遊戯王世界でばら色人生   作:りるぱ

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第29話 頭上から殴ろう

『ワタシのターン。ドロー! ウキーキキ!』

 

 気前よくバク転を決める猿。

 先攻になってしまったか……。どうやら運命は味方してくれなかったらしい。

 

『【天使の施し】を発動! カードを3枚ドローし、2枚捨てる!

 モンスターを1枚セット! カードを2枚セット!

 ターンエンド! キキー! ウホウホウホ』

 

 はは、テンション高いな……猿。

 ある意味これが初めての対外試合だし、仕方ないか。

 

 

「いくらデュエルができるからって、猿が亮に挑むなんて……。

 流れ的に、拓実がやった方が良かったんじゃ……」

 

 やはり猿がアカデミア最強とデュエルすることに抵抗を感じるのだろう。

 明日香は不満を漏らす。

 

「でも明日香さま~。あのお猿さんのデッキ、なかなかお強いですわよ~」

 

 昨日かなり仲良くなったからだろう。ももえはすかさず猿のフォローを入れる。

 

「へ~、猿がね~。ももえが言うなら本当のことでしょうけど……。

 でもさすがに亮様に勝つのは無理じゃない?」

 

 と、これはジュンコ。

 

「なぁなぁ拓実、実際のとこどうなんだ? あの猿、強いのか?」

 

 この場合どうだろう? デッキ自体弱くはないけど……。

 

「……そうだね……。

 あいつのデッキはそれなりに強いけど、カイザーのデッキとは相性があまり良くない。

 ……まず最初のサイバー式積み込みを躱せるか。これが勝負の決め手になると思う」

 

「ぷっ! サイバー式積み込みって……ふふふ……」

 

 何かがツボに入ったのか、明日香は手で口を押さえながら笑っている。

 

「え? どういう意味だ?」

 

 意味が分からなかったからか、十代は困惑顔である。

 

「そういや、十代はまだカイザーのデュエルを見たことがなかったな」

 

「見てれば分かるわよ。ふ、ふふ……」

 

◇◇

 

「オレのターン。ドロー」

 

 さぁ、来るか!?

 

「手札より魔法カード、【パワーポンド】を発動。

 手札の【サイバー・ドラゴン】3体を融合。出でよ! 【サイバー・エンド・ドラゴン】!!」

 

 やっぱり出たか! 【サイバー・ドラゴン】が3体混じり合い、巨大な翼を広げた三つ首の機械竜が出現する。その姿はまさにメカキングギドラ!

 

 

「【パワーポンド】……」

 

 無意識にカード名を洩らす翔。

 使用禁止を言い渡されたトラウマのきっかけとなったカードだ。色々と思う所もあるだろう。

 

 

「【パワーポンド】により融合召喚されたモンスターの攻撃力は2倍となる。

【サイバー・エンド・ドラゴン】の元々の攻撃力は4000。そして【パワーポンド】の効果により、その攻撃力は2倍の8000に上昇する!」

 

 

「初の自ターンで攻撃力8000のモンスターを召喚!?

 ……すげぇ、すげぇぜカイザー。オレもデュエルしてみてぇー」

 

「それに【サイバー・エンド・ドラゴン】は守備表示モンスターに対し、貫通効果を持っているわ」

 

「これが通れば、あの猿もこのターンで終わりね……」

 

 十代は興奮し、明日香は淡々と状況を見極め、ジュンコはデュエルの終わりを予見している。

 初っ端から攻撃力8000の貫通効果持ちモンスター。LP4000でこれはきつい。恐るべしサイバー式積み込み。

 

「拓実さま……」

 

「きっと大丈夫だ、ももえ。せめて俺達が信じてあげよう」

 

 

「バトルフェイズ。【サイバー・エンド・ドラゴン】でセットモンスターに攻撃。

 エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

『ウキー! 速攻魔法発動!【月の書】! モンスター1体を裏側守備表示に変更スル!

【サイバー・エンド・ドラゴン】を対象に選択、キキー!』

 

「手札から速攻魔法【融合解除】を発動! 【サイバー・エンド・ドラゴン】を融合デッキに戻し、墓地から融合素材となった【サイバー・ドラゴン】3体を特殊召喚する。来い!!」

 

 

 くっ……。セットカードがあるにもかかわらず、軽率に攻撃を仕掛けたものだと思っていたが、【融合解除】があったか。

 それに――

 

「亮様のバトルフェイズは、まだ終わってない……」

 

「【サイバー・ドラゴン】の攻撃力は2100もあるわ。そのうち一体でセットモンスターを破壊して、残り二体のダイレクトアタックが決まれば……」

 

 やっぱりここで終わるってことか。

 

「……これが兄さんのデュエル。

 ……勝つためにどこまでも計算され尽くした……誰も寄せ付けない……」

 

 

「【サイバー・ドラゴン】でセットモンスターに攻撃する。エヴォリューション・バースト!」

 

 【サイバー・ドラゴン】の口より吐き出される光の波動。その攻撃によりセットカードは顕わになる。それは小さなモモンガ。

 光線はそのままモモンガを砕き、墓地へと送る。

 

『ウキー!【素早いモモンガ】の効果発動!

 戦闘によって破壊された時、1000のLPを回復し、デッキから【素早いモモンガ】2体をフィールドにセットスル!』

 

 猿LP 4000 → 5000

 

 さらに2枚の【素早いモモンガ】がセットされた状態でフィールドに増殖する。

 

「ならば!

 続けて【サイバー・ドラゴン】2体で攻撃する! ダブルエヴォリューション・バースト!」

 

『ウキィ……』

 

 残り2体の【素早いモモンガ】も【サイバー・ドラゴン】の吐き出す破壊の光に飲み込まれる。

 墓地に送られたモモンガ2体は効果を発動し、猿のライフをさらに2000ポイント回復させた。

 

 猿LP 5000 → 7000

 

 

「何とかしのげたわね」

 

 全くだ。正直、俺は十中八九ここで終わるだろうと思っていた。

 しかし猿はやってくれた。カイザーの戦術に対抗できる手立てをデッキから引き出した。

 

「ああ。でもカイザーのフィールドには【サイバー・ドラゴン】が3体。猿のフィールドにはセットカードが1枚しかないぜ」

 

「皆さんお忘れのようですが~、亮さまが使用した【パワーポンド】にはデメリット効果がありますのよ~」

 

「いや、多分それは……」

 

 確かに【パワーポンド】には融合したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを、ターン終了時に自ら受けなければならないデメリットがある。この場合で言うと【サイバー・エンド・ドラゴン】の元々の攻撃力分、4000がそれに当たる。このまま行けばカイザーはターン終了とともにLPを全て失い、負けとなる。

 しかし、だからこそそんな当たり前のことに対し、何ら対策を施していないはずがない。

 

 

「オレは【サイバー・ジラフ】を通常召喚。そして【サイバー・ジラフ】の効果発動。

 このカードを生贄に捧げることで、このターンオレの受ける効果ダメージを0にする」

 

 四本足の犬のような機械竜が召喚される。

 犬型機械竜は体を光の粒に変え、カイザーを守るバリアーとなる。

 これでカイザーは【パワーポンド】の効果によるダメージを回避したわけだ。

 

「……ターンエンドだ」

 

◇◇

 

 くそっ、げに恐ろしきはサイバー式積み込み。

 

「すげえ……、これがサイバー式積み込みってやつなのか?」

 

「いや、冗談を真に受けられると困る」

 

「あのねぇ、十代。積み込みって言うのは望む手札が来るように、あらかじめデッキに細工しておく反則のことをいうの。拓実は、亮がいつも最初に引く手札が理想に近いものばかりだから、それを冗談で何かの技術の一つのように積み込みって言う単語を使ったのよ」

 

「なんだ、そういうことか。俺はまたなんかのテクニックかと思ったぜ」

 

 そういうことです。説明していただいた明日香には感謝。

 常識的に考えてカイザーのデッキは重すぎである。なのにあの手札……なぜ揃う?

 

「ねー拓実、どうすんのよ?

 あんた、あの猿に勝ってもらわなきゃならないんでしょ?」

 

 フィールドの不利な状況を見てか、ジュンコは少し心配そうだ。さっきまで猿は負けて当然といわんばかりだったのに……。

 

「ああ……そうだな。だがこれでもう――」

 

「これでもう、大丈夫ですわ~」

 

「え?」

 

 その言葉に反応したのは翔。彼は信じられないといった顔で、俺とももえを交互に見る。

 

「猿のデッキには【サイバー・エンド・ドラゴン】の貫通攻撃を阻止する手立てがほとんどないんだ。だから――」

 

「問題でしたのは【サイバー・エンド・ドラゴン】をいかにやり過ごすか、でしたわ~」

 

 得意げにももえが俺のセリフを引き継いだ。

 

「でも今の状況もいいとは言えないわよ。

 何しろ亮のフィールドには【サイバー・ドラゴン】3体が揃っているんだから」

 

 腕を組みながら厳しい表情をする明日香。

 確かにカイザーのフィールドには【サイバー・ドラゴン】が3体揃っている。

 某社長のように【ブルーアイズ】3体よりはましだが、それでも大した威圧感である。

 

「ふふん、そこはうちの猿を()めてもらっちゃあ困るよ」

 

「お猿さんのデッキには高攻撃力モンスターが事欠きませんわ~」

 

 

『ウキー! ワタシのターン。ドロー!』

 

 【サイバー・ドラゴン】の三対の目が猿を囲むように睨みつける。

 【サイバー・ドラゴン】の身長はどくろを巻いた状態で約3m。その巨体の機械竜が3体揃って身長1m程度の猿を取り囲んでいる。こんな光景、そうそう見られるものじゃないだろう。

 

【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)を攻撃表示で召喚!』

 

『ウオォォォォォォ!』

 

 現れたのは筋骨隆々な黒毛のゴリラ。

 雄叫びを上げながらドンドコドンドコとドラミングを鳴らす。その攻撃力は2000!

 

『さらに永続魔法【一族の結束】を発動! 墓地に存在するモンスターの種族が1種類の時、自分フィールド上に存在するその種族のモンスターの攻撃力は800ポイント上昇スル!

 ワタシの墓地に存在する種族は獣族の1種類! 獣族の【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)の攻撃力は800アップ!!』

 

 墓地に存在する獣族モンスターが【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)に更なる力を与え、【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)の攻撃力は2800へと上昇した。

 

【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)、【サイバー・ドラゴン】に攻撃ーキキ!』

 

 【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)は口から紅蓮の豪炎を吐き出す。黒いはずの体毛は火炎に照らされ、オレンジ色に染まる。

 炎の高熱に焼かれ、一体の【サイバー・ドラゴン】は溶け落ちる。

 その光景に対し、眉一つ動かさないカイザー。さすがに肝がすわってらっしゃる。

 

丸藤亮LP4000 → 3300

 

『ワタシはターンを終了スル』

 

 

「すごいわ……あの亮にダメージを与えるなんて……」

 

 【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)による【サイバー・ドラゴン】の撃破。明日香は驚愕の表情でそれを見つめていた。

 

「それってすごいのか?」

 

 カイザーのすごさを知らないからか、不思議そうに聞く十代。

 彼にとってカイザーも(いち)デュエリスト。攻防の末にモンスターがやられるなんて当たり前である。

 

「だって……亮さまがダメージを受けることは滅多にないのよ」

 

 十代に補足説明をする――と言うよりもただ自らの心情を吐露するジュンコ。

 

「まぁ……、なんだってアカデミアの皇帝(カイザー)だからな」

 

◇◇

 

「オレのターン。ドロー」

 

 サイバー式積み込みの真髄はこれからだ。

 今カイザーの手札は0。この状況なら、彼が引くカードはもちろん――

 

「魔法カード【天よりの宝札】を発動。お互いデッキから手札が6枚になるようドローする」

 

「ウキィ……」

 

 やっぱりそれか! 

 いい加減そのカード、禁止にしてくれないかな……。

 ともあれ、これでカイザーの手札はゼロから一気にフルの6枚。一方猿の方は4枚引けたか。

 

「速攻魔法【フォトン・ジェネレーター・ユニット】を発動。【サイバー・ドラゴン】を2体生贄に捧げ、デッキより【サイバー・レーザー・ドラゴン】を特殊召喚する」

 

 2体の【サイバー・ドラゴン】はお互い絡み合い、1体のより大きな機械竜へと変貌を遂げる。

 【サイバー・レーザー・ドラゴン】。尾の先に付いたレーザー発射装置が怪しい光を放つ。

 その攻撃力は2400。

 

「【サイバー・レーザー・ドラゴン】は1ターンに一度、自分より攻撃力の高いモンスターを破壊することができる。

【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)を破壊せよ。破壊光線 フォトン・エクスターミネーション!!」

 

 【サイバー・レーザー・ドラゴン】の尾から伸びるレーザーの光に包まれ、【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)は焼失する。

 

「さらに手札から【サイバー・フェニックス】を通常召喚。

 バトル! 【サイバー・フェニックス】でダイレクトアタック!」

 

 翼を広げ、猿に対し突進を仕掛ける【サイバー・フェニックス】!

 その攻撃力分、1200のダメージが猿のライフから削られる。

 

『キキー!?』

 

猿LP 7000 → 5800

 

「続けて【サイバー・レーザー・ドラゴン】でダイレクトアタック。

 エヴォリューション・レーザーショット!!」

 

 そして、【サイバー・レーザー・ドラゴン】から吐き出される破壊の光が猿を包み込む。

 

猿LP 5800 → 3400

 

『キィー……』

 

 これでモモンガの回復分が消えたか。

 

「カードを2枚セットし……ターンエンドだ」

 

『ターンエンドにチェーンし、速攻魔法【サイクロン】発動! 右側のカードを破壊スル!』

 

 攻撃を喰らってへばっていたと思われた猿が、最後っ屁とばかりに速攻魔法【サイクロン】を発動させた。相手の魔法・トラップを1枚破壊する効果である。

 

「…………く……」

 

 カイザー亮の顔つきが僅かに歪む。

 今【サイクロン】により破壊されたカードは【聖なるバリア-ミラーフォース-】。

 ナイスだ猿! いい勘してる!

 

 

「でも、さすが亮ね。迅速に高攻撃力モンスターを除去した上に、【サイバー・フェニックス】で【サイバー・レーザー・ドラゴン】を効果破壊から守らせているわ」

 

 【サイバー・フェニックス】の効果は、自分が攻撃表示である限り機械族一体に対する効果破壊を無効にする……だったと思う。後戦闘破壊された時にカードを一枚ドロー、なんて能力もあったはずだ。

 しかし残念ながら、猿のデッキに効果破壊のカードはほぼ入ってない。ミラーフォースくらいじゃないかな?

 

「それに、【素早いモモンガ】で回復したライフがもう……」

 

「……ですが、亮さまは本質的な所で問題を解決できていませんわ~」

 

 

『ワタシのターン。ドロー!』

 

「この瞬間、オレはトラップカード【転生の予言】を発動する。墓地に存在する【サイバー・ドラゴン】2体をデッキに戻す」

 

 再利用する気か?

 

『……メインフェイズ! ワタシは【ファイターズ・エイブ】を召喚スル』

 

 今度は赤毛のゴリラが出現する。やはり筋肉隆々であり、なぜかボロボロのジーンズを下に履いている。

 

『【ファイターズ・エイブ】の攻撃力は1900。【一族の結束】にヨリさらに800アップし、攻撃力は2700!!』

 

 

「また……。

 手札から通常召喚したレベル4モンスターの攻撃力が2700……!」

 

 翔が不安そうに呟く。

 翔に味方している猿が強力なモンスターを召喚しているのだから、喜こんで欲しい所なのだが……。

 彼としては兄と猿、どちらを応援すべきか未だに分からないのだろう。

 

「【一族の結束】を破壊しない限り、カイザーにとって戦況は依然厳しいままだってことか」

 

「まあな。【一族の結束】があれば高攻撃力モンスターは何度でも現れる。そこら辺はカイザーだってわかっているさ」

 

 【聖なるバリアミラーフォース】を仕掛けたのも、新たな高攻撃力モンスターの出現に対する対策だったのだろう。

 

「単純だけど、恐ろしい戦術ね……」

 

 

『【ファイターズ・エイブ】で【サイバー・レーザー・ドラゴン】に攻撃!』

 

 【ファイターズ・エイブ】のゴリラパンチが炸裂する。【サイバー・レーザー・ドラゴン】は吹き飛ばされ、その身を光の粒へと変えた。

 

「……」

 

丸藤亮LP 3300 → 3000

 

『【ファイターズ・エイブ】のモンスター効果発動! 戦闘でモンスターを破壊した時、攻撃力が300アップする! 【ファイターズ・エイブ】の攻撃力、3000!!』

 

「!」

 

 これで攻撃力2800の【サイバー・ツイン・ドラゴン】を融合召喚しても勝てない数値になったわけか。

 

『カードを1枚セットし、ターンエンド! ウキキー! ウホウホウホ』

 

 おっ、喜んでるな。こういうところを見ると猿だな~って思うよ。

 

◇◇

 

「オレのターン、ドロー。

 手札から【強欲な壺】を発動。さらにカードを2枚ドローする」

 

 カイザーはカードを2枚引き、確認の(のち)その内の1枚をデュエルディスクに差し込む。

 

「魔法カード【大嵐】を発動。フィールド上の全ての魔法・トラップを破壊する!」

 

『ウキッ!?』

 

 【大嵐】により猿のフィールドにあるカード、【一族の結束】、そして未だ伏せられたままのカードが吹き飛ばされ、粉微塵となる。

 破壊された伏せカードは墓地に置かれ、そのトップにあるカードを見たカイザーは目を丸くした。

 

 

◇◆◆◆

 

(【王宮のお触れ】……だと!?)

 

 自身以外のトラップを全て無効にし続ける永続トラップである。即座にそれが使われた時に訪れる事態を想定したのか、表情を僅かに歪めるカイザー。

 

(破壊できて僥倖だった……そう思うべきだろう……)

 

 

◆◆◆◇

 

「魔法カード【タイムカプセル】を発動。

 デッキからカードを1枚選択。そのカードを除外し、2ターン後手札に入れる」

 

 タイムカプセルと言うよりもファラオの棺桶の様な(ひつぎ)が現れ、カイザーはそこにカードを1枚収める。

 

「さらに手札より永続魔法、【未来融合-フューチャー・フュージョン-】を発動。

 デッキから【サイバー・ドラゴン】を2体墓地に送り、2ターン後【サイバー・ツイン・ドラゴン】を融合召喚する」

 

 流石というか、よくもまあそれだけの布石をポンポンと……。

 

「【サイバー・フェニックス】を守備表示に変更。

 そして手札から【プロト・サイバー・ドラゴン】を守備表示で召喚。

 【プロト・サイバー・ドラゴン】はフィールドに表で存在する限り、カード名を【サイバー・ドラゴン】として扱う。カードを1枚セットし、ターンエンド」

 

◇◇

 

『キキー、ワタシのターン。ドロー! ワタシは【レスキューキャット】を召喚』

 

 もはや俺やももえにとって、毎度おなじみの安全ヘルメット猫である。

 

『【レスキューキャット】の効果発動! 【レスキューキャット】を生贄に捧げ、デッキからレベル3以下の獣族モンスターを2体特殊召喚!

 出でヨ! 【コアラッコ】! 【X-セイバーエアベルン】!』

 

 新たに2体のモンスターが猿のデッキより飛び出す。

 【コアラッコ】はその名の通りの容姿で、コアラとラッコをくっつけて2で割ったようなもの。その攻撃力はたったの100。

 【X-セイバーエアベルン】は刃のような長い爪を武器とするライオンヘッドの獣戦士。なぜこれが獣戦士族ではなく獣族なのか(はなは)だ疑問である。因みに毛がもじゃもじゃであり、遠目からは猿に見えなくもない。攻撃力は1600だ。

 

『【コアラッコ】の効果発動! 【コアラッコ】以外の獣族モンスターが自分フィールドに存在スル時、相手モンスター1体の攻撃力をこのターン0にスル! ウキキー! 【サイバー・フェニックス】の攻撃力を0にスル!』

 

 カイザーのフィール上のモンスターは全て守備表示なので大した意味は無い。しかしセットカードが何なのか分からない以上、可能性を潰すためにも効果は使っておくべきだろう。

 

「……」

 

 まぁ、カイザーの表情を見る限り、空振りっぽいが……。

 

『チューナーモンスター【X-セイバーエアベルン】と地属性モンスターを、レベルの合計が5にナルよう生贄にシ、融合モンスターを特殊召喚!

 レベル3【X-セイバーエアベルン】と地属性レベル2モンスター、【コアラッコ】を生贄に捧げる!! ウホーウホウホ!』

 

 

「気のせいかな……? あの召喚方法、見覚えありすぎるぅ」

 

 嫌そうな表情でジュンコ。

 

「奇遇ねジュンコ、私も同じよ」

 

 そして明日香も同様にゲンナリとした顔をしていた。

 

(へ~、明日香もももえとデュエルしたんだ)

 

 

 【X-セイバーエアベルン】と【コアラッコ】は光の星と化し、一つに合わさる。

 

『キキー!

 密林に埋もれし魔力の大樹、その守護者を今ココにぃ!

 封殺せよ! 守護獣【ナチュル・ビースト】!!』

 

 よしっ! 決まった!

 俺の教えた口上を一字も間違えずに述べる猿。苦労して3分で考えた甲斐があったってもんだ。

 それにしても猿の機械鎧、翻訳性能高いな……。

 デュエル用語しか訳せないと思ってたんだが……うん、きっとそれは深く考えちゃいけない所なのだろう。

 

『グルルルル……』

 

 さて、光の中から現れたのは半樹半獣の虎。

 その全身は密林の緑色(りょくしょく)に覆われ、二の腕と足の付根は木で構成されている。木の部位からは枝らしきものが生え、様々な方向に延びている。獣でありながらその瞳には理性を宿し、まさに森林の賢者と言ったところだろう。

 

 満を持して召喚された【ナチュル・ビースト】。その攻撃力は2200。

 

 

◇◆◆◆

 

 流石に珍しいのか、カイザーは思案顔で【ナチュル・ビースト】を見つめる。

 

(チューナーモンスター……スピリットやユニオンと同じ特殊分類モンスターなのだろう。それを介した【融合】を使用しない特殊な融合モンスターの召喚か……)

 

 

◆◆◆◇

 

『ワタシは魔法カード【テラ・フォーミング】を発動。

 デッキからフィールド魔法【クローザー・フォレスト】を手札に。

 そして、フィールド魔法【クローザー・フォレスト】発動!! キキー!』

 

 木、木、木、木、木。

 下から上にではない。上下左右無秩序に空間から生える木の群れ。

 展開されるは木の迷宮――いや木の檻。密林の中のさらに閉じられた空間。薄ぼんやりとした光しかそこにはなく、一切の音もない。

 そして猿の背後。

 縦横無尽に走る無数の木々に囲まれた真っ黒な空間の中央に、ゆっくりと、黄金色に光る目が開かれる。一対ではない、空間に浮かぶはただ一つの目。果たしてそれは獣の瞳か、それともこの空間そのものの(まなこ)か。

 

 

「なによぉ、ここ……こわいぃ……」

 

 腰の引けたジュンコはももえの腕に手を絡ませていた。

 猿の後方にある眼を見て慌てて目を逸らす。ひょっとしたら目が合ったのかもしれない。

 

 ――そう言えば怖がりだったな。

 

「おぉ? すげぇ場所だな」

 

 一方でキョロキョロする十代は何だか楽しげである。

 

 

『【クローザー・フォレスト】の効果。自分墓地に存在するモンスター1体につき、自分フィールド上の獣族モンスターの攻撃力は100ポイントアップ!!』

 

「!!」

 

 

「ええと、今猿の墓地にいるモンスターは……」

 

 十代が思い出すように指を折りながら数える。

 捨てたカードの種類は全部見ているので教えてあげよう。ええっと――

 

「最初のターンに【天使の施し】で捨てた2枚。その後カイザーに破壊された【素早いモモンガ】3枚」

 

「それに【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)1枚と【レスキューキャット】1枚。あと今融合に使った2枚。合わせて……」

 

「合計9枚ですわね」

 

 明日香とももえが俺に続いて計算をする。

 ジュンコは未だにももえにつかまってぶるぶると震えている。小動物ちっくで妙に保護欲をそそられる。

 

「お兄さん……」

 

 そして不安そうな表情で兄を見る翔。

 

 

 猿の発動したフィールド魔法【クローザー・フォレスト】により、【ファイターズ・エイブ】の攻撃力は3100に、【ナチュル・ビースト】の攻撃力も同じく3100へと上昇することとなった。

 

『【ファイターズ・エイブ】! 【サイバー・フェニックス】に攻撃!』

 

 再び炸裂するゴリラナックル。

【サイバー・フェニックス】は吹き飛ばされながら粉々と砕け散る。

 

「【サイバー・フェニックス】の効果発動。戦闘破壊された時、カードを1枚ドローする」

 

『【ファイターズ・エイブ』の効果発動! モンスターを破壊した時攻撃力が300アップ! キキー! 【ファイターズ・エイブ】の攻撃力、3400!!』

 

 互いのモンスター効果を発動させる両プレイヤー。

 

 興奮しているのか『ウキキー!』と雄叫びを上げながら、猿は本日2回目のバク転を決める。

 

『続けて【ナチュル・ビースト】! 【プロト・サイバー・ドラゴン】に攻撃!!』

 

「トラップ発動。【アタック・リフレクター・ユニット】!

【サイバー・ドラゴン】1体を生贄に、デッキから【サイバー・バリア・ドラゴン】1体を特殊召喚する。オレの場に存在する【プロト・サイバー・ドラゴン】は効果により、名を【サイバー・ドラゴン】として扱う。【プロト・サイバー・ドラゴン】を生贄に、【サイバー・バリア・ドラゴン】を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 【プロト・サイバー・ドラゴン】に【アタック・リフレクター・ユニット】が装着され、【サイバー・バリア・ドラゴン】として生まれ変わる。攻撃力800に守備力は2800。守備専門の堅いモンスターと言えよう。

 

「……そして、攻撃は巻き戻される」

 

『ウキー! 【ナチュル・ビースト】! 【サイバー・バリア・ドラゴン】を攻撃!』

 

 【ナチュル・ビースト】は大きく全身の筋肉を躍動させ、【サイバー・バリア・ドラゴン】へ向けて駆け出す。

 

「【サイバー・バリア・ドラゴン】の効果発動!

 このカードが攻撃表示である時、1ターンに1度相手モンスター1体の攻撃を無効にする! 

自動防御リフレクター・シールド!」

 

 突如発生したバリア―。【ナチュル・ビースト】の爪は通らない。

 

『ウキィ……。ターンエンド』

 

 

「【ナチュル・ビースト】を召喚した時に確信したけど……あの猿のデッキを作ったのはあなた達ね」

 

 何だか呆れた顔で、明日香は自らの確信の答え合わせをするように俺に言葉を投げかける。

 

「うん」「はい~」

 

 ほぼ同時に答える俺とももえ。

 ももえの声は何だか楽しげであった。

 

「最初からおかしいと思ってたわ。

 普通、猿にあんな強いカードを持たせる飼い主なんていないわよ」

 

 話を聞くに明日香は猿のことを知っているみたいだ。昨晩ももえが話したのかな?

 ……て、そりゃあ話すわな。アカデミアで猿に会うなんて珍事だし、お喋り好きなももえが黙ってるわけないか。

 

「まったく……どれだけ改造すればあんなデッキになるのよ」

 

「えっと……ほぼ原型なし?」

 

「と言うより、原型は【怒れる類人猿】(バーサークゴリラ)の1枚だけですわ~」

 

「明日香さん~、ももえがどんどん私達から遠いところに~」

 

 泣き真似をしながら明日香にすがりつくジュンコ。

 少しこのフィールドに慣れたのだろうか? だいぶ余裕が出てきたように思う。

 

「ほんっと、非常識極まりないわね」

 

 やっぱ猿に貴重なカードを渡すのは非常識か……。

 実際あのデッキのカードを全部売ったら……下手すりゃあ、1億は行くんじゃないかな?

 

 

◇◆◆◆

 

「カードをドロー」

 

(くっ……まさか、猿にここまで追い詰められるとは……)

 

「……オレはもうお前をただの猿とは思わない。

 最強クラスのデュエリストとして、全力で戦わせてもらう!!」

 

 カイザーは真っ直ぐな視線を猿に向け、声高らかに宣告する。

 

「スタンバイフェイズ。【タイムカプセル】で除外したカード――【異次元からの宝札】の効果発動。このカードが除外された次の自分ターンのスタンバイフェイズ、このカードを手札に戻し、互いのプレイヤーはデッキからカードを2枚ドローする」

 

 

◆◆◆◇

 

 うわぁ……またドローかい。

 効果の通り、カイザーと猿はそれぞれデッキからカードを2枚ドローする。

 

『ウキー!』

 

 お? ひょっとして良いカードでも出たのかな?

 

「【サイバー・ヴァリー】を攻撃表示で召喚。そして【サイバー・バリア・ドラゴン】を守備表示に変更する。

 さらにカードを2枚セット。……ターンエンドだ」

 

 カイザーが召喚した【サイバー・ヴァリー】。見た目は小型の【サイバー・ドラゴン】といったところか。攻守ともに0。攻撃された時、自身を除外することでバトルフェイズを強制終了させることのできるカードである。

 

 

「亮さまが守りを固めているなんて……あたし、初めて見たわ……」

 

「でも、次のターンにはお兄さんのフィールドに【サイバー・ツイン・ドラゴン】が召喚されるっす」

 

「【サイバー・ツイン・ドラゴン】の攻撃力は2800だ。そのままじゃ猿のモンスターには勝てないぞ」

 

「でもお兄さんなら……兄さんならどんな時でも勝てる。それが兄さんなんだ……」

 

◇◇

 

『ワタシのターン、ドロー!』

 

 また猿のターンが回ってきた。

 理想を言うならここで勝つのがベストなのだが、カイザーのフィールドには【サイバー・バリア・ドラゴン】と【サイバー・ヴァリー】が並んでいる。

 さすがに無理かな……。

 

『手札から永続魔法、【一族の結束】を発動!

 ワタシの墓地に存在するモンスターは獣族1種類のみ! ヨッテ、ワタシのフィールド上の獣族モンスターの攻撃力はさらに800アップ!』

 

「!」

 

 カイザーが目を見開く。なるほど、さっき引いたのはこれか。

 2枚目の【一族の結束】。これで猿のフィールドに存在する獣族モンスターは全て攻撃力1700ポイント上昇することになる。

 てことはえ~と――【ファイターズ・エイブ】の攻撃力は4200、【ナチュル・ビースト】の攻撃力は3900になるのか。

 

『ワタシは【巨大ネズミ】を召喚!

【巨大ネズミ】の攻撃力は1400、さらに1700アップし3100となる!!』

 

 

「【巨大ネズミ】ってあの【巨大ネズミ】!? なんかいきなりあり得ない攻撃力になってる!」

 

 ジュンコが驚くのも無理は無い。

 お馴染みの地属性リクルーターモンスター【巨大ネズミ】。登場早々に攻撃力3000超えだ。

よく見るカードなだけに驚愕も大きいのだろう。

 

「【ファイターズ・エイブ】の攻撃力が……お兄さんの【サイバー・エンド・ドラゴン】を超えた……」

 

「しかも、これから召喚するモンスター全部があのレベルの攻撃力になるんだぜ。すげぇな」

 

「……ええ、そうね」

 

 

『キィー……』

 

(「いいか、攻撃力0のモンスターってのは何かしら厄介な効果を持つのが多いんだ」

   「ウキ?」

     「しかもそれが攻撃表示とかだったら、要注意だ。OK?」

                       「キー! ウキキー!」

                         「よしよし、かにパンをあげよう」

                                    「ウキー!」)

 

『【ファイターズ・エイブ】! 【サイバー・バリア・ドラゴン】に攻撃!!』

 

「トラップ発動! 【万能地雷グレイモヤ】!

 相手攻撃表示モンスターのうち、最も攻撃力の高い1体を破壊する!」

 

 攻撃力4200あるゴリラパンチをお見舞いすべく、駆け出す【ファイターズ・エイブ】。その足元に突如地雷が出現した。地雷は、自身を踏んだ【ファイターズ・エイブ】諸共大爆発を起こす。

 爆散する【ファイターズ・エイブ】。しかし、【クローザー・フォレスト】の効果により、残り2体の獣族モンスターの攻撃力がさらに100上昇する。

 

『【巨大ネズミ】! 【サイバー・バリア・ドラゴン】に攻撃!』

 

 攻撃力4000超えのモンスターが破壊されたが、意に介さず続けて攻撃を仕掛ける猿。今現在 【巨大ネズミ】の攻撃力は3200!!

 【巨大ネズミ】の突進をうけ、【サイバー・バリア・ドラゴン】は爆煙の中に砕け散る。

 

「くっ」

 

『【ナチュル・ビースト】! 【サイバー・ヴァリー】に攻撃!』

 

 そしてついに攻撃力4000の大台に登った【ナチュル・ビースト】が爪を立てる! 

 

「【サイバー・ヴァリー】の効果発動!

 このカードが攻撃対象に選択された時、このカードを除外することでカードを1枚ドローし、バドルフェイズを強制終了させる!」

 

『キィ……。

 カードを2枚セット。ターンエンド』

 

◇◇

 

「オレのターン、ドロー。

 スタンバイフェイズ、【未来融合-フューチャー・フュージョン-】の効果により、【サイバー・ツイン・ドラゴン】を融合召喚する!」

 

 未来融合により、双頭の機械竜が出現する。攻撃力は2800!

 

「トラップ発動! 【メタル化・魔法反射装甲】を【サイバー・ツイン・ドラゴン】に装着! 攻撃力を300アップ! ……そしてバトル!」

 

 これで【サイバー・ツイン・ドラゴン】の攻撃力は3100。

 一方猿のフィールドのモンスターは、【ナチュル・ビースト】攻撃力4100。【巨大ネズミ】攻撃力3300である。

 二対の首をもたげ、目の前の獲物を凝視する【サイバー・ツイン・ドラゴン】!

 

「【サイバー・ツイン・ドラゴン】、【ナチュル・ビースト】に攻撃! エヴォリューション・ツイン・バースト!!」

 

『キ?』

 

「ダメージステップ時に手札より速攻魔法、【リミッター解除】発動! 自分フィールド上全ての機械族モンスターの攻撃力は2倍となる!!」

 

『ウキッ! 【ナチュル・ビースト】の効果発動! デッキから2枚カードを墓地に送り、魔法の発動を無効にし破壊する!』

 

 今のでデッキからさらにモンスターカード1枚が墓地に送られた。

【クローザー・フォレスト】の効果により、猿のフィールド上の獣族モンスターの攻撃力は、さらに100ポイント増加したことになる。

 

「くっ、魔法を無効にする効果か……。だが!」 

 

 まずい! 【メタル化・魔法反射装甲】の効果は。

 

「【メタル化・魔法反射装甲】を装備したモンスターが攻撃する時、相手の攻撃力の半分を攻撃モンスターにプラスする!」

 

『キキ!?』

 

 おい、こら! 呆けるな!

 

 攻撃の瞬間、【サイバー・ツイン・ドラゴン】の攻撃力は5150となり【ナチュル・ビースト】を破壊する。

 

『キーーーーッ』

 

猿LP 3400 → 2350

 

「攻撃はまだ終わっていない!

【サイバー・ツイン・ドラゴン】は1度のバトルフェイズに2回攻撃することができる。

【巨大ネズミ】を破壊しろ! エヴォリューション・ツイン・バースト!!」

 

『ウキー! 速攻魔法【月の書】発動!

【サイバー・ツイン・ドラゴン】を裏側守備表示に変更!』

 

【月の書】……。

 さっきの攻撃に反応出来れば【ナチュル・ビースト】を失わずに済んだのに。やはりカードの知識をつけさせることが一番か。

 

【月の書】により裏側守備表示となった為、【サイバー・ツイン・ドラゴン】に装備されていた【メタル化・魔法反射装甲】は墓地に送られた。

 歯をかみ締めるカイザー。

 

「……バトルを終了。手札から速攻魔法【サイバネティック・フュージョン・サポート】を発動。このカードはライフを半分払い発動する」

 

丸藤亮LP 3000 → 1500

 

「自分のデッキ・フィールド・そして墓地からモンスターを除外することで、光属性・機械族融合モンスターの融合素材として使用できる」

 

 

「【ナチュル・ビースト】がフィールドからいなくなったことで、魔法が使えるようになったのね」

 

「こりゃあまずいかも知んねぇ」

 

 まぁ、まずいってほどじゃないが、あまり良くはないな。

 

「やっぱり、お兄さんに勝てるわけないんだ……」

 

 

「手札より魔法カード【融合】を発動!

 墓地に存在する【サイバー・ドラゴン】3体を除外融合!

 出でよ! 【サイバー・エンド・ドラゴン】!!」

 

 咆哮を上げる三つ首の機械竜。

 【サイバー・エンド・ドラゴン】。――まさか再び召喚されるとは。

 

「オレはターンを終了する……」

 

 

「ふぅ……」

 

「良かったな拓実。あいつ難なく生き残ったぜ」

 

「ああ、【魔法反射装甲】の時は冷や冷やしたけどな。

 よくぞ2枚目の【月の書】を伏せていてくれた」

 

 それ以前にプレイングミスがなければ、そもそもピンチに陥ってないはずなんだけどね。

 

「…………」

 

「なぁ、翔。ちゃんと見てるか? あいつ、お前の兄貴相手にあんなに頑張ってるんだぜ?」

 

「……うん」

 

「すげえよな、あいつ。あんなに小っこいのにさ」

 

「……本当に……本当にすごい。

 お兄さん相手に、一歩も引かないで……。それにお兄さんのあんな必死な顔……」

 

「あいつに出来んだ。翔にだって同じ事、きっとできるさ」

 

「うん……。そうだね……アニキ……。僕にだって、きっと出来るよね……」

 

 十代との会話で、翔は多少前向きになったように見える。これがトラウマ克服の一歩と成れればいいが……。

 

◇◇

 

『ワタシのターン、ドロー!』

 

 カイザーのフィールドには裏側守備表示の【サイバー・ツイン・ドラゴン】に攻撃表示の【サイバー・エンド・ドラゴン】が1体ずつ。カイザーの表情から余裕らしきものが伺える。きっと次のターンに勝負を決める秘策が揃っているのだろう。

 

 このターンで何とかするにも相手フィールドには2体の高レベルモンスター。対してこちらは【巨大ねずみ】1体のみ。猿のモンスターは粗方墓地に送られ、【クローザー・フォレスト】の養分と化している。今猿の手札に高攻撃力モンスターがある確率は低い。さぁ、どうする?

 

『手札から魔法カード【死者蘇生】を発動!』

 

 カイザーは真剣な表情で猿の動向を観察する。

 

『【レスキューキャット】を特殊召喚!』

 

「【レスキューキャット】?」

 

『効果を発動! デッキから【ライトロード・ハンターライコウ】を2体特殊召喚!』

 

 白い犬が2匹、フィールドに出現する。

 

 

◇◆◆◆

 

(【ライトロード・ハンターライコウ】はリバースすることでカードを1枚破壊するリバース効果モンスター。表側表示で特殊召喚しても意味は無い。……ということは……)

 

「生贄か!」

 

 

◆◆◆◇

 

『【ライトロード・ハンターライコウ】2体を生贄に捧げ、』

 

 閉ざされた森に雷鳴が轟く。ソリッドビジョンにより構成されたフィールドはグラグラと揺れ、まるで大きな地震が起きているように錯覚させる。

 

『モンスターを召喚!!』

 

 そして……大地から湧き出るように、光の柱が生まれた。

 光の柱は大地を大きく駆け巡り、光の線となる。

 

「な、なに……?」

 

「ひょっとして……、何かを……書いてんのか……?」

 

 線はさらに複雑に絡み合い、図を成す。

 その規模は余りにも巨大過ぎるゆえ、ここにいる誰にもその全容を把握することができない。

 しかし、俺とももえはあらかじめ知っている。

 ――これは、【サルの絵】。

 ナスカの地上絵の、【サルの絵】だ!

 

 やがて、大地をキャンパスに描かれた巨大な絵画は完成した。

 絵画は、スローモーションの様にゆっくりと盛り上がり、立体を形成していく。

 ――まるで、封じられた地の底から、抜け出すように――。

 

「な、なんだ? これは……」

 

『降臨せよ! 【地縛神Cusillu(クシル)】!!』

 

 

「でけぇ……」

 

「大きいですわ……」

 

 他のメンバーもきっと同じ感想だろう。立ち上がった【地縛神Cusillu(クシル)】。尻尾をぐるぐると巻き、全体的に猿らしく少し前屈み。あのナスカの地上絵、【サルの絵】を立体化したデザインである。

 しかし特筆すべきなのはその大きさにあるだろう。目分換算で約30m。首を真上に向けなければ足しか見えない。9階建てのビルとほぼ同じ高さであると言えば分かってくれるだろうか。

 

「こんなモンスターもいるのね……」

 

 感慨深そうに明日香がつぶやく。

 

「デュエルモンスターズって……奥が深いわ」

 

 首を上に向けたジュンコも続くように独りごちる。

 

「でけぇ、でけぇでけぇ! すっげぇでけぇ!!」

 

「すごい……こんなモンスター……」

 

 十代はいつものように興奮し、翔は素直に驚愕しているようである。

 

 俺はというと、実は少しホッとしていた。

 原作における【地縛神Cusillu(クシル)】の身長は約90m。これのさらに3倍である。もちろん高さが違えば太さも違う。つまり全体の大きさはさらに大規模になるのだ。まぁ、それはそれで見てみたいという気もするが、流石にそんなものが現れたらアカデミア中パニックになるだろう。

 ――このサイズに留まってくれて良かった。そう思うべきだろう。

 

 

『【地縛神Cusillu(クシル)】の攻撃力は2800。【クローザー・フォレスト】【一族の結束】により攻撃力2100アップ! 【地縛神Cusillu(クシル)】の攻撃力、4900!!』

 

 猿の説明が聞こえたのだろう。カイザー亮は見上げていた視線を猿の方に戻す。

 

『バトル! 【地縛神Cusillu(クシル)】は相手プレイヤーに直接攻撃することができる!』

 

「!! なんだと!?」

 

『プレイヤーにダイレクトアタッッッック!! Cusillu(クシル)ーーハンマーーーーーー!!』

 

 巨大なモンスター、【地縛神Cusillu(クシル)】は握った拳を頭上に掲げ、ゆっくりと振り下ろす。

 いや、相対的にゆっくりと見えるだけだ。あの巨体である、実際には時速数百キロ出ていることだろう。

 

「う、うおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおお!!」

 

 いくらソリッドビジョンであることが分かるとは言え、全長約30メートルのモンスターから受けるハンマーパンチである。急速に頭上から視界の全てを埋め尽くしていく拳に対し、恐怖を感じない人はいない。

 

ドオオオオオオオオォォォォォォンンン――――――

 

 地を震わせる轟音が、辺りに鳴り響いた――。

 

丸藤亮LP 1500 → 0

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ちょっと、亮! 大丈夫!?」

 

「お兄さん!?」

 

 顔を青くしてカイザー亮の元に駆け出す二人。明日香と翔である。

 

 俺と十代、ももえ、ジュンコも急いて後に続く。

 

 ようやくソリッドビジョンが消え、視界がはっきりしてきた。

 カイザー亮は腰を落としているようだ。

 

「オレは……生きているのか……?」

 

「お兄さん! 大丈夫!?」

 

「あ……ああ。翔。大丈夫だ」

 

「ふぅ、びっくりしたわ。本当に潰されたかと思ったじゃない」

 

「ソリッドビジョンで潰れる方がびっくりだよ」

 

 ようやく俺達も追いつく。

 

「まぁ、よく考えたらそうよねぇー」

 

「でも仕方ありませんわ~。あんなに大きかったですもの~」

 

「ははは、今日はすげぇモンが見れたな」

 

「ウキィー」

 

 猿も駆け寄ってきたようだ。

 

「キッキキー、キキー、キーキキウキー! ウホウホウホ、キキーキー!」

 

「え~と……」

 

 翻訳機のスイッチ切れたみたいだね。

 デュエル中にしか使えないっぽいな。

 

「あら? それじゃあ十代、通訳よろしくね」

 

「なんだよ明日香、お前まで……。

 ――こいつは多分、カイザー、お前に翔に謝れって言ってると思う」

 

「……ああ、そうだな」

 

 カイザー亮は翔に向き直る。兄の顔を見て、ピクッと身を震わせる翔。

 

「翔……お前がオレを追いかけてこのデュエルアカデミアに来たことは知っている。

 ……このアカデミアで初めてお前のデュエルを見た時……オレは悩んだ……。オレには、お前がいやいやデュエルしているようにしか見えなかったんだ」

 

「そんな……ぼくは……」

 

 心当たりがあったのだろう。翔の言葉は途中で切れる。

 

「兄としてお前と共に育ち、オレは知っている。

 ……翔、お前は争いごとには向かない性格だ」

 

 丸藤亮は片膝立ちになり、翔との視線の高さを合わせる。

 

「このままオレの背中を追いかけても、お前はデュエリストとしては大成しないだろう……。

 オレのせいでお前の一生を台無しにしてしまうかもしれない。オレはお前に……お前だけの道を目指して欲しかった」

 

「……うん」

 

 兄からかけられた不器用な本音に、翔は僅かに涙ぐむ。

 兄が心を割って話すのは久々なのだろう。もしかしたら初めてなのかもしれない。

 

「お前は……いいのか? このままでいいのか? 翔!」

 

 翔は目に浮かぶ涙を袖で拭くと、再び兄に顔を向ける。

 

「僕は……、ずっとお兄さんがこの世界の誰よりも強いって思ってた。お兄さんは悩んだりしないって思ってた。お兄さんは誰と戦っても楽勝だって、そう思ってた」

 

 兄を見つめていた翔はゆっくりと笑みを浮かべる。

 

「でも今日、お猿さん相手に、お兄さんは必死な顔でデュエルしてた」

 

「ああ、そうだな……。それでもオレは、猿には勝てなかった」

 

「お兄さんはそうやって、必死に努力して強くなったんだね。

 ……そして世界には、お兄さんよりもっと強い人も一杯いるんだね」

 

「もちろんだ。オレよりも強いデュエリストはまだまだ大勢いる」

 

「……なら僕も。

 一杯デュエルを好きになって、一杯努力すれば、お兄さんみたいになれるかな?」

 

 弟の視線をまっすぐ正面から受け止め、兄は少しの逡巡ののち、答えを返す。

 

「……目標を持って進め。お前なら、きっといつかオレを追い越せる」

 

 その答えに、笑みを浮かべる翔。

 

「…………うん。お兄さん……。

 今日から、僕はもうお兄さんの背中を追いかけないよ。一杯一杯努力して、お兄さんを追い越すんだ」

 

「――ああ。待っている」

 

「うん!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 満面の笑顔の翔と微笑みを浮かべた亮。これで二人は分かり合えたのだろうか?

 

「そうだ、翔」

 

「何? お兄さん」

 

「さっきは……失望したと言ってすまなかった……」

 

「ううん。もういいよ。さっきの僕は本当にダメダメだったから。

 それに、お兄さんは僕のことをちゃんと考えてくれてるって分かったし……」

 

「ああ……」

 

 カイザー亮はこちらに振り向く。

 

「君たちも今日はすまなかった。わざわざ付き合ってくれて……」

 

「皆好きで来たのよ」

 

「そうですわ~。翔さんのためですもの~」

 

「あたしはタダの付き合いなんだけどねー」

 

「まぁ、特に気にすることじゃないさ」

 

「そうそう、気にしなくてもいいぜ! 翔がデュエルの度に泣きべそをかくから、それが治って万々歳だ」

 

「アニキ~! またそんな事言って~!」

 

「君が、遊城 十代か……」

 

 丸藤 亮は僅かに口元を持ち上げながら、翔に告げる。

 

「いいアニキを持ったな、翔」

 

「……うん!」

 

 

 

「さて。そろそろ解散にするか」

 

「そうですわね~。もう夜も遅いですし」

 

「それにしても、亮さまが猿に負けちゃうだなんて……。

 今日はもう色々驚きすぎて疲れちゃったわ……」

 

 ぞろぞろと皆で崖の上まで歩き。そこから散々に散っていく。

 

「拓実さま、また明日~」

 

「亮も十代も拓実も、またねー」

 

「バイバイ~」

 

 

「お兄さんも、バイバイ!」

 

「いや翔。お前、今日はこっち」

 

 翔の首えりを掴み、引っ張る

 

「え? え?」

 

「今日は兄さんの部屋に泊まっていけよ。たまにはいいだろ。な? 丸藤先輩」

 

「……ああ、そうだな。来るか? 翔」

 

「えっと……」

 

 翔は悩みながらチラッと十代を見る。

 「いけよ!」とジェスチャーで示す十代。

 

「……うん!」

 

 

 ま、いくら兄弟だからって、時々一緒にいて会話を交わさないと相手の心なんてすぐに分からなくなる。分からなければ疑心暗鬼が生まれ、そこからさらに誤解が広がっていく。

 兄弟だからこそ、たまにはこうやって分かり合う為の時間が必要だってことだな。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ブルー寮に着き、それぞれの部屋に戻ることにする。

 

「それじゃあ拓実くん、今日はありがとう。後、お猿さん、今日は本当にありがとう……」

 

「キキー、ウキキー!」

 

 猿も嬉しそうである。

 

「さっき丸藤先輩にも言ったけど、気にすんな」

 

「うん! それじゃあ、また明日!」

 

 そう言って踵を返す俺と猿。

 

 

「……猿は……………強……………を………………だ? 翔は……………か?」

 

「お猿………デッキ……、………拓実………もえさんが作……………」

 

「……………。あの………………構築……………か……」

 

 

 兄弟の話し声はだんだんと遠ざかっていく。

 

 よし!

 

「俺達もさっさと戻って寝るか」

 

「ウキッキー!」


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