遊戯王世界でばら色人生   作:りるぱ

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第20話 ファンクラブを助けよう

 バラバラバラバラバラ………………――――

 

 時刻は夕方。今日は日曜日だ。

 先程十代から「百物語するから拓実も来いよ!」なんて暢気なメールが届いたが、こっちはそれところではない。今日は大事な日である。

 

 デュエルアカデミア・オベリスクブルー寮の中庭にはヘリコプターの離着陸場がある。今ここに、緑色の大型軍用ヘリコプターが降り立っていた。

 ヘリのドアはゆっくりと横にスライドする。その奥から黒のスーツに身を包み、顔に幾つもの傷跡が刻まれた筋肉質な男がのっそりと顔を出した。

 男の右手にはがっしりとジェラルミンケースの取っ手が握られている。よく見ると右手の手首には頑丈そうな手錠がされており、そのもう一つの先端はケースと繋がっていた。

 

 キターーーーーーーーーーーー!

 さっそく男に駆け寄る。

 

「お持ちいたしました、ミスター神。こちらになります」

 

「ああ、ここでいい。今渡してくれ」

 

「かしこまりました」

 

 男は暗証番号を手錠に入力する。どうやら手錠は電子ロック式のようである。

 音もなく手錠が開かれ、男はジェラルミンケースを俺に手渡す。

 

 バラバラバラバラバラ――――と背後のヘリがうるさい騒音をがなり立て続ける。

 

「3枚入っております、お確かめください」

 

 暗証番号を入力し、ケースを僅かに開いて中を覗きこむ。何もここで事細かに確認することもないだろう。3枚のカードらしき影が見えた時点でケースを閉じた。これは彼への信頼のアピールにもなるはずだ。

 

「うん、OK、確認した」

 

「それでは、確かにお渡ししました」

 

 憔悴し切った顔で最終確認をとる黒スーツの男。

 

「ああ、今回は本当にご苦労様。

 次の依頼は今のところないから、まぁ、ゆっくり休暇でも取っていてくれ。なんなら日本を観光していくといい」

 

「ええ、そうさせていただきます。

 それではミスター神、私はこれで失礼いたします。何かございましたら、私の電話にメッセージをお入れください」

 

 最後に一礼した男がドアの奥に消えると、彼を乗せたヘリコプターはゆっくりと上昇していった。「本当にご苦労様」とつぶやき、俺も(きびす)を返す。

 部屋へと戻り、それなりに大きさのあるケースを寝室にあるマホガニーのデスクに置く。もう一度暗証番号を入力し、ケースの蓋を開く。先ほど確認した通り、中には緩衝材に包まれた3枚のカードが入っていた。

 

 さて、みなさんはもうお忘れかと思うが、俺は元の世界でカードコレクターをしていた。

 この世界に来てもうすぐ半年。以前の世界と比べものにならないほど大ブームとなっているデュエルモンスターズという名のカードゲーム。その情報を俺なりに色々と調べてきた。その結果なんと、ここは元いた世界より圧倒的にカードの種類が多いことが分かったのだ。数は少なく見積もっても10倍を超えるだろう。そのほとんどは低レベルのノーマルモンスターであるのだが、少数とはいえ、俺の持っていないレアカードもそれなりに存在している。

 その中の一つがこれだ。

 

「これが本物の【トゥーン・キングダム】……。 よっしゃっ! やっと手に入れたぞ!」

 

 元の世界では携帯ゲームのTFシリーズに出てくるゲームオリジナルカードだ。

 能力的には【トゥーン・ワールド】の発展系であり、自身を【トゥーン・ワールド】として扱う効果とトゥーンモンスターの戦闘破壊を防ぐ効果がある。実際そこまでバランスブレイカーなカードでもなく、なぜ現実で販売しないのか不思議だと思っていたものだった。まぁ、もしかしたら俺がいなくなった後に普通に販売を開始しているのかもしれないが。

 

 それはともかく、この世界において【トゥーン・キングダム】というカードはレア中のレアである。インダストリアル・イリュージョン社の名誉会長であるペガサス・J・クロフォードが3枚所持していることは分かっていたが、さすがに彼に頼んでも譲ってはくれないだろう。色々考えた末、結局は探偵を雇い、世界各地でこのカードについての情報を集めさせることにした。

 

 2百人近くの探偵を総動員し、世界中にバラけさせたことにより、【トゥーン・キングダム】のカードを持つ人間がそれぞれペルー、イエメン、スーダンにいることが分かった。

 ペルー、イエメンでは成金富豪が件のカードを所持していたので、何度かの交渉の末、どうにか金銭だけを代償にカードを譲ってもらうことができた。

 しかし問題はスーダンのカード所有者である。富裕層ではあるが一般的な庶民である彼は、いくらお金を積んでもカードを手放すことを嫌がったのだ。

 最終的には、彼の行方不明となった息子を探す為に(俺の雇った探偵が)東奔西走の大冒険を繰り広げたり、彼が腐敗役人に奪われた先祖代々の家宝を取り戻す為に(俺の雇った探偵が)八面六臂の大活躍をしたり、彼の村に迫り来る盗賊の群れを蹴散らす為に(俺の雇った探偵が)勇猛果敢に大奮闘したりと、まぁ、なんとか個人的な信用を(俺の雇った探偵が)得ることに成功し、無事カードを譲ってもらうことができたのである。

 

 ……あれ? よく考えたら結局金の力で解決してないか?

 

 ――まぁ、いいさ。

 重要なのはコレクションにまた新たな1枚が加わったこと。

 入手難易度Sクラスのカードを手に入れたのだ。(雇った探偵が)苦労した分、手に入れた喜びもそれに比例して大きい。実際かけた金の総額も3億を超えている。……なんだか俺自身の金銭感覚が世間一般とずれつつあることを切実に感じる今日この頃である……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ドンドンッ――。

 

 【トゥーン・キングダム】を眺めて悦に入っていると、ドアのノック音が部屋に響いた。

 

「はいー。どなたー?」

 

 まったく……誰だか知らないけど、こんな時に来なくてもいいのに。

 そもそも、俺の部屋はトイレじゃない。ノックくらい、面倒臭がらずにきちんとやってくれ。

 

「突然すみません。おれ、ちょっと神さんに確認したいことがありまして……」

 

 ドアの向こう側から、もそもそとくぐもった声が響く。

 いや、だからあんた誰だよ?

 ……まぁ、いっか。

 

 玄関まで行き、ドアを開けてやる。

 基本学生か教師しかいない島だ。そこまで警戒するようなこともない。

 

「あれ? 君は確か――」

 

 万丈目の取り巻きその1じゃないか。

 入学初日に俺とデュエルして、反射ダメージで1ターンキル&一撃死をくらった――。

 

「ん? そう言えば名前聞いてなかったね」

 

「おれ、取巻(とりまき)っていいます」

 

「うん。取巻君ね」

 

 はい。突っ込まないよ~~。

 取巻は視線を上に下にと動かし、しばし何か逡巡した様子を見せていたが、やがて意を決した表情を顔に浮べる。

 

「すみません、失礼させていただきます!」

 

 そう言ってヅカヅカと部屋に上がりこんでくる取巻君。

 

「ち、ちょっと」

 

 今部屋に上がられるのはまずい。

【トゥーン・キングダム】を仕舞うためにカードケースを一つ開けたままだ。

 

「待てって!」

 

 あわてて後を追いかけるが、時既に遅し。

 取巻は寝室に侵入し、開け放たれたケースに入った大量のレアカードを見ていた。

 

 ――しまった……見られたか。

 

「やっぱり……」

 

 虚ろな表情をした後、「キッ」とこちらを見る取巻。

 

「な、なんだ? やるか!?」

 

 構えを取る俺。

 

「これでも通信空手六段だぞ! ひねるぞコラァ!」

 

 我ながら迫力のないセリフだと思う。

 

「いえ……すみませんでした」

 

 そう言って、取巻は腰を90度曲げた。

 

「あの……訳を説明しますので。少し時間、いいでしょうか?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「改めまして。無礼な態度、大変申し訳ありませんでした」

 

「えっと……それで君は?」

 

「はい。(ブラック・)(マジシャン)(・ガール)ファンクラブ・デュエルアカデミア支部所属、会員№673、取巻 太陽です。一応、この学園に存在する同志達のまとめ役をしています」

 

 取巻をダイニングにある4人掛けテーブルに案内した後、冷蔵庫から冷えている麦茶をガラスのコップに注ぎ、取巻の前に差し出す。

 取巻は礼を言うと麦茶を一口口内(こうない)に含み、そして、ボツボツと語りだした。

 

「実はここ数日間、我々同志は交代で神さんにストーキングをしていました」

 

 いきなりの衝撃的事実である。男にストーキング行為をかまして何が面白いのだろうか?

 とまぁ、そんな冗談はともかく――。

 

「つまり、なんとなく確証はあったと」

 

「ええ」

 

 確証とはもちろん、俺が【神オク】の管理人をしていることに対してである。

 

「情報源はやっぱり――」

 

「はい、同志丸藤。あっ、弟の方です」

 

 想像ついてたけど、やっぱり翔か……。

 

「でも同志丸藤を責めないであげてください。

 いくら問い質しても、彼は入手ルートを喋りませんでしたので」

 

「入手ルートって……ブラマジガールの?」

 

「ええ、定例集会で自慢してました」

 

 う~ん。まぁ~確かに他の人に見せちゃダメって言ってないね、俺。

 

「さりげなく誘導尋問を繰り返した結果、神さんの名前が出てきました」

 

 誘導尋問ってお前…………。

 

「始めはおれもまさかとは思いましたが……。

 ストーキングメンバーからだんだんとそれらしき情報が入ってきまして――」

 

 そして今日強制捜索に踏み込んだってわけか。ハァ~……。

 

「んで、どうする?」

 

「はぁ……どうするとは?」

 

「いや、俺も別にそこまで隠し通すつもりはなかったけど、俺が【神オク】の管理人だと分かって、それでどうしたいの?」

 

 取巻は姿勢を正し、真剣な目を俺に向ける。

 

「我々は……同志丸藤を守りたいのです!」

 

「はぇ?」

 

「今、同志丸藤は大変危機的な状況にあります」

 

 取巻は真剣な顔をしている。冗談じゃないわけね。

 

「同志丸藤の所有している【ブラック・マジシャン・ガール】の絵違いカードは、我々ファンクラブに大きな衝撃を与えました。情報がこの島にいる同志で止まるよう処置を施しましたが、それもいつまで保つかは分かりません……」

 

 そして、取巻は苦々しそうな表情で言葉を続ける。

 

「同志丸藤が新たな絵違いの【ブラック・マジシャン・ガール】を持っていることが世界に知られれば、それを奪いに様々な組織から刺客が送り込まれてくるでしょう」

 

 し、刺客!?

 

「しかし、同志丸藤を守る盾たる我々は、それらを撃退し得る強力なカードを持っていません」

 

 あ、ああ……。刺客って、奪ったり殺したりじゃなくて、カードバトルするわけね。

 相変わらず奥が深いなぁ……この世界……。

 

「うん。つまりカードが欲しいわけだ」

 

「もちろんタダでなどと図々しいことは言いません。しかし、我々は未だ学生の身、使えるお金には限りがあります……」

 

 取巻は縋るような視線を俺に向ける。

 うーん……。助ける余裕がある状態で助けを求めるものを放置するのもな……。

 ――仕方ない。

 

「分かったよ。なにか良い方法を考えみるから、少しだけ待ってくれ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 感極まったように表情を晴れ晴れとさせ、取巻は礼を告げる。

 

「今すぐじゃないけど、大丈夫かな?」

 

「はい。今日は神さんと友好的な関係が築けただけでもよかったです。

 その中で我々に協力する旨の発言もいただけました。もう十分な成果と言えます」

 

 友好を築こうとする奴がお宅強制突入するなよな。

 

「……そんじゃ、今日のところはもう帰りなよ」

 

「ええ。本日は本当にありがとうございました」

 

 取巻は立ち上がると俺に向かって深々と一礼する。

 

「それでは、失礼しました」

 

◇◇

 

「ふぅ~」

 

 取巻を送り出した俺は寝室に戻り、ベッドにドカッと腰を下ろす。

 妙な疲労感が全身を包み込む。

 

「同志とか……定例集会とか……組織とか刺客とか……ツッコミ所が満載過ぎる」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 夜もふけて、時刻は間も無く12時。

 なんとなく点けっぱなしのテレビを眺めつつ、(ブラック・)(マジシャン)(・ガール)ファンクラブ・デュエルアカデミア支部に対するこれからの対応を考える。

 一番楽なのは希望するファンクラブ会員にローンを組んでもらって、その上でカードを買ってもらうことなのだが、正直まだ若い身空でローン地獄に嵌らせるのは可哀相だと思う。

 う~ん、ならどうする? 後は割引き券とか? しかし【神オク】はセレブ御用達ってイメージがあるから、割引券はイメージに合わない。セレブ……と言えばキャッシュカード? プラチナカードとかブラックカードとかなんかかっこいいよね。

 ――。

 ――――。

 カード、か……。

 

「メンバーズカードとか?」

 

 うん、いいかもしれないね。

 カードも何種類かを用意して……う~ん、ここは単純に【通常】、【シルバー】、【ゴールド】、【プラチナ】にしよう。それぞれのカードを持っているとオークションで競り落とした後にカードの種類分の割引きをする。通常は10%、シルバーは20%、ゴールドは30%、プラチナは50%の割引きだ。うん、これは大きいよね。最初は通常のカードを配って……と言っても今の所アカデミア生徒にしか配る予定がないから……そうだね、とりあえず何か俺の利益になることをしてくれたら、その人のカードランクを上げるようにしよう。

 

「よし。詳細は追々詰めるとして、とりあえずはこれでいくか」

 

 せっかくだから、ファンクラブだけじゃなく校内生徒全員を対象にしよう。

 ――とりあえず噂を流して、俺の所に来た人からメンバーズカードを渡していこっかな。

 

『リリリリリリリリ………………』

 

 そんな丁度考えが纏まった所で、待っていたかのように携帯電話が鳴りだす。着信音は黒電話のベルの音に設定してある。着信音に音楽を使う感性が、どうもいまいちよくわからないのだ。

 液晶画面にはももえの名前が表示されている。こんな時間にどうしたんだろう?

 

「やっほー。ももえ?」

 

「拓実さま! 拓実さまぁーーーー!」

 

 どうしたことか、ももえが泣きそうな声を俺の名をくり返し呼ぶ。さすがにこの様子は尋常じゃない。

 

「おいどうした? ももえ、何があった!?」

 

「明日香さまが、明日香さまが――」

 

「落ち着け! 深呼吸しろ、深呼吸」

 

 電話の向こうで"スー、ハー"と深呼吸する音が聞こえる。素直な娘だこと。

 ももえと合流する為、とりあえず正面玄関へと向かってブルー寮内を走る。

 

「少し冷静になったか? 今ももえは無事なのか?」

 

「は、はい。わたくしは大丈夫ですわ」

 

「明日香がどうかしたのか? ゆっくりでいいから説明してくれ」

 

「はい。明日香さまが黒ずくめの男に攫われてしまいましたわ」

 

「今ももえはどこにいる?」

 

「廃寮のすぐ近くです」

 

 OK、廃寮だな。

 

「今一人か?」

 

「いいえ。ジュンコさんも一緒にいますわ~」

 

 お、だんだん調子が戻ってきたじゃん。

 

「今そっちに向かってる。そこから動かないで待っててくれ」

 

 廃寮はブルー寮のすぐ近くにある。走って行けば5,6分程度で着くだろう。

 

「いいえ。

 明日香さまをさらった変質者は廃寮の中へ入って行きました。それを追いかけてみますわ~」

 

「いやちょっと待て! 追いかけなくていいからそこを動くんじゃない!」

 

「こんなことをしている間にも、明日香さまが何かされているかもしれませんわ~。

 ジュンコさんも一緒にいますし、廃寮の中を探してみますわ~」

 

 いやいやいや、調子戻りすぎだろっ。

 

「いいからそこから動かないの、頼むから」

 

「あ、ジュンコさんが行ってしまいますので追いかけますわ~。

 拓実さまも早く来てくださいね~」

 

 プツッと電話が切れる。お~~い、ももえさん~~。話聞けぇ~~。

 えーと、アカデミアの警備部門に連絡しないと……って番号知らないし。

 

 とりあえず今は一刻も速く合流することだけを考えよう。

 

 

 

「くそっ……何も起こるなよ!」


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