【完結】ブラック・ブレット ━希望の星━   作:針鼠

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問題ない

『…………レン………………生きて』

 

 

 唯一覚えているのは、最後にそう言った女性の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いい!? 絶対に……ぜっっっったいに逃しちゃダメよ!!』

 

 

 音量調整を兼ねて耳元から離した携帯の口からけたたましい絶叫が吐き出される。声はまだ幼さを感じる女性。事実文明機器たるこの向こう側にいるのはまだ高校生の少女である。

 

 一方で、そんな電話を片手に疾走するのもまた年端もいかない少年であった。黒色の髪。黒い瞳。日本人としては体格も並。髪を押さえる白いカチューシャ以外、さしたる外見特徴もない彼に敢えて特徴を挙げるなら、

 

 

「大丈夫。任せろ」

 

 

 いつだって淡々とした口調と表情だろうか。

 

 初対面なら嫌われているのかと勘違いしそうなほどの平坦な態度も、電話口の相手は慣れた調子で怒鳴り返した。

 

 

『本当に? 本当に頼んだわよ!? 今月も事務所の収入ゼロなんだから! 私だっていい加減お腹いっぱいご飯食べたいビフテキ食べ――――』

 

 

 ブチリ、と唐突に電話は少女の叫び声を断ち切った。

 

 

「?」

 

 

 不思議に思い電話の画面を見やると、バッテリー切れの文字がピーピーと断続的な機会音と共に表示されていた。

 またやってしまったらしい、と明星(あきぼし) レンは己の相変わらずさに辟易とする。彼は機械との相性が限りなく悪かった。本人が不得手というのもあるのだが、とにかく相性が悪いのだ。どれくらいかというと、仕事上必須であるからと渡された携帯を壊したことなんと3回。1度目は力加減を誤って砕き。2度目は水に落とし、3度目は原因不明のブラックアウトから遂に目を覚まさなくなった。これが恐るべきことに携帯を手渡された1か月の、いや実際は1か月に満たない間のことである。ちなみにこうしたバッテリー切れはもう数えるのをやめたほど。

 

 振り返ってみると本人の不注意な点がほとんどに思えるし、実際その通りでもあるのだが、レンが文明機器を扱うとろくな事にならないことも事実で、彼の上司――――さっきの電話相手――――と同僚の勧めで電話とメール機能だけ使える簡単電話を現在は愛用している。それでもこうしたシチュエーションはいつまでもなくならない。

 

 遂に暗くなった画面を凝視するレンは神妙な面持ちで――――ただ表情に変化がないだけ――――携帯をポケットにしまうと、

 

 

「うん、仕方がない」

 

 

 バッサリ忘れることにした。彼の上司がこの発言を聞けば激怒していたことだろう。

 

 ちなみに、彼の上司である少女はその頃、突然切れた電話を片手に『また充電忘れてたわね……レン君のお馬鹿ああああああ!!』なんてことを事務所で叫んでいたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ガストレア。

 

 それは世界の、人類の敵であるモノの名前。

 

 およそ10年前、突如発症したウイルスは瞬く間に感染者を増やした。ウイルスに侵された生物は例外を除き(・・・・・)恐るべき速度で生物のDNAを書き換え異形化させる。侵食率が50パーセントを越えて形象崩壊を経て生まれるモノが――――ガストレアと呼ばれるモノである。

 

 今、里見(さとみ) 蓮太郎(れんたろう)の前にいる異形もまたそう呼ばれる化け物であった。

 黄色と黒の毒々しい縞模様。8本の節足。全身を覆う体毛。そして、赤い光を放つ複眼。モデルスパイダーの因子を持つガストレア。

 

 蓮太郎はベルトから引き抜いた拳銃を構え、発泡。漆黒の弾丸は節足の1本をぐらつかせ、ガストレアが声成らざる悲鳴をあげる。

 傷口から溢れ出る紫色の体液を見て、蓮太郎は手応えを感じる。

 

 ガストレアは総じて超常的な再生能力を有している。しかし目の前の蜘蛛型ガストレアの傷が一向に回復しない。その理由は先ほどの漆黒の弾丸。

 バラニウム。

 ガストレアウイルスが発見され、人類が絶望に心折れる間際に発見された対ガストレア性能をもつ金属。詳しいことは現在でも解明出来ていないが、ガストレアはこのバラニウムを極度に苦手としている。再生能力の阻害。弱体化。

 先ほど蓮太郎が撃ったのは、バラニウムを加工して作られた弾丸である。

 

 悲鳴をあげるガストレアに、蓮太郎は好機とみて全弾撃ち切る。その間ガストレアは体を縮こまらせて一切動かなかった。

 それなのに、

 

 

「ありゃ?」

 

 

 銃口から立ちのぼる硝煙の向こう、ドクドクと体液を流すガストレアにはしかし、放った弾数の半分以下の穴しか空いていなかった。おまけに致命傷部位に当っている様子はない。

 

 

「――――――!!」

 

 

 声なき絶叫。そして突進。

 

 それが怒りの叫びであったかどうか考えるより先に蓮太郎はすぐさま銃を構え直してトリガーを引くが、カチンカチンと空虚な音が響くだけ。

 弾は、先ほど全て撃ち尽くしてしまったのだった。

 

 

「や、やば……っ!!」

 

 

 目に見えて焦った様子で蓮太郎はマガジンを手にするがそれが精一杯。そのときにはすでに眼前に猛毒滴る牙が眼前に迫っていた。

 

 体を硬直させる蓮太郎の目の前に人影が割り込む。耳をつんざく激突音と風圧。

 毒牙は蓮太郎に届くことなく目前で止まっていた。

 トラックほどの巨体のガストレアの突進は、文字通りトラックが衝突するほどの力があっただろう。それを止めたのはなんと学ラン姿の蓮太郎ほどの少年であった。

 

 

「れ、レン!」

 

「……蓮太郎。怪我はないか?」

 

 

 ガストレアの突進を真正面から、それも生身で受け止めた蓮太郎のよく知る少年の顔は、やはり普段と同じ仏頂面だった。今も体を押し込もうとしているガストレアを両の腕で抑えつけているのに顔の筋肉はピクリともしない。

 そもその尋常ならざる膂力に驚くべきことなのかもしれないが、彼のことを知っている蓮太郎からすれば今更な光景なのだった。

 

 

「――――って、レン! お前それ血!」

 

「む?」

 

 

 ツゥ、と顔だけこちらへ向けるレンのこめかみを伝う赤い血。おそらく衝突の一瞬掠めでもしたのだろう。

 

 

「…………」

 

 

 レンはしばらく時が止まったかのように停止して、ぐるりと首を前に戻す。

 

 

「問題ない」

 

「問題ないって――――」

 

「――――――!!」

 

 

 口数少なく話題を終わらせるレンに反論しようとする蓮太郎だったが、どちらでもなくガストレアが2人の会話を打ち切り否応なく視線を引きつけた。

 

 

「……っ」

 

 

 尚押し込まれる巨体を、尚レンはその決して大きいとはいえない体格で受け止める。

 蓮太郎はひとまず口からはみ出しかけていた反論を飲み込んで空のマガジンと予備弾倉を取り替える。

 

 それを撃つ機会は――――なかった。

 

 

「とうっ!」

 

 

 今にもレンに喰らいかかろうとしていたガストレアは突如横合いに吹き飛ぶ。――――否、吹き飛ぶどころではない。あまりに衝撃に大きく膨らんだ腹を爆発させ、石塀を壊しながらその瓦礫に埋もれてしまった。

 

 唖然とする蓮太郎と無表情なレンの前に、ガストレアを蹴り飛ばした(・・・・・・)人物は颯爽と降り立つとクルリとこちらへ振り返った。

 

 

「どうだ蓮太郎!」

 

延珠(えんじゅ)か……」

 

 

 光を幻視するほどの太陽のような笑顔だった。

 10歳前後の年頃の少女は臙脂色のツインテールを兎の耳のように跳ねさせて、藍原(あいはら) 延珠(えんじゅ)蓮太郎の腰辺りに抱き着いた。そうして見上げた目は、褒めて褒めてと訴え輝いてた。

 

 蓮太郎は苦笑に安堵と嘆息を織り交ぜて、小さな頭を左手で撫でる。――――油断だった。

 

 

「…………」

 

「レ、ン……」

 

 

 瓦礫の山の一部が爆発したかのように崩壊。中から飛び出してきたのは蜘蛛型ガストレアの足の一部だった。

 真っ直ぐ蓮太郎に向かってくる凶刃は、しかし蓮太郎に届くことはなかった。その前に遮るように差し込まれたレンの右手を貫いて、止まった。

 

 蓮太郎と延珠、2人が再び臨戦態勢に入ろうとするも、それは無駄に終わる。何故なら、彼女が来たから(・・・・・・・)

 

 

「わたしのレン君になにやってくれやがりますかあああああああああ!!」

 

 

 怒声。次いで瓦礫の山が、上から降ってきた彼女によって爆発する。

 

 瓦礫の山は跡形もなく消滅した。山があった場所は今や逆にクレーターとなって地面より凹み、瓦礫もそこにあったであろうガストレアの死骸も正真正銘跡形もなくなっていた。

 

 クレーターの中心に立つのもまた延珠と同じ年頃の少女だった。袖も裾も長いクリーム色のセーターに、下はホットパンツという出で立ちの少女はクルリと振り返ると、やはり抱き着くのだった。ただし今度はレンに、だ。

 

 

「大丈夫ですかレン君!? 病院……いや救急車!」

 

「問題ない」

 

「血が出てるじゃねえですか! 輸血! いいえ臓器移植!? わたしで使えるものならなんでも使ってくださいです!!」

 

「落ち着けウル」

 

「ぁぅ……」

 

 

 レンは無事な左手で右往左往する少女の頭を押さつけ、そのまま頭を撫でてやる。その撫で方はあまりにも不器用ながら、撫でられるウルは最初は困ったような顔をしていたが、やがて頬を上気させ恍惚としていた。

 

 

「レン、悪ぃ。助かった」

 

「済まなかった。妾も油断していたのだ」

 

 

 蓮太郎と延珠が近付いてくると、トリップしていたウルの目がギンッ! と吊り上がった。

 

 

「延珠! 倒すならきっちり倒しなさいです! いや……そもそもそこのマヌケ三白眼が油断なぞしなければ――――」

 

「そんなことより蓮太郎」

 

「あぅー」

 

 

 同じようなやり取りでウルを黙らされたレンは、先程までよりずっと真剣な眼差しで蓮太郎を見据えた。それに若干の緊張を覚える蓮太郎は知らず喉を鳴らす。

 

 

「やばいぞ」

 

「な、なにがだ?」

 

 

 真剣な顔で、真剣な眼差しで、真剣な声色でレンは言った。

 

 

「もやしが売り切れる」

 

「――――――――しまったッッ!!」

 

 

 今日は近くのスーパーでもやしが1袋6円というタイムセールが実施されるのだ。

 時間を確認して顔を青くした蓮太郎は走りだし、それを延珠が追う。

 

 

「俺達も行くぞ、ウル」

 

「あ、待ってくださいよーレン君!」

 

 

 こうして2組の少年少女は走る。先程までの緊迫感など嘘のように和気あいあいと。




>初めましての人は初めまして。そうでない人は再び会えましてありがとうございます。

>というわけでやるかもやるかもと言っておきながら中々やらなかった新作。しかも今更ながらブラック・ブレットです。どうしてと訊かれればこう答えましょう。書きたかったからです、と。

>大雑把に作品概要を並べますと、基本犠牲がつきものである原作を読んで涙を流した読者様は数多くいるでしょう。故に助けたいという妄想と願望から執筆するのがこの作品のコンセプトです。
アンチタグをつけたのは、なんだかんだと犠牲あればこその原作を、救済はぶち壊してしまうわけなので付けさせていただきました。

>以前投稿分では勘違い要素ありだったのですが、あれははっきり無理でした。途中まではいけましたが勘違いってあれレベル高すぎです!ネタが足りなくてすぐ行き詰まりました。
のでので、相変わらずある程度の強キャラ(最強ではない)を設定に頑張っていこうと思います。

>さて、どこまでいけるかは不明ですが、これからどうぞよろしくお願い致します。

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