貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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 本編第九話の続き、という形でのエピローグパートその一です。鎮守府に帰るまでと、帰ってからのあれやそれやがメインとなっており、以後の戦闘予定は特にありません。基本的には本編で小出しにした要素の回収など、といった形です。

 これまでに輪を掛けてシリアス路線を突っ切る方向になるので、苦手な方はご注意下さい。


追編『伊豆諸島奪還作戦、その後』
追編之壱-エピローグ-


 川内は、何も言えなかった。

提督が深海棲艦にしか見えない姿を現し、艦娘を、最上を喰らう姿を見て。

 掛けられる言葉など、何一つ持たなかった。

 

「それで、長門はなんて?」

「……あ、あの、最上が重傷、イムヤとゴーヤの二人が、回収して此方に向かっているそう、です」

 

 それから、と言葉を続ける。

 

「レ級の亡骸より艦娘『深雪』を回収したとの事、です」

 

 報告を聞く少女の表情は伺えない。帽子を目深に被り、意図的に表情を隠しているようにも見えた。

 

「そう。川内もお疲れ様、シャワーでも浴びてきなさい。最上の回収はこっちでやるから」

「……は、い」

 

 俯き、小走りに船の中へと駆けて行く川内の姿を見送り、小さく溜め息を吐いた。日の昇った青空を仰ぐように顔を上げたのは、徹夜明けの眠気を覚ますためではなく。

 

「……はは、敬語になってやんの」

 

 溢れそうになる涙を、瞳の内に留めておくためだったのだろうか。

 

 

 

「司令官、最上が危険な状態なの! 早く回収お願い!」

「っイムヤ?! 分かった、これに最上を掴まらせて。三人まとめて引き上げるから」

「……提督?」

 

 救命具を放り投げ、リールの準備に甲板の端から引っ込む姿を見て、潜水艦娘『伊五八』は首を傾げる。

 

「どうかしたの?」

「提督、泣いてたみたいでち……」

「……艦隊に欠員が出た、とかないわよね」

 

 同じ伊号潜水艦のイムヤこと『伊一六八』の問いかけに、まさか、と言い掛け黙り込む。双方の戦力が集中していた大島では、駐屯部隊や本隊に死者が出ているのだ、艦娘、人間共に。自分達の艦隊は大丈夫だと言い切れる訳もなかった。

 

「ゴーヤ、入渠ドックがまだ空いてるから最上はそっちにお願い。イムヤは明石に最上の状態を報告。両足の替えを用意する必要があるわ」

「了解でち!」

「分かった、行ってくるわ」

 

 水着の上からパーカーを羽織り、二人は甲板を後にする。幾らかの時間が過ぎ、不意に通信機がノイズを発した。

 

『提督、聞こえるか、長門だ。当海域の哨戒を行ったが敵性の反応は無い。戦闘態勢を解除する』

「了解。駐屯部隊の補充も始まってるはずだから引き継いで帰還して。最上以外に負傷者は?」

『……私と曙が少し大きな傷を負ったが命に別状はない。曙は燃料切れのため天龍に連れていかせる事にした、それほど帰還に時間は掛からないだろう』

「重傷者が峠を越えればウチの死者はゼロ、で良いのね?」

 

 ああ。紛れもない我々の勝利だ。そう答える長門の声は優しく、塞き止めた筈の感情がまた波を起こす。口をついて出た言葉は、涙に震えていた。

 

「……良かった」

『提督?』

「あ、いや、電と最上は明石達が処置を始めてくれてる。貴方達も気を付けて帰還して」

 

 訝しむ様子を見せたが、長門はそれ以上問いかけることはせず、態度を変えずいつも通りに通信を終了させた。

 

 

 

「第一第三及び第五艦隊、帰還した」

「ご苦労様です! あの、すみません、入渠ドックの空きが少なくて……」

 

 艤装をハンガーに懸架し、武装を持たない状態で陸に上がる。帰ってきた事を喜ぶ間もなく、明石が駆け寄ってくる。

 

「だったら曙を先に入れてやってくれ。帰投前に伝えたが左腕を失ってるんだ」

「わかりました、長門さんはそのまま救護班のところへ。傷口の洗浄が済み次第脇腹と上腕部の欠損を処置します」

「分かった。負傷者の状態は?」

「利島以南の攻撃に参加した艦隊及び空母機動隊の損害はごく軽微、掠り傷やちょっとした艤装の損傷くらいです。敵の練度が低かったことが幸いしたみたいですね」

 

 ですが、と言い澱む。その理由は他ならぬ長門自身も解りきっていたことだが、聞かないでいるという選択肢は無かった。

 

「最上さん、電さんを始めとした重傷者が多数、赤城さんや衣笠さんなど、命に別状がない方も居ますが、未だに意識を取り戻さない方も居ます。特に始めに挙げた二人に関しては予断を許さない状況となっています」

「高速修復は駄目なのか?」

「……アレは重傷には向かないんです。要はナノマシンを強制的に活性化させて体組織の修復を早めるものなので、電さんや最上さんに使うと体の方が持ちませんし、今入渠中の方についても同様です」

 

 ドーピングのようなものなので、私個人としては使いたくないんです、と苦々しげに語る。

 

「なら仕方ない、か。負傷者の事は明石に任せる」

「はい。あ、そういえば深雪さんを回収したとの事ですけど」

 

 その言葉を受けて長門が指差した先には、意識を取り戻さない少女を抱えドックを立ち去ろうとする伊勢の姿があった。

 

「不思議な話だ、深海棲艦を貫いて殺したというのに、中から出てきた彼女は傷一つ負っていないんだよ」

「……」

「まあ、私達が何なのかは戦いが終わってから考えるべきなんだろうな」

「そう、かもしれませんね」

 

 

 

「……司令官のクセに何そんな所で引きこもってるわけ」

 

 カーテンが閉ざされ、光が細く差し込む部屋。桜色の小物や小さなぬいぐるみ等が所々に配され、地味ながらも少女らしさを窺わせる提督の私室に、一人で膝を抱えて座っていた。

 

「ああ、叢雲か、お疲れ様。……明石が話してるとこ聞いたの。最上が、さ」

「知ってる。艤装全損したんでしょ」

「だったら分かってるでしょ。稼働中の艤装の記憶領域が壊れたらどうなるか」

「……で、私のせいだっつって膝抱えてんの?」

 

 少女は答えない。呆れたように溜め息を吐き、叢雲は扉に背中を預けた。

 

「大量の記憶の流入による昏睡、後は拒絶反応の結果艤装への適応性が大きく落ちる、ってだけじゃない。快復した後に引き摺るような症状なんて大してないんだから別に……」

「……記憶障害。気付いてなかったのね」

 

 私は此処で再会した時、貴方を覚えてなかった。その言葉に、思わず身を乗り出してしまう。彼女は今なんて言った? 私を覚えていない? 名前を呼び合うことだって何度もあった筈なのに。

 

「この子が遺した日記と写真で『知ってた』だけ。笑えるでしょ? 親友だと思ってた人間が記憶喪失で、しかも知識を頼りに必死でそいつの振りをしようとしてたんだから」

 

 それに。艦艇の記憶に溺れるっていうのはもう一つの悪夢を呼ぶ。涙声で必死に笑おうとする姿は哀れを通り越し、いっそ滑稽に映る。

 痛々しいと思う。しかし、止める事は出来ない。続く彼女の言葉、彼女の姿に言葉を失ってしまったから。

 

「……見てよコレ。私は、艦娘でも、ましてや深海棲艦でもない。……どちらにもなり損なった、ただの化物なの」

「ッ……!?」

「まあ、提督の振りだけは最期までやり通すから、安心してていいわよ。アンタに迷惑掛けないようにするから」

「最期って、何よそれ……」

 

 ぷつり、と心の中で何かが切れた。

 

「まさか、やることやったら一人で死ぬとか言うんじゃないわよね? 単なる逃げじゃないそんなの! それになんで相談しなかったの!?」

 

 化物のそれと化した肩を掴み声を荒げ、思う様を吐き出す。相手がどう思っていようが関係なく、ただただ少女は感情を爆発させた。

 

「親友でしょ、記憶がなくても、フリを続けてでも親友で居たいって思ってくれたんでしょ!!? だったら私を頼りなさいよ!! お願いだから、頼ってよ……!」

 

 床を濡らす涙がどちらの物かは分からない。カーテンの隙間から差す光の中で、二人はどちらともなく嗚咽を漏らした。

 

「……ごめん」

「……謝る位なら最初からんな事してんじゃないわよ」

「そうだよね……ごめん」

「ったく。向こうのといいこっちといい、曙って貧乏くじ引く趣味でもあんの? 自分から背負い込みに行くとかマゾの気でもあるんじゃない」

 

 さあ、と小さく笑みを浮かべる。涙に赤くなった瞼を袖口で拭い、小さく息を吐く。まだ自分は提督でいなければならない。貧乏くじだとしても、自ら引いた以上は。

 

『……』

 

 扉を挟んだ廊下。ノブを掴んだ手を離し、踵を返す。足音もなく小さな背中が遠ざかって行くのを、包帯などを抱えて歩く天龍が見送っていた。

 

「アイツ、鈴谷か? ……提督の部屋の前で何してたんだ」

 

 

 

「曙ちゃん? 曙ちゃん!」

「……ん」

 

 意識が朦朧としている。レ級と戦って、最上が瀕死の重症を負って、怒りに我を忘れて、それから。記憶がハッキリしないうちに、鈍い痛みが左腕を襲う。慌てて瞳を開ければ、其処は入渠ドック。損傷を負った艦娘と艤装をそれぞれ治すための場所だった。

 

「潮? 無事だったんだ」

「……良かった、目が覚めて」

「左腕やられただけなんだから当然、あれ」

 

 左肘から先の感覚がある。視線をそちらに向けてみれば、確かに肘から下はある。だが、上腕部に縫い目のような跡が見え、そこから下に新しい腕が縫い付けられていた。

 

「ああ……肘が砕かれちゃったからか」

「明石さんが用意してくれたの」

「……クローン技術様様、ね」

 

 気休めにもなるだろう、と面会に通された潮と話すうちに、明石に付き添われ、一人の少女が歩いて行くのが見える。それは食堂で働いている少女、名前は何と言っただろうか。

 

「あの子、名前なんだっけ」

「え? あ、紫子ちゃん。明石さんと何してるんだろう」

(『オ前モ、紫子ジャナイ』)

 

 ふと、その言葉を思い出す。最上や電を死の淵に追いやり、味方に大きな被害を与えた化物は、確かに紫子という人物をこの近くの海で探していた。

 

「あ、深雪ちゃん目が覚めたんだ!」

「みゆ、き……?」

 

 思い出した。忘れていた方が幸せだったかもしれない。

 

「……曙、ちゃん?」

 

 レ級を天龍と日向の二人が仕留め。

 

「……あ」

 

 焔を上げる亡骸から日向が救い上げた。化物の中に居た少女。

 

「あいつが……」

 

 すがる紫子を腕に抱き、泣き笑いを浮かべていた。

 

-貧乏くじの引き方 追編之壱- 了


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