遊戯王世界でばら色人生   作:りるぱ

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第21話 変質者を爆破しよう

 夜の林道を全力ダッシュで走り抜ける。

 道を照らすのは月明かりのみ。街灯を設置して欲しいと切実に思うが……今それを考えても仕方がない。

 走って5分程度で着く廃寮までの道のりは、短いようで長い。肺が引き攣るように痛み、脳は身体を休息させろと喚き散らす。

 もちろん、そんなものは全部無視だ。

 

 ――よし、見えてきた。

 数年前から使われなくなった廃寮が視界に入ってくる。質素な2階建てであり、豪華絢爛な現ブルー寮に比べると大分見た目が普通である。

 

「すー、はー、すー、はー」

 

 移動スピードを歩く速さまで落とし、息を整える。

 変質者がいるのだ。襲われた際に動けなかったら意味がない。

 

 ……にしても、人がいないってだけでここまで印象が変わるもんだね。

 元ブルー寮の発する雰囲気は、今や完全に幽霊屋敷のそれだ。

 どちらかと言えば、お化け関連は苦手な部類である。こんな時じゃなかったら、こんなとこ、絶対に入ることはあるまいと断言しよう!

 

「しまったな」

 

 唐突に気付く、懐中電灯を持って来るべきだった。しかし、そもそも部屋から出た時点ではどこに行くのかすらも分からなかったわけだから、仕方がない。

 ……まぁよくよく考えてみれば、こんな暗い中で懐中電灯を点けるなど、変質者に自分の位置を知らせているようなものだ。持ってこなくて正解だったかもしれない。

 

 廃寮内に足を進めると、中は思ったよりはるかに明るかった。

 廊下の窓は光を取り入れるために大きく設計されているようで、月光が寮内を照らし、地面に散乱しているガラクタをくっきりと映し出している。

 すぐ階段を見つけたので、とりあえず2階から探すことにする。そこまで広い寮でもない。歩き回れば、そのうち見つかるだろう。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「繋がらないなぁ……」

 

 さっきから何回もももえに電話をかけているのだが、ずっと圏外にいるようだ。

 寮内全ての部屋を探したにもかかわらず、2階にも1階にも人っ子一人いない。

 まさか二人が先に帰ったなどということはないだろう。そうであるのなら、ももえから連絡があるはずだ。

 

「ということは、後はここだけか……」

 

 一階エントランス付近でつぶやく。目の前には地下へと続く短い階段があった。

 埃のついた手すりを伝って降りて行くと、教室程度の広さがある地下室に辿り着いた。白い布をかけたソファーや机が並べられており、物置部屋といったところだろう。ここまではまぁ普通だが、なぜか奥の方に一つ、くり貫かれたような、真っ暗な横穴があった。

 崩れないよう木材で補強されている横穴から中を覗くと、冷たい風がヒュウヒュウと頬にあたる。どうやら、この真っ暗な空間は奥へとずっと続いているようだ。

 詰まるところ、これはトンネルの入り口であるらしい。

 

「何も見えないな……寒いし……。ももえとジュンコがここを進んだとは考えにくいが……」

 

 前にももえに聞いた話だと、ジュンコはあれでなかなかの怖がりなのだそうだ。ももえに関しても、わざわざこんな危なそうなところには入っていかないだろう。

 とまぁ、色々と言い訳を考えたが、ようするに俺がここに入りたくないだけなのである。いや、そんなこと言ってる場合じゃないのは重々承知しているのだが――。

 と、そんな感じに情けないことを考えていたところで、トンネルの奥から、くぐもった声が漏れ聞こえてきた。

 

『そ……ら……、……う…………………………だ……』

 

 反響で内容はいまいちよく聞き取れないが、心霊現象でもない限り、きっと人の声なのだろう。

 いっそ、風の音ってことにして、このまま帰ろうという考えも頭をよぎったが、いやいやさすがにそれはダメだと頭を振る。

 

 ――やっぱ……、この暗黒空間に入らないとダメか……。

 覚悟を決め、なるべく物音をたてないよう、抜き足差し足でトンネル内を歩く。照明がない為、左手を冷たい土の壁に這わせている。

 しばらくすると奥から薄っすらと明かりが目に届き、同時に声の方もなんとか判別可能な程度にはくっきりと聞こえてきた。

 

 この声は…………ひょっとして、十代と翔か?

 意を決して明かりの灯った部屋へと入ることにした。

 そこでは――――

 

 なぜか――、ももえが黒ずくめの仮面男と、デュエルをしていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 石室と言えばいいのだろうか。壁は剥き出しの岩である。

 その壁に、等間隔に蛇の石像が彫られている。

 石室の中央には巨大な竜の骨によって形作られた円形の空間があり、その空間内でももえと黒ずくめが向かい合っていた。

 ももえの後ろで十代、翔、隼人、ジュンコが観戦していたので、とりあえず声をかけることにした。

 

「お~い……。誰か状況を説明してくれ~」

 

「拓実? お前も来たのか?」

 

 振り返った十代の表情は、いつもの暢気さを想像できない程に硬い。

 

「ほおぅ、まぁた新たな生贄が現れたか」

 

「拓実さま?」

 

「拓実?」

 

 女子二人組もこちらに気がついたようだ。黒服の仮面男も何か言っているが、特に内容がないので今は無視。

 

「大丈夫か? ももえ、ジュンコ。できれば今の状況を説明してくれないか?」

 

「あいつが明日香さんをさらった変質者!

 今ももえがデュエルで明日香さんを取り返すところよ!」

 

 よく見ると仮面男の後ろには骨の装飾に彩られた棺があり、明日香はその中に横たわっていた。両手を縛られている彼女は気絶しているのか、ピクリとも動かない。

 

「はい~。拓実さま、少々お待ちください。すぐに終わらせますわ~」

 

 はは……。それにしても、色々と覚悟して来て見れば、「デュエルで決着だぜ!」か……。

 いやまぁ、良かったんだけど、良かったんだけどね。

 ――なんかすっごく納得いかない!

 

 

「まだデュエルが始まったばかりで、今2ターン目でももえさんのターンっす」

 

 気を取り直して、観戦者たちにデュエルの進行状況を聞いてみた。

 

「1ターン目であの黒ずくめが攻撃力900の【インフェルノクインデーモン】を攻撃表示で召喚して、その後フィールド魔法を発動したんだな」

 

「フィールド魔法?」

 

「【万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-】ぅ……。【デーモン系】のモンスターが持つライフを支払うデメリットを無効にする効果と、破壊されたデーモンよりレベルの低いデーモンをデッキからサーチできる効果を持っているフィールド魔法なんだな」

 

 なるほど、この骨空間はそれでか。

 

「最後に魔法・トラップゾーンにカードを1枚セットして、ターンを終えたっす」

 

 最後にカードを1枚セット、ね……。トラップかな?

 まぁそれはともかく、今はもっと気になることがある。

 

「え? ってことはあいつ、デーモンデッキでももえとデュエルするのか?」

 

「ああ、破壊耐性を持った高攻撃力モンスターの多くいる、厄介なデッキだぜ」

 

「……ももえさん、大丈夫かな?」

 

「心配なんだな……」

 

 男三人は心配そうな視線をももえに向けている。

 

「ハ……ハハハ」

 

 つい笑ってしまった。モンスターを維持するためにライフを支払い続けるデーモンデッキで、ももえのバーンデッキと戦うって?

 

「心配心配って、なっさけないわね。だからあなた達はレッドなのよ」

 

「拓実にジュンコ、お前らはももえが心配じゃないのかよ!」

 

「そうだよ。あいつ、このデュエルのことを闇のゲームだって言ってたし……」

 

「遊城十代。あんたデーモンデッキのことを"厄介"って言ってるけどねぇ、その表現って、ももえが使う”アレ”に対してこそ言うべきよ」

 

 ジュンコが虚ろな目をしている……まさか……。

 

「……ジュンコ、ひょっとしてももえのアレとやったのか?」

 

「デュエルならしたわよ。デッキ調整を手伝ってくださいなって言われて……。悪夢だったわね。

 まぁ、あなた達見てなさい。ももえが負けることは万に一つもありえないから」

 

 

「うぬぬぬぅ……。キサマら、私が怖くはないのか」

 

 仮面男が唸っていた。

 

「まぁいい……。後々キサマら全員に闇のデュエルの恐ろしさを教えてくれるわ」

 

 あれ?

 今気付いたけど、あいつセブンスターズのタイタンじゃない? なんで今出てきてるの?

 でも相手があいつなら、闇のデュエル云々は本当かもしれない。

 

「ももえ! 本当に闇のデュエルなのかもしれない! なるべく無傷で倒すんだ!」

 

「はい、拓実さま! 傷一つ付かずに倒して見せますわ~」

 

「キサマら……! ()めおって……!」

 

「わたくしのターン、ドローですわ~」

 

 ももえのドローが終了するや否や、タイタンは声を張り上げる。

 

「スタンバイフェイズに【インフェルノクインデーモン】の効果発動ぅ!

 デーモンと名のつくモンスターの攻撃力を1ターン1000アップさせる。自身を対象に発動し、【インフェルノクインデーモン】の攻撃力を900から1900へと上げる!」

 

 紫のローブを身につけ、コウモリのような翼を持つ女性型の魔神――【インフェルノクインデーモン】。その能力を発動し、粘着質なオーラを身に纏う。

 

「攻撃力を上げる効果をお持ちのようですが……わたくしには関係ありませんわ~」

 

 しかし、そのパワーアップをまったく意に介さないももえ。

 

「手札から【デス・ウォンバット】を攻撃表示で召喚し、続けて永続魔法、【レベル制限B地区】を発動しますわ。【レベル制限B地区】により、レベル4以上のモンスターは全て守備表示になりますわ~」

 

 【インフェルノクインデーモン】は全身をガードするように大きな翼を畳み、守備表示へと体勢を変える。守備力は1500だ。

 

 

「やったぜ! ももえの召喚した【デス・ウォンバット】はレベル3。

 【レベル制限B地区】の効果を受けない!」

 

「これなら攻撃力1600の【デス・ウォンバット】で、守備力1500の【インフェルノクインデーモン】を倒せるんだな」

 

「あら、ももえは攻撃しないわよ」

 

「え? 何でっすか?」

 

「あの子のデッキ、相手のフィールドに伏せカードがある時は攻撃しないんだって。この前のデッキ調整デュエルの時にそう言われたわ」

 

「まぁ、そこら辺は俺が徹底させた。ももえのデッキじゃあ攻撃しても得られるメリットはあまりないからな」

 

「へー、おもしれえな。それってどんなデッキなんだろ」

 

「見てれば分かるわよ」

 

 

「わたくしは手札からもう1枚永続魔法を発動します。【黒蛇病】ですわ~」

 

 これで一応はロック完成か。今回は早かったな。

 

「最後にカードを1枚セットして、ターン終了ですわ~」

 

 ターン終了と同時に、【インフェルノクインデーモン】の攻撃力は元に戻る。

 

 

◇◆◆◆

 

「小娘よ……。さっきのターン、バトルを行うことを忘れたようだな。だが私は手加減せんぞ!

 ドローゥ! スタンバイフェイズ、【インフェルノクインデーモン】は自身の効果により、その攻撃力を1900まで上げるぅ!」

 

(【レベル制限B地区】……やぁっかいな!)

 

「私は【インフェルノクインデーモン】を生贄にぃ、【暗黒魔族ギルファー・デーモン】を守備表示で召喚する! さぁらにカードを一枚セットし、ターンエンドだぁ!」

 

 

◆◆◆◇

 

「ついに上級デーモンが出てきたっすね」

 

 翼を持つ巨大な悪魔がフィールドに降り立つ。

 その身は黒に近い朱色。狂気に満ちた眼は爛々と黄金色に輝き、己が敵を見据える。

 そして悪魔は腕を交差させ、守りの体勢を取った。

 

「攻撃力2200、守備力2500のデーモンなんだな……」

 

「でも【レベル制限B地区】があるかぎり、あいつは攻撃ところかモンスターを攻撃表示にすることもできねぇ」

 

「まぁ、それもももえの恐ろしさの一端よね。よく見てなさい、本番はこれからよ」

 

 

「それではわたくしのターンです。カードをドローしますわ」

 

 ももえの【黒蛇病】。まずは第1段階発動だな。

 

「【黒蛇病】が発動いたします。両プレイヤーに200のダメージを与えますわ~」

 

「ぬぅ……。小癪な……」

 

タイタンLP 4000 → 3800

 

「わたくしは【デス・ウォンバット】の効果により、自分への効果ダメージを無効にしますわ~」

 

「この瞬間! 私はトラップカード、【砂塵の大竜巻】を発動! その邪魔なロックカードを破壊する!」

 

 突如発生した竜巻は孤を描くようにフィールドを通過し、その通り道にある【レベル制限B地区】を巻き込み、粉々に粉砕した。

 

「あら、よろしいですの? このタイミングで【レベル制限B地区】を破壊なさって……」

 

「キサマのデッキなどすでに読めたわぁ! 相手をロックし、その【黒蛇病】でじぃわじわダメージを与えていく……。キサマが守備力2500ある【ギルファーデーモン】を倒せるカードを、そぉのデッキに入れるとは思えん!」

 

 

「なぁ、これってちょっとやばくねーか?」

 

「次のターン【デス・ウォンバット】がやられたら、【黒蛇病】のダメージは自分にも降りかかるんだな」

 

「それ以前にデーモンに殴られてライフがゼロになるっすよ」

 

「ま~大丈夫なんじゃない?」

 

「そうね、大丈夫でしょ。ももえだし」

 

 戦々恐々している十代達に対し、俺とジュンコは何の心配もしていない。気楽に観戦を続ける。

 

 

「そうですわね……。確かにメインデッキに高レベルモンスターを入れるのは主義に反しますわ。

 でもだからと言って、高攻撃力モンスターがいないわけではありません」

 

 さっきのタイタンのセリフに対し、ももえは少しカチンっときたらしい。

 

「わたくしは【レスキューキャット】を召喚し、効果を発動しますわ~」

 

 ももえの十八番(オハコ)、安全ヘルメット猫による獣族特殊召喚である。

 空中より出現した【レスキューキャット】はぐるりと宙返りを決め、華麗に着地。そして可愛らしい鳴き声と共にその身を光の粒に変え、能力を発動させる。

 

「【レスキューキャット】を生贄に、デッキからレベル3以下の獣族を2体特殊召喚いたします。おいでなさい! 【魔轟神獣ケルベラル】! 【マイン・モール】!」

 

 フィールドに首が三つある犬が登場する。三つ首であるにも関わらず、その容姿はコミカルでかわいらしい。犬と言うよりも「わんこ」と呼ぶのが相応しいだろう。

 これが【魔轟神獣ケルベラル】。レベルは2で攻撃力は1000だ。

 

 続いてツルハシをもった小さなモグラが登場する。かわいらしく手を上下に振っていて、そしてなぜか鼻に花をくっ付けている。

 レベル3【マイン・モール】。これまた攻撃力は1000である。

 

「ザコを揃えおって……。どぉうしようというのだ?」

 

「【魔轟神獣ケルベラル】はチューナーという特性を持っていますわ~」

 

 

「げげっ、あれがくる」

 

 女の子にあるまじき言葉使いをするジュンコ。

 前に使われた時、よっぽとトラウマだったんだな……。

 

 

◇◆◆◆

 

「チューナーである【魔轟神獣ケルベラル】を含めたフィールド上のモンスター、そのレベルを合計8になるよう生贄に捧げますわ~。

 レベル2【魔轟神獣ケルベラル】、レベル3【マイン・モール】、そしてレベル3【デス・ウォンバット】を生贄にささげ、融合デッキからモンスターを特殊召喚いたしますわ」

 

(ええと~、ここは拓実さまに教えてもらったとおりのセリフを……)

 

 

◆◆◆◇

 

【魔轟神獣ケルベラル】は空中に飛び上がり、光の輪となる。続いて【マイン・モール】【デス・ウォンバット】は輪を括りぬけ、同時に光の星へとその姿を変える。

 星は廻りながら1つへと融合し――――

 

「黒き疾風よ、秘めたる想いを翼に現出せよ~!

 舞い上がりなさい! 【ブラックフェザー・ドラゴン】!! ですわ~!!」

 

 そして光の中より降臨する、漆黒の羽を持つドラゴン。

 

 ブァサーーッ!

 

 無数の黒い羽がフィールドを埋め尽くすように舞い落ちる。ドラゴンは漆黒の翼を広げ、その全容を露にするともに咆哮をあげる。

 

『グオォォオォォ!!』

 

 大きく開かれた大鷲のようなクチバシの中に鋭い牙の列。

 手足がない代わり、その部分に生えた刃のような銀色の羽がギチギチと(うごめ)いている。

 その全身は漆黒の羽に包まれ、周りにある光を全て吸い込まんとゆらゆら揺らめく。

 全容はドラゴンと言うより"神獣"、"神鳥"という名の方が似合うだろう。

 

 

「おお!! すげえ!! なんだあれっ!?」

 

 十代は嬉しそうにはしゃいでいる。

 

「あれって融合召喚なんっすか?」

 

「【融合】を使わない特殊な融合モンスターね。召喚条件はさっきももえが説明したとおりよ。まっ、手札融合できないのが難点よね」

 

「かなりめずらしいんだな」

 

「レベルで融合か~。いいなぁ~。俺も欲しいぜ~」

 

 十代よ、残念ながら俺がいた時点でE・HERO(エレメンタル・ヒーロー)のシンクロは存在しなかったのだ。あきらめてくれ。

 

 

「【ブラックフェザー・ドラゴン】の攻撃力は2800。【ギルファーデーモン】の守備力2500を上まりましたわね」

 

「うぬぅ……」

 

 仮面をつけている為はっきりとは分からないが、たぶん驚愕の感情を顕にしているタイタン。

 

「まさか、このような方法で上級モンスターを呼び出すとは……」

 

 とは言え、タイタンの表情はまだどこか余裕があるように見える(たぶん)。

 伏せカードか手札、どちらかに状況をひっくり返すカードがあるのかもしれない。

 

「それにしてもそのフィールド魔法、邪魔ですわね。デーモンを使うのでしたら相応のコストを支払っていただくのがスジですわ~。わたくしは永続魔法、【燃えさかる大地】を発動致します。【燃えさかる大地】は発動時に全てのフィールド魔法を破壊しますわ~」

 

 天より炎が落ちる――。

 それは塊と称するにはあまりにも巨大で、石室の全てに充ち満ち、視界を赤一色に埋め尽くした。

 紅煉の炎はフィールド魔法、【万魔殿-悪魔の巣窟-】を燃やし、焦がし、溶かし尽くす。

 周囲の骨々とした空間は粉々に崩れ去り、炎と共に消え失せる。

 後には無味乾燥な、灰色の石室だけが残った。

 なるほど……これがこの場所の本来の姿か――。

 

「……ちいぃ」

 

「そしてわたくしは攻撃をせずに、このままターンエンドですわ~」

 

「何っ!?」

 

 

◇◆◆◆

 

「……私のターン、ドォーロー!」

 

(こうまでして攻撃せんとは……この小娘、攻撃を放棄しているとても言うのか?

 この私が最初のターン、場に伏せた【聖なるバリア-ミラーフォース-】。このままでは無用の長物になりかねんっ!)

 

「あなたのスタンバイフェイズに永続魔法、【燃えさかる大地】の効果が発動します。それぞれのスタンバイフェイズに、そのターンのプレイヤーに500のダメージを与えますわ~」

 

「くぬぅっ」

 

 タイタンを目標に、天より極太の炎が降り注ぐ。

 フィールド魔法を破壊した時ほどの苛烈さはないが、それでも炎は確実にタイタンの生命力を焼き払っていく。

 

タイタンLP3800 → 3300

 

「そしてデーモンの維持コストでもライフを支払うはずですわ~」

 

「残念ながら私のフィールド上にある【暗黒魔族ギルファー・デーモン】には、維持コストは存在しない」

 

「あら……それは残念ですわ~」

 

「クッ。私は【デーモン・ソルジャー】を攻撃表示で召喚」

 

「攻撃力1900のノーマルモンスターですわね……。せっかくフィールド魔法を壊しましたのに、維持コストを必要なデーモンが出てきませんわ~」

 

「ちぃぃぃっ! 私はターンエンドだ!」

 

 

◆◆◆◇

 

「なんかももえさん、拓実くんに似てきてないっすか?」

 

「確かに、相手を挑発するような話し方なんだな」

 

「わざと怒らせて、冷静な判断を奪おうって喋り方だよな~。あきらかにあの黒服は残りライフを気にして、強力な"要維持コスト型"のデーモンが出せないってのに」

 

「拓実、あまりうちのももえに悪影響を与えるようなこと教えないでよ」

 

「いやいやいや、何も教えてないから!」

 

 …………たぶん。

 

 

「それでは、わたくしのターンですわね。ドローしますわ~」

 

 ももえのフィールドに目を向ける。僅かなターンでここまで……素直にすごいな。

 もうここまでフィールドを整えたなら、後は消化試合だろう。

 

「スタンバイフェイズに【黒蛇病】が発動いたしますわ~。

 両プレイヤーに前ターンの倍、400のダメージを与えます」

 

タイタンLP3300 → 2900

 

「しかし! キサマのフィールドには、ダメージを無効にする【デス・ウォンバット】は存在せんぞぉ! 共にダメージを受けてもらおう!」

 

「【ブラックフェザー・ドラゴン】の効果が発動されますわ。

 自分が効果ダメージを受ける時、【ブラックフェザー・ドラゴン】に【黒羽カウンター】を1つ置き、それを無効にしますわ」

 

「なっ!?」

 

 【ブラックフェザー・ドラゴン】の翼に赤い筋が浮かび上がり、【黒蛇病】のダメージを吸収する。そして、1枚の赤く光る羽を生み出す。

 

「【黒羽カウンター】1枚に付き、【ブラックフェザー・ドラゴン】の攻撃力は700ダウンしますわ。今の【ブラックフェザー・ドラゴン】の攻撃力は700下り、2100となりますわね。

 そして続いて【燃えさかる大地】の効果も発動されますわ。それぞれのスタンバイフェイズにターンプレイヤーにダメージを与えますので、わたくしもダメージを受けますわ~」

 

 頭上より燃え盛る炎がももえに降り注ぐ。

 しかしそれを【ブラックフェザー・ドラゴン】が全て受け止め、吸収。

 そして……、2枚目の赤く光る羽が生み出された。

 

「これで【黒羽カウンター】は2枚ですわね。

 【ブラックフェザー・ドラゴン】の攻撃力はさらに700下がり、1400となりますわ~」

 

 

◇◆◆◆

 

(なるほどぉ、こうやってダメージを無効化していくつもりか……。

 だがこれなら! デーモンでも十二分に破壊できるぅ!)

 

 

「とでも考えてるんでしょうね、あの変質者」

 

「ジュンコ、あれもくらったのか?」

 

「ええ、ええ、十分やられましたとも」

 

「なになに、なんのはなし?」

 

「オレも気になる~」

 

「説明して欲しいんだな」

 

「ああ、ごめんごめん。すぐ分かるから見てなって」

 

 

「わたくしはさらに【ブラックフェザー・ドラゴン】の効果を発動しますわ~。

 【黒羽カウンター】を全て取り除き、1枚につき相手モンスター1体の攻撃力を700下げます。

 【黒羽カウンター】を2枚取り除いて、【暗黒魔族ギルファーデーモン】の攻撃力を1400下げますわ~」

 

【ブラックフェザー・ドラゴン】は2枚の赤く光る羽根を【ギルファーデーモン】に向けて打ち放つ。赤い羽根は【ギルファーデーモン】に突き刺さるとその力を吸い取り、自身の色を輝くような漆黒へと変貌させた。

 

「これで【ギルファーデーモン】の攻撃力は800。

 さらに、【ブラックフェザー・ドラゴン】の攻撃力は2800に戻りますわ~」

 

「なにぃぃぃ!!」

 

「まだ【ブラックフェザー・ドラゴン】の効果は終わりませんわよ。先ほどの効果で下げた攻撃力分、相手のライフに効果ダメージを与えますわ。1400のダメージですわ~!」

 

【ギルファーデーモン】に刺さった漆黒の羽はその力を開放し、大爆発を起こす。

 轟音と共に、炎に包まれるフィールド。

 その爆風に煽られ、1400のライフを失うタイタン。

 

「ぬおぉお!!」

 

タイタンLP2900 → 1500

 

「わたくしは手札から装備魔法、【ミスト・ボディ】を【ブラックフェザー・ドラゴン】に装備いたしますわ。【ミスト・ボディ】を装備しているモンスターは戦闘では破壊されませんわ~」

 

(ちぃっ! これで【ブラックフェザー・ドラゴン】はフィールドに居座り続けると言うことか!)

 

「【ブラックフェザー・ドラゴン】を守備表示に変更し、さらにカードを1枚セット。

 そしてターンエンド、ですわ~」

 

 

「ももえさん、とことん攻撃する気なしっすね」

 

「あそこまで徹底されると、むしろ感心するんだな」

 

「それにしても……【ブラックフェザー・ドラゴン】……か。すげえ効果だぜ!」

 

「本当そう思うわ。ももえのデッキと組み合わさると、悪魔の如き効果よ」

 

「でもまぁ、ももえのあのデッキ以外で活用できるデッキはかなり少ないけどね」

 

「そうなの?」

 

「少なくとも、キーカードになることはあまりないかな」

 

 

「ぬぅ、私のターン。ドロー」

 

 天空より豪炎がタイタンに降り注ぐ。

 

「くっ、【燃えさかる大地】の効果か!」

 

タイタンLP1500 → 1000

 

(これで後がなくなったか……。

 この敵に圧倒的に有利なフィールドを、このタァーン何とかするしかない!)

 

「私は【強欲な壺】を発動! デッキよりカードを2枚ドローする!

 さらに今手に入れたカード、【天使の施し】を発動!

 デッキよりカードを3枚ドローし、2枚墓地に捨てるぅ!」

 

 タイタンは手札補充と手札交換を続けて行うと、ニヤリとした笑みを顔に貼り付かせる。

 

「はははは! 私は手札より【大嵐】を発動する!

 フィールド上の魔法・トラップを全て破壊だ!!」

 

 

◆◆◆◇

 

「げげっ」

 

「ヤバイっす」

 

「あれくらい、ももえなら大丈夫よ」

 

「そうそう。大嵐対策なら、一番最初のももえのターンでフィールドに伏せてあるよ」

 

 それにしても良くぞこの土壇場で【強欲な壺】を引けるな……。その強運、俺も欲しい。

 

 

「【大嵐】の使用により、このカードの使用条件が満たされましたわ。

 トラップカード、【スターライト・ロード】。

 わたくしの場にある複数のカードを同時に破壊する効果が発動された時、そのカードの効果を無効にし、破壊しますわ!」

 

 地面より白い光が天に向かい、柱の如く立ち登る。その中から巨大な黒い影が飛び出す。

 影は翼を羽ばたかせ、一息に上空へと登っていく。その生まれいずる衝撃波により、かき消される【大嵐】。

 

「【スターライト・ロード】の効果はまだ終わりませんわ!

 さらにその後、融合デッキから【スターダスト・ドラゴン】を特殊召喚いたしますわ~!」

 

 さきほど上空へと飛び上がった黒い影は、キラキラ光る星屑と共に舞い降りる。

 その正体は、美しき白銀の竜。

 

「正規の手段で召喚していない為、この【スターダスト・ドラゴン】は墓地から蘇る事ができません。しかし、それでも攻撃力は2500ありますわ~」

 

 

「すげえ! 今度はトラップ1枚で融合モンスターを召喚しやがった」

 

「あのドラゴンもすごく強そうなんだな」

 

「ふっ…………」

 

 ジュンコがまた虚ろな目をしている。そうか、アレも体験したんだね……。

 

 

◇◆◆◆

 

(なんということだ。まさか【大嵐】があのドラゴンを特殊召喚する為の呼び水になるとは。

 いや、だがまだ方法はある。大嵐と共にドローしたこのカードで――!)

 

「私は手札を一枚捨て、魔法カード【ライトニング・ボルテックス】を発動! 相手フィールド上に存在する表側表示モンスターを、全て破壊ぃ!!」

 

(私の手札には【死者蘇生】がある! これで墓地に捨てた攻撃力2500の【迅雷の魔王-スカル・デーモン-】を蘇らせ、総攻撃を仕掛ければ! このターンに決着をつける事ができる!)

 

「そう来ることは想像が付いてましたわ~。もうあなたに残された最後の方法ですもの……。

【スターダスト・ドラゴン】の効果を発動しますわ!

 このカードを生贄に捧げることで【カードを破壊する効果】の発動を無効にし、破壊しますわ!【ライトニング・ボルテックス】を無効になさい! ヴィクティムサンクチュアリ!」

 

 【スターダスト・ドラゴン】はその身を銀色の光に変え、【ライトニング・ボルテックス】を包み込む。――光はそのまま、空間に溶け込むように消えていく。

 

「さー、これでもうあなたには打つ手がございませんわね」

 

「わ、私は……【デーモン・ソルジャー】を守備表示に変更し、ターンエンド……」

 

◇◇

 

「では、ドローしますわ。

【黒蛇病】のダメージはこのターンで800になりますわ~」

 

タイタンLP1000 → 200

 

「うぅ……ぁあ……」

 

 まるでゾンビのように呻くタイタン。

 

「そして【黒蛇病】と【燃えさかる大地】の効果で、【ブラックフェザー・ドラゴン】に【黒羽カウンター】が2枚乗りますわ~」

 

 【黒蛇病】と天からの炎を吸収し、赤い羽根は再び2枚生み出される。

 

「最後ですわね……【ブラックフェザー・ドラゴン】の効果を発動しますわ!

【黒羽カウンター】を全て取り除き、【デーモン・ソルジャー】の攻撃力を1400下げますわ~!」

 

 放たれた赤い羽根は【デーモン・ソルジャー】に突き刺さり、その力を吸収し、漆黒へと変わる。

 タイタンはそれを呆然自失の表情で見つめていた。

 

「そして下げた攻撃力分、1400の効果ダメージを与えますわ~! 破裂なさい!!」

 

 【デーモン・ソルジャー】の力をたっぷりと蓄えた漆黒の羽が巻き起こす大爆発!!

 再び爆音と紅蓮の炎に満たされるフィールド。

 炎の舌に舐めとられるように、タイタンは煙の向こうへと消えていく。

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!」 

 

 そして――視認叶わぬ焔壁の向こうから、絶望に満ちた悲鳴が石室全体に響き渡った。

 

 

 

タイタンLP200 → 0

 

 

 爆煙は緩慢と晴れていく。

 気絶しているのか、タイタンはうつ伏せに倒れ臥している。

 ――それは勝利という二文字を、実感と共にももえにもたらす。

 

 

◆◆◆◇

 

 こちらを向き、頭上に上げた手をブンブンと振りながら、満面の笑顔で声を上げるももえ。

 

「拓実さま~! 無傷で勝ちましたわ~!」

 

「おう! ももえ、よくやったぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 今俺は切実に思う。

 ももえが最強キャラなのではないかと……。


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