クリアベールから北へ進み、やせた土地や険しい山道を進んだレック達は雲を突き破るほどの高さをした壁の下にようやくたどり着く。
「ここが運命の壁…話には聞いてたけど、こんなに大きいなんて…」
上を見上げると、どこまでも壁が高くそびえたっており、頂上が雲に隠れていて見えない。
麓にある洞窟に入ると、そこには木でできた十字架の墓が数多く、そして不規則におかれていた。
「ここが…運命の壁で命を落とした人々の墓地です。魔物に襲われるか、転落するか…それとも食料がなくなり、餓死したのか…」
アモスは墓の前にひざまずき、静かに死者に対して祈りをささげる。
チャモロも両手を合わせると、修行中に暗記した経を唱えた。
おそらく、墓に葬ることができなかった犠牲者もいるかもしれない。
そのことを考えると、挑戦するだけで命を奪われかねないこの山に挑戦することの無謀さを感じざるを得ない。
「申し訳ございません、みなさん。こんなことに巻き込んでしまって…」
「今更水臭いよ、アモスさん!私たち、仲間じゃん!」
「そうです。6人で力を合わせれば、どうにかなるかもしれません」
「その代わり、後で何かおごってくれよ?」
「はい…」
アモスは墓場のそばにある木箱を開ける。
その中には、この墓地のどこかで眠る挑戦者が残した黄金のつるはしが入っていた。
魔力で鍛えられているだけあって、柔らかなはずの金からは鋼鉄以上の強度が感じられ、柄を握るとぴったりと手に吸い付く感じがした。
「さて…問題はどうやって上に上るかですね…」
一度外に出て、改めて壁を見たチャモロはいくつもの穴やでっぱりを見つけることができた。
また、上には人間が入ることのできる洞窟の入り口も見え、確認できるだけでも5つ以上はある。
考えられる方針としては、その洞窟まで登っていき、そこで休憩をはさみながら確実に上へ進んでいくという形だ。
だが、運命の壁には多くの魔物が生息しているのは確かで、壁を上っている最中に遭遇したら、両手をふさがれた状態では何もできなくなる。
「なら、これを使うのはどうかしら?」
ミレーユは馬車の中から持ってきた丈夫な登山用の縄を持ってくる。
これはクリアベールを離れる際に道具屋で購入したもので、ハリスから挑戦するのであれば買っておいて損はないと教えられた。
「では、私とレックさん、ハッサンさんがミレーユさん達を背負って登りましょう。このロープでしっかり固定すれば、どうにかなるはずです。そして、ミレーユさん達には空から接近してくる魔物を呪文で倒していただくことにしましょう」
やるべきことが決まった以上、天気が変わらない間にやるべきことをやる。
レックがバーバラを、ハッサンがミレーユを、アモスがチャモロを背負うことになり、背中合わせになるようにしてお互いの体が離れないようにきっちりと縛る。
「うう…なんだか縛られてるところが痛いよぉ…」
「仕方ないだろう。それくらいしないと、途中でほどけたりしたらまずい」
登る順番はレック、アモス、ハッサンで、最初にレックがでっぱりとなっている石をつかみ、ゆっくりと上へ登っていく。
背中合わせになっているバーバラから感じる体温と鼻孔に伝わる彼女の匂いに若干顔を赤くしつつも、今は2人分の命を預かっている自分の手足に集中した。
「アモスさん…まさか、ずっとこのままよじ登り続けるんじゃあねえだろうな?山って、気候が変わりやすいんだぜ?雨でもふりゃあ…!」
「おそらく、洞窟から昔使われた坑道を通ることができるかもしれません。それを使えば、もっと上へ登ることもあるいは…!」
元々は鉱山だった場所で、まだ使える坑道も残っているはず。
それを存在する保証はないものの、今はそれを信じて一歩ずつ登っていくしかなかった。
「はあはあはあ…一度、外すよ…」
「うん。ああ、ちょっと体が楽になった!」
休憩できるくらいの大きさの洞窟に入り、ロープをほどいてもらったバーバラは背伸びをし、ヒリヒリと痛みを感じる個所を手で撫でる。
ロープは頑丈そのもので、まだまだ使うことができる。
本当はもう少し上りたかったものの、小雨が降り始めてやむなくこの洞窟に避難する格好となった。
雨でぬれたでっぱりだと滑りやすく、転落の危険が高い。
だが、いつまでも待つわけにはいかず、そのまま雨が止み、濡れた岩が渇くのを待っている間に水と食料が突きてしまう可能性もある。
「ついてねえぜ、いきなり雨が降り始めるなんてな」
水を飲むハッサンはどれだけ頂上へ行くのに時間がかかるのかわからずにいた。
アモスはどこか坑道につながっていないか、洞窟の奥へ向かって探しているものの、残念ながら行動へつながる道は落盤でふさがっていた。
「けれど、この程度なら!」
アモスは黄金のつるはしを使い、進路をふさぐ岩を砕き始める。
やはり魔力で鍛えられただけあって、わずかな力で簡単に岩を壊すことができるうえに疲れにくい。
これを残してくれた死者に感謝しながら掘り続けると、ふさがっていた坑道が見えてくる。
「この坑道…先に進むことができるかもしれませんよ!」
アモスが見つけた坑道をレック達はランタンの明かりを頼りに進んでいく。
若干上り坂気味であるため、もしかしたら雨が上がるまでの間に少しでも上へ登れるかもしれないと期待する。
だが、大きく左にUターンする道に差し掛かると、灰色で顔がある大きな岩が複数個転がっているのが見えた。
「あれって…魔物なの?」
「顔がついてるっていうことは、そうなんだろうなぁ」
ひそひそと聞こえないようにバーバラとハッサンが会話する。
だが、その些細な声が耳に届いたのか、転がっていた岩が急に動きを止める。
そして、話声が聞こえた方向に向けて転がり始めた。
「へっ!この程度の岩は…!」
「待ってください、ハッサン!その岩は!」
「見えた、うおりぁああああ!!」
岩の中央あたりにある光が見えたハッサンはそこにむけて正拳突きをさく裂させる。
強烈な拳の一撃を受けた岩は粉々に砕け散る。
「へっ、これなら俺1人で…!」
「あの破片に気を付けてください!!」
「へっ…?」
アモスの忠告の意味が分からなかったハッサンだが、すぐにその意味を知ることになる。
岩の破片が一瞬赤熱すると、爆発を引き起こす。
更にその爆発に反応したかのように転がっている岩も赤熱すると同時に大爆発を引き起こした。
「うわあああ!!」
爆発の勢いでレック達は吹き飛ばされ、坑道を支えていた柱が崩れてしまう。
それが落盤を引き起こし、天井の岩が振ってくる。
「時間を稼ぐわ、ヒャダルコ!!」
氷の壁が崩れてこちらへ飛んでくる岩をふさぐが、まだ天井の岩が残っている。
「こうなったら、久々に…!」
狭い坑道の中でやるため、正直できるか心配なものの、レック達を救うにはそれくらいしか手段が思いつかない。
アモスはモンストラーに変身し、巨大な体が岩を受け止める。
「みんな、アモスさんの下に逃げ込むんだ!急げ!!」
レック達はアモスの下へ逃げ込み、落盤から身を護る。
ガラガラとしばらく崩れる音が響くものの、次第に収まっていく。
邪魔な岩をアモスが尻尾と腕で払った後で、レック達はゆっくりと外へ出ていく。
「はああ…死ぬかと思いました…」
「悪い、そんな魔物だってことは知らねえで…」
「ありがとう、アモスさん」
「いえいえ…爆弾岩のことをもっと早く説明すべきでしたよ…」
変身を解き、ミレーユにベホイミで回復を受けるアモスはハハハと申し訳なさそうに笑う。
先ほどの岩の魔物、爆弾岩は岩石に魔力がこもって生まれた物質系で、主に鉱山などの暗い場所で出現するケースが多い。
それゆえか、眼が弱い代わりに聴覚が研ぎ澄まされており、先ほどのハッサンとバーバラの声も聞こえていた。
極めつけは自爆であり、洞窟内で爆発した場合、このような落盤が発生する可能性が高い。
「しかし、これでこの坑道を使うことができなくなりましたね…」
ヒャダルコのおかげで、岩は此方に転がってこなくなったものの、この坑道で上へ向かうことができなくなった。
気になるのは逆に下へ降りる道で、そこから行くとどうなるかだ。
ゴロゴロと雷が鳴る音が坑道の中にも聞こえてくる。
「天気が良くなるまでかかるかもしれません…行ってみましょう」
レック達は今度は下へ足音に気を付けながら降りていく。
足音が聞こえてまた爆弾岩がやってきた、という事態はどうしても避けたかった。
だが、歩いて数分も立たずに行き止まりとなり、放置された木箱がいくつも散乱しているだけだった。
「もしかしたら、木箱の中に何か使えるものがあるかも…」
鉱石、もしくは採掘用のピッケルか何か入っていないかレックは調べ始める。
大部分の箱は空だったものの、いくつかの箱の中には小型のピッケルがいくつも入っていた。
手のひらサイズで、両手に1本ずつ使うことができる。
「これなら…もう少し上るのが楽になるかもしれませんね。ロープはまだいくらか残ってますし」
「良かったぁー。歩くだけになるかと思ったよぉ…」
ピッケルを手に入れ、再び元の出入り口まで戻ってきたものの、やはり外は雨が降っていて、まだ登れる状況ではなかった。
雷が鳴っていないだけましで、今できるのは雨が止むのを待つことだけだ。
「そういえば、アモスさん」
「はい?」
「結局、弟さんに会わずに出てきちゃったけど、本当によかったの?」
ハリスとの会話で、アモスの弟が父親の後を継いで質屋をやっていることは聞いている。
出発の準備の際も、いくらでも再開する機会があったが、そうしなかった。
「ええ…私のことなど、会いたいなんて思っていないでしょうから」
「でも、お墓参りだけでもしてあげたら?だって…1年前に変えれなかったのは仕方なかったから…」
「…どうでしょう?でも…両親の死を知って、定期船が使えない…帰る手段がないとわかったとき…実を言うと、ほっとしていたんです」
「ほっと…してた?」
「はい。なんでかは分かりません。多分、帰りたくない、合わせる顔がないという本心からだったのかも…」
自分の生き方を自分で決めるために旅立ったものの、その時はまだ自分の生き方を決めることができていなかった。
喧嘩したまま今生の別れとなったことを考えると、アモスの気持ちも理解できる。
「アモスさんよ、俺も武闘家になるって言って家を飛び出して、まだ一度も帰れてねえから言える立場じゃねえけどよ…きっと、少なくともその弟さんは会いたがってるって思うぜ?」
「ハッサンさん…」
外の様子を見るハッサンはアモスに顔を向けることなく、言葉をつなげていく。
「まぁ…俺は、ちゃんと親父とおふくろに武闘家になった俺の姿を見てほしいって思ってる。それに、あんたはモンストルで街を救った英雄なんだろ?その姿くらい生きてる家族に見せてやっても、罰は当たらねえんじゃねえかな?」
「町の英雄…けれど、私は…」
「俺には、街を救って、こうして俺たちと一緒に旅をしてくれているあんたがかっこよく見えるぜ。…よし、これならピッケルを使えば登れそうだ」
「だったら、また縛り直しだな」
レックたちは再びロープでそれぞれが担当する相手を背負った状態で縛る。
そして、両手にピッケルを握り、それが手から離れないように軽く縛っておく。
乾いたばかりに壁にピッケルの刃を突き立てながら、ゆっくりと上へ登り始めた。
(まさか、ハッサンさんが私のことをそう思ってくれていたなんて…)
自分のことをかっこいいと言ってくれた人物は町に残してきたメルニーを含めると2人目だ。
彼と彼の父親のけんかについては旅の中でハッサンが話してくれたため、そのことはよく知っている。
ハッサンなりに家族とのことで折り合いがついたからこそ、このようなアドバイスをしてくれたのだろう。
問題はそれをアモス自身がどのように生かすかだ。
(だが、今は頂上の勇気のかけらを手に入れることを…)
しかし、今は運命の壁を上っている途中。
雑念にとらわれると、壁の中に隠れる死神に命を刈り取られ、あの墓場の仲間入りになってしまう。
そうなっては弟に会いに行くことも、そして墓の中の両親と対面することもできない。
(まだだ…。まだ死んだ後に父と母に会いに行くようなことがあってはならない…!)
注意深くピッケルを壁に突き立て、上を見ながら進んでいく。
登っていくと、雲よりも高い壁を登ろうとする愚かな冒険者をえさにしようとする魔物たちが待ち構えていた。
「バーバラ!」
「任せて、ベギラマ!!」
バーバラの手から放たれるベギラマが体内に発生させたガスを利用して空中で浮遊し、さらに炎をはくことのできる、胴体が風船のように膨らんでいるオレンジ色のドラゴン、フーセンドラゴンを焼き尽くし、彼の中のガスに引火、爆発させた。