遊戯王世界でばら色人生   作:りるぱ

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第23話 廃寮から出よう

 勝利したももえが満面の笑顔で駆け寄ってくる。

 その後ろには黒服の男――タイタンが倒れ臥していて、起き上がる様子を見せない。

 どうやら本当に気絶しているようだ。

 まったく、なぜデュエルで気絶するのか謎である。あれか? 精神的ダメージって奴なのか?

 

 ――ん? 何かに今、一瞬光ったような?

 この時、俺に知覚できたのはそれだけだった。

 

「あれ? 拓実さま?」

 

 ――そして、異変はすぐに起きた。

 

「ま、周りの石像の目が光ってるんだな」

 

「見て! 地面に千年アイテムと同じ、目の模様が!」

 

「なんだこれ! けむりが――」

 

「ちょ、ちょっと! 何よこれ!?」

 

「拓実さま!?」

 

 突如皆が慌てだす。

 な、なんだ? どうした?

 

「うう……」

 

 ようやくタイタンが目を覚したようだ。彼は呻き声を上げながら、ゆっくり起き上がろうとしている。

 

「あ! あいつ、起きたみたいっす!」

 

「ちょっと変質者! これ、あんたの仕掛け!?」

 

 詰問するジュンコ。

 そう問いかけられ、タイタンは焦ったようにキョロキョロとあたりを見回す。

 

「な、何だこれは……。知らん、私は知らんぞ!!」

 

「こ、これは……。いやーー! 気持ち悪いですわ~~!」

 

「くそっ、こっち来るな」

 

 何かが現在進行形で起こっていることは確かだが、俺には何が何だか分からない。

 現状把握の為にも、一様に焦っている皆に声をかける。

 

「あのー、君達にはいったい何が見えてるのかな?」

 

 俺にはさっぱり何も異常が感じられないのだが……。

 

「ハネクリボー!? そうか、お前、助けてくれるのか」 

 

「ノーラさん! ――――うん、分かった! お願い!」

 

 無視ですかそうですか。

 ……急に透明人間になった気分だよ。

 てかもしかして、本当に俺のことが見えてない?

 

「みんな! あそこから外に出るんだ!」

 

「はやく! ノーラさんとハネクリボーがこいつらを抑えてる内に走るっす!」

 

 皆が十代の指差す方向――部屋の隅に向かって走り出す。

 何か何だか分からないけど、俺もトコトコと後をついていく。

 

「出れたみたいですわ~」

 

「ああーー、ひどい目にあったんだな……」

 

 さて、皆ほっとしているところ悪いけど。

 

「とりあえず聞いていい?」

 

「拓実!? お前、さっきまでどこにいたんだ?」

 

「拓実さま……よかった、無事でしたのね」

 

「いや、ずっといたよ!

 皆が何もない空間で騒いで、それでこっちの方に走って来たから俺もついて来たけど」

 

 怪訝な顔をする一同。

 

「拓実くん、今あそこに何が見える?」

 

 翔は部屋の中央を指差す。

 

「何って……しいて言えば、仮面のおじさんが一人で奇妙なダンスを踊っているけど……」

 

 しかしそう聞くって事は、皆には何か別の物が見えているということだろう。

 

「ももえ。あそこ、何が見えるわけ?」

 

「わたくしには黒い霧が集まって、大きな球体を作っているように見えますわ。

 さっきまでわたくし達もあの球体の中にいました」

 

 俺は視線を十代に移す。

 

「オレにも同じもんが見えるぜ。さっきまであん中で黒い饅頭(まんじゅう)みたいな小っこいのが一杯襲って来て、そこをハネクリボーとノーラさんが助けてくれたんだ」

 

「そう言えば何よそれ?

 なんでハネクリボーとブラック・マジシャン・ガールが現実にいるわけ!?」

 

 ジュンコが素っ頓狂な声を上げると、ももえと隼人もそれに気付いたようだ。

 

「ほ、ほんとなんだな!」

 

「まぁ! かわいらしいですわ~。

 ……でも、目を凝らさないとよく見えませんわね~」

 

「こいつら、カードの精霊なんだ。へへ、お前らも見えるようになったんだな」

 

「今この部屋は一時的に精霊の力が強くなってるから、みんなにも見えるらしいっす。

 でもそのうち見えなくなるってノーラさんが言ってる……」

 

 はい! はい! 俺にはな~にも見えませ~ん。

 はぁ……。まぁ、それはともかく。

 

「あそこで何かに襲われたって言ったな。

 ってことは、今現在ふしぎなおどりを踊っているあのおっさんは襲われているのか?」

 

「オレには黒い霧で中が見えねぇけど、たしかさっきまでは襲われてたぜ」

 

 そっか……襲われてるのか……。

 

「ん~~。しようがない」

 

「どうなさいましたの? 拓実さま~」

 

 このまま見捨てるのもなんだしね。

 

「ちょっと待ってろ。あのおっさん連れてくる」

 

 そう言って俺は先ほどいた場所――石室の中央に向かって歩き出す。

 

「お、おい!」

 

「拓実さま!?」

 

 ひたすら手で何かを払いのけているように見えるタイタンの元へと歩を進める。

 

 十代達には俺が黒い霧の中に入ったように見えたことだろう。

 しかし俺にはそもそも、そんなもの見えていない。

 …………なんだろ? この仲間はずれ感……。

 

◇◇

 

 必死に手を振りながら喚き散らすタイタン。

 彼は近づく俺にまったく気づく様子を見せない。

 

「やめろ! やめてくれぃ…………。

 ――――うわぁぁあぁぁぁ!! あぁ、あ、あ、あ、ぶはぁ~~~~~~~~」

 

 おや!? タイタンのようすが……! 

 

 暴れていたタイタンが急に静かになった。

 だらりと両手を下げ、口は半開き。何かエクトプラズム的なものを口から出しているように見える。

 

『さぁ、闇のデュエルを始める。我の生贄になるがいい……』

 

 タイタンは顔をこちらに向け、急に落ち着きはらった声で喋り出す。

 今度は俺が見えてるってことかな?

 よく見ると、その両目は充血したように赤くなっている。

 声にもエコーがかかっているし、とてもじゃないが正気だとは思えないご様子だ。

 

 タイタンへと近づき、腰を落とす。

 

 

「破ッ!」

 

 ドスッ

 

「ぐはっ」

 

 正拳突きをタイタンのみぞおちに向けて打ち放つ。

 たまらず腰を落とし、頭を下げたところで。

 

「セイッ!」

 

 ゴッ

 

「げふっ」

 

 チョップを脊髄に決め、意識を刈り取る。

 ……ふっ、通信空手6段、舐めんな。

 

 

 力技で闇のデュエルを回避する俺であった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タイタンを背負って皆のところに戻る。

 といっても目と鼻の距離であるし、こちらからは皆の様子がよく見えていた。

 ある程度近づくと、ももえが一番に反応する。

 

「拓実さま! ご無事でしたのね!」

 

「おう、連れてきた」

 

「あまり無茶するんじゃないぞ、拓実」

 

 隼人も心配したように声をかけてくれる。

 

「見て!」

 

「闇が…………消えていく……」

 

 翔が部屋の中央を指さすと皆がそちらに目を向けた。

 俺も釣られて見るけど、やはり何も見えない。

 

「あれって一体何だったの?」

 

「さぁ……?」

 

 共に首を傾げる翔と十代。

 

「それよりも明日香さまを!」

 

「そうだわ! 明日香さん!!」

 

 ももえ、ジュンコを先頭に、明日香の横たわる棺へと駆け寄るみんな。

 

「よかった……気絶しているだけみたい……」

 

「ええ……本当に……」

 

 ほっとしたようにつぶやくジュンコとももえ。

 

「とりあえずここから出ようぜ。この場所にはまだ(なん)かあるかもしれねぇし」

 

 俺と一緒に後から駆け寄った十代はそう言いながら、明日香の腕を縛る縄を解きにかかる。

 

「賛成なんだな」

 

「うん、こんな気味の悪いところ、速く出ようよ」

 

 十代の提案に一も二も無く賛成するメンバー達。もちろん俺も賛成だ。

 縄を解いた十代はそのまま明日香を背負い、外に向けて走りだす。その後に続く翔と隼人が懐中電灯で暗い道を照らし、デカブツを背負った俺も皆の後を追いかける。

 道のりはそんなに長くはない。大所帯でわらわらと走り、トンネルを抜けて廃寮を出る。

 そのままある程度走り続け、廃寮から離れることにする。皆、あの場所に少なからず恐怖を覚えているのだ。

 少し開けた場所が目についたので、ここで一旦止まることにした。

 十代は背中から明日香を降ろし、木にもたれかけるように座らせる。

 

「おい、明日香、明日香」

 

 片膝立ちで、ぺちぺちと明日香の頬をはたく十代。

 この暴挙に対し、眉をひそめるジュンコとももえ。

 そもそもジュンコは十代が明日香を背負った時点で顔をしかめていたのだ。

 

「ちょっと山猿! 明日香さんに乱暴しないでよ!」

 

「あ、ああ。わりぃ」

 

「う……うぅ」

 

 十代のぺちぺちが効いたのか、どうやら明日香が目を覚ましたようだ。

 

「…………ここ……は……?」

 

「おっ、気がついたのか」

 

「あなた達…………どうしてここに?」

 

 また意識が朦朧としているのだろう。明日香は弱々しく声を絞り出す。

 

「安心しろよ明日香。お前を襲った奴は拓実が拘束してるぜ」

 

「いや、別に拘束はしてないけどね。コイツ気絶してるし」

 

 それにしてもいいかげん重いな。地面に落とすか。

 ――ヨイ、ッショっと……。

 

 ドサッと地面に落ちるタイタンを見て、明日香は目を丸くする。

 

「え? ……じゃあ、あなた達が?」

 

「いや、今回オレは何もしてねぇ」

 

「浜口が誘拐犯をやっつけたんだな」

 

「ほとんどももえさんのお手柄っす」

 

 明日香はももえの方に向き直る。

 

「明日香さまが攫われて、ジュンコさんが一番最初に探しに行ったのですわ~」

 

「その後にももえがこの変質者をデュエルでボッコボコにしたんだけどねー」

 

「そう…………。

 あなた達……ありがとう」

 

「明日香さんを助けるなんで当ったり前よ」

 

「当然のことをしたまでですわ~」

 

 頼れる友人を見て、明日香は微笑み、ももえとジュンコも微笑む。

 皆が女性陣の友情確認に見蕩れる中、十代は「そうだ」とばかりに手をポンッと打つ。

 

「明日香、これ……とこれ」

 

 十代は【エトワール・サイバー】のカードと一枚の写真を明日香に渡す。

 カードの方は明日香のエースモンスターの一枚で、きっとどこかに落としたのを十代が拾ったのだろう。

 

「……この写真は、兄さん!」

 

「この人が明日香さんの?」

 

「まぁ! とってもイケメンですわ~」

 

 写真の右下にはサインペンで「10JOIN」と書かれている。

 明日香の兄が書いたものだろうか?

 

「間違いない、これは兄さんのサイン。

 兄さんはよく洒落で天上院の天を数字の10で書いてた……」

 

「これしか見つけられなかったんだ。

 ごめんな。明日香の話を聞いて、俺も何か手伝えればって思ったんだけど……」

 

「それじゃあ、あなたわざわざ私のために!?」

 

 

「明日香の話って言うと例の?」

 

 行方不明となった兄のことか……。

 

「はい……。

 明日香さまのお兄さまの最後の足取りが、この廃寮なのだそうですわ」

 

 それをどっかで十代が知って、ここに手掛かりを探しに来たってわけか……。

 

 周りがしんみりなムードに包まれる。

 さて、いつまでもこうしてはいられない。

 

「よし! 明日香も無事目を覚ましたことだし、とりあえずこれからの方針を決めるぞ」

 

「方針っすか?」

 

「ああ。まず女性陣はこのまま帰還。明日香は必ず医務室で精密検査を受けてくれ。表面上なんのダメージがなくても中身は違うかもしれない。捕まった時に何らかの薬品を嗅がされただろうしな」

 

「ええ、そうするわ。

 拓実くんもありがとう。わざわざ来てくれたんでしょ?」

 

「まぁ、俺はももえに呼ばれたからだね。

 それから男性陣。とりあえず俺とブルー寮まで一緒にこの不審者を護送してくれ。途中で目を覚ましたら俺一人じゃ対処できないかも知れない」

 

「OKだ」

 

「うん、わかった」

 

「わかったんだな」

 

 全員の顔を見回し、最後に号令を放つ。

 

「それじゃあ、今夜はこれにて解散!

 女子は気をつけて帰れよ。何なら隼人あたりを付けようか?」

 

「いいえ、大丈夫よ。私も少しふらつくけど、歩けるわ」

 

「そうね。変質者はそっちにいるわけだし、あんま人数裂かない方がいいでしょ」

 

「ええ~。

 それじゃあ、拓実さまもお気をつけて」

 

「ああ、また明日」

 

「じゃあな!」

 

「バイバイ」

 

「また明日なんだな」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 女性陣が去っていくのを見届け、自分たちもブルー寮に向かうことにする。

 

「隼人、ちょっとコイツ背負うのを替わってくれ。疲れたわ……」

 

「わかったんだな」

 

 タイタンを隼人に渡すと俺は十代と翔に向き直る。

 

「なあ、今もカードの精霊は出てるのか?」

 

 気になっていたことだ。なぜ俺だけ何も見えなかったのだろうか?

 

「うん。今ぼくのとなりにいるっす」

 

「ああ、割としょっちゅう出てるよな」

 

「ココら辺?」

 

「そう。そこにブラック・マジシャン・ガールのノーラさんがいるよ」

 

「う~~ん」

 

 やっぱり見えない。

 

「そう言えばうやむやになってたけど……、

 本当にカードの精霊が存在してたなんて……驚きなんだな」

 

「なぁ、隼人は見えるのか?」

 

「ちょっと待つんだな」

 

 隼人はそう言うとブラック・マジシャン・ガールがいるらしき方向に目を向ける。

 

「……不思議だぁ。少し前までは見えなかったのに、今はこう、よ~く目を凝らして見ると、薄っすらと見えるんだな」

 

 隼人はよく近眼の人が遠くを見るときにするように、目を細めて力を入れている。

 なるほど、そうすれば見えるのか。

 

 さっそく隼人の真似をして目に力を入れてみるが、やはり何も見えない。

 

「いや~、駄目だ。やっぱ俺には何も見えない。

 ……なぁ、何が原因だと思う?」

 

「え? 拓実には霊感がない……とか?」

 

「精霊を見るのに霊感がいるんっすか?」

 

「いやよくわかんないけどよ~。そうだ! 今度大徳寺先生に聞いてみるってのは?

 あの人時々怪しいこと言ってるし、そういうのに詳しいかも」

 

 大徳寺先生っていうと、倫理と化学の教師だ。そして今の時点では知り得ない情報なのだが、本名はアムナエル。優秀な錬金術師なのだそうだ。

 知識量はすごいだろうし、色々と聞いてみるのもいいかも知れない……。

 

「確かレッド寮の寮長先生をやってるんだよね」

 

「うん、そうだよ。今度拓実くんもレッド寮においでよ」

 

「歓迎するんだな」

 

 

 2年生になると精霊界での活動もある。いつまでも霊感ゼロなのは色々と支障がでるだろう。

 ……まぁ、今回のようにプラスになることもあるけどさ。

 記憶が正しければ、大徳寺先生は良い人だったはずだ。明日にでも色々と聞きに行こう。


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