ごろりと寝返りをうつ。
まるでホテルの一室のような部屋。少し広すぎて落ちつかない。
世の中、金はあるところにはあるんだな~などとくだらない事を考える。
ここはデュエルアカデミアにあるブルー寮の一室。
知る人ぞ知る遊戯王のデュエルアカデミア。そう、あのカードゲームを主題としたアニメである。と言っても今の私にとってはこれ以上ないくらいに現実なのだが――。
さて、今私は遊戯王の世界にいる。
『何で?』だとか、『どうやって?』だとか、そこら辺はよく分からない。別にどっかの神様に殺されたわけでもなければ、トラックに轢かれそうになっている子供を助けようとして死んだわけでもない。普通に寝て起きたら、身体が15,6歳くらいにまで縮んでいて――そしてここにいたのである。
もしよろしければ、皆様方には今よりしばらくの間、私の回想にお付き合いいただきたい。
申し遅れました。私の名前は「
こらこらそこ。苗字が中二とか言わない。
確かに小学生だった時分には、『神様』というあだ名でからかわれたことも幾度とある。
まぁ……仕方がない。家は代々この苗字なのだ。こればかりは自分で選べない。
中学に上がる頃にはそんなことも少なくなり、友人らから『たく』との愛称で呼ばれることが多くなった。名前ネタでからかうのは小学生までということだろう。
脱線した話を戻そう。
つい3ヶ月前にローン十二年でそこそこ駅に近い中古一戸建てを購入し、一昨日には二つ上の役職の上司から新しい
身体は縮んでいるし、パソコンを点けて見たらなぜか日付は11年前。枕元にあるスマートフォンを見てもやはり日付は同じ。
ひょっとしたらタイムリープでもしたのか? などと
――海馬社長が出ている!?
慌ててパソコンに舞い戻り、色々検索をかけて見ること十分弱。
音楽、芸能、スポーツ、政治――――。
……もう、ここが遊戯王の世界であることを示す事実が出るわ出るわ。
ほとんどのジャンルになぜか付属するデュエルモンスターズ。
――先月25日、ワシントンD.C.にて、日米首脳による日米友好デュエルが行われました。
…………。
……。
これは夢だと判断し、寝直した自分は多分おかしくないはずだ。
昨夜しっかり睡眠を取っていた為か寝付けもしない。そのままベッドの上でごろごろと寝返りをうつ。――いつの間にやら時計の針は12時を指し、さすがに気持ちの方も大分落ち着いてきた。
これ以上現実逃避をしてもな~。そういえば腹減ったな~。などとどうでもいいことを考えながら、ようやく起き上がる決心をする。空腹は偉大である。
取り敢えず家の中を大雑把な感じに確認してみたところ、……特に変わったことはない。つまりこの時代からすれば、未来の建築物にあたる我が家は、中身ごとそのままである。
何か未来的アイテムをこの時代で売ってみようかな?
パソコン台の上で埃を被っているiPadとか、ベッドに転がっているスマートフォンとか、金になりそうな未来技術の塊は一通り持っている。
とは言え、それを捌く為の人脈とかないしな……。
そんな非建設的なことを考えながら、台所の隅に置かれたそれなりに大きな冷蔵庫をごそごそと漁ってみる。
即席で腹に入れられる物はまったくない。そう言えば、先日纏め買いしたインスタントカレーを昨日の時点で全て消費していたことを思い出す。野菜室にはもやしとキャベツがあったが、この異常な状況の中、自分で何か作る気にもなれない。
「牛丼でも食いに行くか――」とスマフォをポケットに突っ込み、外に出てみることにした。
ちょっとした冒険である。
家を出て辺りを見回すと、そこは間違いなくマイホームを購入したご近所であり、どこか知らない町ではなかった事に安心を覚えて足取りが少し軽くなる。
そうだ。こんな訳のわからない事にはなっているが、何も悪い事ばかりじゃない。
なぜだか分からないけど若返ったのは確かだし、自分はその分だけでもかなり得をしているのだ。
外に出て日の光を浴びるだけでここまでポジティブシンキングになる自分を単純だと思うが、いつまでも現実逃避をするよりは余程いい。そろそろこれからのことを考えないといけない。
――戸籍とかどうなってるのかな……? まぁ、飯食ってから調べてみよう。
◇◇◇◇
駅に向かって歩く道中、近道の為にいつも横切る公園がある。
その馴染みの公園を見て、ん? と首を傾げた。撤去されたはずの滑り台が鎮座していたからだ。
私がここに来たばかりの頃に出席したご近所の寄り合い集会にて、30代半ばの女性が声高らかに滑り台の危険性を説いていたのはまだ記憶に新しい。その後、この子供たちへ死を運ぶ悪魔の遊具は無事撤去されることとなったはずだが……。
「こっちじゃあ、まだあるわけね」
視線を横にずらして、公園の全体を眺めると、滑り台以外にもシーソーや鉄棒などの様々な遊戯設備が至る所に点在していた。
あのぐるぐる回る鉄格子はなんて名前だっけ……?
久々に公園らしい公園を目にして、ノスタルジックな気分に浸ってしまった。
気を取り直して当初の目的を完遂するべく、公園の端にある砂場に向かって歩き始めたところで、またまた私は歩みを止めることとなる。
なぜなら、私の視線はとある光景に釘付けにされたからだ。
――小学校高学年くらいの男の子二人が、デュエルしているのを見つけた。
向かい合う小学生二人の前にはモンスターの立体映像があった。
ここは本当に遊戯王の世界なんだなと内心溢れんばかりの興奮を押しとどめ、静かにデュエルを眺めることにする――。
「ぼくのターン!
ぼくはインプを召喚する。インプに闇の力を装備し、攻撃力を300ポイントアップ!
そのまま、ディスク・マジシャンに攻撃だ!」
オオーッ! これはーー!!
小学生Aの召喚した茶色い皮膚の一本角悪魔――インプ。装備魔法、闇の力を得た体をパンプアップさせ、メカメカしいデザインのディスク・マジシャンに殴りかかる。
攻撃を受け、吹き飛ばされながら粉々に砕け散るディスク・マジシャン。
目の前で展開している立体映像での戦いは、遊戯王世界におけるテクノロジー、ソリッドビジョンによるものだ。
なんだ! この感動は!?
この非現実的な現実が与えるインパクトは、きっと、肉眼で直に体験したものにしか分からない!
飛び出す3D映画のような――――遊園地のアトラクション的な感覚が一番これに近い。それを公園の片隅でやっているという事実は、すごいなんてものじゃない!
「さらにカードを1枚セットし、このままターンエンド」
小学生Aがカードを1枚デュエルディスクに差し込む。
そういえばこんな真昼間からカードゲームとは。学校はいいのか?
いや、確か昨日「やっと明日休めるー」と思って少し早めに寝たわけだから、今日は土曜日で小学校は午前授業のはず。だからいいのか?
スマフォを出して確認してみる。
うん、やっぱり土曜日だ。……スマフォが合ってればね。
「くそっ、オレのターン! ドロー!」
小学生Bは腕のデュエルディスクに装着したカードの束――山札よりドローし、引いたカードを見てにやりと笑う。
「へへ。オレはこの、炎の剣豪を召喚する!!」
着流し姿の、紅蓮の炎に包まれた侍が出現する。
両手に一本ずつの刀を持ち、顔は厳つくちょっと怖い。
「す、すごい! 攻撃力1700もある!」
「この前、思い切って買ったんだ~。
どうだ、すごいだろ! 高かったんだぜ! 貯めてたお年玉、全部使ったし」
「本当にすごいよ!
レベル4で攻撃力1700なんて、プロが使うようなカードじゃない! い~な~」
「へへ、それじゃあ攻撃」
「うわわ! う~。ぼくのデッキにそれに勝てるカード、入ってないよ~」
「それじゃターンエンド」
本当に嬉しそうに小学生Bがにこにこしている。
うんうん、分かる分かる。相手の知らない強いカードを出してびっくりさせるって気持ちいいよねー。自分も昔はやったやった。
「はぁ~。ぼくはイビル・ラットを守備表示で召喚――」
そのまま特に逆転劇も起こらず、6ターン後に小学生Aのライフは0となった。
さて、皆さんも違和感を感じていることだろう。私ももちろん気になったさ。
だから、炎の剣豪を召喚した彼に聞いてみることにした。
「ねぇ、キミ」
「な、なんだよ。兄ちゃんだれ?」
「いや、俺近所に住んでんだけどさ。そのカードっていくらしたの?」
久しぶりに一人称を『俺』に直す。若返ったし、これからはまた『俺』に戻そうかな。
「3万と6千円だけど……」
小学生Bは少し警戒するように距離を開ける。
「いや、カツアゲとかしないって。
すごいかっこよかったから、気になって聞いてみただけだよ」
苦笑しながらそう言ってやると、彼は僅かに警戒を解き、少し嬉しそうにはにかんだ。
「へへ、本当高かったんだぜ!
3万6千円の買い物とか、オレ初めてだったし……」
さて、まだお気づきにならない皆さんの為に、私が気になっている事を説明しよう。
彼らがデュエルで使っていたカードだが――
インプ ATK 1300 DEF 1000 通常モンスター
ディスク・マジシャン ATK 1350 DEF 1000 通常モンスター
炎の剣豪 ATK 1700 DEF 1100 通常モンスター
イビル・ラット ATK 750 DEF 800 通常モンスター
とまぁ、全てがバニラと称される通常モンスターであり、ステータスも弱すぎる。
二人にお願いしてデッキを見せてもらったところ、デッキの7割がバニラモンスターで残り3割が魔法・トラップとほんの僅かばかりの効果モンスターだった。
そしてそのバニラモンスターの平均攻撃力は900前後……インプやディスク・マジシャンって強い方だったんだね……。
その後、負けた小学生A君に彼の最強モンスターは何であるか聞いてみたところ――――
「これ! エルフの剣士だよ! 3年生の時、父さんに買ってもらったパックで当てたんだ。
すごいでしょ!」
ニシシと無邪気な顔で微笑まれた。
さて、牛丼なんか食いに行ってる場合じゃない。
逸る気持ちを抑え、小走りで家へ駆け戻る。
玄関を
段ボール箱を開けると、中には沢山の土産物の菓子箱が積み重なるように入っていた。旅行の際に自分で買ってきたものや友人から貰ったものなど、その種類はまちまちである。そんな土産箱の幾つかを取り出し、蓋を開く。
その中には――――綺麗に並べられた、遊戯王カードが入っていた。
私がカードゲーム、遊戯王にハマったのは中学生の頃である。
仲のいい友人の何人かが遊戯王をやっており、誰かの家に集まってデュエルすることが当時の楽しみだった。学年が上がるにつれ、徐々にその回数は少なくなっていったものの、それは高校を卒業するまで続いた。
大学に入るとさすがにカードゲームに興じる友人はいなくなり、私は携帯ゲームである『遊戯王タッグフォース』をプレイして、自身の無駄に有り余るデュエル欲を満たしていた。そのせいか、新しいパックを見るとどうしても欲しくなり、カード集めだけはそのまま続いた。
ほかにお金のかかる趣味がなかったことも大きいのだろう。私はアルバイトで稼いだお小遣いの多くをカードに費やすことが出来た。もう現実でカードを使うこと自体ないだろうことは分かっていたが、なぜかカード収集を止めようという気にはなれなかった。
集める事にこそ意義がある。持っていると幸せ。
これこそ、全世界のコレクターと呼ばれる人種全てにおける、同一の真理ではないだろうか。
私も見事、そんな心理に陥っていたのだ。まぁ、楽しかったので特に後悔していないが。
私の所有している遊戯王カードは、普通に市販されている物ならば全て揃っている。流石にイベント関係は参加していないので、そういった系統のカードはない。
市販されているカードを全種類持っているというのは――まぁ、揃うまで買ったのだから当たり前である。中には1枚しか持っていないカードも数種類あるが、4、50枚ダブっでいるものもそれなりに多い。
ニヤニヤしながらパソコンの電源を入れ、通信販売やネットオークションのページを探す。
案の定、遊戯王カードの専用ページは、多くのサイトで設けられていた。
カチカチとマウスを操作し、適当にカードの値段が分かるページを表示させる。
さて、どれどれ?
アイルの小剣士 ☆3 ATK 800 DEF 1300 1200円
アマゾネスの格闘戦士 ☆4 ATK 1500 DEF 1300 34800円
オオアリクイクイアリ ☆5 ATK 2000 DEF 500 199800円
クィーンズ・ナイト ☆4 ATK 1500 DEF 1600 129800円
ジャッジ・マン ☆6 ATK 2200 DEF 1500 64800円
ダイヤモンド・ドラゴン ☆7 ATK 2100 DEF 2800 85800円
デビルゾア ☆7 ATK 2600 DEF 1900 259800円
ファイヤー・ウイング・ペガサス ☆6 ATK 2250 DEF 1800 89800円
メカ・ハンター ☆4 ATK 1850 DEF 800 82800円
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何これ? もう笑いが止まらない。にやけた顔を元にもどせない。
デビルゾアが26万円って、エヘ、ウェヘヘヘ……。
え~と、なになに~? 今週の目玉商品。
守護天使 ジャンヌ ☆7 ATK 2800 DEF 2000 900000円
90万円!?
ははは! 20枚くらい持ってるよそれ!
「よっしゃーーーー! 大金持ちだーーーーーーーーーー!!」
はは。よし、よっし!
この調子だとモノによっては億単位することもあるだろうし、何百万何千万で売れそうなカードも一杯だ!
これを全部売れば、人生100回は遊んで暮らせる!
「好きな事をやって生きるぞーー!」