【完結】ブラック・ブレット ━希望の星━   作:針鼠

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さようなら

「はっ、はっ!」

 

 

 夏世は飛びかかってくる犬型ガストレアの牙を前に転がるようにして躱し、体が正位置に戻ったところで反転。装填を完了させた銃を振り返りざまに放つ。バラニウム製の散弾はガストレアの胴体を喰い千切る。完全に仕留めたかどうかを確認しながらすぐさま銃身をスライド。再装填。

 

 

「キリがない……!」

 

 

 今ので倒したガストレアの数は何体だったか。最早数えるのも億劫になっている。辺りを埋め尽くすガストレアの肉片。けれどそれを踏みつけて襲ってくるガストレアの数は一向に減らない。

 持っている弾はあとどれくらいか。そもそも、レンが街に下りてから一体どれほどの時間が経っているのか。あらゆる感覚が曖昧になり始めていた。

 

 

「っ」

 

 

 夏世は明滅する視界を、唇を噛み切る痛みで正常に戻す。

 

 背後からの殺気に、確認もせずに発砲。

 

 

「ギッ……!?」

 

 

 大口を開けていたダンゴムシのようなガストレアの頭部が下顎を残して弾け飛ぶ。血潮と脳漿を全身に浴びながら、このまま一処にいることに危険を感じて遮二無二駆け出す。

 

 状況は絶望的だ。確実に倒しているはずなのに、敵の数は一向に減らない。どころか増えてさえいるように感じる。ウルの方の状況はわからないが、おそらくは同じような状態だろう。はじめは互いにフォローし合っていたがあまりにも数の差がありすぎて途中から分断されてしまった。

 

 だが、このまま倒れるわけにはいかない。倒れればウルの負担は増し、やがては彼のいる街にまでガストレアは進出する。それだけはさせない。

 この強い意志は果たしてどこから出てくるのか。己のことながら夏世は困惑しつつ、今は兎に角自分の戦いを考えるべきだと頭の隅に追いやる。

 

 とりあえず、榴弾で一旦この包囲網を崩す。そう考えていた夏世の周囲が不意に影に覆われた。

 

 頭上。広げられた前足と後ろ足を繋ぐ飛膜を使い、ムササビのように空を滑空するガストレア。思わぬ方向からの攻撃。完全に不意を突かれた形の夏世の眼前にまでそのガストレアは迫っていた。

 咄嗟に構えたショットガンの引き金は、しかし手応えが無い。

 

 

「しまった……!?」

 

 

 弾切れ。残弾数の把握など戦闘で基本中の基本。それを怠った……というより、それほどまでにこの無限地獄のような戦いは夏世の集中力を削いでいた。

 それを後悔する時間を与えられることはなかった。

 

 鋭い前歯を剥き出しにしたガストレアを前に死を覚悟した夏世だったが、ガストレアはそのまま夏世を通り過ぎて地面へ激突してしまう。

 

 

「?」

 

 

 事態を飲み込めず困惑する夏世は落ちたガストレアを覗き込む。無造作に顔面から落ちたガストレアのこめかみ辺りに風穴が空いていた。

 それだけではない。このガストレア同様、特殊な進化を遂げて空を飛ぶガストレアが次々と墜落している。そこでようやく夏世はガストレア達の猛り声の中で一種類の発砲音に気付く。

 

 

「狙撃?」

 

「無事か?」

 

「レン……さん?」

 

 

 いるはずのない青年の声が、存外間近から聞こえてきた。おそらくは今し方空中のガストレアを撃ち落とした銃身の長いライフルを提げて現れたのは、やはりどこからどう見てもレンであった。

 

 

「なんで……どうしてここにいるんですか? 蛭子 影胤は? もう倒したんですか?」

 

 

 戦場の真っ只中であることを忘れたように夏世は質問を重ねる。対して、レンは絶えず周囲を見回しながら質問に答える。

 

 

「いや、街に下りてからそのまま戻ってきた」

 

「…………は?」

 

 

 もし、夏世を知るものがこの場にいればさぞや珍妙なものを見たと驚くだろう。それほどに彼女の呆け顔は珍しい。

 

 

「いえ、その……待って下さい。意味がわかりません」

 

「安心しろ。蓮太郎は絶対勝つ」

 

「その根拠は何ですか?」

 

「あいつは強い」

 

「それは根拠じゃありませんよ」

 

 

 話が噛み合わない。レンの言っていることを、夏世はまるで理解出来ないでいた。ならば何故街に向かったのか。これならばまだ脳筋でも戦いに関しては理に適っていた将監の方がわかりやすい。レンの場合は効率すら度外視で動いているように思える。

 

 頭が痛いと額に手を当てている夏世。

 

 

「それより自分達が生き残ることを考えろ。――――やばいのがいる」

 

「え?」

 

 

 レンの言葉に釣られてそちらを見やる。周囲を徘徊してこちらを窺っていたガストレア達が一斉に森へと引き返していく。しかし、それは決して自分達の不利を悟ったからでも、ましてやこちらに慈悲をかけたわけでもない。ただ、恐怖した。ガストレアにして怖れる存在が現れた。

 まずそれは巨大だった。通常ステージⅠ、Ⅱのガストレアは精々がトラックと同じくらいの大きさだが、それ(・・)は2階建ての建物より大きい。

 

 

「ステージⅢ……」

 

 

 意図せずして声が震えたのを、夏世は自覚出来なかった。自覚する余裕もなかった。

 

 ステージⅢのガストレアを単独でペアで撃破しようとするのは無謀だと謂われている。それが許されるのは最低でも序列三桁クラス。小隊から中隊規模の戦力が必要とされている。

 それを、今ここにいるたった3人で――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レン君!」

 

 

 森から現れたガストレア。巨大な蒼い狼といった風貌のそれは、間違いなくステージⅢ以上のガストレア。すぐさま2人の救援に向かおうとしたウルは――――瞬間的に後方へ跳んだ。一瞬前までいた場所に降り注ぐ淡黄色の水。地面が蒸気をあげて溶解していた。

 

 飛んできた方向を見やる――――必要はなかった。頭部は爬虫類。翼があるところをみると鳥類も混じっているのだろう。しかしそれ以上はわからない。わからないほど混じってしまっている。まるでその姿は御伽話のドラゴンのようだ。

 木々を踏み潰して現れたのは、ステージⅣガストレア。

 

 

「~~ッ邪魔!!」

 

 

 チロチロと出した舌が癇に障る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……」

 

 

 夏世の声が絶望色に染まった。目の前に現れたおそらくはステージⅢのガストレア。(たてがみ)を持つ狼。ゴムを束ねたような隆々とした蒼い体に白毛を逆立てた四足獣。一方で、目の前のガストレアを挟んだ向こう側、ウルの前にもまるでドラゴンのような姿をしたこちらはステージⅣのガストレア。

 異常だ。いくらここが未踏破エリアだとはいえ、ステージⅢ以上のガストレアが同時に2体も同じ場所に現れるなんて。この中の誰かが超級の不運の持ち主なのか、それとも、これも影胤が起こそうとしている大災害の前触れなのか。

 

 

「避けろ!」

 

 

 レンの声で我を取り戻す。それぞれ左右に跳んだレンと夏世の間に狼ガストレアの腕が振り下ろされる。鉄槌のような一撃は地面を割った。

 ぎょっとした夏世とガストレアの黄金の瞳が合った。

 

 

「――――――――!!」

 

 

 狼ガストレアの咆哮に、半ば恐怖に駆られた体は銃を突きつけ引き金を引いた。しかし、

 

 

「え?」

 

 

 すでに狼ガストレアは眼前にいない。――――背筋が凍った。背後に気配。

 一刹那で背後に移動した。この巨体でこの疾さ。

 

 

「ッ……!」

 

 

 気圧されて思わず尻もちをついたのが幸いした。倒れこんだ頭上を暴風が通り過ぎる。だが、そこまでだった。躱したわけではなく倒れただけの今、体勢など作っていない。尻もちをついたそのまま、再度振り上げられた腕を呆然と見上げた夏世は諦観して瞼を閉じた。

 

 

(……ごめんなさい)

 

 

 一体、その謝罪は誰に向けてのものだったのか。夏世自身にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃はいつまでもやってこなかった。代わりに夏世の頬は水滴がはねたような感覚を得た。不審に思って瞼を開けた夏世は、目の前の光景に目を見開いた。

 

 狼ガストレアの爪先が目の前にあった。しかしそれを夏世に届かせないように阻むものがある。

 大きな背中があった。隆々とした筋肉の塊。半裸になった上半身に巻かれた乱雑な包帯は、白いところを見つけるのが困難なくらい朱に染まっている。どころか、伝った血は足元に血溜まりを作っていた。

 

 

「将監、さん……?」

 

 

 将監だった。将監が、彼の代名詞たる漆黒の大剣でガストレアの爪を止めていた。全身を使った捨て身の防御とはいえステージⅢの一撃を生身の人間が受け止めた。奇跡といって過言ではない。

 

 なにより、将監がここにいることがわからない。影胤襲撃作戦が失敗に終わった以上、てっきり死んだと思っていた。いやたとえ生きていたとしてもイニシエーターを庇うなんて真似を彼がするとなんて、

 

 

「撃てッ!」

 

 

 将監の叫びに頭より先に体が動く。弾を装填。遥か頭上にあるガスレアの顔に向かって引き金を引いた。直撃と同時に爆発。

 今、夏世が持っている中で最も高い威力を持つ榴弾。この至近距離では少なくない衝撃がこちらにもくるがそんなことは言ってられない。これで通じなければ、

 

 

「――――――――!!!!」

 

 

 やはり、効かない。おそらく狼の他にアルマジロのような硬い表皮を持つ生物の因子を持っている。夏世の持っている今の装備ではこのガストレアを倒せない。

 

 

「夏世おおおおおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 叫んだ将監が大剣をなんと手放した。そして空いた両の腕でガストレアの腕を抱え込んだのだ。夏世の攻撃で怒り狂ったように叫ぶガストレアは将監を振り払おうとするが、払えない。限界を越えて酷使された将監の体がブチブチと内から壊れていく音が聞こえてくる。それでも将監はその手を放さなかった。

 

 夏世は持っていた銃を捨て、将監が手放した大剣を掴む。ガストレアの体を駆け昇る。

 

 金色の瞳を憤怒に濁らせたガストレアは登ってくる夏世の存在に気付いてその牙で噛み砕こうとするが、突如その目が破裂したように血飛沫をあげた。

 レンだ。離れた位置から、動く頭部を狙い過たず撃ち抜いた。速射で二発……速い。そして何より、ゾッとするほどの精密さ。

 

 

(目は潰れた。あとは……)

 

 

 たとえ目を潰しても、いくらバラニウムの剣であっても、刃が通らなければこのガストレアには勝てない。時間をかければレンが潰した両目も再生してしまうだろう。ステージⅢのガストレアの再生速度はステージⅠやⅡとは比べ物にならない。

 

 しかし、夏世は勝機に繋がるヒントをすでに見つけていた。レンの弾は狼ガストレアに確かなダメージを与えた。それはつまり通常兵器でも充分ダメージが通る場所があるということだ。

 狼ガストレアの体皮は硬い。最初はそう思っていたがそれは少し思い違いだった。よく見ればこのガストレアの体は蒼い鱗で覆われている。菱型の鱗。これがこのガストレアの硬さの正体。

 

 硬鱗魚と呼ばれるものがいる。硬骨魚類で菱型の硬い鱗に覆われたそれはかつての海で栄えたものだが、今ではたった一種類の生物にだけ備わっている。その生物とは、チョウザメ類。

 

 

(このガストレアがサメの因子を持っているなら、体の構造にもその特徴を受け継いでいるはず……!)

 

 

 腕を駆け上って肩まで到達した夏世は大剣を横溜めに振りかぶる。

 

 

「はあっ!」

 

 

 気声一閃。薙いだ剣は喘ぐガストレアの鼻っ柱を捉える。鱗が無いとはいえやはり肉が厚い鼻部に刃は半ばまでしか通らない。それでも、

 

 

「ッッッッッッッッ!!!!!」

 

 

 効いた。ガストレアは絶叫をあげた。

 

 サメの弱点は神経の集まっている鼻柱。サメの因子を宿したこのガストレアにもそれは受け継がれていたようだった。

 すかさず夏世は大剣を、大きく開かれたガストレアの上顎に中から突き刺す。悶えるガストレアの口元に立った夏世の手にはピンの抜かれた爆弾。

 

 

「さようなら」

 

 

 放り投げた爆弾は口から内部へ。夏世がその場から飛び降りるのを見計らったようなタイミングでガストレアの頭部が千切れるように吹き飛ぶ。

 グラリと、一瞬直立で硬直したガストレアの巨体は、次の瞬間無造作に大地へ倒れ込んだ。




閲覧、感想ありがとうございます!

>さてさてさーて、蓮太郎君と影胤さんの激戦の裏側の戦い、ということになります。それに伴って原作でも登場したステージⅣドラゴンさんとオリジナルでステージⅢ狼さんを登場させました。
ちなみに、オリジナルの奴は狼、鮫、サイの三重因子設定になっております。重要なのは前2つ。サイは大きさのかさ増しと実は角生えてたとかのビジュアル都合ですので。

>原作の蓮太郎君トラウマは避けましたが次話で……。

>次回もこちらの更新です!一週間から二週間以内には書き上げたい!けど暗い話って苦手です。

>どうでもいい世間話。
最近アニメのダンジョンで略にハマっています。あれも二次書きやすそうですねえ

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