「来るか…」
玉座に座ったままのムドーはグラスではなく、ボトルを手に取ってワインを飲み干す。
飲み終えた彼の唇はワインでぬれており、若干笑みを浮かべているようだった。
「ふふふ、今日のワインはいつもよりも旨く感じる」
空になったボトルを離す。
ボトルがじゅうたんに垂直で落ち、粉々に砕けると同時に目の前の扉が開く。
そこにはレック達がいた。
「もう1度、挑みに来た。ムドー!」
「よくも俺を石にしてくれたな!その落とし前はつけてもらうぜ!」
「世界のためにも…ムドー、あなたを生かしてはおけないわ」
「ゲントの人々のために…ムドー、お前を討ちます!」
4人の宣戦布告を見ても、ムドーの表情は変わらない。
ゆっくりと立ち上がり、両手を広げる。
「ふん、いくら来ても同じこと…と、言いたいところだが、ラーの鏡を手に入れたようだな」
広げた手を戻し、じっとレックを見る。
レックは何も言わずに、ラーの鏡を見せる。
「そうだ…精霊の加護を受けたラーの鏡なら、お前の幻術を無効にできる」
「ふん、そうだろうな。ところで、どうだったかな?夢の世界の私の部屋は?」
「え…?」
部屋という言葉を聞き、最初に思い出したのはミレーユだった。
彼女は部屋の中を見る。
大量の本棚とそれにぎっしりつまった数多くの書物。
「夢の世界にある私のコレクションはほんのわずか。ここにあるコレクションは…」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!くらえぇぇ!!」
炎の爪を装備したハッサンがムドーを爪で切り裂こうとする。
「炎の爪…メラミと同等の炎を放つことができるものか。ならば、これはどうかな?」
そういうと、ムドーは口から吹雪を吐く。
「な…!?」
吹雪によって、炎の爪の宿る炎が小さくなってしまう。
更にハッサンの体を吹雪が包み、体温を下げていく。
「うわおおお!ちくしょぉ!!」
床に落ちたハッサンは冷たくなった体を炎の爪の炎で温める。
「やれやれ、人の話を聞かぬ者というのは無礼なことこの上ない。夢の世界の私とこの場にいる私を一緒にしてほしくないものだな」
動けないハッサンに右手をかざす。
すると、その手から稲妻が生まれ、ハッサンを襲う。
「ハッサン!!」
間一髪でレックがハッサンを伏せさせたことで、稲妻はハッサンに当たらず、壁に当たる。
「ふうむ…まだまだライデインを再現することができぬか。『雷は勇者のためのものか?』をもっと読み込まなければな」
「バ…!?」
「静かにせぬか、初対面の虫けらよ」
ムドーの瞳が紫色の怪しく光ると、チャモロは身動きをとれなくなる。
確かに口を動かそうとしているし、印を切ろうともしている。
しかし、その動きを最後までやり遂げることができない。
「ムドー…何を!?」
「何、ちょっとした古代呪文を唱えただけだ。少し経てば治るだろう」
「古代呪文…ムブトーン…」
ミレーユの言葉が耳に入ったムドーはじっと彼女を見る。
「虫けら…どこでその名前を聞いた?」
「おばあさまから聞いたことがある…。ダーマ神殿には世界のあらゆる知識がつまっていて、古代呪文についての研究もおこなわれている…まさか!!」
ハッとしたミレーユを見て、ムドーが笑みを浮かべる。
「そうだ、ここにある書物はダーマ神殿から手に入れたもの。二百年前、私が滅ぼしたダーマ神殿でなぁ!それゆえ、お前たちの持つ力の対処法はすべて頭に入っている」
「すべて…だと!?」
「そうだ。世界に散らばる武器や防具、そして呪文や特技などすべての知識を持っている。故に、それに対する対処法はすでに分かっている」
「わかってるだと…!?じゃあ、こいつを受けてみろよーー!!」
傷のいえたハッサンが右拳を固め、精神を集中させる。
すると、ムドーの左胸部分に光が見えた。
「(見えたぜ…)いくぜ、正拳突きぃ!!」
猛スピードで接近し、拳を叩き込もうとする。
しかし、ムドーがわずかに身をそらしてから拳を受ける。
(な…!?)
そのわずかな時間の間に光が見えなくなり、拳は確かにムドーの左胸に命中はしたが、ほとんど効果がなかった。
「熟練の武闘家でもその精神状態を維持できるのは4秒から5秒。2秒しかできぬ貴様は話にならんな」
一瞬でも動揺してしまったハッサンを右手でつかむ。
すると、彼の全身を稲妻が駆け巡る。
「グゥ…ガガガ…うわあああ!!」
「ハッサン!!」
ムドーの腕にむけてイオを放つが、ムドーの吹雪が爆発に必要な炎の魔力を無力化する。
そして、ムブトーンが解けて再び発動したバギについてはハッサンを投げつけることで彼を盾にした。
「う…カハァ!!」
バギと稲妻を受けたハッサンの全身がボロボロになる。
「ムドォーーーー!!」
激昂したレックは剣を抜き、ムドーの足にある鱗の隙間にそれを突き刺す。
「バカめ、夢の世界の私の戦いから何も学習していないとはな…」
「ああ…!!」
ムドーの血について思い出したレックは急いで剣を抜くが、時すでに遅し。
刀身は既に血の熱で溶けていて、もはや剣として機能しない状態となってしまった。
(イリアさんの剣が…!!)
「さあ、どうした?虫けら!!」
レックにムドーの吹雪が襲い掛かる。
吹雪を受け、レックの体が冷たくなっていく。
(マグマの血に…吹雪…??)
吹雪を受ける中、なぜか頭の中がスーッとしたレックは先ほどまでのムドーの動きを思い出す。
吹雪に雷、ムブトーン、マグマの血。
「(もしかしたら…!!)うわああああ!!」
吹雪の風圧で吹き飛ばされ、壁にめり込むレック。
その衝撃で吐血しながらも、じっとムドーに目を向けていた。
「ほお…今度は臆せず私を見ることができたか。ふん…ほんの少しだけ誉めてやろう」
「怖がっている場合じゃないだけだ…。俺は、ターニアや…みんなのためにも、ムドー!!お前を倒すんだ!!」
「だから何だというのだ?蟻が獅子に勝てるはずがないであろう?私にとっての貴様はただの蟻だ」
しっかりレックの心に恐怖心を植え付けたいためか、ゆっくりと前進する。
そんなムドーに目もくれず、レックの心は背中の剣に向けられていた。
(イリアさんの剣を失った以上、今の思い付きを成功させるにはこれを使うしか…!)
小さいころから目にしているにもかかわらず、一度も抜くことができなかった剣。
だが、今抜かなければやられるだけだ。
レックが剣の柄を握ったのを見たミレーユは察する。
「(レックは何かをしようとしてる…)チャモロ、ハッサン!!レックのために時間を稼ぐわよ!」
「ああ…やってやろうぜ!」
「何をするのかはわかりませんが、信じます」
ミレーユとチャモロ、そしてゲントの杖の力の実質三人がかりの賢明な治療で回復したハッサンがムドーを襲う。
「無駄だ、貴様らなど…」
そういってムドーは床に拳をたたきつける。
すると床が砕けて、その破片が3人を襲う。
大きな破片を受けたハッサンは軽い脳震盪を起こし、ミレーユは吹き飛ばされた影響で気を失い。チャモロは額に切り傷ができ、メガネも割れてしまう。
「ふん…他愛もない」
少し力を入れただけでこれだと若干消化不良に思いつつあるムドーに対し、レックの心はなぜか落ち着いている。
(頼む…抜けてくれ。命と…夢を守るために。みんなのために…)
静かに願うレックの心が届いたのか、ゆっくりと鞘から抜けていく。
鮮やかな銀色の輝きを放つ両刃の先端部分に刻まれた十字架の紋章と柄の手前部分に刻まれているレイドックの紋章。
そして、赤い滑り止め用の布にがまかれた金色の柄。
「ほぉ…」
剣を見たムドーは少し興味深そうにそれを見る。
「…破邪の剣」
ミレーユは静かにレックが抜いた剣の名前を言った。
「ムドー、この剣で…お前を倒す!」
「できるものなら、やってみるがいい。たかが剣の1本を増やしたところで無駄なことだ」
「はあああ!!」
力を込めて剣を横に振る。
すると、刃からギラのような熱の閃光が放たれ、ムドーの頬に命中する。
「ふん…破邪の剣は使い手の腕次第でギラのような閃光をより強く放つことができる。だが、今の貴様ではその程度の力しかないようだな…死ね!!」
ムドーが深呼吸を始める。
次の吹雪は先ほど以上の威力で放つつもりのようだ。
「ミレーユ!!俺に向けてイオを!!」
「え…ええ!?」
「いいから早く!チャモロはバギの準備を!!」
「わ…わかりました!!」
ミレーユが困惑する間に、ムドーはレックに向けて吹雪を放つ。
更に冷たくなっているためか、霜が付くだけだった絨毯が凍っていく。
「レック、あなたを信じるわ!!」
ミレーユはレックに向けてイオを放つ。
そして、レックは爆発する前に跳躍する。
爆発の勢いで、レックがさらに高度を上げる。
その1秒後に、レックがいた場所を吹雪が通過していく。
だが、さすがは魔王で、ただの魔物ではない。
吹雪を吐きながらも、直感でレックの居場所に向けて右手を向け、あの雷を放とうとする。
「いまだ…チャモロ!!」
「わかりました!!バギ!!」
力を込めてバギを放つ。
その鎌鼬がムドーの右手に当たる。
当然、バギ程度ではムドーに傷を与えることはできない。
だが、わずかに腕を動かすことはできる。
そのため、雷の放つ角度にずれが生まれ、レックに当たることはなかった。
そして、吹雪を放ったままのムドーの頭部にとりついたレックはそのまま破邪の剣を真下に突き刺す。
(な…何!?)
突き刺さったことで、ムドーの口が閉じた状態で固定化する。
そして、口から放出するために残っていた吹雪が体内で逆流をはじめ、ムドーの体の温度を奪っていく。
また、いつも以上の低温であったことからその血の温度が人間と同じ程度にまで落ちてしまった。
(この虫ケラがぁぁ!!)
頭上にいるレックを落とそうとしたとき、腹部に大きな穴が開き、そこから血がポンプのように出ていく。
(し、しまった!!)
「へへ…ようやく、かましてやったぜ。俺の正拳突きをよ…!!」
右手が赤く濡れた状態のハッサンがムドーの正面に立っていた。
レックに気を取られている間に目を覚まし、正拳突きを決めていたのだ。
予想外の大きなダメージを受けて、よろめくムドーにとどめを刺すべく、レックはナイフを抜き、ムドーの脳に何度も突き刺す。
刺すたびに血が噴き出て、レックの体を汚していく。
(貴様ら…虫ケラなんぞにーーー!!)
もうしゃべることができないムドーは心の中で叫ぶ。
(離れて!レック!!)
「何!?」
再び聞き覚えのある声が頭の中で聞こえたレックは剣とナイフを持ってムドーから離れる。
(みんなを伏せさせて!!)
「みんな、伏せろぉ!!」
「ええ!?」
「いいから早く伏せるんだぁ!!」
鬼気迫った表情で叫ぶレックにおされる形で、ハッサン達は伏せる。
するとムドーは最期のあがきを見せるかの如く、大爆発を起こした。
爆風が壁や天井、書物などを吹き飛ばしていく。
「こ、これは…自分自身の生命力をオーバーロードさせて自爆する自爆呪文、メガンテ!!レックが伏せるように言わなかったら、全滅していたわ!!」
「あ、危ねえ…!」
爆風が収まり、全員が立ち上がる。
メガンテによって、ムドーの肉体は消滅し、図書館のようだった部屋はダーマ神殿のようながれきの山と化していた。
「や、やったぜ…ついに倒したぜ!!ムドーをーーー!!」
「やったわね…これでやっと世界は…」
「疲れ…ましたぁ…」
ハッサンは喜び、ミレーユはオカリナを抱きながらその喜びをかみしめ、チャモロは疲れたかのようにその場に座り込む。
だが、レックは喜ぶ前にあの声の正体を考えていた。
その声は今ではあまりにも身近であり、聞き覚えがありすぎる。
「あの口調…高い声…」
(もー、レックーー!早く起きろー!)
(それってもしかして呪文じゃないっということ?すごーい!)
「そうだ…あの声は…バーバラだ。でも、どうして…??」
なぜ彼女の声が聞こえたのかを考えていると、急にレック達の足元に巨大な魔法陣が現れる。
「この魔法陣は…!?」
「なんだよ?ムドーを倒したってのに、まだ何かあるのかよ!?」
「違うわ…この魔法陣は!!」
魔法陣の正体が分かったミレーユが答えを言う前に、それが発動し、レック達の姿が消えていった。
ようやく、ムドー撃破までいきました。
次はいよいよ皆さんお待ちかね(あれ?もしかしたら筆者だけかも…)のあの場面です。
ちなみに、職業アンケートはまだまだ受け付けていますが、お早めにメッセージで送ってくださいね。