「グオオオオン!!!」
巨大な沈黙の羊の拳がレック達に向けて振り下ろされる。
ムドーに匹敵する巨大を誇るあの魔物の拳を受けて、タダで済むはずがない。
ハッサンは寒さで動きが鈍っているホルスを抱え、レック達と共に散らばるように走ってその場を逃れる。
拳が雪で熱く覆われた地面にぶつかると、激しい音と共に周囲の雪が上空を舞う。
なんとか攻撃を逃れたレック達に雪がかかり、全身が真っ白になる。
「なんだあの魔物、なんてでかさなんだよ!?」
「もう、怒ったぁぁーーー!!ベギラマぁ!」
バーバラはその魔物に向けて力いっぱいベギラマを放つ。
魔物の胴体に閃光が直撃し、大きな火傷ができる。
しかし、そのダメージは気になっていないのか、魔物はホルスに目を向ける。
そして、彼に向けて口から凍り付く息を吐き出した。
「あの魔物…俺を狙ってやがるのか?!」
「やっべえ!!」
ホルスを抱えたまま、ハッサンは息を逃れるため、魔物に背を向けて走り始める。
更に、ホルスを狙っているのは間違いないようで、魔物は息を止めると彼らを追いかけ始める。
「この寒さ…長時間の戦闘は危険ですよ!」
「バーバラ!メラかギラで雪を溶かして道を作って!」
「う、うん!!」
バーバラはメラを唱え、移動の邪魔となる雪を溶かしていく。
雪が解け、見えてきた黒い土を踏み、レック達はハッサンと魔物を追いかけた。
「く…!なんなんだよ、こいつは!!」
2本角の間にできた鎌鼬が飛んできて、すぐそばに立っている枯れ木が真っ二つに切れたのを見たハッサンは冷や汗をかく。
あの鎌鼬を受けたら、人間は簡単に両断されてしまう。
「くっそ!仕方ねえか…!」
ハッサンは少しだけ後ろを向き、魔物がどのような攻撃をしてくるか見極めようとする。
しかし、魔物はそれを読んでいたのか、瞳を一瞬怪しく光らせる。
「…?な、んだよ…?この、眠気は…?」
強い睡魔を覚えたハッサンの動きが鈍り、ホルスを抱える腕の力が鈍る。
「おい!!しっかりしろよ!寒さでばてちまったのか!?」
「ち、違えよ…。あいつの、あいつの眼を…見るな…」
ハッサンは残った力でホルスを少しでも遠くに逃がそうと投げる。
投げてすぐに意識を失い、うつ伏せになってその場に倒れた。
投げられたホルスは少し離れた場所に落ちるが、分厚く積もった雪がクッションになったのか、けがはなかった。
魔物は眠りについたハッサンには目もくれず、ホルスを探すために前へ進む。
「ハアハア…あいつ、俺を徹底的に狙ってきやがる…ハアハア…」
口の中に入った雪を吐き出したホルスは両手で雪をかき分けながら魔物から逃れる道を探す。
普段ならホルコッタで雪合戦などで遊べることから歓迎していた雪だが、このような状況ではとてもありがたくない存在だ。
足を取られるうえに、あの魔物にあっという間に追いつかれてしまう。
「まずい…!!」
魔物がホルスに腕を伸ばした瞬間、魔物と自分がいた場所の熱い雪が崩れ、滑落していく。
雪のせいでそこが崖だったことに気付かず、魔物がやってきたことで雪が重さに耐えられなくなっていたのだろう。
「うわあああああ!!!」
魔物共々、ホルスは雪と共に落ちていく。
運よく雪に巻き込まれずに済んだハッサンだが、意識を失っている彼にホルスを助ける力は残っていなかった。
「…サン、ハッサン!!起きろ!!」
「うう、寒ぃ…」
「もう!なんでこんなところで寝てるのぉ!?」
バーバラに何度もたたかれ、レックとアモスに雪をどかされたハッサンはゆっくりと目を覚ます。
どれだけの時間意識を失っていたのかわからないものの、体中が氷のように冷たく感じた。
「どうしたんの?ハッサン…雪に埋もれて眠っていたぞ?」
「悪い…あの魔物の瞳にやられた。いいか、あいつの眼は絶対に見るなよ」
バーバラのメラで体を温めながら、ハッサンはレック達に警告する。
あの時はハッサン1人だけ見たため良かったものの、仮にメンバー全員がそれを見てしまっていたら全員凍死していただろう。
「なあ…ホルスとあの魔物はどこか、分からねえか?」
ハッサンにとっての大きな心配はホルスだ。
1人と1匹の姿がここでは見ることができず、もしかしたら今もホルスは追われているかもしれない。
「それが…魔物の足跡があそこで途切れています…」
チャモロは崖の近くにある、後ろ半分だけ残された大きな足跡に指をさす。
まさかと思い、ハッサンは崖まで走る。
魔物の足跡を点として、線でつなげるようについている小さな足跡もほぼ同じ場所で途切れてしまっている。
雪の崩れ具合などを考えると、彼らは仲良く滑落した可能性が高い。
「まずい…あの魔物、本気でホルスを殺すつもりでいたぞ!急がねえと!!」
「ハッサン、近くに下に降りれる道がある!そこを使うぞ!」
レックはハッサンを探す際に見つけた道に指をさす。
緩やかな下り坂で、崖の近くの雪はバーバラがギラで溶かしていることから、踏み抜いて滑落してしまう危険性はある程度軽減されている。
吹雪と魔物、2つの脅威にさらされるホルスを助けるため、5人は下り道を進んでいった。
「ハアハアハア…ちくしょう…」
雪の中で目を覚ましたホルスは両手を使って雪をかき分けて外に出る。
大雪が降った翌日に城を抜け出し、ホルコッタの子供たちとかくれんぼをしたときのことを思い出す。
その時は見回りに来る兵士にも見つからないように雪だるまを作り、その中に入って隠れていた。
見つからなかったものの、長時間その中にいたために風邪をひいてしまい、城へ戻った翌日はベッドの中で一日過ごすことになった。
どれくらいの時間気絶していたのか確かめたいホルスだが、屋内であるここではそれを知る術がない。
それ以上に問題なのがあの魔物だ。
「このまま滑落してやられてくれりゃあ、御の字だけどな…お?」
服についた雪を払ったホルスは洞窟の入り口を見つける。
雪にまみれるよりも、屋内に入った方がまだ体温低下を避けられる。
そう思ったホルスはその洞窟の中に入り、あの魔物に見つからないように入口は可能な限り雪でカモフラージュをする。
「なんだよ、これ…」
奥で休むため、体を震わせながら奥へと進むホルスだが、進むにつれてこの洞窟に違和感を感じ始めていた。
洞窟であるにもかかわらず、床が凸凹していないうえに、進むにつれて石造りの柱などの明らかに人の手が加わったものが散見する。
極め付けは一番奥にある丸い部屋で、中央には初代ホルストック王の像と石碑が置かれている。
「また石碑かよ…。まさか、ここのヒントでも書いてあんのか?」
ホルスはその部屋の壁に掛けられている、火のついた松明を手にし、文章の部分を照らす。
『初代ホルストック王が率いた部隊はストーンウィルムの片腕、マウントホーンの攻撃と雪山の厳しい環境により、その半数を失った。洞窟の中で兵士たちの傷をいやす中、王はそこに隠された魔剣を手に入れた』
「魔剣…?それって、レーヴァテインのことか…?」
ホルスは初代ホルストック王の話の中で出てくる魔剣、レーヴァテインのことを思い出す。
その剣は初代ホルストック王が手にし、ストーンウィルムとの戦いで使ったという炎の魔剣だが、その戦いで失われているため、現在は実在しない武器だ。
読み終えると同時に石碑が2つの割れ、床がゆっくりと開く。
そして、それによってできた穴から新しい床がゆっくりと上に上がってきて、その中央には粗末な木箱が置かれている。
どうなっているのかよくわからないホルスだが、その木箱の中身が気になり、ゆっくりとそれを開く。
「嘘だろ…これは!?」
箱の中身にホルスは息をのむ。
オレンジ色の金属でできた刀身は茶色い鞘に納められていて、持ち手部分にホルストックの国旗となったエンブレムが刻み込まれている。
鍔の両サイドには透明な玉石が埋め込まれ柄頭には十字架が貴様れている。
初代ホルストック王がかつて使っていたレーヴァテインそのものが、その箱の中に入っていた。
ホルスはそれを手にし、試しに鞘から抜こうとする。
しかし、何かにロックされているのか、どれだけ力を入れても抜くことができない。
「くそっ、なんだよこれ!?抜けねーじゃねーか!!」
抜けない剣は今のホルスにとって何の役にも立たない。
箱に戻そうとすると、箱の底に別の文章が書かれているのが見えた。
『されど、魔剣を抜くことができたのはたった1度。ストームウィルムとの戦いの中で、おのれの王としての素質を真に理解したときのみ』
「王としての素質…?」
文章の中にあるそれをホルスは気になっていた。
同時に、自分にはその剣を抜くことが永遠にできないのではないかとも思うようになった。
自分には取り柄となるものが何もなく、周囲からは王子として認められていない。
肩を落としたホルスはレック達と合流したときに見せようと思い、剣を手にし、その場に腰を下ろした。
「へへ…ここだと、暖かいや…」
ここには大雪が降らず、周囲には火のついた松明がある。
ちょっと寒い感じがするが、それでも外寄りは何十倍もいい。
ここで休んでレック達を待とうと考えたが、1つ気になることがあった。
(レック達にどうやって気づいてもらうかな…?)
入口の大部分は雪で隠しており、外の吹雪の勢いを考えると、既に入口全体が雪で隠れてしまっている可能性が高い。
このままだと永遠に見つけてもらえない可能性の方が高い。
しかし、あの魔物、マウントホーンが生きている可能性も否定できず、下手に外に出ると餌食になるのは確実だ。
「…まぁ、ちょっと外が見えるように、雪をどかしとくかな…?」
せっかくの休める空間から離れるのは惜しいが、自分を探してくれているかもしれないレック達を放っておくことはできない。
レック達と合流したらここへ案内し、一緒に休もうと思い、ホルスは来た道を戻っていった。
「おーーーい、ホルスーーーー!!どこだーーーーーー!!!」
「王子ーーー!出て来てよぉーーー!!」
「ホルス王子、生きてますよねぇ!?」
雪をどかしながら、ハッサン達は大声を出してホルスに呼びかける。
ギラやメラを使って雪を溶かし続けていたバーバラは疲れ果て、レックにおんぶしてもらっている。
炎の爪でも溶かすことはできるのだが、加減が効かないことから必要以上に溶かして雪崩を発生させてしまう恐れがあり、使うことができない。
「くそ…!こんなに雪が降ってちゃあ、足跡が消えちまう…」
ハッサンが後ろを振り返ると、5人の足跡がすっかり消えており、戻る道がわからない状態になっていた。
問題なのはマウントホーンだが、幸いなことにあの魔物は巨大であることから、一度できた足跡は簡単には消えないと思われる。
チャモロが見ても、マウントホーンが通った小さな痕跡は見つけられず、ひとまずは安心してもいいかもしれない。
「雪の中に埋もれて、気を失っていたら大変ですね…」
この部屋に入ってからしばらくたつが、雪の勢いが増しており、気温も低下しつつある。
山育ちのレックやチャモロならともかく、特に寒さに慣れていないハッサンは本当なら根を上げていてもおかしくない。
だが、ホルスと早く合流し、守らなければならないという思いからか、そんな様子が見られない。
「もっと下を探すべきか、それとも…」
「こっち、ですね…」
チャモロは眼鏡についた雪を取り、レックと共に厚い雪化粧の山肌に目を向ける。
ライフコッドからマルシェへ向かう際に通った山道にはいくつも洞窟があったように、寒さを少しでもしのげるような洞窟があってもおかしくない。
もっとも、ここは雪山ではなく、それを再現した部屋に過ぎないため、そのような洞窟がない可能性もあり得る。
「レック、破邪の剣で少しずつ山肌の雪を溶かしていってください」
「分かった、やってみる」
おんぶしていたバーバラをミレーユに託すと破邪の剣を抜き、深呼吸をしたレックは山肌に向けてそれを振る。
振ると同時にギラに似た閃光が発生し、それが雪を溶かしていく。
大きく溶かして雪崩を誘発させることがないように、威力をセーブして狙いも定めていることから、20数回振り終えたときにはレックの額に汗が出る。
その間に2つか3つ、小規模な洞窟を見つけることができたが、いずれもホルスの姿がなかった。
「レック、大丈夫なの??」
魔力はまだまだだが、体力が回復したバーバラが疲れを見せるレックに駆け寄る。
彼女を安心させるためか、バーバラに笑みを見せたレックは腕で汗をぬぐう。
そして、再び破邪の剣を振るい、閃光で雪を溶かす。
「あそこ…洞窟の入り口かしら?」
レックが溶かした雪の下から穴の一部が見える。
そして、その穴から人の手が出て来て、手を振り始める。
「あの手…もしかして」
「間違いねえ、ホルスだ!急いで入口の雪を取ろうぜ!」
あの手の主がホルスだと確認し、ハッサンは急いで雪をどかしに向かう。
彼の無事を知り、安心したレックはその場に座り込む。
「レ、レック!やっぱり滅茶苦茶疲れてるじゃん!」
「ちょっと…無茶したかも…ん??」
ハハハと笑うレックだが、その笑顔が聞こえてきた大きな足音によって凍り付く。
「あの足音…まさか…」
「そのまさか…ですね…」
杖を構えたチャモロはこのタイミングでのあれの登場に冷や汗を流す。
洞窟を正面から見て右から、マウントホーンが一歩一歩、ゆっくりとレック達に迫っていた。