【完結】ブラック・ブレット ━希望の星━   作:針鼠

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やっぱり大物だよ

 壁に埋め込まれた巨大なELパネル。部屋の中央にある楕円形のテーブルの上には、ひとつひとつに名が記された三角プレートと上等そうな革張りの椅子がそれぞれ等間隔に置かれていた。

 席のほとんどはすでに埋まっている。スーツ姿の男達は、皆それなりの風格を備えていた。

 

 そんな中で空席がふたつ。

 

 プレートには『大瀬フューチャーコーポレーション』。もうひとつは『天童民間警備会社』と刻まれていた。

 己の事務所の名が記された席の真後ろの壁に寄りかかりながら、レンは退屈そうに天井を見上げた。

 

 レンとウルは共に朝に弱い。……いや、正確に言い直すなら、ウルは確かに朝に弱いがレンはそれほどでもない。しかし学校に通っているわけでも民警以外の仕事をしてるわけでもないレンは別段朝起きる理由がない。

 時計の無い生活というのか、自然に起きる頃はいつも昼頃であった。

 

 そんな毎日にも例外がある。例えば今日のように木更からの電話で起きる場合だ。

 

 珍しく充電を忘れず枕元に置いてあった携帯の、面白みのない基本設定のままの着信音でレンは覚醒した。

 内容は当然ながら民警の依頼。

 

 

『おはようぐーたら君。仕事よ。今すぐ防衛省の庁舎に来て。私は今から里見君と合流してから行くから。じゃあね』

 

 

 有無を言うどころか返事ひとつ返す暇もない。木更は今日もいつも通りだった。

 

 そんな高圧的な上司のコールにも――――蓮太郎的にはあの態度も木更の可愛げ――――レンは嫌な顔ひとつせず言われるまま支度を始め庁舎(ここ)までやってきたのだった。

 ちなみにウルは寝ていたのでマンションに置いてきた。

 

 と、ここまでの経緯を思い返していたレンは、部屋のざわめきで意識を現在に戻す。

 

 部屋の扉を開けたのはまだ幼いの域を出ない少年と少女。目つきの悪い少年と歩き方ひとつとっても凛然とした少女はどちらも学生服姿。蓮太郎と木更だった。

 

 まずは挨拶をしようと壁から背を離すのと、レンを見つけた木更が眼尻をつり上げてずんずん近づいてくるのは同時だった。

 

 

「レン君、貴方携帯はどうしたのかしら?」

 

「おはよう」

 

「こ、ん、に、ち、は! ――――で? 携帯は持ってる?」

 

 

 何故か不機嫌な木更。

 

 レンは無表情のまま困惑しつつ、懐を弄って、確信して答える。

 

 

「盗まれた」

 

「忘れたのよ家に!」

 

 

 があー、と歯を剥いて怒鳴る。けれど他人の目を気にしてか、小声で、怒り顔もレンと近くにいる蓮太郎にしか見えないよう配慮している辺り流石だ。

 

 

「珍しく充電は忘れなかったと思ったら……。家に忘れてたら携帯電話の意味ないでしょうが!」

 

 

 怒り震える木更を刺激しないように静かに近寄ってきた蓮太郎がレンに耳打ちする。

 

 

「さっき電話したらウルの奴が電話に出て、木更さんに向かって寝取られただのなんだので大騒ぎしてな。おかげでこっちまでとばっちりだ」

 

 

 小声でそう伝えてきた蓮太郎はげっそりとした顔でため息を吐く。

 

 どうやら、寝ているところを起こすのが可哀想だと思って置いてきたウルが、起きたら突然レンがいなくなっていたことに寂しさを覚えて癇癪を起こしたらしい。運悪くそこに木更が家に置き忘れたレンの携帯に電話をかけたのだった。

 

 

「そうか。木更、済まなかった」

 

 

 蓮太郎の説明で事情を知ったレンは素直に木更に謝った。

 しかし気高きお嬢様はふん、と顔を背ける。

 

 

「帰ったらお詫びにもやし料理をごちそうする」

 

「仕方ないわね!」

 

「木更さん……」

 

 

 お嬢様のプライドは特売のもやしよりも安かった。

 

 ひとまず怒りを鎮めた木更があてがわれた席に行こうとすると、ぬっとその前の遮る者が現れた。

 

 

「おいおい、最近の民警の質はどうなってやがんだ。いつからここはガキの遊び場になったんだぁ?」

 

 

 木更の前に立ちはだかった大男。今にも弾けそうなほどタンクスーツを押し上げる盛り上がった筋肉。逆立てた頭髪やギラつく眼光は男の好戦的な意志をこれでもかというほど主張していた。

 

 民警という仕事は常に死と隣り合わせだ。必然的にこの仕事で最も問われるのは力である。

 プロモーターである人間の中には元軍人、武道家、果ては犯罪者といった者も少なくない。そんな人間が多ければ自然と気性の荒い人間も多くなる。

 

 逆にそんな危険な仕事であるが故に蓮太郎や木更、それにレン達のような若者、ましてや未成年の者は少ない。

 蓮太郎達がこの部屋に入ってきたとき部屋がざわめいたのもその珍しさから。もうひとつ付け加えるなら、

侮りからだ。

 

 

「誰だよアンタ。用があるならまず自分から名乗れ」

 

 

 威圧する男から木更を守ろうと割って入る蓮太郎。

 

 タンクスーツの男は怪訝に顔を顰めた。

 

 

「あぁ? なにが名乗れだよボクちゃん。偉そうに……ムカつくな、テメエ」

 

 

 男の殺気が膨れ上がり、蓮太郎も後ろの木更を守ろうと拳を握る。

 

 

「――――レン?」

 

 

 一触即発の雰囲気に部屋中が息を呑んで見つめる中、その中心地に身をさらした人物がいた。

 

 

「なんだテメエは」

 

 

 一層不機嫌さを露わにする男。

 

 それに対してレンは相変わらず眉ひとつ動かさない。

 真面目な顔で真正面から男の顔を見上げ、ゆっくりと右手を持ち上げる。

 

 攻撃かと男は身構えるも、しかし大方の予想は外れてレンの手は人差し指だけを伸ばしてある一点を示した。

 それは男の顔。

 

 そして言った。至極真面目な声で。

 

 

「三角巾は頭にかぶるんだぞ」

 

 

 部屋の空気が凍った。完全無欠に。これ以上ないほどに。絶対零度だった。

 

 

「――――れ、レンあのな? あれはフェイススカーフって言って、その、多分お前が思ってるのとは違う」

 

「そうなのか? あれは掃除するときに頭にかぶるものじゃないのか?」

 

 

 あくまで真面目な顔で言うレンに、蓮太郎はもはや耐え切れず吹き出してしまう。木更も木更で、天童である自分がここで大口開けて馬鹿笑いはしまいと思いながら、しかし壁に顔を押し付けてピクピク痙攣している。

 

 レンとしては、それほど達者ではない常識知識から、男の間違いに対して親切に教えてあげようとした善意から出た言葉だったのだが。

 

 まあ、当然のことながら男はブチ切れた。

 

 

「――――ブッ殺すッッ!」

 

「やめたまえ将監(しょうげん)

 

 

 大男――――将監が背中の巨剣の柄を握るのと鋭い声がそれを制するのは同時だった。

 

 誰もが止まるはずがないと思っていた将監の手は、しかし意外にも寸前で止まった。

 

 それもそのはず。声の主は彼の雇い主である三ヶ島ロイヤルガーター代表取締役、三ヶ島(みかじま) 影似(かげもち)であった。

 

 

「止めないでくれ三ヶ島さん。コイツは今ここでブチ殺す!」

 

「いい加減にしないか。私に従えないなら今すぐここを出ていくか?」

 

 

 将監はそれでもしばらく剣の柄を握ったまま至近距離にいるレンを血走った眼で睨み続けた。しかし、やがてゆるゆると柄から指が離れていき、遂に手を下ろした。

 

 

「……わかったよ」

 

 

 怒りを押し殺した声だった。不気味なほど静かに、その後は他のプロモーター達と同じように三ヶ島の席の後ろへついた。

 

 フォローの為か三ヶ島が木更へ話しかけ、やがては互いに社交辞令といった会話を演劇のように積み重ねる間、レンは言った。

 

 

ドクロスカーフ(あれ)が今時の流行りなのか。今度ウルに買ってやろうかな」

 

「お前、やっぱ大物だよ」

 

 

 呆れと皮肉をこめた蓮太郎の称賛だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎は他の民警達がそうするように木更の後ろに立って彼女の安全の為周囲に気を配る。

 今は木更とここに蓮太郎達を集めた人物――――東京エリア国家元首、聖天子の依頼説明が行われている。

 

 依頼主が聖天子だというのは蓮太郎にとっても驚きだった。そして思考は自然に一体何故彼女がこんな依頼をということになる――――が、その理由について考えても自分の頭で思いつくことに限界があると早々に諦めることにする。

 

 周囲に気を配るとなると、自然に目は部屋の構造に始まり次に人へと移る。

 

 まず楕円形のテーブルには木更達事務所の代表達。学生服の木更を除けば誰も彼もが高級そうなスーツ姿である。

 そうして次に注目するのはそんな代表達を護衛する者達。即ち自分と同じプロモーターとイニシエーター達。

 

 正装の社長達とは対照的に、ならず者に変人と数多い彼等は各々好き勝手な格好をしている。かくいう自分も学校の制服のままである。

 授業中に無理矢理木更に連れ出されたからだと言い訳出来なくもないが、たとえ事前に防衛省に行くとわかっていてもこれ以上の服装をしていたとは思えないのでやめておく。

 

 無意識に視線は、雇用主の後ろに控える他のプロモーター達と違ってひとり壁に背を預けて沈黙する大男へ。

 

 伊熊(いくま) 将監。東京エリアでも超大手、三ヶ島ロイヤルガーターが抱えるプロモーターの1人である。

 

 筋骨隆々の肉体に威圧的な風貌。如何にもなチンピラだが、実力は木更に聞く限りかなりのものだ。なにせ世界におよそ70万以上いるプロモーターとイニシエーターの実力を示す意味で最も有力なステータスであるIP序列というランクがあり、彼はその中で上位1パーセント以内に属する千番台の正真正銘の実力者。

 先ほどは雇用主である三ケ島によって止められたが、あのままやりあっていたらこちらがタダでは済まなかった。

 

 そんなふうに考えながら、蓮太郎の視線は最後に真横にいる同僚に行き着く。

 

 明星 レン。

 

 蓮太郎達が彼と出会ったのは今から約半年前。出会いは運命的とは程遠い。なんというか、事務所の前にレンが行き倒れていた。

 今もそうだが、当時はもっと酷い常識知らずで、度々蓮太郎や木更は頭を痛めたものだ。

 

 そんな彼が、一体なにを隠しているのか(・・・・・・・・・・・・)

 

 蓮太郎達は知らない。彼のことを何も。

 そも行き倒れていただけならまだしも、当時はまだ――――悲しいことに現在もだが――――名が知られていなかった天童民間警備会社でわざわざ働きたいと申し出る時点で妙なのだ。裏があるに決まっている。

 

 確実に別の思惑があると確信しているレンを、何故蓮太郎や木更は近くに置いているのか。それは彼が他の人達とはどこか違うから。

 

 レンは変な奴だ。出会いにしてもさっきのいざこざの件にしても。

 

 常識を知らず空気が読めない。感情を全然表に出さない常に無愛想。口下手。機械を扱うのが極端に苦手。

 

 だけど良い奴だ。

 

 感情を表に出すのが苦手なだけでちゃんと感情を持っている。空気は読めないくせに妙に他人の心の機微に敏いときがある。一般常識には疎いが人としての倫理を持ち合わせている。

 そして嘘をつけない。

 

 最初、彼が事務所に入りたいと言った理由は『天童 木更さんに憧れたから』だ。それを蓮太郎に向かって。しかも超棒読み。

 

 始めは木更が全力で拒否した。馬鹿にするなと刀を振り回しながら。

 それでも毎日やって来るレンに遂に根負けしたのである。

 

 たとえレンがなにを隠していようとも、なにを考えていようとも構わない。蓮太郎は信じているから。レンは、この少年は本質的に善人なのだと。

 それは木更や延珠も同じ気持ちだから。

 

 

「なにを笑ってるんだ蓮太郎?」

 

「いや、なんでもねえよ」

 

 

 隣りにいる当人は蓮太郎に負けず劣らずの無愛想顔を不思議そうに傾げていた。

 

 いつの間にか話は大分進んでいた。依頼内容の不審さに、聖天子に恐れ知らずの木更が物申していたそのとき、

 

 

「――――フフフ、三流喜劇もここまでくると笑えてくるものだね」

 

 

 場を斬り裂く不吉な笑い声に、蓮太郎は肌を泡立たせた。




閲覧ありがとうございますー。

>ようやく影胤さん登場。そしてウルちゃんの次の出番は一体いつ……。

>荒っぽいながら物語はさくさくと進み会議へ。そしてレンと蓮太郎達の出会いはこんなんでした。どうでしょう残念極まりないでしょう!!

>次回はどこまでいけるでしょうか。

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