「認めた方がいいって。確かにデッキのバランスとかはちょっとアレだけど、それを差し引いても十代は強いんだっ」
「強いだと!? あんな弱小モンスターしか入れていないデッキでか?」
「でも負けたろ?」
「くっ……」
十代とのデュエルを終えた日の夜。時刻は18:30。ブルー寮食堂である。
対面の席にはめずらしく万丈目が座っており、ラーメンを啜る俺に恨みがましい視線を向けていた。
同じブルー寮の一員と言うこともあり、あの夜のデュエル以来、万丈目とは友好的な関係を保っている。今ではお互い地を出して話すくらいにはなった。
「第一、十代は戦術面なんかじゃ優秀だと思うぞ。もちろんドロー運の良さが一番だろうけどさ……あいつは何をやるにしても、もしもの時のために保険を残してる」
「だが、あんな弱小カードで」
ノーマルヒーローのカードはちょっと珍しいくらいで、別段それ程レアではない。万丈目はそのことを言っているのだろう。
「弱小だって使い方したいだよ。君こそ手札全部使って一体のモンスターをひたすら強化する戦法、直したらどうだ?」
「何を言う。強いモンスターを作るのはプロの基本だ!」
「別に強いモンスターを作ることは良いさ。でも万丈目の場合、それで終わりじゃん? それがダメだってことだよ。
強いのを出したら、そいつが破壊されないようにするか、破壊されても持ちこたえられる状況を作ること。
ほら、あるだろう? 破壊耐性を持たせるとか、魔法やトラップで護るとかさ。俺とやった時にはちゃんと【安全地帯】使ってたじゃん。いつもあれくらいやらなきゃすぐにピンチだよ?」
言ってからずずずーっとラーメンを一口啜る。
万丈目は深く椅子に座り直し、返事を返す。
「簡単に言うな……。そもそも今のデッキを強化するにしてもカードが足りん。ヘルシリーズのカードはまだまだ少ないからな……」
「はぁ~~」
「な、なんだ?」
俺のこれ見よがしなため息に対し、万丈目は訝しげな顔をする。
「その地獄
「いや……その……」
万丈目はうつむき、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「実家でのオレの立場はまだ弱いんだ……。
そ、そして何よりも! 家にカードのおねだりをするなど、オレがしたくない!」
プライド……かな? まぁ、それに気遣えるウチはまだまだ余裕があるってことだよね。
「ふぅ~、ごちそうさん」
空になった丼を置き、一息つく。
「まったく、お前は最初に会った時とは随分と印象が変わったな」
「猫被ってたからね。万丈目もそんな感じだったじゃん?」
「第一印象は大事だからな。初っ端から舐められると碌なことにならない。特にこのブルー寮じゃなおさらだ」
そう言いながら視線だけを動かし、周囲を見回す万丈目。
「確かに、友人とか作りづらい環境だよね~。皆地位とか権力とかに目が行き過ぎ」
「あのなー」
万丈目はそう言ってため息を一つ吐く。
「ここにいるやつらのほとんどが将来実家の会社を継ぐことになるんだぞ。今のうちに有力な人間との人脈を築くのも将来の為の一環さ。レッドの様に気楽にはいかないんだっ」
それにしては色々と幼稚なヤツが多い気もするが……。
これには万丈目も含まれていると個人的に思う。……いや……、彼の場合、幼稚って言うよりは単に面子を重視し過ぎているだけか……?
「そう言えば、お前もお気楽な側だったな」
万丈目はこちらを見て、鼻で”ふん”と笑う。馬鹿にしたような態度に見えるが、そこに嘲りなどの感情は感じられない。
「まったく……羨ましい限りだよ……」
実家のことで色々とプレッシャーが大きいのだろうか?
実際にその立場に立たされたことのない俺にはその気持ちを理解することはできない。ここで慰めの言葉をかけてもまぁ、俺の気が晴れるだけで終わるだろう。結局のところ、万丈目自身で解決するしかない問題である。ほおって置くしかない。
◇◇◇◇
「面倒なことになったノーネ………」
あれから何だか微妙に沈んでいる万丈目。その肩越しに、両肩を落としながらトボトボとした様子で食堂に入ってくるクロノス先生の姿が見えた。どうしたんだろうと少し気になっていると、俺に気づいたのかこちらに向かって歩いてくる。
「これはシニョール神! 今日は本当に良くやってくれたノーネ!
おかげでとってもスッキリーノ、気分爽快ナノーネ!」
十代に勝った事に対してだろう。
確かにあのデュエルで何回も十代のフィールドをお掃除したからね。クロノス先生的にもかなり溜飲が下がったことだろう。
「こんばんわ、クロノス先生。ありがとうございます。
と、それより何かあったんですか? とても気分爽快って様子には見えませんが」
「イヤ、それがなんといいマスーが――」
クロノス先生が急にキョドり出す。小さな目を大きく見開いて右、左と人がいないことを確認すると、そっと俺の耳元に口を近づけ、小声で話しかける。
「……以前とあることをその道のプロに依頼したのデスーが、必要がなくなったノデ、キャンセルしようと思ったノーネ」
うぅ……息が耳にかかって気持ち悪い……。
「それで、何かトラブッたわけでしょうか?」
何でもないように聞き返す。
「……そのとおりなノーネ。もう準備をしたか~らキャンセルはできないと言われた~ノ……」
「いやいや、キャンセルできないってことはないでしょ。キャンセル料を支払うなりなんなり」
「キャンセル料はなぜか依頼額の2倍なノーネ…………もうお金がないノーネ……」
この前俺から買ったレアカードで、貯金を使い果たしたっぽいな。
「……ま、まぁ……そういう事ならしようがないですよね……。向こうも仕事ですし……」
「しようがないノーネ……。はぁ~~、これでまたお金が消えていくノーネ…………」
ああ、せつない……。
「あのー、クロノス教諭?」
自分を無視して目の前で内緒話っぽいことをしているのに耐えかねたのか、万丈目はクロノス先生に声をかける。
もっと早く声をかけて、会話に入ってくればいいのに……ん?
よく見ると、万丈目は何だか気まずそうな顔でクロノス先生を見ている。
二人の間に何かあったのだろうか?
「おお、これはこれはシニョール万丈目。何時の間にいたノーネ?」
「最初からいました!!」
クロノス先生のボケに対しツッコミを入れる万丈目。
二人の会話はなぜか漫才じみた物になっていく。
ボーと二人の会話を聞きながらクロノス先生の言う依頼とやらを考える。
内容は検討がつかないが、もしかしたら何か原作にも関わりのある事なのかもしれない。
う~ん、大きな事件じゃなきゃいいんだけど……。
◇◇◇◇
2日後、お昼の時間である。
「その時の明日香さまのお顔ったら。ふふ」
俺の対面でももえがお弁当を食べている。バスケットに入ったサンドイッチだ。
ももえの話によると、女子寮では毎朝食堂で販売しているらしい。まったくなんとも羨ましいシステムである。ぜひ我らがブルー男子寮にも!
「それにしても、ももえは明日香の話ばっかりだね。確かにいつも一緒にいるのを見るけど、そんなに好きなのか?」
「……はい。明日香さまはわたくしに持っていないものをたくさん持っていますの。明日香さまに対する感情は、憧れが占める割合が大きかったですわ~」
曇りのない笑顔でそう話すももえ。本日も微笑む表情が実に可愛らしい。
「う~ん、ひょっとしてそれって前に言ってた【華】ってやつ?」
「はい、そうですわね~。明日香さまは根っからのヒロイン体質だと思いますの~。始めてお会いした時、すぐに分かりましたわ~。何だか輝いて見えるんですもの。
わたくしはこんなですから……。最初は少しでも明日香さまのお傍にいて、わたくしも目立っていけたらと思いましたの~」
「目立ちたいの? ももえって」
「ええ、脇役で終わるのはまっぴらですわ~」
脇役で終わるのはまっぴらか……。そう思える人間ってどれくらいいるのだろう。
自分の人生の主役は自分だ! ……なんてどっかの漫画で言ってたけど、そんな風に考えられる人はとても少ないと思う。多くの人間は自分が誰かの引き立て役、もしくは物語にかすりもしない脇役でしかないと、知らずのうち認識していることだろう。しかし、主役を羨むだけでなく、自分から主役になろうとする人は、果たしてその中にどれだけいるのだろうか。それは間違いなく向上心と呼ばれるものであり、成功者と呼ばれる人種が必ず心に持っているものでもある。
――と、長ったらしいことを考えたが、要するに、前向けでよろしい! ってことだな。
「まぁ、俺も協力するよ。最も俺の彼女になった時点で、もう脇役とは無縁だけどさ」
おちゃらけた態度でそう言ってみる。
「うふふふふ……そうですわね~。拓実さまも主人公体質ですもの。わたくしもあやかっていきますわ~」
「おお! どんどんあやかってくれ」
そう言えば、さっきの話ではももえは明日香に対する憧れの感情を過去形で話していた。ということは……今は違うのだろうか?
「それで、ももえは今でも明日香に憧れてるわけ?」
「ふふ、今はもう憧れよりも仲のいいお友達としての面が大きいですわ~。中学からずっと一緒にいましたし……。明日香さまもジュンコさんも、わたくしの一番のお友達ですわ~」
四六時中一緒にいたんだ、そうなっても可笑しくないか。
……いやでも、万丈目の取り巻き連中はいつまで経っても取り巻きのままだよな? それは万丈目と明日香の人徳の違いが織成すファンタジー、的な問題か? それともももえが俺と付き合ったがゆえに起きたイレギュラーなのか……?
――それにしても、明日香とは中学も一緒だったのか。
「そういえば明日香さま、最近夜になるとふらっとどこかに出かけてしまいますの~。
もしかしたら殿方との密会ではないかと、ジュンコさんが話してましたわ~」
ももえが目をキラキラさせて話す。本当こういう話好きだね。
「わたくしもそう思いますの~。
ああ~~、明日香さまとお付き合いする殿方。一体どんなステキな方なのかしら~~~」
幸せそうだな。
こういうももえの表情を見ていると思わず和んでしまう。これって彼氏バカなのだろうか?
それにしても、明日香が夜にか……。
それって夜の灯台に行ってるんだろうね。カイザーに会いに。
ん? 違ったっけ? いいんだよね、それで。ってことは男に会いに行ったって言うのは本当になるわけで――――
「たぶんそれってカイザーに会いに行ってるんだと思うよ」
「まぁっ! 本当ですの!? カイザーとは、丸藤亮さまのことでよろしいですの!?」
ももえがすごい勢いで俺に詰め寄る。ちょっ、顔近い!
その表情はさながら庭で蝉を発見した猫。ターゲットロックオンである。
それにしても、アップで見ると、ももえのかわいさがさらに強調されるな……。
「た、たぶん……」
少し思考が飛びかけ、思わず言い淀む。
そもそも、俺は原作アニメでそのシーンを見た記憶があるだけなわけで――。だから、きっとそれで間違いない………………はず?
「な、なんなら今度さ、ももえも夜の散歩に行ってみたらどうだ?
明日香とカイザーの密会現場が見れるかもしれないよ? あ、因みに現場は灯台付近って噂」
「それはいい考えですわ~。灯台ですわね! 覚えましたわ!」
ももえが意気込んでいる。
しまった……。余計な情報を与えて、けしかける形になってしまったか――。
ま、まぁ、それはともかく。
「一人じゃ危ないから、ジュンコあたりをさそって一緒に行くんだぞ」
「はいですわ~」
女の子でも、二人なら安心だね!
……まったく止める気のない俺であった。
◇◇◇◇
3日後。明日香がカイザーこと丸藤亮と付き合っているという噂が流れ始めた。
二人とも美男美女でデュエルも強い有名人である。噂はあっという間にアカデミア中を駆け巡り、今では知らない者がいないほどに有名となった。
万丈目なんかつい今朝方この噂を知り、失恋に心を痛めているのか部屋にこもったきり出てこない。明日香……罪な女……。
そして、この噂を流した犯人は言うまでもなく。
「わたくしですわ~。それに、これは噂ではなく、真実ですわ~」
うっわ。いい笑顔。
「結局灯台に行ってみたわけね」
「ジュンコさんと一緒にいきましたわ~。そして拓実さまの言うように、夜の灯台で密会しているところを発見いたしましたの~」
目をキラキラさせ、鼻息も荒くなるももえさん。因みに今は放課後である。俺とももえは第三デュエル場を抜け、校門に向かって歩いていた。
「へ~。で、どんなんだった?」
「それはもう! お二人肩を並べ、ともに仲睦まじいご様子で海を眺めておりましたわ~」
ももえは両手を握り合わせ、目線を右ナナメ上に向けてなんか違う世界に旅立つ。そしてこちらに顔を向け、幸せそうな表情をしながら言葉を続ける。
「そう! これも全て拓実さまがいろいろと教えてくださったおかげですわ~」
「つまり、こんなことになったのは拓実君のせいだったわけね!」
「うわっ!」
背後から仏頂面した明日香が音もなく忍び寄ってきていた。何時の間にっ!?
「それとももえ。さすがに今回のことは私も怒ってるわよ!」
「まぁ、明日香さまったら。照れなくともよろしいですのに~」
「照れてるんじゃないわよ!!
あのねぇ拓実君、私が昨日からこの噂を消すためにどれだけ苦労してると思ってるの!?」
どうも怒り心頭のご様子。やっぱ付き合ってなかったか……。アニメじゃあ序盤メインキャラの紅一点だったわけだし、さすがに彼氏持ちはないだろうな~とは思ってたけどね。
「でも男と会ってたのは嘘じゃないんでしょ?」
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないで! 第一、男女が一緒にいるだけで付き合ってるって、小学生なの!? あなた達は!」
ええ~~。そんなこと言ったってしようがないじゃん。だって――
「夜の灯台ってシチュエーションがね~。もろ恋人が密会しそうな場所だし」
「もーーーーーー! こういう噂になるのがいやだから、誰にも見つからないように夜の灯台で会ってたのに!」
「結局、明日香さまと亮さまはお付き合いをしていると言うことでよろしいですの?」
「よろしくない!!」
明日香はぶりぶり怒っている。
まぁ、そろそろからかうのは終わりにしよう。帰りたいしね……。
「あら! わたくし、からかっているつもりはありませんわ~」
……とか言ってる人は置いといて――――
「はい、弁明どうぞ~」
「亮は行方不明になった兄の友人なの。あそこで兄の昔話を聞いたりしてたわ」
「そうやって徐々に男女の仲を深めつつあると」
「まぁ!」
「違うって言ってるでしょ! 殴るわよ! あなた達!」
◇◇◇◇
その後、明日香の猛抗議により表立って噂する人は徐々に見なくなった。だがしかし、噂自体なくなることはなかったという……。それからおまけとして、明日香の夜の散歩に、ももえとジュンコもたまに付いて行くようになったらしい。