【完結】ブラック・ブレット ━希望の星━   作:針鼠

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押し勝てなかった

 事態は影胤がアタッシュケースを得たことで急変した。

 

 夏世が公園でレンと別れた後のこと、アタッシュケースを持っていたガストレアの情報はすぐに他の民警達のしる事となった。そこにいち早く駆けつけたのが天童民間警備会社のプロモーターとイニシエーター。彼等はガストレアを退治、ケースを奪取するも、直後に影胤と小比奈と名乗ったイニシエーターに襲撃され敗北したとのことだった。

 すぐさま依頼内容は変更された。七星の遺産の奪取。及び影胤ペアの撃破。

 

 影胤達はこちらの目を眩ませる為か未踏破エリアに潜伏。依頼主たる聖天子は軍用ヘリを用いて作戦参加を決めた民警ペアを迅速に送り出したのだった。無論、その中には夏世と彼女のプロモーターである将監の姿もある。

 

 ちなみに、前作戦で敗北したプロモーターはこの作戦が始まる直前まで意識を失うほどの重体であったらしい。どうでもいい情報だったか、と夏世はその情報を記憶の引き出しの奥に入れて閉じた。

 

 

「隙見て何人か殺るぞ」

 

 

 ヘリから降りるなり将監はこちらに目もくれずにそう言った。

 

 夏世はさり気なく周囲を確認。参戦人数の都合上、ヘリは複数飛び、また索敵範囲を広げる為着陸位置もズラしている。まだ夏世達と同じヘリに乗っていたペアは目視出来る範囲にはいたのだが、それは彼もわかっていたのか後ろにいる夏世にだけ聞こえる程度には声は抑えられていた。それでも不用意には違いないが。

 

 

「何故ですか?」

 

「あぁ?」

 

 

 とりあえず、形式的な問答はしておこうと夏世は質問する。

 それだけで将監は不機嫌な声をあげてこちらを睨みつけてくる。ギラギラとした目だ。――――が、今更それに怖気づくほど短い付き合いではない。

 

 

「事前の情報によれば、今回のターゲットの序列は百三四位。元とはいえ実力は間違いなく私達より上でしょう。ここは他のペアと連携して戦うことが最も勝率が高いと判断します」

 

「夏世ぉ、テメエ道具の分際でいつから持ち主に逆らうようになった?」

 

「率直な意見です」

 

「五月蝿え同じだ。道具は黙って使われてりゃいいんだよ」

 

 

 それっきり、将監は省みることもせず先へ歩いて行く。

 

 

「はぁ」

 

 

 隠すこともせずため息を吐いた。自分のプロモーターの性格ならこの結果は百も承知だった。それでも直情的な彼をバックアップするのが夏世の役割であり、あとはこれでほんの少しでも彼が冷静になってくれることを願うばかりである。

 

 夏世達はわざと集団から外れるように森を歩いた。異常繁殖した木々が立ち並ぶ森は最早異世界とすら思えるものだ。この森の至る所にガストレアがいる。

 視界は悪く、足場も悪い。

 いつバッタリ遭遇するかもしれない敵に注意しながら将監の背を追い続けて、やがて前を歩く将監の足が止まった。首だけを回して、無言のまま顎でしゃくってきた。応じて今度は夏世が一歩前に出る。

 

 イニシエーターである夏世はイルカの因子を宿している。おかげでもっぱら戦闘向きではないものの、知能は非常に高い。加えて彼女が持つもうひとつの能力。

 

 

「――――――――」

 

 

 口を開けて不動となった夏世。

 

 今、彼女の口からは常人の耳では聞き取れないほどの超高音の声が発せられている。発せられた音は波となって飛び、物に当たって跳ね返ってくる。それをキャッチすることで対象との距離、形状を感知することが可能なのだ。

 

 

「南西に1組――――」一瞬間をあけて「西に1組います。どちらも本命のターゲットではありません」

 

 

 夏世は索敵の結果を伝える。

 

 

「どっちが近い?」

 

「……南西です」

 

「よし。そっちを狩るぞ」

 

 

 獲物を見つけたことが余程嬉しいのか、ドクロスカーフの下で舌なめずりでもしていそうな将監の笑みを浮かべて南西方向へ歩き出す。

 

 

「…………」

 

 

 夏世はしばし西の方向を見つめるもやがて小走りで将監の後を追った。

 

 

 

 

 しばらく歩くと1組の民警が見つかった。プロモーターの男は痩せ型で、年齢は将監と同じか少し上。前を歩くイニシエーターは全体的に大人しそうな印象を受ける黒髪セミロングの少女。彼等が木々に身を隠して潜む夏世達に気付いてる様子は無い。

 この作戦に際して夏世は参加している全ての民警達の情報を記憶している。重要度に応じて差はあれど、名前と顔、それと序列程度ならば全員を網羅している。

 記憶からペアを検索。所属している事務所はお世辞に言って中堅。序列も2万台。大した実績も持っていない。

 

 前作戦の失敗に際して事態を深刻に受け止めた聖天子は報酬の上乗せに加えて、東京エリア全ての民警事務所に有志参加を募った。目が眩んだ者、あるいはこれを機に名を上げようとする者。理由は様々あれど結果有象無象も多く集まった。あれもそんな中の1組。

 

 イニシエーターを先行させて忙しなく視線を動かす小心者の男。イニシエーターの方も、まだ敵も見えていないのにずっと銃を前に掲げてトリガーに指をかけっぱなし。傍目からも怯えているのがわかる。

 

 千番台の自分達の敵ではない。故に、目の前のアレは格好の獲物であった。

 

 

「――――よお」

 

「……っ!?」

 

 

 不用心に姿を晒し、あまつさえ声までかけてしまう将監の浅はかさに夏世は小さくため息をつきながら自分も表に出た。

 

 声をかけられた方は最初こそ飛び出さん限りに目をを見開いて驚いていたが、相手が将監……というよりか、同じ人間であるとわかるとあからさまに安堵したようだった。今から襲われるとは夢にも思っていないだろう。

 だからこそ味方が現れたと誤解ながら余裕を取り戻した痩せ型の男は将監の風貌をまじまじと見る。

 

 

「もしかしてあんた伊熊 将監か……?」

 

 

 目立つ風貌ということもあり将監の名を知っているということは、その実力を知っているということだ。夏世には続く男の言葉が簡単に予想出来た。

 

 

「だったら?」

 

「やっぱりそうか! な、なあ、一緒に仮面野郎を探さないか? 2人で組めば勝てる可能性も上がるぜ?」

 

 

 本音は将監の手柄のおこぼれを狙っているのは明らかである。

 

 将監はククッ、と喉奥で笑って体を揺らす。

 

 

「嫌だね」

 

 

 言って捨てる。背中の黒剣、巨大なバラニウムの塊を研磨して作られたそれを留め金を外して抜く。

 尋常ならざる殺気にさしもの男も異常を感じ取ったらしく数歩たじろいだ。取り戻した余裕はすでに再び失って見える。

 

 

「なんのつもりだ!? お、俺達は仲間だろう!!?」

 

「はぁ? 誰がテメエみたいな腰抜けと仲間だ。――――刻むぞ」

 

 

 一瞬だった。少なくとも、己の腕が舞う姿を呆然と眺める男には何も見えなかっただろう。

 

 大股で踏み込んだ将監の切り上げは男の腕を引き千切るようにして打ち上げた。しばし宙を舞った腕が地面に落ちる。水々しい音を鳴った。 

 

 

「折角の大物……横取りされちゃたまんねえだろうが」

 

「ぁ――――」

 

「…………」

 

 

 事態を理解したのか、それともようやく腕が千切れた痛みがやってきたのか、男が絶叫する寸前に今度は夏世が男に飛びかかり押し倒す。首を挟むように足で跨いで、絶叫を吐き出そうとしていた男の口に手持ちのショットガンを押し込む。ここで叫ばれでもしたら眠っているガストレアを起こしかねない。そうなれば囲まれてこの場の全員餌かガストレア化だ。さすがにそれは御免である。

 

 押し込められた銃口に苦しそうにもがく眼下の男。涙と涎でグチャグチャになった顔。血走った目で見る男へ一言。

 

 

「運が悪かったですね。同情します」

 

 

 そう、ただ彼は運が悪かった。将監達の近くにいた。夏世の索敵に引っかかってしまった。

 そも力も無いのにここにやってきたとこが間違いだったのだ。となれば運が悪かったのではなく、彼の自業自得ではないだろうか。

 

 そうだ。悪いのは彼だ。結論を出して引き金に指をかける。

 

 一方で将監は事態の把握すら出来ず怯えきっているイニシエーターへ足を向ける。少女は銃口を将監に向けているものの震えきった銃口はたとえ至近距離でも当たるとは思えない。

 

 

「あばよ」

 

 

 つまらなそうに言った。

 

 そのとき、夏世の感覚器官がそれを認識した。

 

 

「――――将監さん!」

 

 

 少女の脳天目掛けて真っ直ぐ振り下ろされた大剣が不自然に横にズレた。結果大剣は少女ではなくすぐ脇の地面を叩いた。

 それは決して将監に突如罪悪感やらそんなものが芽生えて温情で外したのではない。故に将監の目は憤怒と警戒がないまぜになって光る。

 

 寸前にあったのは反響音。狙撃だ。誰かが将監の大剣の横っ腹に銃弾を撃ち込んだのだ。

 

 

「夏世! 位置は!?」

 

「左700メートル! 500、450……次来ます!」

 

「ちっっ!!」

 

 

 体勢を低く大剣を翳して備える。次いで銃弾が更に2発盾にした剣を叩いた。

 

 

「将監さん!」

 

 

 相方の名を叫んだのも束の間、夏世の首筋に怖気。感覚器官ではない自身の勘に従って押さえつけていたプロモーターの男の上から飛び退るように退く。瞬後先程まで自分の体があった位置を風を唸らせながら細腕が通り過ぎた。

 

 

「ちっ。外しましたか」

 

 

 大きさの合わないクリーム色のセーターの袖をぶらぶら揺らしながら不機嫌そうに少女は唇を尖らせた。

 

 新手のイニシエーター。しかし彼女に武装は見当たらない。ということは狙撃は別の人物。

 

 そこまで夏世が思考するのを待っていたかのように暗がりの木陰から飛び出す。その人物は振りかぶっていた長物を身を固めていた将監目掛けて叩き下ろす。硬い物質がぶつかる鈍い低音。

 衝撃に低く唸る将監だったが屈強な肉体は伊達ではない。ドクロスカーフの中で歯を喰いしばって踏み止まる。一拍遅れて反撃。

 

 

「だらあっ!!」

 

 

 追い払うように大剣を横薙ぎに。しかし襲撃者は将監が受けきったと見るや即座に後退済みだった。

 

 少女の死角からの攻撃を躱した夏世はさり気なく将監の傍らへ移動。その間も当然銃を脇に構えながら襲撃者を警戒している。

 

 

「押し勝てなかった」

 

 

 声は将監を襲った者のものだった。その喋り方は特徴的な平坦具合で、夏世にはその声に聞き覚えがあった。故に自覚無く少女の眉が険しく寄る。

 彼が近くにいたことは先程の索敵で感知済みであった。それも実は今襲っているペアよりも夏世達との距離は近かった。

 離れていて欲しかった。夏世達が別ペアを襲っている間に索敵すら届かない遠くにいって欲しかった。しかし現実はそうそう上手くは行ってくれない。特に『呪われた子供』として生まれてくるような自分に、世界が都合よく回ったことなどなかった。

 

 

「明星 レン」

 

 

 夏世の口は知らず少年の名を紡いでいた。




閲覧どうもありがとうございましたー。

>あけましておめでとうございます!今年もどうぞよろしくお願い致します!

>実はこれで今年3度目となる新年の挨拶でございます。まさか3度全てを目にしてらっしゃる方がいるとは思いませんが、もしいましたらしつこくてすんませんです。

>さて本編ー。前話に続き夏世ちゃんメイン。というか1巻は夏世ちゃんの為に書くお話と言って過言ではありませぬ。そして朗報!ウルちゃん再登場!皆様忘れてはいらっしゃらないですよね!!?忘れないで!!(必死)

>ではではー、これで新年挨拶も終えてローテーションに戻ります。次回はISの方の作品を1~2話書いてからですかねえ。なるべくお待たせしないよう頑張ります!

皆様の2015年が良いものでありますように。

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