「なぁ、知ってるだろ? 【神様のオークション会場】ってサイト」
「そういや最近よく耳にするねぇ」
「ばっか! まさかと思ったけど、お前本当に知らねぇのかよ!
あそこ、今や世界中のプロが注目してるサイトなんだぜ!」
「マジで? そんなに有名なん?」
「そりゃあ有名も有名。
サイトが作られてからまだ4ヶ月くらいしか経ってねぇけどよぉ、今やモグリのデュエリストだって知ってるぜ」
「ふ~ん……。なんでそんな有名になったわけ? そこ」
「レアカードに決まってんだろうが、レアカードに!
いいか、普通レアカードってのは何ヶ月かに一度くらいのペースでネットオークションで競売にかけられるんだ。何でそんなペースかって? そりゃあなんだってレアカードだ。持ってるだけでステータスだし、手に入れりゃ誰だって売りたくねぇ。たまに本当に金に困ったやつらが売るんだけど、そういうやつらってそもそも大してレアなカードを持ってねぇんだ。だからネット上で本物のレアカードを拝めるのは年に5、6回って言われてる。まぁ、そん時にゃプロのやつらが競ってせり落とすんだけどよ」
「……取り敢えず落ち着けよ。そんで?」
「お前……、気のねぇ返事だな……」
「はよ続きしゃべれって。聞いてやるから」
「つまりだな、
あそこはありえねぇ事に毎週何かしらレアカードがオークションにかけられてんだよ。
いやマジありえんわ。どっから仕入れてんだって話」
「はぁ~、そりゃまた景気のいいこったねぇ。
まぁ、今度覗いて見るわ」
「おう! 絶対見に行けって。流行に乗り遅れんなってやつだ」
「知ってる? 【神オク】の噂?」
「なに? あんたまた変な噂仕入れて来た訳?」
「いや今度のは本当っぽいんだって」
「はいはい、聞いてあげるわよ。どうせ暇だしね」
「神オクにはね、幻の会員証があるんだって」
「はぁ? 神オクに会員証だって? 初耳だけど」
「いや、本当信頼できる筋からの情報だって」
「ふ~ん。
続き話してみて。会員証があると何かいいことでもあるの?」
「まず会員証を手に入れるには、神オクの管理人を見つける必要があるんだって。
それで管理人とデュエルして、認められたものだけがその幻の会員証を手にする事ができるって聞いたの」
「だからー、それでその幻の会員証を持ってると何がある訳なのさー」
「幻の会員証を持ってるとね、なんと世界でたった一枚しかない幻のレアカードを競り落とす、
そう! 神オクの裏オークションに参加する権利が得られるんだって!」
「ぷっ、ははは、なにそれぇ。
胡散くさすぎぃ。あんたまた担がれてるわね」
「本当だもん。その裏オークションに参加したって人がそう言ってたんだから」
「あ~~、はいはいわかったよ。信じる信じる」
「その口調は絶対信じてない」
「あははは」
「ほうほう【強者の苦痛】ですか……。本当にすごい効果のカードですね」
「ははは、おかげさまで6年ローンですよ。
まぁ、昨今の生徒はなかなか強いカードを若い頃から持ってますからねぇ。我々教師がほいほい負けては威厳もなにもあったものじゃないですよ。
そういう意味では、楽にレアカードに出会える【神オク】には本当に助けられてますね」
「いや~、まったく」
「しかし、あそこも人が増えましたね~。少し前までは【知る人ぞ知る隠されたサイト】、みたいところがありましたのに。今じゃあ、デュエリストの常識みたいになってますから……。
初期メンバーとしては、少し複雑です」
「初期メンバー、ですか……。
私があそこにたどり着いたのは一月前ですので、割と最近知ったと言う事ですかな」
「ええ。
初期の頃は人も少なかった訳ですから、落札価格ももう少し控えめだったのですよ。
この【強者の苦痛】は1千万円帯でなんとか落札できましたが、今でしたら確実に倍くらいにはなるでしょうね」
「それはまた、羨ましい限りです。
そう言えば、【神オク】に関しては色々とおかしな噂が流れてますよ。
まぁ、マフィア御用達とか、裏サイトが存在するとか荒唐無稽なものが多いようですが」
「人気が出ればそれも仕方のない事なのかもしれませんね。
でも確かに、あそこはたまに私達教師でも知らないようなカードを出してきますから」
「全てのカードを把握している人間なんておりませんからなぁ。それは我々アカデミア教師も同じだということですよ」
「この【強者の苦痛】だってそうですからね。
始めて見た時は一気にほれ込みましたよ。こんな効果のカードがあっていいのか、とね」
「相手のフィールドにある全モンスターの攻撃力をそのレベル分下げる永続効果ですか……。
確かに【王虎ワンフー】との相性は抜群ですな。おかげさまですっかりやられましたよ」
「いやいや、運と言うやつもデュエルの大事な要素の一つです。
今回はたまたま私の方に運が向いていた。ということでしょう」
「はは……、私も今度何か落札してきますかな」
◇◇◇◇
新一年生が入学してから半月あまりが過ぎ、最初珍しかった島の景色も今や日常のひとコマへとなりつつある。
そんな日常的な風景と化した木々の生い茂る森を抜け、俺は本校舎を目指していた。朝の登校である。
――はぁ、今日も授業か……。
我ながらダルそうに歩いていると自覚できる。
傍から見ればさぞやヤル気のない人間に見えることだろう。
――デュエルアカデミアだからデュエルしか教えないと思ってたのに……まさか一般の高校授業にデュエル講義が加わっただけだったとは……。
なんとなく気付いてたけどね……。
入試試験、全教科あったし……。
「でも考えてみりゃあ、他の専門系の高校だって、一般科目にその専門科目が加わっただけだもんな」
遠くからもよく見える本校舎の輪郭が徐々に大きくなっていく。
今日も退屈な一日が始まるのかと少しげんなりしてしまう。
――――勉強が、眠いくらい簡単なのだ。
「おっす!
「
「おう! 十代に翔か。おはよー」
違う方向から来た二人と挨拶を交わし、3人並んで校舎へと歩き出す。
「今日の3時間目はデュエル実習だって。今から楽しみだな」
「その前に、1時間目の古文と2時間目の数学があるっすよ……。はぁ~……」
数学と古文か。高校生の頃、俺も苦手だったな……。
そういえば、アニメじゃあ翔はあまり勉強が出来ないような描写があったね。
チラッと横目で翔を見る。
あ~~、数学と古文なんで嫌だ嫌だ、滅びてしまえー! というような表情をしている。
翔のデュエル関連の成績が悪いということはアニメで知っている。
そもそもこの世界において、デュエル関連で優秀な成績を収めることは難しい。
そんなバカなと思うかもしれないが、この世界の住人はなぜか、デュエル関係になるととたんに頭が悪くなるのだ。聡明な人間でもそれなりの時間をかけなければ、カード1枚の効果を覚えられない。やっと覚えても、その応用法を思いつくことがなかなかできない。まるで脳にフィルターがかかっているようである。国にカードを研究する専門の機関がある、などという馬鹿げた事実も存在する。
物理法則が違うと言えば分かりやすいのかもしれない。水滴が上から下に滴り落ちていくように、炎にあぶられた
とは言え、当の住人たちはそれに気づいていないようではあるが――。
話を戻そう。
翔がデュエル関連に弱いというのはアニメで知っていたが、通常の勉強にも弱いのかはわからない。デュエル知識と通常の勉強では、使う脳が違う感じなのだ。デュエル関連がダメだからといって、勉強もダメだと決め付けることはできない。
「その、なんだ。翔は勉強が苦手か?」
直球で聞いてみることにした。これくらいなら、失礼には当たらないだろう。
「ぜんぜんダメダメっす」
「だから気にすんなって。勉強の良し悪しで人間の価値は決まらないさ」
「アニキはデュエルが強いからそんなことが言えるんだ。
それに神君も入学試験、全教科満点で学年一位だし……」
「え!? そうなのか!? すげえな!」
「うん、まぁ……」
ずるしてるからね……とは言えない。
これでも大学を出ているんだ。中学生向けの受験問題くらいどうにでもなる。
試験前の2ヶ月はオークション以外暇だったのもあって、復習時間もたっぷりと取れたし……。
「僕なんてあたま悪いから、何やってもダメダメで……」
割と本気で沈んだ表情をする翔。
ありゃ? これは、勉強にかなりの苦手意識があるっぽいな。
役に立つかどうか知らないけど、アドバイスくらいはしておこう。
「なぁ翔。テストの成績ってのは、何で決まるものだと思う?」
「あたまの良さじゃないっすか?」
やっぱりそう考えているのか。
その発想自体間違いなんだが……。
「……それは違うぞ、翔。
よほとの天才でもない限り、人間の頭は誰もが似たり寄ったりだ」
「じゃあ……」
「テストの成績を決めるのはなぁ、ただただ単純な、勉強時間だよ」
「……勉強、時間?」
「そうだ。
2時間勉強して50点とれるテストならば、3時間勉強すれば60点はとれる。
そしてそれなら、5時間も勉強すれば、75点くらいはとれるものなんだ。もちろん、誰にでもだ」
「……」
「そうやってどんどん勉強時間を増やすだけで、その分だけテストの点数は上がる。
まぁ、100点を取るにはケアレスミスをなくすのも必要だけどな」
これに関しては、入学試験でも苦労したもんだ。
全教科満点なんて、狙わなきゃ取れないってことだね。
俺の言葉を聞いて、翔は黙りこんだ。
きっと、なにか思い当たる事でもあったのだろう。
「だから例えばだ。
とあるテストで自分は50点しか取れなかったのに友人は70点取ったとする。
でもそれってただ単に、その友人が君より3,4時間多く勉強をしただけのことに過ぎないんだ。君もその友人と同じ時間だけ勉強すれば、同じような点数になる」
「うん……、そっか……。
……それじゃあ、僕はただ勉強のために時間を使わなかっただけなんだね……」
「そういうことだ」
「じゃあ、ぼくも勉強の時間を増やせば、神君のようになれるってこと?」
「ああ、もちろん。
というか当たり前だよ。勉強っていうのはやれば結果がついてくるもんなんだ」
仕事とは違ってね。
「そっか………。
――うん、そっか!」
これで少し自信がつけばいいんだけど。
「神君って入試の時、すごく勉強したんだね!」
「……ははは」
「神はすげえな。俺なんか勉強に時間取られるなら、その分デュエルがしてぇって思っちまう」
「まぁ、成績が悪くなるのが覚悟の上なら、それもアリだ」
「ええー!? アリなの?」
「例えばプロのデュエリストになるなら、勉強はあんまり関係ないしさ。
ほら、もう教室に着いたぞ。俺の教室は2階だから、続きはまた今度にしよう」
デュエル理論などはレッド、イエロー、ブルー共同で大教室で受けるのだが、一般授業はそれぞれの教室で受けることになる。とりあえず翔と十代とはここで一旦お別れだ。
「じゃあ、とりえずバイバイっす」
「また後でな」
「あいよ」
一人階段に登りながら、先ほどの自分の言葉について思いを馳せる。
簡単そうに言ってみたけど、その勉強に時間を使うっていう行為ができなくて、世の中の学生達は困ってるわけだけどね。
学生時代の誘惑は意外と多いものだ。
翔がそれに気づいたら、また相談に乗ってあげよう。