「ほら、食え」
差し出されたたこ焼きを夏世は見つめる。たこ焼きと、それを差し出したレンと言うなの少年の顔を見比べて、しばしの間を経てから受け取った。
「ありがとうございます」
素直に御礼を述べる。
我ながら相変わらずの単調な物言いだったが、どうやら彼は気分を害した様子は無く、同じベンチ、即ち隣に腰を下ろした。
膝の上に置いたたこ焼きはプラスチックの容器を通してもとても温かい。それもそのはず、これは今まさに目の前の屋台で作られた出来たてのものを彼が買ってきてくれたのだ。
添えられた爪楊枝でプスリと刺して、口に運ぶ。生地のとろみ、ソースの味が口の中に広がる。
「美味しいです」
「それはよかった」
またしても淡々と味の感想を述べてしまう。しかし負けず劣らず相手も淡々としたものだった。
レンも自分用のたこ焼きをパクリと食べている。
「………………」
「………………」
夕暮れの公園のベンチ。少年と少女が無表情でたこ焼きを食べている。
傍目からはどう見えただろうか。
というよりも、
「あの」
「なんだ?」
「どうして私は今貴方と一緒にたこ焼きを食べているのでしょうか?」
何故こんなことになったのか、夏世は思い出すことにした。
防衛省にて聖天子からケース奪取の依頼を受けた将監と夏世はさっそく別行動を取る。というより、そも将監は戦闘専門で、こういった情報収集等の裏方の仕事は基本夏世が受け持つのがセオリーとなっていた。
その際、偶然彼女の網に例の仮面男、影胤がかかったのだ。状況によっては将監を呼ぼうとしていたのだが気配はすぐに消えてしまった。
追えなくはなかったが、単独での接触は極力避けたかった。影胤の戦いを見たのは一度だけだが、1人では勝てるヴィジョンが浮かばなかった。
それに、もうひとり気になる人物を見つけたから。
明星 レン。
今回名だたる事務所が召集された中でも断トツに若い女社長、天童 木更が立ち上げた『天童民間警備会社』に所属するプロモーター。イニシエーターの名前はウル。苗字が無いのは今時分珍しい話ではない。能力は不明。
依頼受諾後、彼に関して集められた情報はこの程度だった。
依頼を共にする同業者の情報を集めることは別段珍しいことではないが、彼に関しては夏世自身興味を抱いていた。
兎も角、そうして気にかけていた人物を見かけて、影胤との関係を含めて色々話を聞こうと思い声をかけたのだが、どうしてか今一緒に公園のベンチに座ってたこ焼きを食べている。
何故だろうか。
「たこ焼きは嫌いか?」
「そうではありません」
「なら腹がいっぱいだったか?」
「いえ。むしろお腹は減っていました」
「なら遠慮せず食べろ」
「………………」
言うなり彼の方はパクパクと食べ進めている。
普段周囲から、独特な雰囲気をしていると評される夏世だったが、なんてことはない、隣の少年の方がずっと変だと思う。
そう思いながら、とりあえず夏世はふた口目を口にするのだった。――――うん、美味しい。
「それで話ってなんだ?」
「唐突ですね」
ようやく話が切りだされたのは出会ってからもう1時間は経とうかというタイミングだった。きっかけもなにもありはしない。強いて言うなら、レンの方がたこ焼きを食べ終えたときだった。
呆れたように嘆息しながら、一先ず爪楊枝を置く。
「蛭子 影胤とはどのような話をしたのですか?」
その質問はいきなり核心を突いており、しかし当初彼女がしようと思っていた質問とは違う内容であった。
それでも彼女がこのことをまず聞いたのは、彼女が私情より依頼を優先したが故に。
「仲間にならないかと誘われた」
レンは顔の表情ひとつ動かさなかった。
「あとは、自分が怖くないかとか……小比奈が怖くないかとか……。他には俺が変わってるとか」
「なんて答えたのですか?」
「俺は普通だと思うんだけどな」
「そっちではありません。それと貴方は間違いなく変です」
思わず突いて出た本音。
レンは納得いかないと首を捻っているが無視。
「仲間にならないか、と誘われて……どうしたのですか?」
質問をしながら、レンに死角になるように手を動かして銃のグリップを握る。答えによってはすぐに戦闘になることを考えて。
しかしそれは無駄に終わる。
「断った」
「そうですか」
そう言った彼の言葉を受けて、夏世は握っていたグリップをあっさり手放した自分に内心驚いていた。
彼の言葉に嘘は無いと、彼の言葉をなんの確証もなく信じていたのだ。
仲間内からは天然だマイペースだと言われる彼女は、実はかなりの頭がキレる。会話ひとつでもあらゆる可能性を思考している。無論、その言葉が嘘である可能性も。
それが、そんな自分が何故こうもあっさりレンの言葉を信じたのか。
確証も無い。会ったことだってこれで2回目に過ぎない彼のことをどうしてこう容易く信用したのか。
変な奴だからというのは理由にならない。
けれど理由がわからない。
「あともうひとつわかったことがある」
「なんですか?」
困惑を一先ず隅に追いやり、今は敵である影胤の情報収集に努めようと思い直した。
レンは真剣な顔で――――常に真顔だが――――言った。
「あいつは痛いのが好きらしい」
「……もういいです」
なんだかとことん彼との会話は馬鹿らしくなってきた。このまま話を続けていても依頼に有益な情報は出てきそうにないと夏世は諦める。
残ったたこ焼きに手を伸ばす。
「もうひとつ、貴方に質問があります」
今度はこちらから会話を切り出した。これは依頼とは関係ない。私情の話。
「何故防衛省で私を庇ったのですか?」
防衛省にて影胤の反撃があった際、彼は自分を身を挺して庇ったのだ。
千寿 夏世はイニシエーターだ。
ガストレアウイルスに侵され生まれ落ちた『呪われた子供』だ。
その身はイルカの因子を宿し幼くして優れた知能を有し、それを除いても呪われた子供には異常な再生能力と超人的な身体能力が備わっている。
直接戦闘に不向きである夏世とて、そこいらの成人男性を束にして制圧出来るくらいの力を持っている。
そんな夏世を、レンは守った。
そも自分は彼のイニシエーターではない。同じ事務所の仲間でもない。
それなのに、彼は自分を守ったのだ。
疑問に思うなという方が無理がある。
しかし、
「前も言っただろ。助けるのに理由なんか無い」
その答えは以前と同じで、夏世が欲しているものではなかった。
「そんなことはあり得ません。誰かを助ける場合、それはそのリスクに見合う利益があると判断したときだけです。あの場面で私や将監さんに貸しを作っておくことが貴方は益があると判断したのですか?」
「難しくてわからん」
どこまでも惚けた男だった。
それが急に腹立たしくなってきた。思わず握り締めた手が爪楊枝を折ってしまう。
「貴方にとって私を助けたのはどういった意図があったのですか? 残念ながら将監さんは私が助けられた程度で恩を感じるようなお人好しでは――――」
突然電子音が割って入った。それで熱していた頭が冷静になる。
電話の相手を確認する。将監だ。
「――――もしもし」
『どこほっつき歩いてやがる!? 例のガストレアの居所がわかった。さっさと戻って来い!』
まくし立てるなり一方的に電話は切られた。
切れた携帯をバックに戻す。
「私用が出来ました。失礼します」
ケースを持つガストレアが見つかったとは言わない。
レンは同じ依頼を受けた同業者であるが、決して仲間ではない。
いずれ知るだろうが敢えて知らせる必要も無い。
ベンチから立ち上がった彼女は数歩進んでから、ふと残ったたこ焼きに目を落とす。
振り返る。
「これも私に恩を着せるのが目的ですか?」
「? 木更が女の子が一緒のときは男が食べ物を奢るのが普通だって言ってたんだ。違うのか?」
じっと、その顔を見つめる。
そうして最後の質問を投げた。――――いいや、それは質問ですらなかった。
「私は呪われた子供です」
「そうだな」
なにを当たり前のことをとレンは言わんばかりだった。
正しくその通り。
(私はなにを言ってるのでしょうか?)
いつだって最適の答えを導き出す脳は、このときばかりは答えを出してくれなかった。
閲覧ありがとうございます。
>影胤さんは風評被害でレン君を訴えていい。
>およそ三週間ぶりでございます。今回は夏世ちゃんとの絡みでございましたー。この2人の絡みはずーーーーっと淡々としてるので盛り上がりもなければ盛り下がりもないのです!
>ちなみにこの話は延珠ちゃん失踪の間です。こちらでは飛ばしてしまいますが、ちゃんと物語の中では原作通り延珠ちゃんは影胤の馬鹿野郎のせいで学校で迫害され、ガストレアを倒し、蓮太郎は重傷を負っています。あのハレルヤ野郎め。
次回は未踏破エリア突入です!
>そして遂にウルちゃん再登場です!!!!!!