ここまでくると、昔見たアニメの展開も少しは思い出せる。
確か翔がラブレターをもらって、そこに女子寮で待ってますという趣旨のことが書いてあって、それでノコノコ行ったら捕まったと……。確かそんな感じだったと思う。
例によって十代がデュエルで翔を助けるわけだから、放置しても問題ないとは思うが……、俺が来たことで何かが変わっているかもしれない。一応行くだけ行ってみることにする。
十代にはメールで後から行くと伝えておいた。
デュエルになるかもしれないので、デッキを腰につけたカードフォルダに装着。
よし! これで準備万端だ。
◇◇◇◇
20分かけてやってきたアカデミアの女子寮。その後方の3分の2は湖に囲まれていて、正門の周りには木々が生い茂る林がある。
誰かに見つかったら面倒な事になるので、林の中からこっそり近づくことにする。
うっそうと生い茂る雑草を掻き分けながら歩みを進める。
周りの木々が月光を遮り、視界はよくない。それでもあまり広い林ではないからか、しばらくすると女子寮の正門が見えて来た。
さて、こっからどうするか考えないと――。
「ドゥーブル・パッセは相手の攻撃をプレイヤーへのダイレクトアタックに切り替える!
そして……攻撃対象となったモンスターは相手にダイレクトアタックができる!」
女性らしき人の声が耳に届いた。方角的に――この先には湖があるはずだ。
多分これだなと当たりをつけ、声の方に行ってみることにする。
暗闇の中を20メートルほど進む。
長く伸びた茂みからそっと顔を出すと、予想通り透明な湖が眼前一杯に広がった。
その上で、十代と明日香がそれぞれ小さな船に乗り、デュエルをしていた。
どうやら、さっき響いた声は明日香のものであったようだ。そして、向かい合う十代の乗る船には翔の姿も見える。
攫われた翔も無事のようだし、ここで俺が出ていく必要はなさそうだ。ここでおとなしくデュエルを観戦しているとしよう。
――ん?
明日香の船にも誰かが一緒に乗っているな。
遠目なのでハッキリと容姿はわからない。
片方が黒髪を後ろに縛っていて、もう片方は茶髪のボサボサ頭。茶髪の方は髪型が少し十代に似てるかも。
あれって誰だったっけ?
う~ん、どっかで見たことがあるような……。
などと考えているうちに、明日香が融合召喚した【サイバーブレイダー】は、十代の【E・HEROスパークマン】に回転蹴りを決め、粉々に破壊した。
「レッドが明日香さんに勝とうだなんて、100年早いのよ!」
「明日香さまの実力、思い知るがいいですわ~!」
それに対し、野次をとばす明日香の後ろの二人。
ああ! そうだ!
あいつら、確か明日香の取り巻きの二人だ。
声が記憶を刺激したのか、あっさりと思い出す。
うんうん、そうだそうだ、取り巻きの2人だ。
一人ふむふむ頷きながら視線を上下させていると、水面に何か黒い影が見えたような気がした。
何だあれ?
スマートフォンを取り出し、撮影モードで拡大する。
うわぁ……、これってどう見ても――。
……まぁ、取り合えず2,3枚撮っておくか。
幸い月の光が湖に反射し、十分撮影できる環境となっている。念のため、撮影モードを夜間に設定してから、何回かシャッターを切った。シャッター音がやけに大きく感じられ、気づかれるんじゃないかと少し不安になる。
あれ? そもそも何で俺は隠れているのだろうか?
気を取り直し、撮り終えた写真を確認する。
そこには――頭を含めた全身を覆うタイプの、真っ黒なラバースーツに身を包んだ……クロノス先生の姿が写っていた。
「何やってんだ、あの人は……?」
「サンダージャイアントでプレイヤーにダイレクトアタック!!」
そうこうしていたら、十代と明日香のデュエルはいつの間にか終わりを迎えていた。
どうやら十代が勝ったようである。まぁ、きっとアニメ通りの結果となったのだろう。
十代達が陸に向かって小船を漕ぐ中、ラバースーツマンことクロノス先生は「今日はもう疲れたノーネ」などとやけに大きな独り言を言いながら、こちらに向かって泳いで来ていた。
ちょうどいい。何をしてたか聞いてみたいし、声をかけてみよう。
くたびれた様子で岸に上がる先生。早速声をかけてみることにする。
クロノス先生はオベリスクブルーの寮長も勤めていて、寮では何度か雑談をしたこともある。そういう意味では何かと気安い仲なのだ。
「こんな所でそんな格好をして……、何してるんですか? クロノス先生」
「あわわわわわ、シニョール神!?」
俺こそこんなとこで何してんだって話なんだが、あわてている先生はそれに気づかない。
「ワワワワタ~シは、夜に遠泳するのが趣味ナノ~ネ」
「女子寮の湖でですか?」
「こ、ここの湖が一番泳ぎやすいノ~ネ」
この慌てっぷりからして何かよろしくないことでもたくらんでいたのだろうか?
なんだかんだで先生としてのモラルは持っているお人だ。女子寮覗きって事はないだろう……たぶんきっとメイビー……。
そもそもクロノス先生の場合、モラルもヘッタくれもない様なことをしてかしているのは十代に対してのみなのだ(たまに十代の周囲で巻き添えあり)。
エリートを育てるのが目的で、十代を排除するのはその手段の一つだったはずなのだが……近頃何かと十代に嫌がらせしている場面を見ると、だんだんとその手段と目的がすり替わっているような気がしてならない。
「私がここにいることは誰にも知られたくない~ノ。だから秘密にして欲しい~ノ、ペペロンチ~ノ」
「ちょっと、そこに誰かいるの?」
女子寮正門の方角から声が聞こえてくる。
この声は……明日香か!? そうか、回り込んで正門から寮に入ろうとしたのか。
「ままっまずい~ノ。ワタ~シはこれで退散するノ~ネ」
ありえない身のこなしと速さでクロノス先生は逃げ出す。かろうじて黒い影の残像が目に残る。
先生……実は副職で暗殺者でもやってるんじゃ……なんて先生の意外な特技に驚愕していると、いつの間にか明日香とその取り巻きの二人に見つかってしまっていた。
「……あなた……神君? ちょっと! こんな所でなにしてるの!?」
うん、ここは正直に話そう。実際やましい事は何もないのだ。
「あ~、なんか十代に呼ばれてね。翔が攫われたとかで……」
「……本当?」
「いや~、ホントホント。ほら、これが十代からのメール」
明日香と取り巻きの二人にメールを見せる。
「……」
「…………」
「…………ふーん……」
「それじゃ、俺はこの辺で……!」
やばい、なんかいや~な予感がする。2倍速できびすを返す。
さ~、とっとと退散だ!!
「ちょっと待ちなさい!」
がしっと肩を掴まれる。
「え? え~と、何かな~?」
そ~と振り向くと――――。
そこには、いい笑顔の明日香がいた。
「こんなメール、いくらでも捏造できるじゃない。証拠としては不十分ね」
ん~……この展開はやっぱり――。
「そうね……デュエルで勝ったら、何も見なかったことにしてあげてもいいわ」
うわ~、横暴だ。
「横暴だ」
「うるさいわね! せっかく明日香さんが勝ったら見逃してあげてもいいって言ってるのよ! 速く準備しなさい!」
「そうですわ~」
ここで捕まっても明日になれば誤解は解けるだろう。なにしろ証拠証人両方が揃ってる状態だしね。
でも、だからといってここで拘束されたくはない。例え後で無罪判定をもらえたとしても、悪い噂というものは確実に流れるのだ。
"女子寮に忍び込み、覗き行為をしようとしていた――"なんて噂は、あまりにも不名誉すぎる。
「はぁ、しようがない……覚悟を決めるか」
「そうね、なら私が――」
「いいえ」
明日香に待ったをかけたのは黒髪の方の取り巻き。
よく見ると、後ろに縛った髪の毛先があちこちに飛び跳ねている。よほとの癖っ毛なのだろうか? 髪留めを外したらすごいことになりそうだ。
「明日香さまは先ほどのデュエルでお疲れになっていますわ~。ここはわたくしが代わりにお相手を勤めさせていただきます」
「そ、そう……? 別に私は……、まぁ……ももえがやりたいって言うならいいけど……」
「いい」と言っている割に不満げな表情の明日香。
やっぱり俺とデュエルする事が目的だったか。
「ももえがんばって~! 絶対に勝つのよ!」
茶髪の方の取り巻きが俺とデュエルする事になった黒髪の取り巻き……えっと、ももえさん? に声援を送る。
「ももえさんでいいのかな? よろしくね」
「浜口ももえですわ~。ええ、よろしくお願いしますわね」
デュエルディスクを構え、電源スイッチをオン。
そして、通信対戦モード開始。
それじゃあ――
「「デュエル!!」」
◇◆◆◆
「はぁ……、ひどい目にあったっす」
『だからあんなラブレター、うそに決まってるって言ったのに。ほんとバカなんだから』
「反省します……」
「はは、でも面白かったろ? 明日香とのデュエル」
「もう、アニキはそればっかりっす」
『クリクリ~』
「そういえば……」
(神のやつ、結局こなかったな)