東の砦で、ネルソンの最期を看取ったレック一行。
ムドーの邪気の影響か、毒の沼と禿山、そして枯れ木であふれる土地を抜け、地底魔城の入り口にたどり着く。
地底魔城、ムドーが占領した鉱山を利用して地中の奥深くに建造した邪悪な城。
通路や入口にはおどろおどろしいレリーフや石像が置かれていて、中には人骨で作られたものもある。
「うう…すごく気持ち悪ーい…」
入口に設置されている蝙蝠の石像を見て、バーバラは身震いする。
「げぇ…ムドーはかなり悪趣味な野郎だな」
「ハッサン、俺が前にいるから、お前は殿を頼むよ」
「ああ、けど早く進んでくれよ?いつまでもこういうのを見たくねえからよ」
レックを先頭に、5人が中へ進んでいく。
そんな彼らを蝙蝠の石像の目が見つめていた。
「ムドー様、愚か者どもが城の中に入りました…」
地底奥深くにある赤い絨毯とドラゴン系のモンスターの骨で作られた玉座、そして占領した土地で手に入れた香木がふんだんに使われた大量の本棚が印象的な広い部屋の中で黄色い炎でできた人型の幻影、フレイムマンがムドーに報告する。
玉座ではムドーが自身の魔力で書物を1冊浮遊させながらそれを読んでいた。
「ほう…その愚か者が何者だ?」
「はっ、彼らです…」
フレイムマンの背後にいる悪魔の鏡がレック達の姿を映し出す。
「ほぉ、あの時私に敗れた虫けら3人の見知らぬ少女、そして私が眠らせた王妃か…。あの3人はもう2度と現れることはないと思っておったが…」
「それが、報告によると…」
「興味深い報告だ」
フレイムマンの言葉を聞いたムドーは読む本を変える。
タイトルは『女神ルビスと黄金の笛にまつわる神官との問答』だ。
それを読みながら、ムドーは指を鳴らす。
すると玉座のそばにある机のそばにワインボトルを持ったシャドーが現れる。
その上にあるワイングラスはムドーの手に合うように大型化されている。
「ムドー様、如何様に?」
「私はこの書物を読むので忙しい。読み終えるまでに侵入者を血祭りにあげよ」
「仰せのままに…」
ワインをグラスに入れた後、シャドーが悪魔の鏡とフレイムマンと一緒に姿を消す。
そしてムドーは注がれたワインに舌鼓を打ちつつ、本を読みふける。
「シャトー・デ・ラ・セール。この大地における最高級のワイン、なるほど…良い味だ。ワインの味といいこの書物といい…それを生み出す虫けら共の知識は侮りがたい。だが、その知識は我ら魔族のさらなる発展に利用させてもらおう…」
「ううーーー寒いーーー!!」
身震いしながら、バーバラは体を震わせる。
「くっそー、坑道ってこんなに冷えるのかよ」
「ということは…進んでいるってことだな」
レックのいうことは正しい。
坑道は外との温度差が激しい場所で、基本的には外部よりも寒くなる。
その差は奥へ行けばいくほど大きくなり、そのような場所に何度も出入りすると体調を狂わせてしまう。
「あ、あそこに火がある!!あれで暖まろー!」
バーバラが黄色いたき火が見え、寒さに耐えきれずに走って行く。
「(黄色い炎…!!)駄目よ、バーバラ!!」
今まで沈黙を保っていたミレーユが危険を察し、バーバラを呼び止める。
「え…?」
「バーバラ!!」
レックが彼女の名前を呼ぶのと同時に、黄色い炎がフレイムマンとなり、口から腐った卵のようなにおいの炎が放たれる。
レックは即座にバーバラを押し倒す態勢のその場に伏せる。
その炎は悪臭を放ちながらレックの背中から上に15センチの高さを素通りしていく。
「この匂い…気をつけなさい。あの炎は毒が含まれています!!」
「ど、毒!!?」
シェーラの言葉にハッサンが動揺する。
よく現代のメディアで硫黄のにおいという言葉が使われるが、厳密に言うと硫黄は無臭で、先ほど言った卵の腐った匂いは硫化水素のものだ。
火山や温泉に含まれるそれは引火性があるとともに多くの動植物にとっては有毒な成分を持っている。
つまり、フレイムマンは己に宿る生命エネルギーによって自らが放つ炎の中に有毒な硫化水素を混ぜ、勢いは弱いにもかかわらず生物にとっては致命的となる炎を放つことができるのだ。
「くそ!実体が炎じゃあ、拳や剣が効かねえぞ!!」
ハッサンのいうとおり、フレイムマンはギズモと同じ実体のない魔物。
そのような魔物には当然通常攻撃は通用しない。
更にいうと拳で攻撃したら最後、硫化水素の炎によってあっという間に毒殺されてしまう。
「仕方ないわね、ヒャド!!」
ミレーユが炎を吐き終えたフレイムマン目掛けて氷の塊を発射する。
坑道という低温な環境によって大型化した氷弾はフレイムマンを氷漬けにし、消滅させた。
「フレイムマン…何度もこられたらミレーユの魔力が尽きちまう!!」
「バーバラ、大丈夫?」
「うん…ありがと、レック…」
起き上がったレックの手を借り、バーバラは起き上がる。
「ごめんね、迷惑をかけちゃって」
「気にしないで、これから気を付ければいいんだ」
「レック…」
やさしい笑みを浮かべるレックをボーッと見つめるバーバラ。
しかし、魔物はそんな時間を許すはずがない。
数匹のフレイムマンが更に魔物を引き連れて登場する。
茶色い布に魂を宿した、真空呪文バギを使いこなす言霊使い。
青い羽根とトサカで緑色の体を持つ巨大なガチョウ型魔物であるキラーグース。
魔力を持った魔物か人間の髑髏を使い、殴った相手をそれが放つ微弱な魔力の波動によって混乱させる狡猾なカンガルー型魔物であるスカルガルー。
赤を基調とした蝶のような美しい羽根を持つが、近づく者をマヌーサの力が宿った鱗粉で翻弄させ、そのまま補食するフェアリードラゴン。
邪教を信仰する人間に蠅型の魔物を憑依させ、人間と蠅の2つの特徴を併せ持つ魔物へと変貌した羽仙人は中級真空呪文でバギマを得意とする。
青い鉄鉱石でできた悪魔の像に命の石を埋め込まれたことで誕生したストーンビーストのベギラマがレックとハッサンの接近を阻止する。
一部のストーンビーストは硬化呪文アストロンによって一時的に自らを永久不滅の金属であるオリハルコンに変えてミレーユのヒャドとバーバラのメラから身を守る。
大剣を振るい、フェアリードラゴンを両断するシェーラの前で薄茶色の巨大な蛾の魔物であるデスファレーナが鋭い刃のような形の鱗粉を纏わせた突風を放つ。
人間の死体が魔力によって動きだし、魔王の下僕と化した腐った死体が神経毒のこもった紫色の煙を吐き出す。
そしてシャドーやダークホビット、沈黙の羊といった魔物も追い打ちと言わんばかりの勢いで襲ってくる。
「くっそーーこいつはキリがないぜ!!…!?」
何度かデスファレーナの突風を受け、切り傷ができたハッサンがストーンビーストを見て、何か変な感じを覚える。
自分の前に立つ2体のストーンゴーレム。
左側の石像には左胸部分に、右側には額部分に鈍く光り白い光のようなものが一瞬だけ見えた。
(なんだ…今の光は!?)
「ハッサン!!」
レックの声で我に返ると、目の前に左側にいたストーンビーストがいて、ハッサンを斬ろうと右手の鉤爪を振り上げている。
(く…避けられねえ!!一か八かだ!!)
ハッサンは光があった場所、左胸部分に拳を叩き込む。
すると、鉄以上に堅いはずのストーンビーストの体が命の石もろとも粉々に砕け散った。
(い、今のは…!?)
「すっごーい…」
「ハッサン、今のはどうやって…??」
「さあ、俺にも分らねえ…」
「何をしているのですか!?目の前の敵に集中しなさい!」
シェーラが羽仙人のバギマを回避し、隠れていた3匹のフレイムマンにそれを命中させる。
「ああ…しまった!!」
腐った死体がレックに向けて猛毒の息を放つ。
回避しようとしたが、少し前に倒したと思っていた腐った死体が下半身を失ったにもかかわらず動きだし、彼の両足を掴む。
「くそぉ!!」
何とかレックは剣で腐った死体の両腕と頭部を切断するが、猛毒はすぐそこまできていた。
「危ない!!」
バーバラが即座に印を切ると、彼女の両手に高熱の光が集まる。
「ギラ!!!」
高熱の閃光がバーバラの手から離れると、キラーグースやスカルガルーを巻き込みながら、猛毒を焼き払っていく。
「助かったよ、バーバラ…」
「ほええ、あいつギラも使えるのか??」
もう1体のストーンビーストを倒し、驚きながらバーバラを見つめるハッサン。
そのそばでギラで大やけどを負っているスカルガルーが不意打ちを仕掛けようとするが、その前に殴り飛ばされた。
「フレイムマンは全部倒したわ!!あとは…」
「うん、あいつらだけだ…」
あらかた魔物を倒すことに成功したが、まだここには何匹かのストーンビーストが残っている。
(くそ…さっきは見えたあの光が見えねえ!!)
何度も目を凝らしてハッサンはストーンビーストを見るが、先ほど自分を救ったあの鈍い光は見えない。
そんな中、シェーラが前に立ち、大剣を構える。
そして、静かに目を閉じる。
「な…シェーラさん!!」
「ミレーユさん、ストーンビーストは強靭な守りと火力を持った魔物ですが、眠りと弱体化に弱い。まずはラリホーとルカニによって弱らせてください」
驚異的な魔物が目の前にいるにもかかわらず、更にその魔物たちがベギラマを放っているにもかかわらず、彼女は冷静だ。
すかさずレックが彼女の前に立ち、盾でベギラマを受け止める。
「一体何のつもりなんですか!!?」
「私を信じなさい、レック…」
「え…?」
(私とお父様を信じなさい、レック…)
急にレックの脳裏に変な光景がフラッシュバックする。
未だに眠り続けているはずのレイドック王とシェーラが自分に微笑みを向け、シェーラが先ほどと似たような言葉を送る。
(今のは一体…!?)
「分かりました。ラリホー!!」
「この呪文は私も使えるわ!ルカニ!!」
ミレーユとバーバラが同時に呪文を唱える。
2人の魔力を受けたストーンビースト達は片膝をついて眠りについてしまう。
「よっしゃあ!!このままこいつらを…」
「ハッサンさん、むやみにダメージを与えてしまうと目をさまし、猛攻を仕掛けてきます」
「なら、一体どうすりゃあいいんだよ!?俺たちにはストーンビーストを一撃で倒せる力は…」
「大丈夫です…」
先程からレック達と何度も会話をしているが、シェーラの構えが乱れることがない。
そして、数秒経つと同時にシェーラが目を開く。
「レック、どきなさい!!」
「え…!?」
動揺しながらも、すぐにどくと、急にシェーラが眠っているストーンビースト達の目前まで走って行く。
そして、力一杯手に持っている大剣を振るった。
すると、あれほど強固であったストーンビーストが一斉に命の石もろとも粉々に砕けた。
「すっごーい…」
「嘘だろ…!?ストーンビーストを一撃で…」
「これは魔神斬り。集中力を高め、一撃のもとで敵を切り裂く剣技よ。隙を作る上、避けられる可能性は高いけれども、その威力は絶大よ」
大剣を横に振るった後、それを背中の鞘に納める。
周囲を見渡すが、もう他の魔物はいないようだ。
「それにしても、疲れたぜー…」
「私もー、動き回ったおかげで寒くはなくなったけど…」
「敵を倒した後だから、少しだけ休憩しよう。ミレーユ、みんなの回復をお願い」
「ええ、レックは…?」
「俺は近くに魔物がいないか見回ってくる。何かあったら、すぐに呼ぶよ」
自分の傷をホイミで治療した後、レックは少しだけ先へ進んでいく。
それを見送ったミレーユはハッサン達の回復を始める。
「にしても、さすがはムドーの拠点だな。魔物も一筋縄じゃあ行かねえぜ」
「ええ、けどハッサン。あの時一撃でストーンビーストを倒したけれど、一体何をいたの?誰もルカニを駆けていなかったわよ?」
「それが…俺にも分らねえんだ」
拳を見つめながら、その時を思い出すハッサン。
しかし、光を見たときの感覚は言葉で言い表しづらく、どうして見えたのかすらわからない。
「ミレーユー、私も回復してー!」
「はいはい、ハッサン。また後で」
バーバラとシェーラの元へ向かうミレーユ。
ハッサンは何とかその時のことを思い出そうと頭を働かせながら、治療しきれていない傷を薬草で治していった。