遊戯王世界でばら色人生   作:りるぱ

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第06話 雑魚を贈ろう

「それじゃあ万丈目君、やろうか」

 

「ああ、そうだな」

 

 ブォン――。

 デュエルディスクの電源を入れる万丈目。その起動音は静かなデュエル場に響き渡った。

 全く、すごい機械である。

 ホログラフィーを何も存在しない空間に浮かび上げるというとんでも性能を有していながら、稼動音やファンの音はほとんどしない。

 少し重いのが玉に瑕か。ほとんどPS3を腕につけているようなものだ。

 

「あれ? お前、そんなとこでなにしてんだ?」

 

「あら、ばれちゃったみたいね」

 

 改めてデュエルディスクの高性能っぷりに感心していたら、横からここにいないはずの女性の声が聞こえてきた。そちらに顔を向けると、十代が何やら、入り口トンネルの影になっている部分に向かって話しかけていた。

 

 そして影より、金髪のスラリとした女性が悠々とした足取りで明かりの下へと歩み出て来た。

 確かあれは……天上院(てんじょういん) 明日香(あすか)

 アニメ、遊戯王GXにおけるメインキャラの一人で、とっても微妙なデッキを使っていた記憶がある。

 

「天上院くん、見てたのかい?」

 

 突然登場した明日香へ向ける、少し戸惑ったような万丈目の声。

 その声音と表情は今までに見た彼と違って、大分柔らかい。

 そう言えば彼って明日香に気があったんだっけ……と今更ながらアニメの設定を思い出す。

 とりあえず俺は初対面なので、『この人誰だろう?』と言う風な顔を作っておく。

 

「天上院明日香よ。よろしくね」

 

「あ、はい。(じん)拓実(たくみ)です。よろしくお願いします」

 

「いいのよ、敬語なんて。私もあなたと同じ新一年生なんだから」

 

「そうで……すか? う、うん、よろしく」

 

 年上っぽい雰囲気と万丈目以上のカリスマオーラーを全身から漂わせている為、無意識の内についつい敬語が出てしまいそうになる。

 それにしても――。

 

「観戦したいなら、堂々と見てもOKです……だよ。特に校則に違反するような事はしてないしね」

 

 隠れるように観戦していたのを理解出来ない俺がそう言うと、彼女は少し困った顔をした。

 

「……あのね、(じん)君。デュエル場は夜間使用禁止なの。

 見つかって退学とまでは行かないけど……先生に怒られちゃうわ」

 

 え? まじでか。

 

「うん、マジよ」

 

 心読まないで。

 

「顔に出てるのよ」

 

 ハハ……。

 ハハハ……。

 はぁ……。これじゃあ、教師に見つかっただけでアウトじゃないか?

 入学初日に問題を起こすとか、マジでよくない傾向である。

 

「ああ……どうしよう……。

 でもここでやめるってのもなぁ……。

 う~ん……。

 ああーー……。ううーー……」

 

「あーうー言ってるっす」

 

「葛藤してんなぁ」

 

「真面目なのね……」

 

「おい! まさかここまで来てやらない気かっ!?」

 

 うん。わかってるよ。

 さすがにそれは空気を読まなさすぎるって。

 

「うぅ……、しようがない。なら悪いけどさ、十代達3人で警備員に注意してくれないか? 近づいて来たら教えて。逃げるから。ソッコーで逃げるから」

 

「おう! いいぜ! 

 神は安心してデュエルしてなって」

 

「よしっ! さぁ万丈目、今やろうすぐやろう誰も来ないうちに」

 

 十代の了承を得たどさぐさに、万丈目を呼び捨てにしてみたり。

 初対面の時の口調でずるずるとここまで来たけど、『君』とかつけるのは、今の俺のキャラじゃない。

 

「あ、おぉう、分かった! デュエルだ!」

 

 よし! 万丈目自身、なぜか呼び捨てを気にしていない。

 

 ここまで前振りが長かったけど。

 さてさて、それでは――。

 

「「デュエル!!」」

 

◇◇

 

 『ぐぃ~ん』と言うデュエルディスク通信対戦モードの接続成功確認音が鳴り響く。

 まずは手札を5枚ドロー。

 そして先攻後攻がデュエルディスクによってランダムに決められる。今回の先攻は万丈目だ。

 

 

◇◆◆◆

 

「オレのターン、ドロー」

 

(天上院くんが見ている以上、このデュエル……負けるわけにはいかない!)

 

「オレは【ヘル・ドラゴン】を攻撃表示で召喚!

 更にカードを2枚セット。これでターンエンドだ」

 

 

◆◆◆◇

 

 漆黒の竜が万丈目のフィールドに現れる。攻撃力は2000で守備力は0。

 確か、このモンスターは自壊のデメリットを持っていたという記憶があるんだが、具体的にどういうものだったかは忘れてしまった。ん~、マジでどんなんだったっけ……? 

 まぁ、それはさておき。

 とりあえず――

 

「ドロー」

 

 今ある6枚の手札を確認。うん、まぁまぁだね。

 

「手札から魔法カード、【強欲で謙虚な壺】を発動。デッキの上から3枚めくり、その中から1枚選択して手札に入れ、残りをデッキに戻しシャッフルする。

 そして【強欲で謙虚な壺】のデメリット効果により、このターン俺は特殊召喚ができない」

 

 出たカードは【番兵ゴーレム】【大嵐】【テラ・フォーミング】。

 めくった3枚のカードが俺の頭上に浮かぶ。こうして相手にも見える仕様である。

 

「ふんっ、初っ端からサーチか」

 

「どっちかって言うと、ドロー補助だな。

 俺は魔法カード、【テラ・フォーミング】を選択。そしてこのままこのカードを発動する。

 デッキからフィールド魔法、【サベージ・コロシアム】を手札に入れる」

 

 【テラ・フォーミング】。

 デッキからフィールド魔法を1枚手札に入れる効果を持つ魔法である。

 多くのフィールド魔法を使うデッキで必須と言えるカードだ。

 

「そして、フィールド魔法、【サベージ・コロシアム】を発動する」

 

 デュエル場全体の空間を塗りつぶすように、太古の闘技場が出現する。

 周囲360度の視界全てを取り囲む、朽ちた石造の円形闘技場――。

 これ全部が立体映像か!? 本気ですごいな!

 

「【サベージ・コロシアム】は強制戦闘をさせるフィールド魔法だ。お互いプレイヤーは攻撃表示のモンスターで必ず相手に攻撃しなければならなくなる。

 後おまけの効果として、攻撃後にモンスターのコントローラはライフポイントを300回復する事ができる」

 

「なんだと!?」

 

 驚愕の感情を、そのまま声に変換する万丈目。

 彼は先程のデュエルを見ていた。ならこの効果がどんな事態をもたらすか、想像がつくはずだ。

 

「おっと……余計なことを言ったかな。

 ……黙ってれば分からなかったのに……」

 

 いかにも、『しまった』という風な表情を作る。

 ――――

 ――

 ……実はさり気なく、【サベージ・コロシアム】が持つ効果の一つを言ってなかったりして。

 

「それじゃあ、モンスターを1枚セット。

 さらに魔法・トラップゾーンにカードを3枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

◇◆◆◆

 

 腕を組み、デュエルの進行を見守る明日香。

 彼女は(じん)拓実(たくみ)の伏せた3枚のカードをにらみつけながら、横にいる十代と翔に話しかけた。どうやら人見知りをしない性格のようである。

 

「神君の戦術は、徹底したカウンター戦法ね。

 相手の攻撃を誘って、そこに魔法やトラップを使った防御力の底上げをする。そうして上回った分の反射ダメージで相手ライフを削っていく――。

 とても珍しいタイプのデッキだけど……このデュエル、神君に圧倒的に不利だわ」

 

「【サベージ・コロシアム】で万丈目くんは攻撃を強制されるっす。どうして神君の方が不利なの?」

 

 フィールドは神に有利なはずだ。

 明日香の言葉に納得がいかなかった翔は、拳を握りながら反論を返す。

 

「理由は2つあるわね。

 まず1つ目の理由は、神君の戦法がさっきのデュエルでバレてるってことよ」

 

 厳しい表情のまま、そう説明を続ける明日香。

 

「これってかなり致命的よ。

 万丈目くんは攻撃力に絶対的な自信を持てるモンスターを召喚するか、守備モンスターを破壊出来るカードが手札に来るか、そのどちらかを待てばいいわ。

 だって、神君から攻撃してくる可能性はほとんどないんだもの」

 

「でも、【サベージ・コロシアム】の効果で――」

 

「それが2つ目の理由だ、翔」

 

 明日香の話の続きを引き継ぐように、遊城十代は自身の考えを述べ始める。

 

「【サベージ・コロシアム】の効果が神の言った通りなら、あれは守備表示モンスターに対して効果が発動しないはずだ。

 バトルフェイズに入る前にモンスターを守備表示にすればいいんだ。それだけで【サベージ・コロシアム】は意味がなくなっちまう」

 

「そんな……」

 

「だから、注目すべきは神君が今伏せた3枚のカード。あれで何を狙っているのか……」

 

「まぁ、見ていようぜ。神のデュエルを見るのは今日が初めてだけど、あいつは絶対一筋縄ではいかない気がするんだ」

 

 

◆◆◆◇

 

「オレのターン、ドロー!」

 

 横でギャラリー達がこれからの展開を想像し、盛り上がっているようだ。

 そして、目の前にいる万丈目はカードのドローを終える。さ、タイミングはここだ!

 

「俺はそのドローに合わせてトラップを発動する。永続トラップ、【砂漠の裁き】。

 このカードがフィールド上に存在する限り、モンスターの表示形式を変えることができなくなる。

 そして、それにチェーンしてさらにトラップを発動する! 【メタル・リフレフト・スライム】! ……もう効果は知ってるよな。【メタル・リフレクト・スライム】は守備力3000のモンスターとして、フィールドに守備表示で特殊召喚される!」

 

 ぐにゃぐにゃと(うごめ)く銀色のスライムが俺のフィールドに落ちてくる。

 これで仕込みは隆々(りゅうりゅう)ってね。

 

 

◇◆◆◆

 

「…………すげえな」

 

 十代は真剣な顔でデュエルに見入りながらも、無意識に言葉をもらす。

 

「ええ。

 これで万丈目くんは【ヘル・ドラゴン】で攻撃せざるを得なくなったわ」

 

 彼の(つぶや)きが聴こえたのか、相槌を打つ明日香。

 そして彼女は状況の整理を兼ねた説明を続ける。

 

「今神君の魔法・トラップゾーンに残っているあの伏せカード……。

 もしあれが【結束 UNITY】なら、セットされたモンスターに攻撃した瞬間、さっきのデュエルの再現になる可能性が高いわ。

 今の状況はさっきの、あの一撃の反射ダメージでライフをゼロにしたデュエルとほぼ同じよ」

 

 同じ姿勢で疲れたのか、明日香は組んでいた腕を解き、左手を腰に当てる。

 

「あの圧倒的なデュエルは、万丈目くんの中にも強烈な印象を残しているはずよ。そんな状況であのセットモンスターに攻撃するのは……相当な勇気が必要ね」

 

「だけどそれじゃあ、万丈目は残った守備力3000の【メタル・リフレクト・スライム】に攻撃するしかなくなっちまう。

 もしあの伏せカードが【結束 UNITY】じゃないもっと別の……守備力を大幅に上げるカードだったとしたら……」

 

(さぁ……どう出る? 万丈目――!)

 

 

(ヤツのパフォーマンスに惑わされるなっ! 今ヤツのフィールドで一番危険なカードは――)

 

「オレは自分の場にセットされている速攻魔法、【サイクロン】を発動!

 【メタル・リフレクト・スライム】を破壊する!!」

 

 

「まさか!? この状況で【メタル・リフレクト・スライム】を破壊の対象に選ぶなんて!」

 

 フィールド魔法と警戒すべき伏せトラップを無視しての万丈目の選択。自身にとって予想外だったのか、明日香は思わず大声で叫んだ。

 

「でもまぁ、アレが正解だろうな。きっとオレでも同じことしてた」

 

 冷静に答える十代の声。

 それを受けて、もう一度冷静にフィールドを分析してみようと明日香は顎に手を当てる。

 

「そう……確かにそうね。これまでの神君の戦術は全て【メタル・リフレクト・スライム】が中心となっているわ」

 

 

◆◆◆◇

 

 【メタル・リフレクト・スライム】を破壊され、俺は心の中で軽く舌打ちする。

 

 サイクロンが来ていたのは薄々気づいていた。しかし、まさかこの状況でスライムを破壊対象に選ぶとは。

 さっき態々その効果を説明した【サベージ・コロシアム】か、今魔法・トラップゾーンに伏せてあるこのフリーチェーンのカードのどちらかを選ばせようと思っていたんだが……誘導に引っかかってくれなかったか。

 

 ――まぁ過ぎたことは仕方ない。ここは万丈目の英断を褒めるべきだろう。

 

「いくら防御が堅くとも、それ以上の攻撃力を持ってすれば必ずや破れるものだ!!

 オレは【ヘル・ドラゴン】を生贄に、【ヘルカイザー・ドラゴン】を攻撃表示で召喚する!!」

 

 大袈裟に手を振り、デュエルディスクにカードを叩き付ける万丈目。

 そんな彼の言葉に応え、天空より巨大なドラゴンがフィールドに落ちてくる。

 緑がかった身体に白銀の模様を持った巨竜だ。

 

 『ゴォォォォオオ……』

 

 腹の底に響く唸り声と共に、”バサリ”と一度、大きく翼を羽ばたかせる。それによって響くのは金属の擦れ合う音。全身が鉄で出来てるのか、コイツ!?

 首をもたげ、俺を見下ろす【ヘルカイザー・ドラゴン】。その攻撃力は2400!

 

「お楽しみはこれからだ!

 手札より装備魔法、【デーモンの斧】、そして【団結の力】を【ヘルカイザー・ドラゴン】に装備する!」

 

 2枚の装備魔法の力を得、【ヘルカイザー・ドラゴン】は体を1.5倍程サイズアップさせる。

 迫力満点である。何処かのファンタジー映画に出てきそうだ。

 

「【デーモンの斧】により1000ポイント、【団結の力】により800ポイント、

【ヘルカイザー・ドラゴン】の攻撃力は1800アップ! 合計攻撃力は4200!!

 ……だが、まだこれで終わりじゃない!」

 

 万丈目は右腕を頭上に掲げると、それに合わせるように伏せてあったカードの1枚が身を起す。

 

「さらに永続トラップ、【安全地帯】を発動!

 モンスター1体を選択することで、そのモンスターは相手の効果の対象にならず、戦闘及び相手の効果では破壊されなくなる!

 オレは【ヘルカイザー・ドラゴン】を選択! さー、これで準備は十全だ!」

 

 頭上に掲げていた右腕を振り下ろし、手のひらを俺に向ける万丈目。

 

「ゆけ、【ヘルカイザー・ドラゴン】! 灰も塵も残さず燃やし尽くせ!!

 ヘル・フレイム!!」

 

 豪炎を吐き出す【ヘルカイザー・ドラゴン】!

 頭上より迫る圧倒的熱量は、俺のセットモンスターを標的に突き進む!

 高攻撃力。対魔法・罠性能。

 【ヘルカイザー・ドラゴン】はまさに、完成されたモンスターへと進化を遂げたのだ。

 

 ――しかし、しかし残念だ、万丈目。

 古来より罠とは、二重にも三重にも張り巡らされるものだ!

 

「セットモンスターは――――守備力1800の、【伝説の柔術家】だ!」

 

 セットカードより出現するマッチョメン。その肌の色は不健康そうな薄緑。

 守備表示にしているからか、なんらかの武術の構えを取っている。

 

「いけ、ヘルカイザー! こんがり焼いてやれ!!」

 

 紅蓮の炎をその身に浴びる【伝説の柔術家】。

 地面に衝突した炎は嵐となって吹き荒れる!

 

 『ふん!』

 

 そんな炎の中、【伝説の柔術家】の目が一瞬光ったように見えた。

 彼は(ひざ)を折り曲げ、両足に力を込める。

 そして焼かれながらも、【ヘルカイザー・ドラゴン】へと向かって突っ込んでいく。

 

「【伝説の柔術家】の効果発動!

 守備表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターをデッキトップに戻す!」

 

「な、なんだとっ!? し、しかし、【安全地帯】の効果で【ヘルカイザー・ドラゴン】は効果の対象にはならない!」

 

「残念ながら、【伝説の柔術家】の効果は条件を満たしたカードに適用されるものだ。対象を取っているわけじゃない」

 

 どこにそんな膂力があるのか、【伝説の柔術家】は【ヘルカイザー・ドラゴン】の尾を掴むとグルグルと振り回す。所謂ジャイアントスイングというヤツだ。そして「とお!」と言わんばかりに天高く放り投げる。

 万丈目のデッキトップへと戻っていく【ヘルカイザー・ドラゴン】。

 役目を終えた【伝説の柔術家】は、ゆっくりと片膝(かたひざ)をついた。

 

「ご苦労様……」

 

 彼は未だ燃え盛る全身の炎と共に、墓地へと消える。

 

「……さて、

 【ヘルカイザー・ドラゴン】はデッキトップに戻るため、その2枚の装備魔法と【安全地帯】は全て破壊される」

 

 

◇◆◆◆

 

「……クッ、ターンエンドだ」

 

(こちらのフィールドがガラ空きとなったが、あちらもほぼ変わらん。そして向こうから攻撃してくることはないはず……。

 ――手札が揃い、勝機が来るまで待つ!)

 

 

◆◆◆◇

 

「それじゃ、俺のターンだ。ドロー」

 

 デッキからカードを手札に。

 

「手札から2枚目の【強欲で謙虚な壺】を発動する。本当はさっきのターンに発動しておきたかったんだが、このカードは1ターンに1枚しか発動できないと言う制約があってね……。

 3枚カードをめくり、1枚選んで残りをデッキに戻してシャッフルする」

 

 めくったカードは【バトルフェーダー】【ライトニング・ボルテックス】【強欲な壺】の3枚。

 迷う必要は無い。

 

「【強欲な壺】を選択。そして魔法カード、【強欲な壺】を発動!

 デッキからカードを2枚ドローする」

 

 ――よし、ナイスだ! これで全てのパーツはそろった!

 

「魔法・トラップゾーンにカードを2枚セット。

 そして手札より、守備力2000の【ゲート・ディフェンダー】を守備表示で召喚する!」

 

 大きな顔面としか言いようのないモンスターが出現する。

 どこからどう見てもロボットの頭部である。メタリックなカラーからして、きっと材質は金属で出来ているのだろう。

 

「ターンエンドだ」

 

◇◇

 

「オレのターン。ドロー、ちっ」

 

 舌打ちする万丈目。

 さっきデッキトップに戻した【ヘルカイザー・ドラゴン】を引いたようだね。

 しかぁし! 本当の絶望はこれからだってやつだ! うぇっへっへっへっへ――。

 

 ……ん? ひょっとして今日の俺ってなんか悪役っぽい?

 ともあれ。……さて、行きますか。

 

「そのドローにチェーンしてフリーチェーンのトラップを発動する。

 万丈目、君がさっきのターン警戒していたこの伏せカードだ。

 さぁ、出ろ! 【おジャマトリオ】!」

 

 万丈目のフィールドに黄色、緑、黒の奇怪な形をしたモンスター3匹が飛び出す。

 見慣れれば、まぁ、ね、可愛く見えなくもない……的な? ……うん、ごめん。やっぱ無理。

 

『はじめまして、あにきぃ~』

 

「な、なんだお前らは!?」

 

 なぜかおジャマイエローが喋っている。俺がトラップで特殊召喚したものだから精霊ってことはないだろうし……どうなってるんだ?

 まぁ、きっとデュエルディスクの隠された機能とかだろう。

 

 万丈目含め観戦者の皆さんも色々と戸惑っているようだ。

 とりあえずカード効果を説明しておきますか。後ついでに挑発もね。

 

「【おジャマトリオ】は相手フィールドに攻撃力0、守備力1000の【おジャマトークン】を3体守備表示で特殊召喚するフリーチェーンのトラップだ。

 さっきのターンに【サイクロン】でこのカードを狙ってくれてたら、それにチェーン発動して無駄撃ちさせられたのにな~。ん~残念残念」

 

 ちょっと小芝居が効き過ぎてたかな? 

 

「ちっ」

 

 舌打ちする万丈目。

 うん、気づいてないようで何より。うまい具合にイライラしてるな。

 

「まだ終わらないよ! 続けて君のスタンバイフェイズにこのトラップを発動する。

 【バトルマニア】!

 このカードは相手ターンのスタンバイフェイズにしか発動できない。

 そして発動後、相手フィールド上にいる全ての表側表示モンスターを攻撃表示にし、相手はこのターン全ての攻撃可能モンスターで攻撃しなければならない」

 

 【おジャマトリオ】により特殊召喚された【おジャマトークン】3匹が、無理やり攻撃表示にさせられる。

 

『こわいよ~、あにきぃ~』

 

「くっ! いや、まだだ!」

 

 即座にその意味に気づく万丈目。

 しかし、彼の目は未だ曇ってはいない。

 

 

◇◆◆◆

 

「うわぁ~。エゲツね~」

 

「ど、どうなってるんっすか? アニキ」

 

 十代に代わり、明日香は軽く人差し指でおジャマトークン3匹を差す。

 

「つまり万丈目くんはこのターン、3体の攻撃力0のおジャマトークンで、あの守備力2000の【ゲート・ディフェンダー】に攻撃しなきゃいけないってことよ」

 

「ってことだ」

 

「……うわぁ~、本当にひどいっすね」

 

 

◆◆◆◇

 

「いや、まだだ!!」

 

 ギャラリーの声が聞こえたのか、万丈目はもう一度同じセリフを叫ぶ。

 

「そういえば、手札が2枚あったね。1枚は【ヘルカイザー・ドラゴン】だから、残るもう1枚の方で事態を打開できるとでも?

 言っておくが、【おジャマトークン】は上級モンスター召喚のための生贄にはできないよ」

 

「事態の打開? ああ、もちろんできるとも!」

 

 俺の言葉を受け、不適な笑みを返す万丈目。

 

「全てのザコで壁に攻撃しなければならないのなら、まずはその壁を壊してしまえばいい!」

 

 そのザコ達はそのうち君の大切な子分になるって言っても、きっと信じないだろうね。

 ――まぁ、違う個体だけどさ。

    

「オレは、【ゴブリンエリート部隊】を召喚!」

 

 銀色の豪奢な鎧を身に着けたゴブリンの群れが召喚される。

 騎士団のように剣を掲げ、整列するゴブリン達。その隊列に一寸の狂いもない。

 一杯いるけど、全体で一つのモンスター扱いだ。

 

「【ゴブリンエリート部隊】の攻撃力は2200! さー、いけゴブリン共! 壁を突き崩せ!!」

 

『『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』』』』

 

 ゴブリンの連隊は雄叫びを上げ、【ゲート・ディフェンダー】を破壊しようと突撃する。

 だが――

 

「二重の意味で甘い! 【ゲート・ディフェンダー】の効果発動!

 1ターンに一度、相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

 巨大な顔面――【ゲート・ディフェンダー】の両目が怪しく光る。

 同時に、【ゴブリンエリート部隊】の進行方向に薄っすらと透明な壁が出現した。

 

「厳守しろ! 【ゲート・ディフェンダー】!」

 

 先頭は立ち止ろうとするも後続に押され、次々と壁にぶつかっていくエリートゴブリン達。その突撃は不発に終わった。

 

 そんな光景を目にし、万丈目は呆然としていた。

 

「そ、そんな、まさか……」

 

「もういい加減にあきらめろ。

 【おジャマトークン】で特攻自殺するか、サレンダーするか選べ」

 

 調子に乗って、かなり上から目線で強気に言ってみる。

 

「……」

 

 あれ?

 よく見れば万丈目はぶるぶる震えながら目に涙を貯め、こちらを睨んでいる。

 自殺かサレンダー。よほど屈辱なのだろう。

 どうする? 何かフォローすべきか?

 でもこれ、こう言うデッキだし……。

 

「あ~、あの、まぁ、ねっ」

 

 と、とりあえず、涙を拭くんだ!

 

「今回だけは……今回だけは負けを認めよう! だが覚えていろ! 次こそ、必ずオレが勝つ!!」

 

 あれ?

 一人で立ち直った?

 

「あ、あぁ。わかった」

 

 万丈目は袖で涙を拭い、おジャマイエローに向き直る。

 指を【ゲート・ディフェンダー】に向け、指示をとばす。

 

「いけ、おジャマイエロー! 【ゲート・ディフェンダー】に攻撃!!」

 

『え、ええーーーー!? おいらからっすか!?』

 

「まぁ、こんな屈辱的な特攻、何回もやらせないよ……。

 トラップ発動、【D2シールド】。

 守備表示モンスター1体の元々の守備力を永続的に倍化させる。ターゲットは【ゲート・ディフェンダー】。

 これで【ゲート・ディフェンダー】の守備力は4000だ」

 

 おジャマイエローの眼前にそびえ立つ顔面の壁が、さらに大きく、厚く、痛そうになっていく。

 そして自らの意思とは逆に、その凶悪な壁に向かって泣きながら特攻するおジャマイエロー。

 

『イヤーーーーーーン! 助けてあにきぃ~~~~~!!』

 

 本当に表情豊かなソリットビジョンだこと……AIが入ってたりして。

 

 ごっちーん!!

 間抜けな音と共に、哀れおジャマイエロー、玉砕。

 

 

 万丈目LP 4000 → 0

 

 ん、ジャストフィット!

 ちょうど4000のダメージだね。

 

 

◇◆◆◆

 

「【D2シールド】……二重の意味で甘いってそう言うことだったのね」

 

「どういうことっすか?」

 

「つまりだ。神のヤツが前のターンに出したモンスターが攻撃無効の効果を持つ【ゲート・ディフェンダー】じゃなくても、【D2シールド】があれば【ゴブリンエリート部隊】の攻撃は防げてたってことだよ」

 

「あ、なるほど」

 

「これで翔もわかったか?」

 

「神君が鬼畜ってことだね」

 

「まぁ、間違っちゃいないけどよ……。

 にしても神のヤツ、俺の知らないカードを一杯使ってたな」

 

「今度暇な時に見せてもらおうよ、アニキ」

 

「ああ、そうだな。今度あいつんとこにでも遊びに行くか」

 

 うん、きっとそうしようと心に決める十代。

 

 一方、明日香は目の前で繰り広げられたデュエルの濃さに感心していた。

 終わってみればたったの5ターン。

 

(神拓実……だったかしら。あの万丈目君を相手に余裕を残して勝ったわ。大した奴……)

 

 タ……タ……タ……。

 

(これは……足音?)   

 

「ちょっとみんな。

 誰か来たわ。多分、警備員よ」

 

 人が近づいてくる気配を感じ、慌てて警告を発する明日香。

 

「よし翔、逃げるぜ!」

 

「まってよ~、アニキ~」

 

 颯爽と逃げ出す十代と翔。

 

(あなたの名前、覚えておくわ。

 いつか、デュエルしてみたいわね……)

 

 そして記憶に刻もうと、もう一度(じん)に視線を向け、明日香は十代達の後に続いた。

 

 

◆◆◆◇

 

 お? マジで警備員来ちゃったか。

 

「大丈夫か、万丈目?

 さっさとずらがらないと怒られるぞ」

 

 取り巻きその1は十代達と一緒に逃げていたりする。

 

「…………」

 

 やはり負けたことはショックだったのか、万丈目は地面に座り、顔をうつむかせていた。

 

「……俺も今日は疲れた。早く帰って休もう」

 

 そんな彼の手を引いて起こす。

 

「あ、ああ……」

 

 気持ちの整理が終わったのか、下げていた頭を上げる万丈目。

 

「そうだな……言われるまでもない」

 

 そして彼はパーティで初めて会った時と同じように、不適な笑みをその顔に浮べた。

 

「行くぞ、神! 我らがブルー寮へ帰還だ!」

 

 どうやら、いつもの調子を取り戻したようである。


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