ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第50話 夢のクリアベール

」「では、こちらが名札です。また馬を出すときに見せてください」

「ありがとうございます。ファルシオン、待ってろよ」

馬小屋に入ったファルシオンを撫でたレックは外へ出て、待っているハッサン達の元へ向かう。

緑に包まれた空間に噴水のある人口の湖を中心として白壁の家屋が立ち並ぶ。

その池の周りで猫と子供たちが遊んでおり、老婆がベンチに座って一服する。

ここは森の中にできた街、クリアベールで、自然と調和した町づくりをコンセプトに生み出されたところだ。

生い茂る木々が外敵を防ぎ、豊かな土地で農作物を取ることができるうえ、地下水も有り余っている。

そんな豊かな町であるためか、外との交流が少なく、旅人が来るのも珍しいようで、町人は興味深げにレック達を見ていた。

「それにしても、ホルストックの西からこんなところに行けるなんてなぁ…」

ホルストックにホルスを送り返した後、ホルテンはホルスにその場で王位を譲ることを表明しようとした。

しかし、ホルスは王になるためにまだ学ばなければならないことがあるとして辞退し、成長した姿を見せた。

レック達には約束通りパテギアの根っこが褒美として渡され、同時にそこから西にラーの鏡と関係のあるかもしれない場所があることを教えてもらった。

すぐにホルス達に別れを告げ、西へ向かうと、森の中に隠れるように例の魔法陣があった。

そこからラーの鏡を使って夢の世界へ転移し、彼らはこのクリアベールにたどり着いた。

「懐かしいですけど…やっぱり違いますねぇ…」

「懐かしい…もしかして、アモスさんってクリアベールの…?」

「ええ。ですが、クリアベールは現実の世界にもありますよ。話には聞いていましたが、まさか同じ町が夢の世界にもあるとは…」

少年時代を過ごしたその町の記憶がよみがえる。

確かに池の形も森の構造も同じだが、現実世界で実際にクリアベールで暮らしていたアモスには違和感が感じられた。

故郷に戻ってきたときに感じる高揚が心から出てこなかった。

「まずは情報を集めましょう。どうも、今いる旅人は僕たちだけではないみたいですし…」

悪魔で小耳にはさんだ程度の話だが、最近このクリアベールに旅人が多くやってきているらしい。

レックを待っている間にも、旅の商人や吟遊詩人などが入ってきていて、町人の話によるとこうなり始めたのは2週間くらい前からだという。

「気になるね…それ」

「ええ。この街、もしくは現実世界で何かがあるのかもしれません。夢見病とジャミラスに関係があったように」

ジャミラスを倒した後、アークボルトやホルストックで夢見病になっていた人たちが全員目を覚ましたという話を耳にした。

だが、あくまでタイミングが同じなだけで因果関係があるか否かは検証できていない。

仮にそれに関係があるとしたら、確信できることが1つだけある。

夢の世界から現実世界に何らかの形で干渉することが可能だということだ。

「ひとまず、酒場で情報を集めようぜ。旅人が行くとしたら、そこと宿屋だからな」

 

「ああ、空飛ぶベッドだよ。たまに東にある家からベッドがぷかぷか浮かんでこの辺りを飛び回るのさ」

「もしかしたら、それを見ることでいいインスピレーションになるかもしれないなぁ…。ああ、私は修行中の吟遊詩人です」

「だが、どうしてベッドが空を飛ぶのでしょうか…?何かの魔法なのか…?」

「空飛ぶベッド空飛ぶベッド…それ一色だな」

情報収集を終え、ここの地酒を飲みながらハッサンはつぶやく。

クリアベールの地下水で育てた麦を使った『しずく』という名前のビールで、ハッサンはグラスに入ったそれをアモスに差し出すが、アモスは飲もうとしなかった。

「もし飲めるとしたら、私は現実世界の『しずく』をまず飲みたいですから…」

「まぁ…そうか…」

「空飛ぶベッドかぁ…なんだかすっごくメルヘンな感じがするぅ…」

頭の中で空飛ぶベッドを思い浮かべ、それに乗って世界中を旅する光景を想像したバーバラはだんだんその空飛ぶベッドがほしくなってきた。

「それにしても、さすがは夢の世界ですね。空を飛ぶ呪文はずっと昔に存在していたようですが、今では失われていますし…」

チャモロはルーラの中にあったとされるトベルーラという呪文を思浮かべる。

その呪文はルーラによる跳躍の魔力を維持し続けることで飛行可能にするもので、ルーラよりも習得が難しかったようだ。

だが、空飛ぶベッドに関してはそれよりも自分以外の何かを飛ばす追放呪文、バシルーラの方が近いかもしれない。

「おい!空飛ぶベッド、空飛ぶベッドだぞ!!」

外にいた旅人が酒場に飛び込み、中にいる人々に大声で伝える。

飲んでいた旅人は急いで代金を支払うと、釣りを受け取ることなく、大急ぎで酒場から飛び出していく。

「俺たちも行こう!」

「空飛ぶベッド…どんなのだろう!?」

レック達も外へ出ると、中央の広場を中心に人だかりができていた。

空を見上げると、そこには木製の小さなベッドが浮かんでいて、町中をゆっくりと飛行していた。

それを見た旅人はそんな摩訶不思議な現象を息をのみながら見ていた。

「あれが空飛ぶベッド…」

「でも、なんだか小さくない?」

バーバラはそのベッドがもっと大きい、大人が寝るようなものとばかり思っていた。

しかし、今浮かんでいるベッドはそれの3分の2くらいの大きさで、子供用にしか見えない。

それ以上に気になるのはそのベッドにはだれものっていないことだ。

(いったい誰が、こんなことを…?)

30分近く、町とその周辺を飛び続けたそのベッドは町の東にある2階建ての民家へと向かい、レック達も後ろからついていく。

「もしかしたら、あの家に空飛ぶベッドを操っている人がいるのか!?」

「種明かししてくれないと、気になって仕方ないぜ!!」

旅人の何人かが空飛ぶベッドの正体を暴こうとその民家に走っていく。

広場からそれほど離れておらず、3分から5分で到着し、先頭に立っている旅人がドアをノックする。

だが、誰も出る気配がなく、試しにドアを開けようとしても鍵がかかっているのか、開く気配がない。

「留守か!?それとも、居留守か?」

何度もノックしても、声を出しても一向に誰も出てくる気配がなく、あきらめた旅人は静かにその民家を後にする。

「チャモロ、家の中に誰かいるか…分かる?」

「いえ、さすがに魔物マスターでもそこまで便利にはなれませんよ…うん?」

「どうした?」

「お墓です。家の近くの1つだけ…」

家の右側にある庭にチャモロは目を向ける。

そこには石造りの墓が1つだけポツンと置かれていて、供えられている花は新しいものだった。

誰の墓か気になり、レックが調べるが、そこには名前が刻まれておらず、誰の墓なのかわからない。

「この家に住んでいた人の…かな?」

「ここで眠っているのは…私のご主人さまです」

急に後ろから声が聞こえ、びっくりしたバーバラはレックの腕に抱き着く。

5人が振り返ると、そこには花束を持った茶髪の若い青年が立っていた。

「ご主人さま…ですか?」

「ええ。少し前に亡くなられて…今はこうして私が墓守をしています」

「ってことは…ここにはもう誰も住んでいねえのか?」

「そうです。あのお方のたった1つの願いすらかなうことなく…」

墓に花を添えた若者はじっとそれを見ながら、涙を流す。

これだけ死後も慕われているということは、彼はその人にかなり良くしてもらっていたのだろう。

「しかし、ようやくそのたった1つの願いをかなえてくれるかもしれない人が現れました」

涙をふき、いきなりレックたちに向けてわけのわからないことを口にする。

「どういう…こと…?」

「夢の中でお告げを聞きました。真実を求めるものが私の主の願いをかなえてくれると。そして…私にあなた方を導く力を与えてくれたのです」

青年は目を閉じ、静かに瞑想を始める。

するとレック達の足元に巨大な魔方陣が出現する。

「この…魔法陣は…!?」

「あなた方のほうが一番よく存じ上げているものです」

含みのある発言と見覚えのある構造。

それは現実世界と夢の世界をつなげる魔法陣だ。

その証拠に、ラーの鏡もその魔方陣に反応して光を放っていた。

「お連れの馬車についてはご心配なく。後ほど、私が現実世界へお送りいたします。どうか…ご主人様の願いをかなえてください!」

「ちょっと待ってくれ、その願いは何なんだ!?」

「この先に行けば…わかります!」

その言葉を最後に、レックたちの周囲が青い光に包まれていく。

光が消えると、クリアベールの入り口に戻っていて、そばにはファルシオンと馬車の姿があった。

「ファルシオン…ってことは、ここは…」

「クリアベールです。私の故郷、現実世界の…」

アモスは夢の世界のクリアベールでは感じられなかった高揚感を胸に抱き、ゆっくりと前へ歩を進める。

水と風の音、夢の世界と同じく中央の人工池の周りには子供やお年寄りの姿がある。

(変わらない…)

成人して、出て行った時から何一つ変わらないその街の景色をアモスは目に焼き付ける。

「アモスさん、どうしてクリアベールを出て、旅をしていたのですか?」

ミレーユが気になったのはクリアベールから離れた理由だ。

地図を見ると、ここはホルストックの南にある田舎町で、ここを出る手段があるとしたら定期船だけだ。

外の情報も入りにくいその町を出て、自分たちが出会ったモンストルまでに彼に何があったのか。

そして、彼の口調が正しければ、おそらくは出ていったから今日まで一度もクリアベールに帰ってきていない。

聞かれると思っていたのか、ベンチに座ったアモスは少し深呼吸をし、一呼吸おいてから話し始めた。

「元々、両親はここで質屋を営んでいました。ですが、質屋は弱い者いじめみたいな商売に見えて、継ぐのが嫌になって飛び出したんです」

「跡継ぎになるのが嫌になった…か…」

武闘家になりたくて、大工になるのが嫌で家を出たハッサンにはアモスの思いがわかる気がした。

ただ、その家の息子だという理由だけで将来を決められるのが嫌だった。

そこから解放されると、次に待つのは自分で選択することで、その多さに苦悩することになることも知らずに。

「まぁ、両親は去年死んでしまって、その時はサンマリーノにいましたが、定期船が使えず、結局帰ってきたのは今回が初めてということになりましたがね…」

1年前はムドーの登場によって一気に魔物が活性化した時期で、その時期は定期船が運休が目立った時期でもあった。

特にサンマリーノからクリアベールのものについては今でも復旧のめどが立っていない。

「じゃあ、その質屋はどうなってるんだよ?」

「弟が継いでいると思います。まぁ…死に目にも会えなかった私を許してくれるとは…うん?」

すぐに夢の世界で聞いたご主人様のたった1つの願いをかなえて、ここを去ろうと考えたアモスの目に見覚えのある男性の後ろ姿が見える。

茶色い角刈りで黒い長そでの服装をした、あごの傷跡のある男性が同じく黒い服装の女性とともに教会へと向かっていた。

立ち上がったアモスは急いで彼に駆け寄る。

「ハリス!ハリスか!?」

「その声…まさか、アモスなのか!?」

振り返った男性、ハリスは驚きながらアモスの名を呼んだ。


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