【完結】ブラック・ブレット ━希望の星━   作:針鼠

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わたしが潰します

 防空壕から出て3人は森を駆け抜ける。目的地はこの先にあるという海べりの市街地。というのも先程、レンと夏世の無線機に同時に連絡が入った――――レンのはどこかの拍子にスイッチが入ったらしい――――。相手はそれぞれ蓮太郎と将監。内容は影胤の居場所の発覚。そしてそれを多人数での襲撃を仕掛けるということだった。将監は作戦に参加し、蓮太郎は情報を入手し現在街へ向かっているとのこと。自然の足取りで3人も街へ向かうこととなった。

 

 

「ふぅ、途中2回も絡まれるなんて超運がありませんでした」

 

「大分時間をロスしてしまいました」

 

 

 辿り着いたのは街を見下ろせる丘の上。直接街に入る前に一度街の全景を見ておこうという夏世の案だった。

 

 

「静かだな」

 

 

 地図で見た印象より小さい街だった。湾には大戦時に打ち捨てられた漁船やボートが係留したまま放置されている。

 レン達がいる場所から街まではそれほど離れていない。例えば銃声のひとつでも充分聴こえる距離だ。それが聞こえてこないということは、考えられるケースは2つ。

 

 

「まだ襲撃は始まってないか」

 

「もう終わっちまったか、ですかね」

 

 

 レンの言葉にウルが続ける。しかし実のところ答えは出ている。それは夏世が口にした。

 

 

「十中八九終わってますね。急造チームで取れる作戦は精々数任せの電撃戦。私達がここに来るまでに戦闘を2回。時間にしては出遅れていて当然です」

 

 

 元々この作戦自体、タイムリミットが限りなく短いとみている。作戦は急襲で間違いないはずだ。ならば後はどちらが勝ったかだ。――――そのとき、銃声が街に響いた。一発目を皮切りに続けざま鳴り響く。

 

 

「私が超音波で状況を」

 

「必要無い」

 

 

 名乗り上げる夏世を下がらせたレン。目を閉じて集中した様子のレンはふたりに伝える。

 

 

「蓮太郎だ」

 

「……何故わかるのですか?」

 

「音」

 

 

 訝しむ夏世に構わずレンは続ける。

 

 

「銃声は三種類だけ。ひとつは蓮太郎の。もうふたつは……ベレッタ? カスタムしてる」

 

「音だけでわかるのですか?」

 

「わかるだろ? 普通」

 

 

 真顔で首を傾げるレンがどうやら冗談で言っているわけではないとわかった夏世は呆れたようにため息を吐く。

 

 

「わかりませんよ。普通」

 

「さすがレン君です!」

 

 

 ウッキャーとテンションを上げているウル。三者三様、傍から見ればなんとも呑気に見えたことだろう。

 

 

「ともかく」夏世は切り出す「街に向かいましょう。単独で蛭子 影胤を相手にするのは自殺行為です」

 

「それじゃあまあ、ひねくれ太郎が死んじゃう前にさっさと――――!」

 

 

 3人が同時に背後を振り返る。

 

 

「囲まれましたね」

 

「ったく、空気読めってんですよ」

 

 

 暗闇の森。そこかしこからガストレア特有の臭気と殺気が感じられる。数は10か20か。正確な数はわからない。レン達の臭いを追ってきたか、はたまた銃撃戦の音に釣られたのか。どちらにせよここでガストレアを足止めする役が必要だ。でなければ仮に影胤を倒せても、大量のガストレアが街に溢れかえってもれなく全滅だろう。

 

 

「御二人は街へ。ここは私が引き受けます」

 

 

 手持ちの弾薬をその場に広げて徹底抗戦の意志を示す夏世。

 

 

「お前、馬鹿か?」

 

 

 そんな少女の覚悟をレンは切って捨てる。

 

 

「貴方に言われたくありません」

 

 

 心外だとばかりにジト目で返す夏世。

 

 

「この場の足止め役は必須です。でなければ全滅します」

 

「だがそれだとお前が死ぬ」

 

「死ぬ気はありません。いざとなれば逃げますよ」

 

「嘘だな」

 

 

 きっぱりと言い放った。あまりにも即答だったので夏世は思わず言葉を詰まらせて、結局口を噤んだ。それがつまり答えだった。

 

 

「ウル」

 

「はい?」

 

「ここ、任せていいか?」

 

「もちろんです!」

 

「待ってください! ひとりで行く気ですか!?」

 

 

 珍しくいきり立った様子で夏世抗議する。

 

 

「蛭子 影胤は元とはいえ序列三桁。本来ならこの場の3人がかりでさえ勝つことは難しいでしょう。それをここに戦力を割くのは愚策です。それに、今先行して戦っているペアは千番台にも満たなかったはずです。協力したところで勝ち目は薄い」

 

「根暗な上に弱っちいですからね」

 

 

 ケラケラと笑うウル。

 

 

「死にますよ」

 

「死ぬのは嫌だ」

 

「なら!」

 

「でも、お前が死ぬのも俺は嫌だ」

 

 

 夏世がその言葉に呆気に取られている間にレンは丘を駆け下りていってしまう。くらりとする頭を支える。

 

 

「わけが、わかりません」

 

「別に難しく考えることなんかねえですよ。これはレン君がそうしたいからそうしているだけです」

 

「こんな私の命を、犯罪者で化け物の私なんかの命を守る為に自身のリスクを上げるんですか?」

 

こんな私だって救ったんです(・・・・・・・・・・・・・)。そんな優しさがレン君のカッコイイところですよ!」

 

 

 満天の笑顔を浮かべた少女はとても眩しく、そして幸せそうだった。きっと彼女達には夏世には及びもつかない強い絆があるのだろう。それは多分、プロモーターとイニシエーターというビジネスパートナーとは違った形の信頼。

 

 

「万が一、あの人が負けたらどうするのですか?」

 

「億が一にもありえねえですが、そのときは――――」

 

 

 待ちきれず茂みから飛び出してきた犬型のガストレアがウルに牙を剥く。気付いた夏世が銃を構えるより先に隣のウルが動いた。少女の小さな拳からは想像も出来ない膂力で振り下ろされた拳は、飛びかかってきたガストレアの頭部を捉え地面に叩き伏せる。小さなクレーターの真ん中でピクリとも動かなくなったガストレアの頭部は消失していた。

 

 返り血を浴びた少女は、先程とは正反対の氷の如き微笑を浮かべて先ほどの問いに答えた。

 

 

「そのときは仮面野郎はもちろん、レン君のいないこんな世界、わたしが潰します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとり街に入ったレンは辺りの様子を窺う。先程まで銃声は街の中心から聞こえていたが、徐々に音は移動していた。一先ず状況の把握の為にも街の中心へと向かう。無論、ここが未踏破エリアである限り警戒するに越したことはない。

 街の中心に建てられた教会を見つける。建物の全景が見えた頃、背後に気配を感じたレンは腰に差した銃を抜いてそちらを向く。

 

 

「伊熊 将監」

 

 

 半壊した家屋の壁に背中を預けて座り込んでいた大男は、夏世のパートナーである将監だった。顔の下半分を覆うマスクの奥で絶え絶えの呼吸を繰り返す将監は遅々とした動作でこちらを見やる。

 

 

「チッ……まだ、生きて、やがったか」

 

「怪我をしてるのか」

 

「五月蝿え」

 

 

 レンは背負ったバックを降ろして中から救急セットを取り出す。

 

 

「傷は背中だな。見せろ」

 

「ふ、ざけんなッ! 殺すぞ!」

 

 

 荒々しい言葉とは裏腹に抵抗はほとんど無かった。出来なかった、というべきか。深々と背中に走る刀傷。すでに血も夥しい量が流れてしまっている。

 医療は専門外なのでやれることは精々消毒液をぶっかけて包帯を巻くだけだ。

 

 

「……もうやめろ。無駄だ」

 

 

 抵抗も無意味と悟ったか、それとも気勢を張るのも限界だったのか、将監の声は弱々しかった。実際その言葉の通り出血は止まらず、巻いた先から包帯は真っ赤に染まっていく。それでもレンは手を止めなかった。

 

 

「なんで俺を助ける」

 

「お前達はその質問が好きだな」

 

「あぁ?」

 

「千寿 夏世だ」

 

 

 その名前に将監は僅かな反応をみせた。

 

 

「……アイツは生きてるのか?」

 

「ああ。今も戦ってる」

 

「そうか」しばらく沈黙を挟んで「お前の、連れ……アイツが今、仮面野郎と戦ってる」

 

「知ってる」

 

「テメエも、行けよ。殺されるぞ」

 

「安心しろ。蓮太郎は強い。誰が相手でも勝つ」

 

「は、あのもやし小僧が?」

 

 

 嘲るように笑う将監だったが、レンの迷いない顔に口を閉ざす。

 襲撃チームには将監より高位のペアも多くいた。そうでなくても10人以上のプロモーターとそれ以上のイニシエーターがいたのに、まるで歯が立たなかった。イニシエーターの刀使いも悪魔的な強さだったが、影胤本人も複数のイニシエーターを相手にして圧倒していた。影胤は正真正銘の化け物だ。

 

 並大抵の者では瞬殺されて終わりなのだが、今更そのことを自分が追求したところで何も出来やしないのだからとやめた。

 

 

「イニシエーターは道具だ。戦い、敵を殺すだけの道具。夏世にそう教え込んだのは俺だ。そしてそれは――――俺も同じだ」

 

 

 唐突な独白に、レンは声を挟まなかった。聞いているのかいないのかもわからない。朦朧とした意識の中、将監は続ける。

 

 

「生まれた瞬間から望まれちゃいなかった。無駄飯喰らいだ、役立たずの木偶の坊だ。実の親から冷めた目で邪魔者扱いだ。こっちが生んでくれって頼んだわけでもいやしねえってのによ……」

 

 

 ガストレア大戦で母親が死んでからもそれは変わらなかった。真っ当な生き方を夢見た幼き将監の決意は、仕事口を探して訪ねた三軒目で謂れのない罵声と暴力を受けたことによって無残に砕け散った。出生すら定かでないガキを雇ってくれる場所など大戦で疲弊した世の中にありはしなかった。

 野良犬が独りで生きるためには力が必要だった。金、権力、なんだっていいが将監の手でも届く最も身近な力は必然、暴力だけだった。だから将監はそれを振るった。幸いなことにこちらの才能はあったようだった。

 もうひとつ幸運だったのは、真っ当な仕事は無くともアウトローの仕事は大戦後溢れていたこと。ただし、そういった仕事は裏切りが常だった。特に自分達に回ってくるのは大抵使いっ走り。切り捨てるには最適なことだろう。

 

 だが、結局爪弾きはどこにいっても変わらなかった。いつしか外れ者の中でさえ将監の居場所は無くなっていた。裏切り、暴力を振りかざし、殺して奪う。そんな輩に居場所なんてあるはずはなかったのだ。

 

 

「俺達みたいな輩に、それ以上の価値なんざ誰も求めちゃいねえ。それを忘れれば忘れるほど、日常ってやつに触れようとすればするほど……傷を負う」

 

 

 夢を見れば馬鹿を見る。誠実に対して返ってくるのは今までの人生に相応の罵声と拳だった。だったら、初めから求めなければいい。夢なんてみなければいい。

 

 

「だから、俺ぁ三ヶ島さんに感謝してる。こんな屑が生きていける場所をくれた」

 

 

 三ヶ島 影似。三ヶ島ロイヤルガーター代表取締役、将監の上司だ。

 

 

戦場(ここ)はいい。くだらねえ理屈を並べ立てる野郎も、つまらねえプライド振りかざす野郎もいねえ。そんな奴等こそ真っ先に死ぬからな」

 

 

 苦しそうに笑った将監は右腕を上げる。眼前にまで動かして握り締めた拳は情けないほど弱々しかった。

 

 

「戦場だけが俺達の居場所だ。ここはシンプルでいい。生き残った奴こそ勝者だ……俺みたいな馬鹿でもわかりやすい」

 

 

 将監もまた道具だ。影似の駒として働き、戦い、そしていつか死ぬ。だが将監にはそれで充分だった。感謝こそすれ後悔なんてありはしない。

 

 

「平和な世界に俺達の居場所は無い。俺達には……俺には、戦場(ここ)しかない」

 

「千寿 夏世が心配なのか?」

 

「は、言ってるだろ。普通選べやしねえのさ、生き方なんざ」

 

「………………」

 

「だが、俺は少なくとも選べた。道具であることを俺自身が選んだ。だが、アイツは……」

 

 

 言葉を途切れさせた将監に、レンは立ち上がると背中を向ける。ようやく見捨てたか、と思った将監だったが違和感に気付く。

 

 

「おい、仮面野郎はそっちじゃねえだろ?」

 

「千寿 夏世を連れてくる」

 

「テメエ何を――――」

 

「言いたいことがあるなら直接言え」

 

「……言いたいことなんざ、ねえよ」

 

「そうか? 俺にはそう見えなかった」

 

 

 レンはそう言うやいなや走りだす。影胤と蓮太郎が戦う方ではなく丘へ向かって。その背中を、将監は見送るしか出来なかった。

 




閲覧、感想ありがとうございます。

>約2ヶ月ぶりの更新で申し訳ないです!とりあえず別作品区切れましたので、今度はこちらを1巻終了、もしくはいいとこの区切りまで更新してこうと思います。

>夏世ちゃんと将監さんめっさいいコンビじゃないですか!(漫画感想)
本作の将監さんの設定はかなり捏造が混じってますが、漫画を読んで、実はこんなんだったんではないかという妄想爆発の結果がこうなりました。

私のように、まだ漫画版な方には、

原作(アニメ含む)→漫画→原作(アニメ含む)

の三度読みを推奨致します。漫画版はあれですね、絶望色多めの原作に救済の余地を与えていて感動致します。

>ではまた次回!

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