ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第62話 ペスカニその3

日が昇る時間と同時に目を開いたロブは片手で掛け布団をどかし、ベッドのそばにある松葉杖を手にしてベッドから降りる。

少し前まではグズマや手当をしてくれた神父の手を借りなければ、ベッドで横になることも出ることもできなかったが、リハビリのおかげで今では多少の痛みがあるものの、自力でそれをすることができる。

机の上にある瓶を手にし、その中の物を一気に飲み干す。

そして、つい数時間前に獲った魚が入った籠を背負うと、松葉杖をつきながら家の外へ出た。

外にはもう村人たちが出ており、外へ出たロブを奇怪な目で見る人はいない。

ロブはなんでもないように籠を抱え直し、北へと歩を進める。

「…ロブさん、今出ました」

「よし、追いかけよう。チャモロ…頼りにしてるよ」

「ええ。ただ…こういうのは魔物マスターよりも盗賊の仕事のようには思えますが…」

ロブが向かうのは村の北にある洞窟で、彼が普段歩行訓練している場所だ。

洞窟という環境や尾行という今回の行動、そのことを考えるとチャモロの言う通り、盗賊の方が適任だ。

魔物マスターはあくまで五感が活性化して、痕跡などを見抜きやすくなるだけだ。

それに対して、盗賊は簡単な鍵開けや忍び足を利用した気配を消した移動などで隠密行動に長けている。

それらの職業と手にしたものの価値を正確に見出すことのできる商人を極めることで、自然を味方につけ、いかなる環境でも生き延びることのできる職業、レンジャーとなることができる。

チャモロについては魔物マスターを極め、盗賊となったばかりで、尾行などの盗賊の基本中の基本の修行はほとんどできていない。

「いきましょう。少なくとも、痕跡は見逃しません」

距離が離れていくのを確認したチャモロはロブの足跡を特定し、レックに手で合図を出しながら進んでいく。

複数の異なる足跡が見えることもあるが、足跡の特徴をすでにつかんでいるチャモロにとってはロブのそれを割り出すのは朝飯前のことだ。

(バーバラ…怒っているかな?)

チャモロについていきながら、レックは宿屋に置いてきてしまったバーバラのことを考える。

まだ眠っており、そんな彼女を無理に起こしてしまうとかわいそうだと思ったことやチャモロの手を借りた方がやりやすいと思ったことから彼を連れて行った。

後でどう謝っておこうかと考えていると、2人は洞窟の中に入る。

尾行がばれてしまう可能性があるため、たいまつやランタンを使うことができないため、頼りなのはチャモロの五感だ。

離れ離れにならないように距離を詰め、チャモロは暗がりの中でかすかに見える足跡を頼りに進んでいく。

「レックさん、少し物陰に隠れましょう。視線を感じます」

暗がりであり、少し離れると姿が見えにくいものの、どんなに気を付けても足音が聞こえてしまうことがある。

おまけにロブ本人の警戒心の強さもあるようで、中に入ってから視線を感じるのはこれで3回目だ。

(歩行訓練にしては警戒心が強すぎる…あの洞窟の中に何か隠したいものがあるということか…?)

徐々に奥へと進んでいき、一番奥の空間でロブの足が止まる。

籠を置いたロブは何かを探すように壁を触っていた。

そして、数分後にその空間の西側で大きな音が鳴り、ロブは再び籠を手にしてその音がした方向へと進んでいった。

 

抜け道を進み、その終点には海があり、日航が差し込んでいた。

「…よし、誰もきちゃあいねえな…。おい、いいぞ!!」

ロブが声を上げるとバシャバシャと水の音が聞こえ、ロブの目の前にサンゴでできた髪飾りとピンク色のブラをつけた金髪の美女が上半身だけ体を出す。

「ロブ…ああ、来てくれたのね…」

「遅くなって済まねえ。魚、取ってきたぞ」

ロブは籠の中にある魚を出し、それを目の前の女性に差し出す。

両手でそれを受け取ったディーネはおいしそうにその魚を食べ始めた。

「おいしい…。ロブ、ごめんなさい…。私のためにまた…」

おなかをすかしており、魚を食べられるのはありがたいが、ロブの体を見ると表情を曇らせる。

先日と比べて、またロブの体の傷の量が増えている。

魔王の影響で、魚が獲りづらくなっていることはディーネも知っており、その中でロブがどれだけ苦労して魚を獲っているのかを感じてしまう。

「そんなこと言わないでくれ。こうなっちまったのは俺のせいだからよ。これは…俺自身のケジメでもあるんだ。お前をここに閉じ込めるようなことをしてしまった…」

「もう気にしないで、って何度も言ってるのに…。優しいのね、ロブは」

「よせよ…ガラじゃねえ」

親友にすらそんなことを言われたことがなく、免疫がないロブは顔を赤く締めそっぽを向いてしまう。

そんなロブが子供っぽく思えて、ディーネは声を殺して笑う。

ディーネにとっては魚以上に、こうしてロブと話すことができるのがうれしかった。

そんな彼女を見たロブの表情も柔らかくなり、笑みを浮かべる。

だが、一瞬何かを感じたのか、すぐに硬い表情になり、ディーネに背中を向けて隠すように立ち、自分が通った通路を見る。

「ディーネ…隠れろ」

「え、ええ…」

ロブに言われた通り、ディーネは水の中に消えていく。

そして、ロブはギロリとその通路をにらみつける。

「おい!!そこにいることは分かってるんだ!!さっさと出て来い!!」

ロブの声が洞窟に反響する。

そして、観念したかのように真っ暗な通路からレックとチャモロがやってくる。

「てめえら、あの時の旅人…!!お前ら、俺をつけてきやがったか!!ここで…何かをみたか!?」

松葉杖の先をレック達に向けたロブは2人をにらみつける。

海を渡ってきて、あのような大きな私有船を持っている旅人であるため、相当の資金力と実力を持っているかもしれないということは一介の漁師でしかないロブも分かっている。

負傷しているロブではほんのわずかな抵抗しかできないかもしれないが、それでもディーネを守るためなら2人を道連れにしてでも秘密を守るつもりでいた。

「そんなことを言っていると、ここに秘密があることを教えているようなものですよ」

「ちっ…!勘のいいガキめ!」

秘密を知られるわけにはいかないと、ロブは松葉杖をチャモロに向けて振るう。

だが、レックがかばうように立ち、両腕で防御してそれを受け止める。

頑丈な木材で作られた松葉杖と傷ついているとはいえ、漁師として鍛えられた腕で放たれた一撃であることもあり、しびれるほどの激痛を覚えた。

だが、ロブもかなり無茶をしたようで、振るったと同時に転倒してしまう。

「くそ…!」

「警戒しないでください…といっても、これでは口だけですね…」

チャモロは背中に刺してあるゲントの杖を抜き、それについている鏡を倒れているロブに向けてかざす。

(…??なんだ、こりゃ)

鏡を向けられ、柔らかな光を受けたロブはいつも以上に体が楽になったように感じられた。

立ち上がったロブは驚いたようにチャモロを見た。

「私はゲントの村の僧侶です。故あってこのレックさんと共に旅をしています。レックさん、武器を」

「うん…」

レックとチャモロは持っている武器を立ち上がっているロブの足元へ投げ、両手を挙げて何も持っていないことを彼に示す。

更にチャモロは息攻撃に使う薬草や魔法の聖水まで捨てていた。

「てめえら…」

「グズマさんから依頼されたんです。彼があなたのことを心配して…」

「…ちっ、お人よしめ」

自分が粗暴なふるまいをしていることが原因なのは分かっているが、それでも見捨てずにどうにかしようとしたグズマと、そんな彼の願いを聞き入れてここまで来た、数日前に付き合ったばかりのはずの旅人の甘さに思わず苦笑してしまう。

自分が油断するのを誘う策略か、それとも底抜けの馬鹿なのか。

だが、後者であれば自分の願いをかなえることができるかもしれない。

「…誰にも、いわねえな?」

「はい?」

「いいぜ、話してやる。だが、お前らの仲間以外の誰かにこれから見せるものを言ってみろ。どこまでも追いかけて、お前らを殺してやるぞ…!!」

「…分かり、ました。話してください」

「ああ、いいぜ…。ディーネ、出てきてくれ!!」

レックの手を借りて立ち上がったロブは海に向けて声を出す。

すると、水の中に隠れていたディーネが顔を出し、ロブを見つめる。

そして、大きく飛び跳ねて岩場に腰掛ける。

その下半身はピンク色の魚そのものだった。

「人魚…?」

「どうして、人魚がここに??それに、実在しているなんて…」

人間と同等の知識を持ち、海の中で生きる生き物として人魚の存在は知れ渡っているが、その本当の姿を見た者はおらず、あくまでもおとぎ話の世界の物だとばかり思っていた。

だが、その空想の生き物であるはずの人魚が目の前に、この現実世界に存在する。

レックとチャモロが驚きの余り言葉が出ずにいる中で、ロブはしゃべり始める。

「こいつは俺の命の恩人だ。漁に出て、突然起こった嵐で船が沈み、俺も激流の中に飲み込まれちまった…もうだめかと思った時に、コイツが俺を助けてくれた」

激流に呑まれ、体が沈んでいき、意識が薄れていく中で彼女を見たとき、ロブはお迎えが来たのだと思ってしまった。

海に生きる人間は死ぬとき、天使ではなく人魚が迎えに来て、海と陸の間にあるという楽園へその魂を導くという伝承がある。

その伝承通りに、これからその楽園へ行くとばかり思っていた。

だが、気が付いた時には村から離れた場所の浜辺にいて、ディーネがいた。

「だから、俺は生きて村にいる。だが、ディーネは…」

「ちょうど、私たちはこの近くの海から別の場所へ移動をしていたのです。嵐がやって来たので、岩場まで避難していましたが、その時に小さな声が聞こえてきたんです。いてもたってもいられず、駆けつけたときに、彼の…ロブの姿がありました」

「ディーネは俺を助けたばかりに、仲間とはぐれちまった…。魔物があふれているこの海をディーネ1人で越えることはできねえ。俺にできたのは、こうしてかくまうことだけだった…」

歩行訓練と称して、魚を抱えてここまで歩いてきたのはディーネに食事を与えるためだった。

当初は村人に止められたりして、何日も渡せないこともあった。

ディーネのことがばれないようにするため、わざとロブは周囲の人々にとげとげしく接することで距離を置き、放っておかせた。

だが、それはあくまでも一時しのぎだということは2人とも分かっている。

彼女を群れの元へ帰さなければならない。

「できれば、俺の手でこいつを群れの元へ連れていきてえ…。だが、今の俺の体じゃあ無理だ。それに、船もねえ…」

「そんなこと、いいの…ロブ。私は今のままでいいの。仲間のことは気になるけど、今のままで十分幸せだから…」

仲間たちと世界各地の海を転々としながら生活していたその時とは違い、今のディーネの海はこの洞窟の中だけで、食事も限られていることから不自由に見える。

だが、そんな生活にもかかわらず、ディーネは笑みを浮かべており、その言葉からは偽りは感じられない。

「少し、外を泳いでくるわ。誰にも見つからないようにするから、心配しないで」

「あ、ああ…」

「ありがとう、みなさん。ロブのことを心配してくれて…」

ディーネは海へ飛び込み、外へ向かって潜ったまま泳いでいく。

不漁続きの今では進んで海へ出ようとする漁師もいない。

潜ったまま移動すれば、見つかることはないだろう。

「…ディーネはああいってくれているが、本当は仲間の元へ帰りたいはずだ。俺が…こんな体じゃなければ…。…そういえば、あんたらは船を持っていたよな。どこから来た?」

「それは…」

レックは神の船のこと、そしてある人物を探すためにレイドックから旅をしていたことを説明する。

「まさか水門を抜けてここまで来るなんてな…。だとしたら、あんたらならできるかもしれねえ。頼む…ディーネを仲間の元へ帰してやってくれ!!俺にできることなら、いくらでもする!!頼む!!」

先ほどまでに態度とは一変し、懇願するようにレック達に頭を下げる。

その必死さから、どれだけディーネのことを考えているかが分かってしまう。

「返すにしても、問題は今人魚たちの群れがどこにいるかですね。それが分からなければ、世界中を回って探さなければならなくなります」

「場所については見当がついている。ディーネが教えてくれた。サンマリーノの北にある岩場だってよ。元々ディーネの群れはそこを目的地に移動していたのさ」

「サンマリーノの北の岩場…それは確か…」

アークボルトへの航海中に、その岩場の話をハッサンから聞いたことがある。

円環状の岩場で、そこでは時折不思議な歌声が聞こえることから船乗りから恐れられており、誰も近づかないという。

ディーネの話が正しければ、もしかしたらその歌声は人魚のものかもしれない。

ロブの言う通り、神の船であれば嵐を越えてそこへ向かうことができる。

しかし、問題なのはペスカニに到着する原因となった嵐だ。

あの嵐でも沈むことはなかったとはいえ、相当のダメージを負い、今も修理をしなければならない状態だ。

その嵐を避けて進む手段がない以上、運悪く嵐に遭遇したら、ディーネを無事に送り返すことのできる保証がない。

「だが、沈まねえだけでも奇跡だ!!乗り切る手段は俺も考えるし、手も貸す!だから…」

「ロブ…いいの、ロブ」

洞窟へ戻った来たディーネが上半身を出して、首を横に振る。

そして、海水で濡れた手でロブの手を包むように握る。

「ロブ…私はずっとここにいるわ。だって、私…ロブが…」

「駄目だ!!」

ディーネに手を振り払ったロブは叫ぶ。

彼女に背中を向け、顔を見せないようにしてロブは言葉を繋げる。

「ここにいても、お前は幸せになれねえ!!ここにいちゃあ、いけねえんだ!!」

「でも…」

「俺は…幸せになってもらいてえんだよ。お前に…」

彼女の食料となる魚を手にし、こうしてここまでやってきたとき、ディーネは笑顔を見せてくれた。

傷が治らず、危険な夜の漁をしているが、それだけでロブはうれしかった。

だが、同時にそんな状況を作ってしまった自分を恨めしくも思ってしまった。

夢にも見た、水門の先の海へ行くことのできる船が今この村にあることはディーネにとって千載一遇のチャンスだ。

それを無駄にしたくない。

「…悪い、あんたらにとっても決めにくいことだよな…。修理が終わる日までに答えを出してくれ。頼んだぞ」

「ロブ…」

ディーネに顔を向けることなく、ロブは入り江を後にする。

そんな彼の後姿を見続けていたディーネは何も言わずに、再び水の中へと消えてしまった。

 

「うーーん、人魚をふるさとを届けてくれ、か。まぁ、聞かねえわけにはいかねーけどなぁ」

洞窟から戻って来たレックとチャモロからこのことを説明され、ハッサンはどうすればいいかと悩むように首を傾げ、アモスを腕を組む。

「問題はどうやってディーネさんをあの入り江から運ぶか、ですね。そのまま後ろについてくるというのはできそうにありませんし…」

「飲み水を入れる樽を一つ空けて、その中に入れるのはどうだ?窮屈だが、その状態で船室に入れておいて、定期的に海水を交換すれば、あの人魚さんも大丈夫だろ」

「でも…あのディーネって人は本当に帰りたがってるのかなぁ…?」

「うん…?」

バーバラの脳裏に浮かんだ素朴な疑問。

しかし、レック達から聞いた話が真実であれば、どうしてもその疑問が頭に引っかかる。

仲間の元へ帰れることを一番喜ぶはずのディーネがなぜか浮かない表情を見せていた。

「もしかして、だけど…ディーネさんってロブさんのことが…」

「ロブさんのことが…どうかしたの?」

バーバラの言っている意味が分からず、問いかけてくるレックをバーバラはムッと目つきを鋭くしてにらみつける。

この程度のことも分からない男だとは思ってもおらず、どうしてもこんな目で見てしまう。

きっと、それだから自分のことも気づいてくれないのだろう。

サンマリーノ北の岩場とペスカニはかなりの距離があり、連絡船がない以上は移動手段は神の船しかない。

おそらく、もしディーネがそこへ帰ったら、ロブとディーネは二度と会うことができないかもしれない。

「でもよ、このままにしているとまずいですよ。治療をしましたが、ロブさん…本当ならまだ安静にしておかなければならないのに…」

ディーネがいる限り、ロブは傷を押して危険な漁を続けるだろう。

最悪の場合、それが原因で死んでしまうか、過労で倒れてしまうことになりかねない。

船の修理のためだけにたどり着いたこの村で、一組の男女の人生を左右しかねない選択にかかわることになってしまった。

結局、その日は結論が出ることなく、夜を迎えることになった。


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