Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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仏のシャル

合宿も差し迫る中、シャルロットと櫻はイギリスに居た

ロンドンシティ空港から電車で数十分、ロンドンの中心街。シティ・オブ・ロンドンに佇むBFF本社ビル。そこの社長室でシャルロットとリリウムが初めて直接顔を合わせるのだ

 

 

「さ、櫻? すごい緊張するんだけど……」

 

「リリウムさんとはすでに電話で顔を見ながら話したんでしょ? 大丈夫。それが直の顔合わせになるだけだから」

 

「大きな差だよぉ!」

 

「来たみたいだよ」

 

コンコンコン、と短く3回ノックされると、重厚な木の扉が開く

シャルロットはひっ、と身体をビクつかせ、扉の方を見た

 

 

「お二方、社長室へどうぞ」

 

「ありがとう。ロッテ、気合入れて? 一応あなたの母親だよ?」

 

「わかってるよぉ」

 

二人が職員室へ入るかのように失礼します。と部屋にはいると中央のソファでリリウムが待っていた

 

 

「よく来てくれたわ、櫻ちゃん、シャルロットちゃん」

 

「お久しぶりです、リリウムさん。半年ぶりですかね?」

 

「そうね。とりあえず2人共座って、お茶を用意させるから」

 

さっきから無言で背筋を伸ばしているシャルロットに声をかけるも、反応がない

目の前で手を振ったりしてもダメだ

 

 

「ロッテ~?」

 

頬をぷにぷにしてやるとやっと意識がこちらに向かう

 

 

「あ、戻ってきた」

 

「シャルロットちゃん、いらっしゃい。おかえり、かしら?」

 

「リリウムさん?」

 

「電話だとしっかりした娘だと思ってたけど、実際は少しシャイね」

 

そう言いながらシャルロットの頭をゆっくりと撫でる

本人はくすぐったそうにしているが避けたりはしない

 

 

「さ、とにかくまずはお茶しましょ。せっかくイギリスに来たんだから、美味しいお茶とお菓子ね」

 

「はい、頂きます」

 

「そうかしこまらないでいいのよ? もうここはあなたの職場、私はあなたの母親だから」

 

「ロッテは律儀だからね」

 

「は、はぁ」

 

 

しばらくお茶を飲んだり、スコーンを食べながら互いを語る2人。

本場の紅茶に顔が惚けているシャルを横目に、櫻は要件を切り出した

 

 

「それで、リリウムさん。今日はこの書類にサインを貰いたくて」

 

「えーと、転入届ね? あら、殆ど埋まってる。ありがたいわ」

 

「それにロッテも」

 

「えっ? あぁ、うん」

 

「そんなにお茶とスコーンが気に入ったなら買って帰ろうか?」

 

「いいの!?」

 

「それくらいの時間はあるよ、それに帰りも暇だしね」

 

「後でお店を教えるわ。近いからすぐに行ってこれると思うけど、車を出すわね」

 

「ありがとうございます!」

 

「娘のためだから、ね。はい、シャルロット」

 

書類とペンを手渡され、指定の場所にサインをしていく

まだ新しい英語名になれないのか、少したどたどしいが、それを眺めるリリウムの幸せそうな顔を見るのも面白かった

 

 

「はい。櫻」

 

ひと通り埋めた書類が帰ってきた。

目を通して間違いや不足を確認する

 

 

「うん、全部埋まってるし名前も間違ってないね」

 

「さすがに名前を間違えたら失礼だからね。少しは勉強してきたよ」

 

「やっぱりフランスの筆記体って丸いのね」

 

「そうですか? 今までコレで慣れちゃったので……」

 

「悪いって意味じゃないのよ、人によって差はあるし」

 

「フランス語の筆記体で英語名が書いてあるって不思議な感じだね」

 

「櫻ぁ……」

 

「ウチの娘をイジメないでくれる?」

 

冗談めかしていうが、リリウムを怒らせると非常に恐いのは企業連のトップ達の常識だ

ここはフォローしておかねば

 

 

「まぁ、こうして新しい風が入ったと思えば」

 

「そうね、フランスはローゼンタールを介しての取引しかないから関わりがなかったし」

 

「そういう意味ではBFFに変革を起こすかもしれないね。ロッテ」

 

「私がアンビエントで起こした変化よりも大きいかもね。これで重役を一掃……」

 

「リリウムさん?」

 

怖い顔で最後になにかつぶやいたリリウムにシャルロットが仕事の質問をする

 

 

「それで、僕の専用機は用意されるんですか?」

 

「もちろん。ブルーティアーズと同じく狙撃メインの第3世代よ。ただし、実弾系が主だから、そこはしっかり差別化してるわ」

 

櫻は前もって知っていたようで、スコーンを囓っている

シャルロットは専用機が用意されると知り、更に上がった

 

 

「さすがにラファールほどのバススロットは用意できないけど、人並み以上の容量は確保してあるから、近接戦闘以外なら普通以上にこなせるはずよ」

 

「それで、第3世代ということは」

 

「ええ、イメージインターフェイスを使った多種同時装備(マルチイクイップメント)ができるの」

 

リリウムが言うに、マルチイクイップメントとはその名の通り、多数の武器を同時にアンロックユニットとして装備し、思うがままに使えるという使い方によっては凶悪極まりない能力だ

もちろん欠点もある。射撃武器を多数同時に装備した場合にFCSの処理能力では賄えず、マルチロックオンは自力で演算しなければ使えない。ASミサイルなどはまだ良いが、スナイパーライフル6丁などもできるだけに、早急なアップデートが望まれる部分だ

 

それを聞いたシャルロットは目を輝かせて納入時期を聞こうと口を開いたとき

 

 

「今日持って帰る? 本当なら合宿の時に渡そうと思ってたのだけど」

 

「えっ? いいの!?」

 

素のシャルロットを垣間見たリリウムは嬉しそうに笑って頷くと

 

 

「装備が一部足りないけど、機体自体は出来上がってるから持って行っていいわよ。なんなら中庭で展開してみる?」

 

「ぜひお願いします!」

 

「わかったわ。準備させるから待ってて」

 

電話を取り、要件を手短に話すとシャルロットに向かってOKサインを出した

 

 

「櫻もあの機体に関わったりしたの?」

 

「少しね。BFFは誰かとの共闘を主眼においた機体を作るの。今回もその御多分にもれず、私との共闘を前提にした機体だね。その際はロッテは前衛になる」

 

「狙撃メインと言いつつ前衛もできる。ある意味マルチロールなんだね」

 

「そうだね。単機なら中遠距離の射撃で、誰かとの共闘でも広いレンジを活かして前衛から後衛までなんでもできる。BFFの傑作だね」

 

「櫻の機体は?」

 

「さっき言った通り、私は後衛を担当することになるから重狙撃パッケージなの。BFFのネクスト技術を応用した重量4脚だね。それでスナイパーキャノンと長射程ライフルで後方支援をする感じかな」

 

「3年の寮を吹き飛ばした4脚ってソレ?」

 

「うん。なんで知ってるの?」

 

「櫻の噂はあちこちで聞くからね」

 

「そんなに目立ってたつもりはなかったんだけど……」

 

「仕方ないね、櫻は有名人だから」

 

電話を終えて戻ってきたリリウムが予定を告げる

 

「機体の準備はあと20分で出来るって。その間に着替えちゃいましょ」

 

「はい」

 

「あんまり固くならないでね。って言っても難しいでしょうけど。ゆっくり慣れていきましょ?」

 

「頑張ります」

 

そう言って部屋を出る2人を見届けると櫻は退屈しのぎに新しいパッケージの企画を始める

エネルギー兵装100%なインテリオルの殲滅パッケージやアルゼブラの空中機動戦パッケージなど、企業の特色を活かしたモノが次々と浮かぶ

だが、一番やりたいのは、まぜこぜのマルチロールパッケージ。重量や出力を気にしないですむISだからこそ、背中に有澤グレネードとハイレーザーキャノンを装備して、両肩にミサイルポッドを担いでなお、両手にスナイパーライフルとアサルトライフルを持てる。更に推進力を増強するためにブースターを複数設置、スラスターも合わせて増やす。VOBのような使い捨てブースターも面白そうだ。

 

などと考えていると真新しいISスーツに身を包んだシャルロットが隣の部屋から出てくる

紺色のロングスリーブ、襟元にオレンジのアクセントが入る。なんというか、どこかで見覚えのある感じだ

 

 

「あんまり代わり映えがしないね」

 

本人もそう思っていたようだった

 

「まぁ、極端に色変えしてイメージが変わるよりいいんじゃないかな?」

 

「それもそうだね」

 

あとから出てきたリリウムも話を聞いていたようで、

 

「前に使ってたのとあんまり変わらないみたいね。でも、ウチのコーポレートカラーだから仕方ないのよ」

 

「櫻もイメージ変わるより良いって言ってますし、僕は満足してますよ」

 

「そう? ならいいけど。じゃ、上に制服着て中庭に行きましょうか」

 

 

-----------------------------

 

中庭には早くも解析機器や簡易的なエネルギーシールドが展開され、周囲には人だかりができていた

庭を望む広い空間の一角に集まっている白衣の集団に近づき、リリウムが声を掛ける

 

「機体は?」

 

「いまエレベーターです、もうすぐ準備できます」

 

「用意できたら呼んで」

 

「はい」

 

先ほどのリリウムとは異なる固い雰囲気にシャルロットは困惑気味だった

 

 

「リリウムさんは仕事になるとああなるんだよ。ネクストに乗ってる時が一番冷たい」

 

「切り替え、だろうね」

 

「だと思うけど、企業連の会議だとさっきの柔らかい雰囲気なんだよ」

 

「よくわからないね」

 

「ね」

 

そこにカートに乗ったアッシュグレーのISが運び込まれる

一段と騒がしくなるフロア

 

 

「アレかな?」

 

「そうだね、計画とだいぶ格好が違うなぁ」

 

「そうなの?」

 

「私が覚えてるのはもっと無骨なデザインだったよ」

 

 

奥でリリウムが手招きしているのを見つけると2人は駆け寄る

そこには美しいラインを持ったIS

 

 

「さ、コレがシャルロットの専用機、アンビエント・アペンディクスよ」

 

無言で機体を手でなぞっていくシャルロット、そのままぐるりと一周し、黙ってISに身を委ねる

起動シーケンスが始まったようで、PICが入り、ふわりと浮かぶ

 

そのままフィッティングに入る。あちこちの装甲がさらに引き締まり、女性的なラインに変化した

 

 

「ファーストシフトまで飛んでていいですか?」

 

「ええ、その代わり3200フィート以上の上昇は禁止よ」

 

「分かりました。行きます」

 

轟音を残して飛び去るグレーのシルエットを見てリリウムや櫻。集団の技術者達は息を飲んだ

 

 

「リリウムさん、アレってアンビエントの後継モデルの位置付けですか?」

 

「そうよ。067AN。わざとネクストの系譜のコードを割り振ったの」

 

「それだけ気合入った機体ってことですね」

 

「もちろん。新規製作パーツは9割、残りの1割って言うのも内部のエネルギー回路だったり、ハイパーセンサー関連だったり。自己進化の中で適正化されていくものだから」

 

なるほどなぁ、などと思い、空を見上げるとシャルロットの操るアンビエントがゆっくりと降りてくる

早くもファーストシフトを終えたようで、フィッティングを終えた段階で美しかったフォルムは一層磨きがかかって女性的な上品さと工業製品的な無骨さを上手くミックスさせた流麗なものになっていた

 

 

「ファーストシフト終わりました。やっぱりラファールと差があるのでちょっと慣れが必要だと思いますけど、大丈夫です」

 

「お疲れ様。研究班のところで見てもらって、問題がなければ待機形態にして持ってていいわ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

白衣の集団に溶け込むシャルロットにリリウムは少し残念そうな顔をしていた

 

 

「やっぱりロッテが懐いてくれないと不安ですか?」

 

「そうね。私に家族が出来るなんて思ってもなかったから、期待ばかりが先に行っちゃったのかもね」

 

「ロッテはいい子ですから、そのうち普通に振る舞ってくれますよ」

 

「櫻ちゃんがそう言うなら、きっとそうね。一緒に居られないのが残念だけど、少しずつ距離を縮められればいいわ」

 

視界の奥でアンビエントが光って消えた。待機形態に戻せたのだろう

人混みから抜けだしたシャルロットが満面の笑みをリリウムに向けた

 

 

「設計段階とは大きく違う方向にシフトしたけど、理論値よりもいい数字が出たって褒められました!」

 

「よくやったわ。どういう方に変わったの?」

 

「ブースターの出力上昇とバススロットの巨大化、近接適性の向上だそうです。どちらかと言うと機動戦向きにシフトしつつあるって言ってましたよ」

 

「なるほどね。確かにウチ(BFF)の機体は少数対多の戦闘で遠距離から敵を狩るスタイルだから、そういう方に変わるのは殆ど無いわね」

 

「やっぱりアンビエント、ってことだ」

 

「そうね」

 

「どういうこと?」

 

「シャーロットの機体名、アンビエントって言うのはもともと私のネクストの名前だったのよ。それも前衛機体だった。だからその子もそう進化したのかもね」

 

「リリウムさんと同じ、かぁ」

 

「責任重大だね、ロッテ」

 

「だね。企業の看板背負ってるし、その上社長機の後継となれば」

 

「あんまり無理しないでね。あくまでも目的は技術開発。他の企業を叩きのめす、なんてことはプレジデントにやってもらえばいいから」

 

苦笑いするシャルロットにごまかそうと下手な口笛を吹く櫻。そんな時に櫻の携帯が鳴った

「ちょっち失礼。もしもし」と結構真面目な雰囲気で話し始めたところから、相手は友達ではなさそうだ

 

リリウムはシャルロットの目を見据えて話しだした

 

 

「シャーロット、いい? あなたは私達の希望である以前に、私の唯一の家族なの。大事な局面では仕事より、自分を優先しなさい。機体はなんとでもなるけど、あなたは一人しか居ないんだから」

 

「はい、リリ……メイル」

 

「まだ慣れないみたいね。リリウムさん、でいいわ」

 

無理に「お母さん」と呼ぼうとしたためか異国の言葉で紡ぎだされた言葉にリリウムは笑ってシャルロットを撫でた

 

シャルロットは、最初シャルロットとフランス読みで呼んでくれていたのが、時々シャーロットと英語読みになっていたことに気づいていた。それだけ自分の存在に慣れてきてくれたと思って居たため、母親であるリリウムをお母さん、と呼びたかったが、気持ちの整理はそう簡単につかなかったようだ

 

 

「ロッテ、社員を一人拾って帰るけどいい?」

 

「構わないよ。もう帰るの?」

 

「休みは2日半しかとってないから、明日の午後の授業に間に合わせないと」

 

「ロンドンからは半日かかるから今日中に出ないとダメね。えっと、時差は9時間だから……こっちの時間で3時までに出たほうがいいんじゃない?」

 

「あと1時間ちょっとしかないよぉ」

 

「お茶とスコーンを買ったら時間ないね」

 

「次は夏休みかしら?」

 

「そうですね、またホームパーティーでもしますか? オルコットも呼んで」

 

「いいわね、ウィンやオッツダルヴァも呼んでね」

 

「欧州組勢揃いじゃないですか。まぁ、やるときは定例会でムッティから呼びかけますね」

 

「シャーロットも帰ってきた時に機体の試験データ以外の話を聞かせてちょうだいね」

 

「うん、また電話してもいい?」

 

「もちろん、楽しみにしてるわ」

 

 

玄関前に待たせていた車に乗り込み、2人はロンドン郊外へと向かった


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