貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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追編之拾壱-エピローグ-

「で、提督は何と言っていたんだ?」

 

 食堂。朝食の時間も過ぎ、人の気配が無くなった事を確認した長門が正面に座る天龍に向けて問い掛ける。牛乳の入っていたマグカップを空にした天龍は、明石と視線を交わし、小さく頷き答えた。

 

「一先ずは懲罰房行きだと。まだどうすっかは決めかねてるみたいですね」

「提督の性格からして極刑、とは行かないでしょうが、曙さんは二度目です。……ある程度厳しい対応をせざるを得ないとは思います」

「……そうか」

「そういえば、この事を知ってる子はどれ位いるのかしら?」

 

 天龍の隣に座る龍田の疑問に、三人は目を見合わせる。深雪の昏倒そのものに関しては所属している艦娘の殆どが既に知っている。病床に伏せっている所を見ている者も多ければ、そこから口伝で話が広まるのも早い。

幸いと言えば、長門らが鈴谷、曙の二名を拘束する現場であったり、深雪との口論など、直接的な現場を目撃した者が居なかったことだろうか。恐らくそれを見られていた場合、二人の駐屯地内での立場は非常に危ういものとなっていただろう。

 

「一応医務室に来られる方に話を聞いてはみましたが、どうやら船酔いの後遺症の類で意識を失ったのだと噂されているみたいで、鈴谷さん、曙さんの関与を知っている方は居ないようです」

「私の方でも日向に確認を取ってみたが、どうやら提督が手を回してくれていたらしい。他に知っているのは直接話の出来る潮や熊野位だそうだ」

「だったらいいのですけど。天龍ちゃん、深雪ちゃんの様子は?」

「まだ目は覚まさねえ。外傷は二、三週間ってところだったか、明石さん」

 

 少女の問に頷き、明石は言葉を継いで語る。幾つかの龍田の疑問に答えた後、明石は大きくため息を吐いた。

 

「とはいえ、意識を取り戻せるまで私達がどうこう出来る事ってないんですよねえ。鈴谷さん達の方は日向さんと伊勢さんが様子を見てくれているんでしたか」

「……話でも聞いてみるか?」

「……いえ、今はいいです。それより、長門さんは船酔いのことについてはどこまでご存知なんですか?」

 

 藪から棒にどうした、と怪訝な顔を彼女は浮かべる。同様の疑問符を浮かべる龍田と、明らかに顔色が変わった天龍と、三様の反応に明石は何かしらの確信を得たらしい。長門等二人にやっぱりなんでもない、と笑って誤魔化し、深雪の様子を見るローテーションや、鈴谷や曙の事について、提督から伝えられていた艤装改修についてなど、明石が立場上引き継げる内容の話を適当に繋ぎ、その場をまとめた。そして解散、というところで長門に呼び止められ振り返った。

 

「さっきの船酔いの話がまだ終わっていないだろう?」

「ああ、そうでしたね」

「私の知識、だったか。知っているのは『艦艇の記憶が何かの拍子に艦娘の精神を喰う』『一度発症した場合、記憶そのものに打ち勝つ以外の対処法がない』位だ。他に何かあるのか?」

「深海棲艦化に関してです。艦娘は死ぬと深海棲艦化することがあるのはご存知ですね、今でも明確な基準は不明ですが、深雪さんなどの事例を見るに、一つ。深海棲艦化の条件が見えてきました」

 

 明石の言葉に、ごくり、と喉を鳴らす。

 

「船酔いです。より正確に言えば、船酔いに起因する『憎しみ』『怨み』『恐怖』そういった負の感情が、深海棲艦化の条件の一つになるのではないか、と」

「だから深雪がそうなった、ということか?」

「……はい。あと事実として言えるのは、艤装の主機、特にブラックボックス部分も深海棲艦化に絡んでいるだろう、というくらいですね。日向さんに聞いた話では、伊勢さんは船酔いには罹っていなかったらしいので」

「……それだけか?」

 

 それだけです、と強く言い切る明石に対し、長門はそれ以上を問いかけようとはしなかった。聞いたところで答えないだろうし、力尽くで聞き出したとして、それがいい結果を生むとは考えられない。興味や疑惑は尽きないが、此処は引いておくべきだろう、と結論付けて話を打ち切る。

 

「あ、そうそう天龍さん」

「……何だ?」

「川内さんから聞いたんですけど、完治していない腕で艤装を振り回してたそうですね?」

「げっ」

 

 天龍の頬が引きつる。にっこりと能面のような笑みを浮かべた明石に首根っこを捕まれ、そのまま二人は食堂の外へと向かう。それを見送り、残された長門と龍田は思わず顔を見合わせるのだった。やがて扉の前で立ち止まり、こちらへ振り返ることもなく明石は長門に尋ねる。

 

「長門さん。提督の名前って何でしたっけ、ど忘れしちゃいまして」

「……華見京香。それがどうした?」

「いえ。……ちょっと診断書が必要になりそうなので」

 

 

 

「まったく。平然としてるみたいだから良いものの、悪化したらどうするつもりだったんですか?」

「いや、悪い悪い。どうもじっとしてられなくてよ。……で、ご丁寧に鍵まで掛けて、本題は何なんだ?」

 

 鍵のかけられた医務室。向かい合う形でそれぞれ椅子に座る天龍と明石の二人。差し出された右腕に触れ、後遺症の類が無いのか簡単に調べる明石に対して低く抑えた声で問い掛ける。手元に落としていた視線をちらりと上げ、再び腕に視線を落として明石は笑う。

 

「いやあ、先程の貴方の反応が少し気になって、ちょっとカマをかけてみたんですが、やっぱり演技は苦手なんですねえ」

「……何の話だよ、俺は別に何も」

「提督が深海棲艦化しているのを知っていますよね? 更に言うなら、彼女が船酔いの結果そうなっている事も。もう一つ、気付いてますね?」

 

 否定を返すことは出来ない。明石が眉をしかめる様が気になって、彼女が見ていた資料を、そこに書かれていた名前を見てしまっていたのだから。最初のシグ被験体、適合実験の際の事故、死亡認定、そして、華見京香という名前。

材料が揃ってしまえば後は単純だ。故に天龍は彼女の現状に気付いた。司令官がその被験体であること、事故により船酔いを患い、恐らくはその際に深海棲艦化が始まったこと。それを『成り損ない』とぼかして語っていたのだと。

 

「提督は、事故の隠蔽のために死者として処理されたってのか」

「というよりは『華見京香』を二人にしたかった、という方が適当でしょうね」

「どういう事だ?」

「艤装適合実験の失敗によって提督が船酔いを患い、深海棲艦化が進行しているというのはほぼ間違いないでしょう。それに『深海棲艦になりかけている人間を傍に置く』ことがどれだけ周囲に不信感を与えるかは、説明するまでもありませんよね?」

「実際の危険性は置いといて、ってことだな」

「ええ。そして、艤装についての知識などを持つ人材の重要性や、艦娘の配備推進派筆頭である中将の孫娘という点を考えれば、軟禁や殺害などもなるべく避けたい」

 

 明石は視線を上げようとせず、淡々と言葉を続ける。

 

「そうした打算の結果『華見京香』は実験失敗による事故で死に、数年後に養子という形で身寄りのない彼女を『二人目の華見京香』として育て始める、というシナリオが出来上がる訳です。『本物』は既に死んでいる体ですし、思春期の少女の大きな変化を考えれば、どれだけ似ていようとさしたる問題にはなりませんからね」

「……なんでお前がそこまで知ってんだ、それにあんな資料何処から」

「さあ。船酔いについての研究を任されているので、その関係ですかね」

 

 くつくつと笑う声。はぐらかされた、と感じながらも、天龍はそこから問い詰めることは出来ない。彼女の声色は『聞いてくれるな』と、明らかな警告を発していたのだから。

小さくため息を吐いて、明石は天龍の腕をぽんと叩く。ようやく上げられた顔には、いつも通りの笑顔が浮かんでいた。

 

「これでよし、と。一応ちゃんとした検査もしますが、完治していると見て間違いなさそうですね」

「当然だな、無理な負担は掛けてねーんだから」

「体感をアテにし過ぎるのも危険なんで、経過観察はちゃんとしてくださいよ?」

「分かってるって。で、検査はいつやるんだ?」

「天龍さんの艤装も改装案が上がっているので、それの調整と合わせてですね」

 

 改装、という言葉を聞き天龍の顔が喜色に染まる。勢いづいて明石に詳細を尋ねたものの、まだ詳細は決まっていない、と曖昧な返事のみが返ってきたため小さく溜息を吐く。じゃあ検査もその分遅れないか、と迂闊に聞いてしまったのがまずかった。

 それもそうだと同意を示した明石にそのまま首根っこを捕まれ、休む間もなく精密検査に回される羽目になってしまうのだった。

 

 

 

 朱に染まる窓の外、懲罰房として使われている部屋の前で、少女は佇む。扉の向こうに人の気配を感じた。隣に連れていた私服の少女に視線を移し、考え込むような仕草の後、小さく頷く。

 

「最上、本当に良いの?」

「……大丈夫、だと思います」

「……鈴谷。居るんでしょ」

 

 扉越しに聞こえる衣摺の音。格子窓の向こうから顔を見せた少女は、不機嫌そうな視線をこちらに向けたが、直後最上の方を見て息を飲んだ。

 

「姉、ちゃん」

「この子が話したいってさ。一時間ほど経ったら迎えに来るから、最上は何かあったら呼んで」

「は、はい」

 

 ひらひらと手を振り、司令官はその場を離れる。扉越しに向かい合う姉妹の表情はどちらも硬く、無言のまま時が流れる。沈黙にも耐えられなくなったかという頃、鈴谷がその重い口を開いた。

 

「その、この前は御免なさい。つい、気が動転しちゃって」

「……いいんです。私も、覚えてあげられなくてごめんなさい」

「ううん、姉ちゃんは悪くないよ! 戦闘のせいだし、死ぬかもしれない怪我だったし、生きててくれてただけで、鈴谷は全然……!」

「……あの、最初に言われた時から気になってたんだけど、その……お姉ちゃん、っていうのは」

 

 最上の疑問に、鈴谷がその顔を大きく曇らせる。彼女はそれに対する正当な答えを持っていない。長門に指摘された通り、一方的に姉妹艦である最上を姉と呼び、妹という立場を求めていただけなのだから、記憶を失いやり直そう、という相手にそれをそのまま伝えるなど出来なかった。故に答えることが出来ず、鈴谷は視線を外し黙り込む。不思議そうな表情を浮かべる最上の背後から、また別の少女の声が聞こえた。

 

「あら、最上さん、話には聞いていましたが無事でしたのね。……良かったです」

「えっと、貴方は……?」

「? 最上型重巡洋艦四番艦、熊野ですわ。やれやれ、姉妹艦の事をお忘れとは、もう少しお休みになられた方が良いかと存じますが……」

 

 心配そうな視線を最上に向ける金髪の少女、熊野。曖昧な笑みを浮かべて最上が笑い返すが、それに違和感を覚えたか、改まったように最上に向けて問い掛ける。

 

「最上さん、貴方もしかして」

「……はい。私、記憶の大部分が無いんです」

「なるほど、それで提督と鈴谷さんに話を聞きに来た、と」

「ええ。それで、鈴谷さんが私の事をお姉ちゃん、と言っていたのはその……」

「……ああ、彼女も最上型の姉妹艦ですわね」

「ちょっと祥子!?」

 

 一体鈴谷は誰のことを呼んだのか、と一瞬疑問符を浮かべるが、目の前の少女が眉をひそめるのを見て、思わず納得する。提督の言う『艦娘じゃない名前』なのだろう。そう考え納得したように頷く最上をよそに、呆れたような溜息を吐き、熊野はつかつかと靴を鳴らし格子窓の前へと歩み寄った。

 

「はあ、今は熊野ですわ。……そういえば最上さん、艤装主機を喪失しましたが、今後はどうするおつもりですの?」

「それなんですけど、一通り覚えて落ち着いたら、紫子さん達と一緒に食堂などを手伝うように、と言われまして」

「名前も最上のまま、ですか?」

「……提督は新しい名前を考えてくれる、とは言っています」

 

 ふうん、と熊野は小さく頷く。暫く考え込むような仕草を見せ、その後、二人に向けて彼女は言い放った。

 

「物は相談なのですけれど。最上さんさえ良ければ、私達の家族になって下さいませんか?」


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