ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第35話 アークボルトと青い剣士 その4

背中合わせになった後も、ハッサンとチャモロは2人に攻撃を仕掛ける。

時にはハッサンが自身の巨体を利用してチャモロを隠し、彼に死角から呪文を唱えさせたり、あえてチャモロのバギの中にハッサンが突っ込み、更に水筒の水をぶちまけることで、水蒸気による光の屈折を利用して疑似的に自分の姿を見えなくして(これはチャモロにアイデア)、攻撃を行ったりもした。

しかし、前者はスコットがハッサンの肩を踏み台に利用し、跳躍してチャモロを見つけて攻撃を妨害することで防がれ、後者はスコットが大剣で大きく切り取った床をホリディが楯で上空へ飛ばし、太陽光をわずかな時間の間隠すことで、無力化されてしまった。

「…」

「何?さっきの奴の修理代はお前もちだぞ…?…経費で落としてもらえる…よな?」

「…」

スコットの返事として、ホリディは首を横に振る。

なお、ブラストは王の間の窓からこの試験の一部始終を見ている。

(ガルシアは単独での戦いではアークボルトでも屈指の実力。それに対して、スコットとホリディは1人1人についてはたいしたことがない。だが、連携をすることによって真価を発揮する…。どう崩していくかが勝敗を分けるが…)

現在のハッサンとチャモロはただ一方的にダメージを受けているだけで、スコットとホリディにはかすり傷程度のダメージしかない。

2人の連携を崩す糸口がまだ見えていない。

「くっそぉ、集中しねーと正拳突きはつかえねーし、どうすりゃあ…!」

正拳突きであれば、ホリディの楯を上回る破壊力を発揮するが、集中のために一度目を閉じて深呼吸する必要性がある。

それが相手に大きな隙を与えることになり、その間に攻撃を受けるのがオチだ。

なお、先ほどの姿を消す手段も、もうハッサンの水筒に水がないため、使えない。

「確かに…どうにかして…うん??」

考えるチャモロは先ほどスコットが作った大きな穴に目を向ける。

そこからは下の階の空間が見えており、そこにいる人々は一時的に1階へ避難している。

「さあ、まだまだ行くぞ!!」

ピオラによって素早くなっているスコットがハッサンとチャモロに向けて、一気に距離を詰める。

「うおおおお!!」

大剣の刃を白羽どりし、右足で蹴り飛ばそうとする。

その動きを既に読んでいたホリディがメイスを投げていて、それが右足に直撃する。

「ぐ…お…!?」

ボキボキッと奇妙な音が聞こえ、右足から起こる激痛で両手の力も鈍ってしまう。

その間にスコットがハッサンの腹に蹴りを入れ、吹き飛ばす。

「うわああ!?」

「ハッサン、チャモロ!!」

当然、ハッサンの背後で援護の呪文を唱えようとしたチャモロが吹き飛ばされたハッサンに巻き込まれ、仲よく転倒する。

「さっきの攻撃、ここで俺が蹴りじゃなくこのまま腕に力を入れていたら、お前はもう真っ二つだ」

「ハ、ハッサン…」

「い、痛え…んだよ、チャモロぉ…」

チャモロがベホイミでハッサンの右足を応急処置する。

ベホイミは軽度の骨折には通用するものの、今回のような粉砕骨折などの場合はベホマでなければどうしようもない。

神経を切れたり、あわや切断とならなかっただけでも幸いというべきか。

そうなると、回復呪文以上の回復力を誇る蘇生回復呪文クラスで回復させるほかない。

なお、蘇生といっても肉体の蘇生を意味するだけで、死んだ人間を生き返らせることができるわけではない。

仮に死体にそれを唱えたとしても、できるのはホイミなどではできない死体の修復のみだ。

それに、ベホイミを唱えた時点で魔力が尽きてしまっている。

「ハッサン…僕を、信じていただけますか…?」

「何…??」

「信じて…いただけますか?」

まるで確認するように、ハッサンに尋ねる。

チャモロ自身、最近仲間になったばかりのアモスを除くと、相対的に信頼されていないのだろうと考えている。

というのも、レックとハッサン、ミレーユ(レック自身にはそのような記憶はまだないが)は敗れたとはいえ、3人でムドーに立ち向かい、そして運命のいたずらかこうして再び出会い、一緒に旅をすることになった間柄だ。

相互の信頼は想像を超えるものがある。

バーバラに関してはラーの鏡の捜索、そして地底魔城での戦いを共に乗り越えている。

それに対して、チャモロは飛び入り参加のような形で本物のムドーと戦っただけ。

一緒にくぐった修羅場の数を考えると、どうしてもそんな考えがふと頭に浮かんでしまう。

だから、確認するようにたずねてしまうのだ。

無論、こうして尋ねる理由はほかにもあるが…。

「ふう、はあ…」

応えることなく、ハッサンは立ち上がる。

まだまだ右足の痛みが完全に引いたわけではないが、それでもあと数分は動ける程度に回復している。

「ハッサン…」

「答えるまでもねえだろ…?チャモロ…はあ、はあ…」

振り向いたハッサンは右拳をチャモロに向け、ニッと笑う。

「…」

「戦闘中によそ見をするバカがいるか…ってホリディが言っているぞ!!」

メイスを回収し、ホリディに投げ返したスコットが大剣を再び2人に向けて構える。

しかし、ハッサンはチャモロに目を向け続ける。

「信じてるぜ、チャモロォ!!」

炎の爪を装備したハッサンはスコットに目を向け、大剣を受け止める。

そして、チャモロは自ら穴の中に飛び降りる。

「チャ、チャモロ!?!?」

まさかの彼の行動に観戦していたバーバラがびっくりする。

アークボルト城は戦争を想定した構造となっているため、天井はほかの城と比べて低めの設計となっている。

そのため、飛び降りたとしても死にはしないだろう。

だが、それでも不用意に飛び降りたら、大けがするのは目に見えている。

「おい、相棒が飛び降りちまったぞ?心配じゃないのか!?」

「誰が…心配、するかよ!?」

大剣を支えているハッサンだが、右足に違和感を感じ始める。

これ以上支えるのは難しいと考えた彼は後ろへ飛び、穴の向こう側へ向かう。

若干飛距離が足りず、落ちてしまいそうになるが、両手で向こう側の足場をつかんだおかげで大事に至らずに済んだ。

(もうちょっとだけ、持ってくれよ…!俺の足!!)

向こう側にいるスコットとホリディに目を向けると、ゆっくりと深呼吸を始める。

「正拳突きか…?いまさらそんなのをやって…!?」

ホリディのピオラで素早くなったスコットが発動前に勝負を決めるため、向こう側へ飛ぼうとするが、急に穴から火柱が発生する。

「何!?火柱…!?」

「…!!」

急に起こった炎に驚いたスコットとホリディが動きを鈍らせる。

更に、炎のせいで向こう側にいるハッサンの姿が見えなくなる。

やむなくホリディが楯を構え、スコットの前に立つ。

「うおおおおお!!」

炎が収まると同時にスコットたちの目の前まで飛んだハッサンがそのままホリディの楯に向けて正拳突きを発動する。

光る場所に命中したためか、盾が粉々に砕け、さらに衝撃でホリディが後ろにいるスコットを巻き込んで吹き飛ばされていく。

2人はそのまま後ろ側にある壁にめり込み、そのまま気絶してしまった。

「はあはあ…」

同時に、ハッサンも右足に限界が生じたのか、その場に座り込む。

「ね、ねえ…レック。さっきの炎って…」

「ああ。たぶん、チャモロがやったんだ」

「ハッサン!!」

下の階から戻ってきたチャモロがハッサンの元へ向かう。

そして、手持ちの薬草を右足に貼った。

ベホイミ程の効果は期待できないが、わずかに痛みを止める程度の効果はありそうだ。

「見事だ。二人とも」

王の間への扉が開き、再びブラストが姿を見せる。

彼のそばには僧侶が2人いて、彼らはハッサンの元へ向かう。

2人とも、ベホマを発動してハッサンの傷をいやしていく。

「ふううう…」

「すごい…ベホマが使えるなんて…」

ベホマは切断された部位や神経を除くと、ほとんどの傷をいやすことのできる最上級回復呪文だ。

しかし、それゆえに消費する魔力も高く、かなりの鍛錬を積んだ僧侶でなければ、使うことができない。

そのため、ほとんどの国ではベホマが使いこなせる人数が限られている。

ミレーユ自身も、グランマーズを除いてベホマを使う人間を見るのは初めてだ。

「よし、傷の回復は終わった。あとは…」

僧侶の1人が壊れたゲントの杖を回収する。

そして、それをブラストに見せると、彼は耳打ちでその僧侶に命令を出す。

命令を聞いた僧侶は相方に伝言を伝えると、一緒にそのまま下の階へ向かった。

ブラストはチャモロの前に立つ。

「試験のためとはいえ、すまないことをした。あの杖は責任をもって直す。死んだわが父の名に懸けても…」

「いえ…。それで、試験官の方々は…」

「ああ。彼らは気を失っているだけだ。ほかの僧侶がここに向かっている」

そういっている間に、ブラストの言う通りに先ほどの2人とは別の僧侶が一般兵4人を引き連れてやってくる。

兵士はタンカでスコットとホリディを運び、僧侶が移動をしながら回復呪文をかけた。

西隣にある医務室へ向かうのを見届けたブラストはレックに目を向ける。

「君の仲間たちの戦いぶりは見事だった。あとは…君自身の実力だけだ」

「ということは、あなたが最後の…」

「そうだ。最後に私が試験官として君と1VS1で戦う。これに勝って、初めてあの魔物と戦う資格が与えられる。…だが、ここでは少々危険がある。ついてこい」

スコットが開けた穴が気になったのか、ブラストは5人に右手で手招きをしながら西の渡り廊下へ向かう。

「ハッサンさん、立てますか??」

「お、おう…。あの僧侶のおかげか、右足が嘘みてーに調子がいいんだ」

手を貸そうとするアモスを制止し、ハッサンがゆっくりと立ち上がる。

先ほどのベホマのおかげか、右足だけでなく、全身の傷も既に回復していた。

 

西へ続く渡り廊下を通り、さらにそこから南へ向かう渡り廊下を進んで、階段を下りた先には兵士たちの鍛錬所がある。

アークボルト城を上空から見たなら、ちょうど南西部あたりに位置する。

今回に限っては、一般兵が1人いるだけで、鍛錬の様子を見ることはできない。

更にはおいてあるはずの木製の人形や武具がすべて取り払われている。

「うわー、空っぽだぁー」

「…」

残っていた一般兵の案内で、北側にある席にレック以外の4人が座り、部屋の中央にある砂場の東側にレックが、西側にブラストがそれぞれ相手と向き合う。

「わざわざここまで…」

「私は…少々加減が聞かないと陛下が仰せでな…。いつもこういう真剣勝負の試合ではここでやることにしている」

苦笑しつつ、ブラストは獲物である槍を手に取る。

すると、急にレックに向けて風が吹き、同時に彼の頬にかすり傷が1つできる。

「え、えええ!?」

「どうなってるんですか!?あの人、一歩も動いて…」

「…」

ゴクリと唾をのんだレックは動揺する4人と比較して、冷静に剣を抜く。

「さぁ…私と楽しませてくれ。あの青い剣士以上に!!」




ザオラル系の呪文については、かなり独自の設定になりました。
某漫画のどんな傷でもいやせる能力をもってしても、死んだ人を生き返らせることができない、という設定に感銘を受けたからです。
まぁ、王であっても賢者であっても人は簡単に神になることはできませんからね。
といっても、その神様ですら、もしかしたら命を自由に動かすことはできないかもしれませんが…。

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