遊戯王世界でばら色人生   作:りるぱ

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第15話 嫉妬を買ってみよう

 あの女子寮事件の翌日。今日の天気はあいにくの大雨である。

 頬杖を付きながら教室の窓から外を眺めると、5メートル先も見えないくらいの土砂降りが見て取れる。

 

「久々に降ったな……」

 

 なんとなく一人ごちる。

 今はちょうどお昼の時間だ。購買でパンを購入した生徒達がいくつかのグループを作って集まり、皆そこかしこでわいわいとお喋りに興じつつ昼食をとっている。今ここにいない残りの生徒達はきっと食堂だろう。

 そんな中で一人、机に向かいせっせと自習をしている生徒の姿が視界の隅に映った。

 

「なぁ、(じん)。ぼーっとしてないで話聞いてくれよ」

 

 正面から少しふて腐れたような声で話かけて来る遊城十代。

 お昼を一緒にとっていたのだ。

 

「ん? 何の話だっけ?」

 

「そこにいる翔のことだよ。なんか最近あんな感じで勉強ばっかしてんだ」

 

「そりゃあ、もうすぐ中間だからね。勉強くらいするだろう」

 

「そうか? あいつ、いそいそと勉強するタイプじゃないだろ?」

 

 そう言いながらパンの袋を開ける十代。

 因みに今十代が取り出したパンはドローパンと呼ばれ、中に何が入っているのか分からないくじ引きのようなパンである。前に一度買ってみたが、コーヒーゼリーが入っていた……。とんだゲテモノに当たったのは単に俺の運が悪かったからなのか……まったく、くじ引きというよりロシアンルーレットのようなパンである。あれ以来一度も手を出していない。

 

「何か心境の変化でもあったんじゃない?

 人間なんだから、考え方が変わるくらいはよくあることだよ」

 

 目刺(めざし)の頭がはみ出たパンを頬張る十代を微妙な視線で眺めつつ、翔についてはぐらかした答えを返す。

 

「そっかな……?

 なんか腑に落ちねぇけど……まぁいっか」

 

 そう言うと十代は大きく口を開き、半分ほど残ったパンを全て詰め込んでいく。

 

「あんま急いで食べると喉につっかえるぞ」

 

「はいひょうふはいひょうふ、ほへふらいあんほもないっへ」

 

「何言ってるかわからん。いや、なんとなく分かるけど……」

 

 やけに美味そうにもぐもぐと噛んだ後、口に詰めていたパンを一気に飲み込む十代。

 

 ――ゴクリ、プハッーという擬音が聞こえて来そうだな。

 

「そういやさ~、結局(じん)とはちゃんとしたデュエルしてねぇよな」

 

「実習で何回かやり合ったじゃん」

 

「あんな練習用デッキじゃなくて、

 俺のデッキとお前のデッキで、ちゃんとしたデュエルがしたいの!」

 

「まぁ……それもそうだね。

 って言うかよく今までデュエルする機会なかったよね~。ほぼ毎日会ってるのに」

 

「授業じゃ自分のデッキ使わせてもらえねぇしな」

 

 授業で使う練習用デッキは授業内容によってその中身が変わる。俺は中々に面白いと思っているのだが、自身のデッキを使いたいと願う同級生の皆には不評のようだ。

 

「今日外は雨だし、テーブルでよければ今ここでやる?」

 

「ん~~。

 いや、いい。神との初デュエルはちゃんとした形でやりたい」

 

 まぁ、それもそうだ。

 一度ソリッドビジョンのデュエルを体験してしまうと、どうしてもテーブルデュエルが味気ないものに思えてしまう。せっかくの初デュエルをテーブルで済ませたくない。そう思う心境は十分に理解できる。

 

「なら近いうちに……いや、中間が終わってからだな。

 ――――よし。中間の最終日にデュエル場を借りてやろう」

 

「オッケー! それでいいぜ!」

 

 ふふ……。さて、どんなデッキで挑もうか……。

 十代とのデュエルに使うデッキを頭の中で吟味しながら再び視線を横にずらすと、先程から机に齧りついている生徒――翔の姿が視界に入った。本当にわき目も振らずに勉学に勤しんでいる。

 

「女子寮の話、しただろ?」

 

 俺が翔に意識を向けたことに気づいたのか、十代は翔について再び語り始める。

 

「翔のヤツ、あの後さらに勉強に力を入れ始めてさ。昨日寮に帰ってからも夜中まで勉強してたし、今朝も『やっぱり僕にはノーラさんしかいないっす』とか言いながら――」

 

「ん? ノーラさんって誰?」

 

 急に知らない固有名詞が出てきた。

 

「翔の持ってるカード、【ブラック・マジシャン・ガール】の名前。

 ……にしても、ノーラさんと勉強に何の関係があんだろ?」

 

 なるほど、なんとなく分かった。

 ラブレターが嘘だと分かって、ブラマジガール一筋になったわけだね。それにしても――

 

「ノーラって……、翔はブラマジガールのカードに名前付けてるのか?」

 

 さすがにそれは、ちょっと痛いぞ。

 

「いや、あれはあの【ブラック・マジシャン・ガール】の本名で……って、そう言えば神には見えないんだったな……」

 

 え? 今十代がぶつくさと言ってた内容、なんか後半気になる一文が……いやいやいや、あれは元々俺が持ってたカードなんだぞ。そんなわけないだろ。……うん、ないはず。

 ……だが、しかし、もしや、そんな、まさか――。

 でももしそれが真実だとしたら今までに売ったカードにもそれはあったかもしれない訳でそしてさらに言うのなら俺が今もっているあのカードの中にもそれは現在進行形であるかも知れない訳でだとしたらそれは

 

 

 

 

「お~い、神。お~い、聞いてるか? 戻ってこーい!」

 

 はっ!

 

「お、おう、どうした?」

 

「どうしたって……急にどっか飛ぶなよ」

 

 ありゃ……それは申し訳ない。

 

「ほら、お前に用だってさ」

 

 そう言うと、十代は親指で自分の右後ろを指し示す。

 その方向に目を向けると――――。

 そこには、つい昨日の晩にデュエルをした相手がいた。

 

「こんにちわ、拓実さま」

 

「君は……浜口ももえさん?」

 

 相変わらず黒髪を後ろで一つに縛っている。そして毛先の飛び跳ね具合は今日も絶好調のようである。

 

「ももえでよろしいですわよ~」

 

「ももえ……さん」

 

「ももえでよろしいですわよ~」

 

「も……もえ?」

 

「はい~」

 

 昨日も思ったけど、この子、なんかぽわぽわしてる割に押しが強くて、ちょっとやりにくい。

 

「今日は拓実さまにプレゼントをお持ちしましたの」

 

 そう言うとももえは後ろ手に持った包みを俺に見せ、そのまま机に置いた。

 

「今朝、寮のキッチンをお借りして作りましたのよ。

 よろしければ、お召し上がりになってくださいな」

 

 包みの中にはクッキーが入っていた。バニラエッセンスの香りが食欲を誘う。

 それにしてもなんてベタな……。う~ん、あざとい。

 

「ありがとう。いただくよ」

 

 必死にニヤつきそうになる表情を抑える。

 例えあざとくとも嬉しいものは嬉しい。なんだってももえはかなりかわいいのだ。前の世界でも幾人かの女性とお付き合いしたことはあったが、ここまでにかわいい子はいなかった訳で――。

 

「となりに座ってもよろしいかしら?」

 

「うん。もうすぐ昼休み終わるけど……」

 

「はい、かまいませんわ~」

 

 ももえはとなりの空いている席に腰を下ろし、にこにことこちらを見つめている。

 期待に応える為、包みからクッキーを1枚取り出し、食す。うん、バターの濃厚な香りと砂糖の絶妙な甘さがバランスよくマッチ。市販品よりよっぽとおいしい。

 

「びっくりした……すごくおいしい」

 

「ありがとうございます。これで作った甲斐がありましたわ~」

 

 ももえは胸の前で両手を合わせ、うれしそうに微笑む。うん、かわいい。

 

 教室内で、ここの空間だけちょっとピンク風味に染まっているのかもしれない。

 他人がやっていたら即回れ右したくなるような空気が辺りを侵す。

 

「なぁなぁ、俺にも分けてくれよ」

 

 そんな常人には立ち入りがたい空間にいともあっさりと侵入を果たした十代。勝手にクッキーを食べようと手を伸ばす。その空気の読まなさはまさに「さすが!」の一言。そこにはしびれて憧れた方がいいのだろうか? そして男グループのいくつかが小さくガッツポーズをとっている。「十代良くやった!」とても考えているのかもしれない……。お前ら、顔覚えたからな。

 

「あなたにはあげませんわ」

 

 そんな十代に対し、ももえはひょいっとクッキーの包みを取り上げる。

 

「ええー? けちー」

 

「ちょっと、あなた邪魔よ! どっか行ってなさいよね!」

 

 いつの間にか来ていたジュンコが十代に詰め寄る。近くで覗いてたのだろうか?

 

「邪魔って、俺はただクッキーをもらおうとしただけで」

 

「はいはい。あっちいくっすよ~、アニキー」

 

 これまたいつの間にやら来ていた翔が、十代の手を引いて教室から出て行く。

 

「こら、ちょっ、ま、翔ー――」

 

 そして、あわれドナドナと引かれ行く子牛じゃなくて十代。

 

「これで邪魔者は片付いたわ」

 

 ジュンコは一仕事終わったとばかりに、バンッ、バンッ、と手を払い、そのまま両手を腰に当てる。そして俺とももえを見て”にこ”っと笑い、

 

「それじゃあ、ももえ。後は頑張って!」

 

 と声をかけて去っていった。

 

 

 少し気まずい空気が流れる……と思ったが、どうやら気まずいと感じているのは俺だけだったようであり、ももえは変わらずにこにこしながらこちらをじーっと見ていた。やっぱりかわいいな……。

 

「えっと……」

 

 う~ん、どうしよう。

 

「――あのさ、俺のどこが良いわけ?」

 

「顔ですわ」

 

 うわ~、即答だよ。

 

「それに、デュエルもお強いですし。あとは……勘でしょうか?

 なんだか総合的に見まして、あ、この方なら好きになれる、と思いましたの~」

 

 あ、今はっきりと好きって言った。

 これで俺が変な勘違いをしているって線はなくなったぜ! よし!

 

「なら……その、こんな所で言うべきじゃないかもしれないけどさ、付き合おっか?」

 

「はい! 拓実さまさえよろしければ」

 

 ももえは両手を胸の前で合わせ、うれしそうに微笑む。

 

「うん。今から俺達は恋人だ」

 

「はい! 今後も末永く、よろしくお願いしますわ~」

 

 深々と頭を下げるももえ。

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 それに合わせ、俺も深々と頭を下げた。

 

 

 これでこの世界で初めて彼女ができたわけか……。それもかわいい。

 何でさっきからかわいいを何回も言うのかって? そりゃあ俺がももえと付き合ってもいいと思った理由がももえと同じだからだよ。別に何の不思議もない。お互い昨日知り合ってほぼ初対面当然なんだから、判断材料なんて顔くらいのものしかない。世の恋人達の7割はこれと同じ理由だろうさ。実にありふれた始まりだよ。そもそもテレパシー的な読心術を使えない人間は、外見でしか相手を判断できないんだ。恋人を探すのに「中身で勝負だ!」なんて言っているのは、妄想の世界の話でしかないと思う。

 

 詰まる所、外見って言うのはそれだけ重要なのである。「男を上げたいなら、まずは見た目を磨け!」だ。

 

◇◇◇◇

 

 

 そして放課後。

 外では変わらずザーザーと大雨が降り続けている。

 ももえとは今日がお付き合いの初日である。せっかくなので、彼女を女子寮まで送っていくことにした。

 

「それにしても……拓実さまはとても行動がお早いですわ~。わたくし、もっと時間をかけて拓実さまへお近づきになろうと思ってましたのに、まさかあの場で……」

 

 くだらない近況報告にも似た世間話を延々としていると、ももえからこんなことを切り出してきた。

 

「そうか? 二人とも相手に気持ちが向いていて、しかもそれになんとなく気が付いてるんだ。付き合うのなんですぐだよ」

 

 よくよく考えてみればももえはまだ高1。ついこの間まで中学生をやっていたのだ。恋愛経験だって少ないのだろう。彼女からしてみれば、付き合うまでの過程を急だと感じたのかもしれない。

 しかし俺から見ればそんなことはない。これぐらいのスピードで付き合い始めるカップルは普通にいる。むしろ――

 

「いつまでもうだうだ、まごまごとやっていて、煮え切らない二人。そんなのはドラマや漫画の世界だけだと思うよ」

 

「そんなもの……なのでしょうか?」

 

「そんなもんだ」

 

 雲は厚く、どうやら今夜中に雨は止みそうにない。俺とももえはお互い傘を差しつつ、少しぬかるんでいる道を歩み進んでいく。残念ながら相合傘ではない。

 

 さて、女子寮はもうすぐだ。

 

 

「そういえば……顔がタイプって言ってくれたけど、ももえの好みなタイプの顔ってどんなの?」

 

 疑問に思っていたことを振ってみることにする。

 

「イケメンですわ~」

 

 笑顔で間髪を入れずに即答するももえ。

 

「……いや……それじゃあ分からんから」

 

「う~ん……どう説明すればよろしいのかしら?」

 

 まぁ、それもそうか。

 

「ああ……なら、俺の顔以外で、ももえがいいな~って思った外見の人っている?」

 

 

「そうですわね~」

 

 ももえは人差し指を唇に当てながら少し考え、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「万丈目さんは、なかなかイケメンだと思いますわ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の彼女は、趣味がおかしかった……。


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