ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第36話 アークボルトと青い剣士 その5

「こんな…間合いで…!?」

頬にできた傷に触れ、レックは目の前の男の力に戦慄する。

30メートル近く遠くにいるにもかかわらず、一歩も動かず、そして槍を手にした(これはあくまでレックから見えたブラストの動きだが)だけで、傷を負わせたのだ。

いや、もしかしたらこの一瞬でレックは負けていたかもしれない。

仮にその攻撃が心臓に命中していたらと思うと、ぞっとする。

「今…何を…!?」

「見えなかったか。私の動きが…。では…!」

ブラストが両手で槍を握ると、その場に立ったままレックに向けて突く動きを見せる。

思わずレックは盾を構えると、盾の中央に強い衝撃が起こる。

あまりの衝撃のせいか、左腕がしびれ始める。

この攻撃を連続で防ぐことはできない。

「どうした?守りだけであの魔物を倒すことができると思っているか?」

「く…!」

レックは破邪の剣を振り、閃光を発生させる。

しかし、閃光が当たる直前に彼の姿が消え、閃光はわずかに壁を焼くだけで消えてしまう。

「一体、どこに!?」

「ここだ…」

「え…!?」

背後から聞こえる声に反応し、振り返すと同時に、脇腹に鈍い衝撃が走る。

槍の柄が深々と彼の脇腹を横から薙ぎ払っていた。

あまりのダメージのせいか、吹き飛ばされるレックの口から血が出る。

「レック!!」

「こうも一方的だなんて…」

「あれが…雷光の騎士とうたわれるブラスト兵団長の実力…」

旅をする中、うわさで聞いたアークボルト最強の騎士であるブラストの実力を間近で見ることができることにアモスは感動する。

そして、ミレーユの言う通り、その実力はムドーを倒した4人のうちの1人であるレックを今、こうして完封しているくらいだ。

仮に彼を仲間にして、ともにムドーに挑むことができたなら、より容易にムドーを討伐することができただろう。

「まだ動くぞ…!」

「このままじゃ…!」

素早い動きを見せるブラストの攻撃をよけようと、必死になって動き出す。

だが、腕や足、頬などに次々と傷ができるばかりで攻撃を完全に回避できたためしがない。

盾も破邪の剣の刀身も、攻撃のせいでいくつか傷ができている。

「まったく、あの青い剣士はもっと骨のある男だったぞ?」

「くそぉ!!」

ブラストの姿が見えたのと同時に、がむしゃらに破邪の剣を振る。

しかし、それで放った閃光もブラストに命中することはなかった。

「どこを見ている?私は…ここだ!!」

どこにいるか探すため、周囲を見渡すレックの目の前にブラストが現れ、ショルダータックルする。

前への注意を散漫していたために、直撃してしまったレックはそのままあおむけで倒れてしまう。

そして、ブラストの槍がレックの首のそばの地面に刺さる。

「勝負あり…だな?」

ニヤリと笑いながらブラストはつぶやく。

タックルを受けたせいで、剣が手元から離れているレックにもはや勝ち目はなかった。

「レックの負けかよ…」

「レック…」

「あんな化け物みたいな実力のやつがまだいるなんてな…」

観戦していたハッサン達も自分たちを越える実力を誇るブラストに驚愕していた。

ブラストは剣を拾い、それをレックに手渡す。

「君は信頼する仲間と共に戦うことで力を発揮するようだ。しかし、それは逆に言うと、一人では戦えない…ということになる。ムドーを倒した英雄たち」

彼の言葉にレックたちは驚いた。

ムドーを倒したということはまだごく一部の人間しか知らされておらず、レイドックも最近になって公表したばかりだ。

当然、だれが倒したかについては公表していない。

偽王子騒動の犯人を英雄としてまつりあげるわけにもいかないためだ。

だが、ブラストはムドーが倒されたことを知っているだけでなく、レックたちがそれを成し遂げたことを知っている。

そんな5人を見て、ブラストはワハハハと豪快に笑う。

「君たちの素性は既に間者たちが教えてくれている。まさか…偽王子騒動の犯人とムドーを倒した英雄が同一人物だとは思わなかったが…。心配するな。このことはだれにも伝えたりしない。仮に私がそのことをしゃべった場合には、私の首をはねるといい」

槍を収めたブラストはレックに手を貸し、彼を立たせる。

そして、彼の目をじっと見る。

「ほお…負けたにもかかわらず、目の光は消えていないか…。あの青い服の男には力と技があったが、どこかその眼は乾いているように感じた。もしかすると、お前ならあの青い剣士に勝てるかもしれん」

「青い剣士に…」

彼が何者かと尋ねようとするが、その前にこの石造りの壁を介してでも聞こえるくらいの群衆の声が聞こえ始める。

「ほぉ、倒してきたみたいだな」

「倒したって、まさか…あの魔物を!?」

「外へ出たら、すべてがわかるだろうな」

 

城へと続く一本道を青い服の剣士が馬を引いて歩いており、馬には緑色の巨大な鰐のような魔物の頭部がぶら下げられている。

それを見た群衆は道の両サイドを挟むように集まり、うわさする。

「あれがこいつの実力…アークボルトの兵士がかすんで見えるぜ…」

「強いうえにかっこよくて…素敵!!」

「こいつの試合を見た兵士の話だと、呪文も使えるみてーだぞ??」

「これで、雷鳴の剣は彼の物か」

周囲の声に特に反応を見せず、テリーは馬を連れて城に入っていく。

城の1階では王が待機しており、彼自らの手で雷鳴の剣が渡されることになるだろう。

「見たか、レック。あいつ…まったく傷を負っていなかったぜ」

「うん。しかも、服にも破れた場所がない…」

ふつう、傷を負ったならホイミなどの呪文や薬草などの道具を使うことで治すことができる。

しかし、防具の損傷については鍛冶屋や服屋に頼まないと、自分で修理しない限りは損傷したままとなる。

そのため、防具の損傷がないということは正真正銘、無傷で洞窟の魔物を退治し、こうして帰還したということになる。

「…」

「ん?どうした、ミレーユ」

テリーを見て、難しい表情を浮かべるミレーユにハッサンが声をかける。

だが、ミレーユは彼の声に反応せず、ただ彼をじっと見ていた。

 

そして、その日の夜…。

「うーん!やっぱり宿屋のベッドって柔らかーい!!」

部屋に入ると同時にベッドにダイブしたバーバラが気持ちよさそうにゴロゴロを転がる。

しかし、それもわずか数秒で終え、ベッドを椅子代わりにして座る。

洞窟の魔物は退治されたものの、被害がゼロだったわけではない。

以前にその魔物とアークボルト兵が戦った時、魔物の攻撃のせいでアークボルト北部へつながるトンネルが崩落してしまった。

だが、青い剣士が魔物を倒したことで復旧作業ができるようになった。

復旧が終わるまで

「…寂しい」

部屋割りはレックとハッサン、アモスとチャモロ、ミレーユとバーバラの3部屋に分かれている。

しかし、ミレーユは外の空気を吸いに行くと言って出ていき、現在ここにいるのはバーバラのみ。

「あ、そうだ!!」

何かを思いついたバーバラは枕をもって部屋を出る。

そして、レックとハッサンがいる部屋の扉をノックもせずに開ける。

「レックーー!!枕投げし…あれ??」

部屋の中を見ると、ここにも誰もいない。

おかしいなと首をかしげてる。

「レックなら、いま外だぞ?」

「キャアア!!」

急に声が聞こえたため、びっくりしたバーバラは腰を抜かしてしまう。

「ハ、ハッサン!!脅かさないでよー!」

「わ、悪い。けど、どうした?枕なんか持って」

「なんでもない!あーあ、ミレーユもいないし、つまんないなぁ」

上を見ると、ハッサンの顔が見えた。

口元にソースやパン屑がついていることから、ご飯を食べてきたということがわかる。

バーバラは頬を膨らませ、不満げな表情を見せながら戻っていった。

 

「…」

城の屋上で、ミレーユは静かに外の景色を見ている。

(銀色の髪…今の年齢を考えたら、きっとあれくらいになってるわよね…)

ミレーユは故郷で失った弟のことを思い出す。

あの兵士の話が本当かウソか、今となっては確かめようがない。

「ミレーユ」

「レック…どうして、ここへ?」

「ミレーユが外に出たって、宿屋の人が教えてくれたから」

そういいながら、防寒用のマントをミレーユに渡して、彼女の隣で外の景色を見る。

「レックは…着なくて大丈夫なの?」

「ああ。俺は一応、ライフコッドで何度も冬を過ごしてるから、この程度の寒さなら平気だ」

「一応…ね」

ムドーの城でのハッサンの一件で、レックは自分の持っている記憶について自信が持てなくなっていた。

確かに、幼いころからずっと過ごしてきた記憶も、乳しぼりや羊の毛皮刈りの技術は体が覚えているし、幼いころに父親から剣を教わったことも覚えている。

しかし、現実世界につき、レイドックの紋章がついた破邪の剣を最初から持っていて、それをなぜもっているのかという記憶がない。

「…落ち込んでいるかと思ったわ」

「えっ?」

「だって、あんな負け方をしたから」

「仕方ないさ。ダーマの書を使った修業はまだまだやったばかりだから…。それに、きっとあれでよかったと俺は思う」

「よかった…?」

「うん。もっと強くならなきゃいけないってわかったから」

「強くなりたい…か」

聞き覚えのある声が背後から聞こえ、2人はそろって振り返る。

そこには昼間と同じ装備をしたブラストの姿があり、右手には巻かれた紙が握られている。

「ブラスト兵団長…」

「強くなりたいなら、ここから西にある森に暮らしているロン・ベルクという男を尋ねるといい。私も、そこで槍の使い方を教わった」

「ロン・ベルク…?」

「ああ。厳密にいえば、2代目ロン・ベルクだな。いつまでもこの殺風景な城にいる理由もないだろう。この手紙を渡せば、面倒を見てくれる」

そういって、ブラストはレックにその紙を渡す。

受け取ったレックだが、ブラストの行動に疑問を浮かべる。

「なんで…?」

「ん?」

「なんで、試験に落ちた俺のために…?」

「ふっ。興味を持っただけだ。ムドーを倒したお前たちがどこまで強くなるのか…な」

それだけ言うと、ブラストはいそいそと城の中へ戻っていく。

残された2人は渡された紙をじっと見る。

(ロン・ベルク…。ブラスト兵団長の槍を教えた人…)

昼間のあるブラストの槍さばきがロン・ベルクの指導の賜物とすれば、彼は相当な実力を持っているかもしれない。

しかも、槍ではなく剣を使う自分への指導もできるということだ。

レックはこれから会う男に興味を抱いた。




ロン・ベルクは某大冒険の漫画を読んだ人ならピンとくるかもしれません。
しかも、2代目ということは…?

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