貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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第六話

「第三艦隊、出撃準備しなさい。アンタ等よ、伊勢、日向」

 

 長門等の出撃から数十分。旗艦である伊勢、そして日向共に、未だに執務室を出ていなかった。

 

「伊勢、此方の分の艤装の最終確認も任せていいか?」

「……いいけど、あんまり時間ないからね?」

 

 敬礼、足早に伊勢が扉の向こうへ駆けてゆくが、見送る日向の表情は硬い。提督の表情は、不機嫌そのものだった。

 

「で、わざわざ伊勢に艤装の確認を任せてまで残る理由は何? 今から艦隊の再編なんて出来ないのよ、貴方に抜けられると他の子が余計に危険に晒されるの。分かってるわよね?」

「提督、電……いや、今は『羽柴紫子』だったかな。彼女から聞いたんだが、あの子は深雪を撃った後のことは覚えていないそうだな」

 

 溜息をつき、椅子から身体を離す。部屋を立ち去る気なのかと勘ぐったが、そういうことではないらしい。扉に施錠し、窓際に腰を預ける。制帽をわざわざ脱いだ辺り、司令官として話をするつもりはない、という意思表示だろうか。

 

「あの子は深雪を撃った事に気付いて、気を失ったわ。まだ艦娘も全然数が居なくて、その時同じ艦隊だった天龍が抱えて帰ってきたんだっけね」

「深雪の亡骸は」

「……」

 

 黙って首を横に振る。数が居ない、というにしても相当少なかったのだろう、電を保護するだけで手一杯だった、と言いたげだった。

 

「……そうか。なら一つだけ頼みがある」

「……?」

「仮に、の話だが。紫子が前線に出ることを希望したなら許可してやって欲しい。恐らく艤装を使用することは叶わんだろうが、貴方が前線指揮の際に乗るイージスに乗員が一人増えるくらい問題ないだろう。どうせアレもウチで運用してる艦だ」

「仮に、ね。……分かった」

 

 

 

「やあ」

 

 日向に呼ばれ、びくり、と肩を竦める。『羽柴 紫子(はしば ゆかりこ)』、暁型駆逐艦「電」だったこの少女は、この鎮守府の食堂で手伝いとして住処を得ていた。

 

「あ、日向さん。出撃準備は良いんですか? 確か第三艦隊、でしたよね」

「ちょっと位時間はあるさ。少し良いかな?」

 

 小さく頷き、日向の隣の壁にもたれ掛かる。

 

「深雪の話なんだが、君は彼女の亡骸を見ていないと言ったな」

「ッ……はい」

 

 ぽつぽつ、と途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

もともと病弱で家から出ることもままならず、艦娘になろうとしたのも半ば自棄の様なものだった事、たまたま適正そのものはあったものの、艦娘となってからも自信を持つに至れず、その折に今の提督の元へと配属になった事。彼女が艦娘となって初めての上官であったこと。そして。

 

「私、頑張ったんです。殆ど家から出られない様な体で、何も出来なくて。それでも艦娘になれて、私にもできる事があるって……でも、出来たのは人殺しだけで……!」

「事故だったんだ、自分を責め続けるものじゃない。それに、艦娘は人を殺める為に在るんじゃないさ。少なくとも君が武器を握っている間、友達を守ることは出来ていただろう?」

「……深雪ちゃん、本名だったんです」

「彼女もシグ(Cyg)だったのか?」

 

 嫌な、予感がした。出来る事なら先の言葉を撤回したいほどに。そして、その予感は的中する。

 

「初めて此処でできた友達でした。ひょっとしたら、人だった時を含めても、初めてだったかもしれません」

「っ……」

「私は」

 

 はじめての友達を自分の手で殺して、そしてここにいるんです。そう語る彼女の瞳は、涙で溢れていた。慰めの言葉など出てくる訳もなく、彼女の涙を拭える程綺麗な手を、日向は持ちあわせてなどいない。

それでも、言わなければならないことがある。

 

「……もう一度、深雪に会いたいか?」

「……え?」

「奇跡を、見せてやれるかもしれん」

 

 提督の言葉を信用するなら、深雪の遺体は回収されていない。そして、艦娘や前線に出ている関係者の中ではまことしやかに流れる噂がある。

『艦娘は死ぬと深海棲艦と化し、深海棲艦を上手く殺せば、艦娘に戻すことが出来る』と。

 そして日向は。

 

「来る気があるなら、提督にそう伝えるといい。此方から話はしてある」

 

 自らの姉を、そうしてその手に取り戻していた。

 

 

 

「日向ー、まだー? もうチェック済んでるわよー」

「今向かってる! 転送は使えそうか?」

 

 ドックへと向かい走る。耳には待ちくたびれたと言いたげな伊勢の声が聞こえている。何度かの電子音の後、伊勢の声が再び聞こえた。

 

「いけるいける、どうすんのさ?」

「ハンガーで装備を整える暇はないんだろう? 武装と状態をそのまま教えてくれ、転送してそのままドックから出撃する」

 

 了解、と答える声は何処か楽しそうだ。不謹慎ながら、気分が高揚しているのは日向も同じだった、此処では初めてといっていいほどの大規模な戦闘、軍艦として、決戦兵器たる戦艦として、これ以上の舞台が在るだろうか。曲がり角を抜け、開かれたドックが見える。

 

「出撃準備完了! 伊勢型戦艦、伊勢、出撃します!」

 

 強く地を蹴り、念じる。ハンガーに懸架されていた艤装が消失し、直後背中に伸し掛る重量。砲塔の回転、砲身の角度変更、異常なし。着水に伴う一際大きな波を立て、彼女は叫んだ。

 

「航空戦艦、日向! 出撃するぞ!」

 

 長門からの通信が途絶えたのは、この数分後であった。

 

 

 

「伊勢、日向、状況を報告」

「こちら伊勢、長門からの通信が途絶えた地点へ向け移動中、今のところ敵影は無いわね」

「日向、同じく。第三艦隊の通ったルートの敵は粗方片付いたようだ」

「……わかった、また何かあったら連絡して」

 

 通信が途切れる。まだ作戦に参加する艦娘の半数近くが出撃できていない。戦線を構築できるまでは自身が前線に出るわけにもいかず、募る苛立ちをテーブルに黙々とぶつけていた。

 

「司令官としてどうなの、その音。さっきからうっさいわよ」

「アンタも出撃準備しろっての。前衛の枚数未だ要るんだからね」

「わかってるわよ。私は単に頼まれて案内してきただけだし、言われなくてもさっさと退散させてもらうわ」

 

 ひらひらと手を振り、銀髪の少女は部屋を立ち去る。そこに残されていたのは、髪を下ろした『駆逐艦 電』の姿。

 

「……貴方」

「……」

「紫子ちゃん、よね。どうしたの」

 

 紫子と呼ばれた少女は俯き、声を発しない。数秒、数十秒、数分、沈黙を背に時計の針が時を刻む。しびれを切らし、小さな少女の側までつかつかと歩み寄り、そして見えた瞳は、涙を浮かべ、それでも硬い決意に彩られていた。

 

「司令官、さん。……お願いしたいことがあります」

「……何?」

「私を、前線に連れて行って下さい」

「……艤装は使えるようになったの?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で首を振る。

 

「でも、私も何か、皆さんのお役に立ちたいんです」

「……暁型、電の艤装は一つスペアが残ってる。直接出撃しろとは言わないけども、ひとまず私が出る艦に同乗。万が一の時は最悪出撃も考えて」

「司令官さん……」

 

 小さく溜息。

 

「過度な期待はしないで。同じ深雪に会える可能性は限りなく低いから」

 

 努めて抑揚を殺した声の裏で、少女は胃が握り潰されてしまいそうな感覚を味わっていた。

 

 

 

 水柱が立つ、夾叉。第三射。砲弾は駆逐級を貫き、大きな風穴を開けた。長門の通信途絶から十数分、第一艦隊は敵に阻まれ目的の場所まで進めずに居た。

 

「敵艦撃破確認、次っ!」

「最上さん、左舷に敵です!」

「くそっ……!」

 

 飛沫に紛れ、化物が口を開く。咄嗟に肩に下げていた航空甲板を突き立てる。みしり、と耳を引っ掻く音に眉を顰めた直後、甲板を支えていた腕が右に振れた。

 

「っ?!」

「そのまま!」

 

 続けて後ろに付いていた潮の砲撃。榴弾による爆風が、突き立てられた歯を緩ませる。開いた隙間に主砲を差し込み、三連射。黄色い炎を纏った化物は海の藻屑と化した。返り血と海水の混じる飛沫を頭から被り、口に入った物を慌てて吐き出す。気分は最悪だった。

 

「っはあ……くそっ、せっかくの航空甲板が台無しだよ……」

 

 爆風で拉げ、歯型を付けられ、煤に塗れたお気に入りの航空甲板を手で払う。塗装の剥げた姿を見、溜息が出た。

 

「……とにかく急ごう、潮」

「はい」

 

 潮の言葉を轟音が掻き消す。どうやら大島に近づいたらしく、敵味方の砲撃、雷撃による音が大きくなる。最上は慌てて叫んだ。

 

「赤城さん! 長門さんの通信が切れた地点は?!」

「この近く、目指できる距離まで来たはずです! 各自警戒を……ッ!?」

 

 息を呑む音、身体を目一杯後ろに倒し、眼前に立ち上る水柱を避ける。

 

「あ、赤城さん……?」

「……榴弾が至近に着弾、損傷は軽微。電さんも無事です!」

 

 体勢を整え弓を引き、右舷を睨む。砲火の見える先には、榛名と曙が居る。数が多く苦戦しているようだ。

 

「……全く、遠的は苦手なのですが」

 

 はあ、と白い息が風に乗って背中へと流れる。風向き、距離、速度、全て良し。チャンスは一瞬。一航戦の誇り、見せてやろうじゃないか。先陣を切る戦艦級が、防壁を思わせる外殻に覆われた砲塔をこちらに向け、砲身が覗いた。

 

「ッ!」

 

 大きく引かれていた弦が頬を掠め、鋭く矢を放つ。妖精を載せたものではなく、単なる麦粒の矢。それは風を裂き、数瞬の後、砲撃を行わんとした穴の一つに吸い込まれた。弾頭を撃ち抜き、逃げ場を失った爆薬が炸裂する。誘爆に次ぐ誘爆を繰り返し、ル級とカテゴライズされていた戦艦級の左半分を吹き飛ばす。続けて榛名の砲撃がル級を沈め、敵の陣形が崩れたことを目視で確認する。

 だが、息をつく暇など無かった。

 

「なっ……」

 

 爆風に小さな穴が開いた直後。赤城の右腕は水面に打ち捨てられていたのだから。


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