「う、ううう…」
目を覚ましたハッサンを満天の星が輝く夜空が見守る。
左腕に感じる熱から、たき火があることを知る。
たき火をまたいで正面にはミレーユが眠っていて、その右隣にいるチャモロが火の番をしている。
「チャモロ…?」
「ハッサン、良かった…目を覚ましたんですね。あれから5時間眠っていたんです」
「ってことは…お前らが…」
「はい。内臓へのダメージが心配でしたが、なんとか回復することができてよかったです」
「ああ。だからミレーユは…」
魔力の使い過ぎによる疲労が原因だと知り、内心申し訳なく、そしてありがたく感じる。
起き上がり、チャモロが作った山菜スープを口にしながら周囲を見渡す。
「そういやぁ、レックはどこに行ったんだよ?」
「彼は偵察とムドーの城へ行ける道探しで離れています。この場所はレックとミレーユが見つけてくれたんです。魔物は近くにいませんし、休むにはうってつけです」
「そうか…にしても…」
空になった木の器を置き、もう1度見渡す。
満天の星空に焚火、自分たちを包み込むように生い茂る木々。
チャモロがいることを除くと、なぜかここに自分は1度来たことがあると感じてしまう。
そんな感覚を不思議に思っていると、レックが戻ってくる。
「ただいま。魔物はいなかったよ。それから…」
魔物について報告するも、その後のことについては口をつぐむ。
いい知らせと悪い知らせが両方ある場合、いい知らせから言うのがレックの癖。
彼が黙ったことから、ムドーの城へ行くための道がないということが分かった。
「どうやって行きゃあいいんだよ…」
「大丈夫…ムドーの城へ行けるわ…」
いつの間にか目を覚ましたミレーユが鞄からかつて手にしたオカリナを出す。
「こいつは…?」
「古くから伝わるオカリナで、これを吹くことで黄金のドラゴンを召喚できるわ。そして…そのドラゴンの背に乗ることでムドーの城へ行くことができる」
「ドラゴンに乗るだって!!?」
何を言っているんだと言いたげなハッサン。
ミレーユは出発のため、荷物をまとめ始める。
「ミレーユ、大丈夫なのか?」
「ええ…もう十分休んだわ。行きましょう…」
「分かりました。できれば、次の太陽を見る時までにはムドーを倒しておきたいですね」
チャモロがたき火の火をランタンに移す。
たき火を消すと、星と月、そしてランタンの火の光が4人を包む。
「…行こう。ミレーユ、お願い」
「ええ…」
目を閉じ、深呼吸をした後でミレーユはオカリナを吹き始めた。
「レック…ハッサン…ミレーユ…チャモロ…」
同時刻、船のデッキから島を見ているバーバラは帰ってこない4人を心配していた。
1人っきりでさびしい時間が過ぎていく。
そんな中、なぜかオカリナの音色が脳裏に響き始める。
「え…??」
脳裏に響くと同時にバーバラの体が金色の光に包まれていく。
そして、光が消えると同時にバーバラも消えてしまった。
ゴオオオ!!
「うわああ!!」
急に起こった強風によって、吹き飛ばされそうになったチャモロをハッサンがつかむ。
「この風は…!?」
両腕を盾にして強風を受けるレックがミレーユに質問する。
オカリナをしまったミレーユは表情1つ変えず、ただ前を見つめながら答える。
「…来るわ」
小さな子の声をかき消すかのように、翼を動かす大きな音が響く。
上を見ると、そこには金色の鱗のドラゴンがいて、ゆっくりと降りてきていた。
(レック…!!)
「え…??」
なぜか彼の脳裏にとても聞き覚えのある少女の声が聞こえた。
「さあ、乗るわよ。このドラゴンに乗って、ムドーの城へ行く!」
「ドラゴンに乗るのかよ…まぁ、クライマックスを前にするにはいいサプライズだ!」
ミレーユとハッサンが背に乗り、背の低いチャモロはハッサンの手を借りることで乗ることができた。
「おい、レック!!何やってんだよ!?早く乗れよ!!」
「…あ、うん!今行く!!」
なぜ少女の声が聞こえたのかと思ったレックだが、今やるべきことはムドーを倒すことであり、またあとで考えようと考え、一番後ろに乗る。
4人を乗せたドラゴンは星の光を頼りに飛び立ち、猛スピードで突き進んでいく。
(この感じは…)
ふと、レックの脳裏になぜか懐かしく感じる光景が浮かぶ。
ハッサンとミレーユとともに、このドラゴンに乗って、ムドーの城へ向かう光景だ。
そして、ミレーユは過去に自分たち3人はムドーと戦い、敗れていることを教えてくれた。
だが、幸運にも再び巡り合うことができ、こうして再びムドーにリベンジすることができる。
(きっと、それだけでも幸運なんだろうな…俺たちは)
本来であれば、あの場で殺されても不思議じゃない。
だが、なぜムドーはあえて自分たちを生かすような真似をしたのか?
こうしてリベンジを仕掛けてくる可能性がわずかにでもあるというのに。
「見えてきたわ…」
「あれが…ムドーの城…」
初めてムドーの城を目にするチャモロは肌に感じたプレッシャーに唾をのむ。
ほかの3人もプレッシャーを感じるものの、ただじっとその城を見つめる。
レックが夢の中で見たあのレンガ造りの城を…。
ドラゴンのブレスによって破壊された壁から侵入すると、ドラゴンは空へ飛んで行った。
そして、入れ替わるようにレックたちを魔物が襲い掛かる。
沈黙の羊の体内に魔力が宿り、バーバラが使用するラリホーよりも深い眠りを与える上級催眠呪文ラリホーマを操るようになり、それによって体毛が茶色と赤に変わったラリホーン。
青いピエロのような服を着て、釵(さい)という読者の世界でいうと現在の沖縄である琉球の古武術で扱う武器の2刀流を扱う一つ目の人型魔物であるカメレオンマン。
左半分が赤、右半分が黒で2本の金色の角がついた鎧であり、左手に鬼、右手に髑髏が刻まれた鋼の盾を持つデビルアーマー。
クラゲのような体格に変化し、それと同時に魔力が宿ってホイミを使えるようになったスライムであるホイミスライム。
カリウムが宿ったピンク色の高温の炎でできたフレイムマンと同じ体格の魔物であるバーニングブレス。
また、妖術師やストーンビースト、抜け殻兵、奴隷兵士などがいる。
「さっそく大軍かよ!?」
「気を付けて!」
少しでもダメージを軽減するため、ミレーユは全員にスカラをかける。
それに対抗するためか、妖術師たちがデビルアーマーやカメレオンマンにバイキルトを唱える。
肉体を一時的に強化する肉体強化呪文だ。
唱え終えると同時にメラミを唱え始める。
「メラミを唱えられる前にどうにかしないと!!」
「俺に任せろ!!レック!!」
「うん!」
剣でデビルアーマーの左手首を切り裂く。
(局所攻撃のやり方が…だんだんわかってきた気がする!)
手とともに落ちた斧を拾ったハッサンがメラミを放とうとする妖術師に向けて投擲する。
斧は妖術師の心臓を貫き、その背後にいるカメレオンマンの頭部に命中した。
「よっしゃあ!!」
「負けていられませんね…バギ!!」
真空の刃でバーニングブレスを切り裂く。
魔力で生み出したその刃は通常の刃とは違い、その魔物に致命的なダメージを与えていく。
「それにしても、先へ進む道は…!?」
レックは魔物と戦いながら、周囲を見渡す。
前と左と右に広い廊下が続いている。
夢で見たムドーの城の構造が正しいとしたら…。
「みんな、左へ行こう!」
「左ですか!?」
「わかったわ」
「おいおい、なんでわかるんだよ!?」
左にはラリホーンたちがいる。
下手に接近して、ラリホーマを受けるとリンチされるのは確実だ。
「大丈夫です!!マホトーン!!」
チャモロが前に掲げた両掌から透明な波紋が発生し、それがラリホーン達の魔力に干渉を与える。
20体いるラリホーンのうち、15体の魔力を封じ込めることができたものの、残り5体への干渉は失敗した。
「これでいい!!行くぞ!」
魔力を封じたラリホーン達のいる左の廊下に向けてレック達が突撃する。
ラリホーマは封じ込めたものの、沈黙の羊と同じタイプの魔物であるためか、かなりの怪力を持っている。
しかし、スカラによってあらかじめ守備力が上がっているレック達には傷1つ与えることができない。
「ハッサン、病み上がりなんだ。無理は…」
「問題ないぜレック!どりゃああ!!」
全快であることを証明するためか、ハッサンは両手でラリホーンをつかみあげる。
自分よりも倍近い大きさであるはずのラリホーンはなぜ持ち上げられたのか分からず、動揺する。
ハッサンはそのままラリホーンをほかの魔物に向けて投げつけた。
逃げ遅れた妖術師や奴隷兵士はそのまま下敷きとなり、絶命する。
「今のうちです!!」
ほかの魔物が動揺している間に、レック達は走り始めた。
迷宮のような空間であるにもかかわらず、迷うことなく行くべき道をチャモロを除く3人は理解している。
まるで、一度来たことがあるかのように…。
だが、一つだけ違うものがあった。
「あれは…??」
それはムドーのいる王の間へと続く階段の前だった。
そこには魔物がおらず、あるのは石像が1つだけだ。
「この石像…ハッサンそっくりだ…」
「けれども、何かにおびえている感じですね…」
歯並びや髪、目や肌のわずかな汚れまでも不気味なくらい忠実に再現された石像に意味の分からない嫌悪を抱く。
また、チャモロのいう通り石像のハッサンはおびえた表情を見せている。
「こんな…こんなビビった姿が俺なのかよ!?ふざけんなよ、ムドーーー!!」
「ハッサン!!」
石像を砕こうとするハッサンの右拳にミレーユの少し冷たい手が触れる。
「邪魔すんじゃねえよミレーユ!!こんな石像…!!」
「わかっているんでしょう、ハッサン。この石像の意味を…。なんで、そんなに動揺しているの?」
動揺という言葉を受け、ハッサンは自分の手を見る。
手は汗でびっしょりと濡れていて、さらに震えている。
「この石像はきっと…ムドーに敗れた時のあなた自身なのよ。あまりの恐怖がトラウマになって、ずっとそこで時間が止まっている…」
手の震えを必死になって抑えながら、ハッサンはミレーユの話を聞く。
「この石像は…ムドーに敗れた時にハッサンは待っているのよ。もう1度、強くなれる時を。自分の止まってしまった時計を動かす時を…ずっと…」
「…」
なぜそんなことが分かるのかと言おうかと一瞬だけ思ってしまったが、なぜか心はそのことが真実なのだとハッサン自身に教えている。
この動揺も、もしかしたら本能でそのことが分かってしまったからこそのものだろうか。
ハッサンは石像の前に立ち、その右肩に手を置く。
「…本当の俺、何があったのかを教えてくれ」
そう漏らしたのと同時に、石像が光り始めた。
「ここは…!?」
光に包まれたハッサンの目に飛び込んできたのはサンマリーノの街の北端に位置する小さなレンガ造りの家の中の光景。
そこには船に乗る前に出会った大工の夫婦がいる。
そして、黙々と大工仕事をする父親を興味津々に見つめる自分と同じ髪型で、6歳くらいの少年がいた。
見られたことに気付いたのか、男はカナヅチをおろし、ハッサンを見つめる。
「見るんだったら、そばに来て見ろ」
低い、少し威圧感がある声であったが、男の表情は優しげだった。
そんな彼のそばに言った少年はとてもうれしそうだった。
「いいか、ハッサン。カナヅチはこうやってまっすぐ打つんだ。少しでも横になったり斜めになったりしてもいけねえ。ただまっすぐだ。そのためには雑念を取り除かないといけねえ。それが手を鈍らせるからな」
「雑念…?」
「ああ…まだ今のお前には難しいか」
バツの悪そうな表情を見せ、どう教えればいいか男は悩み始めてしまった。
(そうだ…俺は、サンマリーノの大工、マーヴィンの息子…)
幼少のころの記憶がよみがえっていく。
ハッサンは幼少のころ、ずっとマーヴィンのことを尊敬し、あこがれていた。
そして、いつしか彼のような大工になりたいと思っていた。
そんな中、ハッサンにある転機が訪れる。
10歳のころに貴族からの仕事を終えたマーヴィンと一緒にサンマリーノへ戻るためにレイドック港へ行っていたときのことだ。
そのときのハッサンは少しでもマーヴィンに大工の仕事を教えてもらいたいと思い、駄々をこねて彼の仕事についてきていた。
そこで3頭の沈黙の羊に襲われた。
「ハッサン!!」
恐怖で足がすくみ、身動きが取れなかったハッサンをマーヴィンがかばった。
沈黙の羊の拳はマーヴィンを近くの岩まで吹き飛ばしていた。
自分の尊敬する父親が傷ついた光景は幼いハッサンに大きなショックを与えた。
気を失ったマーヴィンに興味をなくした沈黙の羊はハッサンに目を向ける。
(そうだ、この時に…)
沈黙の羊が自分を殺そうとしたとき、緑色の武闘着を着た、スキンヘッドの武闘家が自分とマーヴィンを助けてくれた。
3匹の沈黙の羊の剛腕をまるですでに予知していたかのように回避し、的確に弱点に向けて拳を叩き込んでいく。
気が付くと、3体とも多大なダメージによって倒れ、消滅してしまった。
そのあと、港にいる医師の元へマーヴィンを連れていった。
ハッサンはあの武闘家に一言お礼が言いたいと思ったものの、その頃にはもうすでにその武闘家の姿はどこにもなかった。
(ああ、そうだ…。あの時、俺は誓ったんだ。武闘家になりてえって…親父とおふくろを守れるくらい強くなりてえって…)
そして、医師による治療によってマーヴィンは一命をとりとめたものの、右足に若干の障害が残ってしまった。
それからのハッサンは仕事を見る傍ら、両親に隠れて武闘家としての修行を始めた。
もらった小遣いを使って武闘家の修行のやり方が書かれた本を買い、それを読みながら体を動かし続けた。
そして、17歳のころにまだまだ目標としている強さに達していないと悟ったハッサンは両親に武闘家になるための修行の旅に出たいと言った。
しかし、反対されてしまい、マーヴィンには殴られた。
当時はムドーのせいか魔物の凶暴化が激しくなっており、そのせいかレイドックからの仕事も減っていた。
こんな危険な情勢で、大事な息子を旅に出すわけにはいかないという思いがあったのだろう。
しかし、自分の夢が否定されたと感じたハッサンはその二日後、家出をした。
それから旅をしながら修行をし、20歳のころに何を考えたのか、あのレイドックに来ていた。
そのときはムドー討伐のための傭兵が募集されており、そこにはミレーユも参加していた。
試験に合格した後で修行をする中、レックとも出会った。
時勢について詳しくないハッサンはレックやミレーユの素性について知らなかったし、別に知ろうとも思わなかった。
だから何度も2人と模擬戦をし、飯を食べたりしていた。
そして、あることがきっかけで3人一緒に城を抜け出し、ムドーの城へ向かった。
「今のは…俺の記憶??」
光が消えると、ハッサンは先ほどまで見た光景に驚きを隠せずにいた。
石像はわずかに笑みを浮かべた後で、砂となって消滅した。
「ハッサン…今のが…」
「お、お前も見えたのかよ、レック!?」
「私も見えたわ、ハッサン」
「ぼ、僕もです!!」
あまりにも不思議な体験だったことで、レック達もかなり動揺している。
深呼吸して、心を落ち着かせたハッサンは口を開く。
「結局、俺は否定したかっただけかもしれねえな。強くなりてえっていうよりも弱い俺を否定したかったとかな…。ムドーに敗れて、精神だけ夢の世界へ飛ばされてからは旅の武闘家…ははっ、笑っちまう」
「けど、強くなりたいという思いも嘘じゃなかった…でしょう?」
「…ああ。ま、夢の世界でも修行はしたが、今も親父やあの武闘家、ムドーに届くかどうかはわからねえけどな」
もう1度深く深呼吸をしたハッサンはレック達を見る。
「なるほどな…レックは心臓部、ミレーユはこめかみ、チャモロは目と目の間…」
「ん?どうかしたのか、ハッサン??」
「ああ…。思い出したんだよ。地底魔城で見たあの技の使い方がな。精神が飛ばされたショックで忘れちまってた。でも、この光が何を意味するのかは分からねえけど」
2秒すると、ハッサンの目に見えていた光が消えた。
深呼吸し、集中力を高めることで見ることができるが、光が見えるまでの域に達するにはかなりの体力が必要のためか、今のハッサンでは2秒で途切れてしまうようだ。
「レック!世界のどこかに、今度は本当のお前がいるはずだ!ムドーを倒したら、一緒に探そうぜ」
石像があった砂の山の中に手を突っ込み、そこから3本の爪がついた2つの手甲を出す。
手甲の部分はオレンジ色の金属でできており、爪の部分は赤い金属で構成され、さらにその1本1本には細かく魔法陣が刻まれている。
「その爪は…?」
「炎の爪だ。家出するとき、なんでか知らねえが荷物の中に入っていた。もしかしたら、おやじとおふくろがくれたのかもしれねえな…」
アームガードをはずし、炎の爪を装備する。
少し筋肉がついて、腕回りが太くなったせいか少しだけきつく感じたが、今のハッサンにはなぜかそれがうれしく感じられた。
あけましておめでとうございます!
今回はゲームでなんでハッサンが武闘家になりたいと思っていたのかを勝手に解釈してみました。
賛否両論あるかもしれませんが…。
次回かその次の回にはムドーの島での戦いを終わらせたいです。