【完結】ブラック・ブレット ━希望の星━   作:針鼠

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わたしも初めてです

 結論から言ってしまえば、レン達がこの場に居合わせたのは単なる偶然であった。

 

 ヘリから降りて蓮太郎達と合流するはずが木更に手渡された無線機が何故か――――案の定というべきか――――動かずにいきなり作戦が破綻。しかし蓮太郎達も目的は同じなので適当に歩いていればそのうち会えるだろうと楽観な調子で森を歩くこと数時間、嗅覚に優れたウルが人の臭いを嗅ぎとってそちらへ向かったところ、血の臭いが混ざったことで異常事態を察知。こうして乱入したのである。

 

 

「………………」

 

 

 レンは今しがた将監を殴りつけた棒――――否、ライフルをクルリと回転させてグリップを握った正しい持ち方に直す。先程は銃口を握ってグリップ部分を槌に見立てたハンマーのような扱いをしていたのだ。奇人変人多い民警広しといえど狙撃銃をそんな使い方する者もレン以外いまい。

 

 将監は喋らない。ただ鋭い視線をレンに飛ばしている。夏世も喋らず、ウルもレンも喋らない。腕を失い過呼吸のような悲鳴を漏らしている男の声だけがしばし場に響く。

 

 レンは辺りを見回した。腕を斬られうずくまる男。おそらく男のイニシエーターであろう少女は放心しているのか座り込んだまま。それから、将監に目を向けた。

 

 

「なんでこいつを斬ったんだ?」

 

 

 その言葉からレン自身の感情を窺い知ることは出来なかった。少なくとも将監達には。レンはただ純粋に疑問を口にしているようにしか思えなかった。

 

 

「こいつ、悪い奴なのか?」

 

「ふ、ふっ、ふざけんなよっ!!? しょ、そいつらがいきなり、襲って来たんだ!!」

 

 

 質問に答えたのは腕を失った男だった。涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔を憤怒と恐怖に染めて、ガストレアの森であることさえ忘れて叫んだ。

 

 

「そうなのか?」

 

 

 レンの調子は変わらなかった。

 

 

「なんで襲ったんだ? こいつも俺達と同じ、影胤を追ってたんだろう?」

 

「――――ハッ」

 

 

 将監がマスクの下で吐き捨てるように笑う。

 

 

「邪魔だから斬った。それだけだ。文句あるか?」

 

「無駄ですよレン君。こいつは性根が納豆並に腐ってます」

 

「納豆、旨いけどなぁ」

 

「そうですね! 朝はやっぱり納豆と白いご飯です!」

 

 

 などとレンとウルがやり取りをしている間に、腕を失いうずくまっていた男が放心したイニシエーターの腕を掴んで走りだした。

 

 

「夏世!」

 

「追います」

 

 

 それに気付いた将監ペアの動きは迅速だった。戦闘向きではないとはいえ速力ならば巨体の将監より優れる夏世がまず逃げた2人を追いかける。

 それに一瞬意識を奪われていたレンは将監の突進に気付くのがやや遅れた。

 

 

「……っ!」

 

 

 ライフルを盾に大剣を受ける。が、不意を突かれたこともあり後方に弾き飛ばされてしまう。

 

 

「レン君! ――――っの筋肉マスク!」

 

 

 愛しのパートナーを傷付けられたと激昂するウルだったが、すでに将監は一撃離脱。ペアと夏世が走った方向へ走り出していた。レン達より先に、まずは逃げたペアを仕留めるつもりのようだ。

 

 

「大丈夫ですかレン君!?」

 

 

 数秒前の般若顔は何処やら、今にも泣き出しそうな美少女顔で主のもとへ駆け寄るウル。

 

 

「平気だ」

 

 

 むくりと上体を起こしたレンは傷ひとつ負っていない。銃の防御は間に合っていたし、そもそもあの程度でくたばるほどやわな体ではない。しかしながら大剣の一撃をまともに受けた銃はそうはいかなかった。フレームに罅があったと思うやそのまま砕けた。

 

 

「……壊れた」

 

 

 相変わらずの無表情がどことなくしゅんとして見えるのは錯覚か。

 

 

「いいえレン君をその身を呈して守ったのですから名誉ある殉職です! わたしが仇を取ってあげますから安心して眠っていてください!」

 

 

 砕けた銃に対して心からの最大の賛辞を送るウル。レンはすっくと立ち上がる。

 

 

「どうしますか?」

 

「追う」

 

 

 当然だとばかりにレンは即答。地面に降ろしていたバックを担ぎ直して将監達を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……がはっ! ぜぇ、くっそ! くそくそクソッッ!!!!」

 

 

 荒げた呼吸を無視して男は吐き捨てる。何故、どうして自分はこんな目にあっているのか。斬り落とされた腕からはすでに夥しい量の血が出ていたが男にそれを気にかける余裕は無くなっていた。朦朧とする意識の中で男は再度考える。どうして自分はこんな目に合わなくてはならないのか。

 

 こんなはずではなかった。民警になってなにか大きなことを成し遂げて今まで自分を馬鹿にしていた奴等を見返してやりたい。それは子供の絵本より幼稚で曖昧な夢だった。しかし男にとってそれが全てだった。

 政府が東京エリア全域に出した依頼はその曖昧な夢を実現させるには充分な魅力を秘めていた。だが実際来てみれば、ここは地獄だ。森には至る所にガストレア(化け物)の気配。しかもここには今現在東京エリア全てを敵に回して平然としている異常者がいる。そして極めつけには自分を追ってくる高ランカーの存在。

 

 今更彼等が自分達を襲う理由なんてどうでもいい。というよりもすでに考える力を失っていた。それでもただ生きたいという人間らしい本能が男の足を動かす。――――不意に、駆ける先に光が見えた。ゆらり、ゆらりと手を振るかのような動きで青白い光は揺らいでいる。ほんの僅か男は正気を取り戻した。

 

 

「は、はは! ざまあみろ! ざまあみやがれ!! おい! 助けてくれ!!」

 

 

 あの光に辿り着いたら洗いざらいぶちまけてやる。将監の凶行を告白して追い落としてやる。助かった。これで助かった。

 

 

「――――――――……はれ?」

 

 

 森を抜けた先で男が見たのは奇怪な塊だった。後ろから引っ張っていたイニシエーターが悲鳴をあげたのが聞こえた。男の記憶はそこを最後にブツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……」

 

 

 逃げたペアを追って森を抜けた先で夏世は足を止めた。まず視界に入ったのは小さな山のように盛り上がった奇怪な塊。所々に不気味な花を咲かせ、チカチカと青白い光を点滅させるそれが生き物であるとわかったのはズルズルと飲み込まれていく逃げたペアの下半身を見つけたときだった。

 ガストレアというのは進化を経るごとに元になった生物の因子がわからなくなる。あまりにも奇形故に判別がつかないのだ。逆に言えばこの世ならざる姿をしたガストレアほどそれは危険だといえる。そのことを踏まえていえば、目の前のそれはとてつもない危険な存在だった。

 

 いつの間にかペアは跡形もなく飲み込まれてしまった。遅れて腐臭が夏世の鼻を刺激する。そのとき、それはズルリと体の向きを変えた。どうやら青白い燐光を灯しているのは尾部らしく、頭部に思われる部分が夏世の正面に向いた。

 

 

「――――――――!」

 

 

 途端それはブルブルと震えて歓喜を示した。群がっていたハエが一斉に飛び上がり夏世の方にまで飛んでくる。途方も無い怖気が夏世を襲った。

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 咄嗟の行動だった。腰に下げた手榴弾を投げつける。

 

 

(しまった!)

 

 

 そう気付いた時にはすでに手遅れだった。投げられた楕円形の物体は意外と柔らかかったらしいそれの外皮に当たり爆発を起こす。これで森中のガストレアが目を覚ましてしまっただろう。

 腕で熱風から顔を守りながら夏世はとりあえず敵のダメージを確認しようと目を凝らす。故に気付くのが遅れた。左から粉塵を突き破って襲ってきた犬型のガストレアに気付いたのは左腕に噛み付かれた後だった。

 

 

「づあ……!」

 

 

 夏世は腕を振り回して拘束を外す。肉が千切れ鮮血が宙を散った。襲ってきたガストレアは地面に着地すると再び牙を剥き出して跳びかかってくる。夏世は右手に持っていたショットガンの銃口を片腕で持ち上げて引き金を引いた。今更銃声を気にする必要もない。

 さすがに片腕では反動に耐え切れず腕が踊って体も後ろに引っ張られる。無論照準もズレたがショットガンだったのが幸いしたか、犬型ガストレアの頭部の右半分を食い千切った。

 

 

「っ!」

 

 

 即座に立ち上がって片腕でリロード。呻くガストレアの頭部に銃口を押し当て引き金を引く。

 

 頭部を吹き飛ばせばさすがに動きがなくなった。晴れつつある粉塵。追ってきているはずの将監の姿を探して、気付いた。

 

 

「あ」

 

「――――――――!!!!」

 

 

 金切り声のような鳴き声だった。むせ返るような甘く腐った臭いを放つ巨体が間近にあった。戦闘に集中し過ぎていて接近に気付くことが出来なかった。致命的な距離。夏世は己の死を覚悟して、せめて自決しようと銃口を口内に差し込もうとして、

 

 

「邪魔」

 

 

 目の前の巨体が吹き飛んでいくことをしばらく現実として認識することが出来なかった。呆然と見上げる。

 

 

「よ!」

 

 

 なんともお気楽な調子でそこに立っていたのは明星 レンだった。

 

 

「何故――――」

 

「話しは後にしよう」

 

 

 急激に視界が高く持ち上がる。抱きかかえられたと思えば跳躍。寸後、今までいた場所に触手のような腕が振り下ろされる。

 

 

「危なかった」

 

「いえ、現在進行形で危ないです。背後からきます」

 

 

 その言葉に従ったのか、それとも気付いていたのかわからないが、レンは空中で巧みに体を入れ替えて後ろに迫っていた触手を蹴りで弾く。さらに連撃。触手は衝撃に耐え切れずに千切れた。

 

 

「危なかった」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

 

 はたして、レンの今の動きを見れば本当に危なかったのか甚だ疑問である。

 

 

「あー!!!!」

 

 

 今度は何事かと見てみればこちらを指さしてわなわなしているセーターの少女がひとり。

 

 

「貴方は!」触手を殴り潰し「なにを!」触手を踏み潰し「してやがるんですか!!」

 

 

 雄叫びと共に触手を引き千切った。

 

 

「レン君にそ、そんな……お、おおおおお姫様抱っこだなんてええええ!! わたしだってまだしてもらったことないのに! 降りなさい今すぐ!」

 

「わたしも初めてです」

 

「俺も初めてだ」

 

「うあわああああああん! レン君の初めてがこんな馬の骨の女にぃぃぃ!!」

 

「とりあえず逃げるぞ」

 

 

 怒りの鳴き声をあげるガストレアを背に3人は森を駆ける。




閲覧ありがとうございましたー。

>約1ヶ月ばかり更新が空いてしまってすみませんでした。しかも後半部分は文章がそこはかとなくいい加減になりつつあります。気をつけなければ。

>さて1巻ラストが近付いてきましたが、ここまで来てもレン君ウルちゃんのキャラがぶれっぶれで我ながら恥ずかしい。何故こうなった!そして聖天子様お待ちの皆様はもう少しだけお待ちを!とりあえず、さすがに森には連れて来れなかったので!

>では次回までー。次は目標今月中!(フラグではないはず)

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