「ハッサン、そっちはどうだ?」
「だーめだ、ダメだ!全然見つからねー!」
1階の王の間への階段の前へ、西側の台所や食堂を探したハッサンが戻ってきて、ため息をつきながらレックに報告する。
続いて、2階からはミレーユとバーバラ、地下からはアモスとチャモロが戻ってくるが、彼らも同じ結果だった。
ホルテンからの頼みごとに応じた(というよりも半ば強引に応じさせられたというのが正しいかもしれないが)レックたちがやるべきことは、試練を受けなければならないホルス王子を見つけることだった。
彼は自室で勉強をしているはずだったのだが、連れて戻ることができなかったということは、彼はそこにはいなかったということだ。
そのため、こうしてレック達は手分けをしてホルスを探している。
6人とも、ホルテンが書いた彼の似顔絵と背丈などの情報の紙を握っている。
年齢はチャモロと同じ15歳だが、書いてある内容が正しければ、彼よりも少し背丈が小さいということになる。
「んもーーー!!どこにいるのー!?」
「にしても、このホルストックって城って、複雑な構造をしてるよなー」
「ええ…。ホルストック城は今では珍しい山城ですからね」
昔は、戦争の際に城が拠点となることから、山に城を築くことが多かったという。
魔物による攻撃だけでなく、他国からの侵略もあり得た時代で、実際に空から攻撃されることがない限りは山城は効果があった。
特にホルストックは城に侵入された場合のことが考慮されており、地下通路や曲がり角や分かれ道の多さなどで相手を迷いやすくして、いざというときには脱出できる手はずになっている。
アモスとチャモロが通った地下通路には当時、そこで迷った敵をしとめるための罠が仕掛けられていたという。
しかし、山に城を作るということで、城下町への行き来に難があり、物資の輸送にも一苦労した。
ホルストックの場合、今は城の裏手に人力のエレベーターがあるが、過去は階段を上り下りして物資を運んでいたという。
そのため、時代の変化に伴い、国同士の戦争が少なくなってくると、徐々に山城から平城へと主流が変化していった。
その場合は、経済の中心としての機能を獲得するために城下町の近くに築くことが多く、アークボルトのような城の中に城下町を置くというのはかなりのレアケースだ。
「ああ…そういえばチャモロと手分けをして地下を探していたとき、ホルス王子の教育係のおじいさんと会いましたよ。その人が、確か…ホルス王子は何かに隠れて王様たちを困らせることが多いとか…」
「隠れて…っというと、箱か樽とかに?」
バーバラの言葉に反応するように、レックたちは東に目を向ける。
そこには倉庫があり、樽や箱が山ほど置かれている。
その中には空っぽのものもあり、その中であれば、小柄なホルスは隠れることができるだろう。
レックたちは倉庫番の兵士から許可をもらって倉庫に入り、手当たり次第に箱と樽を調べ始める。
その倉庫番は30分前に交代しており、その間、誰かが倉庫に入ったのを見ていないという。
「うーん、この樽の中にはいませんねぇ」
「この箱にもない」
空箱や空の樽の場所についてはあらかじめ倉庫番から教えてもらっている。
ホルスが入れるほどの大きさの樽は彼の握力では持ち運ぶのは難しいという。
力があるハッサンやアモスならともかく、レックでも樽を持ち上げるとなると、両腕に力を入れることで、腹部まで持ち上げることができる程度だ。
「あとはこの列の樽を…あ…」
ゴトン、とこれから調べようとした樽の列から物音が聞こえる。
レックたちの目線が物音が聞こえた方向に向けられると、樽の上に大きなネズミが出てきた。
「なんだよ、ネズミかよ…」
「ネ…ネズミ!?ネズミだってぇ!?」
聞いたことのない、子供の声が倉庫中に響き渡る。
レックたちしか今は倉庫に入っていないことを考えると、その声の正体がだれかはもうわかっている。
「もしかして、ホルス王子。そこにいるんですかー!?」
チャモロは大声で倉庫のどこかに隠れていると思われるホルスに声をかけるが、もう聞かれているにもかかわらず、ホルスと思われる少年は沈黙してしまう。
「声が聞こえた方向を考えると…この樽の中ですね」
しかし、それは無駄な抵抗で、魔物使いとして修業を積んだチャモロにあっさりと隠れている樽を見つけられる。
「出てきてください。王様があなたを呼んでいますよ」
樽にノックし、声をかけるが返事はない。
沈黙することで、やり過ごそうとしているのだろう。
チャモロは樽を開けようとするが、内側からフタを抑えられているためか、開けることができない。
「チャモロ、俺に任せな」
チャモロをどかしたハッサンは両手で樽を頭上まで持ち上げる。
「う、うわあ!?なんだ、なんだこの揺れは!?樽が横になったぞ!?」
持ち上げた樽の中にやはりホルスが隠れているのか、そこから声が聞こえる。
「ほら、早く出ねーと怖い思いをするぞー!」
そういいながら、ハッサンは樽を上下に揺らす。
「ちょっと、ハッサン!!やりすぎよ!?」
「いいじゃねえか、これくらいなんとも…」
「あーーー!!ぎゃああ!?こんなの、こんなの嫌だーーー!!」
フタが開き、その中には赤いマントと高級な布でできた服に身を包んだ金髪の坊ちゃん狩りの少年が涙と鼻水でベトベトになった状態で隠れていた。
樽がおろされ、レックの手で彼が樽の中から出される。
「やべえ…やりすぎた…」
完全に恐怖一色となったホルスを見て、ハッサンは事の重大さを理解する。
ホルスはあまりの恐怖で、失禁してしまっていた。
「ホルスよ、お前はもう15。古来、ホルストックでは15のときに成人の儀式を行う。王族であるお前は南にある洗礼の祠で、おのれの心に挑むことになっておる…」
兵士や貴族が集まる王の間で、ホルテンの前にひざまずくホルスは彼からの言葉を受けている。
ズボンは別のものに履き替えられており、言葉を受けたホルスはホルテンから剣を受け取る。
男の王族は成人するまで、剣を持つことが許されないという慣習があるため、ホルスにとっては初めて実物の剣を持つことになる。
「この試練はつらいものとなる。しかし、お前のために力を貸してくれる旅人がいる。何も恐れる必要はないのだ。さあ、行け!ホルス、我が息子よ!!お前なら、必ずや試練を突破できると信じておるぞ!!」
ホルテンの手から剣が離れ、ホルスは2本の細い腕でその剣の重みを感じる。
訓練の時に使い木製の模造剣とは違う、正真正銘人を殺すことができてしまう道具を立ち上がったホルスは腰にさす。
「はい、父上!行ってまいります!」
先ほど、失禁するほどおびえていたホルスがまるで嘘であったかのように、ホルテンの前で胸を張って敬礼する。
そして、振り返って5人に目を向ける。
「さあ、行くぞ!レック!!」
「ちっ…さっきはおも…ゴフゥ!」
何かをしゃべろうとしたハッサンだが、ミレーユに腹部をひじ打ちされ、しゃべることができなくなる。
痛みに耐えるハッサンをアモスが支え、5人は先頭を歩くホルスについていく。
「いってらっしゃいませ、王子!」
「ホルス王子、ばんざーい!!」
兵士たちのホルスをたたえる声が響き渡り、6人は王の間を後にした。
城を出て、ファルシオンを預けている馬小屋がある麓まで6人は階段を下りる。
さすがにホルストックで生活していることがあるのか、ホルスはこの階段を下りる程度のことは問題ではないようで、息切れや疲れを見せない。
「おーし、待たせて悪かったなー、ファルシオン!!」
馬小屋から出てきたファルシオンの頭をハッサンがなでる。
馬小屋で、ホルコッタで採れた新鮮な野菜を食べることができたためか、今のファルシオンの体力は有り余っている。
ファルシオンと馬車を見たホルスはこれから試練の旅に出ることになることを実感し始める。
「ああ、俺…まだトイレ行ってなかった!近くの草むらでしてくるから、ちょ…ちょっと待ってろ!!」
「あ、ホルス王子!!」
チャモロが止めようとしたが、ホルスは馬小屋の裏側にある草むらへと走っていく。
トイレと言うが、彼が臆病な性格であることは既に分かっているため、それが嘘だということは簡単に理解できた。
「僕が連れ戻します。みなさんは準備をしといてください」
「えー?チャモロ1人で大丈夫なのー?」
バーバラの質問に答えず、チャモロはホルスを追いかけていく。
「きっと、何か考えがあるんだ。ここは任せよう」
「うん…。でも、意外だね。チャモロが自分から行動に出るなんて」
仲間として、ある程度行動を共にしてきたバーバラから見たチャモロはあまり自己主張をすることのない、一方城から行動するタイプの人間に見えていた。
そんな彼だから、最年少でありながらもレック達以上の冷静さがあり、それがメンバーの助けになることがあった。
だから、自分から言いだして行動するチャモロが意外に思えた。
「王様があのホルス王子が15歳だって言ってただろ?もしかしたら、同じ年齢で小柄だから、何かシンパシーを感じたんじゃねえか?」
「ふーん…」
「ああ…怖いなー。魔物が凶暴化してるって話だし、戦って怪我したりするの嫌だしなぁ…。でも、儀式を果たさないと王様になれないし…」
城の地下道から通じるベランダから外を見ながら、ホルスは悩んでいた。
ホルス自身、この儀式が王族にとって重要なことで、自分の父や祖父もやり遂げてきたことだということを理解している。
「どうせ、俺なんかが儀式を果たしたところで…」
見送りの時、兵士たちが全員自分を応援していたが、本心からのものではないことを彼は悟っていた。
弱虫で不真面目、夜更かしする上にムフフ本を隠し持っているうえに同年代の少女のスカートをめくるのが好きなスケベだというのが評判であり、周囲からは自分が王になるのを不安視されていることは幼い彼でもわかる。
少なくとも、強くなろうとたまに特訓を受けることがあるが、長続きせず、痛い思いをするのが嫌で投げ出してしまうことが多い。
「そんなところにいても、儀式を受けることなんてできませんよ?ホルス王子」
「な…!?」
背後から声が聞こえ、振り返るとそこには城の外にいるはずのチャモロの姿があった。
どうしてここがわかったのか、ホルスには分からなかった。
彼らが知っている城への入り口は正面の階段と裏口のエレベーターだが、馬小屋のある場所からエレベーターまではかなりの距離があり、そもそもエレベーターを使ったりしたら、ばれるのが明白だ。
「あなたの足跡をたどらせてもらいました。魔物マスターの修行の成果です」
「へぇ…で、隠し口を見つけて、ここまで追いかけたのかよ」
「はい」
チャモロは彼の隣に座り、一緒に空を眺める。
大きな雲が一度太陽を隠し、周囲を暗くする。
「…どうせ、お前らも思ってるんだろ?俺のこと…弱虫だって?」
「どうして、そう思うんです?」
「だって俺…根性なしだし、口悪いし…いいところなんて何一つないうえに、身長だって、ほかの子供よりも小せえし…」
修行や勉強が嫌で城を飛び出し、ホルコッタへ逃げたとき、チャモロはそこで同年代の子供たちと一緒に遊び、友人になった。
兵士に見つかり、城へ連れ戻されたときは大目玉を食らうことになったが、それでも彼らと一緒に遊ぶのが楽しかったのか、今でもたまに抜け出している。
だが、一緒に遊んでいて思ったことは同じ男で、更に自分と同じくらいの年齢のこどもより、自分は体力がないうえに背も小さいことにコンプレックスを感じていた。
農家の子供が多く、彼らは家の手伝いなどで体を使う機会が多いことがあるかもしれないし、同年代の女子には背では負けていないものの、それがホルスにとって、つらいところだった。
何度もそんな自分を変えようとしたが、失敗し続けて今のホルスがいる。
そのことをある時、両親や世話役の老人に相談したが、自分にも良いところがあるから気にするなと笑って答えただけで、それが何かという明確な答えはもらえなかった。
大人にとっては笑いごとかもしれないが、子供であるホルスにとってはかなり深刻なものだ。
「お前もそう思うだろ?俺が…王子にふさわしくないボンクラだって…」
外から来た旅人とはいえ、彼らもここまで来る途中にホルスのうわさは聞いているし、レック達は自分が樽の中に隠れた上に、ちょっと揺らされただけでおびえてしまうところまで見られてしまった。
きっと、そうに決まっていると思い、チャモロに質問する。
チャモロは眼鏡を直し、雲の動きを見ながら、口を開く。
「ホルス王子、あなたは僕がいくつぐらいだと思います?」
「ちっ、質問に質問で返すなよ」
「すみません。でも、大事なことなので」
大事なこと、と言われたホルスはじっと隣のチャモロを見る。
背丈は自分と同じくらいで、見た目からして、どうしても旅人には見えない。
「…15くらい?」
「そうです。僕はつい最近まで海に出たことがなくて、ほとんど村の中で過ごしていました」
「俺と…同じとでも言いたいのかよ?」
ホルスは王子である立場上、ホルストック国領を出たことがなく、海も城の西側のところからしか見たことがなく、泳いだことも船に乗ったこともない。
外の世界をほとんど知らないという点では同じだろう。
しかし、ホルスから見てチャモロは魔物マスターとしての修業をこなし、こうして自分を見つけるくらいの五感の鋭さを獲得している。
そんな実力のある彼と一緒にしてほしくなかった。
「魔物マスターの修業は大変でした。魔物の生態を知り、その弱点をつかむためにはとにかく魔物の感覚や思考というものを覚えていかないといけません。村の中で学んだことは、なにも役に立ちませんでしたよ」
「…じゃあ、あきらめりゃあよかったんじゃないか?」
村でどのような修行をして育ったのかわからないが、少なくとも魔物マスター以外にも道はある。
その修行を最大限に生かせる道もあるはずだ。
それを選ばず、魔物マスターの修行を続ける彼をホルスは理解できなかった。
「確かに、あきらめるのは簡単ですよ。でも…やるのなら、自分のできる精一杯の力を出して、それでもできなかったら、あきらめようって決めたんです。だって、すぐにあきらめてしまった人に何かを成し遂げることはできないってある人が言ってましたから」
師匠であるチャクラヴァの言葉を思い出しながら言う。
10歳を超えてから始めるであろう僧侶の修行を7歳のころから受けはじめ、年上に同門とともに修行を続ける傍ら、次期長老になるためにチャクラヴァの下でマンツーマンの修行も受けていた。
幼い彼にとっては過酷で、修行を続けた結果、過労で肺炎になったこともある。
また、なかなか回復呪文を習得できず、思い悩む時期もあった。
回復呪文は攻撃呪文と異なり、自分の魔力だけでなく、回復対象となる自分または相手の生命力をコントロールしなければならない。
どちらか一方のコントロールができなかった場合、回復させることはできない。
ほかの同門たちが習得していく中、自分だけなかなか習得できずにいたことで、自分には世界を覆う闇を貫く矢になる資格がないのではないかと、チャクラヴァに相談したことがある。
そんな時に、彼からその言葉を聞かされた。
「大丈夫です。不足している部分は僕たちがどうにかしますから。あなたにとっての最大の試練は…逃げないこと、たとえ失敗するとしても前のめりで失敗する…でしょうね」
立ち上がったチャモロはホルスに背を向け、元来た道を戻ろうとする。
いつもの兵士たちとは違い、ここでもチャモロはホルスを無理に連れて行こうとしなかった。
何か思うことがあったのか、ホルスは立ち上がり、チャモロの後をついていく。
後ろ見て、ついてくるホルスを見たチャモロは笑みを浮かべる。
そんな彼が面白くないのか、ホルスはプイッと視線をそらした。