「ふふふ…この程度では止められぬか」
水晶でレック達の戦いぶりを見つつ、2冊目の本である『小さなメダルはなぜ存在するのか?』を読み終える。
自身の魔力によって本を本棚へ戻す。
それと同時に彼の目の前、40メートル先にある鋼で何も装飾されていない重々しい扉がゆっくりと内側に開く。
レック達は武器を抜いたまま城の主と対峙する。
「フフフ…そろそろ来る頃合いだと思っていたぞ?あの鎧を着た女の姿は見えないが…まあいい」
「へっ!余裕こいて椅子に座ったままかよ!?」
ハッサンの挑発をあざ笑うように椅子に座ったまま、右手人差し指で自身の右頬をなでる。
「今度こそ…今度こそあなたを倒して見せるわ、ムドー!!」
「ええ…!?」
「ミレーユ?」
今度こそという言葉にレック達は驚き、ムドーは撫でる指の動きを止める。
「ミレーユ、どういうことだよ?お前…ムドーと戦ったことがあるのかよ?」
「レック、ハッサン…。私だけじゃないわ。あなた達も私と一緒にムドーと戦い…敗れているわ」
「そうであったな。今でも覚えているぞ?特にお前を」
にやりと笑いながら、ムドーはレックを指さす。
「俺を…?」
「そうだ、敗れ去るときに見せてくれた顔だ。汗でぬれた顔、恐怖で怯えた目、今にも恐怖で嘔吐しそうになりそうな表情…格別だったぞ?覚えていないのであれば、見せてやろう」
ムドーは水晶に向けて呪文を唱え始める。
すると水晶が次第に巨大化し、10秒ほどで直径35メートル近くの大きさになる。
そして、それに映し出されたのは…。
「あ…ああ…!!」
レックの右手に持つ剣が落ち、左掌で彼の顔を覆う。
水晶に映っていたのはレックの夢で見た光景そのものだった。
特に印象的なのはレックの表情で、ムドーの言うとおりの表情で、そのまま石となり、ムドーの手で握りつぶされた。
「訳の分からねえことをごちゃごちゃ言ってねえで、俺たちと戦え!!」
ハッサンが跳躍し、浮遊する巨大な水晶を拳で砕く。
「やれやれ…半年かけて作り出した水晶を。メラミ!」
彼の右手人差し指からメラ以上の大きな火球が発射され、ハッサンに襲い掛かる。
空中にいるハッサンには回避することができない。
「ハッサン!!ヒャド!!」
「メラ!!」
ミレーユの右掌からヒャドが、バーバラの右手人差し指からメラが放たれ、メラミと衝突する。
中級呪文であるメラミを下級呪文2発程度では相殺できるはずがなく、一瞬でヒャドの氷が蒸発し、メラは消滅する。
「うわああああ!!」
メラミが直撃すると同時にそれが火柱となり、ハッサンを焼き尽くす。
炎が消えると、ひどい火傷を負った状態でハッサンが床に敷かれている赤い絨毯の上に落ちる。
「ハッサン!!」
ミレーユが駆け寄り、回復しようとするがそんな彼女に向けてムドーが口から炎のブレスを放つ
赤く、フレイムマン10体分の規模のブレスで、ミレーユは近づけない。
「先ほどこの男が破壊した水晶は10年前に読んだ『賢者オニキスの記憶呪文』を元に作ったものだ。賢者オニキスが存命だったのは300年前。このような物を作ることができるほどの知識がそのころから人間には存在していた」
ムドーは立ち上がり、ゆっくりとハッサンのそばに向かう。
「何が…言いたいんだ!?」
「ほう、おびえていた小僧がようやく声を出したか。だが今の人間はあの水晶1つ作れぬ程知識を生かせずにいる。貴様らのような虫けらにはダーマ神殿に秘められし知識は過ぎたるもの。故にその知識は我ら魔族の発展のために使わせてもらおう」
「それが…ダーマ神殿を滅ぼした理由かよ…!?」
火傷でボロボロになっているハッサンが体の痛みに耐えながら立ち上がろうとする。
彼の右手には水筒が握られていて、栓は空いている。
「なるほど、アモールの水によって傷をいやしていたか。だが、今のお前には焼け石に水だろう?」
もう既にムドーはハッサンの目の前にまで近づいている。
まだダメージの残るハッサンには動く力がない。
「ハッサン…!!」
レックの脳裏にあの夢の光景がよみがえる。
石化し、身動きが取れない中で崩れていくハッサンとミレーユの石像。
その光景が告げる不吉なメッセージに突き動かされ、レックはハッサンの名前を呼ぶ。
「逃げろ、ハッサン!!」
ムドーの巨大な足がハッサンを踏みつぶそうとしたその時…。
巨大な本棚の上から大剣を持ったシェーラが飛び降り、ムドーの頭部をその刃で貫く。
「シェーラさん!?」
「倒れなさい、ムドー!!」
これはレック達の策だった。
少数ではこれまでの敵とは次元の違うムドーを倒せる可能性は少ない。
少しでも可能性を引き上げるためには奇襲が必要だ。
とはいっても、魔王相手に奇襲することで致命傷となる可能性は低いのだが。
そして、その危険な役目を買ったのはシェーラだったのだ。
貫いた刃の位置を考えると、脳を貫いて致命傷になっているはずだ。
しかし、ムドーは倒れることなくシェーラを見る。
「そろそろ来る頃合いだと思っていたところだ。知らぬか?魔王を暗殺することはできぬと」
「!!?」
シェーラが大剣を持ったまま落下する。
落ちた際の当たり所が悪かったのか、彼女はそのまま気絶してしまった。
「ええっ!?なんで落ちたの??剣を差して体を支えてたのに??」
「ふん…」
混乱するバーバラと気を失ったシェーラを見て鼻で笑うと、ムドーは左手の爪で自分の右掌に傷を入れた。
傷からは一滴の緑色の血が出て、それが絨毯の上に落ちる。
すると、急にその場所が発火し始めた。
「絨毯が燃える!!?」
「私の血はマグマと同じ熱を帯びている。その証拠にこの剣を見るがいい」
シェーラの大剣を奪い、それをレック達に見せる。
刃がムドーを刺した部分から溶けていて、未だに赤い熱を帯びている。
「そして、私は脳を貫かれる程度では死なん。他の生物と魔王が同列であるわけがないだろう?」
ムドーの血が彼の傷口を焼いて消毒し、そのまま塞いでいく。
そして再びハッサンを踏みつぶそうとする。
「やめ…ろ…」
未だに動けずにいるハッサンを見て、震えを抑えながら口を動かす。
「レック!早く一緒にハッサンを…キャッ!」
バーバラがレックの腕を引っ張ろうするが、急に手に激しい痛みが発生し、離してしまう。
「レック…??」
どうなっているのか分からないまま見つめていると、レックの髪が逆立っていて、彼の体からパチパチという音が聞こえてくる。
その音をムドーの聴覚も聞き取っていて、彼は踏みつけるのをやめてレックを見る。
「何の手品をするつもりだ?」
レックに注目するムドーの目を盗み、ミレーユはハッサンとシェーラの治療とヒャドによる鎮火を行う。
そして、レックの変化を彼女は見慣れたもののように何の驚きを見せることなく見ていた。
(レック…やっぱりあなたは…)
一方、地底魔城の外では…。
「うおおおお!!」
「進めぇ、誇り高きレイドックの兵士たちよ!今こそ魔王を倒す時!!」
ソルディの指揮のもと、兵士たちが魔物たちと交戦していた。
矢で貫かれた腐った死体や両羽を剣で切り裂かれたデスファレーナ、真っ二つになった羽仙人や戦死した兵士たちの遺体が地に転がり、ソルディの鎧も魔物の返り血で濡れている。
そんな中、ソルディのそばで弓矢を使って応戦する兵士が変化に気付く。
「兵士長!?空をご覧ください!!」
「ランディ、急にどうしたのだ!?空がどう…!?」
スカルガルーを盾で殴り倒した後、ソルディは空を見る。
彼の目には先ほどまで快晴であったにもかかわらず、黒い雲が現れ、地底魔城の上空を包んでいく光景が映っていた。
「これは…!?」
「おかしいですよ!?先ほどまで雲一つなかったのが急に…兵士長!前を失礼します!!」
ソルディの前を矢が横切り、フェアリードラゴンの頭部をそれが貫いた。
そして、ソルディは雲から目の前の魔物に注意を向けなおして剣と盾で応戦する。
そんな中でも彼は地底魔城で戦っていると思われるレック達の身を案じていた。
(レック、ハッサン…この雲は君たちに対する不吉の予兆なのか??)
「やめろぉーーーー!!!」
レックの叫びと共に部屋の天井が突然砕ける。
地震か落盤かと疑うも、地面は揺れていない。
そう疑っている刹那、天井崩壊の犯人が颯爽と現れる。
その正体は黄金に輝く雷で、それは1秒もかからないうちにムドーの右肩に降り注いだ。
「ぐおおおおお!!?」
10億ボルト以上、50万アンペアを上回る黄金の雷にはさすがの魔王でも悲鳴を上げざるを得ない。
肩から血管を通してムドーの体全体に電気がいきわたる。
「はあ、はあ、はあ…」
雷が消えると、レックの体にどっと疲れが襲い掛かり、彼はその場に膝をついてしまう。
「レック!!」
バーバラがレックに近づき、彼の右肩に触れる。
先程のような痛みのある刺激はないものの、彼の額や手には脂汗がびっしりとついている。
「はあはあ…さっきのは…?」
「虫けら…あれは貴様の仕業か…!?」
バーバラの言葉を遮り、ムドーが質問する。
体の至る部分が焼けていて、一部では炭化している。
また、左目の眼球が破裂してしまったのかムドーは自らの左目を左手で覆い隠していて、そこからは大量の血が流れ出て彼が着ているマントを濡らしている。
マントは特殊な魔力で作られているためか、発火していない。
そんなボロボロな彼の質問だが、レックは沈黙する。
いや、沈黙するというよりはこたえることができないというのが正しいだろう。
現にレックはどうやって自分があの雷を落としたのか、全く分からないからだ。
「何をしたと聞いている!何を…がわぁ!!」
ムドーが吐血し、一瞬めまいを起こす。
体の表面だけでなく、内部にまで大きなダメージを負っているためだ。
だが、さすがは魔王というべきか威圧感はいまだ健在で、レックに向けて恐ろしく威圧する目線を向ける。
「おい魔王!まだやんのかよ!?」
回復を終えたハッサンがレックをかばうように前に立ち、その左側にシェーラが出る。
今のレックはあの雷を起こした際の疲労で動くことができない。
だとしたら、自分たちが前に出て仲間をかばう。
「許さぬ…我が体を焼いた愚かしき少年よ!もはや分離などという生ぬるいことはせぬ!いつか必ず八つ裂きにしてくれる!」
(分離…だって?)
分離とはどういうことだというレックの言葉を待たず、ムドーは再び吐血する。
血はすぐに発火し、自身とレック達の間に巨大な炎の壁を作る。
そして、次第にムドーの姿が炎のカーテンの後ろ側に消えようとしていた。
過去の戦闘ではこうしてムドーが姿を消すのを指をくわえて眺めるしかなかったが、今は違う。
「ラーの鏡よ!ムドーの真実の姿を!!」
シェーラがラーの鏡をムドーにかざす。
真実を映し出すラーの鏡から放たれる日輪のような淡くて白い光が炎を突き破り、ムドーの顔面を包み込む。
「何…その、鏡は…ラーの鏡!!?ぐううう…!!」
ムドーが頭を抱えて苦しみ始める。
魔王の顔面を包む淡い光は次第に全身を包み込んでいく。
そして、ムドーの体が徐々にレックとほぼ同じくらいの高さにまで小さくなっていく。
光が消えると、それと同時に炎も消滅する。
「やっと…やっと会うことができました…」
鏡を降ろしたシェーラがホロリと涙をこぼしながら、ムドーの真実の姿を見る。
真っ白な長い威厳のある髭と髪、皺だらけであるにもかかわらず鋭い眼光を光らせる青い瞳。
黄金の王冠と重装な鋼の鎧を身に着けた老人がシェーラを見ると、すぐに目の色が代わり、柔らかな笑みを浮かべていた。
「え、ええーーーー!!?」
「嘘だろ?」
「あの人は…!!」
「おかしいと思っていたわ…」
バーバラ、ハッサン、レック、ミレーユがそれぞれ異なる反応をしながら、その老人を見る。
彼は現実世界で眠りについているレイドック王だった。