ジャミラスが倒されたことで、魔物たちは我先にと城から逃走していった。
石化した人々、そして洗脳された人々は元に戻り、彼らはレック達と一緒にひょうたん島へ向かった。
幸い、ひょうたん島の操縦は従来の船と同じ仕組みになっており、カルカドに戻るのに関しては大した問題はない。
しかし、操縦している元船乗りの老人も、そして屋内で休んでいる人々もその表情は晴れやかなものではなかった。
「幸せの国…偽りだったけど、彼らにとってはたった1つの希望だった…」
その光景を見たレックはジャミラスの最後の言葉を思い出す。
(勇者とは、人々に希望を与える存在。もしそうだとしたら、私は彼らにとっての勇者で、貴様は彼らから希望を奪った存在。果たして、どちらが正しいのかな…?)
それに対して、レックは明確な反論をぶつけることができなかった。
確かにジャミラスの希望にすがる人々に深い絶望を与える卑劣な行いを許すことはできない。
しかし、彼の言う通り、レックは偽りとはいえ、彼らにとって希望だった幸せの国をその手で破壊した。
彼らから希望を奪った点ではジャミラスと変わりはない。
「レック…」
どういう言葉をかければいいのかわからないバーバラは彼の後姿をじっと見ていることしかできない。
「くそっ…何だよ。魔王を倒したってのに、この後味の悪さは…!」
怒りをぶつけるように、ハッサンは拳を壁にたたきつける。
それで何かが変わるわけではないが、それでもそうせずにはいられなかった。
「しかし、ジャミラスが死んだことで、おそらく眠り病も消滅し、眠っていた人々も目を覚ますことでしょう。それに…これ以上、ジャミラスのせいで死ぬ人々はいない」
「それはそうだけど…」
「せめて…あの人たちが希望を取り戻せる何かがあれば…」
何か、その具体的な答えをミレーユは出すことができない。
砂漠化してしまったカルカドの井戸は枯れており、植物を育てることもできない。
おまけに飢饉で総人口の三分の一が死んだこの街で、貿易のノウハウのない彼らがどうやって生活していくのか?
「やれやれ、頭の固い連中じゃな」
急にどこからか聞いたことのない老人の声が聞こえる。
声が聞こえた方向に振り向くと、そこには赤いマントと金色で五芒星が描かれたメダルが飾られた王冠を装備した、グランマーズと同じくらい小さな老人が立っていた。
今までひょうたん島や幸せの国で会ったことのない人物がなぜここにいるのか、レック達は驚きを見せる。
「やれやれ、ようやくジャミラスから解放されたわい…」
「あの、あなたは…?」
「ワシの名はメダル王。小さなメダルのコレクターじゃ」
ニッコリと笑みを浮かべたメダル王は懐から袋を出し、その中身をレック達に見せる。
その中には王冠についているのと同じ形のメダルが大量に入っていた。
「おぬしは驚いていないようじゃな?」
メダルを見るレック達をよそに酒を飲むクリムを見る。
クリムは何も答えないが、フッと笑みを浮かべていた。
「でもよぉ、その小さなメダルのコレクターがなんで封印されていたんだ?」
「ワシは小さなメダルによって奇跡を起こす力を持っておるのじゃ。例えば、こういう感じで」
袋から40枚のメダルを出したメダル王は静かに祈りをささげる。
すると、それらのメダルが輝きはじめ、それが1本の剣に変化する。
青い柄で刀身の中央部が金色で彩られた、豪華な見た目の剣だ。
「メダルが剣に…!?」
「ふむ…これは奇跡の剣じゃ。軽くて頑丈なうえに良く斬れるという三拍子そろった剣じゃ。ワシを助けてくれた礼にこれをやろう」
奇跡の剣を差し出されたレックは今、目の前の現実をうまく呑み込めないままそれを受け取る。
しかし、このような物理法則を無視したとんでもない力を持っていることから、なぜ彼がジャミラスに封印されたか、その理由は理解できた。
「ねーねー、どうしてそういうことができるのぉ?」
「それはこの小さなメダルが持っている力のおかげなんじゃよ」
袋の中にある小さなメダルを1枚手に取り、それをレック達に見せながら言う。
「小さなメダルは希望のメダル。人々から生まれる希望が形となった存在じゃ。ふむ…どうやら、そなたにはこのメダルをこれからたくさん生み出してくれそうじゃな…」
「え…一体何を!?」
レックの目をじっと見たメダル王は何かを思いついたのか、彼の左腕に小さなメダルの飾りがついた腕輪を無理やり取り付ける。
「これでおぬしがこれからの旅で、人々に希望を与えたとき、小さなメダルを手にすることができるようになる。そして、生み出した小さなメダルを持ってきてくれたなら、これからの旅で役立つ物を生み出してやろう!ということで、まずは彼らの希望を取り戻さねば…」
「希望をって…もしかして!」
「言ったじゃろう?小さなメダルは人々の希望の結晶、そしてワシはそれを使って奇跡を起こすことができると」
カルカドに到着し、人々は暗い表情を浮かべたまま自宅へと帰っていく。
そして、レック達はメダル王と共に枯れた井戸の近くまでやってきた。
井戸の中には掘削のためのつるはしやドリルが放置されており、掘った痕跡もあることから、水を手に入れようと必死に動いていたということがよくわかる。
その井戸の周りに、メダル王は小さなメダルをばらまく。
「さあ…希望の結晶、小さなメダルよ。このカルカドの人々に希望を…」
メダル王の祈りと共に小さなメダルが輝きはじめ、同時に揺れが発生する。
激しい揺れに驚いたバーバラはその場に座り込み、アモスは周囲をきょろきょろに見渡す。
「じ、じいさん!いったい何を!?!?」
揺れが町全体に及んでいるのか、住民たちも驚き、動揺している。
そんな揺れの中で、ゴボゴボと水の音が井戸から聞こえてくる。
「ま…まさか!?」
次の瞬間、井戸から大量の水が沸き上がり、それが上空へと噴水のように飛んでいく。
上空にまで飛んだ水は雨のようにカルカドに降り注ぐ。
「み…水!?水だぁーーー!!」
「嘘だろ…こんな、こんなことが…!?」
空から降ってくる水、そして井戸から湧き上がる水を見た住民のある人はその奇跡に涙を流し、ある人は水瓶を持ってきて必死に水を集め、またある人は万歳する。
レック達も井戸についたことで、メダル王が何をしようとしているのかある程度理解していたものの、それでもまさかのこの光景にびっくりしていた。
そして、レックの左腕についている腕輪が光り始める。
「これは…!?」
「両手を広げてみるんじゃ。希望が…小さなメダルとなる」
腕輪の光が消え、同時にレックの手の中に小さなメダルが現れる。
20枚のメダルが生まれ、それを見たレックの目が丸くなる。
「よし…この20枚はワシが預かろう。そして、封印から解かれたワシの城の場所を教えよう」
そういうと、メダル王が姿を消し、レック達の脳裏にある光景がフラッシュバックする。
マルシェの西にある、かつてレックが現実の世界を見たあの穴があった場所に小さな城が出現する光景だ。
その周りにはスライム系の魔物たちが集まっていて、彼らはその城の住民と共存している。
「ワシはそこにいる。力を貸してほしければ、いつでも来るのじゃぞ?」
光景が消えると同時に、メダル王の声も聞こえなくなった。
その間にいくらか時間がたったのか、人々は水があふれ出るこの井戸の整備を始めていた。
「ええっと、何が何だかわからねーけど…これでカルカドは大丈夫だよな…?」
「ええ…。そういえば、クリムさんはどこへ…?」
チャモロの言葉で、クリムのことを思い出したレック達は周囲を見渡す。
ひょうたん島から降りるまで、ずっと一緒に行動していたはずのクリムの姿はどこにもなかった。
酒場や彼が滞在していた宿の部屋にも足を運んだが、結果は同じだった。
(クロスボウの技術から、あの睡眠薬のワクチン…。それに、禁呪法まで知っていた…。あの人はいったい…?)