遊戯王世界でばら色人生   作:りるぱ

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第32話 観客の一部になろう

 その日、校内イントラネットにて開催されるアカデミア公認のカードオークションが始まることとなった。なんと第一回目は100枚ものレアカードが放出されると言う。

 アカデミア内は阿鼻叫喚の声に包まれた。

 

「お願いだ! 金を! 金を貸してくれぃ!」

 

「ママ? あたし。お願いがあるんだけど、お小遣いの前借りがしたいの」

 

「そうだ、そこの株を全て売れ! 何? そんな物はどうでもいい! 今早急に必要なものは現金だ!」

 

「おやじ、理由を聞かずに俺の新品の単車、金に換えて来てくれ!」

 

「ふっ、こつこつと貯金してきた実弾を使う時がきたようだ」

 

 稀少カード――中には誰も知らないカードもあるという――100枚の一斉オークション。期間は一ヶ月。

 生徒の誰もがその熱気に侵されたと言う。

 校内オークションの上限額は30万円に制限されていた。つまり30万円を出せば即落札できると言うことでもある。参加資格は現デュエルアカデミアの生徒であること。一人の最高落札可能数は5枚まで。これは一部のブルー生徒によるカードの独占を防止する策であった。

 

 この情報は全校集会の折、校長より説明されることとなった。そして同時に100枚分のカード情報が公開された。

 通常数百万もするレアカードが最高額わずか30万円で落札できると言う。

 生徒達はこの降って湧いたチャンスを掴む為、必死に金策を行うこととなった。そして各々の目標(ターゲット)を手に入れる為、目を充血させて端末の画面を凝視した。

 

 

「あの……ももえさま?

 お噂に聞いたのですが、何でも《神オク》のメンバーズカードなるものを……」

 

「はい~! ございますわ~!

 では、こちらの用紙にお名前と生徒番号をご記入くださいませ。それとこちらの空欄には――」

 

 そんな中、浜口ももえはアルバイトに精を出していた。

 給料は契約一件につき2000円である。因みにこのアルバイトに邁進しているのは彼女だけでなく、他にも十代、翔、隼人、明日香、ジュンコがいる。

 レッド寮住人が多い為、必然的にオシリスレッドに多くのメンバーズカードが行き渡ることになる計算である。

 

「ふぅ……。

 大分貯まりましたわ~。もうメンバーズカードも残り1枚ですわね……」

 

 そう言って一息つくももえ。

 彼らは一人につき20枚のメンバーズカードと申請用紙を手渡されていた。ももえはそのうちの19枚を配り終えたことになる。

 本人としてはなるべく素行に問題なさそうな人物、恋人である拓実の敵にならなそうな人物に配ったつもりであった。

 

「浜口くん、ちょっとすまない」

 

「あら? あらあら、三沢さま~」

 

 少し遠慮気味に声をかけて来たのはラーイエローの三沢大地。

 彼を見て、今日もイケメンですわね~などと心の中でうっとりするももえ。

 彼女は元々ミーハーなイケメンだいすきーなのだが、どうやら彼氏が出来てもそこは変わらなかったようである。

 

(拓実さまも何も言ってきませんし~)

 

 これぐらいのことは許容する彼氏は有り難いと思うと同時に、もうちょっと嫉妬してくれても良いじゃないかと少し不満な感情もあるももえであった。

 

(そう思うのは贅沢でしょうか……)

 

「浜口くん? 聞いてるかい、浜口くん」

 

「あ、はいはい~。どうなさいました、三沢さま?」

 

 意識を現実に戻すももえ。

 そう言えばここブルー女子の教室になぜイエローの三沢がいるのだろうと、ようやく不自然な状況に気づく。

 

「いや、なあに。浜口くんがオークション関連のメンバーズカードを配っていると聞いてね」

 

「はい~。アルバイトで配っていますのよ~」

 

「その……もしよければ、オレにも一枚くれないかい?」

 

 なるほど、それでわざわざここまで来たのですね~と、ももえは手を頬に当て、微笑みながらチョコっと首を傾げる。続けて、まぁ、彼なら大丈夫でしょうと即座に判断を下す。

 

「ええ、三沢さまなら大丈夫ですわ~。

 ではこちらの用紙に記入をお願いしますわ。ちょうど最後の1枚でしたのよ~」

 

「ギリギリ間に合ったと言うことか。これは運が良い」

 

「遊城さまや丸藤さまも配っていますので、そちらでも貰えますわよ~」

 

 実際、これから彼女のところに来る人にはそちらを案内することになる。

 最も向こうにもまだ余っているとは限らないが……。

 

「なるほど。

 それで、このメンバーズカードにはどんな特典があるのかな?」

 

 胸ポケットからボールペンを出し、さらさらと必要事項を記入しながら聞く三沢。

 

「メンバーズカードを所有している方は《神様のオークション会場》の会員となりますわ。

 会員の方にはカード落札後に、落札額の10%の金額が請求から引かれますの」

 

「ふむ、10%引きということか」

 

「その認識で間違いございませんわ~」

 

 つまりは一割引きである。

 他人と争われるオークションにおいて、その恩恵はかなり大きい。

 

 三沢の記入した用紙を一通り確認し、カバンからメンバーズカードの最後の一枚を取り出すももえ。

 

「予想よりも良い物を貰ったな」

 

「ええ~、有効に活用してください」

 

 嬉しそうに渡された水色のカードを三沢は眺める。

 

「少し疑問なんだが……」

 

 そう言いながら彼は改めてももえに視線を移す。

 

「君達の雇い主、《神オク》の管理人とは一体どんな人なんだい?」

 

「それは……」

 

 ももえは少し困った顔をする。

 

「ごめんなさい、それは秘密ですわ~」

 

「いや、なら良いんだ。守秘義務と言う奴なのだろう。

 オレも興味本位で聞いただけだしな」

 

「ええ……」

 

 この方針変更はつい先日、拓実本人から告げられていた。メンバーズカードを受け取る為、彼の部屋へ皆で大集合した日にである。

 やはり自分のことは、内緒にしてほしいと。

 彼にどんな心境の変化が起きたのかをももえは知らないが、これでよかったと思っている。

 あれだけのレアカードを所持していることが世間に知られれば、否が応にも注目されることになる。

 あのいつもは完璧を追求したがる彼氏は、なぜか変なところでいい加減である。彼が《神オク》の管理人であることが大々的にバレれば、それだけで犯罪者含め、様々な人間達の関心を引いてしまうのだ。こんな単純なことを、ひょっとしたら彼は分かっていなかったのではないかと、最近になってももえは思うようになっていた。

 

(もっとわたくしがしっかり見てあげませんと……!)

 

「ももえー! 早く着替えにいこう!」

 

 親友の枕田ジュンコにかけられた声で、次の授業が体育であることを思い出すももえ。

 

「それじゃあ、邪魔したな。メンバーズカードの件はありがとう」

 

「いいえ、アルバイトですので」

 

 もう一度ありがとうと言うと、三沢は立ち去った。

 

「ももえー! いくわよー!」

 

「ええ。今行きますわ~」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アカデミア中が校内オークションの熱気に包まれる中、万丈目準は自室で頭を抱えていた。

 それは中間試験最終日の、十代とのデュエルに起因する。その日、レッドである遊城十代を叩きのめそうと意気揚々に臨んだデュエルを、彼は言い訳の仕様もなく完膚無きまでに負けてしまったのである。

 その頃からだ。ブルー寮生が彼に蔑みの視線を投げかけ始めたのは。

 もちろん全ての人間がそうではなかったが、それでも過半数を超えていた。少なくとも万丈目自身はそう感じていたのだ。

 

(クッ、過半数も超えていたら、それは全てと一緒じゃないか)

 

 そして泣き面に蜂。弱り目に祟り目。

 そう言わんばかりについ先日、二人の兄から電話があった。

 内容としては、彼の学業における成績を問うもの。兄二人の口から出る言葉は「当然」と前置きして「学年一位」と続く。

 もちろんそんな訳がない。

 このアカデミアには明日香を含む多数の秀才が居て、さらに、何が何でも全教科満点をとると言う化け物じみた奴らもいるのだ。

 今回に至っては「じょう」だか「ひょう」だか言う名前の十代の腰巾着にすら負けてしまっている。

 幼き頃からの経験により、万丈目は知っていた。自分はどちらかと言うと努力型の人間であることを。今回の試験では明らかに慢心していた。周りからちやほやされて、普段通り試験勉強に時間をかけなかったのである。

 

(くそっ! あんなチビメガネごときに!)

 

 あーどうしようと頭を抱え続ける万丈目。

 どうやって兄達に嘘をつき通すか。彼らはオレの成績を勝手に調べやしないだろうか。

 思考が完全に0点の答案を親から隠す小学生のそれとなっていた。

 

(はぁ……飯でも食ってこよう……)

 

 空腹を覚える。まずは食堂で何か腹に入れてこようと、万丈目はベッドから立ち上がる。

 

 

 とほとほと辿り着いた食堂は喧騒に包まれていた。

 丁度夕食時である。オベリスクブルーの生徒のほとんどがここに集まっていることだろう。

 

「俺はもう2枚も落札したぜ。これで俺のデッキはより無敵になる!」

 

「すげえな……。ウチはなんだかんだであんましお小遣いくれねぇからよぉ……」

 

「ちくしょう! 最後の最後で掻っ攫われたっ!

 こんなことなら最初から30万出しとくんだった!」

 

「おい、見たか? あの【魅惑の女王】シリーズっての。

 あれ、幻って言われてる【レベルモンスター】だぜ」

 

「いや、今の所、オレの興味は全て【タイラント・ドラゴン】に移っている」

 

「ああ~~っ。お金がー!」

 

 出てくる話題は、やはりその多くがカードオークションに関することである。最高金額に達すればオークションは終わりなので、そういった落札者には即カードが手渡される。

 そうやって落札したレアカードを自慢げに見せびらかしている寮生も随所に見受けられた。

 

(ちっ、どいつもこいつも浮かれやがって)

 

 万丈目はオークションに参加していなかった。

 無論興味はあったが、ここ最近、彼の神経は延々と荒地を走り回った後のタイヤのように磨り減り、ボロボロに磨耗していたのだ。とてもじゃないがそんな気分にはなれない。

 

(ふぅ……天上院くん)

 

 彼が恋慕を寄せる相手、天上院明日香に彼氏がいると言う噂もその原因の一つであった。

 もちろんその噂自体、ももえと拓実のタッグが絶妙なコンビネーションで作り上げたものなのだが、そのことを彼は知らない。

 どうにもこうにも安らぎとは縁遠い毎日を送る万丈目であった。

 

 

 ウェイターが通り過ぎる。それを横目に今日は何を食べようかと考えながら、いつもの自分の席へと向かう。外に突き出た、テラス状の空間だ。窓から見える景色は、一枚の絵画を切り取ったかの如く美しいと評判である。

 最上の空間であるここは、異なった意味においても特別な席であった。暗黙の了解で、皆が認める一部の人達のみが使うことを許されているのだ。

 万丈目は、以前ここで拓実と十代の強さについて語り合ったことを思い出す。思えば自分が落ち目になり始めたのはあの頃からであった。まったく、デュエルに負けるものじゃない。

 

「……ちっ」

 

 うつむいていた顔を上げると、自分の席に他の生徒が座っているのが目に入った。

 短い髪を上にツンツンと立たせている寮生。誰だったろうか? 名前は覚えてないが、いつも自分の後にちょこちょこ付いてきていた中の一人だった記憶がある。そいつが勝手に自分の場所に座っていたのだ。

 

「おい、そこをどけ!」

 

「…………ほう……これはこれは、誰かと思えば万丈目じゃないか。

 この俺になんの用だ?」

 

「フフフ……」

 

「クククク……」

 

 横柄な万丈目の言葉に蔑み混じりの言葉を返すツンツン頭。その両端から聞こえた笑い声に、万丈目はやっと彼の周囲に取り巻きが二人いることに気づく。

 

「どけといっている! そこはオレの席だ!」

 

 言葉を荒げる。

 タダでさえ不機嫌だったところである。この見覚えのある男の態度は、万丈目の溜りに溜まったイライラを沸騰させるには十分であった。

 

「おいおい、もう少し口の利き方に気をつけろよ。レッドごときに負けた万丈目よぉっ!」

 

「キサマァ……」

 

 嘗め切っている。

 まさか自分の地位がここまで落ちていようとは。

 今まで影でこういった態度をとる者はいたが、ここまで正面から喧嘩を売ってくる奴は初めてである。

 

「ここはデュエルアカデミアだ。デュエルは何より優先される」

 

 そう言ってデュエルディスクを掲げながら立ち上がるツンツン頭。

 取り巻き二人のニヤニヤ顔が妙に癇に障る。

 

「オレとデュエルしようと言うのか……身の程知らずな……」

 

「身の程知らずがどちらなのか、それはこれから分かるだろうよ」

 

 

「おい、デュエルだってよ」

「あれ万丈目じゃないか。最近へたれてきたって噂の」

「面白そうだな。おい! こっち来いよ!」

「何々?」

「おっ、万丈目じゃん」

 

 あっと言う間にわらわらと周囲に人だかりが出来る。

 

「……万丈目、覚悟しろよ。お前の天下は今日で終わる!」

 

 ツンツン頭の横顔に浮かぶ汗の粒を見て、万丈目は少し冷静さを取り戻す。

 何だ、コイツ。無理してるだけかと。

 

「ふん。とっとと終わらせてやる」

 

 

「「デュエル!」」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 その日、神拓実はベッドでのた打ち回っていた。

 最近ことあるごとに思い出してはのた打ち回っているのである。

 

(うわ~~~、死にてーーーー)

 

 そもそも自分はどう言う思考回路で高校に再入学しようと思ったのだろうか。そしてその後の言動……。もはや何かに取り憑かれていたとしか思えない。

 大徳寺先生との対話以来、拓実のやけにテンションの高い意識とぼやけた思考は、徐々に元来のそれへと戻りつつあった。今の拓実にとってこの世界に来た辺りから、その(ことごと)くは黒歴史の連続であった。 

 

(いくらなんでも調子に乗りすぎだろ、俺。ほんと、何やってんだよ……)

 

 彼の頭に浮かぶ熟語は「後悔先に立たず」。

 もし過去に戻れるなら、浮かれていた自分をぶん殴ってやりたい。

 

「はぁ……」

 

 自己嫌悪はこれくらいにしよう。そう思い、ベッドから起き上がる拓実。この場合、きっと数日後には再発するだろうが、今はそれを考えないでおく。

 

 物語の根幹に関わったことはもうどうしようもない。すでにやっちゃったことだ。今更どんなに足掻いたって過去には戻れない。

 だからと言って今更放置も出来ない。すでに本来の歴史とは違う箇所も数多く生じているはずであり、このまま十代達がどっかで失敗して世界が終わる可能性だってある。

 そしてもちろん、十代達友人を救いたいと言う思いも拓実にはあった。

 

 腰掛けていたベッドから立ち上がる拓実。部屋の隅にあるデスクに向かい、歩を進める。

 

 ならば何らかの対抗策を打っておくべきだと考えた末に、今回の校内オークションがあった。拓実は本来予定していたオークションの開催時期を早め、その値段も暴挙と言える程に爆下げした。

 全てはこのアカデミアの戦力を底上げする為。拓実としては、これで一つでも多くの死亡フラグが回避できれば御の字である。

 

 デスクの引き出しを開き、白銀色のカードを取り出して並べる拓実。

 

(う~ん。シンクロモンスターをオークションに出すべきか……)

 

 シンクロをこの世界に放出すること自体に忌避感はない。なぜかこの世界において、シンクロモンスターが融合モンスターとしてデュエルディスクに認識されているからである。結果シンクロ召喚は融合召喚として処理され、【融合解除】や【フュージョニストキラー】など、意外な落とし穴が増えることになったが――。

 

(でも、やっぱり注目浴びるよなぁ……。でも戦力にはなるし……主要人物に俺自身が渡していけばいっか……)

 

 続けて拓実はデッキフォルダーからも何枚かのカードを取り出し、同様に机に並べる。

 この世界の人間が見ればレアカードだらけだと喜ぶのだろうが、現実世界の人間にとっては実に微妙なカードばかりである。

 

(第二回目の校内オークションに出展するカードはこんなもんかな?)

 

 よく見ると、その中に【地縛神 Wiraqocha(ウィラコチャ) Rasca(ラスカ)】が混じっているのが分かる。5枚持っているので、そのうちの1枚を出そうとしているのだ。

 曲がりなりにも邪神のカードであるはずなのだが、それを平気な顔でオークションに出そうとする拓実。

 その理由は割と簡単であった。

 

 そもそも拓実は、「遊戯王5’Ds」と言う作品の舞台は「GX」とはまったく違うパラレルワールドでの出来事だと認識している。あの後付設定だらけの世界を「GX」の未来だと言い張るのは、映画版ドラゴンボールが原作の正史であると言い張るのと同じくらい無理があると考えていたのだ。「GX」と「5’Ds」は別ものであると言う認識は、アニメを見た当時、自然と彼の中に出来上がっていた事象である。

 本当のところがどうなのかはともかく、彼はこの世界が「5’Ds」とは関係ないと無意識に考えていた。

 

 【地縛神 Wiraqocha(ウィラコチャ) Rasca(ラスカ)】も、彼にとってはただの使いづらい微妙なカードの1枚であった。そもそもが近所のコンビ二で当てたカードであり、この世界で使用することで何らかの超常的事象が起きると、彼は夢にも思っていない。

 

「ん~~」

 

 大きな伸びを一つ。

 そして、机に出してあるカード群をフォルダに仕舞い、腰につける。

 ほんの少し前までの拓実であれば、貴重なレアカードを机に放り出したまま外出していたことだろう。元の世界でのテンションを思い出したからか、彼のカードに対するセキュリティ意識はかなり上昇していたりする。

 

(腹減ったな……。晩飯、行こ)

 

 肩を回し、凝り固まった身体を解しながら、拓実はのそのそと食堂に向って歩き出した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 拓実が辿り着いた食堂は、妙な賑わいを見せていた。

 生徒の大勢が一箇所に輪を作って集まっていたのだ。

 

「ありゃ? 俺の席……」

 

 その中心部はどう見ても、彼がいつも利用している席の近くであった。

 

「ねぇ、どしたの? あれ」

 

 近くの人の袖を引っ張り、事情を聞こうとする拓実。

 

「なんだ、おま、あ、(じん)さん」

 

 相手が神拓実と知り、途端に敬語になるブルー寮生。

 実は彼――神拓実は、オベリスクブルー寮におけるヒエラルキーのかなり上位に位置していたりする。

 

「今、万丈目……さんがデュエルしてて」

 

「へ~」

 

 先程の気だるげな雰囲気が姿を消し、興味津々丸な顔をする拓実。

 なんだかんだでデュエルが好きなのは本当のことである。

 

「なら見に行かなきゃな」

 

 一丁この人ごみを掻き分けていきますか、と気合を入れて前に進む。

 

「おい、神さんだぜ」

「あ、神さんだ」

「ちょっと、道開けよう」

「神さん、こんばんはッス!」

「少し奥行こうぜ」

「おい、もうちょっと詰めろ」

「ちょっ、押すなって」

 

 三歩進まないうちに、自然と道が出来ていた。

 そこになんの躊躇いもなく進んでいく拓実。彼は彼でブルー寮に染まっているのである。

 

 ようやくデュエルの見える場所まで来た拓実。

 ざっとデュエル中のフィールドを一瞥し、即座にこのデュエルの状況を理解する。

 少しデュエルをかじったことのある現実世界の人間にとっては造作も無いことなのだが、デュエルに対し脳にフィルターがかかったこの世界の住人の大半には、中々できない芸当だったりする。

 

「へえー、【魔封じの芳香】か」

 

 永続トラップ、【魔封じの芳香】が万丈目の相手のフィールドにあった。

 その効果は魔法カードを手札使用出来なくさせるもの。全ての魔法は一旦フィールドに伏せ、次の自ターンにならないと使用できないのだ。

 使いようによってはかなりの嫌がらせになりうる良カードである。

 

「そうなんだよ~。あいつ、意気揚々と万丈目に挑んだと思ったら、あんなゴミカードを使いやがって。――あ、神さん。こんばんはっす」

 

 愚痴っていたブルー寮生が拓実に気づいて挨拶する。

 会釈する拓実。

 

 この世界じゃなぜか妙に評価が低いんだよね~、あのカード……と内心思いながら苦笑し、拓実は再びフィールドに目を向ける。

 

 万丈目のフィールドには【地獄戦士(ヘルソルジャー)】が1体。魔法・トラップゾーンは5枚満タンで飽和状態である。ここまで大胆に伏せているのなら、きっと【大嵐】対策は済んでいるのだろう。

 相手のツンツン頭のフィールドには守備表示の【コーリング・ノヴァ】が1体。こちらの魔法・トラップゾーンには伏せカードが2枚と先程話に上がった【魔封じの芳香】が発動されている。

 ライフポイントは万丈目1500、ツンツン頭700と、万丈目側が優勢である。

 

「ふん、【魔封じの芳香】のおかげで寿命が1ターン延びたが、それだけだ」

 

 つまらなそうに鼻を鳴らす万丈目。

 

「オレはフィールドに伏せてある装備魔法、【魔導士の力】を発動!

 オレの魔法・トラップゾーンにあるカード1枚につき、装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。オレのフィールドにあるセットカードは5枚。よって、【地獄戦士(ヘルソルジャー)】の攻撃力は1200から3700へと上昇する!」

 

「おおー!!」とたちまち歓声が上がる。高攻撃力モンスターの誕生に沸き立つ周囲。

 

「さー、攻撃だ! 行け、【地獄戦士(ヘルソルジャー)】!!」

 

 銀の鎧を身に着けた小柄な戦士――【地獄戦士(ヘルソルジャー)】は巨大なカットラスを振り上げ、戦場へと躍り出る。

 クリスマス・リースに羽を付けたようなデザインの【コーリング・ノヴァ】は真っ二つに割れ、光と消えた。

 

「くっ、だが【コーリング・ノヴァ】の効果を発動! 

 デッキより【シャインエンジェル】を守備表示で特殊召喚!」

 

 フィールドに白衣の男性天使が舞い降りる。

 

「いい加減しつこいぞ!

 【コーリング・ノヴァ】が3体なくなったかと思えば、今度は【シャインエンジェル】か!」

 

「何とでも言え!

 攻撃が終わったならさっさとターン終了を宣言しろ!」

 

「ちっ」

 

 舌打ちを一つ。

 そしてターンエンドを宣言する万丈目。

 その瞬間、ツンツン頭の口は、三日月のようにニヤリと歪んだ。

 

「ふふふ……ははははは!

 俺のターンだ! ドロー!」

 

 そのままドローしたカードを見もせずに、ツンツン頭は腕を振り上げる。

 

「俺は魔法カード、【フォトン・サンクチュアリ】を発動!」

 

 彼のフィールドに伏せてあるカードの内1枚が起き上がり、その姿を顕わにする。

 「あっ」と思わず声を発する拓実。

 

「自分フィールド上に攻撃力2000、守備力0の【フォトントークン】2体を守備表示で特殊召喚する! このトークンは攻撃できず、このカードを使用したターン、俺は光属性以外のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚できない」

 

 青い水玉のようなモンスターが2体、フィールドに出現する。水玉は淡い光を発しながらふわふわと宙に浮かんでいた。

 

「何かと思えば。

 攻撃力は2000もあるようだが、この状況では所詮壁にしかならない。

 しかもチャンスが有っても攻撃すら出来ないとは。クックック……」

 

 嘲笑する万丈目。

 しかしツンツン頭は自身の笑みを更に深いものへと変える。

 

「馬鹿めが!

 俺は【シャインエンジェル】と【フォトントークン】2体を生贄に捧げる!」

 

「な!? 3体生贄だと!?」

 

 万丈目の脳裏にとっさに浮かぶのは【ギルフォード・ザ・ライトニング】と言う名のカード。

 伝説級のデュエリストである城之内克也が使役するエース中のエースである。

 その能力は生贄を3体捧げて召喚することで発動され、相手フィールド上のモンスターを全て破壊すると言うもの。

 

(だが、オレの場には【安全地帯】が伏せられている。

 例え【ギルフォード・ザ・ライトニング】が召喚されたとしても、何ら影響を受けん!)

 

「さー、出でよ! 俺の最強の僕! 外宇宙の旧神! 【モイスチャー星人】!!」

 

 銀色の宇宙服を身につけ、手には玩具のような、いかにもな光線銃。

 子供が想像する冗談のような宇宙人が”ピコピコ”と音を鳴らし、フィールドに降り立つ。

 属性は光。レベルは9。その攻撃力は2800である。

 

「【モイスチャー星人】は3体の生贄による召喚に成功した時、相手フィールド上の全ての魔法・トラップを破壊する!!

 ハハハハハ! 見よ! 今こそ革命の時だ!!」

 

「なにぃ!? ……ふっ……、だが、まだまだ甘い!

 カウンタートラップ、【大革命返し】を発動!

 カードを2枚以上破壊する効果を無効にし、そのカードをゲームから除外する!」

 

「甘いのはそっちだ!

 カウンタートラップ、【誤作動】(マルファンクション)発動!

 500のライフポイントを支払い、トラップカードの発動を無効にし、元に戻す!」

 

ツンツン頭LP 700 → 200

 

 【大革命返し】は再び元の場所にセットされる。

 

「なっ!?」

 

「ゆけ、【モイスチャー星人】! 破壊光線、旧神ビーム!!」

 

 【モイスチャー星人】の持つ光線銃から放たれた緑色の光線はジグザグと空間を走り、万丈目フィールドの全ての魔法・トラップカードを貫通する。一拍を置いて、大爆発が巻き起こる。

 

 装備カードを破壊される【地獄戦士(ヘルソルジャー)】。

 その攻撃力は初期の1200へと戻る。

 【地獄戦士(ヘルソルジャー)】の弱体化を確認し、完全に勝利を確信するツンツン頭。

 

「ふんっ。お前の天下も今日で終わりだな……。【モイスチャー星人】!」

 

「待て! 【地獄戦士(ヘルソルジャー)】は、【地獄戦士(ヘルソルジャー)】の効果は自らの受けたダメージを相手にも与えるもの。このまま攻撃すればお前もただじゃすまないぞ!」

 

「知らないとても思ったか? 

 お前のことは隅々まで研究済みだ、万丈目!

 【地獄戦士(ヘルソルジャー)】の効果は破壊され、墓地に送られた時に発動するもの。

 そう、墓地で発動するものだ! その前にお前のライフは0になる!」

 

 呆然とする万丈目。

 そう。全ては計算されたことなのだ。

 この日この時間に万丈目の専用席に座り込んだのも、万丈目を挑発しデュエルに発展させたのも、全ては自分が万丈目よりも上であることを皆に認めさせる為のもの。

 

「せめて一思いにやってやる!

 ゆけ、【モイスチャー星人】! 旧神バースト!!」

 

 【モイスチャー星人】は大の字に手足を広げると、全身から光を放つ。

 

「あ……ああーーーー!!!!」

 

 

万丈目LP 1500 → 0

 

 

「勝った……。

 勝ったぞーーーーーー!!」

 

「「「おおおおおおおお!!」」」

 

 観衆は沸きあがる。

 それはまさに、下克上が達成された瞬間であった。

 

「大したことなかったな、万丈目。今日から、ここは俺の場所だ。

 皆笑ってやれよ。あれがレッドにすら負けだエリートの姿だよ。ハハハハハ!」

 

「「「ははははは」」」

 

「「「ハハハハハ」」」

 

 万丈目を指差し、嘲笑の嵐が巻き起こる。

 

 観戦していた拓実は「皆、ノリいいな」とか考えながら、ちょっとこの場の空気に付いていけてない。

 ひとまず自分がオークションに出した【フォトン・サンクチュアリ】と【モイスチャー星人】がうまいこと使われているのを見て、少し満足を覚える。

 その後万丈目の顔を見て、彼が本気でダメージを受けていることに気づく。

 何かフォローしようとこちらに向かって無表情で歩く万丈目に手を伸ばす。

 

「くっ、触るな!」

 

 そう一言拒絶の言葉を口にすると、万丈目は目を瞑りながら走り去ってしまった。

 

 空振った手をゆっくりと戻し、拓実はこれから何と声をかけて慰めればいいか、いや、そもそも慰めるべきなのかと考えた。

 

 

 

 そして、ウエイターを見つけ…………豚骨ラーメンを注文した。


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