勝負したわけではないんでしょう?』

『したよ! 毎夜、眠りにつく度に。何度挑んでも、その度に負け続けた! もう数えるのも馬鹿らしくなるくらい!』

 

 これが意味する事は一つである。白瀧が悪夢により目覚める事がなくなったという事。彼が患っていた心の病から立ち直っているという事だった。

 

「ま、ようは大丈夫だって事だよ」

 

 白瀧は繰り返し、神崎に調子に影響はないと告げる。

 余裕が感じられる笑みを浮かべていて、神崎もそれを目にするとそれ以上の詮索はせずに下がっていった。

 

「さあ、皆さん時間です」

 

 そして試合開始の時が来る。

 藤代が全員を呼び寄せると最後に選手達を励まそうと力強い言葉を発する。

 

「準々決勝、秋田戦。IH3位の実力者が集う強豪です。そのディフェンス力は計り知れない。ですが相手が防御最強ならば、あなた方は攻撃最強だ。この試合であなたたちの力を全国に轟かせましょう!」

「キセキの世代の一人を破ってここまで勝ち上がったんだ。いまさら勝てない相手なんてない。勝ってこい!」

『おう!』

 

 藤代、岡田の両指揮官の檄が飛ぶ。

 勝てば4強となる大事な試合。選手達も監督達に負けじと声を張り上げた。

 

「よっし。じゃあ行くぞ」

 

 その後、勇作を先頭に5人の選手がコートへと向かっていく。

 

「まずは初っ端から全力で取りに行こう。頼むぞ、お前達」

「当前ダ」

「とにかく先制点だ。一回戦とは違う。一気に攻めよう」

「向こうには悪いですが、無失点記録はさっさと破らせてもらいましょう」

「……うん!」

 

 誰もが引き締まった、力強い顔つきだ。ここまで勝ち上がった事で皆自信にあふれていた。しっかりとした足取りでコート中央へと歩いていく。

 そして試合開始より一足先に、両校のエースの間に火花が散った。

 

「ビデオ見て、ビックリしたよ。まさか白ちんが勝つなんてね」

「そうか? ならこの試合でさらに驚かせてやる」

「……途中黄瀬ちんに押されて圧倒されたのに。ジタバタして苦しむだけだと思ってたのに、ここまで勝ち上がってきちゃって。知らないよ? 間違って捻り潰しちゃっても」

「やれるものならやってみろ! あの時とは違う!」

 

 もはや旧交を温める事さえない。鋭い眼光がお互いを射貫いた。

 

「それではこれより、準々決勝第4試合。栃木県対秋田県の試合を始めます」

「礼!」

『よろしくお願いします!』

 

 栃木県スターティングメンバー

 

 #5 橙乃勇作(三年) PF 189㎝

 #7 ジャン・ディア・ムール(三年) C 204㎝

 #11 楠ロビン(二年) SG 190㎝

 #12 白瀧要(一年) SF 179㎝

 #13 光月明(一年) PF 192㎝

 

 秋田県スターティングメンバー

 

 #4 岡村建一(三年) PF 200cm

 #5 福井健介(三年) PG 176cm

 #9 紫原敦(一年) C 208cm

 #11 劉偉(二年) SF 203cm

 #12 氷室辰也(二年) SG 183㎝

 

(小林がベンチスタート!)

(陽泉の選手を相手にという事でインサイドを重視にしてきたな。対する秋田県も知らない選手が一人いるが……)

(この面子なら司令塔は白瀧になる。やつのゲームメイク次第だ)

 

 どちらもIHとは変わった選手が並び、大坪達はどのような試合展開になるのかと緊張感を高める。

 そして、ついに試合は始まった。

 

試合開始(ティップオフ)!』

 

ジャンパーである紫原とジャンが勢いよく跳躍する。

 制したのは背丈で勝る紫原だった。彼の右腕がボールを叩き、福井の手元へと向かう。

 

「させない!」

「ッ!」

 

 だが福井がボールを手にするより早く、楠が伸ばした手がボールを手繰り寄せた。

 

「よしっ! 行くぞ!」

 

 するとすかさず栃木の選手達が駆け上がる。

 試合開始の速攻だ。そうはさせまいと秋田の選手達も素早くディフェンスへと移行した。

 

「いや、違うか。——行け!」

「なにっ!?」

 

 すると楠はドリブルを仕掛けると見せかけ、一歩下がると真横へとパスをさばく。

 そこには後ろから走り込む白瀧の姿があった。

 

(体が、軽い。一度負けた相手だというのに、不思議と勝てるって気がしてくる)

「容赦はなしだ。最初から行かせてもらう!」

「まさか! 試合開始からいきなり!?」

 

 楠からのボールを受けると白瀧は両足で着地し、そして勢いそのままに跳躍し、ボールをリング目掛けて打ち出した。

 

「同じ相手に負けてなるものか!」

 

 彼の気迫が籠ったようなキレの良さだった。コート中央という長距離から放たれた白瀧のシュートは、キレイにリングの中央を射貫く。

 

「うっ、おおっ!」

「決まった! いきなり白瀧のロングスリー!」

「秋田の無失点記録が、わずか6秒で途絶えた!」

 

 開始からまだ10秒も経過していない中、白瀧が先制点を挙げた。

 司令塔のポジションからスタートするという事で秋田も最初は慎重に試合を組み立てると考えていたのだろう。だが白瀧はそのような甘い考えをしていなかった。

 

「すげっ。大仁多はIHでは最終Qまでリードを奪えなかったのに、こんなにもあっさりと!」

「当然なのだよ」

 

 高尾も突然の奇襲攻撃に驚く中、自分の教えが発揮された故か緑間は得意げに語る。

 

「黄瀬に勝った事で、一皮むけたのだろう。切り込み隊長の本領発揮だ」

 

 かつて敗れた相手に勝った事で失った自信を取り戻し、変化を遂げた。キセキの世代との戦いで化けた白瀧は、もはや別人のようだと緑間は言う。

 

「捻り潰す? 笑わせるなよ紫原。触れられない速さならばどんな力だって通じない。止められるものならば、止めてみろ!」

「白ちん……」

 

 事実、紫原を相手に力強く宣言する白瀧の姿は、キセキの世代と呼ばれる彼らと遜色ないものだった。

 先制点を獲得した敵を、紫原は複雑な表情で睨み返す。白瀧も彼の圧に負けることなく、凛と姿勢を正した。

 白の龍と紫の魔神の戦い。今ここに開戦する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 すると楠はドリブルを仕掛けると見せかけ、一歩下がると真横へとパスをさばく。

 そこには後ろから走り込む白瀧の姿があった。

 

(体が、軽い。一度負けた相手だというのに、不思議と勝てるって気がしてくる。——もう何も怖くない!)

 

 この直後に紫原にひねりつぶされそう。


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