これで俺はこの世界から逃げられないことが分かった。
一生ここで生きていかなければならないだろう。
改めてこれまでの自分の行動に思いをはせる。
学校が開始する早々、俺は”原作に関係なくこの世界の一員として行動しよう”などと考えていた。
しかし、果たしてそれは出来ていたのだろうか?
場面場面で相手を小馬鹿にするような行動をとっていたのではないか?
ここはアニメの世界だから別に良いと、心のどこかで思っていたのではないか?
そもそもここを現実の世界として行動するのなら、デュエルアカデミアに入学しようなどと思うことはなかったはずだ。26才の俺が今更高校生などチャンチャラおかしい。
「――やっぱ、どこか夢うつつだったんだろうな……。
やることなすこと全部うまく行ってたし……」
反省だ。反省が必要なのだ。
それを踏まえた上で今後どうするか……。
デュエルアカデミア……は入学した以上最後までやりたい。
この世界における学位もあって困るものじゃない。
オークションに関しては……さすがに調子に乗りすぎていた気がする。将来的にトラブルの要因にもなりかねない。これからは徐々に出すカードを減らしていこうと思う。
何よりも人との関わりに関してだ。これからはもっと、皆がそれぞれ生きている一人の人間であることを念頭に入れて行動していこう。取り巻きだからバカにするのではなく。モブキャラだからスルーするのではなく。
傲慢を捨てよう。見下しの態度はいつか自分を不利にする。
思い出せ。元の世界で俺は26年間、どうやって生きてきた?
こんなにも大胆なことをしていたか?
いや、もっと慎重に、石橋を叩いて渡っていたはずだ。
もっと八方美人を決め込み、敵対している人こそ積極的に味方に引き入れていたはずだ。
それが今はどうだ? まるで本当の子供のようじゃないか。
トントントン――。
「は~い」
「神だ。開けてくれ~」
すぐにドアが開かれ、翔が顔を出す。
「あ、拓実くん」
「よ! コイツが来てたから、多分お前もいるだろって思ってたぜ」
「キキッ、ウホ、ウホウホ」
二段ベッドに腰掛けた十代が軽く手を上げ、なぜかすでにこの部屋にいた猿が駆け寄ってきた。
彼らとの関係はどうする? これまでのままでいいのか?
これから彼らは様々な事件に巻き込まれていくことになる。それらは俺が居なくとも解決されるもののはずだ。
それでも俺が関わっていくことは本当に得策なのか? みんなとの距離を開けた方が、結果的にお互いにとって良いのではないか?
「猿もここに居たのか。
……君らが帰ってないから、大徳寺先生の部屋で待ってたんだ」
「そうなんだ~。お猿さんは寮の前の森にいるのを見つけたから、部屋に入れたんだ」
「拓実も突っ立ってないで早く入りなよ」
「ああ、そうだな……」
だめだ。今さら皆との距離を開けるのは不自然すぎるし、なによりも俺がいやだ。
この居心地の良い空間を捨てたくはない。はずかしいことだが、今の俺は彼らに本物の友情を感じている。
「へへ、拓実がここに来んの、何気に初めてじゃね?」
「そう言えば……そうかな?」
「ねぇねぇ、何して遊ぶっすか? トランプ? ジェンガ?」
そうだ……何を迷うことがある。今さっき本当の意味で、この世界の一員として生きていくことを覚悟したばかりじゃないか。
そもそもこれからこの世界が原作通りに進む保障などどこにもない。これから起りうる事件の中には、一歩間違えれば世界が滅ぶような物もあったはずだ。
そして、俺にはカードがある。この世界において、カードは「力」だ。「力」があるのならば、成せることも必然的に多くなる。
楽しそうに笑っている十代と、なぜか猿に頭をなでられている翔を見る。
俺がこいつらを守るなどと思い上がったことは言わない。
しかしせめて、より良いと思う筋書きに、危険の少ない筋書きに皆を導こう。
まぁ、どこまでやれるか分からないが――
「一丁頑張るか!」
◇◇◇◇
晩御飯をレッド寮でご馳走になった後、十代、翔と駄弁っているうちに夜の9時となった。
いよいよ作戦決行である。
――と言っても、翔を連れて行くだけの簡単なお仕事です。
今現在、寝る前の散歩と称して、十代、翔、俺で灯台に向かっている最中である。
隼人は今日の午後、父親から電話があったらしい。そのせいか彼は酷く落ち込み、しばらく前から布団の住人と化していた。ひょっとすると、留年したことに関して、何らかのお叱りを受けたのかもしれない。翔とカイザーのデュエルの決行場所はあらかじめ教えてあるので、まぁ、気が向いたら布団から抜け出して来るだろう。まったく、どこの家も家族問題で大変のようだ。
「やめてってば~! ははは」
「キー、キキ~」
翔はこれから待ち受ける試練をも知らず、猿と楽しそう戯れている。
「……翔ってやけに猿と仲がいいよね」
「イカダ作るの手伝って貰った時、色々世話になったって言ってたからな」
あぁ……。そう言えばそんなこと言ってたな。
◇◇◇◇
灯台の下では明日香、ももえ、ジュンコ、そして翔の兄、丸藤亮が待ち構えていた。
「待っていたぞ。翔」
「え? お、お兄さん?」
兄のただならぬ雰囲気に思わず後ずさる翔。そして疑問を浮かべた表情でいつものメンバーの顔を順番に見る。
翔の視線は最後に俺に止まり、それにつられてか皆の視線も俺に向く。
あー……、これは俺に説明しろってことかな?
しかたない、言いだしっぺは俺だ。もし説明義務なるものが存在するなら、きっとそれは俺にあるのだろう。
「まぁ……その、なんだ……。翔、お兄さんとデュエルしろ」
「え!?」
「皆が協力して機会を作ってくれた。ここで兄と戦って、出来れれば翔にはデュエルに対する苦手意識を克服してほしい。これは、……皆の願いでもある」
翔の顔が一気に青ざめる。
ひざはがくがくと震え、目はキョドりだす。
「そ、そんな……。僕なんかが兄さんに勝てるわけないよ」
「この際、勝ち負けは重要じゃない。一度全力で兄とぶつかって見ろって、翔。そうすれば、お前は変われるはずなんだ」
翔はもう一度兄に視線を向けた後、そのまま怯えたように視線を地面に落とす。
「だ、だめだよ……僕なんかが……無理だよ……」
翔はさらに2歩、3歩と後ずさる。その目には生気を宿していない。
「逃げ出すのか?」
カイザー亮は平坦とした声で翔に語りかける。
ビクッと全身を硬直させる翔。
「…………それもいいだろう……」
「うっ……うぅ……」
「おい、翔! お前、このままでいいのか!?」
「翔、頑張って……」
「キィーィ……」
目に涙を溜めた翔に対し、発破をかける十代と明日香。
「だ、だめ……。僕……だめなんだ……うっ、う」
「…………翔」
翔の中では、兄のカイザー亮はまさに最強の存在なのだろう。自分がそれに挑戦することすら
今回のデュエルはまさにそれを是正するためのものだったのだが――
兄と同じ場所に立って、デュエルすることすらできないのか?
これは俺が翔のトラウマを
くそ、こうなったら俺がデュエルするか? 俺がカイザーに勝てば、少なくとも兄が絶対的な存在ではないことには気づけるはずだ。
「翔……お前には失望した。
もうアカデミアをやめて家に帰れ。……お前はデュエリストには向かない」
「ちょっと、亮! そんな言い方って!」
翔は涙を溜めた目を瞑り、背を向けて走り出そうとする。
「おい、しょ」「ウキィー!!」
俺の制止の声に被せるように猿が翔のズボンを掴みながら一声鳴く。
ズボンを掴まれた翔は、そのまますってんころりんと地面に転がった。
「……? ……猿さん……?」
倒れた翔は放心した顔を、自分の足を掴む猿に向ける。
「キー! ウキー! キキキキー!
キッキキーキー! ウキャ、ウキッ! キッキキー、ウキャキャ、キー!!」
猿はカイザーをつんつん指差しながらひたすら何かをまくし立てている。
「ウホウホウホ、キキー! キキッキーキキー!」
「十代さま~、通訳をお願いしますわ~」
「いやお前、俺をなんだと思ってんだ?」
「なによ! 山猿なら猿語もわかるんじゃないの?」
「さすがに無理言うなよぉ。
――……へへ、でもあいつが何を言いたいかぐらいはわかるぜ!」
カッシャーン!
猿は左腕を構え、デュエルディスクを展開させる。
『デュエル!!』
ヘルメットから機械音声が流れ出す。
「翔をいじめんな! 俺とデュエルしろ! やっつけてやる!! だってよ!」
「猿がデュエル……だと?」
カイザーの顔には驚愕の表情が張り付いている。さすがにこれには驚いたのだろう。
「まさか逃げねえよな? カイザー」
カイザーを挑発する十代。
「むぅ……しかし、さすがに猿にデュエルが……」
「無理よねぇ……」
カイザーの後を引き継ぐように明日香。
「いいえ、できますわ~」
「そいつはデュエルのできるデュエル猿ですよ。
……丸藤先輩、よかったら戦ってみてくれませんか?」
「……」
カイザーは何かを考え込むように少し目を閉じる。
彼は彼とて、このまま翔に逃げられるのは不本意であるはずだ。
そして目を開き、猿に視線の矛先を合わせるカイザー。
「…………いいだろう。断る理由もない」
そう言ってカイザーは歩き出す。
灯台へと伸びる細い道を出て、広い空間のある崖の方へと移動する。
その後に続くように、俺達も観戦しやすい場所に陣取る。明日香達女子陣も合流し、これで観戦者一党は1カ所に集まった。
「翔、ちゃんと見てやんなよ」
「……うん……でもお兄さんが猿なんかに負けるわけないっす……」
「そんな言い方はないだろ? 翔、あいつはお前のためにデュエルするんだぜ!?」
「……うん」
「まぁ……デュエルに絶対はないさ。誰だって負ける時は負ける。
勝ち続ける奴なんている訳がないんだ」
こうなったらお前に托すぞ……猿。これに勝ったらいい名前を付けてやるからな!
『「デュエル!!』」