ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第33話 アークボルトと青い剣士 その2

レック達をじっと見たガルシアがその場で腰を下ろし、クロスボウの手入れを始める。

「お前、何しやがる!?」

矢で鼻がきれいになくなるかもしれなかったハッサンが怒ってガルシアに抗議する。

まだ試験が始まったわけでもないにもかかわらず、だまし討ちのような攻撃をした彼が許せなかったのだ。

「はぁー。魔物が戦う前にこれから戦いを始めます、っていうか?戦士たる者、常に敵からの攻撃には警戒しなきゃあいけない。戦場じゃあ、だまし討ちや奇襲をしたほうが責められることはない。された方が間抜けだった、それだけのことだ」

(こいつ…遠回しに俺を間抜けって言いたいのかよ!?)

彼の論理を解釈すれば、何も考えずに入ってきた矢を受けそうになったハッサンは間抜けであり、試験も結局は戦いの一環でしかないということだ。

柱から飛び降り、きれいに両足で着地したガルシアはレック達にクロスボウを向ける。

「ま…さっきのは当たらないように加減はした。だが…2度目はないぞ。さぁ、誰が俺と戦う?」

「俺が行くぜ!こうなったら一発でも拳を叩き込まねーと…」

「いえ、私が行きます」

アモスエッジを抜いたアモスが前に出て、宣言する。

先ほどレック達が署名した書類には、武器を抜くことは試験を受けることと同義であると記入されており、そうしたら最後、もう取り消すことはできない。

「ハッサンさん、頭に血が上った今では完全にあの試験官のペースにはめられます。それに…そろそろ私もお役に立てることをしないといけませんし」

「うう…」

「アモスさん…いけるの?」

ミレーユが念押しするようにたずねるのも無理はない。

屋内で、対人戦とあっては変身は使えず、その上アモス個人に遠距離を攻撃する特技があるとしたら、最近覚えたばかりの鎌鼬しかない。

これでは、遠距離攻撃が得意なガルシアとは相性が悪い。

「へぇ…青い鎧のおっさんが相手か。…ああ、くそ。この前戦った生意気な青い服の剣士の小僧を思い出すぜ」

「青い服の剣士って、先ほど馬を連れて出て行ってましたよね?」

「ああ。ブラスト兵士長を倒してな…。そのせいか、青い恰好の奴を見ると、なぜか本気を出したくなる…。運がなかったな、青い鎧のおっさん!」

「トホホ…。30歳になったので、おじさん呼ばわりされる覚悟はありましたが、真正面から呼ばれるとこたえます…」

しょんぼりしたアモスはアモスエッジの刃を下に向けた状態で立てて、絵の方に額を置く。

(まさかアモスさん、本気で落ち込んでる…!?)

「さぁ…さっさとリタイアしな!!」

そんなアモスに向けて、ガルシアは後ろへ跳躍し、柱の上に立つ。

そして、天井に向けて矢を放つ。

矢は天井に当たると、そこから飛ぶ方向が変わってアモスの背後にある壁に当たり、そのまま彼の背中めがけて飛んでいく。

「アモスさん!!」

「よっと…!」

しかし、矢が当たる前に、アモスはアモスエッジを支えにして跳躍し、矢を避ける。

そして、重心移動をして前に出て、武器を構える。

「ふぅ…武闘家の修行が役に立ちました…」

アモスはダーマの書の中にあった、武闘家の身のこなしについての話を思い出す。

本来、拳は人間が使う最後の武器であり、すべての武器を失った時に使用するのが常だ。

また、武器は修理することができるものの、拳は体の一部であるため、それで戦い続けるには回復呪文が必要となる。

しかし、複雑骨折や神経切断といった致命的なダメージの回復には強力な回復呪文が必要で、それが使える人は回復呪文のエキスパートである僧侶や賢者であってもわずかしかいない。

だからこそ、爪や籠手といった武器を使用しての戦いが推奨された。

しかし、それに対して棍は耐久性が低く、更に木材のような軽い素材を使用しなければ速いスピードで振り回すことが難しいということから敬遠された。

とはいうものの、棍による戦闘技術は残っていて、アモスはそれを利用し、先ほどの行動をとることができた。

両手斧と棍では武器の使い方が異なるが、ほかの近接武器と比較してリーチが長いという点では同じだ。

「避けたか…。思ったよりもいいセンスをしたおっさんじゃないか」

青い服装という点では気に食わないものの、腕が立つ相手だということにガルシアは喜びを見せる。

「ここで…!」

反撃に、アモスはアモスエッジを両手で握り、ゆっくりと振っていく。

そして、ある程度回転数が増えると、そのまま勢いに任せて体も回転させ始めた。

「はあああ!!」

スピードが上がり、それによって発生した鎌鼬がガルシアに襲い掛かる。

「その程度の攻撃、インターバルが長い!」

柱から飛び降りたガルシアは柱に隠れ、鎌鼬をしのぐ。

鎌鼬を受けた柱には複数の小さな傷ができるものの、倒れるほどのダメージには至っていない。

「こいつならどうだ??」

風が収まったのを耳で確認したガルシアが柱からわずかに顔とクロスボウを出し、アモスが隠れていると思われる柱に向けて矢を放つ。

「く…やっぱり、避けられ…!?」

矢を避けて、鎌鼬をもう一度使おうとしたアモスだが、その判断は誤りだった。

矢が爆発し、アモスの周囲が煙に包まれる。

白い煙を吸ってしまったアモスはゲホゲホと咳をする。

「ううう…まさか、こんなものが…!?」

「アークボルトではいろいろと魔力のこもった道具の開発が行われている。この矢はその1つだ」

先ほど爆発を起こした矢と同じものをガルシアは手に取る。

矢じりにはイオの魔法陣が刻まれており、矢で放ち、接触した瞬間爆発するという代物だ。

火矢と比べると手間がかかるものの、ストーンビーストなどの日が通用しない魔物への効果的な手段として、現在はアークボルトの正式な兵器とすべく開発中だ。

「テ、テストでそんなものまで…うわあ!?」

アモスエッジを振り回して、煙を払おうとしたアモスの両手に一本ずつ矢が刺さる。

そのせいで、アモスエッジを落としてしまった。

「そう簡単にはやらせない、と言っておこうか?」

いつの間に矢を二本放っていたガルシアが再び別の柱へ跳躍し、次の矢を装填する。

「さて、お前も宿屋行だ!…!?」

矢を放とうとして、アモスにいる方向に目を向けたガルシアが驚愕する。

煙の中から鎌鼬が起こり、彼に向けて飛んできていたのだ。

同時に煙も消え、そこには鎌鼬を放ち終わったアモスの姿があった。

しかも、両手に受けていた傷が消えた状態で。

「ちぃっ!!」

やむなくクロスボウを楯に受け止めたが、そのせいでその武器が砕けてしまった。

武器を失ったガルシアはやむなく飛び降り、アモスに目を向ける。

「やってくれたな…おっさん。両手にダメージを与えていれば、戦士か武闘家である以上、回復手段は道具しかないから、鎌鼬を放てないだろうって思ったが…」

「危険な先入観ですね。私は回復呪文を覚えておいてたんです。ホイミだけ、ですが」

笑みを浮かべたアモスはガルシアに手に刺さった矢を見せる。

「ああ、そのようだな…。だが…!!」

一瞬瞬きしたガルシアが急にアモスの目の前に現れ、彼を肉薄する。

「な…!?」

「速え!?」

「ふん…!!」

ガルシアが右手で拳を作り、それをアモスの腹部に叩き込む。

拳であるにもかかわらず、一撃でアモスの鎧を貫き、深々とめり込んでいく。

「ゴハァ!?!?」

口から血を吐いたアモスはそのまま真後ろに吹き飛んでいき、体が壁に激突する。

その衝撃で、握っていたアモスエッジを離してしまった。

「ふうううう…」

攻撃を終えた後のガルシアの拳からはあまりにも速かったせいか、白い煙が出ていた。

「嘘…!?あの人の技って…!?」

「まさか…正拳突き!?」

通常のパンチにしてはあまりにも高すぎる威力で、更にかなり素早い接近まで行っている。

威力だけを見たら、確かに正拳突きに近いかもしれないが、ガルシアのあの素早い動きはハッサンにはない。

「クロスボウだけじゃなくて、格闘術まで使いこなす…。さすがは世界一の軍事国家、アークボルトの兵士」

「ゴホ!!ゴホ!!」

咳をしながらアモスの体が壁から離れ、床に落ちる。

左腕と両足を使ってゆっくりと起き上がると、右手を腹部に当てる。

「これほどのダメージだ。たとえ、ホイミでも焼け石に水だろう?」

「うぐ…。確かに、あなたの言う通りです…ハアハア…」

僧侶ではないアモスにとって、ホイミは応急処置程度のものでしかない。

また、武闘家となったアモス自身の魔力もわずかしかないことから、少なくともこの戦闘中はもうホイミを発動できない。

「さぁ、どうする?続けるか?それともここで降参するか?降参するなら、これ以上ダメージを受けることはないが…」

「いいえ。生憎、私はあきらめが悪いので…まだ続けますよ…」

もうホイミは発動できないが、立って走る程度まで回復できたアモスがじっとガルシアを見る。

アモスエッジは遠くにあるため、このまま何も考えずに動けば、先ほどの攻撃を受けて敗北が決定する。

(まぁ、いいでしょう。今は腕に力があまり入りませんから…)

「武器は取りに行かないのか?」

「今、取りに行こうとしたらそちらの思うつぼでしょう」

アモスの答えを聞いたガルシアはフッと笑う。

そして、再び目を閉じる。

「あんたがホイミで回復をしている間にこちらも集中力が戻った。次の一発で終わりだ…」

再び目を開き、アモスをじっと見る。

そして、再びあの瞬間移動にも似た動きでアモスに肉薄する。

が、しかし…。

「ガホォ…!?!?」

拳を叩き込もうとする直前に変な声を上げたガルシア。

「あ…あちゃー…」

「アモスさん、さすがにそれはいけませんよ…」

「な、なんかすっきりしねー…」

男性陣3人はあきれたような表情を見せている。

そして、ミレーユは両手で口を隠しており、バーバラに至ってはレックの後ろに隠れている。

「…」

黙っているアモスの右足は上がっていて、それがガルシアの股間に当たっている。

ゆっくりと足を戻すと、ガルシアはその場で倒れ、そのまま失神してしまった。

「い、一応…正拳突きっぽい動きを見せていましたので、カウンターできるかもと思って…アハハハ…。ええっと、死んでません…よね??」

睾丸を犬にかまれて死にそうになった人物の話は聞いたことがある。

念のため、アモスはガルシアの右腕を取り、脈を測る。

「あ…脈はありますね。ミレーユさん、バーバラさん、回復を…」

「な、なぁ…レック、これ…合格でいいんだよな?」

「たぶん…」

どう反応していいのかわからないレックはこういうあいまいな答えしか返すことができなかった。


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