【完結】ブラック・ブレット ━希望の星━   作:針鼠

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なんか嫌だ

 地響きと共に足音が遠ざかっていくのを耳を澄ませて聞く。念の為完全に気配が遠ざかっても数分はじっと大人しくしてようやくレンは緊張をゆるめた。

 

 光を灯すガストレアから逃走したレン達は偶然見つけた防空壕に身を潜めていた。幸い一番凶悪そうだったあれは動きが鈍重ですぐに逃げおおせることが出来た。だが先程の爆音で活発になったガストレア達の襲撃を次から次に受けることとなった。一々相手にしていられずこうして隠れることにしたのだった。

 

「もう大丈夫だな」

 

 そうレンが言ったのと同時に背後でジャキンという重々しい音を聞く。振り返ると夏世がこちらへ銃口を向けていた。それに対して、ウルが射線に被さるようにして立ち塞がる。

 

「この恩知らずめ。一体誰にそれを向けていやがりますか。……潰しますよ?」

 

 ウルの声音は低く、防空壕内の温度が一気に下がったかのような錯覚を覚える。握りこんだ拳は軋むほど強く握り締められ、あと数秒後には彼女の怒りの沸点は限界を振り切ってその言葉通り夏世を原型残さず潰してしまうことだろう。

 しかしそうはならなかった。何故ならウルを押し退けてレンが前に出たからだ。

 

「レン君危ないです!」

 

「平気」

 

「あいつは自分達の取り分を増やす為に他のペアを襲うような連中です! 今ここでわたしがミンチにしてしまった方が世の為レン君の為です!」

 

「……彼女の言う通りです」

 

 賛同したのは他ならぬ夏世だった。彼女は淡々と告げる。

 

「何故助けるのですか? 味方を襲うような外道を殺したところで誰も文句は言わないでしょう」

 

 問われたレンはしかし尚歩みを止めずに夏世の至近距離まで近付く。向けられた銃口などまるで見えていないかのように手を伸ばして、夏世の傷ついた左腕を優しく持ち上げた。

 

「前にも言っただろ。他人を助けるのに理由なんていらない」

 

 夏世は目を丸くして、俯いた。ウルは主を害された怒りと主の底抜けの優しさに呆れをないまぜにしたため息を吐いた。

 

 

 

 

 治療はすぐ終わった。といっても超人的な再生能力、治癒力を持つ彼女達には大層な治療は必要無い。綺麗な水で傷口を洗い消毒をして包帯を巻いただけだ。

 治療を終えればすぐに出発といきたかったが、しばしの休息を挟むことにした。理由はいくつかあるが一番の理由は未だ影胤達の詳細な居場所がわかっていなかったからだ。闇雲に歩き回るにはこの森は広すぎる。そんなわけで防空壕の中でしばらく3人での時間が過ぎる。隣り合って座るレンとウル。焚き火を挟んで夏世といった具合だ。

 

「あなたは本当に不思議な人ですね」

 

 そんな休息の間に夏世はぽつりと漏らした。

 

「いえ、変な人ですね」

 

「何故言い直した」

 

「何度でも言います。――――何故あなたは私を助けるのですか?」

 

 レンのツッコミはあっさり無視された。

 

「私は呪われた子供です。化け物です。そうでなくても味方を殺そうとした――――いえ、すでに人を殺したことのある犯罪者です」

 

 夏世が自身の手を汚したのは以前に一度。今回とて結果として手負いとなったあのペアを殺した原因を辿れば間違いなく夏世と将監にあるだろう。

 呪われた子供が忌み嫌われていることは知っている。その理由もわかる。誰だって自分と違う存在には少なからぬ恐怖を抱く。それが自分と同じ形をしていれば尚更に。そんな子供達だが、実際に害を為す者は実はほとんどいない。夏世や影胤のイニシエーターである小比奈という少女のような例外もあるが、たとえどんな能力を持っていても結局のところ彼女達の本性は無垢な子供なのだ。強大な力に溺れるほどの欲もまだ持たない。

 

「私は他の子供達とは違う正真正銘の犯罪者です」

 

「そうか」

 

「ええ、ですがあなたは私が他のペアを襲ったことを見た。それだけでも敵と判断するには充分でした。それなのに何故私を助けたのですか?」

 

 1度目はまだいい。防衛省での一件は、あのときはまだレンは夏世という少女のことを知らなかった。しかしさっきは違う。味方である民警を襲い、彼等が死ぬ原因となったことを目撃していた。それなのに何故レンは自分を助けるのか。

 夏世の質問にレンはひどく悩んでいた。たっぷり3分ほど唸りながら考えて遂にこう切り出した。

 

「お前が犯罪者ってことと、俺がお前を助けたことになんの関係があるんだ?」

 

「……は?」

 

 さすがの夏世も無表情を崩してしまう。生まれて初めて苛立ちを覚えたほどに。この男ははたして今の話を何も聞いていなかったのではないか。

 

「だから私は人殺しで――――」

 

「だから、犯罪者を助けちゃいけないのか?」

 

「……あなたは何を言っているんですか?」

 

 あまりの返答に怪訝な顔で問い直す。対してレンは相変わらずマイペースだった。

 

「悪いことをした奴を助けちゃいけないのか? 助けていいのは良い奴だけなのか? そんなの、なんか嫌だ」

 

「あなたは……」

 

 本気でそんなことを言っているのか。夏世は言葉を呑み込む。

 たしかに選んで人を助ければそれは結局選ばなかった方を見捨てたのと変わらない。はたして人の命を平気で見捨てるような輩が本当に善人なのか。だとしても――――

 

「だとしても、裁かれるべき命はあります。許されない罪はあります」

 

 最早夏世は自分が何を言いたいのかわからなくなってきていた。自分はレンにどうして欲しいのか。なんと言って欲しいのか。どうしてここまで自分で自分を貶めるのか。

 答えは出せないまま、それでもレンの答えを待つ。彼はほとんど間をあけずに答えてみせた。

 

「俺にその判断は出来ないし、そもそも俺の仕事じゃない」

 

「だからあなたは助けるのですか? 相手が善人であれ、犯罪者であれ?」

 

「ああ」

 

「それが――――わたしであっても?」

 

「ああ」

 

 迷いなく頷いたレン。それきり夏世は抱えた膝に顔を埋める格好で黙り込んでしまう。レンも特に喋りかけず、ウルは何故か不機嫌そうに頬をふくらませながら隣り合うレンの裾を握ってしかしやはり何も喋ろうとはしなかった。

 

「私は」

 

 唐突に、格好は変えずに夏世は口を開いた。

 

「私は今の自分が不幸であるとは思っていません」

 

 レンは体勢を変えないまま耳だけを傾ける。

 

「むしろどちらかといえば幸運な方でしょう。将監さんは確かに精神年齢が子供並のしょうもない人ですが、イニシエーターに当たり散らすことも虐待紛いのこともしません」

 

 意外にもパートナーをこき下ろす少女だが、彼女の言葉もまた真実である。プロモーターの中にはパートナーであるはずのイニシエーターに様々な暴力行為で己の憂さを晴らす者、悦楽に浸る者がいる。界隈ではパートナー殺しで有名な者だっている始末だ。そして、そんな者達が許されてしまうのが今の世界である。

 そのことを思えば伊熊 将監はまだマシなプロモーターなのかもしれない。

 

「将監さんは言いました。私達に出来ることは戦うことだけなのだと。私はその為の道具であり、それ以上の価値は無いが道具として役に立ち続ける限りその価値は失われないと。それは正しいことなのだと思います。ガストレアという怪物と戦うのに『呪われた子供たち(私達)』ほど都合の良いものはありませんから。――――レンさん」

 

 夏世は真っ直ぐにレンの顔を見た。

 

「もう一度だけ聞きます。こんな道具を、あなたは本当に助ける価値があると思いますか?」

 

「難しい話はわからんが」やはり彼はほとんど間を空けずに「またお前が困ってたら、俺は多分助けるぞ?」

 

 なんてことないようにそう答えた。

 

「……やっぱりあなたは変な人です」

 

 

 




閲覧ありがとうございます!

>今月中の更新達成――――といいたいところですが、文字数があまりにも少なかったので半分達成といったところでしょうか。まあ区切り的にここらへんが妥当かなと思いましたので。

>本当は妄想だともっと夏世ちゃんの場面はがっつりだったはずなのに、いざ書いてみると全然書きたいものと違くて書き直し書き直しを繰り返し、迷走した挙句最後はさっぱりすぎてしまいました。ほんと下書きレベルの出来で申し訳ありません!

>さて次回辺りでいい加減がっつりレン君を戦わせてあげたいと思います。では次回ー

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