さてさて。
長~い回想が終わってここはブルー寮の自室。
あの後、私は無事デュエルアカデミアのホームページを見つけることができた。ページを読み進めるうちに、入学試験願書の受付け締め切りまで後4日しか残されていない事を知り、つい勢いで応募・提出したのだった。
私の戸籍は家のあった場所に登録されていて、私自身は孤児ということになっていた。
戸籍上の年齢は15才。
両親や親戚らに電話を試みたが、繋がらないか赤の他人の番号となっていた。これで親類に会える望みは限りなく低いだろうことが分かった。実際見つけたとしても、向こうは私のことなど知らない可能性も多分にある。
保護者代理は国から派遣されたその道の専門の人がしてくれているようだ。田崎という名の彼は、他にも幾人もの孤児の保護者代理をしているとのこと。
役所に行き、アカデミアに入学したい旨を告げると、田崎さんはすぐに入学試験に必要な書類を用意し、サインしてくれた。
まるであらかじめ、大いなる意思的なものによって仕組まれたかのような順風満帆っぷりであったが――まぁ、うまくいくのはよいことである。そもそもこの世界に私がいること自体が異常なのだ。これ以上訳のわからないことを真剣に悩んでも仕方ない。
願書提出後、入学試験まで2ヶ月程暇な時間が出来た。
この間に何もしないと言うのもつまらない。私は試しにネットブログを作り、そこでカードのオークションを定期的に開催してみることにした。
始めはオークションの自由参加サイトにも登録し、かなりレアリティの高いカードを何回か出品してみた。そこに自分のサイトへのリンクを貼ったりと自サイトへの誘導に精を出す。
次に個人でカードオークションをやっている有名サイトを幾つかピックアップし、そこの管理人に自プログへのリンクを貼ってもらうようお願いした。同じく自サイトの宣伝の為にである。
結果だけを言えば、私のサイト【神様のオークション会場】はレアカードを大量に出すカードオークション専用サイトとして認知されつつあり、今では中々の人気を誇っている。
ともあれ、無事デュエルアカデミアの入学試験にも受かり、オベリスクブルー配属である。
試験一月後に結果が発表され、私は見事総合成績1位に輝いたのだ。
入学試験には筆記と実技の2種類があった。
筆記はとても簡単だったと言っておこう。伊達に某有名大学を出ていない。中学生レベルの問題などお茶の子さいさいなのである。
実技の方も割と適当に作ったデッキで勝利することが出来た。
適当に攻撃力の強いレベル4モンスターを入れ、これまた適当にモンスター破壊系のカードをどばどばと入れ、おまけに魔法・トラップ破壊系のカードも多めに入れてみたデッキである。
まぁ~単純だ。コンボもクソもなく、ただ壊して殴るだけ。でも意外とこういうデッキは強かったりするのだ。
さて――。
このデュエルアカデミアに入学するに当たり、私は自分に課している制限がある。
それは、ガチのデッキを使わない事である。
ただでさえこの世界におけるレアカードをほとんど持っているのだ。これで元の世界のガチデッキを作ったら本当に反則である。だから、ガチデッキは使わない。ソリディアもなるべくしない。観戦している方もきっとつまらないだろうしね。
もう一つは、ドロー系以外の禁止カードをなるべく使わない事だ。
この世界における禁止・制限カードの規制はかなりゆるい。
元々そういった強いカードがほぼ世に出回っていない事も理由の一つだろう。
しかし、私はこの世界で未だ禁止されていないような反則カードも数多く所有している。
だから、禁止・制限カードの基準はなるべく元の世界のものでプレイする。ドロー系以外はね。
なぜかと言うと、ネタデッキは回転の弱い物が多く、それらを補う為にある程度のドロー系カードがないと辛いからだ。
それにこの世界には1ターンで5、6枚ドローするチーターのような人もいるし……。
◇◇◇◇
――それにしても。
「暇だね~」
仰向けにベッドに寝転がりながら独りごちる。
部屋には日用品の入ったダンボールが手付かずのまま積み上げられていたが、どうにも触る気になれない。
まだ入学初日だし、いいよね。
「よいしょ。――――んん~」
ベッドから飛び降り、一つ伸びをする。
よし。
新入生歓迎会までにまだ結構時間がある。新鮮な空気を吸いに、散歩にでも行こう。
部屋の入り口に向かって歩を進める。
目に映るのはやけに贅を凝らせた彫刻が施されたドアだ。そのノブを捻り、押し開ける。
ドアの向こうにはどこぞの五つ星ホテル並みの、無駄に豪華絢爛な廊下が続いていた。
入って来た時に一通り見学したが、思わず「ここはお城か!」と突っ込んだものだった。勿論心の中でだ。
個人的に、ただの学生寮にここまでする必要はないと思うのだが……どうやら成金になってもこの貧乏性は治りそうにないようだ。
正面玄関を抜け、外に出る。
大自然の澄んだ空気が頬をなで、鼻孔をくすぐる。
「す~、は~」
大きく腕を広げ、思わず深呼吸。
うん! 自然はいいね~。
このデュエルアカデミアは一つの孤島である。
島の中に森、砂浜、火山と大自然の恵みはなんでもござれな環境だ。
アスファルトは敷かれていないが、林道はきちんと整備されていて移動は苦にならない。
さて、森林浴をしながら崖の方まで少し歩こう。
◇◇◇◇
「チュン、チュン」
「チッ、チチ」
木漏れ日が落ち葉を照らし、野鳥の鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。
大自然を楽しみながら、木々に囲まれた林道を道なりに進む。
やはりこの学園に来て正解だった。かなりいい環境じゃないか。
個人的に、こう言った自然溢れる景色は大好物である。
ブルー寮を出てから大分歩いたように思う。
――さすがにそろそろ着くんじゃないかな……?
丁度そんなことを考えたところで、森の切れ目が見えてきた。
木々が割れ、オレンジ色に染まりつつある空が視界一杯に満ちる。
そのまま視線を落とすと、眼前には広大な海が広がっていた。
予定通り崖まで辿り着いたのである。
何の気なしに海を鑑賞する。
西の空にある太陽は徐々に自身の色を赤へと変化させ、海面を同色に染め上げていく。
美しい光景だ――。
ボーと海を鑑賞し続けてしばらく経つ。
主観的には随分と長くこうしていた気もするが、夕日がまだ沈んでいない所を見ると、そんなには経っていないようである。
「――ん?」
耳を澄ます。
木の葉の間から、誰かの話し声が聞こえたからだ。
新学期初日のこんな時間に、こんなところまで来るとは……。
まったく、奇特な人も居たもんだ。なんて、自分を棚に上げたことを考える。
「そろそろ帰ろうよ、アニキ~。もう少ししたら歓迎会が始まるっすよ?」
「う~ん、そうだな~。でもまだちょっと時間あるし、もう少し探検していこうぜ」
「もぉ~! これから3年間もここに住むんだから~、また今度にしようよー」
声のする方向――林道から外れた森の中に目を向ける。
人の背の高さほどある雑草の茂みがカサカサと揺れていた。
その揺れは、徐々にこちらに近づいて来ている。
そして――
「おっ! 出れた出れた」
「はぁ……。何で僕がこんなことに……」
「なんだよ? 翔が一緒に行くって言ったじゃんか」
カサコソと草をかき分け、2つの人影が現れる。
記憶をくすぐる声と、子供の頃テレビでよく目にしていた姿。
それらが今、私の前にある。
そう、偶然なのか必然なのか、私は――いや俺は、遊城十代とその仲間達と、同学年の同級生としてこのデュエルアカデミアに入学したのだ。
正直ここまで来ると、運命的というよりも作為的なものを感じないでもない。
だがそんなことはどうでもいいとばかりに、俺の脳内はハイテンションな興奮で満たされていた。
なんだってあのアニメのストーリーに関われるのである。興奮しない方が可笑しい。
一旦心を静める。
「よっ、こんにちは!」
じゃれ合っている二人に声をかけて見ることにした。
「うおっ! びっくりしたー!」
「どうも、こんにちは」
背後から声をかけられ、驚く十代。
こちらを向いていた翔は初めから俺の存在に気づいていたので、普通に挨拶を返してくれた。
「どうしたんだ、こんなとこまで? 探険か?」
言ってみて「しまった」と内心頭を
今のセリフは同世代に向ける物としては少々可笑しかった。むしろ年上が目下に使うような言い方ではなかっただろうか?
「おぅ、いろいろ見て廻ってんだ。お前は?」
十代は笑顔を浮かべ、人差し指で鼻の下をこすりながら返す。
……ふむ。
気にしてないのか気づいてないのか……。
彼は普通に言葉ボールをキャッチし、投げ返してくれた。
――まぁ、単に俺が神経質になりすぎているだけなのかもしれない。
「俺も一緒だよ。
取り敢えず自己紹介。始めまして。俺の名前は
今年入学したてのピッカピカの一年生だ」
気を取り直しての自己紹介。
一年生のところを意識的に強調する。
「ははは。俺、遊城十代。同じ入学したての一年生だ。よろしくな!」
「丸藤翔っす。ぼくも一年生」
うまい具合に冗句だと思ってくれたのか――もちろんピッカピカの所をであり、決して一年生の部分ではない――自己紹介を返してくれる十代と翔。
彼らから、俺のセリフを不審がっている節は見られない。
明らかに気にし過ぎに見えるだろうが、それも仕方のないことだ。
26才で高校生に――しかもあろうことか新入生に混じるのは、中々に度胸がいるのだ。
「一緒だな。
これから3年間、よろしく」
握手のために手を差し出すと、十代、翔の順に応じてくれる。
「あぁ、よろしくな!」
「神君、よろしく」
自己紹介が終わった俺達は雑談に花を咲かせた。
十代の入学試験での顛末。来る時に乗っていた船の話。数時間前に会った校長先生に関しての感想。そしてやはりと言うべきか、雑談の内容はこの島のことへと移っていく。
「それにしても、ここは本当にいい島だね。
自然が多くて空気もおいしい。俺達はこれから3年間、ここにいるわけだ」
オレンジ色に染まった海に目を向ける。
本当に綺麗である。まるで一枚の絵画のようだ。
「ああ、探検するとこもまだまだ一杯あるしな」
と嬉しそうに十代。
そして彼はう~んと大きな伸びを一つ。
「今日はもう疲れたから、そろそろ帰りたいよ~、アニキ~」
翔は肩を落とし、げんなりした顔で呟く。
いつから連れ回されてるのか知らないけど、ご苦労様だね。
「もう少ししたら各寮で新入生歓迎会も始まるみたいだし、今日のところはもうこれくらいにした方がいいかもね」
「うんー……そっか~。
それじゃあ、今日はここまでにすっか」
「よかったー……。やっと帰れる……」
「――でも、その前に」
表情を緩ませ、デュエルディスクをビシッと構える十代。
「なぁ神、デュエルしようぜ!
入学試験の実技以来やってなくてさ~。久々にデュエルがしたくてウズウズしてんだ!」
いきなり十代とデュエルか……。うん、それもありかもしれないな。
そもそも俺がこのデュエルアカデミアに入った目的はデュエルを楽しむことなんだ。
多少……と言うかかなり勢いで決めてしまった部分もあって、ちょっと軽率だったかな~などと思わないでもないけど……。まぁ、今はそこら辺は置いといて。
――よし!
「OK、やろうぜ!」
実はソリッドビジョンでのデュエルはまだ入学試験時の一度しか経験していない。
なんだかんだ言って、俺もデュエルがしたくて仕方なかったりするのだ。
腕を掲げ、デュエルディスクを構えようとする俺。
……て、あれ? 妙に腕が軽いな。
「でも神君、デュエルディスク持って来てないみたいだよ?」
「……ははは……、本当だ……」
笑って誤魔化す。
翔があきれた目でこちらを見ていた。いわゆるジト目と言うヤツである。
「しようがない。
悪いな十代、勝負はお預けってことで」
これまでデュエルディスクを付ける習慣なんてなかったんだ。忘れたことにすら気づかなかったよ。
今度から気を付ける事にしよう。
「ありゃー、残念。
でも今度会った時は、絶対にデュエルしてくれよな!」
「ああ、それはこっちからもお願いしたいくらいだよ」
夕日はすでに半分以上が海の向こうへと隠れていた。
オレンジ色の光は薄暗い赤へと変わり、辺りの景色を同色に染め上げている。夜の訪れだ。
流石にもうそろそろ帰った方がいいだろう。
「よし! 日も沈むし、今日はこれで解散しよう」
「そうだな。それじゃあ、また会おうぜ、神!」
「神君、バイバイっす」
「ああ。また明日授業で、だな。じゃあね」
デュエルアカデミア初日。
――なんて、詩的に言ってみたり。多分明日も会うけどね。
◇◇◇◇
オベリスクブルー寮へと続く林道を進み、これからのことを思う。
今さっき出会った十代と翔はリアルだった。
自分の意思で動いていた。
自分の口で喋っていた。
息をしていた。
匂いもあった。
――人間……だった。
あれは、間違いなく、アニメキャラなんかじゃない。
自分がここにいることで、彼らが辿るはずだった道筋は違うものとなるだろう。
そもそもこの世界に大きな影響を与えるレアカードをオークションでばら撒いたんだ。
ひょっとすると、原作の流れはとっくに崩れさっているかもしれない。
それなら――
それなら、私も
彼らと同じようにこの場所に存在し、生きる一人の人間として。
一人で歩く夜の林道は、何だか少し、薄暗かった。