ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

24 / 69
第18話 地底魔城その3

「あなた…」

ゆっくりとシェーラがレイドック王のそばへ歩いていく。

彼はすぐそばまで来た自らの妻の髪でねぎらうように撫でると、表情を曇らせる。

「シェーラ…長い間苦労を掛けてしまったな、済まない…そして私は取り返しのつかないことを…」

言い終わらぬうちに、シェーラは目を閉じて静かに首を横に振る。

もういいのよ、と子供を許す母親の慈悲に満ちた表情をその後で王に見せる。

そんな彼女を見て、これ以上ムドーであった時の自分の行いについて考えるのを止めた王。

その眼は今度はレックに向けられる。

「そ、そなたは…まさか…」

「え??」

「あなた…」

レックに何かを言おうとした王だが、シェーラに停められる。

そして、彼女に耳元で何かを言われるともう1度彼をじっと見る。

「いや、済まぬ。私の思い違いのようだ…」

「はあ…」

急に態度を変えた彼に疑問を感じるものの、今はそのことを考える場合ではない。

そのことが次のミレーユの言葉が教える。

「レイドック王…あなたがムドーの姿でここにいるということは…本物のムドーは現実の世界にいるということですね?」

その質問に王は肯定するかのように首を縦に振る。

「ちょっと待ってくれよ??なんで現実世界にいるはずの王様がこの世界ではムドーに…!?」

「…。そうだな、私が思い出せる限りのことを。いや、その前に…」

ハッサンの質問に答えようとした王だが、急に周囲に散らばる例の水晶のかけらを集め始める。

「ねーねー王様ー、なんでかけらを集めてるのー?それ、もう何も役に立たないんじゃないのー?」

「質問に答える前に、場所を変えたい。現実のレイドックへ向かう」

かけらを自分たちの周囲に置く王にレック達は驚きを隠せない。

ムドー(といっても、レイドック王だが)を倒したとはいえここは敵の本拠地。

しかもここには現実世界との接点が存在しない。

それでは現実世界のレイドックどころか現実世界自体に行けるはずがない。

「ムドーというのは貪欲に知識を求めていたようだ。私がムドーになっている間に読んだ書物は頭に入っている」

かけらを円の形に置いた後で、今度は剣で絨毯に切り込みを入れていく。

「『異世界と空間に関する論争と研究』を読んだことがある。ルーラという呪文を知っているか?」

「ルーラ?ルーラって何??」

首をかしげながらバーバラはミレーユを見つめる。

「ルーラは一度行ったことのある場所を想像して、そこまで物理的に飛行する古代呪文よ。今では相手だけを遠くへ飛ばす亜種の呪文であるバシルーラがあるだけよ」

「そう、古代呪文は今では使う人物もおらず、契約する術さえ失われた存在。その中でもルーラは物理的に飛行する特殊な呪文。だが、ある賢者はルーラで別世界への移動と帰還に成功したという」

切り込みをつけ終えた王は剣を置く。

その切り込みはグランマーズから教わったミレーユですら首をかしげてしまうほど難解な古代文字の集まりだった。

剣を置いたことに反応したのか、水晶のかけらが青く光り始める。

「良かった…魔力は残っているようだ」

「別世界への移動って…まさかここから…!?」

「そう、この呪文ならば移動できる。魔力はこの水晶のかけらが代わりになる。まあ…残っている魔力を考えると片道となるが十分だ」

水晶の光に反応するように、古代文字にも同じ色の光が宿っていく。

「その呪文は…!?」

「オメガルーラだ。契約については問題ない。ムドーは自らを実験台としていろいろな古代呪文を契約しているようだ」

「ねえ、あれ…!!」

バーバラが天井に指を指し、レック達がそれを見る。

天井にも青い光が宿り、その光は次第に上空から見た現実のレイドック城の姿になっていく。

「オメガルーラ…これが…世界を越えるルーラ…」

「ゆくぞ…究極移動呪文、オメガルーラ!!」

水晶のかけらが砕けると同時にレック達の姿が消える。

あとに残されたのは砂となった水晶のかけらと切り込みが消えて元の形状に戻った絨毯だった。

 

「ん、んん…!!」

青い光に包まれていたレック達が目を開く。

「んー?ここってどこー?」

「ここは…確か…」

何とか記憶を探り、場所の特定を行う。

誰もいない2つのベッドと膨大な資料が置かれた政務用の机、壁に貼りつけられた世界地図。

地図に描かれているのは夢の世界のものではなく、現実世界の物。

そして、その右隣にあるレイドックの国旗。

「間違いない、ここは…」

「そう、現実世界のレイドックだ。正確には、私とシェーラの個室というべきだが」

部屋に入ってきた王がレックの代わりにここの場所を言う。

オメガルーラしてそれほど時間がたっていないにもかかわらず、もうすでに王の服に着替え終えていた。

「さあ、王座の間へ行こう。詳しいことはここで話す」

「おい、ちょっと待ってくれよ!!今、ここの世界のレックは…」

「心配いらぬ、その点は私に任せておけ」

 

王座の間につき、レック達は王座の前に座り、王は王座に座る。

王と同じく、いつの間に着替え終えていたシェーラは既に彼の隣の椅子に座っていた。

話し始めようとしたとき、見回りに来ていた兵士が彼らを目撃する。

「へ、陛下!!良かった!!お目覚めになられ…ああ!!?」

目を覚ました2人を見て、泣いて喜びそうになった兵士だが、レックの姿を見てその表情は憤怒へと変わっていく。

「き、貴様!いつの間に城の中へ!?貴様が偽者の王子を騙ったせいで…トム兵士長は追放されたのだぞ!!?」

「トム兵士長が!?」

「レック、トム兵士長って誰??」

「…この世界のレイドックの…兵士長だよ…」

バーバラの質問に答えつつ、レックは改めて事の重大さを認識する。

前にこの世界のレイドック城に入った時、王族不在の状況下でゲバンが圧政を行い、トムがブレーキをかけていたことを知っていた。

そんなトムがゲバンにとって目の上のたんこぶであることは少し考えればわかること。

そして例の騒動をゲバンがトムをたたく格好のネタにしないはずがない。

そのことは冷静に考えればすぐにわかることだったが、思考をラーの鏡の捜索とムドー討伐に重点的に向けられていた当時はそれに気づくことができなかったのだ。

「陛下が目覚められたことで、ゲバンは逃亡して現在捜索中だが…トム兵士長が追放された原因は貴様だ!!貴様のせいで…」

「静かに…」

王はフウとため息をついてから諭すように言うが、兵士の怒りは止まらない。

「陛下のことだ。必ず貴様らに…」

「静かに!!」

心臓をナイフで直接突き刺すようなプレッシャーのこもった目線が兵士に向けられる。

その余波を感じたバーバラとハッサンは震え、レックとミレーユは冷や汗を頬に流す。

「今の彼らは私の客。そして彼らの活躍によってシェーラと共に目を覚ますことができた。トムの件についての裁きは当然下す。故に…今は静かに事の経過を見守ってもらおう」

「…御意」

不満があるものの、王の鬨の声にはさからうことができず、渋々と持ち場へと戻って行った。

「ふーむ、だが本当に彼は私たちの息子に似ている…」

「あなた。彼は私たちの息子ではありませんよ…今のところはですが」

(今のところは…?)

わずかに耳が拾ったシェーラの声にレックは違和感を感じる。

地底魔城でも彼女は王に何かを言っていた。

更にムドーの分離という言葉も引っかかる。

そして、自分とうり二つの容姿を持つとされる、いまだ行方不明のレイドック王子。

(彼と俺が…何の関係が…?)

「では…そろそろ本題に入ろう。なぜ私が夢の世界でムドーとなり、現実世界でシェーラが王となっていたのかを…」

 

2年前、王は自国の兵に加え、アークボルト、ホルストックから前もって結んでいた協定によって派遣された兵士と船と共に大規模な水軍を組織し、ムドーの島への遠征を行った。

ムドーの島はレイドックとサンマリーノの中央に位置する孤島にあり、海岸ギリギリまで山があることから城までたどり着くのが難しい自然の要塞になっている。

また、山の頂上に位置するムドーの城には数多くの魔物が待機していて、彼らに守られ、最奥部の玉座にいる。

協定については当初はガンディーノとフォーンも参加する予定であったものの、ガンディーノは革命からの混乱からの治安回復が終わっておらず、フォーンは人口が少ないことから派遣できるほどの兵力がなかったために協定を結ぶことができなかった。

他の2か国は余裕があったこと、そしてムドーが脅威であるという共通認識があり、一国の努力だけではできないと判断したことで今回の協定を結ぶことができた。

そして、王が自ら出た理由は他の王と比べてはるかに多くの経験をつみ、魔法戦士としての素養のある歴戦の勇者であったからだ。

作戦としては嵐の中での奇襲であり、天候に詳しい魔法使いたちによって風の動きや強さを計算された上ですべての船がムドーの島へ突入できるようにおぜん立ても整えた。

その結果、4日かかるはずの航海が1日半に短縮させることに成功した。

しかし、その奇襲作戦は既にムドーによって見破られていた。

水軍が上陸すると思われる西の海岸に魔物たちを一点集中で待機させていたのだ。

また、波に魂を宿したモンスターであるキラーウェーブをあらかじめ大量に生み出し、彼らに一斉に発動させた巨大な波によって水軍の大部分が海中に消えて行った。

退くにも風向きのせいでそれができず、やむなく上陸するものの、待機していた魔物たちの攻撃によって多くの兵士が倒れて行った。

王も熟練の剣と魔法によって必死に交戦したものの、重傷を負い、生き残った兵士と共に捕虜にされた。

そして魔物たちの手でムドーの前まで連行された後、ムドーによってその兵士たちすべてが死の奴隷やボーンプリズナーに改造されていくのを見せられたことに王は絶望し、最後に思ったのはシェーラと息子、そして幼くして死んだ娘のことだった。

自分も魔物に改造されるのかと思った王だが、ムドーから送られたのは予想外の言葉だった。

「お前だけは生かしてやろう。そのかわり、魂はもらう」

その言葉を聞くとともに、王の意識は闇の中へ消えて行った。

そして、意識を取り戻したときがあの地底魔城でラーの鏡を見せられた時だった。

 

「…。ムドーは自らの分身に夢の世界を支配させるため、憑代を求めていた。そして、私が選ばれた…。それからこれは聞いた話であるが、私の肉体はレイドック東の海岸に打ち上げられていたところを漁師に見つけられ、城で眠りについていたようだ」

長く話をしたためか、フウと息をしてから背もたれに身を任せる。

そして、入れ替わるようにシェーラが話を始める。

「私は王がそのような形で戻ってきてから、政務をこなしつつ必死に起こす方法を探りました。そして、その中でラーの鏡と夢の世界についての文献を見つけたのです」

一度立ち上がり、レックの前まで歩くと、彼に緑色の表紙で古い羊皮の本を渡す。

タイトルには『精霊ルビスに関する論述―第1章 人々の夢が生み出すエネルギーの行先』とあった。

「これは300年前に存在したとされる賢者ターナーが海底でルビス様と出会い、百日にわたって世界のすべてに関して問答を繰り返した記録です。夢の世界に関する記述はその中の一部」

ページをめくると、ルビスと賢者ターナーが一坪の白い空間の中で問答する姿が絵となっていて、その次のページから夢の世界に関する話が始まっていた。

夢の世界とは現実世界に存在する人々が描く夢や願い、想い、希望が集まることで構築された世界であり、生物の心の象徴。

そして、それは本来ならば不可視であり、実体のない世界であるものの、仮に悪しき存在が人々の心を支配しようと企めば、おそらくは夢の世界に実体を与えるかもしれない。

序論として著されたこの文章を読み続けるレック達を前にシェーラは話を続ける。

「そして、その本を読んだ日の夜…王の元へ戻っていた時に…出会ったのです。懐かしい…少女と」

「懐かしい…?」

懐かしい少女と言う言葉に何かを感じたレックはミレーユに本を渡すと、シェーラを見る。

「青いポニーテールで白い肌、そして息子と同じ色の瞳で絹でできたドレス姿で…」

「シェーラ様!!彼女は自分をあなたの記憶にの中に眠る存在を借りたとおっしゃっていませんでしたか!?」

「…!!もしかして、あなたも…」

シェーラの言いたいことを理解したレックが静かにうなずく。

2人の話を聞いていた王は静かに顔を上へ向ける。

そして、静かにある名前を口にする。

「セーラ…」

「…彼女は私に伝えたのです。王が深い絶望の中で心を切り離され、夢の世界でムドーの肉体を押し付けられて傀儡となっていることを。そして私は王を救うため、彼女の力を借りて、私の心を夢の世界のレイドックへ送ったのです。国のために眠らずに働く若き王、そう…愛する夫の若いころの姿を借りて…」

「そっか…だからシェーラ様も眠っちゃって…」

夢の世界のレイドック王を思い出しながら、バーバラは複雑な心境となる。

少しでも一目ぼれしそうになったその若者の正体を知ってしまったためだ。

とはいうものの、その彼女の思いは立派だと言わざるを得ないが。

「彼女の姿は…幼くして私たちの手から零れ落ちてしまった大切な存在…セーラ。私達の娘…」

「セーラ…」

ゲバンの言っていた王子の妹の名前を聞き、2人の反応を間近で見たことで、彼女がどれだけ彼らにとって大切な存在なのかを知る。

無論、王子もまた同じ思いだったのかもしれないし、死んでしまったときはとても悲しんだのかもしれない。

「ともかく、ムドーを倒さねばならないが…今この国にはムドーの島まで行けるほど強固な船はもはやない。あるとしても、ゲントの村で調達するしかないだろう」

「ゲントの村…?なんだそこは??」

「癒しの神ゲントを信仰する人々が暮らす村よ」

ハッサンの疑問にミレーユが即座に答えると、王は付け足すように話を進める。

「そこはここから北東へ馬車で3日かかる距離にあり、王位を継承する前はそこで精神修行をしていたことがある。幸い、現在の長老であるチャクラヴァは私の知己。事情さえ話せば、船を借りることができるだろう」

そう言うと、すぐに王が王座に右隣にある小さな机にある筆をとり、あらかじめおかれている手紙用の羊皮紙に何かを書き始める。

数分で書きとめると、それをレイドックの国旗を模した判子だけしか飾りのない茶色い木製の筒に入れてレックの傍まで行く。

「これを渡せば、あの頑固者も話は聞いてくれるだろう。しかし、ムドーはおそらく地底魔城で戦った贋物よりも強い。それでも、戦うか?」

筒をレックの前で止め、確認するように言う。

(俺は…勝てるのか?ムドーに…)

再びあの時の恐怖がレックを襲う。

恐怖で体が震え、手には嫌な汗がつく。

あの時はなぜか降り注いだ雷のおかげでどうにかなったものの、それは実質的には勝利とは程遠い。

今の自分にはたして、勝機があるのか…?

「全く、今更怖いはねえぜ、レック!」

大きく堅い手をレックの肩に置いたハッサンが笑いながら彼を見る。

「ハッサン…」

「あの時は…まあ、俺もカッとなって前に出過ぎちまったからな。けどよぉ、いくら強くても魔王は1人だ。けどな!」

「私たちは力を合わせて戦うことができる。力を合わせればきっと…」

「そーそー、1人じゃないんだよ、レック!あたしもハッサンもミレーユも、みーんなついてるから!」

レックを励まし、心配すべきことは何もない、絶対にうまくいくと言っているような笑みを見せる。

その笑顔がレックの心に住み着く恐怖を消していく。

そんな彼らを見た王はレックの手に筒を渡す。

「どうやら、いい仲間に恵まれているようだな。きっと、その力を束ねたときこそが魔王を滅ぼす力になるのかもしれないな…」

 

「…それにしても、まさかな…」

「うーん、どうやってここまで来たんだろー?」

騒ぎを避けるため、レイドック城の裏門から出ることになったレック達を待っていたのは地底魔城の入り口に残してきたファルシオンと馬車だった。

夢の世界で出会い、夢見の雫を与えていないにもかかわらず、実体がある。

「もしかしてファルシオンって…現実世界の馬、ということかな?」

「それはあり得ないわ。少なくとも現実世界から夢の世界へ行くにはラーの鏡が必要よ」

「んー、難しいことはよくわからないけど、ファルシオンが来てくれてよかったー!」

嬉しそうにバーバラがファルシオンの頭をなでる。

大人しくなで受けられるその姿はとても暴れ馬と言われた時の姿とは思えない。

レックとハッサンが王が特別に用意してくれたゲントの村までの地図と物資を馬車に運び込む。

そして、ハッサンが御者台に乗ってファルシオンの手綱を取る。

「全員乗ったな…頼むぜ、ファルシオン!!」

「ヒヒーン!」

嘶いたファルシオンは蹄で現実世界の土を踏みしめながら、北への道を進んでいった。




ようやく序盤の山場に近づいてきました。
さて、もうすぐ彼が登場しますが…その人の性格をどうしようか考えているこの頃です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。