ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第60話 ペスカニその1

ゴロゴロゴロゴロ!!

耳の奥まで響くほどの激しい雷が落ちる。

厚い雲で空が覆われており、大波や小波が容赦なく次々と神の船を襲う。

「ぐうう…ゲントの神よ、どうか私たちをお救いください!」

チャモロは神に祈りながら、舵を握る手に力を籠める。

自分が倒れ、舵が取れなくなったらレック達もろとも神の船が沈む。

そうなると、長老を継ぐことも、トム兵士長を探すこともできなくなる。

「くっそぉ!どうなってんだこれは!?」

海の中から出てくる巨大なエビのモンスター、エビラを炎の爪で引き裂いたハッサンはこの理不尽な海の状態を嘆く。

フォーン城を出て、南の海を航海してから1週間。

何の予兆もなくこのような天候へと変わり、それから2日以上それと戦い続けている。

そんな中でも魔物たちが飛び込んできて、チャモロと神の船を守るためにメンバー総出で追い払い続けた。

このような天候のせいで、今のレック達は船がどこにいるのか、どこへ行けばいいのかもわからない状態だ。

「はあ、はあ…これで、大丈夫のはず…」

「ありがとうございます、ミレーユさん。けれど…」

負傷したアモスの傷を回復させたミレーユはハアハアと息を荒らげており、目にくまができている。

彼女は休むことなく負傷したレック達の治療を行い続けていた。

チャモロが舵を取るのに集中しなければならない状況では、高度な回復呪文を使うことができるのはミレーユとバーバラだが、バーバラも攻撃に加わらなければならない状況だった。

「これは…光!日の光が見えます!!」

そこはちょうど雲が途切れていて、そこへ行けば少なくとも暗闇から脱出することができる。

だが、魔物たちもそれを黙ってみているはずがなく、この暗闇の中で船を沈めようと執拗に襲ってくる。

特に狙われるチャモロを回復したばかりのアモスが護衛し、アモスエッジでアヒルのような色合いで、海での生活に適応したキラーグースであるフライングダックを真っ二つに切り裂く。

「よし、みんなラストスパートだ!!一気にここを抜けるんだ!!」

「ああ!!」

「ええい、どいてぇ!!」

バーバラのイオラが炸裂し、船に乗り込もうとした、青がかった兜付きの蛸のモンスター、アクアハンター数匹をバラバラに吹き飛ばす。

船は全速力で進んでいき、ついに厚い雲を抜けることに成功する。

波も穏やかになり、激しい雷雨も収まる。

魔物の影も見えなくなり、安堵と共に疲れが出たレック達はその場に座り込む。

「はあ、はあ…どうにか、生き延びたな…」

「疲れたぁ…ああ、海水でビショビショだよぉ…」

「はあ、はあ、良かった…」

ミレーユに限ってはもう横に寝転がっている状態で、どれだけ疲れをためているかがそれだけで分かってしまう。

「どこかで休ませねえと、ここはどこなんだ?」

「ここは…あ、漁村が見えてきました!!」

「漁村…助かりました。そこでなら休めそうです…」

「ええ、船のメンテナンスもしなければなりませんからね」

この嵐を振り切ったとはいえ、魔物の攻撃で破損している個所があり、これからの旅を考えるとどこかできちんとした整備をする必要がある。

漁村であれば、ある程度船の修理のノウハウがあるため、請け負ってもらえるかもしれない。

近づいていくと、大きい船を停めるための桟橋が見えてくる。

そこに船を近づけ、停泊させた。

「さあ、まずは宿を確保しましょう。体力を回復させなければ…」

「だな。ミレーユ、大丈夫かよ?」

「ありがとう、ハッサン…」

ミレーユを抱えたハッサンは最初に船を降り、レック達も後に続く。

「うひゃあ、驚いたなぁ。すっかりボロボロじゃあないべかぁ。大丈夫だかぁ?」

麦わら帽子をかぶった小柄で若干太った体をした髭面の漁師が降りてくるレック達を見て、気になったのか声をかけてくる。

「嵐に襲われたんです。それで迷って、ここへ…」

「ああ、ああ。災難だったべなぁ。まさか…嵐の中で集中的に魔物に襲われたりしなかったべか?」

「ん…?ああ」

「ああ、やっぱりそだ。最近そういう類の嵐が多いべなぁ。そのせいで船はボロボロだべ。もう漁すらできん状態…」

「おい、何もんだ…?てめえら」

急に桟橋の先からくぐもった男性の声が聞こえ、レック達はその方向を見る。

そこには松葉杖を左手で握っている、白いバンダナで頭を隠した男が立っていた。

左目の下から顎までのあたりに深い傷跡があり、露出している日焼けした肌にも大証傷跡が生々しく残っている。

また、左足部分の肘から先が木製の義足となっており、それだけでも彼の傷の深さが分かる。

「ロブ!?駄目でねーか、家で寝てなぁ」

「ざけんじゃねえ!どいてろ、グズマ!!」

乱暴に右腕を振るい、グズマと呼ばれた漁師が引き下がり、ロブはジロリとレック達をにらみつける。

体格はハッサンと同じくらい大きく、目つきも鋭いためにレック達は無意識に委縮してしまう。

「てめえら…何しに来やがった?」

「嵐にあって迷ったんです。それで、休憩と修理のためにここへ…」

「嵐なぁ…」

ロブは停泊している船とレック達の姿をじっと見る。

数分かけて吟味したロブは彼らに不審な点はないと考えたのか、背中を向ける。

「船なら、ここから北にある碇の看板のある店へ行け。宿はその近くにある。ロブの紹介だと言えば、世話してくれる」

「え…?」

先ほどとは打って変わって、修理屋と宿を紹介してくれたロブに感謝するレックは声をかけようとするが、その前に彼は振り返って再びにらみつける。

「だが!!船が直って、体力が回復したらさっさとここから…ペスカニから出ていけ!!わかったな!?」

「な、なんなの、あの人…??」

親切に教えてくれたと思えば、出ていけと邪魔者のように言ってくる彼にバーバラは困惑する。

ロブの後姿を見たグズマは申し訳なさそうにレック達を見る。

「すまねえべさ…。悪い奴じゃあないんだど。じゃけど…あいつ、嵐にあってからすっかり人が変わっちまった…」

「グズマ…さん、ですね。ロブさんとはどういうご関係ですか?」

「幼馴染だぁ。ついてきてくんろ。宿に案内するべ」

 

「なんか辛気臭えなぁ…」

宿に入り、ミレーユを寝かせたハッサンはボロボロな部屋に愚痴をこぼす。

ベッドは堅く、置いてある机や椅子も古いものを修理したものばかり。

壁に穴が開いており、そこから隙間風が入ってきて寒い。

「すみません。最近はこれくらいしかおもてなしができなくて…」

食事を運んできた宿屋の女将が申し訳なさそうに言い、食事を置く。

漁村であるにもかかわらず、料理の中に魚も貝も一切なく、あるのは海藻で作ったスープと固いパン、そして水だけだ。

「休める場所があるだけでも十分です。ありがとうございます。それにしても、ここの村…あまり元気がないように見えますが…」

宿へ向かう間、チャモロは村人や砂浜にある船を何度も見た。

子供たちはおなかをすかせていて、外で遊ぶ様子が見られない。

漁師たちの中には昼間から酒を飲んでいる人もいれば、海を見るだけで出発しようとしない人もいる。

また、砂浜にある漁船の大半がボロボロになっていて、もはや船として機能しない状態だ。

「ロブさんの紹介だから、もう少しよくしてあげたいけど…」

「ねーねー、そのロブさんってすごい人なの?」

「ええ。ロブさんはこの村では一番の漁師です。しかも、魚のさばき方も私ではまねできないくらいの技術を持っている…まさに漁師になるために生まれてきた男っていう人です。子供にも優しいいい人だったんですけど…」

「けど…?」

「4か月前、例の嵐にあってしまったんですよ。それで、片足を失った上に船も沈んでしまったんです。そのせいですっかり荒れてしまったようで…ああ、すみません。お客様にこんなくらい話をしてしまって…」

お詫びをした後で、女将は部屋を後にする。

部屋の中にはしばしの沈黙が流れる。

「なぁ、やっぱりあの嵐…魔物の仕業じゃねえか?」

「ですね。僕も同じことを考えていました」

ペスカニにも魔王が倒されたという話が広まっているが、この嵐が続いている状況ではどうでもいい話であり、彼らにとってはまだ平和は訪れていないようだ。

天候そのものに影響を与えるほどの力があると考えると、やはり魔王クラスの魔物が一枚かんでいると考えるのが自然だろう。

だが、その魔物が住み着いているような場所を見つけた人はいないため、正確な原因は不明のままだ。

「じゃあ、俺は修理のお願いをしてくるよ。どれだけ時間がかかるか、見積もってもらわないと」

「あたしも一緒に行く!」

「分かった。ハッサン達は待っていてくれ」

 

 

「ふーむ、貝殻を落とすのも含めて、終わるのは1週間くらいだなぁ。代金はだいたいこれくらいだ?払えるな?」

漁師の服を着た老人が見積もりを書いた紙をレックに渡す。

彼はペスカニでは一番の漁船職人であり、漁船以外の船の修理も請け負うことができる。

神の船というだけあり、修理が通常の船よりも手間がかかるようで、6800ゴールドと割高になっている。

それでも、ロブの紹介ということで安くしてもらっているため、文句は言えない。

「じゃあ、それでお願いします」

「ああ、ようやくまともに仕事ができるというものだ。にしても、神の船か…。嵐の中で形を保っていられる船がこの世にあるとはなぁ…」

あの嵐のせいで、自分が作った漁船の多くが沈められるか、浜辺にあるようにボロボロにされてしまった。

特にロブが使っていた漁船は彼の自信作の1つで、沈んでしまったと聞いた時は大きなショックを受けた。

自然の嵐であれば仕方がないと割り切ることができるが、あの嵐であるとどうもそうだとは思えない。

「1週間かぁ…。あんまり活気がないし、長くいることにならなければいいけど」

「トム兵士長がここに来たって話もないし、武具を手に入れるためにも修理でき次第出発しないと」

部屋で休んでいる間に、改めて地図を調べた。

ペスカニから勇者の武具があると思われる場所で一番近いのはここから南にあるエイジス山地、マウントスノーがあった町だ。

その町は100年以上前に猛吹雪によって滅びたとされており、その吹雪の勢いのすさまじさから誰もその山に入った人はいないという。

だが、それ故にエイジス山地に眠るとされるラミアスの剣は無事に残っているかもしれない。

「あれって、ロブさんかな?」

ジャリジャリと義足を引きずりながら、右肩に麻袋をわらの籠を担ぎながら北へ歩いていた。

「ああ、ロブさん。一日も早くまた漁に出たいからって、よく歩行訓練してるんだとさ。けど、どうして洞窟まで行くんだ…?あの洞窟は昔、海へつながっていてそこに漁船を隠していたのさ。落盤が起こってそこへの道がふさがってしまったんで、今では使っていない。だからこそ、不可解なんだよ…」

「手伝いに行った方がいいんじゃない?重たそうだよ」

「手伝おうとしたら怒られるんだ。それで、今はだれも助けようとしない。なんというか、すっかり頑固になってしまったな、ロブは…」

嵐一つで、人の性格がここまで変わる物なのか?

レック達もあの嵐になってしまったものの、海に投げ出されて死にかけたわけではない。

その苦しみはきっと、同じ目に遭った人にしかわからないだろう。

だが、歩行訓練がそれほど人に見られるのが嫌なら、夜中もしくは家の中でやることもできるだろう。

そんな彼が日中に、しかも洞窟へ向かうというのはどこか矛盾している。

レック達にしきりに村から出ていかせようとする態度。

(あの人…何かある)

おそらく、その秘密はあの籠と洞窟にある。

しかし、それがどのようなものなのか、今のレック達には判断がつかない。

 

「はあ、はあ…よし、誰も後をつけてねえな…」

ランタンなしで洞窟を歩き、とある地点にたどり着くとその場に座り込み、息を整える。

眠気でついうとうとしてしまい、引きずった義足から痛みを感じる。

義足をつけてから、時折その膝の部分から痛みを感じてしまう。

昔、サメに腕を食べられて漁師を引退しなければならなくなった漁師からロブが聞いた話だが、失った腕や足の感覚を覚えてしまっていて、そのために義足や義手のその部分から痛みを感じることがあるという。

だが、今はここで眠ってしまうわけにはいかない。

疲れ果てた自分の体に活を入れるように両頬を叩き、立ち上がる。

そして、岩壁を触り、やや出っ張った個所をスイッチのように押す。

すると、通路の西側から隠されていた穴が現れ、ロブはその穴の中へ消えていき、何事もなかったかのように穴が閉じた。


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