ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第21話 神の船

「…」

長老の間で背もたれの無い丸椅子に座るチャクラヴァが荒くれの左腕に触れて静かに瞑想を始める。

彼の左腕は昨日の深夜に鉱山での作業中の事故によって折れていた。

そのために動かすことができなかったが、十数秒の瞑想を受けただけですぐに動かせるようになっていた。

「す、すげえ!!治ってやがる!長老様、ありがてえ!!」

「気にするな、癒しの力は癒しの神ゲントより授かりしものじゃからな…」

嬉しそうに長老の間から出て行った荒くれをレック達は見ていた。

「すごい…」

「ベホマでないと、骨折のような重傷の治療が難しいわ。けど…あのおじい様が使った瞑想からは魔力を感じられないわ」

「それってもしかして呪文じゃないっということ?すごーい!」

「待たせてすまなかったのぉ。レイドック王からの手紙は読ませてもらった」

フゥと少し疲れた表情を見せたチャクラヴァだが、すぐにその表情を消してレック達が座っている長椅子の目の前にある椅子に移動する。

その中で先ほどから周囲をキョロキョロ見ていたハッサンが質問する。

「なあ、長老の爺さん。チャモロはどこにいんだ?」

「チャモロ…?」

「ああ。お前があの爺さんに眠らされたことを俺たちに知らせてくれたのさ。そして、俺が眠っているお前をこの家まで運んだってことだ。すげぇうなされていたが、大丈夫なのかよ?」

「大丈夫、もう大丈夫…」

「なら、いいけどよ…」

ハッサン達はレックが受けた修行の詳細について知らされていない。

もう少し聞きたいと思っていたが、レックのもう大丈夫だという言葉を信用し、これ以上聞くのをやめた。

そして、チャクラヴァが質問に答える。

「あ奴は少し用があるため席を外している。…どうやら、2年前からの約束を果たす時が来たようじゃな…」

「2年前の約束??もしかして、レイドック王との??」

レックの言葉にチャクラヴァがうなずく。

そして、その約束について語り始めた。

 

これは2年前、ちょうどレイドック王が眠りについてしまった時のことだ。

その日のチャクラヴァは真夜中に神殿の中で一夜の瞑想を行っていた。

この瞑想は年の一度、長老が自ら行う修行のひとつで、これによって村人の無病息災を癒しの神ゲントに願う。

その瞑想の中で急に彼の脳裏にレイドック王の声が聞こえた。

(わが友、チャクラヴァよ…。私は愚かだった。ホルストック、アークボルトからの支援を受けてムドーとの決戦に臨んだが、奴の罠にはまってしまった。今、私は深い眠りの中にいる。今の私達ではムドーに勝つことはできない。しかし…これから2年後の今日、もしかしたらムドーを倒すことができるかもしれない4人の旅人がゲントの村を訪れる。彼らに海を越えるための神の船を貸してやってほしい。なぜこうして私が眠りの中でお前にこのようなメッセージを伝えることができるのか、そしてなぜ私にこのような未来が見えたのかはわからない…。もしかしたら、精霊が私のムドーを倒したいという願いに答えてくれたのだろうか…)

声が消えると同時に彼の脳裏に浮かんだのはレック、ハッサン、ミレーユ、バーバラの姿だった。

当時の彼にはとても信じられなかった。

レイドック王が遠征に出たことは知っていたが、失敗して深い眠りについたという話を聞いたことがなかったためだ。

その話が現実のことだと知ったのは、瞑想の日から2日後にレイドックから来た行商から話を聞いた時だった。

 

「手紙に書いてあったのは2つ。2年前の約束を果たす時が来たこと。そして、お前自身についてじゃ」

手紙をしまうと、ゆっくりとレックに指を指す。

「俺の…?」

「ゲントの精神修行のために術を応用し、お前を眠らせてムドーへの恐怖と戦わせたのじゃ」

「そっか、だからあんなにうなされていたんだ…」

チャクラヴァの話を聞いて、バーバラが納得する。

チャモロの指示を受けて運んでいる間、そしてベッドに横にさせた時もずっとレックはうなされていた。

なお、チャクラヴァ曰く精神修行の術を解除するのは本人がそれをクリアするか、長老などの一部の僧侶に解いてもらうしかない。

「そして、見事自らの恐怖をコントロールした。さて…少し集中して儂らを見るといい」

「…」

「おいおい、見るって何を…??」

何が何だかわからないハッサンをよそに、レックが目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした後で心を落ち着かせる。

そして、大きく目を開く。

「…チャクラヴァさんの体からは青い魔力、ミレーユからは透明な、バーバラからオレンジ色の魔力の流れ…」

「な…!!?」

「うわぁーー、私たちの魔力の流れが見えるの?すごーい!!」

ミレーユがびっくりし、バーバラは純粋にレックをほめる。

しかし、魔力の流れが見えるのは長く見て1秒か2秒。

もう少し練習を繰り返すことができればもっと長く見ることができるかもしれない。

事実、初めてチャクラヴァの魔力の流れを見たときは瞬きするその時までしか、ほんの一瞬しか見えなかったのが2回目の今回は相対的に長く見ることができた。

もっとも、魔力の流れを見ることでそこから何をすることができるのかはいまだにわからないが…。

「さて、そろそろ参ろうか」

ゆっくりと立ち上がったチャクラヴァが杖を手に取る。

「長老様、どこへ行かれるのですか?」

「神の船のところじゃ。お前たちも来るといい…。操舵手もすでにそこで待っておる」

 

チャクラヴァについていく形で家を出たレック達が神殿の中に入る。

神殿といっても、そこには祭壇もなく、ゲントの神の偶像も供物もない。

あるのはただ1つ、船だけだ。

「これは…??」

「なんだよ、神殿というよりもこれじゃあ船のドックじゃねえか」

目の前にある船を見ながら、ハッサンがそう口にする。

「んーー?とってもきれいな船だけど、なんだかがっかりするなー。だって、神様の船なんだからもっと…今までの船とは違うよーなものがあると思ったんだけど…」

バーバラの率直な感想に対して、チャクラヴァは何も否定せずにじっと船を見ているだけだ。

最近の船では魔物による襲撃に備えて徐々に鋼鉄が用いられるようになっている中で、この船に関しては完全に木材のみで作られている。

黄色や白のペイントが施されており、上を見上げるとマストについているはずの布がない。

大きさはレック達がサンマリーノで乗った定期船と比較するとおよそ10分の7程度と小型で、小回りが利くようだ。

「まあ、そう言われても仕方あるまい。レック、練習がてら船を少し集中してみてくれるかの?」

「はい、じゃあ…」

再び目を閉じ、深呼吸して集中したレックが目を開く。

「これは…!?」

改めて船を見たレックは驚愕の表情を浮かべる。

「何が見えたんだよレック!?」

「青い魔力が…膨大な青い魔力が船を包んでる…!!」

「魔力!?なんでこの船に…」

「この船には鉱山で見つかったある鉱石をのせておる。それが生み出す膨大な魔力がこの船と乗組員を魔物や嵐による攻撃から守る盾となる。中に入って、確認しよう」

チャクラヴァに連れられ、船の両サイドにかけられている木製の桟橋から神の船に乗り、ちょうど中央部分にある扉から中に入る。

入ってすぐに下り階段があり、そこを進むと8人から10人程度ならば休めるくらいの設備がある。

キッチンや大きなテーブルはもちろんのこと、2人部屋が5つあり、中にはタンスやベッドもある。

更に下へ降りると、そこには黒い大きな魔法陣が描かれていて、その中央には銀色の輝きを放つ2メートルくらいの大きさの鉱石が安置されている。

「こいつが例の鉱石か?」

「そうじゃ。15年前に鉱山で偶然見つかった物。今まで見つけた鉱石と異なり、魔力が宿っておる。そのため我々はこれを魔石と呼んでおる。先代の長老がそれに触れた時、神から言葉を受け、それを元に僧侶たちの手でこの船が作り出された。だから、この船は神の船と呼ばれておる」

「おじいさま。参られたのですね」

階段から降りてきたチャモロがチャクラヴァ達を見る。

そして、彼は魔法陣の中に入って懐から短剣を取り出す。

「長老様、彼は何をしようとしているのです?」

なぜ短剣を出す理由があるのかわからずにいるミレーユが質問する。

「この船はゲントの民でなければ動かすことができん。そして、自らがゲントの民であることを証明するためには魔法陣に自らの血の情報を与える必要がある」

チャクラヴァが言い終わらぬうちに、チャモロが手首を斬る。

そこから流れる血が魔法陣に数滴落ちたのを確認するとホイミで傷を癒す。

血は魔法陣に触れると一瞬で消え、それと同時に魔法陣の色が黒から銀へと変わっていく。

「神の船はチャモロをゲントの民と認めた。そして、彼以外にこの船をかじを取ることはできん。チャモロよ…生まれながらの宿命を果たす時が来たようじゃ…」

「…はい」

傷が言えた手首をじっと見つめるチャモロがうなずく。

「生まれながらの宿命…??」

「そうじゃ。この魔石が見つかった同じ時間、ゲントの村でチャモロは生まれた。そして、魔石から伝えられた神からの言葉は船の作り方だけでない。チャモロが将来、世界を覆う闇を貫く矢の1本となるということじゃ。これは儂と先代の秘密じゃった。じゃが、魔石が見つかって7年後にチャモロが長老となったばかりの儂の下を訪ね、自分を鍛えてほしい、これから自分に襲い掛かるであろう宿命に立ち向かえるだけの力を得たいと言ったんじゃ」

チャクラヴァはその時のチャモロの必死になっている姿を思い出す。

幼いものの、その時に見せた目はとても7歳のものとは思えなかった。

なぜ、ずっと秘密にしていて先代と2人きりの時以外は決して口外することのなかったことをチャモロが知っているのかと疑問を抱いたが、それはすぐに解決した。

チャモロもまた生まれた時に魔石にある言葉を聞いていて、生まれたばかりで言葉がわからなかったにもかかわらず、こうして覚えていたという。

しかし、長老の下で修業をするには次期長老でなければならない。

そのため、チャクラヴァはチャモロを次期長老としてずっと彼を鍛え続けてきた。

「なぜ、僕にこのような宿命が存在するのかはわかりません。しかし、その答えはきっと皆さんと一緒に戦うことで見出すことができると思います」

「ってことは、こいつも一緒に行くってのか!?今の話が正しいなら、齢はたったの15だろ!?」

びっくりしながらハッサンがチャモロを見る。

確かにこの村に来る前にチャモロの実力は見ている。

しかし、17歳であるレックとバーバラ(バーバラに関してはいつ生まれたのかと言う記憶もないため、あくまでも予想だが)よりも年下の子供を同行させることに不安を感じている。

しかもその旅がムドーを倒すためのものであるため、危険性はいつもとは段違いだ。

「ハッサン、おそらく私達だけではムドーを倒すことはできないわ。戦力は少しでも多い方が勝つ確率も増えるわ」

ハッサンの不安は無論ミレーユにも分っている。

しかし、ムドーはおそらく地底魔城で戦った時よりも強い可能性がある。

そしてあの時はレックが正体不明の呪文を放つことで何とかなったが、このような幸運とも言える出来事が再び起こるとは限らない。

更にいうと、これからの戦いが激しくなるとミレーユとレックだけでは回復行動が追い付かない。

僧侶としての修業を受けていて、回復呪文に長けているゲントの村人であるチャモロを迎え入れるのが賢明だ。

といっても、今の神の船はチャモロにしか操舵できないため、連れて行かざるを得ないが。

「チャモロ」

レックがチャモロの前へ行き、そっと右手を差し出す。

手を差し出しはしたものの、どのような言葉をかけるといいのか分からない。

だから、この一言だけ。

「…これから、よろしく」

「はい」

そう言うと、チャモロがレックと握手をする。

「これからよろしくね、チャモロ!」

「頼りにしているわ」

「こちらこそ、それでは一緒にデッキまで上がりましょう。船を動かします」

ペコリとバーバラとミレーユにお辞儀をしたチャモロは先に階段を上がる。

その姿を見たチャクラヴァの心にはある種の誇らしさと寂しさが存在する。

8年もの間を共に過ごしたチャモロを彼はいつの間にか孫のように見ていた。

(チャモロ…儂にできることはお前に課せられた宿命と比べるとほんの些細なことじゃ。どうか…無事に帰ってくるんじゃぞ)

レック達の後に続くように、チャクラヴァも階段を上がる。

彼の懐にはチャモロから昨晩預かった手紙がある。

これはチャモロが両親のために書いたものだ。

(手紙くらい、自分で渡しに行け…まったく)

 

チャクラヴァが船を降り、レック達はデッキの上につく。

そして、チャモロは舵を手に取った。

「それにしても、どうやって船を海へ?」

通常、船のドックは海岸沿いに作られるはずだ。

しかし、ゲントの村は山奥にあり、近くに船を浮かべることができるくらいの大きさの河川は当然ない。

南にあるゲルム湖であれば浮かべることができ、そこから南にあるチャダール川を下ることで一気に東レイドック海に出ることができる。

出た後はそのまま東へ1日移動することでムドーの島につく。

「御安心ください。船は封印を解くと同時に一気にゲルム湖まで行くことができます。我、ゲントの民にして古より神に仕える者なり」

チャモロは両手を天に掲げ、天井にいると思われるゲントの神に告げる。

「神よ、偉大なる神よ、今ここに授かりし神の封印を解き放ち、我に力を…。アーレサンドウ マーキャ。  ネーハイ キサント ベシテ。パラキレ ベニベニ パラキレ……」

言葉を終え、舵を手に取ると同時に船が青い光に包まれていく。

「船が…光る!?」

「おいおいおいおい、どうなってんだよこれ!!?」

光が徐々に消えていき、それと同時に揺れが発生し、船がゆっくりと下へ降りていく。

「船が下へ…!?」

「ゲントの村の地下にある地下水路があります。そこを通ることでゲルム湖に出ることができるのです」

「そっかー。でもでも、どーしてわざわざ山の中に船を隠してたの?」

「湖や海へは漁へ行く以外に基本的に村人は行くことがありません。村は山奥にあり、往復が大変ですからね。また、水中にも魔物が住んでいまして、その魔物が魔王の命令で船を破壊することもあり得るから出す。特に激しい嵐の中でも進むことができるこの神の船のような船は一番に狙われます」

「ということは、山の中で作って隠すことで一種のカモフラージュになる、というわけね?」

「そういうことですね」

チャモロが解説している間でも船は下へ降りていく。

下を見ると、このような場合に船を運ぶためにあるであろう台も背後に当然あると思われる鎖を用いた絡繰もない。

つまり、この船は浮遊している。

そのことにレック達が驚くよりも先に、地下水路が見えてくる。

「さあ…神の船の処女航海の始まりです」

チャモロの血と呪文により封印を解かれ、着水するまでの10分。

この時間は神の船にとってはドックという蛹を破り、夢見た海へと進むための、そしてレック達にとっては静寂の終わりを告げるものだった。




突っ込みどころ満載の内容で失礼しました。
それにしてもチャモロって度に同行する理由が不透明ですよね?
ですのでどのように明確な理由付けをしようかと悩みました。
神の船についてもある程度オーパーツのような感じにして、他の船との差別化を図りたいと思っています。

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